アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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第二十三話 無法者の日常(その2)

 木漏れ日の差し込む雑木林の中に走る獣道を進むのは一柳一行。あまり手入れの入っていない天然に近くなった雑木の森は昼にも関わらず暗く涼しさを感じさせる。人の気配はいくばくもなくなり、振り返ると百合ヶ丘の校舎が遠くに見えた。

 

「校舎からかなり離れてしまいましたけど、こんなところに衣緒里さんのお知り合いはいらっしゃるんですか?」

「サボりの常習犯だからな。むしろ校舎から離れている方が都合がいいんだとよ」

「梨璃さん今からでも考え直しませんか。やはり類は友を呼ぶのですよ。不良とお付き合いある方も不良ですわよ」

「頼むから聞こえないところで言ってくれねぇか」

 

 うんざりしたように先頭を歩く衣緒里が唸った。

 5月の中旬は既に梅雨の香りが漂い始め、髪の長い女子には手入に手を焼く季節。腰まで伸びた長髪の衣緒里は髪の毛が枝葉に絡まらないように器用に木々の間を歩いていた。

 少し開けた空き地に一行は出た。

 古く大きな切り株が目を引く大きな広場のような土地には、そこにだけ人の手入れが入ったような形跡も見えないが、不思議と雑草が生い茂るわけでもなく、芝生のような草の絨毯が一帯に緑にを彩っていた。

 

「あれ、あの方って……」

 

 梨璃が気づいたのは二つの人影。太い切り株に背を預けて間抜けな寝顔を晒す二人組であった。その片割れの緑髪にずんずんと衣緒里は近づいて行き百合ヶ丘の制服の三角の襟を掴もうと手を伸ばした。

 

「……そういえば人の起こし方はオマエには教えて無かったナ」

 

 衣緒里が伸ばした手は逆につい先程まで健やかな寝顔を見せていたとは思えない手捌きで逆に掴み返された。

 

「アンタ、相変わらずあたしの前じゃ隙を見せちゃくれないのな」

 

 病人のように青白い衣緒里の細い手を握るのは、その正反対の小麦色の浅黒い健康的な手。その持ち主は真ん丸な目を一瞬細めていたが、眼の前にある顔が誰かわかると頬を緩めた。

 

「百合ヶ丘で平時でもそんなヨユーの無い雰囲気出してるのはオマエぐらいだからナ。ちょっとは肩のチカラ抜くんもんダ。……オォ、リリ!どうしたんダ!イオリと知り合いなのカ?」

「あはは、ごきげんよう梅様」

「え、何アンタら知り合いなの」

 

 衣緒里としては意外であった。百合ヶ丘はレギオンの同僚やシュッツエンゲル制度で縦の関係性は強いように思えるが、逆にそれは固定化された人間関係であるため、まだ百合ヶ丘に入ってきてから日が浅い梨璃が二年生の吉村・Thi・梅と親交があるとは思っていなかった。

 

「リリがユユとシュッツエンゲルの契りを結ぶときにチョイチョイってナ。ほら、前にも話しただロ?旧アールヴヘイムの時からの縁だから、ナ」

「……そういや、夢結様ってアンタの元カノだっけか」

「「「「えっ」」」」

 

 後ろにいた三人と梅の声が綺麗に重なった。

 

「どういう事ですか梅様!そんな情報私知りませんよ!というかイオリさんともお知り合いだったんですか!?そんなの初耳ですよ!?」

「イヤイヤイヤ!違ウ違ウ違ウ!イオリの誤解なんダっテ!」

 

 口火を切ったのはパパラッチ根性を見せた二水だった。

鼻血を垂らしながら愛用のタブレットのカメラを梅に向けて取材を敢行する気は満々のようだ。

 

「え、そうなの。こないだ夢結様の話していた時、妙に湿ってたけどあたしの気のせいか」

「オマエはちょっとお口チャックしてロ!」

 

 女三人集まると姦しい。という言葉が衣緒里の頭によぎったが、自分もその女であることは女っ気の無い衣緒里の頭から抜けていた。

 梅の影にいたもう一人の影がもぞもぞと寝苦しそうに身を捩った。あえて触れていなかったもう一人。それは衣緒里が苦手な女の筆頭であった。

 

「うるさいな」

 

 衣緒里と同じ病的に白い肌色。衣緒里と同じ汚くくすんだ髪色。衣緒里と同じ血のように赤い目を、眠そうに擦って安藤鶴紗は目を覚ました。

 その声色は衣緒里よりも暗く低く。一音で機嫌の悪さが伝わってくる。

 

「おー、お目覚めか安藤?そのままお寝んねしてりゃあよかったのに」

「……お前らが毎晩五月蝿いから寝不足なんだよ」

「テメェのジメついた辛気臭さでこっちの部屋にまでカビが生えそうだからな」

「ちょちょちょ、ストップです!衣緒里さんは鶴紗さんともお知り合いなんですか?」

 

 目を覚ますなり険悪な睨み合いを始めた二人の間に梨璃が割って入った。傍目から見ると三白眼をギラつかせる二人は竦み上がるほどに恐ろしい。その度胸は彼女の爛漫さ故だろう。

 

「……部屋が隣なんだよ。この五月蝿いのとは」

「残念なことにな。お陰で毎日隣が通夜みたいで辛気臭いんだよな」

「なんだと?」

「やるか湿気(シケ)チビ」

「お前もチビだろうが」

「あぁ!?あたしはお前と違って成長期なんだよ!」

「やめんかオマエラ!」

 

 あまりに醜い罵り会いを始めた二人へ梅が彼女にしては珍しい低い声で一括した。猫のように飛び上がった鶴紗と横目で不躾に声の主を睨みつける二人は随分と対照的だった。

 

「イオリ!同じ百合ヶ丘のリリィだゾ!仲良くしなきゃだゾ!」

「なんでこんな辛気臭い奴と仲良しこよししなきゃならねぇんだ。頭にカビが生えちまうだろうが」

「頭が腐るぐらいで丁度いいんじゃないか。少しはその常識知らずの振る舞いだってマシになるかもしれないぞ」

「やっぱり喧嘩売ってるよな、お前」

「売ってきたのはお前だ」

「だからヤメロッテ!オマエラ、そんなに仲悪かったのカ!?」

 

 梅がついに頭を抱え始めた。

 衣緒里はそれを気にも止めないように話を続ける。それだけ安藤鶴紗と同じ空間に居たくないとも言いたげに。

 

「ともかく梅様。アンタは今フリーランスだろ?こっちの梨璃がレギオン結成のメンバーを探してるんだと。入ってやりなよ」

「梅は中等部から百合ヶ丘にいるガ、こんなに雑にレギオンに誘われるのは初めてだゾ……。梨璃には悪いけど今回はお断りさせてもらウ。多分まだ、その時じゃないからナ」

 

 振られちゃったな、とでも言いたげに衣緒里は梨璃達に振り返った。梨璃たちが話したわけでもないのに最初から乗り気ではないということは本人も元々レギオンに所属する気は無いようだ。

 楓は衣緒里のあまりに雑な勧誘の仕方にドン引きしている。

 

「いくらなんでももう少し風情という物はありませんの?」

「知るか。紙ぺら一枚で戦場に立つことだってあるんだから随分マシな方だろうが」

「それにしても最近はレギオンの勧誘が多いナ。こないだもアラヤに誘われたゾ」

「あ?遠藤の奴が?」

「あぁアールヴヘイムに戻って来ないかってサ。梅はしばらく自由にやりたいからナ」

 

 ハハハと梅の空笑いが空き地に響く。

 それに混じった何処か寂しい響きを感じ取れたのは一人もいなかった。

 

「じゃ、じゃあ鶴紗さん!いかがですか。私たちのレギオンに入ってくれませんか?」

 

 梨璃が次に声をかけたのは梅の影に隠れようと務めている鶴紗は逡巡するように目をそらしたが、やがて静かに答えた。

 

「私は、いい」

 

 どこか後ろ暗いものを抱えるような声色。そこには何処か棘のある否定が混じっている。

 

「でも、私たちって同じ椿組ですし、鶴紗さんはまだレギオンに所属していないわけですから丁度いいかな……って」

 

 梨璃の声は尻窄みになって小さくなっていった。衣緒里と同じ赤い三白眼の瞳には明確な拒絶を意味するように震えていた。

 

「ほら、梨璃。鶴紗もこう言ってるしサ。梅たちは辞めておくゾ。悪いナ」

「あぁ、辞めとけ辞めとけ。こんな意気地無しの根暗女、誘うだけ無駄だ」

 

 唐突に明確な罵りを発した衣緒里に視線が集まる。

 

「イオリ!そんな言い方って無いだロ!」

「毒を塗ろうが薬を塗ろうがうんともすんとも言わない根暗に気をかけて何になるんだ?こっちまで気分が悪くなるだけだろうが。GEHENAのクズ共に良いように使われても何か抗うわけでも無い、立ち向かうわけでもない、敗北主義の馬鹿女に気を回すなんて時間の無駄極まりないだろうが!」

 

 鶴紗を庇う梅に対して、感情を剥き出しにして捲し立てる衣緒里。その剣幕に一堂は押し黙る。

 しかし、狂犬のように犬歯を剥き出しにしている衣緒里と顔を青くする鶴紗の間に梨璃が立ちふさがった。

 

「衣緒里さん。訂正してください。鶴紗さんはそんなことを言われるような人じゃありません」

「いいや。そんなことを言われるやつだね。あたしはこいつが嫌いなんだ。されるがままに生きてきて不幸に流されるままで、その癖何かにつけて不機嫌になって周りに不幸を振りまく阿婆擦れなんだよ!」

 

 そこで衣緒里はやっとで気付いた。自分を見る目が敵意で色づいていることに。

 

「イオリ。いい加減にしロ。そろそろ梅は怒るゾ。第一お前もタヅサと同じで……」

「誰が同じだって!?あたしが、こいつと!?巫山戯るなよ!あたしの苦しみも、あたしの痛みも、あたしの力も!全部全部あたしの物だ!誰の物でもないあたしの物なんだよ!それをこいつと一緒にするな!気分が悪い。先に帰る!」

「おい、イオリ!待て!」

 

 梅の伸ばした手を振り切って衣緒里の姿がかき消え、遠くに枯れ葉を踏みしめる音が聞こえた。

 おそらくレアスキルを使ったのだろう。

 

「はぁ、そうだな。確かにイオリはタヅサとは相性が悪いかもな」

 

 泣きそうに俯く鶴紗を抱き寄せながら梅は静かに呟いた。

 

 

◆◇◆

 

 

「購買に買い物に行くだけなのになぜそんなに時間がかかったんですの。道にでも迷われまして?」

「あぁ、そうだな。道に迷ったんだよ」

 

 衣緒里はボロの鉄板の上に置かれたティーテーブルのマカロンを指でつまみ上げるが、くしゃりとマカロンの表面が破れ中のクリームが指に付いた。

 思わず顔をしかめたが、マカロンを口に無造作に放り込み、指についたクリームを舐め取りそれをコーヒーで飲み干した。

 

「あっつ!」

「ほら言わんこっちゃありませんわ。もう少し風情という物を大事にしてくださいまし。……どうかされまして?」

「いや、さっきもそんなこと言われたなって」

 

 神妙な面持ちでカップの底を見つめる衣緒里を尻目に千秋はちびちびとカップに口をつけている。

 

「苦いけどおいしいね。これ。私、コーヒーとか詳しくないけど、とってもおいしいのはわかるよ」

「最高の褒め言葉ですわ。本当においしいものに着飾った感想や文句なんていりませんのよ。ただのおいしい(デリジオーノ)という言葉だけで淹れた者は喜ぶものなのです。それに比べて騎士様と来たら……」

 

 なんだよ。とでも言いたげで不機嫌そうな面持ちの衣緒里だが、簡素な千秋お手製のボロ机に頬杖を付いてどこか心ここに在らずという風体だ。

 

「何かありましたの?」

「……別に?」

「シスターさん。いおりんは何か嫌なことがあるとこうやって拗ねて何も話さなくなっちゃうの。自分から話すまで待ってあげてね」

「左様ですか……。難しいお年頃ですものねぇ」

「何が難しいお年頃だ。千秋はともかくお前は同い年だろうが」

「端から見たら全くそうは見えないけどねー」

 

 余計な一言をこぼした千秋を睨みつけて黙らせると、衣緒里は足を組み直して所々バネが飛び出したボロの椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「なぁ、あたしってさ。そんなにダサいかな」

「あら、そんなことありませんわよ。勇敢で気高いリリィとしての理想形。模範的なリリィだと思いますわ。少々野蛮かもしれませんが」

「あんまり褒めるなよ」

 

 アンナマリアは良くも悪くも衣緒里の太鼓持ちのような所がある。性善な彼女はあまり人の暗部を覗き込むことは無く、わざわざ人の欠点を粗探しするような意地の悪い人間ではないのだ。だが、それは衣緒里に対して必要な言葉を投げてくれる訳ではない。

 そこで異を唱えるのは千秋だった。

 

「えー、でもいおりんって結構かっこ悪いところあるよ。さっきみたいに熱いの得意じゃないのに一気飲みしちゃったりとか。後は幽霊とか苦手なのにホラー物のビデオ見て怖がったりとか」

「おい千秋!」

「去年の夏に一緒にホラー映画見たときなんて酷かったんだよ。一人でトイレ行けなくなったり一人で寝るの怖いから一緒に寝てーって」

「やめろって、マジで!」

「でもさ」

 

 顔を珍しく朱色にしながら恥ずかしがる衣緒里を愛しいものを見るように眺めなら千秋は頬杖を突く。

 

「かっこ悪いところも沢山あるし、ちょっと乱暴だしお下品だけど、神様が引き合わせてくれた私の大切な相方なんだよ」

「神様、ですか」

 

 その単語に反応するのは実に修道女であるアンナマリアらしい。古い時代の神との約定には神の名をみだりに唱えてはならない。と、ある。無宗教の国と呼ばれる日本であっても、神という単語を口に出すということが特別な意味を持つことぐらいはアンナマリアも知っていた。

 

「丁度一年とちょっとぐらい前にね。当時の私はさ。おじいちゃんの今際の思いを晴らそうと思っててさ。あ、それも話してなかったかな。私の生まれ故郷は陥落地帯でね。私のおじいちゃんは疎開先で亡くなっちゃったの」

「……お悔やみ申し上げます」

「ありがとう。それでね。私の家系は江戸時代から続く刀鍛冶の家系でね。おじいちゃんの代までは刀鍛冶をやっててさ、と言ってもほとんど金物屋さんだけどね。ヒュージ戦争が始まってからは仕事も減っちゃって、それだと食べて行けないからって、お父さんは仕事を継がなかったの。それでね、おじいちゃんがね、亡くなる前に夢枕でこう呟いたの。『俺の鍛った刀ならあんな血も涙もない化け物を倒して故郷を取り返せたのに』って」

「そのお言葉がアーセナルを志すきっかけだったのですか」

 

 アンナマリアが追加のコーヒーを千秋のカップに勧めると、千秋はありがとうと告げ話を続ける。

 

「それで私さ。おじいちゃんの代わりに故郷を取り戻すために戦うリリィになりたいって思ったの。だけど、いきなり壁にぶつかっちゃってさ。小学生の時の一斉スキラー数値検査で数字が足りなくてリリィになれなかったの。それで諦めるって言い方は良くないけど、改めてアーセナルになりたいって思ったの。でもさお父さんに反対されちゃってね」

「反対、ですか」

「うん。私の両親そもそもリリィになりたいって事自体反対でさ。だって危ないじゃん?それでアーセナルを目指すって話をしたときは、そもそもおじいちゃんとお父さんが仲悪かったから、私がおじいちゃんみたいな仕事をするのは嫌だったみたい。ヒュージとの戦争が始まる前、うちの家が結構貧乏だったみたいだからね」

「それは、大変なご苦労をされたのですね」

「それでね。工廠科のある学校にも進ませてくれなくて、一般の学校にしか通わせてくれなかったの。それが悔しくて悔しくてさ。それで陥落地帯の昔の家に一度一人で行ったんだよね。もしかしたら、おじいちゃんの温もりを求めてたのかもしれない。私、おじいちゃんっ子だったから」

「そういえば、千秋様って独学でマギ工学を学ばれたとお聞きしておりますが」

「そ、だから独学だよ。だから参考書とか技術教本も基本的には学校や市の図書館においてある本ぐらいでしか勉強できなかったし。百合ヶ丘に来てからは基礎から学び直し中だよ」

 

 何気ない衣緒里の態度から始まった千秋の過去話にアンナマリアは固唾を飲んで聞き入っていた。あの衣緒里のお供として百合ヶ丘に来たのだからそれなりの重い経歴を持っているとは思ってはいたのだが、想像以上の努力家であったようだ。

 

「でも肝心の工房は疎開先の街にはなかったの。だからね、わざわざ実家まで帰っておじいちゃんが使ってた工房を使ってたんだよねぇ」

「……ん?待ってください。千秋様のご実家は先程、陥落地帯にあるっておっしゃっていませんでしたか」

「そうだよ。だから毎回工房に行くたびに命懸けだったんだよ。遠くにヒュージが見えたりするたびに何度も肝を冷やしたのが懐かしいよ」

 

 この時代、前線が後退し陥落した地域はヒュージが跋扈し、そこかしらに彼奴らが這い出る(ケイブ)が存在する危険地帯となっている。

 しかし、ヒュージの生態として、小型の種の多くは有機物を用する新陳代謝を行うことができない。そのため、生命活動をマギの残量によってしか維持できない小型種に関しては生まれ落ちたが最後、生まれ持った栄養(マギ)を喰らい尽くしたと同時に息絶えるのだ。

 

「……どうしてそんな危険な事を、などと野暮なことはあえてお聞きいたしません。私も陥落地帯でなお命の危険と隣り合わせで教会や文化財を守る方々とお会いしたことがありますので」

「ありがとう。それでね。私の実家は海沿いの火釜の煙突が立ってるお家でね。そこには昔おじいちゃんが使っていた道具がそのまま残っていたから道具には事欠か無かったの。でもね肝心のCHARMの材料に関しては、普通手に入らないじゃない?でもね。家の砂浜の近くにね。何故かCHARMの残骸が流れ着いてたの!」

 

 千秋が指差す先にはCHARMの廃材の山(ヤード)。多少は整理が進んだらしく、長物や鋼盤といったパーツごとに少しづつではあるが方付けが進んでいた。ちなみに掃除を進めているのは暇な時分の衣緒里である。

 

「ですが、そのCHARMの残骸はおそらくGEHENAの……」

「今となってはわかることだけどね。当時の私にはわからなかったし、関係が無いことだったから。それでおじいちゃんが疎開先で亡くなったのが十歳の時。CHARMの勉強と制作を始めたのが十二の時。それで初めてCHARMが組み上がったのが四年後の十六歳の時だったんだよ。小学生の時に始めたのにいつの間にか高校生になっちゃってたの。それで初めて作ったCHARMがこれ!」

 

 千秋が壁の吊り棚に掛けられていたCHARMの一振りを降ろした。

 それは幅太の日本刀のような出で立ちで、衣緒里の振るうムラマサと同様に耐熱コートのためか光を吸い込むほどに暗く染め上げられている。

 特筆すべきはCHARMには必ず取り付けられている筈のマギクリスタルコアを固定する筈の箇所には、見慣れない機械のようなものが取り付けられていており、柄頭からはムラマサの分離変形時に銃と剣を繋いでいるケーブルと同じものが伸びていた。そのケーブルを辿るとその先には、武者甲冑の肩から腕に掛けての鎧のようなものが棚のフックに吊り下げられていた。

 

「騎士様のムラマサと同じ分離変形型のCHARM、ですか?」

「ううん。変形機構はナシ。ヨートゥンシュベルトの改修型だからね。私が開発したB型兵装の仕掛け(・・・)を仕込むための装置がCHARMのフレーム内には仕込む箇所が無かったからね。だから有線制御で外部からマギ供給を行う方式にしたの」

 

 甲冑の大袖に当たる肩を大きく覆う箇所をめくると、そこには二の腕に当たる箇所の外側にマギクリスタルコアをはめ込むための窪みがあった。

 

「ムラマサ/1(スラッシュワン)。これが正真正銘私の処女作。いおりんのムラマサの前進に当たる機体だよ。でもね。これが完成した時にはね、まだマギクリスタルコアだけが足りなかったの。それで砂浜を学校が休みになるたびに探し回ってたんだけど、全然見つからなかったんだよね。いおりんと出会ったのはそんな時だったんだよ」

「以前ちらりとお聞きしましたが、その砂浜に流れ着いたのがコアを持った騎士様だった、といううことですか」

「そゆこと」

 

 千秋が机の上に惚気話でもするように頬杖を付いた。いや、彼女にとっては惚気話そのものなのだろう。

 

「それで、CHARMもリリィも棚からぼた餅みたいに手に入れた私といおりんの冒険は幕を開けたのでした、ってことよ」

 

 喉が乾いたのか、千秋はカップを大きく煽りコーヒーを飲み干した。深いコーヒーの旨味と苦みに柄にもなく感じ入るが、後からやってきた炭のような苦みに僅かに顔をしかめる。

 

「それで、その、お二人の出会いのお話はわかったのですが、ちなみにどういう経緯がおありになられて百合ヶ丘にやってきたのでしょうか」

「え!?えっとそれは〜……」

「機密ってやつだとよ」

 

 ここでずっと口を閉ざしていた衣緒里が口を開いた。

 何の感慨も無くマカロンを噛み砕きコーヒーで流し込む。 衣緒里はお茶会という少女達のパーティーという風情を味わうほど文化的な人間ではなかった。

 

「千秋、テメェはもうお口チャックだ」

「そ、そうだよね。シスターさん、これ以上は話せないの。ごめんね」

 

 アンナマリアは眉をひそめる。千秋が公に登録されていな非合法なCHARMの製造を行っていた話は以前にも小耳に挟んだ。しかし、それは彼女の脛に残る傷としてはけして小さいものではない筈であるのに、それは開示できる情報となっているようだ。

 この二人を深く強く繋ぐ絆はきっとその出会いだけでは無いはずだ。だとしたら、その核心に迫る出来事はその機密とやらにあるのではないだろうか。

 

 がら、と工房の扉が軋みを上げて開いた。扉の影から覗くのは美しい銀の長髪、衣緒里にはそれが見覚えがあった。

 

「ロザ様か」

「あら、衣緒里さんとアンナマリアさんまで。ごきげんよう、皆さん揃い踏みで丁度よかったわ。次の任務の通達が入ったの。時間がある時に伊紀に話を聞きに行ってくれないかしら」

「え、今すぐでなくてもいいんですかー?」

「そうみたいね。なんでも何時任務を開始出来るかわからないそうよ」

「なんじゃそりゃ。いつやるかもわからない作戦なんてあるのかよ」

「だからこその特務なのよ。おねむの時に叩き起こされるかもしれないからこそ、しっかり規則正しい生活リズムで過ごすこと位は肝に命じておきなさいな。いいわね?……ところで良いお豆を使っているみたいね。私にも一杯いただけるかしら?」

「えぇ、是非是非!お飲みになられて行ってくださいな!」

 

 

◆◇◆

 

 

 そこには暗い穴があった。暗く深い深い穴が。

 その穴の秘奥を覗いた人間は未だ一人もいない、地球上にある数少ない未踏破の地であった。無機質な穴壁に剥き出しの岩肌と乾いた砂壁、そして何故か点在する折れた配管の穴。

 配管?ここは人工物なのか?

 いや、違う。これは人類が知らぬ間に発生した穴なのだ。

 未だその全容をうかがい知る事すらできない、暗い暗い光さえ吸い込むような暗い穴を潜り抜け、遥か奥底。

 そこには確かな知性の片鱗があった。

 そこでは金縁の目立つ白磁の茶器が二つ湯気を立てていた。

 

 一人目のそれは茶器の持ち手を二本の指で摘み上げ優雅に一口を傾けた。

 

「この感覚が……おいしい、というものかしら」

「さぁな。私にはわからん。いったいこれの何処に旧種は価値を見出しているんだ?おっと」

 

 二人目のそれは暗い色のロングコートの袖を茶器に引っ掛けて机から落としてしまった。だが、いつまでたっても陶器製の茶器が割れる音は聞こえない。剥き出しの岩肌の上に乱雑に置かれた机の下で割れることもなく傷付くこともなく落ちたはずのティーカップは浮いていた。

 

「危ないわ。貴重な品だそうよ。気をつけなさい」

「何に危険を感じたのだ?ただの粘土を整形してケイ素の酸化還元反応を用いてガラス層を複合的に形成しただけのものだ。私の外皮に傷を付けるわけでもない。私でも同じような物を作れるぞ」

「そういうことではないのよ。この茶器は職人、と呼ばれる人間だけが作れる貴重な物だそうよ。私も聞いたことしか無いけれど」

「ふむ?理解ができないな。人間は乾燥した植物から抽出させたエキスを摂取するのに、わざわざセラミックの造形物を使わなければならないのか?理解ができない。非効率が過ぎるぞ」

「風情、という物だそうよ。午睡の刻に淹れた茶を貴重な茶器で喫するという行為そのものを嗜む人間の文化なの」

「……理解ができない。水分を摂取するしたいのならわざわざ湯を沸かす必要も無い。この植物は確かツバキ科と分類された植物で人間に毒のある成分は特に無かったはずだ。わざわざ乾燥などという工程を挟まずそのまま摂取すればよいだろう。結論は無駄以外の何物でもない」

 

 一人目は深い溜め息と共にカップを置いた。

 そこには白がいた。白づくめとでも言えばいいのだろうか。

 白のブラウスと白のスカート、白のソックスに白の靴。デコルテや脇腹のレースから覗いた白い肌が艶めかしい。その肌は服の色とまるで変わらぬ白で、光源が近くにあったのならボディペイントとでも勘違いしてしまいそうで、装飾のフリルが作る影だけがそれ(・・)に立体感を与えていた。

 茶器と同じ陶冶のような艷やかな肌色の中で、薄いピンク色の瞳孔がだけが生物的な特徴を示していた。

 

「あなたは私よりも多くを知っているかもしれないけれど、少しばかり人間の文化に疎いようね。いえ、興味が無いのかしら」

「興味が無いわけではない。ヒトという生き物の凶暴性と兵器の進化には特に興味がある。同種の命さえ踏みにじってまで殺傷力を高める生物など人間だけだろう。そしてその過程で宇宙の法則さえ解明し始めるのだ。同種を殺すためだけに進化する種族が何処にいるというのだ?」

 

 二人目の前に先程落ちた茶器がゆらゆらと宙を漂いながらひとりでに置かれた。

 それは一人目よりもおおよその人間らしい風貌をしている。革鞣しのジーンズの上に、クロップ丈のインナーがジーンズと同じ生地の分厚いロングコートから露出していた。特筆すべきはそれの体に描かれた幾何学的なデザインのタトゥーである。露出している部位の全てに黒い線が走り、顔の左面を除き全身に掘られているようだ。

 

「私にもまだ理解できていないのだけれど、おそらくそれは人間の一側面に過ぎないと思うの。知ってる?ヒトはたくさんのヒトを殺したけれど、殺し合いのさなかにもわざわざ遠く離れた自分の(ツガイ)と連絡を取り合うそうよ。命を失う危険に自分を晒しているのに何故かしらね」

「ふむ、わからないな。そんな物は外敵を殺し尽くしてから行うべきだ。私は戦争(センソウ)という人間の殺し合いをたいして知らないが、そんなにもぬるく行われるものなのか」

「どうかしら。でも、きっとそれこそが私の知りたいコトの答えだと思うの……ところで『あの子』は何処に行ったの?姿が見えないのだけれど」

「知らん。どうせ暇つぶしだろう。この茶という物を抽出する時間も待っていられなかったようだ」

 

 困ったものね。と一人目は初めて人間らしい表情を浮かべた。

 

「仕方ないわね。『あの子』にとって茶葉が開く時間なんて長過ぎるもの」

 

 




 人為無き悪意は人知れずに蠢く。
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