アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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ワイもサイゼリヤで良いからイタリア料理で豪遊したい。


第十九話 狙撃手たちの見分

 三浦半島の東部の港湾部に位置する聖メルクリウスインターナショナルの朝は薄昏い。城塞都市の名の通りに、ガーデンをぐるりと取り囲むように建造されている後壁に遮られ朝の日差しが入り込むのが遅いのだ。

 冷蔵庫に備えられていたイタリア式のパンである大きなフォカッチャをトースターを温め、アンナマリアが淹れたエスプレッソが食卓を彩る。ミルク色の香りのいいバターを温まったパンに乗せればささやかで質素なれど最高の朝食の完成だ。

 

「にっが~い!でもとってもあま~い!」

「ふふふ、モカ・エスプレッソは珈琲の体積と同じ量のお砂糖を入れますの。水蒸気蒸留をしているのでアメリカ等の粗挽きの薄い珈琲とは違ってとっても濃いのですよ。なのでたっぷりお砂糖を入れるぐらいで丁度いいのですわ。騎士様はいかがですか?」

 

 衣緒里はくんくんと鼻を鳴らしてエスプレッソの珈琲の香りを嗅いでいる。珈琲の豆からたっぷりと抽出された気泡が、ふつふつと弾け芳香な香りを漂わせる。昨夜の食事をタバスコで真っ赤に染める程度に味音痴な女であっても、本格的な珈琲のクオリティには気付いたようだ。

 

「いい匂いだな。これなんて豆?」

「備蓄にあったブレンド物のようですので……ですがコロンビアやブラジルなどの赤道付近のお豆を使っているようですわ。深煎りで細挽きのにしてなおフルーティーな香りと鼻を抜けるような爽やかな酸味!とってもいいお豆のようですわね」

「……よくわからん」

 

エスプレッソの残りを一気に煽り、カップの底に残った砂糖をフォカッチャで拭い口に放り込むと椅子に立て掛けていたCHARMを掴んで立ち上がった。

 

「先に外出てるぞ。あたしに構わなくていいからゆっくり食べてな」

 

 残された二人は顔を見合わせるも、千秋は何事も無くフォカッチャにかぶり付くのに対しアンナマリアは忙しなく出立の準備を始めた。

 

「千秋様、騎士様はもう出てしまいましたよ。早く行かなければなりませんと」

「いーのいーの。いおりんは味音痴だから昔からあんな感じなの。それより、集合時間にはまだまだ時間あるでしょ。今日と明日は歩き詰めなんだからしっかり食べないとだめだよ!」

 

 そう言って二つ目のフォカッチャに手を伸ばし今度はジャムの蓋を開け、たっぷりとフォカッチャに塗りかぶり付いた。

 衣緒里と馴染みの深いだけあり彼女に対しては歯に衣着せぬ物言いなのだろうが、その言葉の一つがアンナマリアの気に障った。

 

「千秋様、でも騎士様は強化手術の代償で……」

「知ってるよ。でも、だからってそんなに配慮され続けるなんていおりんは嫌がるよ。あれで結構プライド高いから傷付きやすいんだよ?あの子って」

 

 そう言って右目をひくひくと瞬かせた。恐らくウインクを決めたつもりなのだと思うのだが、寝起きで瞼が痙攣しているのと区別がつかない。

 

「でも……」

「ま、シスターさんもまだまだってことだよ。私ってば、もう一年いおりんと付き合いがあるからね。いおりんマスターって呼んでくれてもいいんだよ?」

「まぁ~!私だってもう既に半年は一緒に一つ屋根の下で暮らしてますのよ。千秋様は騎士様のかわいらしい寝顔を知らないでしょう?髪の毛に櫛を通して差し上げたことはありますか?シャワーをいただかれた後に櫛を通して差し上げると、とっても気持ちよさそうにされますのよ?」

「……それ本当にいおりんの話?海で水浴びして髪の毛をガビガビにするような子だよ。もしかして私の知らない一面って奴?」

「えぇそうですわ。千秋様の知らない騎士様のかわいらしい一面をた~くさん知っておりますのよ!」

 

 ふふん、とアンナマリアが得意げに微笑む。大柄な成人顔負けの体格の少女であっても仲のいい友人のことについては年相応に嫉妬心を抱くようだ。

 だが千秋はそれに気づく様子も無く三つ目のフォカッチャに手を出した。まだまだ食べ足り無いようだ。百合ヶ丘からの客人の中では一番の肉体労働の少ない非戦闘員である筈であるのだが、一番の食べっぷりである。

 

 

◇◆◇

 

 

「ごきげんよう。イオリ」

「あぁ、ごきげんようさん」

 

 目元に若干の青い隈を浮かべているレミエが機嫌悪そうに現れた。門扉に寄りかかって目を薄く閉じていた衣緒里も同様に青黒い隈を浮かべ、素っ気なく返事を返した。

 なお、恐らく昨夜のストレスでレミエの肌の調子が悪いのに対して、衣緒里の場合は持ち前の血行不良である。

 

「昨日はありがとうな。千秋の奴、あそこのレストランのこと結構気に入ったみたいだぜ。また連れてってくれよ」

「ふん。お断りよ。あそこは中等部のレギオン予備隊時代の仲間達の思い出のお店なのよ。あなた達を連れて行くつもりなんて無かったんだから」

「そうかい。まぁ礼だけは受け取っておいてくれよ。減るもんじゃないからな」

 

 普段の衣緒里であったら狭量さを嘲笑うだろうが、流石にこれから世話になる相手を煽って激高させるほど馬鹿では無い。昨日の一日で沸点が低く神経質さを孕んだこの女の性根は見抜いたつもりであった。

 

「アンナマリアさんと千秋様は?」

「まだ飯食ってるよ。イタ飯が口に合ったんだとさ。あたしにゃよくわからなかったけど」

「それはそうよ。あんなにタバスコまみれにしちゃったら、料理の味が分からなくなっちゃうでしょう。まったく、どんだけ馬鹿舌なのよ」

「……あいつら、来たみたいだぞ」

 

 入口の扉が開きアンナマリアと千秋が出て来た。

 アンナマリアはいつも通り修道服風の改造制服であるのだが、千秋はノートパソコンを繋いだストラップを首に掛けている。

 

「おはようレミエちゃん!」

「ごきげんよう、レミエさん」

「アンナマリアさん、ごきげんよう!」

 

 私は……?と空気のような扱いをされた千秋がぼそりと呟いた。

 まぁ、多少のことでは傷つかない図太さと切り替えの良さがこの女の強みであるので大丈夫だろう。

 全員が敷地を出たことを確認し、衣緒里が閂を掛けた。

 

「アンナマリアさん、今日と明日のご予定は?どちらから回りましょうか」

「そうですねぇ。……まずは枢機卿の演説場所を先に拝見させていただきましょうか」

 

 昨日に通った裏路地を通り大通りに出ると昨日以上に観光客らしき人込みが増えている。昇天祭が近づくにつれてさらに人は増えていくだろう。

 千秋が行きたがっていた大通りにある店のポルテ・カストロはまだ十時になったばかりであるのに既に列が出来ていた。

 

「千秋、これ本当に並んで食うのか?あたしは絶対に嫌だぞ」

「えぇ~いいじゃん。並んで食べる分美味しくなるんだよ!」

 

 この女、今日は目を覚ましてから殆ど飯の事しか考えていない。

 

「千秋様、今日はというより昇天祭の期間は我慢して頂けませんか。出来れば警邏の計画も立てなければなりませんし、なによりも百合ヶ丘とメルクリウスは明確に同盟を結んでいるガーデンなのですから、またいずれかの機会に行けばよろしいのではなくて」

「それもそっか!じゃあ、メルクリウス探検しゅっぱ~つ!」

 

 妙な頑固さとこだわりの強さに辟易することもあるが、この切り替えの早さ千秋の良い所なのだと思う。あと適当な代案を出すことで上手い事行動を誘導出来るのは新しい発見かもしれない。

 

「レミエさん。枢機卿のスピーチの会場となる場所に案内していただけますでしょうか」

「はい。わかりました。昇天祭はメルクリウスの正門前の大広場で行われる予定です」

「では、そちらから回りましょうか」

 

 昨日に屋敷へと案内された道程を逆順に進み大通りへ出ると、この学園都市の中心部にそびえるメルクリウスの校舎が見え、そして遠目から見ても通りの終着点と正門の間は土地が大きく開けている。レミエの言う大広場は相当な広さのようだ。正門の仰々しい門扉を中心として扇形に開かれた形をした広場は、ざっと百五十πの半分程の面積を有している。

 

「結構広いな」

「多分、大通りまで観光客で賑わうでしょうね。相当な人が集まるでしょうし」

 

 石畳で舗装されてい地面には裂傷や砕かれた傷跡が目立ち、床色が変わり明らかに補修を施した跡がいくつもある。

 それに気づいたレミエが口を開いた。

 

「あぁ、ここはリリィ同士がここで決闘したりするのよ。ちょっと傷がついたぐらいでは舗装を引き直さないの。そんなことしてたら予算がいくらあっても足りないでしょう?」

 

 外人の帰国子女だかお嬢様だなんだと取り繕ってはいるが、リリィの血の気の多さはどこも変わらないらしい。百合ヶ丘の場合はどうなっているのだろうか。訓練場などはしょっちゅう壊されている気がするが、だいたい二三日で補修されている。思えば無駄に武闘派ばかりの聖学のリリィもそこらへんは見習ってほしい。

 アンナマリアはその様子を横目で流しつつ、学園の正門の反対側、昨日この城塞都市に通った後壁の入り口の方を睨みつけていた。奴さんの狙撃地点を探っているのだろう。視界の端に今回の拠点となっている屋敷の屋根が見えた。

 

「あそこ、あたし達が泊っている屋敷だよな。やっぱり随分とデカいんだな」

「それはそうよ。あの家ってグランギニョルの出資だし」

「え、グランギニョル?」

 

 百合ヶ丘でも聞き覚えのある会社の名前が出て来た。確かアンナマリアの椿組にその令嬢様がいた筈だ。

 

「グランギニョルって楓ちゃんのご実家だよね」

「そうよ。今百合ヶ丘にいるんでしょう?因果な物よね。中等部のレギオン格付け世界一位を百合ヶ丘から奪取したリリィが百合ヶ丘に入学するなんて」

「え、何それ知らないんだけど」

「あなた達百合ヶ丘のリリィなのに知らないの?去年中等部のレギオン予備隊の格付け戦で楓が指揮を取ったウチのレギオンが、百合ヶ丘の中等部を押さえて世界一なったのよ。勿論私も一緒に戦ったのよ」

 

 確か入学式に遠藤とやり合った際に割り込んできた女だったと思うがそんなに大それた経歴の持ち主だったのか。鼻の下を伸ばして一柳梨璃を追いかけ回す痴女は百合ヶ丘の名物となりつつあるのだが、人は見かけによらない物だとつくづく思った。最もウチの瓶底メガネの実力も負けてはいないがな。百合ヶ丘は対ヒュージ戦線での戦果こそ著しいが、基本的には対(リリィ)戦闘訓練を積んでいるのは後ろ暗い連中が主の筈だ。

 しかし、なんやかんやと世界最強を謳われるガーデンのリリィ達がそんじょそこらのリリィに負ける筈はない。遠藤の奴を筆頭に血の気が多くリリィ同士で日常的にCHARMを交わすことを好む連中も多い中で、その選りすぐりを下すともなればこいつも相当な実力者のようだ。

 

「となると、お前もそれなりに強いって事か?」

「何?疑ってるの」

「疑ってるんじゃない。お前ともヤりたいって言ってるんだよ」

「……愛の告白じゃあないわよね。目が怖いんだけど」

「強くなるには強い奴と戦うのが一番だと思っていてな。お前もあたしの養分になってくれよ」

「生憎だけど、今日はCHARMを持ってきてないの。また今度遊んであげるわ」

 

 喧嘩を吹っ掛けてやるつもりだったがリリィの癖に危機感が足りていないのか、今日はCHARMも持たずに肩掛けの小さなバッグだけの手ぶらのようだった。つれない奴め。リリィならCHARMの一本や二本ぐらい携帯しておけよ。

 いや、この要塞都市を拠点としているのだから逆に急な外征や突発的なヒュージの出現でも無ければ、百合ヶ丘の様にCHARMを携帯する必要が無いのかもしれない。思えば昨日の自称聖帝もCHARMを持っていなかったが、代わりに気取って日傘なんぞを持っていやがったな。

 

「ふぎゃっ!」

 

 千秋の奴が何かに躓いたかのようにつんのめり盛大に転んだ。器用な事に首から下げている電子機器を守るために転ぶ瞬間に背中から倒れ込んだらしく尻もちをついていた。

 イタタ、と呻きながら尻を擦っているが、こいつの安産型のデカいケツなら大して大きなケガは無いだろう。こけた姿勢のままにノートパソコンのキーを叩いて、エラーが出ていないかを調べている。

 

「大丈夫か?」

「私もパソコンも大丈夫だよ。でも、パソコン開きながらお散歩してて躓くことなんて無かったんだけどなぁ」

 

 千秋が躓いた箇所をよく見ると、あたしの手首の太さ程度の浅く抉れたような溝が地面に走っていた。

 おおよそリリィの手合わせで出来た物だろうが石畳の傷跡は浅く、確かによそ見をしていれば足を引っ掛けてもおかしくは無いかもしれない。

 

「まったく、少しは気を付けろよな」

「ありがとう。でもデータはお屋敷に置いてきた携帯サーバーに自動でバックアップしてるから大丈夫だよ!」

 

 そういう問題じゃあ無いんだが、それをこいつに理解させるのが面倒くさいので、手を差し伸べて引き起こしてやった。こいつは基本的に自分のことをいまいち軽視するきらいがある。鈍臭いくて昔から生傷絶えないこの女は丁寧に世話をかけてやらねばならないのだ。

 それを横目にシスターは千秋がこけたあたりにしゃがみ注意深く石畳を調べている。

 

「レミエさん。もしかして枢機卿がスピーチをされるのはこの辺りですか?」

「その通りですよ。丁度この辺りが広場の中心となる場所ですので」

 

 広場の端から歩いていたが、確かにこの辺りは扇状に敷かれた石畳の模様が集まってくる箇所であり校舎正門の真前であった。

 そびえる校舎との位置関係を考慮しなければここは街の中心であるとも言える。歩いてきた正門を振り返るとメルクリウスの街並みと高壁が広がっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「いおり~ん、ピザ買ってきてよ。昨日の奴~!」

「昨日の店はまだ開いていないだろ。おとなしく寝ておけよ」

 

 ソファにうつ伏せに寝転がっている千秋のおねだりを、安楽椅子にふんぞり返りアイスクリームを舐めている衣緒里が却下した。

 日中の散策に最後まで付き合った後方支援担当はふくらはぎをパンパンに腫らして起き上がるのもおっくうのようだ。足腰に湿布を何枚も張り寝転がる様子はおおよそ花の女子高生だとは思えない。いくら裏方担当だとしても運動不足が過ぎる、と言いたいが一日中身の丈を超える兵器を振り回し戦うこともあるリリィの基礎体力を比較対象にするというのは酷な物だろう。

 

「では、夕食に行くまでの間に今日の散策の成果をまとめておきましょうか」

 

 アンナマリアが二人のくつろぐリビング銀の盆にカップを三つ乗せてやってきた。今朝と同じ香りのコーヒーのようだ。

 早速衣緒里がカップに口を付けて一息を付いた。

 

「なんだ。もう奴さんの潜伏先でもわかったのか?」

「レミエさんがいる手前あまり言えませんでしたが、もう既に学園都市内には潜入しているでしょうね」

「まぁあれだけの暇人友ががいれば潜り込むのはそこまで難しくは無いだろうな」

「そうですわねぇ。既に狙撃の試射まで済ましているようですし」

「ブフォッ!」

 

 衣緒里が驚いて勢いよくコーヒーの黒い霧を吹き出した。ゲホゲホと激しくむせて咳が止まらない。

 

「ばっちぃですわよ。そんなに驚くことですの?」

「驚くだろ!あたしは殴り合いのプロで合っても銃の打ち合いは素人なんだよ。わかるように説明してくれよ」

 

 卓上のティッシュボックスから猫の悪戯の様にティッシュを抜き取り衣緒里が自分が汚した床を拭いている。床に敷かれた高価な絨毯は念入りに叩く様に拭きとっている。

 

「まず千秋様が躓いた穴があるでしょう?あれ、”ゼロショット”の痕ですわよ?」

「ゼロショット?」

「えぇ。簡単に言えば試し撃ちですわ。銃の調子を様々な条件に合わせるために試射を行いますの」

「試し撃ちだぁ?奴さん余裕じゃねぇか」

「余裕が無いから、という見方も出来ますわね。メルクリウスは西側に山岳地帯、東側を海に挟まれた地域ですのでとても気候条件の変化が激しい地域ですので」

「風向きがどうたらって奴か?昔映画で見たことがあるぞ」

「風向きだけではありませんわ。銃弾は湿度や気温に重力の影響といった様々な要素の影響を受けますのよ。私だって標的の居場所が分かっているのなら、予め試射をしたいぐらいですわ」

 

 そこでアンナマリアが千秋の方へと首を向けた。

 

「千秋様。今朝頼んでおいた写真は撮っておいて頂けましたか?」

「とりあえず広場から見える景色は一通りはパソコンのカメラで撮っておいたよ」

 

 千秋が寝転んだ腹の上に置いていたノートパソコンをアンナマリアに差し出した。画面に映るのは広場から東京湾側の正門に向かって複数の角度から撮られた写真が複数枚。

 

「言われた通りに位置座標データも紐づけてあるよ」

「完璧です。これで神敵の隠れ場所を探す事が出来ますわ。わざわざ複数発も試射をしているんですもの。弾痕から狙撃手の方向は割り出せますわ。後は狙撃が可能なるような背の高い建物を探すだけです」

狙撃手(スナイパー)の知見って奴だな。味方にいると頼りになるねぇ。じゃあ、あたしは晩飯買って来る。千秋は適当なピザでいいだろ。シスターは何がいい?」

「ではカルボナーラと蒸鶏と温野菜のサラダをお願いいたしますわ」

「あいよ。適当に買って来るよ」

 

 

◇◆◇

 

 

 拠点にしている邸宅こと旧ヌーベル邸を一人後にした衣緒里が向かうのは昨日にレミエ達と食事した裏路地のレストラン。

 観光客たちは浮足立ち広場に解放されている店先前のテラス席で本場顔負けのイタリアンに舌鼓を打ち、メルクリウスの観光を満喫している。この中の何人が枢機卿を今か今かと凶弾が狙っているという事を知っているのだろうか。

 いや、そんな無粋なことを考える必要は無い。この任務を達成すれば相方の濡れ衣を晴らす一助になり、なによりもキリスト教という莫大な資産を持つ宗教団体からありがたい報酬がたんまりと頂けるのだ。そして、一つでも多くのG.E.H.E.N.A絡みの実績を積んで行けばそのうち『アイツ』にカチ合う日もそう遠くは無い筈だ。

 昨日より更に増えた人込みの中をすり抜ける様に進み、昨日レミエが通った裏路地へと滑り込んだ。相変わらずの路地の薄暗さには既に安心感すら覚える。ネオンの点滅する置き看板を横目に路地を進むと昨日の店が見えて来た。

 相変わらずの辛気臭い外観だが、店の前に立ち尽くしている一人のリリィが店構えに華を添えている。

 西洋人特有の掘りの深い顔立ちに、衣緒里が見上げるほどの高い身長、ストロベリーブロンドを二つ結びにして毛先にカールを掛けているメルクリウスの純白の制服に身を包んだリリィが店先に立ち尽くしていた。もっとも衣緒里が見下せるほど小さい相手はそうそうにいないのだが。

 

「用が無いならどいてくれねぇか」

「わぁっ!」

 

 そこで初めて自分以外の来客があることを知ったのか。その女はびくりと震え飛び上がった。

 端正な顔立ちを眉尻を下げてオロオロとした様子に女の顔には既視感がある。どこかで会ったことでもあるのだろうか。

 

「君は常連なのか?」

「え?二回目だけど」

 

 少なくとも常連では無いらしい。レミエ達が言っていたように、ここはそれなりに穴場な店のようだ。

 というよりも制服のせいか、メルクリウスのリリィと勘違いされている。

 

「そうか!ここは私の妹が常連らしくてな。私もあやかろうと思ったのだが、こういった店構えの店だと入りづらくてな!困っていたところだ!」

 

 濃い奴が来たな。自称聖帝にしろこいつにしろメルクリウスのリリィはなぜにこんなにも濃い性格の奴がいるんだ。

 というか、困っている癖にこんなにも態度がでかいんだよ。この手の奴らは苦手なのになんで毎度毎度あたしの前に出て来るんだか。

 

「あ、あたし、今日テイクアウトだからさ。あんたはゆっくりしていきなよ」

「むむむ、レミエは言っていなかったがそういうのもあるのか」

 

 ついにとても聞き覚えがある名前が出て来てしまった。こいつ、さっき妹がうんたらとか言っていたよな。もしかしなくてもこいつ……

 

「あんた、あのパツキン……じゃなくてレミエの姉ちゃんか?」

「む、レミエのお友達か?いかにも私はアルテア・アレッサンドリーニ!レミエの姉だ!」

 

 暑苦しいから如何にも芝居がかった仕草で胸を突き出すのはやめて欲しい。舞台俳優気取りなのか。

 

「レミエのお友達なら話が早い!是非ご一緒願おうか!」

「いや、あたし今日テイクアウトなんだけど……あー、この後時間あるか?あんたの古い友達がメルクリウスに来てる」

「古い友達?」

「そ、昔バチカンで会ったんだろ?アンナマリアってやつ」

 

 その名前を聞いてアルテアは目を輝かせた。

 

「アンナマリアさんが!?確かに今は百合ヶ丘に来ていると聞いていたが……もしやティシアの言っていたメルクリウスに滞在している百合ヶ丘の生徒と言うのは……」

「そういうこと。お友達なんだろ。あいつも会いたがってたぜ」

 

 

◇◆◇

 

 

「戻ったぞ」

 

 しかし、邸宅に帰って来た衣緒里の声に応えたのは、ばたばたと家探しをする耳障りな音だった。

 まさかなんやかんやで腕っぷしの立つアンナマリアと何をしでかすかわからない千秋がいるのだ。まさか泥棒で入った訳でもないだろう、と衣緒里は特に心配はしていなかった。

 二人が休んでいたリビングの扉を開くとアンナマリアが、邸宅の贅を尽くした高価な箪笥の棚を片っ端から引いてひっくり返していた。先ほどから聞こえていた物音の正体はこれのようだ。それに対し千秋はソファにうつ伏せの姿勢でパソコンを開いていた。

 

「何やってんだよお前ら」

「あら、お帰りなさいませ騎士様」

 

 こんな室内でも暑苦しいことに取り外さないベールの縁にきらりと光る汗が滴っており、それなりの運動にはなっているようだ。

 

「どうしたシスター。ついに貧乏性が極まりすぎて金目の物でも漁り始めたのか」

「失敬な!少し探し物をしていただけです」

「それ言い訳になってねぇぞ。いいから片付けろ。お前にお客さんだ」

「久しいな。アンナマリア!」

 

 そう言ってアルテアははにかんでドアの影からひょこりと顔を覗かせた。話に聞いている感じではあるのだが、あたしと千秋のような気の置けない友人と言う関係では無いらしい。

 

「ひょっとしてアルテア様ですか!お久しぶりです。……やだ!こんな恥ずかしい所を!」

 

 アンナマリアはひっくり返した棚の中身をいそいそと片付け始めた。おい。あたしの前で部屋を散らかすのは恥ずかしくないのかよ。

 

「いいからさっさと片付けろ。飯にするぞ」

 

 テイクアウトで持ち帰って来たビニール袋からはいい匂いが立ち上る。さぞかし美味いんだろうな。アンナマリアを手伝い棚の中身の荷物を片付けるのを手伝っているアルテアを尻目にディナーテーブルに中身を広げる。

 

「千秋、コップ取って来てくれよ」

「えぇ~腰痛いからやだよ~。いおりんが取ってきて~」

「何甘えたこと言ってやがる」

 

 アホの千秋の尻を蹴り飛ばしてコップを取りに行かせると、紙袋に包まれている中身を広げる。

 アンナマリアのカルボナーラスパゲッティと温野菜サラダ。千秋のピザにあたしとアルテアのアラビアータ。どれも食欲を誘ういい香りだ。

 

「アウロラの件、お悔やみ申し上げ申す」

「ありがとうございます。そう言って頂けるだけで主の下に召されたアウロラも喜びますわ」

 

 なにやらアンナマリアの奴とアルテアは小声でなにやら話し合っている。積もる話もあるのだろう。羨ましい物だ。あたしの旧友と言えるような人間はほとんどが東京の貧民街(スラム)ろくでなしどもであるし、何人生き残っているかも怪しい物だ。中には二度と会いたくない奴もいる。

 

「アルテア様、少しメルクリウスのことでお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「なんでも聞いてくれ。私、今はメルクリウスの生徒会長だからな!」

「なんと!では昇天祭の日にも稼働されているメルクリウスの水道業者の連絡先をいくつか頂けるようにお願いできますでしょうか」

「水道業者?それは構わないが……いったい何のために?」

「本当に申し訳ないのですが、私の口からはお話することが出来ない一件なのです。詳しい事情が聞けるわけでは無いですが、メルクリウスの聖帝様にご相談いただければと思います」

 

 自称聖帝に説明はブン投げちゃったよコイツ。いや、こっちからも事情を話す訳にはいかないんだけど、あの傲岸不遜な皇帝気取りに全部押し付けるのは流石に……いや、案外いいのかもしれない。あれでそれなりの修羅場を潜って来たメルクリスの、ひいては反G.E.H.E.N.A系ガーデンでの持つ暗部の礎の名を引く舞台のトップだ。うまいことはぐらかしてくれるだろう。

 

「むむむ、よんどころの無い事情があるのだな。あいわかった。詳しい話はティシアから聞いておく。(けい)達への詮索は控えよう。何、共にローマを冒険したよしみだ。明日までには業者のリストを手配しよう」

「ありがとうございます。アレッサンドリーニ姉妹に神のご加護があらんことを」

 

 アンナマリアが胸の前で厳かに十字を切った。

 

 

◇◆◇

 

 

 リゾートホテルの宿泊費は昨今のヒュージ戦争の影響により天井知らずに吊り上がり、庶民の手が届かない程の費用となったのは既に半世紀も前のことだが、二年前の甲州陥落の知らせは加速度的に宿泊費のつり上げに貢献した。

 東名高速道路は関東と関西を繋ぐ重要な輸送網の大動脈であったが、南側を海に隣接していることで度重なるヒュージの襲撃を受けたことで、早期に主用輸送網から外され、近年は甲州や赤石山脈を通る中央高速道をが主要な連絡道路として利用されているというのが近代日本史の常識である。

 しかし、二年前に起こった甲州での大型ネストの形成とデスゾーンの成立により、その輸送網は分断され海路と陸路を失った結果、物資の輸送は空路を使用することを強いられ輸送効率は著しく下がったせいで、生活必需品などは国からの助成金により滞りなく購入できるようにはなっていはいるが、嗜好品や贅沢品には制限がかかり、物価が全体的に上がっているのが我が国の経済の現状だ。

 その中でも贅を凝らした高層リゾートとでもなれば、庶民の月収の何か月分もの費用になるのは致し方ないのかもしれない。

 だが、今回の自分には関係無い。太客が報酬とは別に経費で落としてくれたのだ。まったく人の金で豪遊するのは本当に楽しい事この上ない。

 リリィを引退してから酒に溺れていた時期もあったが、仕事(狙撃)の二日前からは酒を断つことにしている。

 瞳と同じ色の青いパーティードレスに身を包み、和牛のステーキに舌鼓を打つ。今回はバチカンから運ばれてくる童貞の豚を一匹撃ち殺すだけで庶民が何年も遊んで暮らせるような報酬が手に入る。それと比べたらこの豪勢極まりない食事の代金なんて端金のような物だ。

 

 仕事用の携帯端末がバイブレーションで震えた。

 指紋認証により端末を立ち上げると上客連中に調べさせたいたあの小娘の情報のレポートが送られてきたようだ。

 

 アンナマリア・レギーナ・フェラーリ。

 イタリア出身の戦争孤児のリリィで、物心着いた頃には親を亡くし教会が運営する孤児院で育った。

 五歳の時にスキラー数値の一斉検査により高いリリィ適性の持ち主だという事が判明し、教会を通しマルタ騎士団国が運営する半国営ガーデンの聖百合十字騎士団へ所属。以後、任務の関係により祖国イタリアを中心とながら放浪生活を送る。

 七歳の時にレアスキル『天の秤目』に目覚め、狙撃手に転向。以後、狙撃兵として専門的な訓練を積み欧州でも指折りの狙撃手として称えられていくこととなる。

 十歳の時に幼いながら恋に落ち、『騎士』と『聖女』の関係となるアウロラ・エリザベート・ルッキネリと出会い、以後戦線を共にしていく。

 十一歳の時にトルコのイスタンブールにて民間警備組織のリリィが使用していた実弾銃仕様の狙撃銃型の簡易CHARMの銃身を入手し、現在も使用している愛機のアステリオンの銃身として使用している。

 十五歳の時に人身売買に関与した上に警備地域を離れたことで自身の『騎士』を含む大勢の死傷者を出したことで、聖百合十字騎士団を事実上追放され、極東の百合ヶ丘女学院にノインヴェルト戦術の修練という名目で送られ現在に至る。

 

 特筆すべきは射撃スコアだ。現役時代の私よりも高い狙撃成功率を誇るのが癪に障る。

 だが、狙撃に必要なのはリリィとしての能力では無い。

 天の秤目は確かに狙撃を行う上で絶大なアドバンテージを誇る。測距とスコープという狙撃に必要な道具の両方の性質を持つスキルは狙撃を敢行する上で間違いなく相性がいい。

 しかし、逆説的に言えば測距器とスコープさえあれば代用が可能なスキルでしか無いのだ。私自身も現役時代のレアスキルは天の秤目では無かった。

 狙撃を競う上で必要な物はただ一つ、目標を外さない自信とそれを敢行する自分の腕だけだ。

 

 かの女は経歴を見る限り立ち回りが下手だ。

 過激な反G.E.H.E.N.Aのロビー活動ばかりやっている宗教組織に身を置き、トカゲの尻尾切りさながらに組織を追われてなおも信仰のためだかなんだか知らないが、私の仕事を邪魔しに来るのが鬱陶しいことこの上ない。

 いずれにしてもこの聖女様は私に立ちふさがるのだろう。ならあの豚のついでに屠ってやればいいのだ。

 大好きな『騎士』様の下に送ってやるよ。

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