転生ハインケルの騎士道   作:クラウンドッグ

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転生

もしも星が輝かなかったら、空など見上げず済んだのに。

 

あまりに眩しく煌めくから、手を伸ばしてしまったのだ。

 

光を当てられ背伸びする。だけど星には届かない。

 

愛を求めてみたけれど、それは裏返ってばかりいる。

 

唐突に終わりを告げられて、遠ざけてくて星を差し出す。

 

そして輝きは自分を追い越していった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あ?」

 

 

目が覚めて、顔を洗って、鏡を見る。

それだけでとぼけた声が出たのは、覗き込んだ鏡に映った顔に、猛烈な違和感を覚えたからだ。

 

いや、違和感なんて生易しいものではない。

 

それが、別人の顔であるという確信。

 

 

どたっ、と音を立ててみっともなく尻もちをついた。

慌てて両手で顔をまさぐって、やはり違和感。自分の目はこんなに大きかったか?自分の鼻はこんなに高かったか?自分の口はこんなに引き締まっていたか?額は、頬は、顎は。

 

なんて、すべての確認が手遅れだ。そんな不確かな作業をするより前に、鏡を見てしまっているのだから。

自分の目で、見たのだ。

 

 

目を瞑って立ち上がり、鏡の前に立つ。意を決してゆっくり瞼を開けても、それまでの光景が夢だという事はなく、そこにはやつれた赤髪の男が立っていた。

 

 

「は、ひぃ…ひぃ……」

 

 

自分が自分でないという恐怖。呼吸が乱れ、喉から悲鳴が出るのを必死に押し殺した。

 

 

誰だ、こいつは。

 

 

また鏡を見つめる。

男は、やつれている。頬はこけ、目は窪み、唇は乾きーーーー、それでいて、素材は整っていると言っても差し支えない。

だからこそ、ひどい。美しいものが望んだ形とは異なるもので汚されている。……というのが最も適切な評価だ。

 

 

『俺』はこいつを知っている。

 

この愚かな男を知っている。

 

 

剣鬼ヴィルヘルムという父を持ちながら、剣聖テレシアという母上を持ちながら。

剣才に恵まれず、折れて、折れて、折れ曲がった騎士。

妻を何年も救えず、白鯨の討伐に母を推薦し死なせた最悪の男。

『剣聖の加護』が母テレシアから子ラインハルトへ引き継がれたと理解して、子を詰った人でなし。

 

最悪の、最低の、クズ。

 

それがこの男。

 

ハインケル・アストレアだ。

 

 

 

 

 

その男に、どうしてだか自分は転生した。

 

今、ハインケルの肉体を動かす『俺』はーーーー

 

 

『俺』はーーーーー……………誰だ?

 

 

 

 

 

 

目を閉じれば、ハインケルとしての記憶が脳裏に甦る。その時々にハインケルが感じたもの、思ったこと、やったこと。

 

だけど『俺』の記憶はひとつもない。すっぽりと抜け落ちているのだ。

 

 

どこに住んでいたのか、家族の顔も、自分の名前さえ白紙になっている。

 

ただ『俺』がハインケルではないという確信だけはあった。

 

 

そしてハインケルとして生きていかなければならないという確信もーーーーー

 

 

 

「……ルア、ンナ………」

 

 

 

ハインケルの記憶が溢れ出す。ハインケルの感情が飽和する。

 

 

「親父……ッ、母さん………ッ」

 

 

 

『俺』を飲み込まんと、ハインケルが殺到する。

 

『俺』はその勢いのままに走り始めた。

 

 

「ラインハルト……ッ!」

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

走る。

 

脚がもつれて転んだ。

 

走る。

 

横っ腹が痛くなって転んだ。

 

走る。

 

呼吸が乱れて転んだ。

 

 

それでも走る。

 

 

 

 

「ラインハルト!」

 

 

練兵場の扉を開けて、己の子の名を呼んだ。

声はみっともなく裏返っていたかもしれない。かすれて聞こえなかったかもしれない。

 

 

「……父上?」

 

 

だが、ラインハルトは確かにハインケルを認めた。

 

練兵場で訓練する皆が一斉にハインケルを見つめた。視線に込められた感情は一様に驚愕と侮蔑だ。

ハインケル・アストレアはお飾りの近衛騎士団副団長。無駄飯喰らいの異名が轟くのも時間の問題だ。

 

特に、若い頃のハインケルを知らぬ新米騎士などはいっそう軽蔑していた。

幸いと言うべきは、練兵場にハインケルを止められる人物がいなかった事だ。誰しも副団長という肩書きに物怖じして睨みつけるが関の山。ラインハルトの元にハインケルが辿り着くのは必定だった。

 

 

「……ラインハルト」

 

 

未だ子供のラインハルトを見下ろして、その名前を呼んだ。青空を閉じ込めたような瞳。視線が交錯する。

 

言葉が出なかった。『俺』はもちろん、ハインケルからも。

どう言葉を紡げばいいかわからない。母を失ったあの日、子を詰る父を諌めず、人生を懸けた剣聖という称号を子に奪われてから、ハインケルはラインハルトを愛さなくなった。

 

つまらない嫉妬心だ。例えどれだけ不幸でも親は子を愛するべきなのに。

 

 

「ーーーどうなされましたか、副団長」

 

 

ーーーそれは拒絶のように思われた。

 

はっと息を飲んで、ラインハルトの真意を探り当てる。

ラインハルトのこれは、ただ単に公私混同していないだけだ。

騎士としての訓練をしている時間だから、副団長に対して敬意を払っただけ。

決して、ハインケルの子としての振る舞いを拒否したわけではない。ハインケルを親と認めていないわけではない、……そう、信じて。

 

 

「ラインハルト……その、なんだ」

 

 

詰まるハインケルの次の言葉を、ラインハルトは柔和に待っている。その瞳は冷え切っているようでいて、また続きを懇願するようでもあった。

 

 

そんな目で見ないで欲しい。父親失格のハインケルに、父性を求めないで欲しい。

そんな事が頭を掠めて、肝心の言葉は出てこなくて。

 

だから。

 

 

「今日は、俺が稽古の相手をしよう」

 

 

そんな事を言って、ハインケルとラインハルトの。父と子の模擬戦が行われる事になった。

 

 

それぞれに木剣が手渡され、模擬戦の規則を大まかに説明される。

それをぼんやりと聞きながら『俺』は考えていた。

 

固い掌だ。ハインケルの掌には幾度もまめを潰した痕跡があった。その結果が、この不恰好な固い掌だ。

それだけの努力をして、どうして。

 

「はじめ」という合図が遠くで聞こえた気がして、意識を切り替えていく。

 

 

ラインハルトは天才だ。

そんな言葉では利かないほど、天才なのだ。

内戦を終結に導いた英雄ーーー先代剣聖テレシアより、そんな母から剣を奪った父ヴィルヘルムより。

圧倒的な才能をもって生まれたのがラインハルトだ。

 

そして、そんな莫大な剣才を限界まで引き出す『剣聖の加護』がラインハルトにはある。

 

 

しかし、いくら才能を発揮したとしてもラインハルトはまだ子供。身体ができていない。ラインハルトの剣才に身体が追いつかない。

 

だからいくら何でも、まるでその姿を追えないなんて事はーーーーーー

 

 

炎がゆらめいて。

 

 

 

ーーーーーまるで、その姿を追えない。

 

 

 

 

ラインハルトは子供の身でありながら、とうに世界最強の一角に名を連ねる者となっていたのだ。

 

こうして親子の模擬戦はただの一合も交わす事なく終わるーーーーーーわけではない。

 

 

 

 

 

ハインケル・アストレアは凡才だ。しかし非才ではない。特別な才を持たない者の中では一等強い。それだけ磨き上げられた剣技は、閃光にすら例えられ、あるいは機能美を感じさせるものですらあるだろう。

あらゆる無駄を排除し、錬磨された剣は最短最速で敵を断つ。

 

だから、なのだ。きっと。

 

見えないはずの剣を、防げたのは。最短で決着をつけようとしたラインハルトの剣撃を防げたのは。

 

 

 

ハインケルの肉体は咄嗟に動いていた。正中線を守る木剣の構え。直後に衝撃が来てビリビリと腕が痺れを覚えた。

 

一顧だにせず、返す刀でラインハルトを打ち据えるーーーー届かない。炎がゆらめくようにしてラインハルトは刃圏から逃れている。

 

ラインハルトの姿が沈む。瞬き厳禁の足払いが迫った。これを子供のそれだと侮れば、脚がひしゃげて曲がるだろう。

故に、足を払われるまま側転するようにして威力を受け流す。立ち上がるついでに蹴りを差し込むが、ラインハルトは容易く防いでいた。

 

 

距離を取って一息。訓練の合間に見ていた新米騎士たちの驚嘆が目の端に映った。

アストレア家の汚点であるハインケルの善戦を。若き剣聖ラインハルトの規格外の力量を。

 

 

「いく、ぞぉぁ!」

 

今度はハインケルから攻める。

大きく踏み込み、横薙ぎの一閃が直撃ーーーーする前に、ラインハルトは身を躱すとそのままするりとハインケルの懐に潜り込んだ。

 

木剣の柄尻がハインケルの腹筋を貫く。くの字に折れたハインケルの顎をラインハルトが拳で掠めるようにして撃ち抜いた。

 

脳が揺れる。膝が折れて視界が逆転し、倒れる感触があってーーーーー意識は吹き飛んでいった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「…………っ」

 

 

眠りから目覚めるのと失神から気を取り戻すのとでは、まるで感覚が違う。

眠りであれば何となく時間の経過がわかる。しかし失神はまるで時間が消し飛ばされたように感じる。

失神する一瞬前の記憶が吹き飛び、自分が気絶していたという事実に困惑する。

 

 

 

「おれ、は………」

 

 

思い出す。ラインハルトとの模擬戦。

初撃をなんとかいなし、攻勢に転じてーーーー反撃でやられた。

 

齢10にも満たぬ我が子にこうもあっさりやられるとは何とも情けない。

せめて守勢のままならもう少し………と考えて、隔絶したラインハルトの実力を鑑みれば今の結果と大差ない情景が脳裏にありありと浮かぶ。

 

 

「起きられましたか」と顔だけ知っている騎士の1人に声をかけられて、時刻だけ聞くとハインケルは立ち上がって屋敷に帰る事にした。

 

 

 

 

ルアンナの眠る……もう何年も動かない妻のベッドの隣に腰掛けて、手を握る。

 

 

この感傷はハインケルのものだ。

 

決して『俺』のものではない。

 

 

だと言うのに、悲しみは変わらずこの胸の内にあった。

 

 

ルアンナと出会った時の胸の高鳴りを覚えている。夫婦になった時の喜びを覚えている。ラインハルトを授かった時の幸福も。

 

なのに実感だけがない。

やはり『俺』がハインケル・アストレアとは違うという確信。

 

 

「俺は、どうしたらいい……?」

 

 

『俺』は、ハインケルは、どうすればいいのだ。

 

 

いつの間にかルアンナと繋いだ手に力が入る。

 

どうすればいいかなんて、とうにわかり切っていた。

ハインケルが見て見ぬふりをしていた問題。

ハインケルが解決したいと願っていた問題。

 

それらの問題と、正面から向き合う。

 

それが『俺』の、ハインケルの、役目だ。

 

 

 

「すまない、ルアンナ………ほんの少しの間だけ……」

 

お前を助けるだけの時間を他の事に割く。

 

 

ハインケルの人生はルアンナの『眠り姫』を治療するためだけにあった。

母テレシアから『剣聖の加護』がラインハルトに受け継がれ、剣聖という夢を失ったあの日から、特にそれは顕著になった。

 

 

『眠り姫』という原因不明の病からルアンナを救い出せぬ事、幾星霜……ハインケルは無力感を募らせていた。

それでもまだルアンナを、ラインハルトを、家族を愛していた。ひたすらに、ひたむきに『眠り姫』の治療法を探したし、剣への情熱を忘れた日もなかった。

 

そしておよそ2年前、三大魔獣の一角である『白鯨』討伐のための部隊が組まれる事になり、ハインケルはそれに参加するよう要請されていた。

 

しかし未だルアンナを『眠り姫』から解放する術の手がかりさえ得ていない状況で、ハインケルは死ぬわけにはいかなかった。

死ーーーーそう、死だ。 相手は世界を400年間脅かし続けてきた『白鯨』ーーー、未熟な自分では死ぬだけだとハインケルは考えた。

 

だから自分の代わりに母を、剣聖テレシア・ヴァン・アストレアを討伐隊に推薦した。

 

 

そして、テレシアは帰らぬ人となった。

 

 

 

それがアストレア家崩壊の序曲。

 

奇しくも白鯨討伐の最中に『剣聖の加護』がテレシアからラインハルトに移った事もあり、テレシアの夫ーーー父ヴィルヘルムはラインハルトを詰った。

祖父が孫を詰ったのだ。「テレシアが死んだのはお前のせいだ」と。 そんな時、2人の間に入らなければならないはずのハインケルは絶望感に打ちのめされて、何もしなかった。

 

己の父親が己の息子に詰め寄るのを見ていて、何もしなかったのだ。

本当に詰られるべき自分を差し置いてラインハルトが傷つくのを黙って見ているだけだった。

 

 

それからラインハルトは祖母を殺した罪を背負い、ヴィルヘルムはアストレア家を出奔した。

当のハインケルは剣聖という夢が破れ、ルアンナを『眠り姫』から醒ますという目標に縋るしか生きる術を見失っていた。

 

 

だが、それも今日までだ。

『俺』がハインケルに転生した今日この日をもって、ハインケル・アストレアは妻だけでなく、再び家族を愛する事を決めた。

 

 

やり直すのだ。ゼロから。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

ラインハルトが帰宅した。屋敷の玄関で使用人夫婦が出迎え、夕食の支度がもうすぐできる事などを伝える。

そこにハインケルが姿を見せると、使用人夫婦の視線が少し厳しくなる。特に妻の方が。夫の方はまだましであり“まあまあ”とジェスチャーで妻を制していた。

 

というのも、ラインハルトが帰宅するより前に使用人夫婦には“心機一転がんばる!”というようなニュアンスで決意を伝えたのだ。 ラインハルトとの関係の修復したい旨についても伝えていたが、本当にそれが果たされるのか未だ疑問なのだろう。

 

しかし『俺』のーーーハインケルの決意は固く、覚悟も決まっている。

 

 

「ただいま帰りました、父上」

 

 

ラインハルトはハインケルの姿を確認すると柔らかに微笑んで軽く低頭した。

 

それが、ハインケルの心に刺さる。

『俺』がハインケル・アストレアならば憤慨していただろう。己の子にあっさり負けて、勝ち誇られるならまだしも何事もなかったかのように笑いかけられるなど。

 

だが『俺』は、ハインケル・アストレアではない。少なくとも精神はハインケルではない。

だから、同じように微笑んで「おかえり」と言ってやった。

 

使用人夫婦は本当に驚いたような顔をして、続くやり取りに目を見張らせている。

 

 

「ラインハルト、夕食前に少しいいか?」

 

「はい、何なりと」

 

 

そんなやりとりをして、ハインケルはラインハルトをルアンナの眠る一室に案内した。

 

ベッドに腰掛け、ルアンナの手を握った。

 

 

「憶えているか? 前はここで3人で眠ったりした……」

 

 

「昨日の事のように思い出せます」

 

 

数年前ーーーーまだ母も健在で、ラインハルトが『剣聖の加護』を継ぐ前。 ハインケルは家族を愛し、また愛されてもいた。

ルアンナは『眠り姫』だったが、ハインケルはそれと真っ直ぐに立ち向かい、ラインハルトとも良好な関係を築いていた。

 

 

「もっと砕けた口調でいい。……家族なんだ」

 

 

「……………うん」

 

 

ラインハルトは、静かに頷いた。

それが無性に嬉しかった。離れていた距離が縮まった気がして。

 

なんてひどい自作自演。そんな感慨が自分の中に湧いた。

 

 

「………今まで、すまなかった。ラインハルト」

 

 

だから、謝らなければならない。

ハインケルが原因で始まったアストレア家の不和。ハインケルが解消せずして誰がやる。例え自作自演と詰られようと、ハインケル自身がやり遂げねばならない事だ。

 

 

「何の話かな?」

 

 

ーーーしかし。

 

しかしラインハルトは、その謝罪を受け入れなかった。

 

 

「ーーーーーッ」

 

 

絶句する。ハインケルが押しつけた罪を、ヴィルヘルムが詰った業を、何の疑問も持たず背負っているのだ。

 

それがきっと、ラインハルトの生き様なのだろうと直観した。

剣聖となったラインハルトの、誰よりも自然で、超然な……英雄でしかありえない精神性。

 

 

だが、ハインケルは知っている。他の誰よりもラインハルトを知っている。実の親子だから。

ラインハルトが強くて賢くてすごいだけの、ただの子供だと知っている。

 

 

「母上が亡くなった事。その責任をお前に押しつけた事。お前を詰る親父を止めなかった事。お前が傷つくのを見ていて、何もしてやれなかった事。………数え始めたらきりがないな」

 

 

「お祖母様は僕が2年前に殺した」

 

 

「違う。母上…お前のお祖母様を殺したのは白鯨だ。そして、その場に誘ったのは俺。……お前は何も悪くないんだ、ラインハルト」

 

 

ハインケルの罪禍は数えたらきりがない。しかしそのすべてをラインハルトが背負っていた。幼い身には、重すぎるものを。

だがそれはハインケルのものだ。ラインハルトは今までハインケルの犯した罪を預かってくれていただけだ。

それを返してもらわなければならない。ハインケル……『俺』が、ハインケル・アストレアとして生きるために。生き抜くために。生き切るために。

 

 

「でも、お祖父様は僕が……」

 

 

「お祖父様は頭に血がのぼっていた。…最愛の妻を亡くしたんだ」

 

 

それも息子が討伐隊に推薦したせいで。

しかも自分は別の任務で一緒にいてやる事もできなかった。

 

だから、その憤懣をわかりやすい標的にぶつけた。『剣聖の加護』を受け継いだラインハルトに。

 

 

「お前は悪くない、ラインハルト。 悪いのは俺だ。……それなのに、お前に罪を押しつけていた。……どうか許してくれ」

 

 

それはハインケルの心からの謝罪だった。 テレシアの死から連鎖した不幸の原因がハインケルにある事は明らかだ。それはハインケル自身の記憶にも深く刻まれていた。

しかし、その罪を認めてしまえば。妻を『眠り姫』から救えない無力感、剣聖になれなかった絶望感、それに母を殺した罪悪感が重なってしまえば、凡人でしかないハインケルは雁字搦めになって身動きが取れなくなると自分でわかっていたのだ。

 

だから、自分の罪を認められなかった。

 

しかし『俺』はハインケルであってハインケルではない。だからハインケルが認められなかった罪も己のものとして背負い込むことができた。

 

 

低頭するハインケルに「許します」とラインハルトは言った。

 

 

「ラインハルトは父様を許します」

 

もう一度、頭を上げたハインケルと目があってからラインハルトはそう言った。

それはあまりにも簡単な赦しのように思えた。ラインハルトとしてではなく剣聖としての赦し。ラインハルトはここでハインケルに詰め寄って良かった。殴って良かった。泣いて良かった。

しかしそうはせず、赦した。なんなら笑顔も添えてそうした。それに怖気を感じられずにはいられない。子供の感性ではない。

 

しかしそれらを押し殺し、ハインケルはラインハルトを抱き寄せた。

例え偽りのようであっても、それは確かに一歩ではあるのだから。

 

 

「ありがとう、ラインハルト」

 

 

ラインハルトの頭を撫でる。さらさらの赤い髪が指の隙間を通っていった。

 

「お前は……」

 

“俺の誇りだ”と言おうとして踏み留まる。それはきっと、英雄でしかないラインハルトを、さらに人ならぬ何かに至らしめるもののような気がして。

 

 

「お前は、良い子だな」

 

 

そう、言い換えるのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

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