アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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初同人無事完売しました
買いに来てくれた皆様、本当にありがとうございました!


第十五話 アーセナルの日常(その2)

 枕元に置かれた携帯端末がバイブレーションによって震え、百合の花びらを纏う十字架を象ったキーホルダーが静かな金属音を立てた。窓の外はまだ薄暗く、夜の帳は未だ開けてはいない。

 女は眠気で霞んだ眼を擦りながら震える端末を止め、静かに伸びをして体を震えさせると、静かに二段ベッドの上段から抜け出した。

 壁に掛けられた、女性にしては大きい寸法のブラウスに袖を通し、コルセットスカートの紐を結んでケープを羽織り、髪を梳かす。

 化粧鏡に映るのは、常夜灯に照らされた少しばかり日に焼けた白い肌と金髪。普段は良く手入れされている金糸のような髪は、寝癖が立っていた。

 化粧棚に置かれた髪油(ヘアオイル)を手に取り、紙に撫でつけて櫛で数回も梳かせば跳ねた寝癖はすっかりと普段通り。天使の輪のような光沢が際立つ。

 机の上に畳まれていたトレードマークのベールを被ると、シスター・アンナマリアことアンナマリア・レギーナ・フェラーリの身支度は完了した。

 化粧棚の卓上には十字架のネックレスが二つ置かれており、それぞれを隣り合う様に化粧棚に立て掛けると、厳かに十字を切り十字架へと跪き祈りを捧げる。

 

「新しい朝を迎えさせてくださった神よ、今日も一日(わたくし)達をを照らし、お導きください」

 

 厳かに唱えられ始めた祝詞が静かな部屋に木霊する。

 

「今日の戦いをあなたに捧げます。すべてが御心に叶い、より大いなる栄えとなりますように」

 

 ベッドの下段からぎりぎりと歯を食いしばるような音が聞こえてくるが、アンナマリアは祈りを止めない。

 

「私達を罪と悪からお守りください。あなたのお恵みが常に私達と私達の愛するすべての人と共ににありますように。……アーメン」

 

 再び胸の前で十字を切ると柔らかく閉じられていた瞳が開き、蒼い目が鏡の中から見つめ返す。

 少しはにかみ嘆息し、立て掛けられていた十字架の片方を手に取り、鎖を首にかけた。

 部屋の入口付近に置かれているCHARMのラックから愛機である都市迷彩柄のアステリオンを手に取り振り向く。

 

「訓練場に行ってきますわ。私の騎士様」

 

 その声はベッドの下段に寝ている衣緒里では無く、化粧棚の方に向かって呼びかけられていた。

 静かに締め切られた扉の古い蝶番がキィキィと鳴いた。

 

△▼△

 

 百合ヶ丘女学院の朝はよく冷える。

 山間部に位置する校舎や訓練施設は朝霜でじわりと濡れ、半分ほど屋外となっている射撃訓練場は薄く霧が張っていた。

 そんな射撃にはあまりにも悪条件の環境化においても、訓練場で引き金を握るリリィ達がいる。

 人影は二人。まばらな間隔で放たれる小銃のマズルフラッシュが霧のカーテンに映る。

 

「うーん、今日も当たらないなぁ」

 

 桜色の髪にトレードマークの四葉の髪飾りが冴えた新人リリィの一柳梨璃がぼそりと呟いた。

 打った弾が半分程が目視で三十メートルほどの距離に置かれた丸い標的から外れ、その背後へと消えていく。

 困ったように眉間に浮かぶ皺が可愛らしい。

 その隣で的を狙うのは、梨璃が握っている小銃型の射撃形態を持つCHARMのグングニルとは様相が異なる狙撃銃のような長い銃身を持つCHARM、アステリオンを構えていた。

 未だCHARMを持つ度に戦場に立つような緊張感を覚えてしまう梨璃と違い、隣で的を睨みつけるアンナマリアは驚くほどの自然体。体をストレッチしたばかりの様でCAHRMを構えるのに必要な筋肉以外は完全に脱力しきっているのが、素人目にも分かる。

 

 およそ千五百メートルの先に置かれた機械仕掛けの丸い標的が二つ起き上がるのを、アンナマリアの双眸は『スキル』によって得られた異常な視力を持って完全に捉えていた。

 

発射(フォーコ)

 

 口の中で静かに唱えられる祝詩、銃口上部に掘られたアイサンサイトが的を捉え、短い嘆息。

 CHARMの引き金が引かれた。

 薬室が撃鉄によって打ち抜かれ火薬が発破、夥しい数のルーンが内に刻まれたライフリングをくぐり抜け、マギの祝福を纏った鉛の弾丸が宙を飛ぶ。

 打ち放たれた弾丸は的を目指して一直線に飛んで行く。

 音速の壁を貫いて飛んで行く弾丸を見送る間も無く銃身側面部のレバーを引き排莢、空になった薬莢が床に音を立てるよりも速く、次弾を装填し撃鉄が起こされた。その間は、一秒にも満たない。

 再度引かれる引き金、瞬時のうちに行われた照準はわずかなブレすらなく二発目の弾丸を撃ち出した。

 

「すごい……!」

 

 二連続で慣行された狙撃は、寸分の狂いも無く遥か彼方の標的の中心を打ち抜き風穴を開けた。

 未だ戦場にて浅い身の上である梨璃は未だ知らない事だが、視界不良と高湿度下の環境は物理弾による射撃の難易度が純マギによるエネルギー弾よりも格段に高い。歴戦のリリィ達にとっても、アンナマリアの狙撃はおよそ神業と言ってよいものだ。

 

「お褒め頂き光栄ですわ。でも、梨璃さんもご上達なさっているようですわね」

 

 賞賛され慣れているのか、静かな微笑みを浮かべている。

 CHARMを降ろしている梨璃を視界に捉えると、狙撃の為に連続で構え続けていたCHARMを降ろし、射撃柵へと立て掛けた。

 

「そんな……私なんて、まだまだですよ!やっとで三回中二回ぐらい当たるようになってきたばかりですし……」

 

 俯きながら頭を掻く姿がいじらしい。

 

「そんなことはありませんわ。進歩は進歩なのですから。驕るのでなければ、誇ってよいことだと思いますわよ」

「でも……クラスメイトの皆さんやお姉様は、私みたいにじっくりと狙いを付けなくても標的にしっかりと当てるんですよ。それと比べたら……」

 

 アンナマリアが梨璃へ近づき、腰を屈めた。およそ二十センチの身長差は首が疲れるのだ。

 切れ長な眼が瞬いた。アングロサクソン系の彫刻の様に堀りの深い顔に、梨璃は思わず唾を飲み込んだ。

 

「どうか、そんな悲しそうなお顔をしないで下さいまし。人の歩む速さはそれぞれ違いますわ。まだCHARMを握り始めて一か月程度で、その射撃精度は十分すぎます」

 

 励ましにも眉尻を困ったように下げている梨璃を見てアンナマリアはため息を吐いた。

 この新人は人一番頑張り屋さんであるが、なかなかどうして自己評価が低く、妙に頑固なところがあるようだ。

 

「いいですか、梨璃さん。私とあなたの射撃能力は確かに天と地ほどの差があります。それは経験と積んできた修練の差から来るものではありますし、そう簡単に埋めることが出来ない程の差ではあります。しかし、あなたには私ほどの射撃能力はおそらく求められないでしょう」

「えっと、高等部からじゃ、遅いからですか……?」

「まぁ確かにそれもあるでしょう。ですが、そもそも私とあなたでは戦場に置ける役割が根本的に異なるのです」

「……あれ?アンナマリアさんと私って、同じBZのポジションのリリィですよね?それなのに役割が違うというのはどういう事なんでしょうか」

 

 梨璃がこてんと可愛らしく首を傾げた。

 

「梨璃さん達のような一般的なBZの役割は展開したレギオンにおいて後方からの火力による支援です。しかし、狙撃手の役割はBZの中でも少々特殊な役割を担っています」

「狙撃手さん……遠くからヒュージを攻撃する役割の人ってことですよね。……あれ?それだけだと普通のBZと変わらないような……」

「一般的なBZに求められるのは、あくまでも火力による"支援"ですわ。近代的なレギオン戦術においては近接戦闘において、AZがBZとTZの支援を受けながら戦列を勧めるのが教科書通りの戦術となっていますね。しかし、私のような狙撃手に求められるのは支援ではありませんわ」

 

 そう言い切ったアンナマリアの目は薄く細められた。

 

「長射程を持ったCHARMによるヒュージへの超長距離(アウトレンジ)からの『確実』な火力支援です」

「確実に、ですか?」

「えぇ、確実にです」

 

 自分の専門の分野であるためか、アンナマリアはいつになく声色高く饒舌だ。

 

「例えばあなたのお姉様の夢結様が、二体のヒュージに囲まれていたとします。そしてそれらのヒュージ共はさしもの夢結様としても中々に手こずっているご様子。もしBZのあなたがそれを戦場の後方で見ていたらどうしますか?」

「えっと、援護射撃します!」

「夢結様に当たるかもしれないのにですか?」

 

 はっと息を飲む梨璃を前にアンナマリアは、静かに微笑むと射撃柵に立て掛けられていたCHARMの握りを兼ねた銃身を掴み曲芸のように宙に放り投げた。

 くるくると宙を舞いながら落ちてくる愛機を視線を外したままに掴み上げ引き金を引いた。

 

「おぉぉ……!」

 

 アンナマリアから受けとった双眼鏡が映すのは彼方に設置された標的とその中心に穿たれた弾痕

 CHARMを構えたあの一瞬で照準を合わせ引き金を引いた結果がこれだ。

 リリィとしての経歴が幾ばくも無い梨璃にしても、目の前の女が驚異的な射撃の腕を持っていることは肌で理解できた。

 

「このように、私の役割は確実に敵に損害を与える有効打が求められるのです。そしてそれを実現するための技術も、ですね。しかし、あなたも狙撃手を目指さないのであれば私程の腕前は不要ですわよ。まずは地道に目の前の的を射る練習を続ければよいと思いますわ。それに……」

 

 そこで言葉を区切るとアンナマリアは聖母のような笑みを浮かべ梨璃の眼前へと顔を近づけた。

 彫刻のように美しい顔に頬が朱に染まる。

 

「神は見ておられます。明日のために努力を怠らないあなたのことを。敬愛する守護天使(シュッツエンゲル)の期待に応えようとするあなたのことを。どうかご無理をなさらないでくださいで。あなたのひたむきな努力はいずれ必ず報われますから。なので……」

 

 そこで言葉を切り、アンナマリアは静かに後ずさりを始めた。

 まるで草食動物が肉食動物から視線を離さないように梨璃の背後の一点を見つめている。

 

「後で私への誤解を解いてくださいまし!」

「待ちなさいアンナマリアさん!私の梨璃に何を吹き込もうとしたの!?」

 

 高身長も相まってキリンのように長い健脚を活かし走り去っていく級友と、二つの紅い双眸で赤い軌跡を描いてそれを追い立てる義姉を、梨璃はぽかんと見つめていた。

 

◇◆◇

 

 鐘楼の音は兵とはいえども学生の身分であるリリィの一日の課程の終わりを告げる福音である。

 年頃の乙女の集う楽園(アジール)に住まう花びら達達と言えど、終業後の放課後にすることと言えど、一般高とは変わらない。

 テラスでカップを片手にたわいの無い話にうつつを抜かしたり、寮の自室に駆け込んで新発売のゲームソフトや本を開く者もいれば、部活動の代わりとなっている同好会での活動に勤しむ者もいる。

 本当に変わらないのだ。いかに数10kgの鉄塊の如き兵器を振り回し戦場を彩る華と呼ばれようと、その本質は年若い少女達なのだ。

 違いがあるとするならば、その肩には人類守護の使命というあまりにも重い荷を背負わされていることぐらいだろうか。

 その使命に燃える者は、次なる戦いや来る決戦に備え自主的な鍛錬を欠かさない。暇を縫って己を鍛え剣の冴えを磨き、衰えぬように刃を振るうのだ。

 しかし、CHARMを振るい己の腕を磨く事だけが備えでは無い。

 戦場を共に駆け、背中を預けるに値する勇士を探し、絆を育む事もリリィ達の務めであるのだ。

 

「あら、梨璃さん。今日はレギオンの勧誘はいいんですの?」

 

 赤い革製のCHARMケースを小脇に抱えて教室を出ていく一柳梨璃を、新入生きっての才女である楓・J・ヌーベルは呼び止めた。

 海よりも深く山よりも高い愛情の矢印を一人の女に向ける情熱的な女である楓の最近の放課後の過ごし方と言えば、梨璃が義姉君に与えられたレギオンのメンバー勧誘という使命の手伝いと言う体で共に校内のリリィへの勧誘に付き合う事だ。

 お供のチビッ子こと、カメラガールの二川二水を沿えて。

 

「はい。ちょっとアンナマリアさんに用がありまして」

「うげぇ、アンナマリアさんですの?あの方、ちょっと苦手なのですよねぇ。いったい何の用ですの?」

 

 苦手な人間という感想を隠す様子も無く頬の引き攣った顔は自他ともに認める淑女からは程遠い。

 それだけ梨璃には気を許しているという事だろうか。

 

「はい。今朝、アンナマリアさんに射撃のご指導をして頂いていたんですが、なんというかその、ちょっと立て込んでしまったみたいでして……お暇だったら朝の続きを聞きたいな~って思ったんです」

「まぁ!でしたら、この楓・J・ヌーベルが代わりを務めますわ!文字通り手取り足取りくんずほぐれつしながらにご指導してさしあげますわ~!」

 

 くねくねと腰を揺らしながら梨璃の肩に馴れ馴れしく手を回す姿は、先の遠藤亜羅椰と等しく、色事の匂いを隠してはいない。

 純度100%の下心にまったく気づいてはいない梨璃は危機感を感じることも無く、体を擦りつける楓の香水の匂いがいい匂いだな等と考えていた。

 

「えぇ~!梨璃さん、本当ですか!?あのアンナマリアからご指導頂けるなんてとっても凄い事ですよ!なんていったって、大陸でも間違いなく五本の指に入る狙撃手ですよ!是非とも私もお供させて頂けませんか!?」

 

 二水の鼻息はいつにも増して荒い。

 

「二水さん?な~にあのトンチキ聖女様の肩を持ってらっしゃるの?そこは私の太鼓持ちになるべきでは無くて?」

「でも、楓さんよりもアンナマリアさんのほうが射撃スコアは上ですよ?」

「うぐっ!」

 

 芝居がかった仕草で胸を抑えた楓が床に崩れ落ちた。

 影を落とす女をよそに、二水は梨璃を誘う。

 

「アンナマリアさんは確かこの時間はだいたい(すもも)組の衣緒里さんといっしょにいらっしゃるか、テラスで本を読んでいらっしゃると思いますよ!早く行きましょう!」

 

 あわよくばこのパパラッチは、梨璃に付いて行けばアンナマリアに取材が申し込めるという魂胆なのだろう。

 この女も中々にクレバーだ。

 

◇◆◇

 

 食膳のトレイから立ち上る白い湯気は何度見ても食欲を刺激してやまない。

 牛乳と燻製肉に大蒜(ニンニク)で作られたソースを絡めた炭焼(カルボナーネ)のパスタは、イタリアの伝統的であり有名なパスタ料理の一つだ。

 香ばしい豚肉の燻製と臭み消しの大蒜、そしてそれらを包み込む柔らかい牛のミルクの香りがなんとも香ばしい。

 食堂の調味料が置かれているブースに立ち寄り、黒胡椒のミルを手に取り皿の上で胡椒を挽く。

 乾燥した胡椒の実の削り節は、モノクロとそれらが交じり合った灰色で、彼女のパーソナルカラーの都市迷彩(シティカモ)のよう。

 湯気に乗って香辛料が香る。皿の中心には小山になるほどにたっぷりと黒胡椒が盛られている。

 今日は日柄もよく、初夏の快晴の西日が射しこんでいる。

 山間部の百合ヶ丘の立地的には未だ空気は肌寒いのだが、柔らかい日差しを浴びるのが丁度いいのだ。

 

「……?」

「どうしたの、難しい顔して。それとも百合ヶ丘の食事が口に合わないのかしら」

 

 緑色の髪に乗った白いカチューシャが目に冴えた勝気で真面目そうな顔立ちの女が立っていた。

 神妙な面持ちでパスタを頬張るアンナマリアと目が合う。

 

「いえ、なんというか……このパスタに練り込まれた小麦一つとっても素晴らしい物が使われているようで、とても美味なのですが……」

「が?」

「私の故郷ではもっとパスタと言えば、もう少しボソボソとした触感でしたし、ベーコンの着香も余り馴染みの無いもですが上等なものが使われているであろうこともわかります。牛乳も冷蔵がしっかりしているのであろうことが分かります。しかし、そのなんというか……いくらなんでも素材が贅沢過ぎないでしょうか……?故郷の友らを差し置いてこのような上等な食事を取るのは気が引けると言いますか……そこはかとない罪悪感を抱いてしまうのです」

「要するに、美味しすぎて口に合わないってことね」

「ご理解いただけてなによりです。お恥ずかしながら貧乏舌なものでして……あまり舌が慣れていないのです」

 

 陶器の皿の端にフォークとスプーンを置くと、静かに高い音を立てた。

 

(いち)さん、何か御用ですか?立話もなんでしょうし、おかけになってくださいまし」

 

 アンナマリアの所属する一年椿組、学級委員長の田中壱は椅子の背を引いた。

 

「間食にパスタなんて大丈夫なの。太らない?」

「ご心配なく。黄色人種(モンゴロイド)と違って白人(アングロサクソン)は筋肉の付き方が違いますから。少しくらいは多く食べないとすぐに動けなくなってしまいますのよ。体が資本でしょう?私達は」

 

 そう顔色を変えずにパスタを頬張り続ける。

 どうやら食事の内容はともかく、体作りと体形の維持にはそれなりにストイックな拘りがあるようだ。

 香り付けに振りかけられたバジルの香りに思わず唾が出て来た。

 

「単刀直入に言うわ。あの衣緒里って奴、何者なの」

「騎士様、ですか?」

 

 眉尻を僅かに上げた壱に対し、アンナマリアは顔色一つ動かさない。

 

「あの方は私のかわいいかわいい騎士様で、少しばかり不愛想な方ですが、本当はとっても優しいお方ですわ。それ以上でもそれ以下でもないのではなくて?」

「私が聞きたいのはそういう事じゃないのよ」

 

 壱の語気が強くなる。煙に巻くような物言いにいら立っているようだ。

 

「アイツとアンタ、あの(・・)ロスヴァイセの所属になったんでしょう?宗教勧誘をぴたりとやめたのはそのせいね」

「失礼な。レギオンの勧誘と伝道活動を両立していただけですわ。壱さん、あなたもいかがですか?神は異教のリリィであろうと平等に愛とご加護を下賜なされます。だからこそ、我々も主への愛と感謝を送るべきだと私は日頃から考えているのですが……」

「あなたの宗教勧誘を聞きに来たわけじゃないわ」

 

 ぴしゃりと言い放たれた拒絶に、アンナマリアはハンカチを取り出し涙を拭くような素振りを見せる。勿論嘘泣きだ。

 

「とぼけないで欲しいんだけどアイツのCHARM、明らかにおかしいでしょう」

「……おかしい?まぁ、今の時世ですとMCC(マギクラウドコントロール)がありますし、確かに有線制御の分離型CHARMなんて車輪の再発明ですわねぇ」

「それもあるけど、あのCHARMの分離変形後がおかしいでしょう!?だって、(ブレード)と……」

 

「あ、アンナマリアさん!それに壱さんも!」

 

 緊迫感の漂い始めた卓上を鎮めたのは完全な第三者の旧友であった。

 その横には顔を赤らめ花の辺りをハンカチで抑える二水と、つんとした澄まし顔の楓。

 尻尾のように結わった桃色の髪に毒気を抜かれたのか、壱は明後日の方向に顔を向けた。

 彼女なりにこの底抜けに優しい女に気を使ったのかもしれない。

 

「……お取込み中でしたか?」

「何でも無いわ」

 

 不機嫌そうに目を逸らした壱を、ふぅんと楓が訝しむ。

 

「アンナマリアさん、あの、今朝の続きで射撃のことについて相談があるのですけれど、よろしいでしょうか」

「かまいませんよ。壱さん、また今度でもよろしいでしょうか」 

 

 アンナマリアの顔をまじまじと見ても、何の含みもないその表情から、壱は旧友の梨璃にただただ親切心から射撃を教えようという心優しさ以外は何も読み取れなかった。

 

「……いいわよ。行きなさい」

 

 会釈して立ち上がったアンナマリアが梨璃と二水の手をアンナマリアが取った。同い年にも関わらず大人と子供程の対格差があると、まるで引率の教師いや修道女のようだ。

 不審な行動の目立つ級友に思い人の手を引かれている姿に目の色を変え騒ぎ立てる楓は、アンナマリアを恐ろしいいものかのように見やる壱の視線の変化に気付きはしなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「これは私の騎士様の持論なのですが、戦い方というものは体で覚えるというのが効率がいい、とのことですわ」

「騎士様……李組の衣緒里さんのことですよね。確か」

 

 小柄な体に肉食獣のような凶悪な笑みを浮かべたリリィが二水の頭に浮かぶ。そういえばこの女性離れした長身で異国生まれのリリィは、名前とレアスキルと謎の新型CHARMを持っていること以外は謎に包まれている真榊某とどこで仲良くなったのだろうか。寮で同室と言う話は小耳に挟んだが、少なくとも二人のパーソナリティとしては片や汚名(・・)を塗りたくられているとはいえど、潔癖な宗教家とガラの悪いチンピラという正反対の組み合わせだ。

 

「本当は手取り足取り教えて差し上げたいのですが……楓さんは許してはくれないのでしょう?」

「あったり前ですわ!私の目の黒い内は、そんな狼藉は見逃せませんわよ!」

 

 ちらりと横目を向けられた楓は、まるで家宝に手を伸ばす賊でも見るかのような怨嗟のこもった視線で答える。どこぞの遠藤某のように、何もとって喰おうというわけではないのだが。

 やれやれとでも言わんばかりにアンナマリアは片をすくめた

 

「別に射撃なり剣術であろうとも、上達に至る手段で手っ取り早いのは実戦経験を積むのが一番ですし、それに準ずる訓練をを行うのが手早いというのは確かにそうですが、別にそれだけが全てではありません。我々は悪魔(ヒュージ)共とは違い、魂ある神の子なのですから」

「何が言いたいんですの?」

 

 もったいぶった言い回しで語り続けるアンナマリアを急かすように楓が声を低くする。

 はぁ、どうも嫌われているようですね。

 アンナマリアは表情には出してはいないが、心の中でため息を吐いた。

 

「梨璃さんの射撃の技術が足りないのであれば、CHARMの方を弄ってしまえばいいのです」

「……なるほど?遠目鏡(スコープ)の増設ですか」

「察しが良くてなによりですわ。いたずらに的を狙い続けるよりも、スコープを覗いて確実に的に当てる感覚を磨く方がよほど有意義でしょう?」

 

 なるほど、と若干蚊帳の外で議論を進められていた梨璃は相槌を打った。

 遠眼鏡、銃に取り付ける小型の望遠鏡で、遠くのものを見れる装備だったか。CHARMのオプションとしてのものは、マギクリスタルコアと連動して射撃の補助を行うものもあったはず。最近授業で習ったばかりだ。

 

「わかりました!まずはその遠眼鏡を取り付けたCHARM(グングニル)で練習して的に当てる感覚を掴むってことですね!」

「そういうことです。物分かりがよくて助かりますわ」

 

 アンナマリアに褒められまんざらでもなさそうな梨璃の姿に楓は奥歯を噛みしめた。

 花の都育ちの女は随分と嫉妬深いようだ。

 

「でも、CHARMのパーツとなるとそれなりに値が張りますよね?まだ入学したばかりでお給金とかもあまり頂いていない私達には、装備の更新をする余裕が無いような……」

 

 二水がガマ口の財布を開くと硬貨が音を立てた。音からしても小銭の枚数は少ない。

 入学したての四月の下旬の給料日前では一般家庭出身のリリィの懐事情は寂しいだろう。

 

「まぁ!でしたらこの私!楓・J・ヌーベルがグランギニョル社の最高級の狙撃用スコープをプレゼントして差し上げますわぁ~!」

「えぇ~、悪いよ楓さん!そんな高い物もらえないよ~!」

「で・す・の・で、タダで貰えそうな方に譲っていただくようお話してみるのです」

 

 

◇◆◇

 

 

「と、いう訳で射撃用のスコープはありますでしょうか」

「えぇ……?シスターさんも急だねぇ。ま、いいけど。でもこの山の中だよ?」

 

 千秋が指差したのは、彼女の研究室に積み上げられたCHARMの残骸の山。

 アンナマリアが三人を連れ立って来たのは、アーセナル・霞千秋の研究室。

 大量のCHARMのジャンク部品を抱え込んでいる千秋であれば、遠眼鏡ぐらいあるだろうという魂胆だ。

 

「……もしここがグランギニョルの経営するワークショップでしたら、責任者は即刻クビですわね」

 

 育ちの言いお嬢様には、この薄汚い女の工房には馴染まない様だ。

 ボルトや鉄片が散乱した床を、革靴を汚さないように慎重に足の踏み場を探している。

 

「あはは……厳しいね。まぁ探すのはともかくとしても、取り付けるぐらいは手伝わせてもらうよ。あぁ、あと気になる奴あったらそのまま持って行ってもらっていいから。何しろ、梨璃ちゃんと楓ちゃんが運んでくれた奴だしね」

「私と楓さんが……?あっ!」

 

 そう、この山と積まれた(ガレキ)の山は、梨璃と楓が入学式の日に校内に運び込んだものであった。

 入学式の日、初めてCHARMを起動したあの時の事は今でも昨日のことのように思い出せるが、白井夢結との出会いと契り、そして世界最高峰たるリリィ達との出会いは、ガラクタ運びの記憶を遠い日の事のように記憶の底へと押し込んでいたようだ。

 

「だから、どうせオンボロなんだし見つけたら適当に持ってっていいよ。それじゃあ私、修理の依頼入ってるから後はよろしくね!」

 

 そう言って窓際に設置された作業机に座り込んだ。いくら瓦礫の主とはいえど、部品の捜索になど加わりたくないのだろう。

 と言ってもお人好しな彼女らしくは無いが。

 

「えぇ~?千秋様、手伝ってくれないんですかぁ!?」

 

 二水の悲痛な声を上げる。

 

「そ、悪いけどちょっと急いでこのCHARMを整備してくれって言われちゃってね。なんかお友達が来るから綺麗にしときたいんだって」

 

 机の上に置かれているのは古びた見るからな旧式のCHARM。

 フレームに刻まれた細かい傷は、窓から入り込む太陽光を反射して鈍く長い戦歴を主張する。

 それなりな年代物だろう。

 

「あまり見かけない型のCHARMですね……ユニークCHARMですか?」

「ううん、量産機だよ。一応だけどね。これは零式村正。最初期に作られたCHARMだね。通称ムラマサブレードってやつ」

「それって、博物館級の代物なのでは!?」

 

 二水の素っ頓狂な大声に一同の手が止まった。

 

「二水ちゃん、そんなに珍しい物なの?」

「珍しいどころか、現存するのが奇跡みたいな機体ですよ!人類がCHARMという対ヒュージ技術を手にした最初期のCHARMで、あの南極戦役で振るわれた現代のCHARMの原点でありマスターピースとも言われるアレですか!?それに零式という名称は天津重工で試作機の中でも最初に製造されたものに付けられる名称……ということは!?んばっ!?」

 

 そこまで言い切ったところで勢いよく小さな鼻から血が勢いよく吹き出た。

 忘れていたが、この小さなパパラッチは興奮すると鼻から血を吹く悪癖があるのだ。

 それでもリリィオタクとしての矜持があるのか、興奮覚め切らないながらにポケットティッシュを慣れた手つきで鼻腔に押し込んだ。

 

「このCHARMが世界で最初のCHARMということですか!?」

「そういうこと、なのかな?わかんないや」

 

 二水の鑑識が確かであれば、人歴史的価値すらある業物を興味も無さげに机の上で眺めている千秋は、その目線には技術者としての眼識以外は何も宿ってはいない。修理の対象として以外は大した興味は無いようだ。

 

「あれ?そういえば村正ってことは、衣緒里さんのCHARMのムラマサと同じ名前ですね。何か関係があるんですか?」

「いおりんの使ってるムラマサの登録コードはAC-21ブリューナクre(リビルド)ムラマサ/Ⅱ(スラッシュツー)、つまりブリューナクの改造機とか再設計機だからね。この零式村正とは直接的な関係は無いよ。ただ、以前いおりんに作ってあげたCHARMがこのムラマサブレードのジャンクを改造した機体だったの。それで、愛着があったから名称権がとっくに切れてたムラマサの名前を受け継がせたってわけ。……まぁ、それだけが理由じゃないけどね」

「なるほどなるほど、謎の新入生のCHARMの名付けにそんなルーツがあったとは……ところで、この零式村正の修理を持ち込まれたのはどなたなのでしょうか」

「えぇっとぉ~、名前はたしか……"しえら"ちゃんって子だったと思うよ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 リリィのみが振るう事を許される対ヒュージ決戦兵器Counter Huge Arms、通称CHARM。

 それはヒュージという無垢な悪意と未曾有の脅威へと突き立てる反逆の牙であり人類守護の盾である。

 そして、CHARMメイカーズと呼ばれる企業連合とCHARMという世界共通の兵器規格の成立は、人類が人同士の争いを当面は放棄したことの証明でもあるのだ

 スモール級と呼ばれる小型のヒュージから、ミドル級と呼ばれる見上げるほどの大きさの敵の出現と増加に伴い、より強力な砲と鋭利な刃を欲した兵士(リリィ)の要望に応え、企業の開発者達は幾度と新しい兵器を生み出してきた。より恐ろしいヒュージを狩るために、あるいは脅威へと立ち向かうために。

 時間の経過と共によりその体躯の平均値をゆるやかに更新し続けるヒュージと戦うための武器は、敵の大型化に伴いその体躯を成長させていったのだ。

 そう、だからこそ亜羅椰のお気に入りの新入生のCHARMに搭載されていた装備の散弾銃、あれは現代では明らかに無用の産物であるはずなのだ。

 いくら射撃の成績が絶望的だからといっても依奈様の懐に飛び込んで零距離での射撃を敢行する程の技量と度胸があれば、距離による威力の減衰が大きい散弾などは必要が無い筈だ。至近距離での銃撃においてはより大口径の砲だけで十分な殺傷力を得られる。

 それでいてなおも、砲と役割が被る散弾を必要とするということは、散弾の本来の役割を求めての事では無いのだろうか。小さく俊敏な体躯を持ち、柔らかい体皮の生物を狩る為ということではなかろうか。まさか、わざわざCHARMを持ち出して鹿撃ちでもするわけではあるまい。

 となれば、あのCHARMが標的とする獲物は……

 

「あら、壱さん」

「……伊紀」

 

 声を掛けて来たのは悩みの種達の新しい親玉であるらしき女。狙っていたのだろうか。

 

「なんの用よ」

「いえ、難しい顔をしてらしたので。何かお悩みですか」

 

 目下の悩みの種の頭目から心配されるとは思わなかった。務めて冷静に背筋に這いあがる悪寒を抑え込み、壱はぶっきらぼうに口を開く。

 

「何でもないわ。それよりも亜羅椰の奴、そっちのクラスで迷惑かけてない?アイツ、中等部の頃からリリィに節操無かったから」

「亜羅椰さんですか?……まぁ少々奔放な気はありますが、最近は衣緒里さんがストッパーになって頂けるので、聞いていたよりも大人しくしてらっしゃいますよ」

 

 あの得体の知れない出所のCHARMの持ち主が、自分とルームメイトにちょっかいを掛けていた亜羅椰が、ぽっと出の新入りに絆されてご執心と言う事実。それが気に入らない事実だということを壱が認められるほど、彼女は成熟した女では無い。理由も自覚できず奥歯を噛みしめた。

 

「……そう。アイツが迷惑かけて無いようで何よりだわ」

「えぇ……ところで壱さんにお願いがあるのですが」

 

 目を合わせると、色素の抜けた瞳。朗らかな笑顔を浮かべた奥に浮かぶ二つの珠。優しく柔らかい表情の奥に悍ましい憎悪の滾りを上品さで覆い隠したこの女が壱は苦手だった。

 

「アンナマリアさんにお伝えください。明日の放課後にお客様がいらっしゃるの、理事長室までいらっしゃるようにと」

 




アンナマリア
実は敬虔なシスターなんですよね。
冒頭の祝詞はアンナマリアの教派の朝の祈りの改変版。
次回はアンナマリアにお客さんが来ます。
果たしてその正体とは?

椿組主人公トリオ
まだメンバー勧誘中。
しぇんゆーは未だ未加入

田中壱
椿組の委員長、二代目アールヴヘイムの原型となった壱番隊の隊長
亜羅椰をアブない新人に取られてご機嫌斜めの様子

伊紀
隊長自ら伝令役を買って出る優しい女の子()
クソヤバ女




次回、新任務
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