アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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コミケ行かなかったので初投稿です。


第十一話 善き者達の悪巧み

 

 時を遡ること数日前。

 百合ヶ丘女学院特別寮内のLGロスヴァイセのレギオン控室を目指し、年季の入った木製の床を軋ませる。

 錆びが目立つ真鍮のドアノッカーをコツコツと鳴らすと、「どうぞ」と声が中から聞こえた。

 夕陽が差し込む、ぼろの木造建築の一室で、けたましいクラッカーの炸裂音が新参達の鼓膜を揺らす。

 

「真榊衣緒里さん!アンナマリア・レギーナ・フェラーリさん!そして霞千秋様!ようこそ、LGロスヴァイセへ!」

「え、何?なに!?ナニ!?」

「どうぞどうぞ!こちらへお越しください!」

 

 色素の抜けた桜色の髪を冠の様に結ったリリィ、LGロスヴァイセ主将の北河原(きたがわら) 伊紀(いのり)が控室に入って来た三人、その中でも面識の無い千秋の腕を包み込むように握ると、部屋の中央に置かれたソファにぐいぐいと引っ張っていった。

 

 銀髪の麗しい三年生、ロザリンデ・フリーデグンデ・V(フォン)・オットーに連れ立って赴いたサイズ感の凹凸の激しい三人組を出迎えたのは、特務レギオンという仰々しい肩書に似合わない歓迎の空気であった。

 あれよあれよという間にメンバーらしきリリィ達に取り込まれ、それぞれを上等なソファに座らせられると、三人の前に陶器のグラスが握らされ、色鮮やかなジュースが注がれる。

 

「私達、ロザリンデ様から今度の特務の打合せ(ブリーフィング)があるって聞いてきたんだけど!?」

「まぁまぁいいじゃないの!千秋さん!特務リリィなんて堅苦しい肩書そのままの振る舞いなんかしてたら、すぐに肩が凝っちゃうわよ!まずは百合ヶ丘らしくお茶会でもして親睦を深めないと!特務のお話はその後でも遅くないわ!私、石上(いしがみ) 碧乙(みお)!よろしくね!」

 

 千秋の横にドカっと腰を下ろした碧乙の馴れ馴れしい口利きと距離の近さに千秋は引いている。

 歓待の雰囲気もなんのその、衣緒里は遠慮も無しにテーブルの上に雑に広げられたスナック菓子に手を伸ばし、むしゃむしゃと食べ始めた。その横でアンナマリアは顔見知りらしき、リリィにホールケーキを切り分けてもらうよう頼み、グラスを傾けていた。

 

「なんで二人はそんなに落ち着いてるの?ていうかこの人たちと顔見知りだったり!?」

「そりゃそうだ。あたしとシスターは、こいつらと同じ特別寮住みだぞ。なんなら、一度勧誘までされてるからな」

(わたくし)にはお誘いは来ませんでしたがね」

 

 アンナマリアがケーキの載った皿を片手にぼそりと呟いた。

 

「あなたにレギオンのお話が行かなかったのは、単に強化リリィでは無いからよ。秀逸なリリィを悪戯に傷者にする訳にもいかないでしょう?」

 

 ソファの縁に腰掛けたロザリンデが、口元に近付けていたティーカップを何かに気付いたようにソーサーに置き直した。陶器の立てた音に顔を向けた伊紀がロザリンデの目くばせに気付くと立ち上がった。

 

「では不肖LGロスヴァイセ主将、北河原伊紀が新しい同志達の歓迎の音頭を取らせていただきます!皆様、お飲み物は持たれましたか?……それではお三方、ロスヴァイセにようこそ!乾杯!」

 

 グラスを上品に鳴らす音が辺りからキン、キンと鳴り響いた。

 

「衣緒里さん。あなたと共にCHARMを振るえること、とてもうれしく思うわ。よろしくね」

「そうかい。あたしは別に嬉しくねぇなぁ。シケ面共の相手なんざ、ごめんだね」

「それでも私達と共に戦うと決めてくれたのでしょう?好意は素直に受け取っておきなさい。そうでないと要らぬ敵を増やすことにもなりかねないわ」

「……ふん」

 生暖かい眼で自身を見下ろすロザリンデから衣緒里がそっぽを向いた。ふてくされた表情が、彼女らしからず、年相応に可愛らしい。

 

「みんなお肌が白くて綺麗だから羨ましいなぁ~。私なんか、お肌のケアは頑張ってるつもりだけど、(すす)やら油まみれになっちゃって、いっつも真っ黒になっちゃうのよねぇ」

「特に何もしてないけど……強いて言うならしっかりお風呂に入る事かしら。うちの大浴場って美肌効果もあるからお肌のケアにもいいのよ」

「へぇ~。そういえばあの大浴場、薬湯みたいな効果があるとかなんとかって聞いたことあるよ」

「えぇ、マギの回復を促す効果もあるのよ。……失礼だけど、あなたお風呂入ってる?匂うわよ」

「え?……もう三日間くらい入ってないかも」

「……今日は入りましょうね」

 

不外(はずさず)の聖女、銀弾の御手!欧州最高峰の狙撃手がロスヴァイセに加入して頂けるなんて夢みたいです!」

「そんなに褒められたら困ってしまいますわ。あ、ケーキのお代わり下さいます?

「どうぞどうぞ、召し上がり下さい!」

「騎士団の頃には考えられませんでしたわ。こんなにおいしいケーキを沢山の仲間達と共に頂けるなんて、夢みたいですわ!」

「騎士団……確かご出身の教立百合十字騎士団(セントリリィ・クロスナイツ)のリリィは、二人一組(ツーマンセル)での戦闘が基本で、極少人数で構成されたレギオンで大陸の各地の守護に当たっているんですよね!」

「えぇ、そうですわ。私の家族(ファミリー)は騎士様と女司祭(マザー)の三人で地中海近辺の守護を担っておりましたの!──そう、いつも、三人で戦っておりましたのよ……」

 アンナマリアの端正な顔に影が刺し込んだ。何か思う事でもあるのだろうか。

「……ファミリー、家族…素敵な響きですね。……私も、ロスヴァイセの皆を、ひいては特別寮に住む皆を家族、と思っております」

「まぁ。では私も?」

「勿論です!アンナマリアさんも、衣緒里さんも、そしてロスヴァイセへの協力を決めてくださった千秋さんも、大切な家族です!」

「……あぁ、主よ。この素晴らしき出会いに感謝を」

 両手を顔前で合わせ祈りを捧げるアンナマリア。隣に腰掛けている伊紀からは、その表情は黒いベールに隠され見えなかった。

 

 

 宴も佳境。年頃の少女たちが甘い菓子に舌鼓を打ち、盃を傾け他愛の無い話題に花を咲かせる。百合ヶ丘女学院だけでなく、他ガーデンでも出撃や訓練の合間に暫し許される戦士たちの安らぎの時間。

 しかし、忘れてはならない。

 新参の三人がこの場に連れて来られたのは、茶会や馴れ合いためではなく、血生臭い特殊任務の打合せのためだ。と、少なくとも衣緒里は認識していた。

 

「ロザ様、結局特務の話はどうなったんだ?」

 

 特務の話題が出ることも無く宴は進み、この饗宴の始まる前には、明るかった空もいつの間にか陽が沈んでいる。

 このままでは、一向に特務の話が出ることも無いのでは。と、業を煮やした無法者(デスペラード)が空気を読まず、低い声でロザリンデに囁きかけた。

 

「特務……特務?あぁ、そうだったわね」

「おいアンタ、絶対忘れてたろ」

 

 一瞬惚けて知らぬ存ぜぬという素振りが出たロザリンデが、衣緒里の物言いたげな瞳に映り込む。

 クスクス、と悪戯な微笑を一瞬浮かべた彼女だが、瞬きを数度繰り返すと、そこには家族()達をからかっては微笑む年長の乙女ではなく、氷のように冷たい眼差しを湛えた、怜悧な一人の戦士(リリィ)が佇んでいた。

 

「皆さん、歓迎会はこれまでよ。彼女達の打合せを始めますよ」

 

 二、三度柏手を打つと、それに気づいた一人が壁に掛けられていたリモコンを手に取りボタンを押した。照明が落ち壁の一角に裂け目が入ると、なにやら物々しい台座のような機械が出てくる。

 急な雰囲気の変化に、千秋がキョロキョロと目を回している。

 

「お、おおぅ。急に始まるねぇ」

 

「それでは仕切り直しまして、今回の衣緒里さん達に出撃していただく特務のお話をいたします。では碧乙姉様、先に例の物をお渡しください」

「はいは~い」

 

 碧乙が何処からともなく取り出した二つの包を衣緒里とアンナマリアの手に乗せた。

 

「なんですのこれ?」

「まぁまぁ、開けてみて。レギオン加入記念のプレゼントみたいなものよ」

 

 碧乙に促されるままアンナマリアが包を紐解くと何やら黒い布の塊が現れた。広げてみると、それは黒一色に彩られたジャンプスーツのようだ。ぱさり、と薄手の革で作られた手袋が床に落ちた。

 

「あら、ぴったりですわね!」

 

 服屋でサイズを確認するかのように襟元を首に当て袖を広げ、アンナマリアが感嘆の声を上げる。

 

「それは、潜入任務用の特殊作戦制服の試作品です。前々から、開発されていた代物なのですが、今回の任務に最適だと予想されますので、急遽ロザ姉様に腕をふるって頂き、お二人に合わせたサイズに仕立て直していただきました」

 衣緒里がその小さい手で、広げられたスーツの各所に取り付けられた留め具やベルトを弄っているが、やがて腰元に取り付けられた、ひらひらとした、薄い飾り布に気付いた。

 

「このスカートみたいなの、必要か?」

「必要ですよ。特務に当たる身であっても、百合ヶ丘のリリィとしての可憐さを忘れるべからず、というシンボルのようなものです!」

「いや、百合ヶ丘のリリィだってばれたら不味いだろ」

「気の持ちようのお話です!それにこれは、デザインをして下さったのもロザ姉様なんですよ!ほら、ロザ姉様も衣緒里さんに何か言ってあげてください!」

「私の趣味よ」

「ロザ姉様!?」

 

 

「こほん、話が逸れました。特務のお話を続けますね」

 

 わざとらしい咳ばらいで話を仕切り直した伊紀が、懐から薄い赤色の液体が中に充填された針の無い注射器の様な物を取り出した。

 

「恐らくはご存じないでしょうが、これは『アンプル』と呼ばれるマギの高速充填回復薬品です」

「う~ん、知らないなぁ。いおりんは知ってる?」

「ご存じねぇなぁ。治験になら付き合うつもりはないぞ」

 

「『アンプル』ですってぇ!?」

 

 アンナマリアのヒステリックな金切声に数人のリリィが耳を押さえた。

 彼女らしくない獣の様な荒い吐息。青白い肌に血管を血走らせおよそ聖職者とは思えない容貌だ。

 あまりの変貌ぶりに周囲のリリィ達に困惑している。

 

 先日の理事長と三役との会談の時から薄々と察してはいたが、常においては慈愛溢れる心優しい修道女として振舞おうとするシスター・アンナマリアの心乱される事柄は、大方察しが付く。

 怒り心頭、怒髪天を突く様相のアンナマリアを尻目に、衣緒里が低い声で口を開いた。

 

「シスターの様子だと、G.E.H.E.N.A印のお薬ってか?」

「正にそうです。G.E.H.E.N.A製の薬品で、無針式の注射器で首筋等の動脈に直接打ち込むことで、濃縮されたマギの充填剤を体内に取り込むことが出来ます」

「はは~ん。私、わかっちゃた!」

 

 場違いで得意げに声を上げた千秋に視線が集まる。

 

「その『アンプル』って奴には依存性があって、一度使ったらやめられなくなっちゃうんでしょ!ダメ、絶対ってね!」

「いえ、むしろこの薬品そのものは極めて安全で、副作用等もほぼ存在しないといってもいい代物です」

「あれぇ?悪の組織の作るお薬なんて、やめられないタイプの危ないお薬しか無いと思ってたんだけどなぁ」

 

 見当違いであった回答に、千秋がこれみよがしに首をかしげた。

 

「はい。未だ試作段階と思われるものが極々少数出回っておりますが、特に副作用等のネガティブな反応は無い薬品で、その薬効『だけ』に目を向ければ、正に対ヒュージ戦線においては理想的な兵站(へいたん)となるでしょう」

 

「えぇっ!?となると『例の新兵装』のマギリソース問題が解決するかも!やったね、いおりん!」

「話は最後まで聞いてやれよ。その話しぶりだと、薬の効果以外に問題があるってことだな?」

 

「はい。問題なのは、薬効そのものではなく、その薬材と製薬方法です。まずはその薬材ですが……」

 

 伊紀が俯き言葉を紡ぐに連れ、語調が尻すぼみになっていく。

 

「……です」

 

 静まった部屋ではアンナマリアの囁くような声でも衆人の耳に届く。ベールの上裾から、怒りに燃える眼がうっすらと覗いた。

 

「リリィの血、ですわ」

「は?血だって?」

 

 それを聞き、憤るような素振りや口元を押さえるような仕草がしたリリィ達がちらほらと見受けられた。

 

彼奴(きゃつ)らは、捕えたリリィ達の血液を絞り、それを蒸留してより純度の高いマギの溶けた血液を『アンプル』等と称しているのですわ!何がマギ回復薬ですか!こんなものはただの穢れた聖血(イーコール)です!まったく穢らわしい!」

 

 耳にキンキンと残る高音が、彼女の怒りぶりをよく表している。リリィを神聖視している彼女からしてみれば、同族、同胞の血を吸って戦に臨む吸血鬼に身を堕とすことは耐えられないだろう。

 

「けっ。気色悪いこと考える奴もいるもんだな」

「でも確かに効率的な方法ではあると思うよ。いおりんも吸血鬼になってみない?そしたら新兵装のテストも出来るんだけどなぁ~」

 

 完全に空気を読まず、自身のテストリリィに外法の薬を勧めている千秋を、蔑むような目線が取り囲む。

 失念しているようだが、彼女達LGロスヴァイセは百合ヶ丘女学院の反G.E.H.E.N.A思想を体現した『暗部』とも呼べるレギオンであり、その構成員は皆、なにかしらの理由、主に自身の肉体を外道の衆に辱められたことに対し、相当な恨みを抱いているリリィ達である。

 そのような者たちの中で、敵の下法に肯定的な態度など取ってみれば、

 

「千秋さん。少しはここいる皆の事を考えて口を開いてもらえないかしら。あなた、G.E.H.E.N.Aの技術に傾倒していて、生徒会から睨まれてるんでしょう。浅慮が過ぎるんじゃない?」

 

 いつの間にか、周囲のリリィの刺々しい眼が、千秋一人に向かって注がれている。

 どこかお調子者のような印象を与える碧乙が、いつになく冷たい声色が刺々しい。

 

「ご、ごめんなさ~い。いや、新兵装の開発に手こずってて、ちょっとしたエッセンスにならないかなぁ~って思ってただけなの。皆を嫌な気分にさせるつもりは無くって…」

「千秋、お前少し黙ってろ」

 

 相棒のぴしゃりとした物言いに、千秋はしゅんと黙り込んだ。

 

「……話が逸れましたが、今回のお二人への指令は、この『アンプル』の製造を行っていると思われる施設の調査及び破壊工作です。…こちらをご覧ください」

 

 伊紀が手に抱えていた、タブレット端末を操作すると先程壁から出てきた機械が起動し、宙にホログラムの映像を映し出した。

 これは、何かの建造物の衛星写真だろうか。

 

「こちらは陥落地帯と指定されている、○○市の公共施設跡です。ここが今回の調査対象となる施設となります。2年前の甲州撤退戦の際に陥落した地域内の施設なのですが、最近になって人の立ち入りがあり、稼働していると思われる形跡が発見されました」

 

 言葉を区切った伊紀がタブレット端末を日本の指でフリップすると、ホログラム映像がぐんぐんと拡大されていく。映し出されたのは、屋上に置かれた給水塔。そしてその陰には、いくつかの小さな影が写っていた。

 

「人、ですわねぇ」

「はい。立ち入りが禁止されている陥落地帯でありながら、複数人の人間が出入りしている形跡があります。また、陥落地帯近隣の資材卸業者複数から同時多発的にインフラ設備の材料が多数発注されているのですが、発注業者を調べたところ、その全てがダミーカンパニーという結果となりました。それは人の出入りが発見された時期と重なっており、なんらかの関連性があると思われるのです。侵入経路や調査方法は一任します。古いものですが当施設のCADデータを千秋様宛に送付しておきますので、どうぞご活用下さい。何かご質問はございますか?」

 

 ソファにもたれている衣緒里がコーラをストローですすりながら手を上げた。

 

「どこまで()っていいんだ?」

 

 剣呑とした空気を放つ鬱屈した暗い炎が輝く眼が、暗い薄明かりの部屋で厭に輝く。

 

「それはもう、必要とあればどうぞCHARMをお抜き下さい。G.E.H.E.N.Aの人間に躊躇など必要ありませんわ」

 

 伊紀は物騒な問いに、にこにことした花の様な笑みで答える。

 空になりストローがずず、と空気を吸い込む音を立てる。グラスが不機嫌そうにテーブルに置かれ、大きな音を立てた。

 

 続いてアンナマリアが姿勢を正し、まっすぐに手を上げる。

 

「私のCHARMはアステリオンのカスタム機なのですが、大口径の特殊弾頭を使用できる仕様となっておりますので、いくつかの特殊弾頭の支給をお願いしたしますわ」

「どうぞ。百合ヶ丘で用意できるものであれば、工廠科で補給なさって下さい」

 

 

 伊紀に目くばせに気付いたロザリンデが、背を預けていた壁から身を起こした。

 

「今回の特務は、あなた達の実力を試すための試金石でもあるわ。慎重になれ、とは言わないけど、それなりに緊張感を持って下さいね。他に連絡事項等が無ければブリーフィングはこれで終了にしましょうか。では全体としては解散で、まだ騒ぎ足りない方は各自でお続けなさって。以上」

 

 リモコンの操作音が鳴ると照明が再び灯り、明るい宴の空気が戻って来た。空になった皿を片付ける者、菓子を頬張る者、打ち切られた話を再び始める者茶を汲むための電気ケトルに水を汲みに行く者、幾人かが衣緒里の肩を軽くたたいた後、背中越しに手を振って去って行った。

 

「おい、あたし達も引き上げるぞ」

 

「私は皆さまと交流を深めたいので、お先に上がっていて下さいまし」

「え~。私も残って皆のお話を聞きたいんだけどなぁ~。主にCHARMの事とか」

 

 帰寮の意向を示す衣緒里に対し、二人は二次会には参加したいようだ。しかし、衣緒里がむんずと千秋のブラウスの襟元を掴み、ソファから引き剥がすと、床をずるずると引きずり始めた。

 

「お前はCHARMの修理依頼があるだろうが。椿組の六角が派手にCHARMをぶち壊したらしいぞ。良かったじゃねぇか。ユグドラシルの三世代機だぞ。思う存分分解と解析(リバースエンジニアリング)してやれよ」

「え、それって、もしかしてティルフィングのこと!?やったぁ~!ってグェツ!いおりん離して!首がしまるぅ~!」

 

 古びた横開きのドアを荒々しく開き、先ほどまでいた部屋を一瞥すると、こちらへ微笑みながら優しく手を振る伊紀の姿。

 不機嫌そうにふん、と鼻を鳴るとぴしゃりと扉が閉められた。

 

「う~ん。衣緒里さんと千秋さん、仲良くなれると思うんですけど、ガードが堅い方達なんですねぇ」

「少々恥ずかしがりや(シャイ)なだけですわ。騎士様はつんけんどんな所がありますし、千秋さんは少々CHARMのことになると暴走気味なところもありますが、本当はお二人共とっても優しい方々なんですのよ」

「……そうですね!根気よくお付き合いを続ければ、きっと仲良くなれますよね!なんていったって同じ寮で暮らして、志を同じくする『家族』なのですから!」

 

 

▲▽▲

 

 

 百合ヶ丘の工廠科の生徒は一人に付き研究室が一つ与えられる。

 千秋の研究室は、あの鬼才真島百由の研究室を廊下を跨いだ反対側に位置しており、その研究室────もとい元物置は千秋の持参したCHARMのジャンクパーツが所狭しと並べられ、既にかつて物置として使われた時代の様相を取り戻していた。

 窓際にある作業机の傍に、衣緒里が足の錆びたパイプ椅子を乱雑に置くと、どかりと腰を下ろし足を組んだ。

 千秋は机の上にも所狭しと置かれたガラクタをひっくり返しながら、お目当てのCHARMを探している。

 

「あ、あれ~!CHARMの修理があったら机の上に置いておいて、ってミリアムちゃんに伝えておいたのに!無い。無い。無~~い!」

「そりゃあ、あるわけないだろ。噓なんだから」

 

 千秋が両の手に持ったレンチとスパナを取り落とし、ゴトリと音を立てた。

 

「え、えぇ~~!酷いよいおりん!なんでそんなことするの!私、いおりんのことそんな子に育てた覚えは無いよ!」

「残念だな。あたしもお前に育てられた覚えは無い。──そんなことよりも、アレの改修を頼みたい」

 

 衣緒里が無造作に床に放られていた赤い革のCHARMケースを指差した。

 

「……えぇ~!なんで私がそんな(なまく)らのグングニルなんて弄らなきゃならないの!いおりんにそんな量産型のよわっちぃCHARMを握らせるなんて私の鍛冶屋としてのプライドが許せないよ!」

「おい、仮にもグングニルは百合ヶ丘の標準機だろ。馬鹿にしてやるなよ」

「……あんな薄くて細い刀なんて、本気のいおりんが振るったらすぐにポキッって折れちゃうよ。それに機械に鍛たせた刀なんて結局ただの量産品。いおりんの戦い方は私が一番わかってるつもり、いおりんが使うCHARMを一番上手に作れるのは私なんだから!」

「そりゃあそうだ。あたしにとって一番信用できるアーセナルはお前だよ、相棒」

「……分かってるなら良し!」

 

 千秋が顔を赤らめながらそっぽを向いた。

 この二人、褒められた際のリアクションが妙に似ている。

 

「ま、だからこそお前に頼みたいんだよ。あれの短銃身(カービン)カスタムをな」

「へ、カービンカスタム?確かそれって真島さんが設計を担当したグングニルのカスタム仕様(バリエーション)のことだよね?」

「そうだ。今度の特務ってのは屋内だからな。長物のムラマサじゃ取り回しが悪すぎる。だから小型で取り回しに優れたCHARMが欲しいんだが、生憎あたしのCHARMは学院から支給されたグングニルとお前のムラマサの二本しか無い。だからあいつをベースにジャンク品で弄ればあら不思議、グングニル・カービンに早変わり。ってな」

「さっすがいおりん!明日にでも真島さんに言ってカービンの設計図を貰ってくるよ!なんなら換装部品も融通してくれるかも!」

「そりゃあ助かる。じゃあ、今日はここに泊まっていくから。あたしの寝袋、百合ヶ丘に持ってきてくれたんだろ。どこに……ってあった」

 

 積みに積まれたジャンクの山の端に、丸められた布の塊を見つけたようだ。

 茶色い寝袋を広げると、スカートとジャケットを行儀悪く脱ぎ散らかし、ごそごそと寝袋に潜り込む。

 

「それじゃ相棒、おやすみ」

「私はまだやることあるから、もうちょっと起きてるよ。おやすみ。いおりん」

 

 静かになった部屋で、二人の呼吸と卓上のキーボードを静かに叩く音が響く。

 幾らかの時間が経った後、作業に煮詰まったのか千秋が椅子の背にもたれ掛かった。

 

「いおりん、まだ起きてる?」

「あぁ、起きてるぞ」

「なんで、さっきは嘘なんてついて私を連れだしたの?」

「あんなイカれた奴らと長々と付き合ってられるかよ」

「そんなこと言っちゃダメでしょ!あんなに優しい人たちだったのに」

「笑いながら殺しを肯定できる奴が、優しい訳ねぇだろ」

 

 千秋の青く染まった表情は、寝返りを打ちそっぽを向いた衣緒里からは見えなかった。

 

▲▽▲

 

 

「あー、あー。マイクテスト(Test del microfono)チェック(Collazione)チェック(Collazione)ワン(Uno)ツー(Due)本日は晴天なり(Prova di un microfono)こちらアンナマリア(Questa è Annamaria)応答されたし(Risposta)!」

『こちら百合ヶ丘本部。衛星通信状態良好。通信の際は日本語を使用されたし』

「失礼、つい母国語が出てしまいました。今後は日本語で応答します。現在、目標施設まで約5キロメートル地点。警戒しながら接近致しますわ」

『了解した。引き続き任務を続行せよ特に報告事項が無い際も、安否確認のため10分置きに報告せよ』

「了解いたしました。10分置きの定時報告を行いますわ。以後、呼称をAZは≪フィリア≫、BZを≪ビーチェ≫と呼称することを提案いたします」

『AZをフィリア、BZをビーチェ。以後、それらの呼称を利用することを承認。他、報告事項無しであれば、任務に励まれたし』

「フィリアには小隊無線機により10分置きの定時報告を、本部への定時報告から5分ずらして行わせますわ」

『了解した。該当施設へ直接侵入するフィリアからの報告と合わせ、随時報告せよ』

「了解いたしました。通信、以上になりますわ」

『了解した。幸運を祈る』

 

 そこで通信を打ち切ったアンナマリアが胸元に取り付けられた無線機のスイッチを手放した。

 

「フィリアさん聞こえていまして?現着しましたら、10分置きの連絡をお願いいたしますわ」

了解(ラジャー)、ビーチェ殿。てか、なんだよ。このコードネームみたいなの。お前の趣味か?」

「フィリアとはイタリア語で令嬢を意味する言葉で、ビーチェとはダンテの神曲にて登場する永遠の淑女、ベアトリーチェの愛称ですわ」

「お前の方が随分と洒落(しゃれ)てねぇか?」

「仮初めの名に洒落も野暮も御座いませんわ。それにあなた、淑女なんて柄では無いでしょう?」

「お前だって淑女なんて柄じゃ無いだろ。せいぜい気狂い聖女(マッドシスター)なんてのが関の山だろうが」

「ぬぁんですってぇ!?(わたくし)、あなたをそんな事をほざく様に育てた覚えなんて御座いませんわよ!」

「奇遇だな。あたしもお前に育てられた覚えは無い。──おいシス、じゃなくてビーチェ。ここ、見てみろ」

 

 会話を打ち切った衣緒里が路面にしゃがみこんだ。

 現在彼女たちが徒歩で移動しているのは、甲州陥落地帯の一角。既に数年の月日の間、人の手を離れて久しく荒れ地となりつつある人の営みの名残である、山間部の道路の一角だ。

 衣緒里がしゃがみこんだ先には、古い舗装が途切れ、道路の舗装趣が明らかに変わっている節目があった。

 

「ここの舗装、明らかに新しくなってる。こんな辺鄙な山奥の陥落地帯の廃道なんぞを整備し直すような奴がいるか?」

「それでは、その辺鄙(へんぴ)な山奥を整備する好事家がいるということでしょうね。それはもう世の為人の為、このような陥落地帯に危険を冒してまで私財を投げ売ってまで、私達の歩む道を切り開いて下さったのですから。きっと、素敵な方々なのでしょうね。……是非とも鉛玉を差し上げたいぐらいですわ」

 

 暗い闘志を燃やすアンナマリアを尻目に衣緒里は無言で足を先へと向けた。

 百合ヶ丘に入寮してから数か月の付き合いで分かってきたことは、何事も無ければ聖女のように振る舞おうとしている同居人であるが、宗派の教えだかのせいか、リリィを神聖視しているきらいがあり、その神聖性を穢す者には些か過激になりがちである。

 

(だけど……)

 

 同時に、欧州でも名を馳せた屈指の狙撃の腕前を持つ相方が、自身と共に暴れ回れるだけのバイタリティの持ち主が、その程度の思想の歪みだけで、スコープの先を曇らせるとは微塵も思ってはいない。

 なんやかんやで、この傍若無人な同居人の腕前に絶対的な信頼を置けるに足りる人物なのだ。だからこそ、この白人(アングロサクソン)特有の青白い肌を怒りで紅潮させた相方として歩みを進めるのだ。

 

「それじゃ、シ、じゃなくてビーチェ。ここからは打合せ通りだ。あたしはここで地下から侵入する。お前は作戦通りのポイントに向かってくれ」

「了解いたしましたわ」

 

 寂れた山奥に似合わない真新しいマンホールの蓋を剥がし、内部に掛かった整備用の梯子に衣緒里が短い脚を掛けた。

 

「フィリア」

 

 マンホールに腰までを埋めた衣緒里をアンナマリアが静かに呼び止めた。

 

「ご武運を祈っておりますわ」

「……おまえの分も祈っておけよ」

「ご安心を。主はいついかなる時も、正しい行いをなさんとする者にご加護を下賜(かし)なされますので」

 

 はたして二人の戦いが、アンナマリアの言う正しい行いであるかどうか、その審判を下す者は、彼女の崇める神なのであろうか。

 疑い一つ無く微笑む友を一瞥すると、マンホールの蓋を閉じ暗闇の中に一人身を投じた。

 




伊紀
髪型はクラウンブレイドって言うらしいよ!
ク ソ ヤ バ 女

碧乙
千秋の匂いでテンション↓↓
メンタルが戦闘能力に直結する系のリリィなのでコンディションキープのために、部屋にはお気に入りのフレグランスとか焚いてそう(妄想)

ロザ様
「ロザ様!?」

千秋
『新兵装』なんて作る前に風呂入れ

次回、やっとで特務開始


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