翌日。私は件の企業に足を運んでいた。
渡された資料を読み、チカからスカウトについて詳細を聞き出した上で採用責任者とコンタクトを取るとすぐにでも面接がしたいと伝えられてしまったため、引きこもりの重い腰を上げざるを得なかったのだ。
ちなみにだが、私が引きこもっているのに大した理由は無い。社会性を放棄した結果、外に出る理由がなくなってしまっただけだ。外に出る事自体に忌避感は持っていないので、面接のための外出も別に苦ではなかった。……前言撤回。精神的にはともかく、肉体的にはかなり苦しかった。8月後半のお外は冷房の効いた部屋が生息地の引きこもりには優しくない世界だ。ぶっ壊したくなる。
受付で待つ事数分、仕事ができて堅物そうなイメージの女性社員が私を出迎える。
「ゲヘナちゃん様でよろしかったでしょうか?」
「あの、すみません。リアルでそう呼ぶのは勘弁してもらっていいですか」
悪いのは全部私だけれど、ちゃんに様付けされると、こう……なんかすごく恥ずかしくなる。
いくら最初から誰とも関わらない予定だったとはいえ、もう少しマトモな名前で活動しておけばよかったと後悔した。
「瀬戸です。本名の方で呼んでいただければ」
「かしこまりました。ただ、弊社所属になった場合には身バレ防止のためにタレント名でやり取りさせていただきますので、本名は弊社社員相手でも無闇に明かさないようにお願いします」
「はぁ」
まだスカウトを受けるなんて言ってないんだけどなと思ったが、それは口にせずひとまず案内された小部屋に入る。
「それでは改めまして。本日は弊社『@Link』にお越しいただきありがとうございます。Vtuber事業タレント採用責任者兼総括マネージャーの山崎です。よろしくお願いいたします」
「頂戴します」
名刺をいただいてしまった。へえ、名刺ってこんな感じなのか、ちょっとオシャレだな……
ジロジロと見ている内に、山崎さんが会社概要などを話しだす。
@Link。去年立ち上げられたVtuberタレントの運営が主要事業のベンチャー企業。現在の所属タレントは一期生の3人と二期生の5人を合わせた計8名。タレントの業務内容は主にようtubeを中心にした各種配信プラットフォームでの配信活動。そして所属タレントはバーチャルアイドルとして視聴者を楽しませる。
昨日、ネットで軽く下調べしてきた内容を簡潔に説明された後に、山崎さんはこう切り出す。
「瀬戸様は新谷さんから既に聞き及んでいると思いますが、つい先月まで弊社は新たなタレント――3期生としてデビューするタレントのオーディションを行っていました」
「それは、聞きました。……失礼かもしれないですが質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、なんなりと」
「単刀直入に伺いますけど、なんでそこから私をスカウトする話になるんですか? 客観的に見て私にスカウトされるに足る能力はないと思いますし、人気も大してないからそもそもどうやって見つけたのか本当に疑問なんですけれど……」
「そうですよね。新谷さんも弊社のオーディションを受けていた事は知っていますか?」
「ええ、それも聞いてます。……昨日、御社の書類を急に渡してきた際に全部話させました」
……とは言っても、下手な口笛混じりで誤魔化した質問も多かったからまだ隠している事があるんだろうけど。
チカに私へのスカウトの書類を渡したり、山崎さんが『様』付けじゃなくて『さん』付けで呼んでいるあたり、察せられる事はあるけれど、それが私に繋がる理由がわからない。
「ああ、やっぱり聞いていなかったんですね……」
「何ですかその憐れむような目は」
「新谷さんは配信未経験者として弊社が求める人間性に実にピッタリな方でした。よく通る声に愛嬌の良さ、面接における受け答えも完璧。コミュニケーション能力はオーディション応募者の中でも群を抜いていて、配信環境さえ整えればすぐにでも弊社のタレントとしてやっていけると確信し、最終面接まで進めたのですが……そこで彼女、何をしたと思います?」
「何やったのかは知らないですけど、その疲れた顔を見ればわかります。ウチの幼馴染のせいで、ホントすみません」
「いえ、愚痴みたいなものですので。……彼女は社長の前で最終面接の30分間、全ての時間で瀬戸様の――正確にはゲヘナちゃんの事について語りました。あれは本当に良くできたプレゼンでしたね」
「うわあ……」
何やってんだ、チカァ!
遠い目をして語る山崎さんに同情すると同時に、幼馴染の奇行にドン引きする。昔から大事な場面で突拍子もない事をする子だったけど、まさかここまでだったとは……
というか。
「……え、その流れで私をスカウトするんですか!? いや、その前にチカも採用する気ですよね絶対!」
「もし、そうだと言ったら?」
「頭おかしいんじゃないですか?」
「フフ……覚えていてください瀬戸様。Vtuberは、頭がぶっ飛んでる方が、人気が出るのです!」
山崎さん、壊れちゃった……
こんな真面目そうな人でも一年Vtuberのマネジメントをするとこんな風になっちゃうんだなあ、かわいそう。
それはともかく、こんな勢いだけで押し切られるのは嫌だ。
「あのですね。自分で言うのもなんですけど私、炎上系配信者一歩手前って感じですよ。それに御社のタレントイメージとも合わないと思いますけど」
「もちろん新谷さんの紹介を受けてから、瀬戸様の配信アーカイブと直近の配信は確認させていただきました。週一の雑談配信に不定期のゲーム配信。視聴者を増やそうとする意思が見られない事以外は、オーディションに応募していただいた配信経験者の方と遜色ない能力を持っていると判断しました」
「いや、能力はこの際置いとくとしても……アイドルらしい配信って感じじゃないでしょう」
山崎さんは私の言葉を鼻で笑ってこう言った。
「弊社タレントの配信でずっとアイドルらしい方なんて一人もいませんよ」
「本当にそれでいいんですか? ちゃんとマネジメントした方がいいと思いますけど」
「はい」
「はいじゃないが」
なんで私の方が真面目に応答しているんだろう。そんな気持ちになったところで山崎さんが緩くなった雰囲気を正して話を切り出す。
「きっかけはどうあれ、瀬戸様に弊社のタレントとして活動していただきたいと考えているのは事実です。詳しい契約内容についてはこれから詰めていく事になりますが、いかがでしょう。お察しの通り、新谷さんも3期生として活動していただく予定なのですが……」
「それ、私が断ったら新谷もオーディションを落とすとかじゃないですよね?」
「いえ、瀬戸様の契約に関係なく新谷さんには弊社タレントとして活動していただく予定です。……もっとも本人に断られてしまえばそこまでですが」
「そうですか。それならお断りさせていただきます」
ペコリと頭を下げる。部屋の温度が下がったような気がした。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私の配信を見てもらったらわかる通り、金銭や承認欲求のために配信活動をしているわけではないので。御社の事業はとても魅力的だとは思いますが、私が活動する理由を見出せませんでした」
「……それでは一つだけ質問を。瀬戸様が配信活動をしている理由を教えていただければと思います」
その言葉に、一瞬硬直してしまう。
理由、か。とりたてて隠すものでもないし喋ってしまっても構わないだろう。
「社会と繋がるため、です。私が許容できる社会が誰もが他人に期待しなくて、他人の事をどうでもいいと思っていて、誰とも繋がらない社会で。一人ぼっちがただ集まっているだけの場所がなかったから自分でそれっぽいものを、ギリギリ許せるラインの社会を作った。配信をしている理由なんてただそれだけです」
我ながら最低だなあと思うような事を躊躇いなく口にする。
「ああ、そういう事でしたか」
「新谷がなにか言ってましたか?」
「いえ、それは言わないでおきます」
山崎さんがファイルから一枚の紙を取り出す。
これは……キャラクターの三面図?
「これは……?」
「瀬戸様に担当していただく予定のキャラクターの三面図です。元々イラストレーターに制作の依頼はしていたのですが、新谷さんのプレゼンを聞いてから、より瀬戸様に合うようにキャラを修正しました」
「『秋宮ゆらら』……猫耳にロリにジト目でフード被った姿がデフォって。そんなイメージ持たれてたんですか」
「あくまでイメージですので。そして、こちらが新谷さんに担当していただく予定のキャラクターです」
そうしてもう一枚差し出されたキャラクター三面図には活発な印象を与える犬耳の少女が描かれていた。
「『夏風たま』……犬なのに、たまですか。それよりもやっぱりコンビ売りの予定だったんですね」
「詳しいんですね」
「それなりにオタクコンテンツにも触れてきたので」
予想はしていた。コンビ売りはこういうコンテンツだと常套手段だ。気に入った人材に配信者の友人がいて、私が納得しているかはともかく配信能力の面も問題はないと判断したなら、その関係を活かそうとするのもわからなくはない。犬と猫。コンビとしては割とポピュラーなものだろう。
「それで、これを見せられてどう反応すればいいんですか?」
「瀬戸様の考える通り、瀬戸様には3期生の中でも新谷さんとのコンビを前提に活動していただきたいのです。……そして、こんな事を言うつもりはなかったのですが」
山崎さんが躊躇うような素振りの後に意を決したようにこう言った。
「弊社、そして私は新谷さんを弊社のアイドルとして輝く存在にしたいと考えています。新谷さんのための
……まさかここまでハッキリと言われるとは思ってなかったけれど。そうか、そういう事か。
山崎さん、優秀な人だなあ。チカから私について何を聞かされたからこんな事を言おうと思ったのかは知らないけれど。
思い至ったとしてもこんな事、そうそう言えないだろうに。
「……それなら早く言ってくださいよ。最初からそう言われてればもっと真面目に考えてました」
「初対面の、それもスカウトさせていただいた相手にこんな失礼な事を言うつもりはありませんでした。それに、タレントが直接関わっていないなら瀬戸様がお怒りになって内容を暴露された所で私の首一つが飛ぶだけで済みますでしょう。ダメで元々ですよ。……それで、この理由であれば弊社タレントとしての活動を検討していただけますか?」
再度の問いかけ。答えはもう決まっていた。
「……詳細な契約内容、聞かせてもらっていいですか」
経緯についてはともかく、目的について不満はない。
私はチカの引き立て役としてVtuberになる事を承諾した。