秋宮ゆららは青を喰む   作:Ni(相川みかげ)

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生き返りました。
リハビリ作品になります。ぼちぼちやっていくのでよろしくです。


1.ゲヘナちゃん

 はてさて、どうしてこんな事になってしまったのやら。

 青一色の背景(ブルーバック)に貼り付けられた、アニメのキャラクターのような猫耳少女のイラストが口角を上げる。私の引き攣った顔とは違ってにこやかに。その違いが私と彼女が全く別の存在だと主張するように。

 パソコンの画面に映し出されたキャラクターは近頃新たにできた単語であるVtuberというものの一人だ。正確にはたった今、初めてのコンテンツである初配信を行うデビューしたてのVtuberだ。

 ようtubeで配信や動画コンテンツを提供するバーチャルなキャラクターだからVtuber。まあ、ようtube以外の配信サイトで活動してる人も一まとめにされてるみたいだけど。

 そんなVtuberの所謂『中の人』がこの私というわけだ。

 中の人と言えばこの界隈では声優を表す言葉だが、私は声による演技を職にはしていない。そもそも職にも就いていない。親の遺産のお陰で社会の片隅で死んだように生きている職なし高卒限界引きニート21歳児だ。もうどうしようもないね。

 演技ができないわけではないし、配信の経験もある(人気があるとは言ってない)が、どうにも荷が勝ちすぎている。

 なにせ、私が演じる彼女――『秋宮ゆらら』は企業勢。Vtuber事業をメインコンテンツとする企業『@Link(アットリンク)』所属のキャラクターだ。ベンチャー企業だが、既にVtuber企業としては一、二を争うレベルの最大手。そんな企業勢の新人としてはあまりにも私の経歴は不釣り合いだった。

 こういう企業所属のVtuberの中の人を選ぶ時にはオーディションやスカウトで決めるらしい(ネット調べ)。実際に私と同時期にデビューする同期の三人はオーディションで合格したからデビューする事になったようだ。

 私はこのオーディションを受けてはいない。かといってスカウトされるに値する人材でもなかった筈だった。

 

「……まあ、なるようにしかならないか」

 

 そんな私がVtuberの中の人としてスカウトされるに至った理由。そして、Vtuberとして活動する事を微塵も考えていなかった私がそのスカウトを受けるに至った理由を思い出し、私は気持ちを切り替える。

 大丈夫。『秋宮ゆらら』として求められている役割をこなすのに、私以上の適任者はいない。それを確信できているから迷う必要はなかった。

 配信ソフトの準備は既に終わっている。ブルーバックから切り抜いた彼女は(私の現実の部屋とは違って女の子してる)一人部屋のイラストを背景に笑っていた。

 楽しいわけじゃないんだけどね。そう独り言ちて、私は配信を開始した。

 

きちゃ?

始まった!

きちゃー!

もうかわいい

こんみゃです!

 

 流れ出したコメントを確認してから、頭を少し振って私と『秋宮ゆらら』が同期しているのを確認した後に初めての言葉を発する。

 

「はい、こんみゃ。@Link所属三期生の秋宮ゆららだよ~。これからよろしく」

 

 ダウナーに、それでいて幼さを残す事を意識した声色。今まで生きてきた中で、こんな声は配信のために練習した時にしか出した事はなかったけれど、存外似合ってるじゃないか、(秋宮ゆらら)

 画面に映る私は満足気に笑っていた。

 

 

 

 

夏休み明けの登校日に小学生からの親友から彼女ができたと言われました。僕の好きな女の子でした。僕から彼女を奪ったアイツは許せないけれど、それでも僕はアイツの親友です。ゲヘナちゃん、僕はいったいどうすればいいのでしょうか?苦しいです。ちなみに高校二年生です。

 

 

「ntrに見せかけたBSSだ。よくあるよね。どういう奴によくある話かは武士の情けで言わないけど。にんにん」

 

はいクソ童貞

武士なのか忍者なのかハッキリしろ

こんなのお童貞様の戦い方じゃない…

 

「君みたいな純情ボーイはなにかイベントがないと好きな女の子に話しかける事すらできないんだろうけど、イベントは起こすものだからね? 文章を読む限り、夏休みの間にその親友さんと好きな女の子の間に進展があったんでしょ? それは親友さんが行動した結果じゃん。……ってか、親友なのにその辺知らないのって、あっ……」

 

親友、妙だな……?

やめてやれw

親友だと思っていたのはお前だけ定期

ほら、親友でも言わない事ってあるから……(震え声)

 

「あー……、うん。これ以上はなにも言わないけど。まずは異性同性とか関係なく友達を遊びに誘う所から始めた方がいいんじゃないかなあ。受け身でいるとロクな事になんないぜ? ……ま、このままゴミみたいな青春送ってもいいと思うよ。なんせ、底辺にはこの僕、ゲヘナちゃんがいるんだから。アオハルせずに青を()んで、お先真っ暗な所まで落ちてくるって言うなら歓迎するよ。歓迎するだけだけどね」

 

ここから先は地獄だぞ

ゲヘナちゃんがいるならおじさんも底辺に行っちゃおうカナ!

こんなつまらん事で底辺に行くな

社会人になったらもっとハードモードだから学生の内にちょっとは頑張るべき

 

「はいはいもう人間として最底辺のおじさんは黙ってようね~。それじゃ次のマロ読んでいくよ~」

 

 

推しのVtuberへのスパチャに親のクレカを使ってしまいました。馬鹿でした……翌月の請求で親にバレてしまうとどうなってしまうかわかりません。二十万円を手に入れる方法はないですか?

 

 

「うわあ、逆にリアルな金額だなあ……」

 

バチャ豚もようみとる

バイトしろ

クレカの請求なんてネットでも見れるし、通知届くようにもできるんやからもうバレてると考えていいぞ。震えて眠れ

 

「まあ二十万でどうこう言ってるなら多分バイトできない中学生以下……って事にしておくけどさ。そもそも二十万集めた所でクレカの使用履歴は消せないんじゃない?」

 

そうだぞ

素直に謝った方がいいんですかね、これは……?

(消え)ないです

 

「謝った方がいいニキ、このマロ送った人でしょ。僕の配信でそんな健常者みたいなコメントしちゃダメだよ。……けど、この期に及んで謝らずに済む方法を探している辺り、君こっち側の才能あるよ。一緒に奈落に堕ちようね♡」

 

かわい子ぶるのは上手いな、お前ほんと

お前もこちら側に来ないか?

ゲヘナちゃんがVやったら破産する人続出しそう

 

「はー? 破産する奴が悪いでしょ。というか、Vにスパチャする事自体は否定してないからね。いっつも言ってるように僕達底辺は他人の事を考えるよりもまずは自分が幸せになる事を考えるべきなの。Vにスパチャする事が幸せならそれはそれでいいんじゃないの、別に」

 

それはそう

で、ゲヘナちゃんはVやる気はあったりするの?

スパチャに親の金使う奴は情けないだろ

 

「Vやる気があるなら、もっとみんなに媚びてるよ」

 

Vやる気なくてもいいからもっとサービスしてくれ

そもそも女さんなのに真っ黒画面とマロしか映さない当たり、視聴者の数なんて興味ないでしょ

いつもの塩対応

 

「お前らの事なんて気にしてないからねー。ここは適当に身にならない話を駄弁る場所だから。……ま、それはそれとしてさ。僕がVやるにしてもやんないにしても、いつか何も言わずにふらっといなくなる予定だから、その時はお前らも僕の事はスパッと忘れるんだぞー」

 

はいはい

忘れるような奴は貴重な時間使ってこんな底辺配信見てないぞ

忘れるか忘れないかは俺が決める事にするよ

 

「はいはいツンデレニキありがとうねー。で、なんの話だっけ?」

 

 

 

 

「ふぃ~。今日の定期配信終わりぃ~」

 

 配信が確かに終わった事を確認して、配信中は作っていたキャラを崩してうんと伸びをする。

 一週間に一度、視聴者からもらった悩みだとか失敗談を小ばかにしながら雑談する。そんなどうしようもない配信が配信者『ゲヘナちゃん』のメインコンテンツ。

 私が社会と繋がる唯一の場所……といってもそこまで思い入れはない。所詮いつ失ってもいいもの。そういうインスタントな社会で人と繋がっているぐらいが丁度いいダメ人間なのだ、私は。

 

「おなか減った……」

 

 時計を見ると午後8時。おおよそ2時間配信をしていたことになる。

 今日は早い時間に配信したからか、やけにキッズが多かったな。若い内からこんな肥溜めのような場所に浸っているのは感心しないけれど、そもそも私の少ないフォロワー数1200人から考えるとキッズなんて精々数人程度だろう。どうせ人生が辛すぎて自分をキッズと思い込んでいるおじさんの作り話だと切り捨てる。

 それよりも今はお腹が減った。二階の自室から出て一階へと向かう。

 親と死別してから随分と広くなった私の家。階段を降りる中で香辛料の匂いが鼻孔をくすぐった。……ああ、今日も来てるのか。

 

「あっ! あさひちゃん、配信おつかれー! ご飯できてるよ~。おつかれだけにカレー! なんちって」

「それ言ったの何回目なの、チカ」

「えへへ……」

 

 リビングに入ると、私服の上からエプロンをつけた姿の少女が私に気づいた。くるっとこちらを向いてにかっと笑う。

 彼女の名前は新谷千景。呼び名はちかげだからチカ。幼稚園の頃からの幼馴染で、私と違って都内の大学に通う現役女子大生。下手をすると、中学生に間違われさえする童顔と低身長がコンプレックス(私的にはここすきポイント)の女の子。

 私の家に通ってお世話してくれる幼馴染の女の子。私が男だったらこれだけで人生勝ち組だったな、と思っていると、チカが何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば! なんで連絡見てくれなかったの?」

「連絡? Limeに通知はなかったけど?」

「わたしの連絡じゃないよ。ゲヘナちゃんのついついッターアカウントにダイレクトメールを送ったって聞いたよ?」

「え、誰? もしかして友達のトックティッカー? 陽キャの塊みたいなのとは関わる気ないし、そもそもダイレクトメールなんて通知切って見てないよ。ゲヘナちゃんはコラボも案件もお断り、社会の表舞台から切り離された孤独な存在だし」

「もう、そんな事わかってるよ。はいこれ」

 

 チカが差し出したのは白色の封筒。

 

「なにこれ?」

「スカウトだよー! やっぱりあさひちゃんの魅力に気付いてくれる人はいっぱいいるんだよー!」

「チカ、私がいらなくなったからって風俗に沈めようとするのはどうかと思うよ……」

「わたしがあさひちゃんを捨てるわけないじゃん! そうじゃなくてVtuber企業からのスカウトだよ!」

「……は?」

 

 風俗云々は冗談だったけれど、チカからのまさかの返しに思考が止まる。

 ……いや、正気か?

 

 


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