アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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某鯖の皆様、添削に付き合って頂きありがとうございました。



第十話 Guilty No.1 Drag

【悲報】百合ヶ丘の(プランセス)墜つ

4月某日に百合ヶ丘女学院の訓練場で行われた百合ヶ丘の(プランセス):番匠谷依奈(アールヴヘイム)VS無法者(デスペラード):真榊衣緒里(無所属)の模擬戦は、番狂わせの結果となり真榊の勝利となった。

真榊の固有技能とも言える聖域転換の攻性利用をあらかじめ警戒していた番匠谷は、近距離戦闘(クロスレンジ)に持ち込まれつつも確実にその攻撃を避け反撃の一撃で制していく。

格闘戦では決め手に欠けると判断した真榊は、一度距離を取り一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)に戦術を切り替え確実なダメージの蓄積を狙いに行く。しかし、それを許すまいと番匠谷は突貫を許さず体術を織り交ぜた連撃をカウンターし、怯んだ真榊に着実に攻撃を加える。ここまで依然有利に立ち回り、射撃戦を苦手とする真榊を、二丁のCHARMから放たれるマギの弾丸で追い回す番匠谷であったが、真榊の挑発に乗ってしまい隙を見せた所へ接近を許してしまう。

ここ来て、この日初のCHARMを交わした二人。聖域転換の攻性利用によって防御結界を減衰させられ、CHARM越しでさえ残る大きな衝撃に怯んでしまう。続く二度目の交差の直前、真榊が携えるユニークCHARMの真価を発揮、分離した散弾銃(ショットガン)を至近距離で浴びせ戦闘の主導権を確実な物とした。

痛みに悶える番匠谷を真榊の振るったアッパーカットが空へと打ち上げる。そして一瞬の地対空の射撃戦により空中で張られた煙を隠れ蓑に真榊は壁を足場に駆け上がり、レアスキルによる高速移動を織り交ぜながら四方から放たれる散弾の弾幕を張り、逃げ場の無い番匠谷を狩り立てる。

自由の効かない空中で散弾の嵐を受け死に体となった番匠谷へ、天井を足場に猛禽の様に飛び掛かった真榊が、超至近距離で放った砲撃が炸裂し、謎の新入生、無法者(デスベラード)こと真榊衣緒里の勝利が確定した。

 

勝者である真榊と師弟の関係にあるY・T・M氏に曰く、「アハハ!アイツのスキルはゼノンパラドキサだからナ。見切りと障壁を活かした一撃離脱で疲弊させたところを高速移動で仕留めるってのがアイツのスタイルだゾ!」とのこと。

さる筋からの情報によると、真榊は他の旧アールヴヘイムの人員全てに挑戦し───

 

 

ビリィッ!

 

 百合ヶ丘女学院第一校舎の廊下の掲示板に、早朝から張り出されていたリリィ新聞なるゴシップまがいの掲示物を、それが音を立て破けるのも意に介さずに遠藤亜羅椰が毟り取った。

 

「ゼノンパラドキサ…!それがあの子の本質(レアスキル)……!あぁ!なんて素敵なの!?あの小さな体にどんな矛盾(パラドクス)を孕んでいるのかしらぁ!」

 

 顔が朱に染まり、下腹が辺りが熱く疼く。体をゾクゾクと震わす源は、あのいけ好かないチビの本質へ触れられた興奮なのか。それとも己の雪辱を晴らす戦いへ臨む前の武者震えなのか。それとも己の毒牙で味わう未知の甘美な肉の味への期待なのか。もしくはその全てなのかもしれない。

 

「こうしてはいられないわぁ…!真榊衣緒里ィ!どこなのぉ!?」

 

 

──特別寮

「きゃあ!なんですの亜羅椰さん!」

「ごめんなさいね支配人さん!ちょっと急いでるの!」

 

 特別寮に駆け込んだ途端にぶつかった寮の支配人に一言詫び、二階の角部屋に住んでいるお目当てのリリィ(オンナ)の元へとひた走る!

 

「衣緒里!いるんでしょう!出てきなさい!まだ始業まで時間があるわ!それまで私とCHARMで交わりましょう!」

 

 ドンドンとけたましく扉を叩くが一向に起き出してくる気配が無い。

 すると隣で、バタンと扉が開く音がした。キィキィと鳴く蝶番の音が耳に障る。

 

「朝からうるさい!……お前、亜羅椰か。なんで朝っぱらからこんな所にいるんだ」

「あら鶴紗。あの子のお隣だったのねぇ」

「……あのやかましい二人なら、さっきバタバタ騒ぎながら飛び出ていったぞ」

 

 

──射撃練習場

「うーん。当たらないよぉ~」

「梨璃。これくらいの距離なら目を瞑ってでも当てられないと一人前のリリィと呼ばれるには程遠いわよ」

「ひぇ~~ん!」

「ごきげんよう!無法者(デスペラード)はこちらかしらぁ!」

「ご、ごきげんよう亜羅椰さん。えっと、ここには朝からお姉様と私だけですよ」

「あら、それは邪魔したわね。射撃の練習をしていたの?…どうかしら私がコツを教えてあげてもよくてよ?じぃっくりと。体にね」

「亜羅椰さん。梨璃の指導は私が行います。お引き取り頂けるかしら?それともお引き取りさせられたいのかしら?」

 

 

──LGアールヴヘイム控室

「天葉姉様……」

「樟美…目を閉じて」

 

 

 切なさを瞼に閉じこめ、金銀の糸と影が今重なる――

 

 

「ここかしら!」

「「ひゃあっ!」」

「違うわねぇ……でもあの子と同じぐらいそそらせるシチュエーション!私も混ぜて下さいましぃ!」

「出てってぇーー!」

 

 

──1年李組教室

「まったく、散々な目に会いましたわぁ…。いいじゃないですの天葉様ったら。別に減る物じゃないんですのに……あら?」

 

 仮にも表面上は優等生と扱われている亜羅椰が、始業時間ギリギリに教室に入ってくるのは彼女らしくない。お目当てのリリィが腰かけているであろう席に目をやると、そこには人影も荷物も無い。早朝に部屋を出ていた割にまだ登校してはいないのだろうか。

 

「……ねぇ。伊紀(いのり)。無法者のおチビちゃん。まだ来ていないのかしら?」

 

 そう問う相手は李組のクラス委員長の北河原伊紀。彼女も特別寮の住人なので、何か聞いているかもしれない。

 

「あ、衣緒里さんでしたら、今日から2,3日の間『用事』があってお休みされるそうですよ」

「それってつまり、最低でも二日以上お預けってことぉ!?そんなに我慢できないわ!ねぇ、いったい誰がこの熱を冷ましてくれるのぉ!?」

 

 

▲▽▲

 

 

 太陽も未だ夜空のベッドに沈む早朝、校舎前に停泊しているガンシップ――リリィの遠征に使用されている人員や物資を空輸することを目的とした中型戦術輸送機の前に幾らかの人影が佇む。

 既に点火されているターボファンエンジンから轟音が響き、巻き上げられた砂塵に眼を顰めるのは、体のラインが際立つキャットスーツのような衣装に身を包む身長の凹凸が激しい二人。その衣装は百合ヶ丘のモノトーン調の制服のデザインからかけ離れた光沢の無い黒一色のスーツで、躯幹部や二の腕と太腿に巻き付いたベルトには装備(モジュール)を取り付けるための固定具(ハードポイント)が取り付けられており、よく見ると腰にはミニスカートのような短い飾り布が風にたなびいている。

 

「千秋様、遅いですわね。後3分で刻限ですのに……間に合うのでしょうか」

「問題ねぇよ。アイツは期限と約束は守るタイプだ。茶菓子の消費期限は守らないがな」

「昨日のお出し頂いたカスタードプリン、もしかして……」

「冴えてるじゃねぇか。作戦中に腹壊さねぇといいな」

「きったねぇですわ!というか騎士様も食べられてましたよね!?」

「あたしは強化(ブーステッド)リリィだから関係ねぇな」

冒涜者共(ベステミアトーリ)め!騎士様から人らしい営みまで奪いましたのね!」

「おい。仮にも任務の相方の腹痛(はらいた)を願っているのかテメェは」

 

「ごめんなさ~い!お待たせしました~!」

 

 校舎の影から黒い鞄を背負った、これまた黒づくめの人影が飛び出てきた。駆け寄て来るに連れ、待ち人である千秋で分かるが、その黒さは未だ差し込まぬ陽の光のせいではなく、その衣服や顔に付いた煤や油の汚れのようだ。

 

「時間ギリギリだな。頼んだ通りの仕様には出来たか?」

「問題無~し!グングニルのカービン仕様(カスタム)とアステリオンのスニーキング仕様(カスタム)への換装、注文通りに仕上げて来たよ!」

 

 千秋からそれぞれ受け取った黒い鞄を、各自の背中の固定具に括り付け、飛び出ている握り(グリップ)を二人が引き抜くと、先日の番匠谷依奈が両の手でそれぞれ振るっていた物と同型のCHARMが各自の手に握られていた。衣緒里が握るグングニル・カービンは、光沢の無いマットブラックの塗装が施され、細部の部品が異なっており、アーセナルの手が加わっていることが見て取れる。それに対し、アンナマリアの手に握られているアステリオンは、普段は都市迷彩(シティカモ)がフレームに施されているが、今度の任務の特性に合わせた迷彩(マルチカモ)の塗装へと変更されている。

 

「流石あたしの相棒、いい仕事をするじゃねぇか。只の仕様変更だけじゃなくて、握りからなにからあたしに合わせてくれたのか?」

「まぁ、ムラマサの設計データからの流用だけどね。衣緒里(いおりん)のパーソナルデータに合わせて改修したから使い心地はグンバツの筈だよ!それじゃ、私の仕事はここまでだね。シスターさん、いおりんのことを頼んだよ!」

「えぇ、頼まれましたわ。ところで千秋様。昨日の夜食にお出しいただいたプリンの消費期限の事なのですが……」

 

「ロスヴァイセの御二方、もう出発時刻ですよ!早く搭乗してください!」

 強行偵察レギオン、LGシグルドリーヴァのガンシップ『グラーネ』から体を乗り出したリリィが声を掛けた。

 

「それじゃ、シスター行ってくるぞ。留守は任せたぜ。相棒?」

「任されたよ!気をつけてね~!」

「お待ちくださいまし!プリンは?私の食べたプリンの消費期限は!?」

 

 衣緒里がアンナマリアのベルト状の固定具を掴んでガンシップへと引きずって無理やり搭乗させる様子を、千秋はニコニコとした笑みを浮かべながら見送っていた。

 

▲▽▲

 

 LGシグルドリーヴァ

 百合ヶ丘女学院が有する強行偵察を専門とする特務レギオンであり、レギオン斥候(リーコン)とも呼ばれている。戦況不明地域の捜索や新型のヒュージの先行調査を専門とする一方、対G.E.H.E.N.A調査等をも行う危険地域調査のプロフェッショナルである。

 幾度の戦地を駆けた歴戦の宙船の内装は、目立つ汚れや落書きも無く、良く清掃され備品の整理も行き届いており、備え付けられた小型の側机には茶器まで置かれていた。

 『グラーネ』の乗務員室の壁面に取り付けられた座席に腰をかける外様の二人は全身黒尽くめの装いで、斥候部隊の者たちからは浮いており、ちらちらと視線を感じる。

 

 

「はじめまして。LGシグルドリーヴァ主将遠野(とおの) 捺輝(なつき)です。本日はよろしくお願いいたします」

 

 地を離れ、機内のジェットエンジンの鼓動に揺れる機内の揺れに動じることも無く、この機体の主は見事な敬礼をしてみせた。

 

「あぁよろしく頼むぜ。主将殿」

「先日のアールヴヘイムの亜羅椰さんや依奈さんとの決闘、どちらも拝見しておりました。あの凄まじい戦いぶり、まるでデュエル世代の方々のような勇姿でしたね」

 

 賞賛に慣れていないのか、衣緒里は頬を紅く染めながらポリポリと爪で掻く。

 

「そうでしょうそうでしょう!私の騎士様はと~っても強いのですからあの程度の方々の相手は出来て当然ですわ!」

 

 アンナマリアが豊満な胸を張り鼻を高くし、まるで私事のように声を張り上げた。

 

「お前はどの立場から物を言っているんだこの野郎。そういうお前はアールヴヘイムの連中とやり合って勝てるのかよ?」

「まぁ!私はか弱い修道女(シスター)ですのよ?私がそのような野蛮な真似をする訳が御座いませんわ!」

 

 いけしゃあしゃあと返すアンナマリアを、もの言いたげな目で睨むが、すぐに何を言っても無駄だと悟り、近くに置かれた輸送機の内装には似合わない華美な茶器へと手を伸ばした。

 

「で?遠野先輩、シグルドリーヴァ(そっち)の特務は新潟遠征の事前偵察だって聞いてるが、ロスヴァイセ(うち)の方の事情はどこまで通っているんだ?」

「はい。先日ロザリンデ様から頂いた資料には目を通しております。甲州の陥落地域内で稼働している未認可施設の調査ですよね」

「あぁ。陥落した地域の町役場だかの所の調査だな。とっくに陥落した地域の筈なのに、G.E.H.E.N.A印の運搬車が複数回出入りした形跡ある。なにかしらの研究施設だか工場だかになってるんじゃないかって話だが、黒だと判ったら暴れて来いだってよ」

「なるほど。だからそのような物々しい装備なのですね」

 

 捺輝は衣緒里達を視線で一舐めする。

 胸元に取り付けられた小型無線機と交互通信装置(PTT)に加え、首とこめかみに掛けられた骨伝導ヘッドセットが二人に共通しているが、それぞれの腰鞄(ウェストポーチ)が異なる。

 アンナマリアの鞄の端からは、アンテナらしき鉄棒が飛び出している。長距離用の無線機だろうか。

 一方の衣緒里が肩に掛けているのは分厚い生地で折られた布製の鞄。小柄な彼女がはち切れんばかりに膨らんだ大きな荷物を抱えていると相方と比べて(いささ)か不格好なシルエットになっている。

 

「今回の任務は陥落地帯内の自治体設備を改造したと思われる未認可施設の調査です。恐らく当施設は"アンプル"の製造に携わっているのではないかと考えられます」

「アンプル?……確か親G.E.H.E.N.A系のガーデンに配備されるとの噂のあるマギの強制増幅剤の俗称でしたか?」

「えぇ、そうですわ。瞬間的にリリィのマギを充填することの出来る魔法のお薬、などと謳っておりますが、実際の所は捕えたリリィの血を濾過してマギの濃度を高めただけの穢れた聖血(イーコール)!そんな悍ましい代物が存在するなんて、頭がどうにかなりそうですわぁッ!」

 

 フゥフゥと獣のような荒い息を吐きながら憤る黒尽くめの修道女を目にした捺輝の顔が痙攣したかのように引き攣った。冷静さを失った相方から引き継ぎ衣緒里が代わりに答えを引き継ぐ。

 

「あたし達の仕事はその精製拠点らしい施設を調べて、可能ならぶっ壊してくること。まだ実際の内部の状態は不明だが、わざわざ陥落地帯なんてまともな奴は踏み入らない所に居を構えてるんだ。どちらにせよ、まともな連中はいねぇだろうな」

 ケッ!と品の無い悪態を付き足を組み前髪を弄り始めた。

 

 食客を二人抱えて中部地方の山嶺を臨むように空を駆るガンシップ。捺輝自身達とはまた異なる特務を担うレギオンの新入りは、戦地偵察で見て来たリリィ達や百合ヶ丘を筆頭に著名なガーデンのトップリリィ達にも、事実追随しうる実力者なのだろう。衣緒里さんは遠藤亜羅椰や番匠谷依奈というトップリリィの一角を担う二人を下せるだけの実力を、既にあの大衆の前で示している。アンナマリアさんも欧州においては、あの(ワン)家の次女の狙撃手に比肩する狙撃スコアの持ち主。どちらも戦譜(スタッツ)で見た限りでは、自身の役割(ポジション)に拘りがあるきらいがあるが、そんな印象すら細事と切り捨てられる優秀なリリィ達だ。

 

(正直に言えばシグルドリーヴァ(うち)に欲しかった人材だけど……)

 

 秀逸なリリィは上位の格付けのレギオンに引き抜かれるのはこの時代の常。百合ヶ丘女学院自体も引き抜き癖の悪評が付き纏うガーデンであり、その校内でもレギオンメンバーの奪い合いが起きるのは毎年の常だ。だが、まだ新学期が始まったばかりの時期に、既に所属レギオンが決まっているのはかなりの異例だ。中等部からの繰り上げ入学組であるならともかく、二人とも外部からの編入生。これといって編入前からのツテも無いリリィが、あの(・・)LGロスヴァイセへの所属というのもかなりの異例だ。そして、件のレギオンも新年度になってから急の主将の変更。より実践慣れしている筈の石上碧乙やロザリンデ様ではなく、高等部へ進学したばかりの北河原(それがし)への交代はどうもきな臭い。噂に寄ると、どうやらあの理事長先生の直々の指名による交代劇であったらしい。対G.E.H.E.N.A戦線の最前列に立つレギオンのトップの交代と実力派新人の加入。何か大きな戦いの前触れでなければよいのだが。

 そこで思考を打ち切る。辞めよう。今我々がすべきことは、彼女達を目標の地点まで送り届ける事と、(きた)新潟戦線(・・・・)の威力偵察だ。強行偵察レギオンの主将を任されている身に、余計な事柄に思考を割いている暇はない。

 

 

「では騎士様、参りましょうか」

「あぁ?ちょっと待ってくれ。パラシュートが上手く付けられない」

 

 装備の点検を終えたアンナマリアが、体に括り付けたパラシュートを一撫でして衣緒里に声を掛けたが、未だにパラシュートの装着に手間取っている。

 

「もう!パラシュートは使い捨てにするのですから、CHARMケースの上から取り付けて大丈夫ですわ。ほら後ろを向いて下さいまし!着けて差し上げますわ。戦闘以外はぶきっちょさんなのですから、もっと私を頼って下さい!」

 

 アンナマリアが背を向けた衣緒里の背中に、パラシュートが格納されたバックパックを括り付けた。背中のCHARMケースや腰の銃鞘(ホルスター)の影を無視すれば、幼児の背中のリュックサックに荷物を詰める年上の令嬢に見えなくもない。潜入任務のため、長い髪の毛をお揃いのギブソンタックに結っているので余計にだ。

 

「パラシュートの使い方は大丈夫ですね?」

「あぁ。シュミレーターでやった通りだろ?この腰紐を引っ張ればパラシュートが開くんだ。そういうお前はどうなんだ?シュミレータールームには来なかったじゃねぇか」

「私は百合ヶ丘に来る以前に、幾度か使用したことがありますから大丈夫ですわ」

 

「LGロスヴァイセのお二人の降下ポイントまであと30秒!」

 

 オペレーターの弘報が機内に反響する。衣緒里とアンナマリアの戦臨を間近にしてなお不敵な視線が宙で交わった。

 

「後部ハッチ開放!降下準備良し!」

 

 油圧式のハッチ開閉機構が軋みを上げながら、彼方に輝く朝日の輝きが無骨なガンシップの内を照らす。幾人かのリリィ達がその眩さに目頭を覆った。

 

「それではお二人とも、ご武運を!」

 

 展開されたハッチから轟くジェットエンジンの噴射音に負けじと捺輝が声を張り上げ激励を送る。

 

「LGロスヴァイセ、真榊衣緒里!」「同所属、アンナマリア・レギーナ・フェラーリ!」

「「降下!」」

 

 

「うぉぉぉぉ!鳥にでもなったみたいだ!」

「そんなこと言っている場合ですか!既に任務は始まっておりますのよ!」

 

 上空1500メートルの高度から自由落下を始めた二人のリリィが、重力と(すさ)ぶ気流に任せ、ひたすらに対地速度を加速させる。ふわり等と生易しい音色は一切無く、轟轟(ごうごう)と轟く風切り音と上空の凍えるような冷気が大地へと落ちていく二人へ、容赦なく襲い掛かる。

 そんな、極限状況下の最中でアンナマリアの眼球にマギが流れ紋様が浮かび上がる。

 

「レアスキル、天の秤目!」

 

 暗く重く輝いた瞳孔、天の秤目の副次効果により異常視覚を獲得した蒼い眼は、遥か数㎞先に位置する目標地点の建造物を、アンナマリアの網膜に確かに映し出した。

 

「目標確認!対象建造物までの距離、約5000メートル!打合せの通りですわね!」

「流石は特務レギオンってところだな!行くぞ!」

 

 衣緒里が一声上げると、それぞれの解傘索を手繰り、バックパックから落下傘を展開。傘の受ける空気抵抗により、ようやく落下速度が幾分か減速し、百合ヶ丘のお嬢様たちらしい、ふわりと浮かぶ綿のような落下速度へと到達する。

 ふわりふわりと、左右に傘を揺らしながらゆるやかに舞い落ちる二人。

 遥か上空から目指した大地も残り数10メートル。

 まだ数メートルも残る高度でパラシュートを切り離し、地上に鋭く飛び降りる。

 風に流れ宙を流れたなびき、風に流れていくパラシュートの影を背負い二人のリリィが地に降り立った。

 

「さぁて任務開始(ミッションスタート)だ。暴れるぜ」

「まずは偵察ですわよ。暴れるのはその後ですわ」

 

 

▲▽▲

 

 

 百合ヶ丘女学院の広大な敷地の外、山稜に跨る森林。地表を薄く雑草が茂った木陰で腕枕で、睡眠の悦を享受する短い緑髪のボブカットを黄色いリボンでツーサイドアップに結ったリリィが、可愛らしい髪を土で汚すことも厭わず、快眠を貪っている。

 未だ太陽は天頂には遠い。彼女は平日の昼間にも関わらず、学校の敷地の外れで一人勝手気ままに過ごせる身分…というわけなのだろうか。

 

「ごきげんよう。(まい)様」

 

 気持ちよく瞼を閉じている彼女の傍に現れた桃色の髪に猫の耳を模した髪飾り(ヒュージサーチャー)を載せた乙女、遠藤亜羅椰が姿を見せた。

 その挨拶で目を覚ましたのか、頭頂に揺れる一房の髪を揺らし、瞼を擦りながら起き上がった。

 眠気眼を擦りながら、たっぷりと息を吐いて伸びをし、周囲をキョロキョロと見回し、やがてぼやけた目が冴えて来たようだ。

 

「……おう亜羅椰。梅に何か用カ?」

「このような外れに先客がいるとは思いませんでしたわ。(わたくし)もご一緒させていただけますか?」

 

 にこりと弛んだ頬を肯定と見たのか、亜羅椰がスカートの裾を手で丸めながら、梅の横に仰向けに寝転んだ。

 

「もう昼休みカ。結構寝ちゃったみたいだナ」

 

 再び足を投げ出しながら寝転んだ緑髪のリリィがぽつりと呟いた。

 

「残念ですが、まだ二時限目が終わったところですわぁ」

「ありゃりゃ。それじゃあもう一眠りするカ。……ん?亜羅椰は講義を取って無いのカ?」

「初めてサボタージュ、というものをしてみたんですの。中々どうして、悪い気分ではありませんわね」

「アハハハ!初めてのサボりカ!じゃあ梅といっしょにお昼寝しようナ!」

 

 ごろりと寝転んだ二人のリリィが木漏れ日から覗く青空を共に見上げる。暫し流れる穏やかな時間。鎌倉における人類を守る最後の砦とは思えないほど静かだ。

 

「梅様」

「ン、なんダ?」

「アールヴヘイムに、お戻りになる気はございませんか」

「エ?アハハ、急になんダ?」

 

 梅が頬をポリポリと掻きながら答えた。

 

天葉(ソラハ)の差し金カ?それとも依奈(エナ)カ?いや、(アカネ)カ?」

「いえ、私の個人的な希望ですわぁ。再び初代アールヴヘイムの皆様方が揃った姿を見たい、というのは百合ヶ丘のリリィ達、いえ、(あまね)く全てのリリィ達が望んでいるのではなくて?」

「アハハ!そんなに期待されても困るゾ。ウーン……梅は、いいかナ」

 

 声のトーンが変わり、先ほどの朗らかな雰囲気が鳴りを潜める。

 

「梅は、しばらくは、一人で気楽にやろうかなって、感じかな。イロイロ、あったしナ」

「―――そう、ですか。」

 

 言外に発される、これ以上は踏み込むなという、明確な拒絶の意志。それを察せぬほど遠藤亜羅椰は無粋な女ではない。だからこそ、ここで本命を斬り込むことを選んだ。

 

「本題なのですが、真榊衣緒里の身元保証人は梅様だと天葉様からお聞きしました」

「……まったく、天葉もおしゃべりな奴だナ。その通りだゾ」

「アイツの過去を掘り返す気は、ありません。言動の端々から、それなりに壮絶な経験をしてきたというのは察せますわぁ。私が聞きたいのは、彼女が他の『リリィ』の『オマケ』でやってきたという事についてです」

「ハ?オマケ?」

「えぇ。アイツ、言ってましたわよ。『あたしはオマケだよ』って。何かお心辺りはございませんか?」

 

 寝転がったまま、亜羅椰の横で制服に包まれた浅黒い手が、顔に添えられた事を流し目で確認した。横になりながら、何かを考えるような素振りでもしているのだろう。

 

「天葉からどこまで聞いているのかは分からないケド、衣緒里(イオリ)の奴を推薦したのは、確かに梅だゾ。でも『リリィ』の『オマケ』なんて話は知らないナァ。それに―――」

 

 そこで梅が言葉を止めた。

 

「仮にそんなヤツがいたとしテ、オマエは何をするつもりなんダ?」

 

 ここまで朗らかな表情と態度を崩さなかった梅の、ワントーン低い声に思わず、亜羅椰は思わず身震いを覚えた。

 

「……いえ、特に。ただの興味本位ですわ。あれほどのリリィがオマケ、だなんて本命の君はどれほどのリリィ(オンナ)なのだろうかと、思いまして」

 

 暫しの沈黙。そして、

 

「なーんダ。それは多分アイツの思い過ごしだゾ。今年の新入生は粒ぞろいだけど、梅が知ってる限り、少なくとも一番強いAZ(アタッキングゾーン)のリリィはオマエか衣緒里のどっちかだゾ。TZ(タクティカルゾーン)はメルクリウスからの楓・J・ヌーベル。BZ(バックゾーン)はヘイムスクリングラからの(ワン)、ワン、わんなんだっけカ。ウーン、ワンワンとかってリリィだったと思うゾ!なんでも引き抜いた際に国際問題になりかけたってサ」

「そんな犬みたいな名前のリリィ聞いたことありませんわぁ。同級に(わん)雨嘉(ゆーじあ)ならおりますけれども。あの子も只者ではないとは思っていましたが、やっぱり血統書付きの子猫ちゃんなのねぇ。……ってもしかして話題を逸らそうとされていません?」

「ア、アハハハ、き、気のせいだゾ!」

「もう少し!もう少しだけ上手く誤魔化そうとして頂けませんか!?」

 

 露骨に明後日の方向に向いて声を無理に張り上げる梅の横で寝転ぶ亜羅椰はいたたまれなくなり、思わず起き上がる。

 

「し、知らないゾ!梅はな~んにも知~らなイ!」

「やっぱり何かご存じなんですねぇ!?さぁ、あの子の事、洗いざらい吐いてもらいますわよ!」

 

 亜羅椰が咄嗟に反応する暇も無く、黄色く染色された刀身が眩いCHARMを梅が掴むと、埋め込まれたマギクリスタルコアに固有(バインド)ルーンが光り輝く。

 

「レアスキル、縮地!」

「キャッ!」

 

 コアに輝いたルーンが、木漏れ日の中にモノトーンの突風と黄色い軌跡を巻き起こした。

 

「……あの子の逃げ足の速さもつれなさも梅様譲りということかしらぁ」

 

 一人寂しく取り残された亜羅椰の呟きは、葉陰からさんさんと降り注ぐ陽光に溶けて行った。




ガンシップ『グラーネ』
LGシグルドリーヴァの移動用ガンシップ
巡行速度の速さに加え、ステルス性の高い機体構造となっているが、搭乗室及び物資積載スペースは通常のガンシップの半分ほどとなっている。
原作にはLGシグルドリーヴァのガンシップの設定が未出のため、本作オリジナル。
由来はワーグナーの楽劇、『ニーベルングの指環』に登場する戦乙女プリュンヒルデの愛馬『グラーネ』より

遠野(とおの) 捺輝(なつき)
威力偵察専任特務レギオン、LGシグルドリーヴァの主将
紅茶が好きでガンシップにも常備しているらしい。
ヴンダーと教えて二水ちゃんで口調が違う人。

北河原(きたがわら) 伊紀(いのり)
衛生(・・)レギオン。LGロスヴァイセ主将
理事長直々の指名で主将に就任したとの噂がある。
特別寮の住民はみんな家族だと思っているらしい。

吉村(よしむら)thi(ティ)(まい)
衣緒里の身元保証人らしい。
謎の多い彼女の過去を知っているらしき人物。
おサボタージュ常習犯

衣緒里、アンナマリア
次回、初任務開始
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