アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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同人出すんで暫く更新速度落ちます。



第十四話 アーセナルの日常

 あの水飴野郎を吹き飛ばして数時間、新潟での任務終了後に迎えに来る手筈であったLGシグルドリ-ヴァを待つ間、シスターが隠し持っていた野戦用の携帯コーヒーセットでコーヒーを淹れてくれた。あたし(・・・)はコーヒーの味に関しては、もうさっぱりわからないのだが、おそらく結構な腕前なのだろう。とても香りが良かった。さっきまで液体の化け物を相手にしていた奴に飲み物を振舞おうとする配慮の無さを除けば、やはりいい女なのでは無いだろうか。

 LGシグルドリーヴァの遠野先輩が筆頭となって施設内を再度探索した際には、特型ヒュージの断片は案の定マギを失い完全に消滅しており、研究用サンプルは入手できなかった。しかし、内部にあった機材や資料を百合ヶ丘に持ち帰った際には幾つかの興味深い事実が明るみになった。

 一つはあの液状のヒュージはG.E.H.E.N.A製の人工ヒュージである可能性が高いという事だ。

 二つ目はヒュージが地下にあった巨大タンクから出て来たらしい事と、そのタンクの搬送元が明確にG.E.H.E.N.A関連の施設であった事だ。

 あのタンクはどうも、水道水等に含まれる余計なミネラルやカルキといった不純物を取り除くという名目で使用されていたようで、実際にそのような効果はあったようだが、その駆動原理にヒュージの生態を利用しているのが笑えない。リリィがいない環境であのヒュージが暴れ出していたらどのように対処するつもりであったのだろうか。若しくは関係者の口を勝手に封じてくれるので、それも織り込み済みだったのかもしれない。大麻は成長速度の速い植物で、短期間で繁茂し種子を実らせる性質を持ち、一年の間に数回は収穫できることから、その利益は相当な額に上っていただろう。反社会的組織の資金源を一つ潰せたというだけで御の字だ。

 ヒュージを利用した技術、そんなものが上手く行くとはどうしても思えない。CHARMの技術や強化(ブーステッド)リリィの技術の発展にヒュージの細胞の探究が深く関わっているのは全く否定できないが、それは恐らく禁忌という奴だ。シスターがよく言っている様に、奴らは結局のところ人を殺し喰らう悪魔だ。悪魔と取引する奴が碌な目に合わないという事を知らないないのは随分と無教養な奴だけだろう。若しくはイカれた科学者達あたりだr・・・・

 

 

「あら、授業の合間に電子教材でお勉強なんて、あなた意外と勤勉なのねぇ」

 

 猫を撫でるような甘ったるく雌臭い声が聞こえて来たので、報告書をしたためていたPCをパタンと閉じた。

 昼下がりのテラスの日当たりの良いテーブルで、アラビアータが山に盛られた皿と特大ジョッキ入りのコーラの影に隠れて、特務の対価に与えられた特別休暇を報告書の作成で削ぎながら時間を潰していたのだが、こないだと同じようにアールヴヘイムの雌猫は貴重な非番の時間を邪魔するのがお好きらしい。

 

「知らなかったのか?ついでに言うと、お勉強する姿を見られてるとやる気が削がれるんだよ。さっさとあっちに行きな」

 

 シッシッ、振り返って野良猫を追い払う様に手を振ると、腐れ縁が二人の人影を連れていることに気付いた。一人はアッシュブロンドを二つに束ねたリリィと、透き通るような水色の髪に黒いリボンを付けたリリィの二人。両方とも工廠科の制服だ。戦うアーセナルという奴だろうか。勝気なアッシュブロンドのほうは兎も角、リボンの方は全体的に色素が薄く人見知りのようなどこかおどおどとした佇まいは同寮の奴らを彷彿とさせる。寮で見かけたことは無いが、恐らくはこちら(・・・)側だろう。

 

「知らない間にもう女を作ってたのかよ。手が速いってのは本当なんだな」

 

 勝気なアッシュブロンドのほう、二人の内の小さいほうが機嫌の悪さを隠さずに答える。

 

「亜羅椰の女になった覚えなんて無いんだけど?」

「そうよ。まだ(・・)手を出した覚えは無いないわねぇ」

 

 一睨みされた遠藤はおどけたように肩をすくめて見せた。

 

「……あなたが衣緒里さん、なんだよね。辰姫(たつき)(もり) 辰姫(たつき)。よろしくね」

 

 もう一人の大きいほうは、女にしてはガタイのいい奴だ。シスターには及ばないが、多少見上げる程度には大きい。遠藤と同じくらいだろうか。

 それでもって一人称が自分の下の名前なタイプか。一呼吸で二回も名乗りやがったぞコイツ。

 とりあえず、腕を差し出し握手を求める。

 

「真榊衣緒里だ。よろしく」

 

 遠慮がちに握り返してくる手を、こちらも優しく握り返した。

 

「そっちは?」

金箱(かなばこ) 弥宙(みそら)よ。ウチの問題児が世話になっているようね」

「そうなのよぉ。このおチビちゃんに振り回されっぱなしなんだからぁ!」

「亜羅椰のことを言ってるのよ」

 

 ぴしゃりと言いつけられた亜羅椰がクスクスと笑いを嚙み殺した。

 身内特有の漫才のようなものだろうか。

 

「で?こいつら、アールヴヘイムも隊室にいた奴らだろ。所帯連れで何の用だ?」

 

 金箱と森が顔を見合わせると順番に口を開き始めた。

 

「アールヴヘイムの、新潟の、外征任務の話は、どれくらい聞いてるの?」

「ほとんど何も。新潟に外征に行くかも知れない、程度の話しか聞いていない。ただ、新潟の馬鹿デカいネストの話は聞いてる。世界最大クラスの超大型(アルトラ)級ヒュージがいるとかなんとかって位だ」

 

 テーブルの空席を顎で勧めると、各々が椅子に腰掛け、荷物やCHARMをテーブルの角に立てかけた。

 貴族のように背もたれにふんぞり返り足を組んでいる遠藤を見ると座り方に性格が出るってのは本当なんだな、と再確認できる。

 

「それだけ知ってれば十分ね。端的に言う説明するならアールヴヘイムの戦力増強、もといCHARMの強化を手伝って欲しいの」

 

 金箱が身を乗り出して顔を近づけて来た。小さい癖に随分と気の強い女だな。

 

「お前はあたし様があの真島百由みたいな世紀の天才アーセナル様に見えるのか?声を掛ける相手が違うだろ。あたしが付き合えるのなんて、せいぜいCHARMのテスト相手ぐらいしか無いだろうが」

「あら。そこは手伝ってくれるのねぇ?」

「あたしはそもそもテストリリィの名目で百合ヶ丘に来てるんだ。手続きさえ踏んでくれりゃ相手してやるよ」

 

 うざったらしい遠藤の茶々を流しながら、森に続けるように促した。

 

「……霞千秋さん。あなたの専属となっているアーセナルを紹介して欲しいの」

「はぁ?天下のアールヴヘイム様が?第一お前らは学院のバックアップやら企業が金を払ってまで協力を申し込むような奴らだろ。そっちの手を借りたほうがよっぽど身になるだろ。それに、あいつは特に実績も何もない転入してきたばかりの野良上がりだぞ」

「でも、その実績も何もないアーセナルの作ったCHARMは、あの白井夢結様をして〈凄絶無比〉とさえ評価した業物の鍛ち手。私達が手を借りたいって言ってもおかしくは無いでしょ?何よりも、百由様の推薦したアーセナル。そして()だと、B型兵装に結構詳しいらしいじゃない」

 

 金箱はあたしの言葉に対し食い気味に口を利く。身長の低い奴は随分とせっかちらしい。

 だが耳に付く単語があった。

 

「それ、どこで聞いた?」

「ミリアムからよ。ミリアム・ヒルデガルド・V(フォン)・グロピウスが千秋様本人から聞いたって言ってたわ」

「……千秋の奴、随分口が軽いな」

 

 思わずこめかみを押さえて天を仰ぐ。我が相棒は自分が百合ヶ丘に来る以前(・・・・・・・・)のやらかしを覚えていないのだろうか。

 

「勿論、あなた達に対して辰姫達は、何も見返りを用意していない訳じゃないわ」

「と、言うと?」

「こちらが出せるのは、禁忌指定の術式、企業の開発した最新型のB型兵装(バーサークユニット)の情報の供与」

「へぇ。お前ら、学院の顔みたいなレギオンの癖に、ヤることヤってるんだなぁ。おい?」

 

 傑作だ。この学院のお嬢様方と来たら、自分たちは清廉潔白な大和撫子ですよ、とでも吹聴しているかのような世間知らずのお花畑な連中ばかりかと思っていたら、こちら(・・・)側を覗き込むような奴がいるとは思わなんだ。

 

「今度の外征、新潟のアルトラ級討伐は百合ヶ丘の先達とも因縁がある〈巣無し〉と呼ばれる個体の一つ。生きる災厄そのもの。私達アールヴヘイムが挑むのは、そういう相手なのよ」

「だったら、どうしたってんだ。テメェらが討ち死にしようが野垂れ死にしようがあたしには関係ねぇだろ」

 

 あたしを挟み込むように座った工廠科の二人は、ぽかんと口を開いて絶句した。自分たちの手土産を喜んで受け取るとでも思っていたのだろうか。

 

「アンタ、それでも百合ヶ丘のリリィなの!?」

「残念なことにな」

「アンタねぇ!」

 

 いきり立った金箱の手が胸元に伸びる。スキルに頼るまでも無くわかりやすい挙動だ。細い手首を掴み背中側に捻り上げると、その反動で頭からテーブルに倒れ込んだ。

 

「弥宙!?……ッ!?」

 

 テーブルに頭を打ち付けたチビを助けるため、あたしに掴みかかろうとするもう一人の首筋に、皿の上のスパゲッティに刺さっていたフォークを突き付けた。

 どうも百合ヶ丘に来てからは、CHARMを使った決闘なんぞでしか荒事が無いので張り合いが無かったと思っていたが、この血の気の多さは流石世界最強のアールヴヘイムというところだろうか。

 

「平和な交渉事だと思ってたんだがな。力尽(ちからず)くってんなら手っ取り早い。遠藤、テメェはどうするんだ?おぉ?」

 

 苦悶の表情を浮かべる金箱と顔を強張らせる森に比して、遠藤の奴は随分と落ち着いている。前々から思ってはいたが、このピンク頭は心臓に毛でも生えているのだろうか。

 

()ぁよ。私、あなたみたいに野蛮じゃあないもの。……弥宙、おチビちゃんに謝りなさい」

「はぁ!?なんでよ!こいつは……あ痛たたた!悪かったから!いきなり胸倉掴もうとしてごめん!」

 

 手首を更に捻り上げると、簡単に音を上げてくれた。

 極めていた手とフォークを退けると、金箱は手首を押さえ、こちらを恨めしそうに睨みつけながら渋々椅子に座り直す。

 

「おチビちゃん。いえ、衣緒里」

「なんだよ、改まって」

 

 森が座り直すのを待っていたかのように遠藤が机に頬杖をつき、憂いのある目で見透かすかのように煽る。

 三対の色のの違う目がこちらを向く。

 

「今回の遠征は百合ヶ丘や新潟だけの問題では無いの。昨今の世界の情勢にとっても大きな意味を持つのよ」

「あ?なんだ急に規模のデカい話をしやがって」

「規模の大きい話なのよ。今度の〈巣無し〉の〈ファーヴニル〉と呼ばれるアルトラ級は、世界各地を荒らし回り甚大な被害を広げた挙句、新潟に留まりヒュージを無尽蔵に生み出す(ネスト)を設営したの。そこにいるのは世界各地の無辜の民と散って行ったリリィ達の仇。かの南極戦役の英雄達が取り逃がしてしまった最悪のバケモノの一匹よ。だけど、新潟のガーデンである柳都女学館は、アルトラ級を討伐するにはとてもでは無いけど戦力が足りなさすぎるわ。だから私達が呼ばれたってわけ」

「だから、それがどうしたってんだ。顔も知らねぇ奴の怨嗟を背負って戦ってやるほど、あたしの懐は広くは無いんだよ」

「では言い方を変えようかしら」

 

 おもむろに席から立ちあがった遠藤が、森の背を一撫でして二人で一瞬見つめ合うと、机の反対側のあたしの横に跪くように座り込んだ。

 

「私、あなたと一杯おしゃべりして、一緒に遊んで、たくさんの思い出を作りたいわ」

「ケッ!お涙頂戴ってか?」

「えぇ、そうよ。もしも私は帰ってこなかったら、あなたは悲しんでくれる?」

 

 情に訴えて揺さぶるつもりか?別にこいつがいようがいまいがあたしには、関係無い。肩を並べて戦ったことも無い。同じ地獄を味わった仲間でもない。育った環境も天と地ほどの差だろうし、価値観もまるで合わない相手にこいつは何を言っているんだ。。だけど、こいつがいない生活は、どうも寂しい気がする。

 

「~~~~~!あぁわかった。泣いてやるよ!テメェがいなかったら寂しいってロザ様辺りに泣きついてやるよ!これで満足か?クソッ!」

 

 情に絆されるなんて、あたしらしくも無い。

 コーラのグラスを一気に煽り、まだ山と盛られたスパゲッティ残っている皿を掴んで、椅子を蹴って立ち上がる。

 

「どこ行くのよ!」

「お前らこそ、いつまでグズグズしてんだ!行くんだろ、ウチの相棒の所に!」

 

 椅子に座っている三人が顔を見合わせると、立ち上がりあたしを追って来る足音が聞こえた。

 

 

▲▽▲

 

 

「は~い、いらっしゃい!アーセナル、霞千秋のラボへようこそ!適当な所に掛けてね!」

 

 衣緒里に連れ立った三人が露骨に不満そうな顔で研究室を見渡した。

 千秋の研究室は、今日も変わらずCHARMのジャンクパーツの山がいくつも積み上がり、所狭しと置かれており、なんなら特務に行く前に訪れた時よりも物が増えているかもしれない。

 

「な、何これ。CHARMの廃材や廃棄パーツ……?」

「すごい。グングニルとかのユグドラシル系のコアマウントユニットにシャルルマーニュの展開刃?これは布都御魂(フツノミタマ)のシリンダーかな?プルトガングの外部(アウター)フレームにデュランダルのブレード……?百合ヶ丘で正式採用されていないCHARMのパーツまで沢山ある。一体、どこでこんなにCHARMのパーツを……」

「そ。私はCHARMの廃材からCHARMを組み上げたりするの!お茶入れて来るから、ちょっと待っててね」

 

 知り合い以外の客人で上機嫌になったのか、部屋の主はスキップを踏みながら共用の給湯室に茶汲みに行ったようだ。唖然として顔を見合わせている横で、勝手知った衣緒里が壁に立てかけられたいた50㎝四方程度の鉄板を手に取り、転がっていたCHARMの砲身らしきパーツいくつか床に並べ、その上に鉄板を置いた。

 

「何も無いけど座れよ。立ち話もなんだろ」

「椅子とかベンチとか座れるような物は無いのかしら」

「そこにあるぞ」

 

 衣緒里の指差した方向には古ぼけたパイプ椅子が二つほど壁に立てかけられていたが、椅子の足は赤茶色に錆び、クッションは破け中身のクッションとスプリングがはみ出ていた。

 頬を引き攣らせた亜羅椰は一瞬躊躇したが、ため息を吐きながら床に座り込んだ。

 

「まったく、あなたと出会ってから(わたくし)、百合ヶ丘のリリィらしくない事ばかり体験してる気がするわぁ」

「良かったじゃねぇか。毎日が楽しそうで羨ましいぜ」

「えぇ。あなたに初体験を奪われてばかりになりそうねぇ」

 

 心底嫌そうに顔をしかめる衣緒里の顔を見て辰姫と弥宙が、クスクスと笑いながら腰を下ろした。

 

「千秋様、優しくて楽しそうな人で良かったな」

「そうね。無法者(デスペラード)二号みたいな方だったらどうしようかと思ってたわぁ」

「それにジャンクパーツからCHARMを組み上げるなんて……随分とワイルドな方なのね。百由様の推薦で入学したって聞いたから、もっと理知的で学究的(アカデミック)な方かと思っていたんだけど」

「あいつは独学の実学主義者(プラグマチスト)だ。あのいけ好かないヘボメガネと一緒にしないでくれ」

「ヘボメガネって誰のこと?」

「有名人様だよ」

 

「たっだいま~!お茶の葉切れてたから、自家製のタンポポコーヒーを淹れて来たよ!」

 

 千秋が横開きのドアを騒々しく開けて帰って来た。手には木の盆を抱え、先の言葉通り黒い液体がなみなみと注がれた大き目のマグカップが、()杯乗せられている。

 

「私もいるわよ~!」

 

 千秋の影からひょっこりと顔をのぞかせたのは、丁度話題に上がっていた人物である、蒼いブローチを長い髪に結いつけた才女、真島百由その人であった。

 

「ウルカヌス製の新型CHARMの情報なんて貴重過ぎ!私に黙ってるなんて酷いじゃない、弥宙ちゃぁ~ん……ゲッ!なんで衣緒里さんまでいるの?あなた達知り合いだったっけ」

「ゲッ、ってなんだよ。ゲッ、って」

 

 弥宙に猫撫声で呼びかけてスキンシップを計ろうとした百由であったが、衣緒里の顔を視界に入れると表情を引き攣らせ慄く。

 

「おい千秋、お前はなんでこんな奴まで連れて来たんだよ。あたしはコイツが嫌いだって何度も言ってるだろうが!」

 

 衣緒里が行儀悪く百由を、人差し指を突き付けるように指差す。その顔には嫌悪の皺が深く刻まれ、ただでさえ刺々しい目付きがより凶悪な物となっている。

 

「駄目だよいおりん!知ってると思うけど、真島さんはとってもすごい人なんだよ!それに、いおりんは一年生だから様とか先輩ってつけて呼ばないと!」

「それが嫌だって言ってるんだ!なによりも、こいつはお前の作ったCHARMが馬鹿にしたんだぞ!お前が|怒らないから代わりにあたしが怒ってるんだよ!」

「だからそのことは気にしてないってば!もうそれについては謝って貰ったって!」

「謝ったとか許したとかの話なんてしてないんだよ!天才だなんだと褒めそやされている奴が、お前の組んだCHARMをヘボだ粗製だなんだと言ったことが気に食わないんだ!。こんなヘボメガネよりもお前の方がよっぽど優秀なアーセナルだってのに!」

 

 仲の良い二人と話には聞いていたリリィとアーセナルのコンビと聞いていた二人が、急に怒鳴り合いを始めたことで客人の二人組は目が点となっている。

 

「あー……私、お邪魔かしら?」

「おぉ邪魔だな。さっさと出ていけ」

 

 シッシッ、と虫を追い払うような仕草で衣緒里が百由を帰るように促す。あまりにも露悪的な振る舞いに部屋の空気は最悪に近い。

 しょうがないわね、と亜羅椰がため息交じりに呟いた

 

「おチビちゃん。ちょっと付き合ってくれないかしらぁ。月詩(つくし)が新作の格闘ゲームを買ったみたいなの。私、結構強いわよ?」

「あぁ!?今取り込み中なのは見て分かるだろうが!」

「あら。それは(わたくし)との勝負から逃げるということでいいのかしらぁ?」

「あぁん?」

 

 衣緒里が立ち上がり、亜羅椰の鼻先がぶつかるほど顔を近づける。獣のように熱い呼気に、スパゲッティのソースの香りが混じっている。

 少し憤りが覚めたのか衣緒里が周囲を見回した。

 

「ケッ、上等だ!挑発に乗ってやるよ」

 

 衣緒里を連れ立って部屋を出ていく亜羅椰へ、申し訳なさそうに手を合わせた百由に亜羅椰は軽く手を振って去って行った。

 残された工廠科の一年生たちは目をぱちくりと目を見開いている。

 

「……衣緒里さんと、百由様は、仲が悪いんですか?」

 

 辰姫が一つ一つの単語を難しい刺繡を編み込むかのように紡ぎ出した。

 壁に寄りかかった百由が、大仰なため息を吐き眼を瞑り眉間を押さえている。

 

「そうねぇ。仲良くしたいとは思ってはいるんだけど、ずっとあの調子続きなのよ。あたし、多分相当嫌われてるみたいだから」

 

 はぁ、と再び深いため息を吐く。

 弥宙が助けを求めるように千秋へ視線を向ける。それに気づいた千秋が、ばつが悪そうに寝ぐせだらけの頭をぽりぽりと掻いた

 

「昔、真島さんと(まい)ちゃんに初めて会ったときにね、私が作った最初のCHARM、まぁ処女作を見てもらったんだけど、ちょっと見てくれが悪くて、ヘボCHRAMとか言われちゃたことがあるってだけだよ。私は全然気にしてないんだけど、いおりんはそのことがずっと気になってるみたいで、ね」

 

 もう気にしていないから、とニコニコと笑顔を浮かべる千秋を、憂いを宿した瞳で見つめる百由を辰姫は見逃さなかった。

 千秋様を推薦、もといスカウトしたのは百由様と聞いてはいるが、どのような繋がりがあるのだろうか。片や世紀の大天才と称され世界中の学者や同年代のアーセナルから羨望の眼差しを浴び続けた秀才中の秀才。片や、百由様と同世代ながらも百合ヶ丘に入学するまで一切名前を聞いたことも無く、一般高校に在籍しながら独学でマギ工学を学んだだけというアマチュアレベルもいい所なアーセナル。同学年のなまら毛量の多いミリアムに聞いた人物の経歴と、この間の依奈様との決闘の際に見せられたあの有線分離式の専用(ユニーク)CHARMを作り上げるだけの技術力。あまりにも実力と名声がちぐはぐだ。

 

「それで?この千秋さんの手を借りたい事って言うのは?」

「はい。来る決戦のために、亜羅椰の専用機として設計されたCHARMである〈マルミアドワーズ〉に搭載される予定のB型兵装の調整について、お力をお借りしたいのです」

 

 弥宙が手渡した小型の記憶装置を受け取った千秋が、卓上のノートパソコンにそれを差し込んだ。

 解凍ソフトが起動し、内部に格納されたCHARMの膨大なデータを画面上に展開するため、内蔵された空冷ファンが唸り始める。

 格納されたデータを展開している間、手持無沙汰になった弥宙が、千秋に疑問を投げかけた。

 

「千秋様、失礼ですけど、このCHARMのパーツはどちらから持ってこられたんですか?明らかに百合ヶ丘で使用されていないCHARMの物も混じっているようなのですが」

「これ?地元が海に近いんだけど、CHRAMのパーツが流れ着く海岸があるの。いおりんもそこに流れて来た土左衛門(どざえもん)さんだったんだよ」

 

 弥宙と辰姫が驚愕の声を押さえるために口元を押さえた。

 一年生でも頭一つ抜けた実力を持つあの無法者(デスペラード)の物語は、随分と凄惨な始まりであったらしい。

 しかし、おそらく(・・・・)、自身と同じ経験を持つであろう辰姫の解釈は、弥宙よりも一つ踏み込んだ所にあった。

 

「……その失礼ですけど、衣緒里さんって、強化(ブーステッド)リリィ、ですよね……?」

 

 遠慮がちに俯いた辰姫の表情は、モニターに映し出された小さな砂時計が示すデータの解凍時間を刻むアイコンを注視したままの千秋からは見えなかった。

 画面から眼を目を離さず、千秋は淡々と口を開く。

 

「そうだよ。いおりんは強化(ブーステッド)だよ」

 

 まるでなんでも無い様に答える千秋の口調に二人はうすら寒い物を覚えた。

 百合ヶ丘は反G.E.H.E.N.A主義であることで有名なガーデンである。その百合ヶ丘で強化リリィであることを悲壮感を持たずに話す人間は少ない。

 どうも親G.E.H.E.N.A側の人間のような雰囲気を千秋からは感じられる。

 

「……その、なんというか、強化リリィの衣緒里さんと一緒に流れて来るCHARMのパーツって、G.E.H.E.N.A産のCHARMのパーツってことでは無いでしょうか」

「そうだよ。何か問題ある?」

 

 振り返った千秋の表情は部屋に訪れた時の、ニコニコとした人の良い表情と変わらない。

 この女は百合ヶ丘女学院に所属する人員としての自覚が無いのであろうか。

 百合ヶ丘は理事長がG.E.H.E.N.Aの人体実験の被害者の一人として、矢先に立ち強化リリィの保護を掲げて反G.E.H.E.N.Aのロビー活動の最前線に立っているガーデンである。その百合ヶ丘でG.E.H.E.N.Aで作られた、使用されていた物を使い続ける事が許されるている事が驚きである。

 この百合ヶ丘においてG.E.H.E.N.Aの論文の閲覧や、その技術を使用するのはご法度だ。ましてやG.E.H.E.N.A製のCHARMを使用するなんて以ての外である筈だ。

 

パソコンに繋がれた小型のスピーカーがファイルの解凍を終わらせたことを告げた。

 

「え~と、Marmyadose、ま、まるみゃどせ……?」

「マルミアドワーズ、ですよ。千秋様」

 

 英字の綴りを読み間違えたを辰姫に小声で補足され、照れくさそうに頬を掻いた。

 

「マルミアドワーズ、確かローマ神話に出て来る武器の名前だっけ」

「ローマ神話の鍛冶の神ヴォルカヌスが鍛え、半神半人(デミゴッド)のヘラクレスが振るったとされる剣だけど、その出典はアーサー王伝説ね。実際のローマ神話にそんな記述は無いみたいで、13世紀の詩人がアーサー王の伝説に付け加えたと言う説が有力みたい」

 

 アーサー王伝説ねぇ、と呟いた千秋はいまいちピンと来ていない様子だ。

 百由の解説を目配せで引き継いだ弥宙が引き継ぐ。

 

「アーサー王の伝説によれば、リヨン王からアーサー王が召し上げた剣で、柄は竜の骨で刃は神鉄(アダマンタイト)を掘り出して創られ、『決して曲がることも錆びる事も無く、その傷は癒えることはない。』とされる神剣です」

 

 CHARMの名前には古の時代より人々が紡いできた伝説や神話の時代の武器の名前が(あつら)えられる。神話の様に、伝説の様に、悪の怪物(ヒュージ)を討ち倒すようにとの祈りが込められているのだ。かくあれかし(アーメン)、と。

 

「曲がらず錆びず癒えない傷を与える剣、まさしく究極の刀剣だね!じゃあ肝心のCHARMのスペックはどうかな?……うっわ、何これ。これ本当に企業が作るようなCHARMなの?量産化なんてまるで考えていない専用機じゃない!」

「はい。亜羅椰の専用機として開発されたCHARMなので、完全に最適化(アジャスト)された設計になっています」

外部マギ供給(マグス)システムに、短銃身なのにブリューナク以上の高出力砲!?フェイズトランセンデンスを利用したマギ圧縮式大型ブレードの展開機構?……この術式(プログラム)参考になりそうだなぁ。お、B型兵装も組み込んでるんだね。……えっ、なんかこれだけ微妙じゃない?」

 

 千秋が驚嘆と賞賛するばかりであった新型CHARMのスペック情報の中の情報で、どうも気に障る箇所があったようだ。やはり、弥宙が聞いていた通りB型兵装に関しては何か思う所があるのだろうか。

 

「このB型兵装、確かに従来の物よりも大幅に改修されてるし、マギの効率面でも旧式の物よりもローリスクハイリターンな代物になってるけど、なんというか、その……地味じゃない?」

「B型兵装が……地味、ですか?」

 

 B型兵装、それは対大型ヒュージ戦闘においてノインヴェルト戦術が確立される以前の時代、〈デュエル世代〉と呼ばれていた時代のリリィ達のCHARMに組み込まれていた決戦兵装。

 リングカートリッジという指輪型のマギ充填機構を用いてCHARMの主機たるマギクリスタルコアに過剰量のマギを供給し爆発的な出力を生み出す代わりに、リリィを包む防御結界を維持するマギすらも主機へと注ぎ込むため、ヒュージの攻撃を一撃でも受けてしまえばひとたまりもない捨て身の切り札である諸刃の剣だ。B型兵装の関するBとは、BerserkのBであり、神話の時代の狂戦士(ベルセルク)を再現する。その効果時間終了後は熱暴走(オーバーヒート)を起こし、CHARMの最低限の機能を残し戦闘不可の状態に陥る。まさに神話の時代における忘我の鬼神の如し。それは数多の戦場において華々しい戦果を歴史に刻み、その戦果以上の命を散らした禁忌の力。

 デュエル世代の戦場の華々が振るったそれが、地味とはどういうことだろうか。

 

「B型兵装はCHARMの出力を爆発的に引き上げ、その身体能力を一つ上のステージへ引き上げる。相手がラージ級以下だったら文字通り一対一の『決闘(デュエル)』で戦えるほどの性能を誇る。でも逆に言えばそれだけ(・・・・)じゃない?」

「ラージ級のヒュージとも渡り合える力が、それだけ、ですか?」

 

 百合ヶ丘のリリィにおいてラージ級ヒュージの討伐はけして特別な事ではないが、一般的なリリィの単独でのラージ級ヒュージとの会敵は死を意味する場合もある。仮にレギオン単位での作戦下においても、ラージ級ヒュージとの戦闘は命を懸けた死闘であり、それを単独でこなせる程の戦力増強が可能というのは凄まじいアドバンテージであるが、リリィの消耗と安定した戦果を求めた結果、現在のノインヴェルト戦術が開発された経緯なのだ。

 その劇的な効力を『それだけ』と呼ぶのは些か傲慢では無いだろうか。

 

「考えてもみてよ。あれだけの強化の幅を持つのに出来るようになることが、ちょっとブレードの切れ味が上がって、ちょっと威力の高い弾が打てて、ちょっと飛んだり跳ねたりが出来るようになるだけ。リリィを戦闘不能に追い込むほどの負荷をかけるのに、出来ることがてそれだけってもったいないと思わない?」

 

 千秋が卓上のノートパソコンを膝に乗せ、回転椅子の足を蹴りぐるりと振り向いた。……勢い余って二回転したが。

 

「だからやってみたの。B型兵装のその先を!」

 

 小型モニターに弥宙と辰姫が仲良く頬を寄せ合う。

 

「Berserk Unit. Heat Edge……B型兵装、ヒートエッジ……!?」

「B型兵装のその先、CHARMへの特殊効果付与術式試製二号機、刀身灼熱化機構ヒートエッジ!CHARMに増設したサブのマギ流入回路へ過負荷をかけて、刀身を長高熱化したマギで包み込むの!ブレードに接触するものを燃やしたり、纏った高熱のマギを斬撃に乗せて飛ばしたりできるの!」

「す、すごい!ゲームに出て来る術式付与(エンチャント)みたいじゃない!これって他のCHARMに汎用的に組み込めるんですか!?」

「もちのロン!あくまでB型兵装の外装(ハード)と過剰出力されるマギの操作に関する術式(プログラム)を組み込むだけだからね!強いて言うならブレードに耐熱コーティングを施工しなきゃいけないぐらいかな?数千度の熱を持つから、下手な金属で作ると溶けちゃうから専用のブレードが必要になるの。あと起動中は近接形態(ブレードモード)から変形できなくなるね!」

「千秋様……その、マルミアドワーズって完全なワンオフ機なので、ブレードへの加工は難しいと思います。あと、マルミアドワーズは四世代機の技術の先行実証機体で手動(マニュアル)変形では無く、使用者の思考パターンを感知して高速自動変形を行う機能がありますので、変形機構をオミットしてしまうのは、その、なんというか、長所をみすみす殺してしまうようなことになってしまうのでは……?」

 

 千秋の表情が固まった。汎用的に使えると言っておきながら、高性能専用機への搭載をまったく考慮していなかったようだ。

 

「じゃ、じゃあ逆にこれ!試製三号機超高圧縮マギ炸裂弾機構、インパクトカノン!マギを超高密度に圧縮して発射!着弾時に大爆発を起こすの!」

「変形機構は?」

「勿論使えません!」

「今回はご縁が無かったということで……」

 

 申し訳なそうな表情を浮かべながらも、千秋の必死さに若干引き気味なアールヴヘイムの二人は入口の方に後ずさりを始めた。

 退室の意志を感じ取った千秋が情けない声色で、これまた情けない恰好で二人の足に縋りつく。

 

「ま、待ってぇ~!まだあるの!もう一個だけ!もう一個だけだから!」

「その、それはマルミアドワーズに組み込めそうですか?」

「……どうだろう」

 

 弥宙が笑みを張り付けたまま後退を再び始めた。

 

「待ってぇ~!お願いだから、聞くだけでも聞いていってってばぁ!」

 

 リリィ二人の腰に捕まりながらずるずると引きずられていく千秋から零れ落ちたノートパソコンを百由が拾い上げた。

 黒縁に彩られた二つのレンズにモニターに映るブルーライトが反射する。

 

「試製四号機刀身延長機構、オーバーエッジ……?刀身に付与された術式と特性をそのままに、高圧縮のマギでその刀身を延長する……これとかなかなかいいんじゃない?」

 

 部屋から去ろうとしていた二人の足が止まる。何かの琴線に触れたようだ。

 

「ブレードの延長機構、ということでしょうか?」

「ただの延長機構じゃないよ!刀身に刻まれたルーンの術式や加工によって得られた特性を持ったマギのブレードを展開するの!例えばうちのムラマサの場合、刀身に施された耐熱コーティングの特性を持ったマギの刀身を生成できるの!ヒュージの熱線をそのままぶった切ったりできるんだよ!」

「最初からそれを見せて上げなさいよ……」

「それって、マルミアドワーズの刀身延長機構と組み合わせたりとか……!」

「さっき見せてもらったマルミアドワーズの術式、B型兵装とは系統は違うけど、コードは類似性があるから組み込めると思うよ!だから、マルミアドワーズの現物が届いたら一回分解(バラ)させてぇ!」

「わかりました!わかりましたから、離してください!鼻水が付きそうなんですよ!」

 

 弥宙が釣り目がちな目をさらに釣り上げながら懇願する。スカートには既に黒い染みが浮かび始めていた。

 辰姫の頬が糸を引く透明な液体をを見て引き攣る。

 どうやら遅かったようだ。




衣緒里
魔改造CHARMの担い手であった模様
CHARMの廃材のおまけで千秋に拾われた
亜羅椰に本格的に狙われ始めているかもしれない

千秋
後輩に頼られるとゆるふわマッドの本懐でテンションがアガっちゃう系アーセナル
本当に出所のヤバい物でCHARMを作っていたようだ
B型兵装にはなかなかの拘りがあるようだが……?

亜羅椰
出来る女

森辰姫
二代目アールヴヘイムのアーセナルの片割れ
雰囲気だけで衣緒里に強化リリィであることを見破られている

金箱弥宙
二代目アールヴヘイムのアーセナルの片割れ
若干火の付きやすい性格なのが玉に瑕

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