「あっ、マネさんだ」
学力テスト配信の当日、私とたまが事務所に着き、集合部屋を見ると、私の担当マネの中村さんが2人の女性と談笑していた。
もしかして先輩方か? まだライバーの集合時間には30分ぐらいあるし、私たちが一番乗りかなと思っていたから意外だ。
「おはようございま~す」
「まーす」
「あっ! 秋宮さん、夏風さん、おはようございます。いつもお早い集合で助かります」
中村さんがこちらの方を向くと同時に中村さんと話していた2人もこちらの方を向く。
「うっわ、かわよ……マネさん、あの子らがあきみゃとたまちゃんなの? マジ? 声だけじゃなくて顔も抜群にいいじゃん……絶対いい匂いするよ。嗅がせてくれないかな……」
「霧ノ江さん、配信中ならともかく配信外で後輩にセクハラはやめてください」
「あい……」
そのうちの1人……中村さんの言葉からすると2期生のアザミ先輩がにやけながら、中村さんに早口で問いかける。
別に配信外でやられても話のネタになるから別にいいんだけどなと思っていると、アザミ先輩がたまに話しかける。
「あの、初めまして。へへ……あきみゃだよね。歌配信すっごくよかったです」
「すいません。秋宮は私ですが」
「ええ!?」
「たまです、よろしくお願いします」
「うっわ、やらかしたあ!」
「ちょ、すげえプレミするじゃん」
頭を抱えるアザミ先輩を見て、もう1人の先輩と思われる女性が草を生やしそうな勢いで笑っていた。声質的にはエレノア先輩かな?
「えぇ……あきみゃ、めっちゃ清楚でフリフリな服着てるじゃん……かわよだけど解釈違いだよ!」
「まるで普段が清楚じゃないみたいな言われよう。後輩は悲しんでいます。……まあ、自分でも似合わないとは思ってますけど、今日はたまが私にかわいい服を着せたい気分だったらしいので、しゃーなしです」
今日の私はパステルカラーを基調にしたフリル多めのワンピースを着ている。ファッションにこだわりを持っているわけではないが、自分から中々着ないタイプの服だ。
隣のたまが身長が小っちゃい上に、秋宮ゆららのアバターに近いパーカーにショートパンツといった動きやすい服装だったので、まさか私の方が秋宮だとは思わなかったのだろう。
「似合ってるよう! 折角だし先輩たちにはバチバチにかわいいゆらちゃんを見てもらいたいじゃん!」
「着飾らなくても私は私のままで無駄にかわいいでしょ」
「生たまゆらだ……てぇてぇ……」
「アザミ〜、オタク出すなって〜。かわいい後輩に引かれちゃうだろ〜」
口元に手を当て感動している素振りを見せるアザミ先輩をニヤニヤしながらもう1人の女性が肘で小突く。
「2人とも初めまして。エレノア・レッドハートって名前で活動やってます。名前長いし、エレちゃんとかはーとちゃんとか好きに呼んでね」
「わかりました、エレちゃん先輩」
「わっ、それいいね。わたしもエレちゃん先輩って呼んじゃお〜」
「おお、先輩って響き、なんか新鮮だー……」
声でそうじゃないかと思っていたけど、もう1人の女性も2期生ライバーのエレノア先輩らしい。
魔女学校に通うポンコツ劣等生とかいう設定で外見は赤メッシュ交じりの黒髪でパーカーの上から制服のブレザーを着たアバターのアザミ先輩と、バーチャル日本に異世界転移してきたお嬢様設定で金髪ロリ巨乳のエレノア先輩。2人ともクソガキムーブが特徴的で割と仲がいい(百合にあらず)イメージだ。
2期生はファンタジー色が強くてキャラ設定が濃い人ばかりで、公式紹介文が怪文書と呼ばれるようになったのはだいたい2期生の先輩方のせいだったりする。……正直、天使とか悪魔とかタイムスリッパーとか魔女とかお嬢様とか言われてもロールプレイが大変だし、しょうがないんじゃないかなと思うけど。
「というか! 秋宮、全然配信の時とキャラ違うじゃん! 将来有望なクソガキ枠が入ってきたと思ったのに!」
「まあ、意識してメスガキやってますし……コホン。配信の時の声ならそんな事ないでしょ、センパーイ?」
「いつもの声だ! でも、こんな清楚な恰好でやられると違和感がすごい!?」
「そんなに?」
「実際、初配信の時はびっくりしましたからね」
「そっかあ……」
中村さんにまでそんな事を言われてしまう。
私のカワボってそんなにギャップあるのか……気づかなかったなあ。
「アザミ先輩は、私がかわいい声出すの意外?」
「えっ!? ……配信の時のかわいい声も今の落ち着いた声もどっちも好きだよ?」
甘ったるい声でアザミ先輩に問いかけると、彼女は驚いた声を上げた後にすぐにキメ顔とイケボ(笑)で囁いてきた。
配信中じゃないのにこんな茶番に乗ってくれるなんていい人だなあと思いながら、私もイケボで囁き返す。
「ふふっ、ありがと。これからもいっぱい私の事、応援してね。アザミ先輩♡」
「……ズルいって!? 顔面と声でぶん殴ってくるズルい女だよー!!」
「なんか前も聞いたな」
「うわ、先輩まで墜としにかかるのか。ちょっと引く……いや、アザミがVの女に堕ちてるのはいつもの事だけど……」
顔を真っ赤にしてエレノア先輩の背に隠れるアザミ先輩。エレノア先輩は呆れた様子で呟いた。
「うんうん。ゆらちゃんはいつでも可愛いからしょうがないよね」
そんな先輩たちの様子を見て、たまは隣で静かに頷いていた。いや、どこ目線なんだ……
◇
配信前の打ち合わせが終わり、自由時間になる。
先輩方が席を立つ中、私はたまとさく姐と一緒に机に突っ伏している冬城に声をかけた。
「おーい、冬城、無事か?」
「ことちゃん、大丈夫?」
「ひん……みんなぁ……アタシ、頑張ったよねえ?」
「めっちゃ声上擦ってたけどね」
「まだ配信してないのにやり切った感出されても……」
「この調子で本番も頑張ろうねぇ」
「うぇぇ……」
先輩方と私たちはディスコで挨拶したきりで顔を合わせる機会は今回が初だったので、打ち合わせの前に私たちは簡単に自己紹介をする事になった。
ここで冬城のいつものコミュ障が発動して、すごくしどろもどろになりながらの自己紹介になってしまったのだ。ちゃんとやり切った分、以前よりはマシになってるとは思うけれど、その後の簡単なリハーサルでの反応を見ると、かなり緊張しているみたいだ。
初対面の相手に冬城からプロレスを仕掛けるなんて無茶な事は最初からできないと、自他共にわかっているので、冬城個人で弄られる機会は最初から少なめにしてるらしい。ただ、それでもその少ない機会にちゃんとリアクションできないと配信の進行が滞るだろう。
もう既にボロボロになっている冬城を放置するのはマズいだろうなというのが同期の総意だった。
「あー、よしよし、頑張ってた頑張ってた」
「本番はわたしたちも弄った方がいい? そっちの方がまだ喋りやすいでしょ」
「そうして……この人数の前で面白いリアクション、多分無理……」
「あんまりキツく刺しちゃダメだよねぇ?」
「えっ、たまちゃん、そんな刺してくるつもりなの……?」
「たまはこういう時、滅茶苦茶刺してくるよ」
「えぇ……」
「刺していい相手と刺しちゃいけない相手の区別くらいはできるよぉ!」
そういうとこなんだよなぁ……
まあ、外から見れば、天真爛漫な小動物系美少女である事は間違いないんだけどね。
「3期生の皆さん、大丈夫です?」
「あっ、ぽぷら先輩」
私たちに声をかけてきたのは1期生で@Linkの看板的な存在の白峰ぽぷら先輩だ。
今回の企画でも進行役なので、冬城の様子を気にかけてくれたのだろう。
「なるほどなるほど……それなら私が多めに喋る方がよさそうですね」
「あざます。こっちでもフォローしますんで」
「ふふ、同期の仲がいいようで何よりです。それじゃあ今日は楽しくやりましょう!」
事情を説明すると、ぽぷら先輩は私に任せなさいといった様子で胸を叩いた。
カッコいい先輩だなあ。自枠では悲しきおしゃべりマシーンと言われるぐらいのコミュ強だ。任せておけば何とかなるんだろうけど、あまり負担はかけないようにこっちでも頑張らないとな。
「配信開始までもうちょっと時間あるし、みんなで台本読みこもっか」
「そうしよう。冬城、事前に何言うか決めてれば何とかなる?」
「が、がんばる!」
「よーし、やるぞー!」
そうして4人で本番に向けて打ち合わせをする。
休憩から戻ってきた先輩方から「3期生は真面目だなあ……」と言われたりするのだった。