秋宮ゆららは青を喰む   作:Ni(相川みかげ)

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誤字報告ありがとうございます。ゆららの一部表記がうららになっていました。原因:マスターデュエルのやり過ぎ


4.初配信のその前に

 @Link公式からの3期生のデビュー発表の後に、秋宮ゆらら名義のSNSアカウントが開設された。

 同じ事務所のVtuberの先輩達(一応、ディスコでは既に挨拶している)からのリプライに返答したり、ディスコで話すように同期のついーとにリプライするなど、ひとまずは特にウケを狙わず無難に運用している。

 そんな特筆する事がない日が続き、ついに初配信の日がやってきた。

 

「いや〜。ごめんね、あさひちゃん」

 

 もう数時間後には初配信が始まるという中で、私は、配信未経験者であるチカがちゃんと配信の設定ができているか確認しに彼女の家に来ていた。

 私にはクソ配信者としての経歴だけしかないが、腐っても配信経験者である事に変わりはない。配信機材やソフトの使い方は一通り把握している。マネージャーからは家の近い私に、それとなくチカの様子を確認してほしいと言われてるし、なんなら本人からも頼まれた。

 

「いいよ別に。チカの次が私の配信なんだから、チカが配信事故って面倒くさくなるのは私でしょ」

「たしかに! なら、いいバトンを渡せるように頑張らなくちゃね!」

 

 私達の初配信は1時間間隔でのリレー形式で行う事になっている。苗字の頭文字が春夏秋冬の順番でさく姐からチカ、私、冬城の順に配信を行う。

 冬城がトリで大丈夫か、と心配する声も多かった(9割本人の声)が、失敗してもそれはそれで面白そうだし、まあいいでしょ。トリだから失敗しても私達に迷惑かからないし。

 

「うん、設定は大丈夫。後はディスコに乗せたマニュアル通りにやれば配信開始するから」

「ありがとー!」

 

 パパっと確認した感じでは配信設定や機材に問題はなかった。

 配信のやり方自体はずっと前から周知していたし、非公開設定でテスト配信もしているから問題ないだろうとは思っていたけど、こうして確認して一安心だ。

 ふと、画面に映る『夏風たま』。中身()がなく微動だにしない2Dアバターを見る。

 

「ねえ、たま(・・)

「……なあに、ゆら(・・)ちゃん」

 

 私はパソコンを見つめたまま彼女に問う。

 

「私を(秋宮ゆらら)にしたかった理由はどれだけ聞いても教えてくれる気はないんだろうけどさ、あなた(チカ)あなた(たま)になりたい理由ってなんだったの?」

「どうしてそんな事聞くの?」

「だって、チカはこういうコンテンツにはあんまり関わってこなかったでしょ。面接でだって私のことばっかり言ってたみたいだし、本当にVtuberやりたかったのかなって」

 

 ……初配信の直前に言う事じゃなし、本当に今更だけど、そんな言葉が飛び出てくる。

 

「配信のためだけにマイクを買ったり、こんないいパソコンに買い替えちゃってさ、私をVtuberにしたいだけでVtuberになるんだったらここまでする必要ないでしょ」

「ここまでする必要あるよ。あさひちゃんと遊ぶためならこれくらいの出資は惜しくないの! あと、わたしがVtuberになりたかった理由は他にもちゃんとありますし……」

「え、本当? なんで?」

 

 意外だった。てっきり本当に私をVtuberにするためだけに自分も付き合っているのだと思っていたのだけれど。

 振り返ってじっと見つめると、彼女はモジモジとした後に口の前で指でバッテン印を作った。

 

「……恥ずかしいから、ないしょ」

「まーたかわいこぶって。私か男子にしか通用しないからね、そういうあざといのは」

「うぐ、ごめんなさい……」

 

 彼女は「最近、内緒にしてばっかりだなあ……」としょぼんとする。それを見て思わず私は笑ってしまった。

 

「ふふっ、いいよ別に気にしないで。どんな我儘言われたって今更だし。たまにはやりたい事があって、(ゆらら)にはやるべき事がある。うん、それだけわかればもう十分」

「……あさひちゃんはそれで大丈夫?」

「うん、大丈夫。そんな事よりさ、ここまで手伝ったんだからちゃんとした配信にしなよ?」

「もちろん!」

 

 自信満々にチカはそう言い放つ。この感じだと問題なさそうだな。

 私も自身の配信の準備をするために、チカの母さんに挨拶をしてから家へと戻った。

 

 

 さく姐の配信は大きな問題もなく終わった。声優としての活動歴(仕事歴とは言っていない)が長かったからかどうかは知らないが、初めての配信だというのにかなり話し慣れていた。

 大人しめのお姉さんキャラで初配信は通していたけれど、いつ化けの皮が剥がれるか楽しみだ。

 

「たまの犬耳はたこ太郎とお揃いなのです! いいでしょ〜」

 

かわいい

すこだ…

ぴょこぴょこしてる

これは清楚

 

 今はたまの配信を見ながら最終チェック中だ。

 画面上のたまは、笑顔のまま腕にかかえたデフォルメされた犬のマスコットと同期するように頭の犬耳を動かしている。私の猫耳もそうだけど、あれってどうやって動いてるんだろうね。

 それよりも私はその配信のコメント欄と視聴者数を見てげんなりしていた。

 

「視聴者数1万とちょっと。コメント欄もすごい早いし。いくら視聴者増やそうとしてなかったっていってもこんなに違うものなのか」

 

 さっきのさく姐の配信もこれくらいの人が来ていたけれど、企業勢というだけで初配信の盛り上がりは、ゲヘナちゃんとしての普段の配信の時より100倍近くは違っていた。ちなみにゲヘナちゃんとしての活動はスカウトを受けた日から一度もしていない。グッバイ、ゲヘナ。

 もちろんこれは私達の力ではなく、いわゆる箱推しと呼ばれる人たちが@Linkに期待して見に来ているからであり、もっと言えばここまで@Linkを成長させた先輩Vtuber達のお陰だが……

 たまには調子に乗って変な事言わないように注意しとかないと。そう思った時だった。

 

「好きなのはカレーとゆらちゃん!」

 

!?!?!?

てえてえ…

大胆な告白は女の子の特権

てえてえ…

 

 プロフィール紹介の途中だったのだろう、たまがとち狂ってそんな事を言い出した。あのさあ……

 

[秋宮ゆらら]カレーと同列に語るな

本人降臨www

カレーと同列の女

 

「あっ! ゆらちゃん! ちゃんと配信できてるよー! 準備手伝ってくれてありがと〜!」

 

たまゆらてえてえ…

初配信からてえてえの過剰摂取で死にそう

もう死んだゾ

 

 とりあえずコメントは打ち込んでおく。こういう絡みは視聴者にも人気だし。

 それはそれとして、まだ関係性も固まっていない初配信の中で唐突にぶっこまれた爆弾に頭を抱える。

 『夏風たまを人気にするための冴えたやり方』で安直に考えていた、炎上商法と媚び売りで集めた視聴者を、たまの方にトスする作戦はそのまま使うわけにはいかなくなった。

 たまからコンビ売りを示唆するような事を言っちゃったから、私との関係を簡単に切れないのが痛い。それに、私が変な炎上したらたまにも影響が出る可能性まである。アンチは絶対突っ込んでくるだろうし。

 

「はあ、前途多難だ」

 

 どうしてこんな事になってしまったのやら。

 Vtuberに誘われ、受けて、こうして始めるまで、何度も繰り返した自問自答の後に、私は思考を放棄して当初予定していた自分の初配信の構成を変更し始めるのだった。

 

 

 




百合だねえ…

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