アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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科学わからん


第十三話 スターチシロップ

 

「大麻……ですって!?」

『はい。確かなようです。一通りの探索は済んだようなのですが、地下階層には大麻の栽培プラントに加え、収穫用のロボットや葉の乾燥室に蒸留機等と、栽培と製薬のための設備が一通り揃っていました』

「なるほど、確かに集められていた資材の中には配管パイプが多めに発注されていたけれど、水道インフラの整備だけでなく、栽培施設を作るためだったのね!」

「衣緒里さんの撮影した写真からの栽培面積による概算だけれど、この規模の収量だったら、闇マーケットの末端価格でもちょっとした国家予算級でしょう。職員さんたちの給料なんて、それによって得られる利益と比べたら雀の涙もいい所ね」

 

 百合ヶ丘女学院特別寮、特殊任務作戦支援室は、衛星無線機によりアンナマリアからなされた報告によりちょっとした喧噪が起きていた。

 少女たちが、特に北河原伊紀は親の仇(・・・)のように憎む仇敵の膝元に踏み込めたと思っていたが、蓋を開けてみれば、ある意味ではG.E.H.E.N.A以上の悪行を犯す人間の業。

 特務を発動するに至った情報を読み間違えた責任に加え、人の醜い業を直視する羽目になる事は、百合ヶ丘の暗部を担うに至っては未だ経験が足りない伊紀にとって、些かショッキングな出来事であったようだ。

 

「……で?伊紀ちゃん。どうするの?」

 

 下唇を噛みながら震える伊紀を、千秋の無遠慮な質問が貫いた。

 

「一応あきらかな違法施設だけど、警察(サツ)にでも通報する(チクる)?」

 

 震え俯く伊紀の顔は、薄暗い部屋の明度に隠され良く見えない。

 千秋がその顔を覗き込もうとしたその時、

 

「……です」

「え、なんて?」

「ブチ壊し確定です!」

「ひ、ひぇぇ!」

 

 伊紀の可愛らしいルックスに似合わぬ、耳を(つんざ)く怒号に千秋が短い悲鳴を上げ慄いた。

 

アンナマリア(ビーチェ)さん!衣緒里(フィリア)さんに通達を!携行したプラスチック爆薬(C4)を用いて設備を、再利用が不可能なぐらいに木っ端微塵に爆破してください!」

りょ(Si)了解(Si,Signora)!』

「返事は日本語で!」

『了解ですわ!』

 

 どうやら伊紀の震えは、その小さな肩に背負った重圧(プレッシャー)や責任感によるもので無く純粋な怒りであったようだ。

 フゥフゥ、と獣のように荒い吐息で溢れる怒りの炎を抑え込めぬ少女はまるで、獲物を取り逃がし周囲に当たり散らす肉食獣のようだった。

 

「いいですか千秋さん!」

「は、はいぃ!」

「私達は、リリィは、人類の自由と平和のために命を賭してヒュージと戦っているのです!それなのに、人が人の道を外す外法を売り捌き、秩序を乱し人を人で無いモノに貶めるような輩なぞに、かけるべき情や慈悲など微塵もありません!ヒュージやG.E.H.E.N.Aの下郎共に等しい我等の敵!情けなど必要ありません」

 

 人が変わったかの様に怒りに狂う伊紀と、それを微笑ましく見守るその義姉妹(シュッツエンゲル)達。

 先日の衣緒里の忠言が千秋の脳裏を閃く。

(私、ちょっと身の振り方ミスったかも)

 口には微塵も出さなかったが、引き攣った笑いを張り付け、身近に潜んでいた狂気から眼を背け、本音を胸にしまい込んだ。

 

 

▲▽▲

 

 

「こちら衣緒里(フィリア)。……えぇ?マジで爆破しちゃっていいの?まだ地上以降の階層には警備員とかが多少いる筈だけど、本当にいいのか?」

『えぇかまいません。「木っ端微塵に爆破してください!」とのことですわ』

「まぁ、もうプラスチック爆薬(C4)は仕掛け終わってるんだがな」

『あら、素晴らしい手際ですわね。流石は私の騎…じゃなくて令嬢(フィリア)ですわね』

「……ケッ、兎に角、細工は流々仕上げを御覧じろ、だ。二階のモニタールームに戻ってから起爆する。通信切るぞ」

 

 通信を一方的に打ち切り、爆弾を仕掛け終わった地下内を見渡した。

 潜入時から腰に取り付けていた爆薬袋(デモリッションバック)はすっかり軽くなり、黒革に包まれた腿に弾かれ、年頃の少女の身に着けるポシェットの様に揺れていた。

 仕掛けられた爆弾は六ヵ所。栽培室、乾燥室、製薬室、栽培室に、配水タンクのあった部屋に加え、念には念を入れ地上に薬を運び出すための貨物用エレベーターにも爆薬を仕掛けた。恐らくそれが職員の言っていたコンベアに繋がっているのだろう。

 

 結局、G.E.H.E.N.Aへのお札参りと勇んで来たものの、待ち受けていた現実はG.E.H.E.N.A以下の下劣な悪党共への私刑。これで麻薬カルテルの一つが打撃を受けると考えれば、まぁ多少は社会的正義への貢献になるのやも知れないが、あたしははっきり言ってそんなものには微塵も興味が無い。そんな英雄的所業とはかけ離れている人間だと自負しているし、そんなものは警察(サツ)にでも任せておけばいい。余計なお節介というものだ。人のためだの社会のためだので動くと、後で痛いしっぺ返しを食らうのが世の常だ。少なくともあたしはそうだった。

 

 爆弾に仕掛けられた信管を一通り確認すると、再びダクトの暗闇の中へと身を落とす。

 

 相も変わらずダクトの帰り道は、行きの道よりも悪路であった。なによりも、この配管が地下の悍ましい植物達のいる空間と繋がっている事実が気に入らなかった。かつて母を亡くし宿無し子であった頃、同じ境遇の男子が一人薬に溺れ廃人となって行く様を見たことがある。挙動不審にありもしない幻覚に怯え、焦点の定まらぬ瞳で周囲をねめ付け、最後には下水道の中で干からびていたのが記憶の底にこびり付いている。やはり、結局のところヒュージなんぞより人の業のほうがよほど恐ろしい。

 

 曲がりくねったダクトの管を抜け、再び二階のモニタールームへと戻って来た。

 慣れたもので、格子越しに部屋を覗くと、不運な男は縛り上げられたまま白目を向いていたままであった。

 床へひらりと飛び降り、机の上に積み重なるように置かれたモニターへ眼を向ける。相変わらず殺風景な光景しか映ってはいない。時折ちらりと写り込む影が武装している警備員なのだろう。

 

「こちらフィリア。二階モニタールームに到着した。着火の許可を頼む」

『了解しました。一応本部の方にも確認は取りますわ。……はい。許可が降りました。派手に爆破してさしあげてくださいまし』

「了解。通信、以上」

 

 果たしてシスターの言った『爆破してさしあげて』とは、この施設の悪人共とその親玉へ向けた言葉なのか、それともシンパとなりつつある伊紀達LGロスヴァイセのスリートップへの奉納のつもりなのだろうか。

 一瞬浮かんだ疑問は、遠隔爆破装置の赤いボタンを押し込んだ瞬間に地の底から響いて来た、文字通りの爆音にかき消された。

 爆破の衝撃で建物全体が地震のような大揺れに振り回される。続いて、電灯がチカチカと瞬くと部屋が暗闇に包まれる。配電設備も共に壊れたのだろうか。数秒の間を開けて光が戻り、消えていたモニターが再起動を始めた。どうやら奴さんは非常用電源も確保していたようだ。

 後はこの爆破の騒乱に紛れて脱出するだけ。慎重にモニタールームの扉を開くと、そこかしこの床や壁の至る所にヒビが走っていた。

 

 部屋を出てすぐにゼノンパラドキサを起動。無限と分割の矛盾(パラドクス)の名を冠するこのレアスキルは、周囲の空間の持つ抵抗ベクトルの操作による高速移動能力の〈インビジブル・ワン〉とエネルギーのベクトルを感知する第六感である〈ホールオーダー〉の二つの権能を併せ持つ複合スキルだ。

 〈ホールオーダー〉によって得られる知覚情報は、自身の周囲数メートルであればエネルギーベクトルと、その揺らぎを検知できる特異な視覚。これさえあれば、通路の角越しの空気の揺らぎさえ検知できる。これがあれば、安全に警備員と遭遇することもなく一階の正面入り口から堂々と脱出出来るだろう。

 

 

 しかし、その気安い皮算用は階段室の外から響いてきた銃声と悲鳴によって容易く打ち破られた。

 

「助けてくれぇぇぇーーー!」

「この化け物めぇぇぇーーー!」

 

 けたましく続く銃の発砲音。紛れて聞こえてくるのは湿った水音。

 やがてその喧噪が収まると、濁った水をかき回した時のように泡立つ音が静かに響いてくる。

 CHARMを油断なく構え階段一段一段と降りていくが、けして少なくない筈の修羅場によって培われた直感が、いや、そんな後天的な物ではない、生まれながらの『リリィ』という人種が持つ本能的な感覚が警報を鳴らしている。

 

 階段室を出て一階に降り立つ。

 辺りには爆破の衝撃によって出来た損傷が酷く、傷が目に付かぬ場所が無いほどの惨状だ。まぁその惨状を作り出したのは外ならぬ自分であるのだが。

 

 だが、その惨状になぞ注意を払う暇は無く、喧噪の正体とそれを起こした主への警戒を怠らないことの方が重要だ。中には脱出経路の確保のため、一階の正面入り口へと足を進める。そして、その短い旅路の最後に"奴"はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒビだらけの廊下を抜け、正面入り口のエントランスに入った瞬間、目に付いたのは透明で粘り気のある液体。スライムの様な巨体を持つ化け物であった。

 高さは数メートルはあり、天井一杯までその巨体を溢れさせ、その巨体越しに向こう側が透けて見え、入り口の曇りガラスのドアが見えていた。

 その巨体の至る所からは、水が滴っており床には幾つもの水たまりが出来ている。これが先程聞こえた水音の正体だろうか。

 床には先程の爆破によって出来たであろう穴が開いており、最初に地下に侵入した際に目にした配水タンクの残骸らしき鉄の水槽らしき残骸が覗いていた。

 このエントランスの真下にあの水槽室が位置していたのだろう。

 

「おいおいおいおい、流石にこれは聞いてないぞ」

 

 恐ろしいことに、その透明な巨体の中には、生きている『人間』の姿があった。

 その液状の体から脱出しようと藻掻いているように見えるが、悲しいことにその努力はまるで実ろうとする気配が無い。

 やがて、その口からぼこぼこと溢れる気泡が途絶え、がくりと首が傾いたかと思うと変化は急速に起こった。

 液体の中にある男の体が、みるみるうちにげっそりと(しぼ)み、肌の色は土気色を通り越して黒ずんで行き、最後には骨と皮だけのようにガリガリにやせ細り、最後に一震えするとぱたりと動きを止めた。

 ただの肉塊、いや、すっかり干物の様になってしまったそれを、西瓜の種を飛ばすかのようにその巨体から吐き出した。

 吐き出されたその先には、もう一つの黒ずんだ塊があり、目をこらすとそれは何やら衣服の様な物に包まれている。それ、も恐らくかつては人間であったのだろう。黒光りする銃器の残骸もそれらに紛れていた。

 廊下側の壁に張り付き、様子を伺う。完全な死角では無いが、スキルと合わせて十分に様子が知覚出来る。湿った空気に紛れて漂ってくる負のマギ。間違いなくヒュージだろうが、あんなヒュージの話なんて見たことも聞いたことも無い。恐らくは新種、それも特型と言われるような特異な性質を持つヒュージだろう。

 

 ごぼごぼ、と泡立つような音を立てながら佇むヒュージ。およそ頭や手足と言った生物的な特徴を一切持たない無機質な体。その巨体と"目が合った"気がした。脳内に本能的な警告音が五月蠅く鳴り響く。

 その警告に従い、その身を廊下の奥に飛び引いた瞬間、先ほどまで張り付いていた壁が砕けた。透明な触腕が激しく叩きつけられたのだ。

 それに続きいて液体の肉を持つヒュージが、廊下から覗く真正面へと文字通り流れるように進んできた。

 

「これでも喰らいな!」

 

 射撃形態(シューティングモード)のCHARMの銃身が砲火に輝いた。衣緒里の致命的な射撃適正の低さを補うため、散弾仕様に改造されたグングニルカービンが無数の弾丸を放ち、放射状に広がった散弾が傷んだ周囲の建材をも巻き込みヒュージに突き刺さった。

 しかし、無惨に鉛玉によって破られた建材と異なり、透明な体に突き刺さったはいいが、液状の体組織に異物が入り込んだことを物ともせず、ぶるりとその巨体を一震えさせると、体内に入り込んだ弾丸が排出され、かん高い音を立てた。

 お返しとでも言わんばかりに、背を向けて逃げ去ろうとする衣緒里(獲物)へ向けて、液状の体の表面を棘のように鋭利に膨らませると、そこから幾本もの触手が弾丸のように打ち放たれた。

 

 矢のように迫る透明な触腕。しかし、この特異個体のヒュージであろうとも、衣緒里の持つスキルまでは知る由も無かった。

 首を回して、背後を見た瞬間に打ち放たれた槍のような触手達の軌道を視認すると、スキルによって得られた超感覚でその軌道を予期した衣緒里が、その切っ先を表皮をかすめるかの如く寸での所で躱し、避けきれなかった数本を手首のスナップで近接形態(ブレードモード)へと変形したCHARMで切り払う。

 切り落とされた触手は床に落ちると水風船の様に弾け、ヒビの入った床に染み込んでいった。

 肉を貫く役目を果たせなかった触腕は、壁や床に突き刺さり、幾つもの穴を穿つ。その隙間を縫うように衣緒里は駆ける。

 

 今度は突き刺さっていた触手がぶるりと震えると、まるで筋肉が隆起するかのように膨む。

 その次の瞬間、枝のように触手を生やした巨体が、アクション映画のワイヤーアクションのように突き刺さった触腕を手繰り寄せ、その巨体そのものを砲弾として大質量の突進を放った。

 

 

▲▽▲

 

 

「クソッ!あのスライム野郎。派手にぶちかましやがって」

 

 特型ヒュージの追撃をゼノンパラドキサのもう一側面である〈インビジブル・ワン〉の超高速移動によって振り切り、二階の廊下で一息を吐いた。

 あの巨体の迫る瞬間、窓を突き破り外へ逃げることも思いつかなかったわけでは無い。しかし、あの自由自在にその形状を変え、伸び縮みする性質を持つヒュージを、開けた空間で相手をするのは逆に不利かもしれない。だったら、逆に敵の移動や攻撃の方向をある程度限定出来る屋内戦のほうが幾らか分があるだろう。

 無線機が着信を示した。

 

『こちらアンナマリア(ビーチェ)。爆発音は聞こえましたが、まだ脱出に手こずっているのですか。残党も外に逃げ出して来ないようなので暇なのですが?』

「馬鹿野郎!ヒュージが出たんだよ!それも馬鹿デカいスライムみたいな奴だ!」

『落ち着いて下さいまし。私は野郎ではございませんわよ』

「中の連中ならヒュージが喰っちまった。カピカピのミイラみたいになっちまってたぞ!」

『だから、落ち着いて下さいまし!……まず、スライムのようなヒュージというのは、その言葉の意味通りに軟体のような性質を持つヒュージなのでしょうか?』

「あぁ、その通りだ。体を変形させた触手を、槍みたいに尖らせて攻撃してきた。おかげで射撃も斬撃も碌に効果が無いんだ!」

『……その食べられた、という方々がミイラのようになったというのはどういうことでしょうか』

「ヒュージに丸呑みされていた。なんとか逃げようと藻掻いていたみたいだが、体の色も変わっていって、ミイラみたいに萎んだかと思ったら、ガキがピーマン食った時みたいに吐き出しやがったんだ」

『萎んだ?……これは(わたくし)の浅はかな推測なのですが、その食事とやらは、取り込んだものから水分を吸い出しているのではないでしょうか?

「どういうことだ?」

『我々生物は、無数の細胞によってその体を構成していますが、それは幾ら異質な存在であるヒュージであろうともそれは同じです。もし、そのヒュージを構成する肉体の水分の比率が非常に高いと仮定すると、海を漂うクラゲの様にその肉体の殆どを水分によって構成しているのではないでしょうか?』

「テメェの長い説法は帰ってから聞いてやる!手短に話せ!」

『私達の体の筋肉をタンパク質が織り上げるように、そのヒュージは体を構成するための材料である水を補給しているのではないでしょうか』

「だったらどうするんだよ!砂浜に打ち上げられたクラゲみたいに干からびるのを待てってか?」

『ですから、干からびさせる方法を探してくださいと申し上げているのです!というか、あなたは今どちらにいるのですか?』

「二階の西側の廊下だ。とりあえず二階から上の階層には爆破の影響が少ない」

『となるとヒュージは一階に?』

「あぁ、その一階の……」

 

 その時、自分の足元に黒い水の染みのような水たまりのような者が出来始めている事に気付く。水溜まり?いくら爆破の影響でそこかしこにヒビが入っていたとしても、配水管が割れたのならもっと派手に水が噴き出している筈だ。雨が降っているわけでもないのに漏水なんてしている筈が……

 

「あたしの真下だッ!」

 

 衣緒里がその場を飛び引いた瞬間、一瞬前まであった自身の影を、透明な槍が剣山のように貫いた。

 逃走する獲物を串刺しにしようと、衣緒里の影を追う様に床を貫き生えた切っ先が背後を埋め尽くす。

 廊下を逃走し始めた衣緒里の背後の床が、大量の穴が穿たれたことで崩落し一階へと崩れ落ちた。今や一階と二階が吹き抜けてしまった隙間を、あの透明な肉体を持つヒュージが通り抜け二階へと昇って来た。

 今度は下からでは無く、横方向から宙を飛んで来る触手の槍。スキルによってその軌道を察知すると、迫る脅威を身の(こな)しで避け、躱し切れない切っ先をCHARMの刃で切り払う。

 しかし、先ほどの戦闘で獲物の動きを学習したのか、明後日の方向に飛んで行った触手が180度軌道を変え、衣緒里の前方からも触手の切っ先が挟撃する。

 それを自身のスキルでは無く視覚で視認した衣緒里は、その身を獣のように屈め、己の持つスキル(ゼノンパラドキサ)のもう半身である〈インビジブル・ワン〉を起動。脚部に発生させた抵抗ベクトルを逆転させる力場によって得られた超加速を用いて迫る触手の切っ先を躱し―――

 

「ガァッ!?」

 

 踏みつけた水溜まりから触手の槍が飛び出し右脚を貫いた。

 脚の筋肉が肌の下でかき混ぜられる激痛と、同時に感じた浮遊感。前輪に棒を刺された自転車のように盛大に小さな肢体が吹っ飛んだ。

 壁に激突し星を飛ばした衣緒里の右脚の腿を、さらに複数の触手の槍が貫く。

 

「ぐぅッ!」

 

 脛骨と腓骨の間を縫うよう貫かれたことにより、足が壁に射止められた。

 腿に穿たれた孔を中心に皮膚が腐った果実のように黒ずんでいく。先ほどの哀れな男達喰らったように、三回目の食事を始めたのだ。

 咄嗟に自身を射止める触手をCHARMで切り落とそうと、手に握ったそれを振り上げるがその瞬間、〈ホールオーダー〉によって得られた超感覚が、さらに迫る触手を知らせる。このままでは触手を切り落としたとて、二つ目三つ目の触手に再度貫かれてしまうだろう。

 

「クソがァァァァァッ!!!」

 

 

▲▽▲

 

 

「特型ヒュージですって!?」

『はい。まだ直接は視認しておりませんが、衣緒里(フィリア)曰く、液体によって構成された肉体を持つ液状のヒュージのようです』

 

 特別寮の特殊任務作戦支援室は再びの喧騒に包まれた。G.E.H.E.N.A絡みの事件では無いとの疑惑が深まり始めた所でのヒュージの出現だ。やはり、G.E.H.E.N.Aが関与した施設なのだろうか。麻薬カルテル等の可能性も捨てきれないが、どちらにせよ碌な輩が作り出した施設で無いことには変わりない。

 しかし、今はそれよりも現れた特異な性質を持つヒュージを撃滅することが先決だ。

 

「液体の体を持つヒュージ……やっぱり、高熱で蒸発させたりするのが一番かな?よし!じゃあ衣緒里さんの熱血パワーで燃やしちゃおう!」

「碧乙、冗談を言っている場合じゃないわよ?」

 

 常日頃から天然な挙動を晒しては一番下の(シルト)に突っ込まれている(シュッツエンゲル)へ、碧乙がお前が言うなとばかりに目を見開いた。

 

「うがぁぁぁぁ!!」

 

 突然の奇声を上げた千秋に、その場の全員の目線が集まる。

 

「だからいおりんにあんな(なまく)らのCHARMを握らせるのには反対だったのに……!いくら屋内戦だからってムラマサを持って行ってたら、そんなヘナチョコヒュージなんてイチコロだった筈なのに……!私のミスだ……!」

「千秋様、そんなこと今は話してる場合ではありま……」

「そんなこと!?私といおりんのムラマサをそんなことですって!?」

 

 奇行に走り始めた千秋を伊紀が落ち着かせようとしたが、逆に肩を掴まれ首をがくんがくんと揺らされ始めた。

 

「千秋様!やめっ、ちょっ、やめてください。こんな事をしている間も衣緒里さんは危機に陥ったままなんですよ!?」

「ムラマサのB型兵装(バーサークユニット)の『ヒートエッジ』だったら、盛大に焼き尽くせたんだよ!?それがそんなことですって!?」

 

ズドン!

 

 無線機がCHARM(アステリオン)の砲撃音を拾ったようだ。通信機から盛大に音割れを起こすほどの爆音が響き、その場の全員が一様に耳を押さえた。

 思わず千秋も手を放し、自由になった伊紀が肩を上げた。

 

『失敬、ヒュージを確認しましたので狙撃を慣行致しました。証拠隠滅用の焼夷(ナパーム)弾を使用しましたが、多少の効果は見込めるようです。しかし、手持ちの弾丸だけで焼き払うのは困難かと』

 

 この場にいない現場のアンナマリアの報告が淡々と通信機から響いた。

 

「……なるほど。やはり熱による攻撃が有効なようですね。しかし、大量の水を一瞬で蒸発させる熱量を生み出す手段なんて、相当限られますよ?」

 

 室内に再び沈黙が立ち込める。

 手持ち無沙汰な千秋が今回の端末を取り出し、今回の作戦資料を見返し始めた。

 任務に出発する前に工廠科に提出されていた特殊弾頭の補給申請書のページが目に留まる。

 

「あれ?シスターさん、今回の作戦ではもう電磁パルス(EMP)弾ってもう使っちゃったの?」

『いえ、まだ使ってはおりませんわ。一応は潜入(スニーキング)任務ですから、衣緒里(フィリア)からの要請が無かったので一発も手を付けてはいませんわよ』

「……わかった。いおりん(フィリア)に今から言う場所にヒュージを誘導してほしいのと、火を着けるためのライターとかを探してほしい」

 

 

▲▽▲

 

 

 迫る触手の切っ先を回避することもできず、切り落とすことも出来ず、絶体絶命に陥った衣緒里が選んだのは、只のリリィという戦士としてでは無く、強化(ブーステッド)リリィとしての戦い方であった。

 不自由な上半身に鞭打ちながらCHARMを腕の一振りで変形、その銃口を自身の膝へ向けて躊躇なく引き金を引いた。

 発砲音と同時に、射撃対象に密着して撃ち出された散弾が、関節部の皮を、肉を、骨を引き裂く。

 

「~~~~~~!」

 

 四肢の一つを切り離したことで、想像を絶する痛みに衣緒里が声にならない悲鳴を上げる。

 しかし、これによって自身を射止めていた銛から体が自由になった。

 床に体が触れた瞬間にスキルを起動、〈インビジブル・ワン〉の力場が衣緒里を、L字の曲がり角の反対側へと弾き飛ばす。

 宙で翻った視界には、先程まで自身が貼り付けになっていた箇所を、幾つもの触腕が貫いていた。

 支えも無く宙を飛ぶ衣緒里が、CHARMをブレーキ代わりに刃を床に突き立て、ひらりと着地、は出来ずに片方しかなくなってしまった膝を床に打ち付けた。

 四つん這い、では無く両腕と左足の三点で体を支える。

 欠損した右足の断面が蛆虫のように蠢くと、ピンク色の肉と白い筋が、幾つもの神経が、白い骨が、ビデオを早回しするかのように生え、数秒のうちに白い生足が生え戻った。

 

 強化(ブーステッド)スキル:〈リジェネレーター〉

 強化リリィたる衣緒里が、G.E.H.E.N.Aによって刻まれた呪いと祝福の片割れ(・・・)

 強化リリィが忌避される理由となる最も悪名高い強化スキルであり、最も普及した強化スキルである。

 その特性は四肢を欠損する程の大怪我や致命傷でさえ、ものの数秒で完治させてしまうほどの超再生能力。

 人外の再生能力を付与するそれは、人を人でない化け物に見せかけるに十分すぎる説得力を持つ。

 

 今だけはあの気狂い共に化け物の汚名を着せられたことを感謝をしたいと思った。

 碌な死に様を選べるとは思ってはいないが、カピカピのミイラになって干からびるのは死んでもごめんだ。

 

 曲がり角からヒュージが顔を出した。再び床を流れるように這い出して来る。トカゲの尻尾代わりに切り捨てたあたしの足は、奴の養分となり黒革のスーツと黒ずんだ肉の境目が分からなくなったそれを、魚の小骨のように吐き出し打ち捨てた。

 生えたばかりのあたしの足にも感覚が戻って来た。

 反動をつけて立ち上がると、ブーツの厚さの分だけ左右の接地の違いに違和感が残る。

 

 階段を使って上層階に逃げようとしたその時、ガラスが割れる音と共に猛烈な熱気と爆発が廊下を埋め尽くした。

 熱気で肺が焼かれないように息を止め、口と鼻を押さえること数秒。ヒュージは内部から発火したかのように燃えていた。

 その炎は周囲の壁や床に燃え移りもうもうと煙を立ち昇らせている。その奥では熱に苦しむヒュージの影が蠢いていた。

 

衣緒里(フィリア)!生きていますか!』

「このあたしを誰だと思ってやがる!」

『元気そうで何よりですわ!焼夷弾を叩き込みましたが、煙と火災でここからでは状況が把握できません。目標の状態の報告を!』

 

 焼夷弾によって、水の中でさえも消えない火を体内に直接盛られたヒュージであったが、やがてぶるりと一震えすると、透明な体内で透けて見えている黒い燃剤を吐き出し通路の奥に消えていった

 

「依然として健在だな。焼夷弾の燃剤を酔っ払いみたいに吐き出して逃げていきやがった。接敵時の時よりは動きも悪いし、幾らか萎んだように見えるけど、後数十発はぶち込まないと倒しきれないと思うぞ」

『なるほど。となると、何か大量の燃料を確保する必要がありそうですね。燃料タンクとかはございませんの?』

「……いや、ここにはそんな物は無い筈だ。こんな僻地にまともな業者が燃料タンクの配達になんて来ると思うか?ここに来る途中で舗装が敷き直されていただろ。多分あの工事で生活インフラを敷く際に上下水を引っ張って来るついでにガス管も引いている筈だ」

『なるほど、となると手詰まりですわね。迎えに来ていただくシグルドリーヴァと合流するまで持久戦とでも……すみません。本部から通信が入りました。少々お待ちください』

「おい、待つったって……」

 

 廊下をぐるりと一周し、今度は衣緒里の反対側の曲がり角からヒュージの影が見えた。

 

「畜生ッ!」

 

 スキルを全開にしたまま間近な階段へと駆けより、より上層へと駆けだした。

 今度は床をぶち抜かずにお行儀よく階段で追いかけて来る。

 水が、濁流が、洪水でも起こっているかのように、階段室を溢れさせている。

 恐ろしいことに、その荒波は生きており、自身を食い殺そうと追って来る化け物なのだ。

 

衣緒里(フィリア)!本部は本件の特型ヒュージを《スターチシロップ》と命名したそうです。日本語に訳すと水飴ですわね』

「それがどうしたってんだ!一休さんみたいにトンチで戦えってか?」

『いえ、トンチでは無く、今から説明する作戦で戦って頂きます。その前にライターやマッチと言った物を探していただけますか?』

「ライターだって?ライターならあるぞ。これでどうしろってんだ!?」

『持ってらっしゃる!?あなたが紙巻きタバコ(シガレット)を喫するような悪い子でしたなんて!私、そんな風にあなたを育てた覚えは……』

「育てられた覚えは無いって言ってるだろ!兎に角!あたしはその作戦とやらで何をすりゃいいんだ!」

『あなたはレアスキル(ゼノンパラドキサ)で壁を走って登れますわね?西側の窓から外部に出て、壁を伝って最上階を目指してください。そうしたら、私が西側の最上階の部屋の端にある一室の窓を狙撃しますので、そちらの部屋に飛び込み、追って来るヒュージをその部屋に閉じ込めてくださいませ』

「随分簡単に言いやがるな!?」

()は用意できるでしょう?』

「あ?アレ(・・)のことか!?アレは使うの苦手なんだよ!……あぁ、わかったよ!やりゃ良いんだろッ!?」

 

 追い上げて来るヒュージの追撃を躱し、階段室から飛び出した衣緒里が西側の廊下へと駆けだした。

 その影を追って来るヒュージを感じながら、身近な窓を裏拳で叩き割り、窓枠の外へと飛び出す。

 一瞬の浮遊感を感じた後、壁に足を擦り付け、足裏の摩擦を感じた瞬間、外壁を青空へ向かって駆け始めた。

 窓枠が音を立てて外れ、衣緒里が飛び出した場所からヒュージの巨体が這い出て来ると、壁を伝い獲物を再び追い始める。

 青天井となった戦場を無数の触手の槍が飛び衣緒里を狙う。

 背後から迫るそれらをスキルによって拡張された感覚で察知し、右へ左へと避けながら空を目指す。

 

シスター(ビーチェ)!どの部屋だ!?」

 

 その声が届いたのかは定かでは無いが、最上階の一室の窓が割れ、砕けたガラスの欠片が反射する光が視界の端に映った。

 示された行き先へと舵を切り、指定された部屋の外壁にたどり着くと、窓の上枠を掴み反動を付けて勢いよくヒビの入った窓を貫いて入出した。

 

『良いですか?その部屋にヒュージを閉じ込めたらすぐに狙撃を慣行しますので、私が合図をしたら部屋に着火したライターを投げ入れてください!』

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

 遅れること数秒、壁を這い上って来たヒュージが窓枠を覆う。

 窓に面する表面は既に剣山のように触手が尖り、

 

 

 哀れな一匹の衣緒里(獲物)を貫いた。

 

 

 部屋の中央で触手の槍で磔にされた獲物をじっくりと味わうために、悠悠と部屋へとその全身を流しいれた。

 全身を己の触手で貫き、ぐったりと動かなくなった獲物を透明な肉体の中に招き入れ、先程焼かれて失ってしまった肉体を補うため、獲物の水分を吸いつくそうとしたその時───

 

 食らいついた筈の獲物のその体積がそっくりそのまま消失した。

 

 獲物を喰らい殺す本能に生きるヒュージの思考を驚愕が支配する。

 まんまと逃げおおせたのか?

 いや、違う。あれ(リリィ)は先程捕食した二匹の人間達とは違う、また別種の獲物の筈───

 

発射(Fuoco)

 

 どこかで女の声が聞こえた気がした。

 

 

 音の壁を撃ち抜いた弾丸が再び液状の肉体へと突き刺さる。

 先程の燃える()をぶちまけた物と同じだろうか?

 体内で炸裂する前に、その異物を排出せんとする。

 しかし、その努力はすぐに無駄となる。

 

 今度の弾丸がばら撒くのは、炎と油をばら撒く焼夷弾では無く、電子機器を麻痺させ送電インフラを破壊するための電磁パルス(EMP)弾。

 つまり、ばら撒かれるのは、超高電圧の電磁波である。

 

 炸裂した閃光と共に、弾丸に内蔵される超小型の爆薬発電機が小規模ながら凄まじい雷光を走らせた。

 (イノチ)を喰らいに来たヒュージが、逆に内側から弾ける電撃をたらふく喰らわされ身を激しく悶える。

 肉体のほぼ全てを水で構成している、いや、構成してしまったヒュージは、臓腑を迸る稲妻に焼かれ、透明であった肉体の表面は黒い焦げが目立つ。今や、その肉体の大半が蒸発、いや、莫大な電力により電気分解(・・)され巨体を萎ませた。

 そして、肉体の大部分を構成していたH₂O(水分子)が電気により分解されたことで、室内の大気はヒュージの肉の断片が気化した極めて不安定な気体(H₂)によって満たされている。

 そこに千度近い高温の火を投げ込まれれば大爆発を起こすだろう。

 

()ぜろ!」

 

 部屋の勝手口が細く開けられ、銀色の火種が室内に放り込まれると、猛烈な爆風が最上階の角部屋を吹き飛ばした。

 

 




衣緒里
強化(ブーステッド)スキルは超高速再生能力である〈リジェネレーター〉と、マギを凝固させた自分の似姿を生成する〈エーテルボディ〉の二つ。
但し、エーテルボディは緻密な操作を行うことが出来ず、只のデコイや緊急時の肉壁程度にしか使えない。
戦利品のライターは原型をとどめない程ひしゃげてしまい、小銭稼ぎには失敗した模様。

アンナマリア
初任務の良い所だけ持って行った。
幸いな事に任務中は無事だったが、帰校後に腹を下しトイレから暫く出れなくなった模様。

千秋
『ヒートエッジ』だかなんだか知らないが風呂入れ風呂。

給料がそこまで悪くないらしいおっさん達
衣緒里とアンナマリアを回収しに来たLGシグルドリーヴァのガンシップで百合ヶ丘に連行され、詳細な事情聴取の後に証人保護プログラムを受け、名前と顔を変えて別の人生を歩むことが許された。
衣緒里の『インタビュー』を受けた男の下には、後に十字架の彫り物(レリーフ)が施されたオイルライターが「Thank You!」と書かれた手紙と共に送られてきたようだ。
それが届いたのは禁煙外来の予約をした次の日の事であったようだ。
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