アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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スランプと惹き合う後なので初投稿です。


第二十二話 無法者の日常

「あれでよかったのか、姉上」

「何がだ?」

 

 午睡の候、理事長室で紅茶に洋酒を垂らす少女。いや妙齢の女性だ。

 セピア色の粗目を一掬い杯を傾ける。

 

「B型のことだ。千秋君のCHARMが表に出過ぎるのは我々にとっても良い事ではない筈だ。それは姉上にとっても望んだ事では無いだろうに」

 

 初老(・・)の男がブラインドの隙間から見下ろした先には年若い少女たちが戯れる様。戦火の隙間にある慎ましやかな平和の一時。

 だが、彼女らの瑞々しい若さに春を覚える程に彼は若くはなかった。

 

「そんなことは奴らをロスヴァイセで使うと決めた時から分かり切っていたことだろうに、何を今更ほざく」

「儂がこの二日間でどれだけの重鎮に頭を下げることになったか数えて差し上げましょうか」

 

 高松咬月の顔色が悪いのは寄る年波せいではない。

 炭を塗ったような隈の深さには疲労の跡が暗く滲んでいた。

 それに反して来賓用の皮張りのソファを我が物顔でふんぞり返る年若い(・・・)姉は優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。

 

「それが貴様の仕事だろうが。青二才の分際が文句など一丁前に垂れるものでないぞ」

 

 卓上に並べられた焼き菓子を割り口に運ぶ。

 小さな口が奏でる声色は似合わぬ低い老獪な女の声。

 

「霞千秋のB型の情報が表に出るのは遠からん話だ。それが少しばかり速かっただけの事。いちいち騒ぐこほどの事ではない」

「姉上は衣緒里くんに極力B型の使用を控えるようにと伝えていた筈ではなかったのですか」

「言ったぞ。あの狂犬っぷりを隠す素振りの無い小娘なぞ、押さえつけたら跳ね返る事さえ分かっていれば御しやすい」

 

 理事長代理、咬月が自信の事務机にどかりと背を預ける。

 軋むスプリングと擦れる張地が高い音を鳴らした。

 三桁紙幣が飛ぶ高級家具でさえ、老いた彼の体躯をさせるには心許ないようだ。

 

「分かっていてなお衣緒里君にそれを抜かせたのですか」

「それが今回だとは思ってはいなかったがな」

 

 深い溜息が肺に染みる。

 机の引き出しからグラスと瓶を取り出し、酒を注ぐ。

 一晩中の間、老体に鞭を打って対ヒュージ戦線に関わる業界の重鎮たちへの根回しに奔走していたのだ。日の出ている内に遅い晩酌をするぐらいは許されるだろう。

 

「法や良識にも縛られぬ狂人どもを相手にしているのだ。相手はなりふりかまわず技術を研鑽しているなかであっても、我々は奴らに迎合するわけには行かぬ。外道に成り下がる程に堕ちたつもりは毛頭ない」

 

 陶磁のソーサーに置かれたカップが高い音を鳴らした。

 残杯に微かに残った砂糖の結晶は今もなお溶け出し水面を湯気のように漂う。

 

「その情勢の中で霞の技術は奴らにとって寝耳に水だ。歪な強化手術に依存しないリリィの兵力向上手段としては目を見張らざるを得ない」

 

 酔いで霞み始めた目を擦り背もたれに預けた肩を起こすと、いつの間にか机の前に己より年若い姉が立っている。

 手中の杯を奪い取り、なみなみと酒を注ぎ無造作に飲み干すと姉の目はますます輝いていた。目にしただけで背筋を震わせる鋭利な刃のように。

 

「そして何よりも、これで奴らも分かっただろう。我々が多勢を切り崩す無勢だということを」

 

 加齢による疲労のせいか、酒のせいか。この後生徒会の三役との会議があることも忘れ、高松咬月は強いアルコールの酔いに意識を手放した。

 

 

       ◆◇◆

 

 

 枢機卿暗殺阻止任務は海岸に発生したケイブという予期せぬアクシデントにこそ見舞われたが無事に終了した。

 特型を撃破した所に遅れてやってきたメルクリウスのガンシップの絨毯爆撃は残されたヒュージを文字通りの意味で踏み潰すかのようで、ものの数分でヒュージの群れは焦土の一部にされていた。

 海岸周辺はメルクリウスの城下町であり、元々対ヒュージ戦闘のために設計された防衛ラインの一つであることから、復興に時間は対してかからないらしい。用意の良いことだ。

 ことの顛末はとっ捕まえた狙撃手とヘリの操縦手が洗いざらい吐いたらしい。

 GEHENAの狙いはバチカンが読んでいた通り、トゥアン枢機卿の暗殺とそれを見せしめに協会側の体制にメスを入れることが目的だったらしい。だが、それは元から分かっていたことだとして、きなくさいのはあの照らし合わせたように出現したケイブだ。

 ヒュージの出現が壁内で警報でもされれば観光客の大衆がパニックを起こし、壁内に通達せずガーデン側が内ケで処理しようとすれば壁内の警備は手薄になり、ヘリでの逃亡ルートを確保しやすくなる。あのタイミングでのヒュージの出現は奴らにとってあまりにもクリティカルだ。

 何よりも、今回のヒュージの出現にサーチャーは反応しなかった。それはシスターの奴が以前言っていた元カノが戦死したって時の話と同じだ。

 奴ら、ケイブを人為的に発生させる技術を持っているんじゃないのか?

 だけど、とっ捕まえた二人はヒュージが出現することに関してはどうも知らなかったらしい。GEHENA側が何かしらのアクションを起こし陽動を行うことは知らされていたようだが、ヒュージが出現することに関しては知らなかった、とのこと。サーチャーに反応しないヒュージの話はあたしも百合ヶ丘に来てから初めて耳にした。少なくとも、一般に知らされている話ではないはずだ。そして、現場に来ていた奴さん達も知らされていなかったということは、少なくとも、GEHENA側はサーチャーに反応しないヒュージの事をよほど知られたくは無いようだ。

 それにしても、裏稼業のプロがこんなに情報を吐くのは珍しい。メルクリウスで捕縛した二人はバチカンの人間に連れられて何処かに移送されたらしく、その顛末はバチカンからのシスターへの手紙に書かれていた。おそらく、バチカン流の秘密のインタビュー方法があるのだろう。やり方は知りたくもないが。

 まぁ、リリィ崩れの顛末としては悪い方ではなかったのかもしれない。大抵の崩れの最後は碌なもんじゃない。少なくとも自分で選んだ戦いの中で死ねたのだから。貧民街のゴミ捨て場で冷たくなるよりはマシな死に方ではあると私はおmO……

 

「うわぁーん!いおりーんー!疲れたよー!お菓子買ってきて~!」

「うるせぇ、自分で買ってこい。あたしは今忙しいんだ」

 

 足の踏み場もあまり無いほど散らかった研究室の一角で、積み上げらたCHARMの山を相手に格闘する千秋が悲鳴を上げた。百合ヶ丘に帰ってきて早々に大量のCHARMの整備を押し付けられたらしい。

 形だけでもと押し付けられている報告書を作成中の衣緒里は手を止めて不機嫌そうな顔を上げる。

 

「今ガーデン中のアーセナルは大忙しなんだよ!アールヴヘイムの新潟遠征のために他の有名なアーセナルがCHARMの最終調整で駆り出せれてるから、通常の防衛戦で使われてるCHARMの整備がたくさん流れてくるんだよ!もう2日も徹夜状態なんだよ!?ちょっとは私のことを労ってよ!」

 

 机の上に置いたコーラのグラスを煽ると、それは温くなり炭酸が抜けかけていた。慣れない報告書もどきの作成のために千秋の工房の一角を占拠し始めてからまぁまぁな時間が経っていたらしい。

 ノートパソコンを鞄に仕舞うと、下に敷かれていた紙にはリリィ新聞なる文字。日付は今日になっている。

 

「えぇっと何々……『百合ヶ丘の至宝、一柳梨璃の下着を盗みシュッツエンゲルと深夜の大立ち回り!?』え、なにこれ。あたし知らないんだけど。あたし達がメルクリウスでドンパチやっている間にこんな愉快なこと起こってたのかよ」

「そんなペラペラの新聞読むぐらい暇なら売店でお菓子ぐらい買ってきてよ!」

「あのチビパパラッチのことだから、すぐに号外でも出して厚くしてくれるさ」

「それならまだ発刊もしていないじゃない!今のうちに行ってきてよぉ!」

「い・や・だ。自分で行ってこい」

 

 疲労により限界が来たのか、千秋のメガネの縁から、光るものが滴った。流石の悪童も、これには驚いたのかうろたえる。

 

「うぇ~ん!い、おりんがイジメる~!」

「な、泣くなよ。あ、あたしが悪かったって。いいよ買ってくるよ。何が食いたいんだ」

 

「騎士様、千秋様~!いいものが見つかりましたわ!」

 

 そんな修羅場に前触れも無くやってきたのは、メルクリウスで共に背中を預けあったアンナマリア。

 長身の彼女は見慣れぬCHARMケースを背負い、ノックも無しに研究室に入ってきた。

 

「シスター、もう例の報酬だかの整理は良いのか」

「えぇ、お陰様で」

 

 百合ヶ丘に帰投してすぐにバチカンからの報酬とやらは届けられた。

 今回のバチカンからの以来は事実上にシスターとあたしたちへの直接の以来であったためか、大量の報酬は学院に接収されることもなく直接あたしたちへ手渡されたのだ。

 あたしと千秋にはジェラルミンケース一杯の札束。千秋は眼に¥のマークを浮かべて大喜びしていたが、あたしはこんな大金は昔現金輸送車をスラムのボス猿女と襲撃した時に見た以来だと零すとドン引きしていた。

 シスターへの支払いはあたし達と違って現金だけでは無いらしく、あたし達が報酬を受け取っている間にわざわざ再び出向いてきたルイージ枢機卿と連れ立って何処かに行くと、晴れ晴れとした顔で戻ってきた。よっぽど良いものを大量に貰ったんだとか。

 

「って、うわっ、騎士様何をされていましたの。千秋様、泣いておられるじゃないですか!」

 

 鼻水を啜り咽び泣く千秋に気づくと、アンナマリアは子供を叱るように衣緒里を叱りつけた。

 

「いや、こいつが菓子食いたいなんて言うからさ。自分で買ってこいって言ったら……泣いちゃって……」

「まぁ!騎士様、それぐらいは買ってきてあげて下さいな。友のために働くは騎士の務め。それができないなら、これを淹れて差し上げませんわよ」

 

アンナマリアが見せつけてきたのは小さな黒い豆が詰まった小瓶。

 

「ブルーマウンテンはご存知ですか?」

「高級なコーヒーだろ。……え、マジ?まさかお前への報酬ってコーヒー豆だったの?」

「そんなわけが無いでしょう。荷物を整理していたら、以前サンマリノ共和国に立ち寄った時に買ったものが出てきたのです。是非お二人と一緒に召し上がりたかったのですが……悪い子な騎士様には差し上げられませんわね。とってもいい香りだと思うのですが……」

「てめぇ、あたしが味覚がぶっ壊れてるの知ってて言ってるんだよな?」

「知っておりますわよ。だから素敵な芳香を一緒に楽しみたいと思いましたの」

 

 二人の身長差は約30cm。眉間に皺を寄せる衣緒里と余裕の笑みを浮かべるアンナマリアが睨み合う。

 しかし、やがて小さいほうが根負けしたのか、両掌を上げて降参の意を示した。

 

「……わーった。分かったよ。買ってくるよ。千秋は饅頭か団子で良いだろ?お前は何が良いんだ?」

「では、マカロンをお願いしますわ。もちろん一番高い奴で」

「まったく、あんな小くて腹に溜まらない菓子の何が良いんだか……」

 

 悪態を吐く衣緒里を見下ろしたアンナマリアがベールを被った美しく整った顔を耳元に近づけて囁いた。

 

「ブ・ル・マ・ン」

「……一番高い奴三人分な」

「流石騎士様♡」

 

 ジェラルミン製のケースを片手に立ち去っていく衣緒里を見送るとアンナマリアが座り込んでいた千秋を起こし椅子に座らせる。

 疲労困憊の千秋は疲れ切った様子で、アンナマリアがコーヒーを淹れるために工房に勝手に置いている彼女の電気ケトルで湯を沸かす様子を見ていた。

 

「うぅ、シスターさん。ありがとね」

「例には及びませんよ。でも一つだけ私的なお願いがあるのですが」

 

 アンナマリアが背負っているCHARMケースを降ろす。彼女の愛機である巨大な狙撃砲を仕舞うのには随分と小さかった。

 取り出されたのは傷にまみれた銀色のCHARM。

 それをアンナマリアは身近な瓦礫の山の上に尊いものを扱うように丁寧に置いたのだった

 物珍しいCHARMに血が疼いたのか千秋が椅子にもたれていた体を起こした。

 

「これ……いろいろとパーツが換装されてるけど、グングニル?グリップの滑り止めの形状からしてヴァーダ・ユナイテッドでのOEM生産の第二次ロットモデルかな。いや、でもここまで弄られてるとグリップも換装されてるのかな」

「いえ、恐らくはその推察で合っておりますわ。トルコで入手したものをさらに現地改修したものです。砲身を実弾使用にして、ブレードは刃槌型の第一世代機の物を移植しております」

 

 アンナマリアの言う通り、銃身上部にマウントされるブレード部分は鋭利な刃ではなく、飾り気の無い銀色の鉄芯と同じ色をした銀色の無骨な鉄塊が鎮座していた。

 

「お時間のある時にこのCHARMの修理と近代化改修、そしてマギクリスタルコアの換装機構の取り付けをお願いできますでしょうか。本当に時間のある時で大丈夫ですので」

「いいよー。本当に時間がある時で良ければだけど」

 

 千秋が積み上げられたCHARMにアンナマリアは笑顔を引き攣らせた。お願いを聞いて貰えるのは当分先になりそうだ。

 

◆◇◆

 

 

 百合ヶ丘女学院の購買部は建屋の規模にと比較してもけして広いほうではない。むしろ狭いほどだ。

 公共施設に併設されたコンビニエンスストア程度のであるが、年頃の少女、それも百合ヶ丘のお嬢様達が満足するような高級品が並んでおり、学生生協としては尋常ならざるほどに物価が高い。

 今回のお目当てのマカロンは百合ヶ丘のリリィ達がお茶会をする際に必ずと言っていいほどに茶卓に並ぶため需要が高いが、その手の歓談会にほとんど縁が無い衣緒里は一度も自分で買ったことはなかった。

 

「砂糖と小麦の塊の癖に随分とふざけた値段だな」

 

 普段の衣緒里なら手に取ることのない薔薇のレリーフがh度こされた菓子箱の一つを手に取り、箱をひっくり返すと裏には十五個入りの文字が目に飛び込んできた。

 その法外な価格設定に辟易とする衣緒里であったが、今日の衣緒里の懐事情は違っていた。

 

「おばちゃん、これみっつ」

 

 カウンターの上にマカロンの箱を置き、担いだジェラルミンケースからするりと抜き出した札を一枚を精算用のトレイに置いた。

 売店の店員は衣緒里の手荷物の中身に思わず目を見開く。

 その中には、びっしりと収められた札束、札束、札束。

 頬をひくひくと強張らせながら会計しつつも、視線は衣緒里の下げたジェラルミンケースに注がれたままである。リリィの経済力に嫉妬を覚えつつも、商品を衣緒里に手渡した。

 衣緒里がマカロンの箱を小脇に抱え、整然と商品の並べられた購買部からガラクタが積み上げられた千秋の工房に帰ろうとしたその矢先、見知った顔数人が購買部に入ってきた。

 

「あ、衣緒里さん。ごきげんよう」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、メルクリウス出立前にドロシー・ヴァレンティア・マッカートニーの資料を探させた二川二水と楓・j・ヌーベル、そして一柳梨璃であった。

 百合ヶ丘の学風も何も関係無しに衣緒里は挨拶代わりに片手を上げてそれに応える。

 

「こないだは世話になったな」

「いえ、あの程度お茶の子さいさいです!約束通り衣緒里さんとアンナマリアさんへの取材はいつがよろしいでしょうか!いますぐでも大丈夫ですよ!」

「二水さ〜ん?私達とのお茶会よりも、こんな野蛮な方々への取材が大事なんですか〜?」

「いえいえいえ、そういうわけでは無いです!でも、善は急げって言うじゃないですか!」

 

 完全に失念していた。

 そうだ。ほとんど空返事であったが、二水の情報提供への対価は二人への取材であったのだった。

 冷静に考えてみると百合ヶ丘の暗部に属する二人には探られては痛い懐がある。根堀葉掘り聞かれて誤魔化し切れるほどアンナマリアは利口、衣緒里もけして嘘をつくのが得意な方ではないのだ。

 

「あら、二水さん。この方と何かありましたの?」

「はい!先日、しばらく前に現役を退いたリリィの戦譜や経歴を知りたいとのことでしたので資料を差し上げたんです!」

 

 楓の声にはいささか不審を疑う色が混じっている。入学してまだ二ヶ月も経っておらず禄な付き合いも無いのだが、頭が切れる女であることぐらいは衣緒里は知っていた。下手に勘ぐられることは避けたい。

 

「それは……どんな方なのですか?」

「ボストンブレイヴァーズのOBのドロシー・ヴァレンティア・マッカートニーさんです!。もう十年近く前に引退されたリリィですが、アメリカの対ヒュージ戦線で狙撃手として多大な貢献をされた方なんですよ!」

「ふぅん。・・・…そうですの。衣緒里さんはその方に何か御用がありましたの」

「まぁな。二川、手を出せ。両方だ」

 

 話の流れを強引に断ち切った衣緒里が、二水に手のひらを出させると、その上にケースから札束を山のように取り出し、二水の両手に乗せた。

 

「えぇ〜!?なんですかこれ!受け取れませんよ!?」

「ふふふ、二水ちゃん!?お札が!お札がいっぱいだよぅ!?」

 

 人生で一度も手にしたこともない金額に飛びあがった二水と梨璃。百合ヶ丘の中では比較的庶民派な二人にはその価値は手に乗った紙束の重量以上に重かった。

 

「いいから黙って受け取ってくれ。あと、その件はあまり人に喋るなよ」

 

 慌てふためく二人を尻目にじゃあな、と一声かけて去っていく衣緒里の背に楓が疑念を投げかけた。

 

「あなた、何か後ろ暗いことに二水さんを巻き込んだのではないでしょうね」

「さぁね。でも、二川に足を向けて寝れないやつは今後沢山出て来るだろうよ」

 

 二水と梨璃は相変わらず慌てふためいている。お茶会のためにお菓子を買いに来ただけなのに、随分と大騒ぎになってしまった。今後いろいろ彼女に問いただすべきことはできたが、とりあえず当初の予定通り茶菓子を買おう。

 商品棚に並べられている色とりどりの茶菓子の中でも梨璃が一際気に入っているマカロンを手に取ろうとしたが、商品棚の定位置にあるはずのマカロンの菓子箱の列は空になっていた。

 

「あら、売り切れですの……?」

 

 無言で店員に目配せをすると、あちらの方が買われていたのが最後です、とのこと。

 そういえば衣緒里は小脇にマカロンの箱を抱えていた。

 

「あなた、意外にも女の子らしいお菓子を召し上がるのですね……」

「いい趣味してるだろ。下着泥棒よりはいい趣味だと思うぜ」

「なんですって!?」

 

 にやりとした笑みを浮かべ去って行こうとする衣緒里を梨璃が呼び止めた。

 

「衣緒里さん!少しだけよろしいでしょうか!」

「え?」

「私達のレギオンに入っていただけないでしょうか!」

「唐突だなオイ!」

 

 何かと思えばレギオンの勧誘だった。

 そういえばアンナマリアが言っていた気がする。梨璃が愛しい姉君に言われてレギオンを結成するんだとか。

 しかし、衣緒里はルームメイトと共にLGロスヴァイセという百合ヶ丘の暗い部分の末席に登録されているのだ。後ろ暗い仕事を受け持つ人間がこの眩いばかりの光の側に立っている人間に深く関わる訳にもいかない。というのが衣緒里の考えだった。

 

「梨璃さん、考え直してくださいまし!こんな野蛮と下品という言葉に手足が生えているようなお方、梨璃さんのレギオンにはふさわしくありませんわ!」

「そういうのはあたしのいない所で言ってくれないかな」

 

 この令嬢、結構辛辣な悪口を正面から言いやがる。仏人特有の人柄だろうか。

 陰で悪口を叩くよりかは随分とマシではある。

 衣緒里は呆れて青筋を浮かべることも無かった。

 

「でも衣緒里さんは今年の一年生の中でも亜羅椰さんと並んで最強のAZです!もし梨璃さんのレギオンに入ってくだされば心強い戦力ですよ!」

「褒めるな褒めるな」

 

 真榊衣緒里十六歳、褒められていい気がしない程に人間性は落ちぶれてはいない。しかし、すでに衣緒里の力を行使する権は既に握られているのだ。

 

「でも悪いんだけどさ、あたしってば一応シスターの奴と北河原のところの控え要員(スーパーサブ)だからさ」

「北河原さんのレギオンのスーパーサブ、ですか?」

「私が解説しましょう!」

 

 調子を取り戻したのか二水が元気良く応える。

 懐から取り出した無骨なタブレット。カメラ代わりにも使用しているレンズ性能の高いモデルで、ホログラフィックディスプレイも搭載しているハイエンドモデルだ。

 

「レギオン編成は九人であることを近代ノインヴェルト理論において基本としていますが、特殊な戦況への対応のために極端な火力や速度や特殊な技術を持ったリリィが作戦への参加に必要なことになることがあります。その際に予め特殊な技術やスキルを持ったリリィを控えとして編成する制度があります!それがスーパーサブです!」

 

 このオタク、リリィのこととなると異様に早口になる。

 よくも悪くも、同年代と比べると狭い交友関係しか持っていない衣緒里にとって、彼女の偏った好奇心の持ち様は、どこか千秋の影がよぎり言葉にしがたい不快感を感じた。

 

「別にそう大したもんじゃない。人がいない時に手伝ってくれってだけなんだから」

「でも、ロスヴァイセといえば衛生レギオンとして激戦地で救助活動に当たるエリート中のエリートレギオンですよ!衣緒里さんとアンナマリアさんの場合ですと、極限状態での活動において活路を切り開くアタッカーと狙撃手としての腕前が買われたということでしょう!」

「へぇ~スーパーサブ、かぁ。私達のレギオンにも必要になってくるのかなぁ」

「私達の場合はまず九人を集めるところですからねぇ……」

「……レギオンのメンバー探してるのか。今何人ぐらい集めたんだ?」

 

 梨璃が指を折り始めた。

 

「えぇっと、私とお姉様と二水ちゃんと楓さんでしょ。それに神琳さんと雨嘉さんとミリアムさんで……」

「七人も集めたのか。となると後二人か」

 

 このド新人、結構な人望があるようだ。

 衣緒里は一柳梨璃という戦場に相応しくない優しいこの同級生をそれなりに評価はしている。自分を助けてくれたリリィに会いたいがためにズブの平凡な少女が筆舌に尽くし難い努力を積み重ね、腐っても名門であるこの百合ヶ丘の校門をくぐったのだ。それはなし崩しに百合ヶ丘にやってきた衣緒里とは正反対であったし、自分のたゆまない努力で素人上がりなりに百合ヶ丘の実力派に食らいついてくる姿勢は評価している。

 しかし、百合ヶ丘は幼稚舎から高等部までのエスカレータ式の一貫校だ。下手をすると高等部の時点で十年以上の付き合いの仲良しグループが乱立いているのである。その中からコネも無しに人員を引き抜いて新しいレギオンを作るとなるとそれなりに苦労するはずだ。

 衣緒里が店員の方をちらり見ると視線が痛い。

 商品が所せましと並んでいる購買の店内はあまり広い作りではない。井戸端会議は迷惑のようだ。

 

「ちょっと面貸しな。あたしはそっちのレギオンには行けないけど、現状で根無し草で優秀な奴には宛がある。紹介してやるよ」

「本当ですか!?」

「ちょっと捕まえづらい人だけど、まぁ実力は折り紙付きだ」

 

 買い物袋を片手に購買を出ていく衣緒里を三人が追いかけた。

 

「梨璃さん!そんな野蛮なお方のお知り合いなのですわよ!大丈夫ですの!?」

「頼むからそういうのあたしの聞こえないところでやってくれないかな」

 

 購買を出て向かうのは衣緒里が居を与えられている特別寮。の、裏手にある雑木林の奥。

 

「あたし、あんまり近代的なレギオンって奴の事情を完全に理解しているわけじゃないんだけど、多分お前らのレギオンってAZが足りてないだろ」

「……えーと、そうなのかな」

 

 首を傾げる梨璃を横目に楓が答える。

 

「まぁご推察の通りですわね。現状のメンバーはTZとBZ適正がおありの方に偏っていますわ」

「神琳って奴のことはうちのクラスの雨嘉から多少は聞いている。優秀な指揮官型のリリィだってな。夢結様のことは言わずもがなだけど、ミリアムの奴はレアスキルの一発屋だ。正面切って殴り合える奴なんて夢結様とあんたぐらいしかいないだろ」

「あら、お知りにならいようですが私も指揮官型のリリィでしてよ。真正面からヒュージと戦うのは毛色に合いませんのよ」

「そうなのか?メルクリウスだと結構血の気の多い戦い方もする奴だって聞いたけど」

 

 楓が急に足を止めた。

 目がキョロキョロと泳いでいる。

 衣緒里は特に気に留めるようなことを言ったつもりはなかったのだが。

 

「あなた、私の中等部の話、誰から聞きましたの?」

「え、あぁ。こないだメルクリウスの昇天祭ってあったろ。そん時にシスターの奴の付き添いで行ったんだけどさ。その時に知り合ったやつ。レミエとルルディスって二人。あんたの中等部時代に同じレギオンだったんだろ。なんだ?あれか高校デビューしたから中学の頃の話はされたくないってか?」

「……衣緒里さんは少し私とお話がありますので、梨璃さんと二水さんは少しお待ちになっていてくださまし!」

 

 目にも止まらぬ速度で小さな肩を掴んだ楓が木陰に衣緒里を引きずり込んだ。

 油断していた衣緒里はそれに抗うこともできず体格差にまけ、雑木林の樹木の影に押し付けられた。

 

「な、なんだよ」

「葵は、葵のことは何かお聞きになったのですか!」

 

 普段から声高高い彼女らしくない喉を絞った囁くような声色ながら鬼気迫る表情に思わず衣緒里は面食らった。

 この女もまぁまぁな修羅場をくぐってきたのだ。何か古い確執のある相手でもいるのだろうか。

 

「いや、あたしはあいつらからお前と同じレギオンだったってことしか聞いてないし、その葵って奴の名前も聞いてないぞ。なにかあったのか?」

「……いえ、それなら構いません。失礼いたしましたわね」

 

 木陰から出てきた衣緒里と楓を二人が出迎えた。

 

「楓さん、急にどうされたんですか?」

「いえ、衣緒里さんが私の中等部時代のお友達と最近知り合ったとのことで旧友のお話を聞いてきましたの」

「え、それなら普通に歩きながらすればよかったんじゃ……」

「二川、野暮なこと聞くもんじゃねぇ」

 

 衣緒里の一睨みで二水は背筋が竦ませた。

 赤い三白眼はそれだけで威圧感を感じさせるのに、低い衣緒里の声は小心者にはそれでけで本能的な恐怖を煽るのだ。

 

 楓の方を振り向いた衣緒里が片目を瞑りウィンクする。彼女なりのフォローをしてやったというサインなのだろう。

 ホっとしたように胸を撫で下ろした楓は衣緒里の評価を改めた。確かに野蛮極まりない人間ではあるが空気も読めて気を回せる意外な常識人であると

 

 勿論衣緒里は知らない。

 楓が絶賛浮気中であり、元ガールフレンドの話を出されたくなかったなどということは欠片も頭に浮かばなかったのだ。




理事長兄妹
策謀を巡らせる姉とそれに振り回される弟
結構な年で有るはずだが、何故か最近銘酒の減りが早い気がする。

アンナマリア
バチカンからの報酬には現金意外にも彼女のための報酬が引き渡されているらしい。
刃槌型のグングニルは何か思い入れがあるらしい。

梨璃一味
絶賛レギオンメンバー勧誘中
後方支援能力の高いメンバーに偏った編成になってきているので、打撃力の高いAZを是非とも加え入れたいところ。
ヌーベルくん!相模に行こう!

衣緒里
何やら特別寮の裏手へと梨璃たちを案内する。
何かアテがあるらしい。
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