秋宮ゆららは青を喰む   作:Ni(相川みかげ)

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ちょっと短いです。


0.追憶-起-

 

「──人生に苦難が満ちているからほんの僅かな幸福がなかったことになるのか。決められた生き方しかできない人生は退屈なのか。生命に終わりがあるのなら人生は無意味なものなのか。……思えば。私のこの学園での生活はそんな正解のない問いと向き合ってきた日々だった」

 

 校内の生徒、教師全てが集う体育館に凛とした声が響きわたる。

 少女の声以外は物音一つない静寂の空間だからこそ少女の声がよく通るというべきか、少女の立ち振る舞いこそがこの静寂の空間を生み出しているのか。

 ただ一つ言える事は、二年前から続く生徒会長、今は元生徒会長の瀬戸あさひの挨拶の途中で不要な物音を立てる人間はいないという事実だけだ。

 

「諸君らの悩みを通し、様々な問題に直面して。それでもなお答えは出ないままだが……これだけは言える。プラスもマイナスも全てを含めて人生であり、それにどう向き合ってもいいし、向き合わなくてもいい。どんな選択をしようとただそこに在るだけで人生はかけがえのない物なのだと、私はそう思いたい」

 

 それは、他者への慈愛に満ちた言葉だった。

 聞いた人間のほとんどが彼女の言葉には欺瞞がないと感じている。彼女の劇的で、無敵で、そしてその上で他者への奉仕に捧げてきた生き方を間近で見ていたからだ。

 

「……ふふっ、最後だから湿っぽくなってしまったな。なにはともあれ、だ。──生きよ、老若男女よ! 諸君らの人生は、祝福に満ちている! 以上! 元生徒会長、瀬戸あさひでした!」

 

 彼女が頭を下げると同時に、体育館には手を叩く音と喝采が鳴り響いた。

 

 

「相変わらずかっこよかったね、生徒会長」

「あんなの私たちが言っても恥ずかしさしかないけど、あさひ先輩が言うと様になるから不思議だよね~」

「生徒会長もいよいよ卒業か、少し寂しくなるね……」

「この一年、三年生向けの勉強会を放課後に毎日やりながら、自分は七橋大学に合格してるんでしょ? さすがあさひ先輩。無敵すぎてもう嫉妬とか以上に感心するしかないわー」

「ふむ、そう褒めてくれるな。流石の私でもむず痒いものがある」

 

 放課後、廊下で二年生の女子生徒があさひについて話していると、その当人が後ろから声をかける。

 

「うわっ! びっくりしたー!」

「はは、すまんな」

「みんなごめんね? あさひちゃん、こんな感じで気配消して自分の事を話してる人の耳元で囁くのが趣味なんだよね」

「卒業間際にそんな趣味知りたくなかったなぁ!?」

 

 あさひの隣にいた元生徒会副会長の千景が申し訳なさそうに謝ると、女子生徒は悲痛な声を上げた。

 

「もう。あんまり後輩をからかうのは良くないよ?」

「たまにはいいだろう? 気やすい一面も見せておかねば畏怖されてしまうからな」

 

 女子生徒達の横をすれ違い、生徒指導室へと入ったあさひと千景。

 ぷくっと頬を膨らませ、呆れたように注意する千景に対して、あさひはまったく気にした様子を見せなかった。

 

「それにしても、受験対策の勉強会も2月いっぱいで終わり、生徒指導の題目で続けたお悩み相談も今日で終わりだというのに誰も相談しにこない……とうとう私も暇になってしまったか」

 

 あさひが生徒会長に就任して以来、『校内の全ての悩みを解決する』という公約のために利用していた生徒指導室。少し前までは私物もそれなりに置いてあったが、あさひの卒業に伴いその活動も終わるため、今はガランとした殺風景な部屋へと戻っている。

 そんな部屋を見ながらしみじみと呟くあさひを見て、千景はにこやかに笑う。

 

「あさひちゃんが暇になるなら、みんなの悩みをちゃんと解決できたって事だねー。卒業間際にやっと公約達成だ」

「ふっ、そうだな。そう考えると、私は任期中に公約達成できなかった不甲斐ない生徒会長という事になってしまうが……まあ、いいか。チカも長い間ご苦労だったな」

「あさひちゃんの隣にいる事を苦労だと思った事はないけど、労りの言葉はありがたく受け取りますのだ」

 

 ぴしっと敬礼のポーズを千景が取ると、あさひはクスリと微笑を浮かべた。

 

「人が来ないのなら早めに終わってもいいかもしれないな。とはいえ、今日は家に帰っても1人だし、やる事がないのには変わらないが」

「あさひちゃんのお父さんとお母さんは旅行に行ってるんだっけ?」

「ああ、結婚記念日で温泉旅行だよ。学校もあるし、夫婦水入らずで過ごしてほしいと思い、私はついていくのを辞退したのだが……2人とも寝る暇もない程に仕事が多忙だというのに、結婚記念日だけは毎年ちゃんと祝うのだから不思議なものだな、まったく」

「お医者さんと弁護士だもんねえ。でも夫婦の仲がいいのは良いことだよー」

「歳の離れた弟か妹ができてしまったらどうしようか。ちゃんと私はお姉ちゃんを出来るだろうか……」

「わたしたち、どっちも1人っ子だからわからないけど、あさひちゃんなら大丈夫じゃないかなあ」

 

 少しだけ呆れた顔をする千景が、「あっ、そうだ」と声を上げた。

 

「今日はあさひちゃんのお家でお泊まり会しちゃおうよ! 明日も休みだし、夜更かしして遊ぼうよー!」

「……たまにはハメを外すのもありか。そうだな。チカ、なに食べたい? なんでも作るよ」

「やった! それならカレーがいい!」

「いつもそれだな。どれだけカレーが好きなんだか。……よし。スーパーに買い出しに行こうか」

「お菓子とジュースもいっぱい買っちゃおう!」

「はいはい」

 

 学生生活のほとんどを費やした活動の終わりに対して、2人は特別な感情を抱くこともなく、生徒指導室の鍵が閉められる。

 帰路につくあさひと千景。窓の外には透き通るような青い、青い空が広がっていた。

 ――瀬戸あさひの両親が亡くなったのは、そんなありふれたなんでもない日のことだった。

 

 

 

 




だれぇ……こわいぃ……

過去あさひ…漫画の中の生徒会長みたいな超人。それ以上でもそれ以下でもない。

過去編の続きはまた25話くらい後になる予定です。
ほんへでシリアスなんてないから気長に見てくれ。

マシュマロ
→自由に使ってください。こっちも自由に使います。

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