「ちょっと遅れちゃったなー」
本来乗るはずだった電車に乗り遅れたせいで待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。
私は早足で駅前の待ち合わせ場所に急ぐ。
今日は雑談ネタ作りのため、さく姐とデートだ。雑談配信とゲーム配信はVtuberのメインコンテンツだが、過去の名作も含めて許諾さえ取れればネタに困る事のないゲーム配信と違って、雑談のネタには限りがある。
話のネタになる面白い経験なんてそうそうないからこそ聞いていて面白いのだ。
私は「これ漫画やドラマで見た事あるやつだ!」って感じで色んな事に首を突っ込んできたから、色々な経験はあるけれど、そのせいで現実的にもキャラ的にもコンプラ的にも話しづらい事が多いし大変だ。学内賭博の撲滅とか家出少女の捜索の末に山に登って一緒に星を見た話とか言っても嘘扱い確定だよ。
そういうわけで、雑談ネタという名のトークデッキは常に更新し続ける必要がある。ペットの話やVtuberの同僚と遊びに行った話は先輩達の配信を見ていても頻出するので、リスナー的にも需要があるのだろう。
チカは平日に学校があるし、冬城は外出に対するフットワークが重いので、(定職に就いていなくて暇人の)さく姐を誘って映画を見に行く事になったんだけど……
「お、さく姐発見……なんか話してるな」
待ち合わせ場所にいたさく姐はこちらからは顔が見えないが、目の前にいる男性となにかを話しているようだった。知り合いかな?
たまたま見つけて声をかけただけだろうし話し終わるまで声をかけるのは待とうかなと思いながら、私は彼女に近づいていく。
「……いや~、久しぶりだけどすごい可愛くなってんじゃん」
「はいはい、お世辞はいいから。わたし今待ち合わせ中なの。さっさとどっか行って」
「なに、もう新しい男作ったの? 昔はその辺適当だったのになあ」
「うっさい。もう関係ないでしょ」
あ、これ面倒くさいトラブルの方か。
さく姐が適当にあしらっているのが聞こえてきたので、私は助け舟を出すべく彼女に声をかける。
「あーや~! 遅れてごっめーん! 寝坊しちゃった!」
「えっ、み、えっ……?」
流石に知り合いがいる前でライバー名で呼ぶのはマズいと思い、さく姐の本名から今考えたあだ名を呼んで、ついでに身バレを控えるために活発なキャラを演じて腕を絡めると、さく姐はわかりやすく困惑した。
私は彼女に小声で囁く。
「ほら、ライバー名はマズいでしょ」
「あ、ああ、そっか」
さく姐は納得いったのかどうか曖昧な様子だが頷いてみせる。
「で、だれアレ? ナンパ?」
「……元カレ。貸した金も返さずに1年前に音信不通になったきりだったのに、なんで今更出会っちゃうかなあ、もう最悪」
「うわ、ダメ男じゃん」
男を改めて見る。全体的にチャラチャラとした恰好に肩に担いだギターケース、その上でさく姐の話をあわせてみると、彼は典型的な売れないバンドマンというやつだろう。
声優を目指しながらも芽が出ずにバイトで食い凌ぐ生活をしていた上で、こんなダメな男に引っかかっていた過去まで知っちゃうとは。さく姐が不憫でしかたないよ……
そんな事を思っていると、目が合った男が喜色を浮かべて私に話しかけてきた。
「うわ、すっげーかわいい。なんだよ、綾乃。お前こんな可愛い子と友達だったんならもっと前に俺に紹介してくれよー。ね、きみ、名前は? どこ住み? ラインやってる?」
「あんたねえ……! ほら、無視して行くよ」
さく姐が腕を引いてくるが、このまま放置していてずっと付きまとわれるのも面倒だし、ここで対処しておいた方がいいだろう。
「私のあーやにこれ以上付きまとわないでくれません?」
さく姐が「何言ってんのお前!?」と言いそうなくらいにギョッとした顔で私を見る。おもろ。
売れないバンドマン(仮)の彼が困惑した顔でさく姐を見た。
「え、なに。お前そっち系だったの?」
「そ……」
「そうですよー。私とあーやは真実の愛で繋がれた最愛のパートナーなの。わかったらさっさとどこかに行ってくれません、元カレさん?」
さく姐の言葉を遮り、男の言葉を肯定する。
「んー……よくわかんねーけど、男がいた方がよくない? ほら一緒に楽しもうぜ」
男が私とさく姐の間に入り、肩を組んでこようとする。
その伸ばされた手をひらりと躱し、捻り上げる。
「痛っ、いでででで! 握力つっよ!?」
「触らないでもらえます?」
さっきまでの明るい声と打って変わって低い声で男に告げる。
「百合に挟まる男は投げ飛ばしてもいいって言うのが私の信条ですけど、そうなっちゃうとギターが貴方の下敷きになって壊れちゃいますね。もったいない」
「あだだだ!! ギブ! ギブ!」
「まあ、私のあーやから奪い取ったお金で買ったものだろうし、別にいっか。それじゃあ……」
「待った! 悪かった! 悪かったって!」
グッと力を入れて引き寄せようとすると、謝罪の言葉が出てきたので手を離す。
「騙された! こんなゴリラに付き合ってられるか!」
手を押さえしばらくの間呻いていた男は、息を整えた後に捨て台詞を吐いて駅の方へ去っていった。
引きこもり生活で劣化した私に対して背中を見せて逃げるとは……ふっ、雑魚が。さく姐には相応しくないな。
「やったぜ」
「あ・ん・たねぇ~!! 変な誤解されちゃったでしょうが!」
ふんすとドヤ顔でさく姐を見ると、そう怒られてしまった。解せない。
◇
「まったくもう……」
少し目立ってしまっていたので駅前を離れ、映画館近くのカフェに入ると疲れた様子でさく姐がそう呟いた。
「いやあ、貴重な体験だったね、さく姐。配信のネタにも使えるよ」
「みゃさあ。あんたはともかく私まで変な属性つけないでよ……」
「女の子同士の愛ってのもいいものだと思うよ、あーや♡」
「やめなさい」
さく姐が大きな溜息をつく。
「さっきの元カレ、さく姐の家知ってるの? もし付き合ってた時と変えてないなら引越した方がいいよ。身バレ的にも後々また金銭的に迷惑かけられないためにもね」
「そうするわ……はあ、4年住んできた格安アパートも卒業かあ。思っていたよりお給金はもらえているから問題ないけれど、こんな形で引っ越す事になるとは。急いでも1週間くらいかかるだろうし、その間配信どうしよう……」
「配信なら私の家使っていいよ。なんならしばらく泊まってく? はるゆららウィークとか言って同居生活配信してもいいかもね」
「あー……考えとくわ」
申し訳なさがあるのか遠慮気味だが、身バレ云々で迷惑を受けるのはさく姐だけじゃないし、そもそもこんな面倒な事になったのは私にも責任がある。
さく姐があのダメ男ときっぱりと縁を切るためには助力は惜しまないつもりだ。
「にしても、大変だね。さく姐も」
「ほんとよ。わたしって男運ないのかしらね……高校の時のサッカー部の彼氏はマネージャーに浮気するし、上京してできた彼氏のあの男はフリーターとか言いつつ、デートではわたしにたかってくるわ金は持ち逃げするわで……ダメだ、思い返すと泣けてきた」
「おー、よしよし。きっといつかいい相手が見つかるよ」
当たり障りのない言葉でさく姐を慰める。
今は配信者なんだから、身バレ云々も考慮してちゃんとした相手を見つけてほしいけれど……この有様だとまたダメな男に引っかかりそうだなあ。心配だ。
……そうだ。
「……? どうしたの、みゃ? 恥ずかしいって……」
さく姐の頬を両手で挟んで、じっと見つめながら私は口を開く。
「どうせ、ダメな人に引っかかるのなら、私に引っかかってみない? 男運は悪くても女運はいいかもよ?」
「なっ!? ば、バカっ! バーカ!」
顔を真っ赤にさせて私を振り払うさく姐。
彼女はさっきまで私が触れていた頬を自分の手で覆う。
「あー……顔あっつ。もう……もう! そういうのはわたしじゃなくてたまちゃんとかことちゃんにやりなさいよ!」
「なんで? 私、好きな人になら誰にでもやるよ?」
「っ……! な、なおさら悪いわ!」
さく姐の鋭いツッコミが私の頭に炸裂した。いたい。
◇
後日談として。
「そういえば、この前さく姐と映画デートに行ったんだよねー。そしたら男の人にナンパされちゃってさあ。この時ばかりは可愛すぎてスマンって思ったね」
映画デートの詳細をくわしく
まーた同期タラしこんでる…
そのナンパ野郎はどうしたの?
百合に挟まる男は…すぞ
「その後どうしたかって? 『私たち付き合ってるんで~、この後、ホテルに行くんでお呼びじゃないです』って言ったらなんか応援された」
ヤったな
百合に挟まらない男だったからヨシ!
自宅に連れ込んだ次はホテルに連れ込むとか…こーれ、完全にヤってます
[春原さくや]そういうんじゃないから!
「あっ、さく姐いるじゃん。この前は激しかったね」
当日の事は脚色を入れて配信のネタとして消費された。
この後、冬城からのチャットがうるさかったけれど、リスナーの反応は良かったのでオッケーです。