アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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コミケいなかったから初投稿です。


第十八話 謁見

 聖メルクリウスインターナショナルスクールは、ガーデンの校舎を中心として開発された直径数kmに及ぶ城塞都市であり、およそ日本とは思えぬほどに異国情緒溢れる煉瓦作りの街並みが立ち並んでいる。立地する横須賀はおおよそ二百年ほど前に時の徳川幕府が倒れ、文明開化という社会現象が起こった当時より貿易港として、時には軍港として栄えた港町は終わりの見えない対ヒュージ戦争を戦い抜くための要塞と化した。

 聖メルクリウスの高等部の校舎を中心としてリリィの訓練施設は勿論、飲食店や娯楽施設に服飾店や画材店など凡そ生活必需品以外のものまでが立ち並ぶガーデン内部は、城塞都市の名の通りちょっとした都市のように、いや下手な地方都市よりも活気付いた経済圏を構築しているのだ。

 イタリア系の留学生が多く在籍するこのガーデンの創立者は、祖国を同じくするイタリア出身者が多く携わっており、祖国の街並みを再現するべく奮闘したらしい。見掛けこそ耐震性の低い煉瓦造りに見えるが、そこは地震列島である日本の特性と合わせて鉄骨造りが基本となっている。芸術と歴史の国の街並みの再現を試みただけあり、通りを歩いているだけでも衣緒里と千秋はどこか遠い国に来たような気分を味わっっていた。

 

「ローマをを思い出しますわ」

 

 噴水のある広場でメルクリウスの制服を着た子供たちが一行の前を横切った。高等部のリリィにしては身長が低い少女達だ。小等部か中等部のリリィだろうか。高等部と他学部で校舎を分けている百合ヶ丘女学院と違い、幼稚舎から高等部まで一貫して一箇所にまとまっているほどの規模は比較にならない。百合ヶ丘女学院もメルクリウスと肩を並べる古豪であるのだが、都市一つを飲み込むほどの規模で運用されているガーデンは世界最大級のガーデンに名を連ねているだけの事はある。

 

「凄いでしょう?メルクリウスの街並みがイタリアとそっくりだったから、日本もイタリアと同じような風景が広がってるものだと思ってたんです!そしたら、ガーデンの外に出た時にびっくりしちゃいました。瓦造りって言うんでしょうか?電車から見える景色に東洋風(オリエンタル)な家が見えてびっくりしました!」

「確かに私も日本に来てから百合ヶ丘から外出する機会があまり無かったのですが、百合ヶ丘の施設はゲルマン風建築が多いので、私もドイツのような街並みが広がっていると思っていましたの。ついぞ大陸にいた頃は行った事がありませんでしたので、少し残念でしたわ」

 

 噴水広場をを曲がり日の陰った裏路地に入ると人影はまばらになって来た。この道を進むのが近道らしい。

 

「そう言えばお三方は何の御用でメルクリウスにいらしたんですか?」

 

 至極真っ当な質問ではあるのだが、最も答えづらい質問が来た。このファンガールは駅で出会った時にアンナマリアと話せたことに感激してメルクリウスに来た理由を聞き出すことを忘れていたのだろう。

 

「……第五空挺団ラグエル、だっけ?あたしらLGロスヴァイセと共同任務をやってるらしいからな。あたしらはロスヴァイセの新顔だから相手方にも顔を通して来い、だってさ。あと、」

「私が言いましたの!トゥアン枢機卿が昇天祭にいらっしゃると聞いて是非とも一目目て見たいと思いまして!」

 

 至極真っ当な言い分ではあるのだが勿論表向きの理由である。

 真実、百合ヶ丘女学院の擁する対G.E.H.E.N.A工作特務レギオンLGロスヴァイセは設立に当たって、メルクリウスがG.E.H.E.N.Aに拉致された少女達の救出活動を行っている第五空挺団ラグエルに倣っていることもあり、対G.E.H.E.N.A派ガーデン中でも特に規模の大きいガーデンという事から両レギオンは学び舎の垣根を越えて事実上の同盟関係にあるのだ。

 

「ふーん。ラグエルねぇ。ティシア様の所よね。いっつも急に血走った眼でドタバタ出撃して行ったと思ったら、次の日にはケロッとした顔で帰ってきてるし、その癖、出撃先は極秘事項になってばっかりだから、いまいち何をやっているのかわからないのよね。……ねぇあなた達は何か知らない?」

「知らないからわざわざ顔合わせに来てるんだろうが」

 

 面倒くさくなったのか衣緒里がぶっきらぼうに呟いた。嘘を吐くのがあまり得意ではないので、話を早めに切り上げようとしているのだ。

 だが、百合ヶ丘と並ぶお嬢様学校でもあるメルクリウスには衣緒里のような物言いのリリィは少ない。レミエはその態度にムッと来たようだ。

 

「……何よその言い方。というかさっきから思ってるんだけど、あなた本当に百合ヶ丘のリリィなの?百合ヶ丘のリリィは伝統と格式高い模範的なリリィばかりだって聞いたんだけど」

「あ?伝統と格式高いだろうが。百合ヶ丘のガーデンの歴史よりも日本の不良の歴史と文化の方が古くて由緒正しいんだよ」

「古いだけで程度が低すぎるわ!あなた、よくそれでアンナマリアさんの付き人が務まるのね!」

「付き人ではありませんわ。私の騎士様ですのよ」

 

 ヒートアップしかけた衣緒里とレミエの会話にアンナマリアが口を挟んだ。

 

「確かにちんちくりんですし、言葉使いは汚いですし、一々不良ぶって問題ばかり起こしますし、協調性皆無で問題ばかり起こしますし、問題児の極みですわ。おまけにちんくりんですし」

「お前今ちんちくりんって二回言ったよな?なんで二回言った?」

「でも、本当はとってもとっても優しくて思いやりのある勇ましくも可愛らしい方なのですよ。私の騎士にふさわしい御方ですわ」

「おい。何、自分の世界に浸ってるんだ。答えろよ」

「……そうですか。お言葉ですが、もっとふさわしい方がいらっしゃると私は思います」

「無視かー。そうかそうか」

 

 曲がりくねったた路地を抜けると、土地の開けた街区に出た。今までの街区がイタリアの伝統的な大通りの並みだとしたら、ここは住宅街だ。それも庭付きの豪邸の高級住宅街だ。立派な門を構えた豪邸がいくつも立ち並んでいる。

 

「お三方のホテルなのですが、ホテルは昇天祭と枢機卿に拝謁するためにガーデン外からやってくる観光客にほとんど押さえられてしまっているので、代わりに四月から空き家になっている邸宅を提供させて頂きます」

「ということは怪しい奴が一人ぐらい紛れ込んでもおかしくないってことねぇ」

 

 レミエが目を三角にして振り向いて立ちはだかった。一行の足が止まる。

 

「そんなことありえないわ。メルクリウスの警備は世界最高クラスなのよ。いくら同級生だからって、あなたさっきからちょっと失礼よ!」

「私、二年生だよ!?」

「良かったな千秋。若く見えるってさ!」

 

 衣緒里が腹を抱えて笑うのは千秋の野暮ったさだ。

 純白の貴公子のような衣装にも関わらず、寝癖だらけの頭に瓶底のような分厚いメガネが年上の威厳を全力で打ち消しているのだ。

 それをもってしても一年しか年の違う相手に若く見えるなどと煽るが、衣緒里は一年どころではない程に幼く見える。

 

「え、上級生の方だったんですか!?新入生っておっしゃっていたから同学年だと思ってましたよ!?」

「新入生って言えば新入生だけど、私二年次への編入生だよ!?」

 

 千秋の情けない声に毒気を抜かれたのか、レミエがため息を吐いて肩を下ろした。

 

「こちらの邸宅です」

 

 レミエに案内されたのは豪邸の二文字がこれ以上に似合う家屋は庶民がお目にかかかる機会は無いだろう。

 赤い屋根にから伸びる暖炉の煙突が空高くに伸びている。外壁は白い漆喰に塗られ、太陽の光を受けて輝いているようだ。庭は不必要なほどに広く、綺麗に切りそろえられた芝生や観葉樹の生垣は植木屋の職人に手入れされていることは明白だ。おまけに庭に敷かれているプールは、来客の為か既に水がなみなみと張られていて、太陽の光に輝いている。

 つい二月程前まで住んでいたという前の住人はどんなVIPであったのろうか。

 正門から邸宅へと続く赤煉瓦敷きのアプローチを通り、レミエが玄関扉に鍵を刺し込んだ。

 

「……あれ、開いてるわね」

 

 三人の目付きが鋭い物へと変わる。

 予め手配されていたとはいえ、こちらの活動拠点が施錠すらされていない不用心な物件なのは空恐ろしい物がある。

 しかし、仮にも今回の任務はバチカンからもたらされた超国家機密級のものであるのだ。

 衣緒里がCHARMケースをのジッパーを開き、射撃形態(シューティングモード)のトリガーグリップを掴み、それを引き抜いた。

 現れるのは無骨な銃身のCHARM。凡そ近代のCHARMというカテゴリーの武器にしては些かに小ぶりだ。赤革のCHARMケースから伸びたケーブルがCHARMのグリップへと繋がっている。

 ムラマサ/Ⅱの変形する三形態の内、散弾銃と両刃の小剣(グラディウス)へと分離する強襲形態(アサルトモード)はこのような取り回しも出来るのだ。

 

「パツキン、千秋とここで待ってな」

「えっ、何?ってかパツキンって私の事!?」

「シスターはあたしと一緒に来い。カバーは頼んだ」

「頼まれましたわ」

 

 アンナマリアの引き抜いた槍形態(スピアモード)のアステリオン・カスタムが、穂先と発射機構(レシーバー)の連結箇所が九十度回転し、砲身(シャフト)上をスライドすることで射撃形態への変形を完了させた。

 しかし、吊るしの状態のアステリオンと違い発射機構の固定箇所が銃底側では無く、砲身の中央と銃口の中ほどの位置ににマウントされている。

 一般的に長銃身を活かした狙撃適性の良好さが評価されるアステリオンではあるのだが、逆説的に近距離戦闘においては長柄の獲物は無用の産物となる。アンナマリア仕様のアステリオン・カスタムの特徴として、持ち手の位置を変えることで射撃武器としての適性距離を変えることが出来るのだ。勿論背中に向かって突き出した砲身は邪魔以外の何物でも無いのだが、それでも敵に銃口を向けやすくなるというのはそれだけで屋内での戦闘に適すると言えるだろう。

 

「シスター、三つ数えたら扉を開けな。あたしが先行する」

「了解いたしましたわ」

 

 アンナマリアが脇でCHARMの銃身を抱える様に挟み込み空いた手でドアノブを掴んで振り向くと、衣緒里が人差し指を振り開ける様にサインを送った。

 

「三、二、一。突入!」

 

 アンナマリアの開扉に合わせ衣緒里が邸宅内に勢いよく突入する。突き出した銃口を前に勢いよく幼げな獣が闖入し……

 むにゅん。

 

「は?」

 

 その勢いは生々しい擬音で止められた。

 銃口を受け止めたのは白い二つのクッション、又は双丘。純白のフリルブラウスを纏った柔らかな谷間に鉄の銃口が突き刺さっている。

 恐る恐る衣緒里が顔を上げると、そこには衣緒里と似た病的に色素の薄い彫りの深い整った女の顔。

 

「まったく、今年の百合ヶ丘の新顔はなかなかに有望で羨ましいのう」

 

 

◇◆◇

 

 

 恐ろしいほどの美人と言うのは陳腐だろうか。

 ギリシャ彫刻のように彫りの深いアングロサクソン系の美女が、革張りのコンパクトソファに足を組み深腰掛けている。

 1990年代に流行ったロリータファッションチックなフリルブラウスとコルセットスカートの組み合わせに、自己主張の激しいジャボタイが豊満な胸を隠すように鎮座していた。

 濡れる様な艶の黒髪が凡そリリィという戦士の肩書に似合わない程に伸ばされアンナマリアの被るベールの様に揺らめく。

 

「遠路遥々ご苦労。百合ヶ丘からの客人たちよ。余は聖メルクリウスの聖帝、ティシア・パウムガルトナー。余の直々の歓待を光栄に思うがよい」

 

 両の手で目を覆う衣緒里。頬を引き攣らせる千秋。外向きの笑顔を崩してはいないが変な汗をかき始めたアンナマリア。

 三者三様の反応ではあるが三人が共通して感じた第一印象は、癖の強い奴が来たな、である。

 助け舟を欲した衣緒里が指の隙間からレミエを見やると、額に手を当ててため息を吐いている。どうするんだよ。この空気。

 

「どうした?余の威厳に恐れをなしたのか。愛い奴らめ。よいぞ。発言を許そう」

 

 空気の読め無さに定評のある千秋が勢いよく手を上げた。

 いいぞ。この生暖かい空気をブチ壊してくれ。

 

「百合ヶ丘二年次編入生の霞千秋です!ごきげんよう!もしかして、せーてーさんがラグエル団の団長の方なんですか?」

「よくわかったのう。いや、余を一目見れば当然か。この美の女神(アフロディーテ)にも等しい美貌とカエサルにも負けぬ威風を見れば、ゼーフェルトの稚児でも一目で余だと分かるだろう!」

 

 ハハハ、と大声で笑い始めた自称聖帝の上機嫌な笑い声が邸宅の応接間に響いた。

 マホガニーの壁材を贅沢に使用したこの部屋では高い声がよく響くのだ。

 や、やりずれぇ。

 それなりに年不相応な人生経験を積んできたつもりではあるのだが、流石に皇帝気取りのナルシスト付き合う機会は幸いにも無かった。

 猿山のボス気取りは何人も会ったことはあるし、そのいずれも大体不幸な最後を遂げていたし遂げさせたこともあるのだが、こと目の前の女は最悪なことに友軍でありお互いの上層部が蜜月の関係にある。要するに仲良しこよしをしなければならない相手なのだ。

 

「横のちっこいのとおっきいの。そなたらは何か無いのか?余を尊ぶ気遣い、わからんでも無いが今は無礼講ぞ?」

 

 こっちに振るなよ。

 

不外(はずさず)のアンナ。そなたの武勇と名声は聖メルクリウスにも届いておるぞ。下賤な輩のしでかした悪行も、だ」

 

 こいつ、いきなりぶち込んで来やがったな。パツキンも流石にそこは気を使ってたのか聞いて来なかったのに。

 

「おい自称聖帝さんよ。ちょっと失礼なんじゃあねぇか。捩じれてるのは内蔵だけにしておけよ?」

「内蔵?まぁ、そう憤るでない。これはメルクリウスとしての見解だ。余らはあの事件がG.E.H.E.N.Aの陰謀であることだと認識している。別に流刑者を晒し上げるつもりなど毛頭無い。余は心からそなたへの賛美とその友への哀悼を示しているつもりだ。これでよいか?」

「……ならいい」

 

 この高慢ちきな女はとにかくペースが読みづらい。

 天然なのかそれとも計算高いのかは判別付かないのだが、兎に角会話の主導権を握りづらい。

 ある意味ではこの胡散臭さが特務レギオンの長として一役買っているのかもしれない。

 

「さてレミエ、道案内ご苦労であった。すまんが席を外してくれ」

「え……はい。わかりました」

 

 レミエが名残惜し気にアンナマリアの方を一目ちらりと見やり踵を返す。

 廊下を歩く足音が遠ざかり、遠くで扉が閉まる音が聞こえた。

 

「さて、本題に入るかのう。聖学の稚児たちよ」

 

 部屋の気温が微かに下がった気がした。

 勿論錯覚なのは分かってはいるのだが、細まった目の迫力の変わりようはウチの理事長のそれに近い。

 ついでにその芝居がかったしゃべり方も変わって欲しいのだが。

 

「百合ヶ丘からは余の空挺団への、そなたらの顔見せと聞いておる。そしてメルクリウスの上層部からは、そなたらを昇天祭の警備に組み込み自由裁量で動けるように、ともな」

 

 自由裁量の警備とは随分と気前のいいことだ。だが、これはかなりの朗報だ。シスターの待機地点の配備や、あたしと千秋が動き回るのには都合がいい。おそらく百合ヶ丘の理事長姉弟が手を回したのだろう。

 自称聖帝は尊大に足を組みひじ掛けに付いた手を顎に添えている。

 先程のレミエがいた時よりも冷たく細められた威圧的な目は見る物を畏怖させるほどに鋭い。

 

「率直に聞かせてもらおう。余への顔見せだけがそなたらの目的では無いのだろう?聖学だけでは無い。裏で何が動いておるのだ?」

 

 まぁこうなってしかるべきだろう。

 リリィと言う奴は作戦やら命令やらで戦う物ではあるのだが、基本的に自由意志での戦いを尊ぶのだ。

 常に陰謀と戦い続けるような暗部の連中には、目的不明の誰とも知らぬ輩が自分たちの周りでうろちょろしていられるのはたまったものでは無いのだろう。聖帝なんぞ自称するぐらいなのだったら余計にだ。

 

「神の御心のままに、ですわよ」

 

 祈るように手を組んだアンナマリアが自称聖帝の疑念に応えた。

 

「……神。その言葉は軽々しく口に出す者ではない、と修道女でも習うだろう?そなたが神の御心を騙るのでもなければ……バチカンか?」

 

 この聡明さは持ち前の物なのだろうか。それとも、暗部として培われた経験の賜物なのだろうか。いずれにせよ、今時の中坊でもなかなか罹患しない病には脳味噌が犯されきってはいないようだ。

 仮でもなんでもなく、この任務はバチカンのお偉いさんからの直々の依頼。リリィの流儀なんて知ったこっちゃ無いが、少なくとも日陰者の仕事で依頼者(クライアント)を明かすのはタブーだ。どう答えるべきなのだろうか。

 

「沈黙は金、雄弁は銀。なるほど?その沈黙は雄弁に語ってくれたようだな」

「勝手に納得してくれてるところに恐縮だが、頼むからそのデマを広めないでくれよ。少なくともあたしは無神論者なんでね。あたしはシスターの相棒であっても、あんたらの神の尖兵になったつもりは毛頭ないんでね」

 

 あたしと同じ色の瞳を睨みつけてやってもその表情はピクリとも動かない。流石に肝が鍛えられてはいるらしい。

 にらみ合う事数秒、ガンの飛ばし合いは自称聖帝がふと目尻を下げたことで終わった。

 

「……ではそのように取り計らっておこう。何、心配せんでもよい。そなたらの悪い様にはせぬ。万事つつがなく動けるように警備には伝えて置く。それまでこの学園都市を満喫するがよい」

「感謝致します。メルクリウスの聖帝に神のご加護のあらんことを」

 

 こいつが胸の前で十字を切る姿を見る度に思うのだが、いちいちあの仕草をする際に無駄に膨れた胸の脂肪は邪魔では無いのだろうか。

 だが、自称聖帝の方は勝手に納得してくれたようだし、こちらの肩を持ってくれるのは非常にありがたい。

 件の昇天祭までは数日あり気を抜きすぎるのも良くは無いが、街を探索して地形を頭に叩き込んおくのは有益な時間になる。

 

「明日からレミエの奴を案内に付けよう。あやつは生え抜きのメルクリウスの育ちだ。学園都市の案内も容易いだろう。では、余は暇を頂くとしよう。では、今日はゆるりと腰を休めるがよい」

 

 そう言い放つと、椅子に立て掛けた凝ったレース縫いの日傘を手に取り去って行く。

 揺れる腰につられて揺れるフィッシュテールスカートは豪奢さを醸し出す。悔しいが女帝を気取るには相応しい品格がある。

 応接間の扉に手を掛けた所でその女は振り返った。

 

「言い忘れたが、イオリとチアキ。そなたらの制服は余からの贈り物だ。大切に、そして存分(かず)くがよいぞ」

 

 そう言い放ち、今度こそ立ち去って行った。

 

「え、この服ってあの自称聖帝のお古だったりする感じなの?」

「いいんじゃない?ほら、古着ってことでしょ?都会っぽくておしゃれじゃない」

「えぇ……?リリィの古着っていい印象無いんだよな」

「どうして?リリィオタクの人達とか大喜びしそうじゃん!」

「東京のスラムとか行ってみるとわかるぜ。リリィの格好をした年増が下の世話してくれる店はいくつか知ってるぜ」

 

 うへぇ、と大げさに千秋は不快さを示した。

 

「……騎士様、下品ですわよ。兎に角、今日は解散と致しましょう。明日からは都市内の踏査(フィールドワーク)が始まります。皆様、各自でお休みになられてください」

 

 CHARMケースを片手にアンナマリアは引き上げていった。

 お下品トークの付き合いが悪いのはいつものことだ。

 

「千秋、飯にしようぜ。本場のイタ飯が食えるらしいぞ」

「え、ほんと!?私ピザ食べたい!ピッツァってやつ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 聖メルクリウスの位置する横須賀の港町は陰った西の空が夕日でオレンジに染まる。

 高壁に囲まれた学園都市は三浦半島の東側に位置しており、低くなった太陽は高い壁に遮られ既に石造りの街並みは昏くなってきた。

 ハロゲンランプが夜の帳を照らし、ローマの街並みを模した石造りの街には年若いリリィの姿が増えて来た。学校も終わり夕食の時間が近いからか腹をさすって飲食店に入っていく姿がちらほらと見え、軒先のテラス席に給仕されているイタリアの郷土料理らしき皿が湯気と匂いを立てている。歩みを進めるごとに濃くなっていくのは甘酸っぱいトマトと香ばしいオリーブの香り。食欲が刺激され昼間から何も腹に入れていない二人は無性に腹が減って来た。

 千秋は薄く折り畳まれた紙のパンフレットを広げそれを凝視しながら歩いている。

 白い制服を着たリリィ達が行きかう大通りの最中で、千秋は肩を道行くリリィ達にぶつけながらもなんのその。肩をごつごつとぶつけながら歩く千秋に対して、衣緒里は人の隙間を縫う様に歩みを進める。リリィとしての体捌きのなせるものだろうか。体格が貧相すぎて当たる物も当たらないとも言うが。

 

「ふむふむ。このメルクリウスの観光パンフレットによると正門から続く大通りにあるポルテ・カステロってピザ屋さんがおすすめなんだって!この変らしいんだけど……」

 

 立ち止まった千秋はきょろきょろと周囲を見渡すが、肝心の店は見当たらない。

 周囲の人影やテラス席に立てられているパラソルのせいで、店先の看板が見て取れない。

 ふと何かに気付いた衣緒里が立ち止まった。

 

「おい、千秋。もしかして此処か……?」

 

 衣緒里の指差した店を人影の隙間から覗くと確かに看板に書かれたポルテ・カストロの文字。しかし、衣緒里が驚いているのはそこではない。

 

「わぁっ!すごい行列!いおりん、早く並ぼうよ!」

「絶対に嫌だ」

 

 衣緒里は容赦なく踵を返した。

 

「待ってよぉ~!ここが一番おいしいんだって!いおりんだっておいしいピザ食べたいでしょ!?」

「……あたしは何食ったって違いなんてわかりゃしねぇよ。第一、こんな馬鹿みたいな行列、一々並んでられるかってんだ。適当な店でテイクアウトして帰るぞ」

 

 身長差は約二十㎝、体重差は約半倍ほどある千秋が衣緒里の腰に捕まったままズルズルと引きずられていく。リリィと普通の人間の差はそれほどまでに大きいのだ。

 背後で駄々をこねる千秋を無視して歩く衣緒里が、ちらりと視界の端に見知った人影を見つけた。

 

「あれ、パツキンじゃないか?」

「え、レミエちゃん?」

 

 衣緒里が指差した先にいるのは昼間に別れたはずのレミエだ。

 二人に気付いていない様子のレミエはメルクリウスの生徒と観光客でごった返した大通りを慣れたように人の間を縫い横切って行き、通りの脇の路地に入って行った。

 

「占めたぞ千秋。アイツはメルクリウスの生え抜きのはずだ。なら穴場の店を知っているかもしれない」

「なるほど!よ~し、レミエちゃんに付いて行こう!」

 

 レミエの足取りを追い大通りの脇の路地に足を踏み入れると、当然ではあるが人通りが少なく活気には程遠い裏路地のこじんまりとした店が点々と立ち並んでる。

 イタリアの街並みを再現しているメルクリウス女学院の城塞都市であっても寂れた路地裏の空気という物は、万国共通なのか独特な物がある。ガーデンの文字通りの膝元どころか影中であっても何処か治安の悪さを感じてしまうのは衣緒里の育った環境のせいなのだろうか。

 その店の一つに淡い金髪の裾が吸い込まれていくのが遠くに見えた。

 店先の看板を照らすために取り付けられた野外照明が電球が切れている事に加え、看板の文字が年季が入っているためか掠れており全体は見えないが、かろうじて『Ⅲ』の文字だけは読み取れる。

 

「この店だな」

 

 店先にはこじんまりとした立て看板が置かれ、チョークで書かれたパスタの絵が描かれている。何やらミートボールをソースごとスパゲッティに絡めた一皿のようだ。

 引き戸を引くと店内にはちらほらと客席は埋まっており、そのほとんどがメルクリウスの制服を着ているリリィだ。

 

「いらっしゃい。何人だい?」

 

 黒い背広の上にエプロンを巻き、コック帽の代わりなのか中折れのフェルトハットを被った男がしわがれた声を出した。この店の店主であるようだ。

 三つ指で支えたパスタの皿を配膳しながら二人に声を掛けて来たその男は顔に刻まれた深い皺の数々から相当な年を重ねているようではあるのだが、その表情は帽子の深い唾に隠され読み取れない。

 

「二人だ。でも連れが先に入ってる」

 

 衣緒里が店の奥の四人掛けの席に座っているレミエの方をいけしゃあしゃあと顎でしゃくった。

 店の奥の四人掛けの席に座ったレミエはの対面にも人影が見えるが恐らくは会食中だ。

 読み通りに常連ばかりの穴場の店のようで店馴染みの無い顔ぶれの二人に首を傾げたが、店主は無言で二人をレミエの座る席へと促した。

 

「素敵じゃないの!あのアンナマリアさんにメルクリウスをご案内するなんて。それに聖学のリリィの方もいらっしゃるんでしょ?大役じゃない!」

「どうだか。アンナマリアさんはお噂通りとっても素敵な方だったけど、残りの二人なんて酷いのよ。もじゃもじゃ頭に瓶底メガネの天パとチビの癖に不良崩れみたいな奴でこーんな目付きなのよ。こーんなの」

 

 案の定勝手に連れにされたレミエは友人と歓談中のようだ。

 レミエが目尻を吊り上げるような仕草で歓談相手を笑わせようとするが、当の相手は明後日の方向、もといこちらに向かって来る二人の方に目が行っていた。

 

「ルルディス、聞いてるの?こーんな奴よ」

「ねぇレミエ、その二人って……」

「こーんな顔してるぞ」

 

 こめかみに青筋を浮かべた衣緒里が低い声で会話に入り込んだ。

 

「よぉパツキン。寂しいじゃねぇか。こーんな奴だから晩飯に誘ってくれなかったのか?」

「出たわねアンナマリアさんの取り巻きども!」

 

 レミエは一瞬面くらうも衣緒里に噛みつくように怒鳴った。

 その隙に千秋はレミエの友人の青髪のリリィの横に座り込み、隣同士で会釈し合っていた。

 

「ほら、奥に詰めろ奥に。あたしが座れないだろ」

「何?私達と相席するつもり?嫌よ。ルルディスもそうでしょ?」

 

 しかし、友人に加勢を求めるも既にテーブルを挟んだ二人は、メニューを開き料理を物色していた。

 

「私のおすすめはトマトたっぷりのカレーソースの上にパイナップルとバナナをトッピングしたピッツァのトロピカーナです。デザートは桃のコンポートがとってもおいしいですよ」

「パイナップルとバナナ!?それってもはやスイーツじゃない!?店員さ~ん、私このピザで!」

「ルルディス!私の前でパイナップル入りのピッツァを注文するのは辞めてって言ったわよね!」

「私は注文してないわよ」

 

 レミエがわなわなと震え俯いた。友人との夕食にこのような異物が入り込んでくるとは思わなかったのだろう。

 

「マスター、あたしはボロネーゼと牛のステーキ(ビステッコ)を一つ。ボロネーゼは唐辛子たっぷりにして、タバスコは瓶でよこしてくれ」

 

 四人の様子を目深に被って覗いていた店主は、あいよ、と低い声で相槌を打ちスイングドアの奥の厨房へと引っ込んだ。

 

「ごきげんよう。はじめまして、私はルルディス・ブロムシュテット。メルクリウスの一年生でレミエの友達です。よろしくお願いいたします。」

 

 質素な上品さとでも表せばいいのだろうか。百合ヶ丘の楓や夢結と言った長者番付でも上位入賞間違いなしのお嬢様達に慣れつつあった二人でも、ルルディスの持つ繊細で上質な品の良さを感じ取れた。

 

「百合ヶ丘一年、真榊衣緒里。色々あってメルクリウスの制服着てるけど、昇天祭まではメルクリウスで世話になる。よろしく。で、こっちが」

「同じく二年編入生!霞千秋です!リリィじゃなくて専業のアーセナルです!よろしく!」

「あら、聖学で専業のアーセナルとは珍しいですね。百合ヶ丘は戦場に立つアーセナルの育成に強いガーデンという印象があるのですが」

「そうなの!クラスの皆がリリィと兼業の子ばっかりだから、すっごい気まずいの!CHARMの振り心地の話なんてされても分からないって!あんな重たい鉄の塊、私は背負うのがやっと何だよ!?」

 

 勝手にヒートアップした千秋にルルディスが楽しそうに相槌を打っている。聞き上手なのだろうか、心底楽しそう千秋の早口を聞き入っているのだが、これは相手が年上だからと気を使ってくれているのだと思う。

 

「パツキン。もう聞いてるだろうが明日は案内よろしくな」

「まったく。ティシア様もお姉ちゃんもなんでこんな奴らを受け入れたんだか」

「お姉ちゃん?あれか、百合ヶ丘の守護天使(シュッツエンゲル)制度みたいな奴か?」

「百合ヶ丘名物の疑似姉妹制度の話?メルクリウスではミンネの誓いって言うのよ。そっちと違ってウチは同学年同士で結ぶものなの。……血の繋がった実の姉よ」

「へぇ、姉ちゃんか。いいじゃねぇか。あたしも一応下に一人いたからな。あたしも欲しかったな。姉ちゃん」

「……そんなにいい物じゃないわよ」

 

 姉にまつわる話をするたびに声のトーンが下がっていく様相に衣緒里は何か感じる物があったが、それを敢えて指摘する程に野暮では無い。込み入った話には口を突っ込むべきではないということをそれなりに弁えているのだ。

 ギィ、と音を立てて店主が厨房から料理を乗せたカートを押して現れた。

 

「お待ちどうさま。スパゲッティ・ウィズ・ミートボールと海鮮サラダ両方大盛。取り皿は二つで良かったな。そっちに眼鏡姉ちゃんにはトロピカーナ・ピッツァと桃のコンポート。嬢ちゃんはボロネーゼの唐辛子増しと牛のステーキ、そしてこれはタバスコ大瓶だ」

 

 一通りの配膳を終えた店主が机に拳二つ大のタバスコの大瓶を音を立てて置くと再び厨房の奥に引っ込んでいった。

 ルルディスとレミエは胸の前で手を組み食事の前の祈りを始めた。信心深いイタリア人が設立に携わっていただけあって、こういった作法は彼女たちにとっての異国の地でもしっかりとしつけられているようだ。

 一方衣緒里と千秋は日本人らしく手の平を合わせ、「いただきます」の一声で食器に手を伸ばし始めた。

 そして千秋は始めに丸鋸型のカッターでピザを格子状に切り分けていく。

 

「ちょっと!?何その切り方!?」

 

 祈りの最中であったレミエが思わず手を止め千秋を咎める。

 一般的なピザのように縦に線を入れる切り分け方ではないのが気に障ったのだろう。

 

「え、私の実家だとお好み焼きはこうやって切り分けるんだけど……」

「これはピッツァ!ノンオコノミトルタ!パイナップルが乗ってるってだけでも許せないのに、そんな食べ方なんてピッツァへの冒涜よ!?」

「レミエ。食前のお祈りの最中にはしたないわよ」

「だってルルディスそんなの……」

 

 と、友人に非難がましく抗議しようとするも隣から聞こえて来る水音が気になり口を噤むと、衣緒里がひっくり返すように掴んだタバスコの大瓶を振りびちゃびちゃと水音を立ててボロネーゼの皿にタバスコをぶちまけていた。

 

「ちょちょちょ、ちょっとかけ過ぎよ!もうタバスコの味しかしなくなっちゃうわよ!?」

 

 衣緒里が手を止めてレミエを無言で見つめること数秒、今度は牛のステーキにも瓶を振り始めた。

 

「~~~~~~~!」

 

 レミエの言葉に出来ない叫び。流石にこれ以上店の中で騒ぐのは良くないと自制できているのは素晴らしい。

 

「おいしい!マイルドでピリ辛なカレーにバナナとパイナップルの風味と触感がとっても合ってる!それでもってパリパリのピザ生地が食べ応えあるし……うん!ここに来て正解だったかも!」

「あら、最初はどこに行こうとしてたんですか?」

「大通りのポルテ・カストロって所だよ」

「あぁ。あのお店は平時のランチとディナーの両方でも人気があるお店ですので、昇天祭の期間だと余計に混んでいるでしょうね。それこそ数時間待ちですよ」

 

 ルルディスが千秋と話しながら大皿のパスタに日本のフォークを突き刺してぐるぐると回しパスタを取り皿に山盛りにした。

 

「ちょっとルルディス取りすぎよ!」

 

 自分の分が取られまいと負けじとレミエがフォークを掴み皿に手を伸ばそうとするが、その手をルルディスが咎めた。

 

「レミエ、まだお祈りが済んでいませんよね?お行儀が悪いですよ」

 

 こめかみに皺を浮かべてつま先から頭までをぶるぶると震わせた途端に急な脱力。

 再び手を組み祈りを捧げ始めた。何事もあきらめという物が肝心なのだ。

 おいしいおいしいと上機嫌でピザを食べ進める千秋と、対照的に黙々とタバスコ濡れのパスタを黙々と口に運ぶ衣緒里。

 それを見たルルディスが何か感づいたように手を一瞬止めたが、皿の上のミートボールにフォークを突き刺し口に運んだ。




ティシア・パウムガルトナー
聖メルクリウスの聖帝(自称)のオーストリア人。
二つ名に聖の文字が二つある。
現役厨二病患者で気に入った奴に服とかくれる。
無駄に貫禄があるがこれでもまだ二年生。

ルルディス・ブロムシュテット
メルクリウス一年生の愛情深くも厳しい鬼軍曹。スウェーデン人。
自他共に厳しい人間ではあるが、それでもなお彼女を慕う者は多い。
何か衣緒里に思うところがあったようだが……?
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