アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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連投なので初投稿です。


第二十四話 GUILTY No2.5 Enemy

 ロザリンデから通達のあった任務の開始は思っていたよりも早く、きっかりその一週間後の事であった。

 今日も霞千秋の工廠室は騒がしい。

 下着姿の衣緒里はキャットスーツ型のロザリンデお手製の潜入工作作戦用の装備へと忙しない様子で袖を通していた。一方千秋は衣緒里の緊迫した様子に気づきながらも、ドライバーとトルクレンチを両手に一振りのCHARMと睨み合っている。

 

「急げ急げ急げ!後七分で出発だ!シスターの奴はもう例のやつを取りに行ってるんだぞ!」

「待ってよいおりん!もう少しで修理が終わるの!後は変形機構だけ!」

「一番時間がかかるところじゃねぇか!もういい!お前はあたし達と違って端末と工具箱さえあれば素っ裸でも仕事が出来るんだからいいだろうが!行くぞ!」

 

 衣緒里が机の上に転がっていた工具を乱雑に工具箱の中に掻き入れ、転がっていた整備用端末のストラップを黒尽くめの装備のカラビナに固定する。

 床であぐらをかいていた千秋の腰を担ぎ上げ、一刻の時間の惜しさに窓の外へ身を放り飛び出した。

 

「あーん!シスターさんのグングニル〜!」

 

 もぬけの空になった千秋の工廠に眩い夕陽が差し込み、アンナマリアが千秋に修理を依頼した修理途中のCHARMが夕陽を反射しきらりと輝いた。

 溢れる血の雫のように。

 

 

 

 轟音を立てて潜航(・・)するガンシップの狭い士官室の一つに三人は集められていた。衣緒里とアンナマリアは黒づくめの作戦服で、千秋は黒い油汚れの目立つツナギの作業着。そして壁面モニターの前の端末を前にしてロザリンデが立っている。制服を着こなしている三人に対して、千秋だけが浮いていた。

 

「揃ったようね。ミッションの再ブリーフィングを行うわ。作戦は二面作戦で決行。私たちロスヴァイセ本隊は横浜で行われているGEHENAの実験に巻き込まれているリリィの救出。そしてあなた達は、」

「騒ぎに便乗して逃げていくGEHENAの特殊車両の追跡と強襲。それで乗組員に場所を吐かせた実験データの管理用のになっているデータセンターでデータを抜けるだけぶっこ抜いてぶっ壊すんだろ。任せな」

 

 ロザリンデの言葉を遮って先んじた衣緒里の言葉にロザリンデは、むぅと口を尖らせた。

 

「あ、そういえば伊紀から聞かされている作戦概要とは異なるところがあるわ。私たち以外に無断で先行して戦闘を行っている部隊がいるの。そちらの援護は私たちに任せてアンナマリアさんは追跡をお願い。……どうぞ千秋さん。何かしら」

 

 ぴん、と手を伸ばし挙手した千秋をロザリンデが質問を促した。

 

「部隊?百合ヶ丘のレギオンじゃないんですか?」

「まだ結成の申請が受理されていないレギオンなのよ。便宜上非公式の部隊としか扱えないわ」

「まだ受理されていない非公式のレギオン……確かサングリーズル、でしたでしょうか。椿組ですと知世さんやルイセさんがなかなか学院側が受理してくれないとぼやいておりましたわ」

「そっちもかよ。李組のほうも鉄川と長坂がしょっちゅう騒いでるぞ」

 

 未だ百合ヶ丘では結成申請が受理されていないレギオンとして、二年生の近藤貞花が結成のために奔走しているLGサングリーズルがあった。

 聞く話によると優秀な人材が集まっており、発足さえしてしまえれば直ぐ様に強豪レギオンに数えられうる程の人員を抱えてはいるものの、命令違反や独断行動を繰り返す曲者揃いのリリィばかりで、学園側としては正規戦力として扱いたくないので認可していないという噂がある。

 リリィの自主性を重んじる百合ヶ丘でさえそのような評価を受けているとは、相当強烈なリリィが集まっているのだろう。衣緒里は同級の顔を思い出しため息を吐いた。

 

「GEHENAの実験場に鉄川の奴がいつもの姉探しでもしにいったのか?元気だねぇ」

 

 ため息を吐いた衣緒里がゲル状の高カロリーレーションの吸込口に口を付けた。

 食事一つにとってもこだわりの多い百合ヶ丘のリリィであっても流石に緊急で展開される作戦の前にナイフとフォークで食事を摂るわけではない。

 

「いえ、先行しているのは一年生の一柳梨璃さんの含め八名。仮称一柳隊よ」

「ンフッ!」

 

 衣緒里が盛大に咽た。気管支にレーションが入ってしまったのか、胸を拳骨でどんどんと叩いている。

 

「あの梨璃さんが、ですか?信じられません。あんなにおとなしい方が独断専行などするとは思えませんわ」

「いやでも梨璃ちゃんってあれで結構思い切り良いところあるし、もしかたらもしかするのかも?」

 

 深い親交があるわけでもなく多少の関わりや恩がある三人ではあるが、彼女らにとっては一柳梨璃という経験浅いリリィは、姉が関わるとエキセントリックな行動力を発揮するものの、衣緒里などとは向いている方向の違う清純派でおとなしい少女であったはずなのだ。

 

「……まぁいい。アンタらが救援に行くんだたら、あたし達はあたし達の仕事に集中出来るってもんだ」

「あら、私たちの実力を信用してくれているのね。お姉さん、うれしいわ」

「当然だろうが、こんな碌でもない仕事を何年もやって生き残ってるやつが尋常でたまるかよ」

 

 字面こそ褒めているのか貶しているのか分からないが、少なくとも捻ている衣緒里にとっては最上級の賛辞であり、ロザリンデもそれを肯定的に受け取ったようで、口元をにこりと優しく歪ませた。

 

 現在百合ヶ丘の保有する航空戦力と輸送能力の要であるガンシップには数種類があり、その使用権は各レギオンに付与されており、外征と呼ばれるガーデンの守備範囲外への出撃の際には、その作戦ごとに必要な性能を持つものを優先して使用するというのは当たり前のことだ。

 しかし、百合ヶ丘女学院の方針としては転換期でこそあるが、エリアディフェンス論を下にした「純血主義」と呼ばれる堅実かつ限定的な守備範囲内の確実な防衛を軸にしている。そのため、複数機のガンシップが同時に使用されているのは大規模作戦や緊急性の高い任務が発令されている時を除けば、斥候偵察を専門とするレギオンであるLGシグルドリーヴァ以外のガンシップはほとんどが格納庫で日の目を浴びずに眠っている宝の持ち腐れ状態である。

 現在出撃中のガンシップは計四機。

 輸送能力と巡航距離に長けたガンシップであるナグルファルは現在二代目LGアールヴヘイムが新潟遠征に使用中。巡航速度と機動性能に優れた偵察機であるグラーネはLGシグルドリーヴァが同じく新潟遠征への随伴中。そして仮称一柳隊が使用している一機に加えて、衣緒里たちが搭乗しているロスヴァイセが事実上独占保有する多用途複合型ガンシップ、「フルドラ」が出撃していた。

 高い緊急性や極めて超法規的な理由でもない限りは住宅地や飛行可能区域の縛りを避けるには最も適するのは、空路であっても陸上ではなく、洋上を飛行するのが手っ取り早い。

 

『まもなく当機は主戦場を避けるため、横浜港に接岸いたします。先発(ヘッドライナー)は出撃口へ集合してください。また、控え(スーパーサブ)のお二方と霞千秋さんは、例の新機体へ搭乗し待機をお願い致します』

 

 機内に流れたアナウンスに遅れて薄い壁の外からばたばたと忙しい足音が聞こえてくる。では、とロザリンデが立ち上がりその足音の方へ衣緒里達と反対方向へと歩みを進める。

 ふと何を思ったかくるりと振り向き衣緒里たちの背中へ声を張り上げた。

 

「戦場は違えども、あなた達と共に戦えることを嬉しく思うわ。でも、千秋さん。あなたなら分かっているでしょうけれど、戦場は常に危険が付き纏うわ。衣緒里さん達の言う事をよく聞くのよ!」

「わかってます!それにいざって時にはいおりんが守ってくれますから!」

「あら千秋様。私もいますのよ?」

「もちろんシスターさんのことも頼りにしてるからね!」

 

 ロザリンデは軽口を叩きながら機内車庫へと消えていく三人を笑みで見送る。あの気難しい衣緒里が心を許し敬意を払うのは実力だけでなくこの面倒見の良さもその理由の一つなのだろう。

 だが、それはロザリンデ・フリーデグンデ・V・オットーというリリィの一側面に過ぎない。

 戦場へと歩みを進めるその女の目には衣緒里と同じ暗い怒りと憎悪の炎が静かに燃えていた。

 

◇◆◇

 

「ところでシスターさん本当に運転なんてできるの?」

「えぇ。百合十字時代に習いましたの。まさか思い出の車を右ハンドルに改造されるとは思いもしませんでしたが」

 

 車内灯の薄暗い証明に照らされながら運転席で今か今かとアンナマリアはシートに背を預けていた。

 助手席には膝にパソコンを載せた千秋が横乗りし、後部座席の中央には衣緒里が足をどかりと開き座っている。

 ガンシップの装甲の外から聞こえる戦火の音が戦場の激しさを物語る。

 

「それにしても工廠科の連中は凄いな。CHARMだけじゃなくて車まで直せちまうなんてよ」

「マギ工学的なCHARMの製造と整備技術も、ハードの面は既存の工学あっての部分が大きいからね。私なんかよりも長いことアーセナルやってる人だったら、車の整備なんてプラモデルみたいなものなんだよ。私もちょっと弄るのは手伝ったけど、整備班の人たちにはとてもじゃないけど叶わないねぇ」

「本当に感謝しております。この車両は私にとって沢山の思い出の詰まった大切な物なのです。それにもう一度息吹を吹き込んでいただけたことは、感謝の言葉しかありませんわ」

 

 三人が乗り込んでいる車両は、先日の枢機卿暗殺阻止任務の報酬という形で、アンナマリアへと引き渡された物の一つの戦闘用装甲車両。

 それなりの期間に海風に晒され放置されていたらしく、潮による腐食で痛々くし外観は傷んでいたが、百合ヶ丘の工廠科の整備班にかかれば劇的なビフォーアフター、痛ましかった外観は白く塗り直され、ゴムや油脂類は全交換されエンジンの給排気系は最新の同規格の物へと換装済み。地中海を走っていた骨董品物の軍事車両はもはや外装以外は別物に等しいモンスターマシンへの魔改造を施されているのだ。

 インパネに設置されている多機能端末に通信が入った。

 

『こちら碧乙ちゃん先輩!作戦地から車両が一台逃げてくよ!MPS(マギポジショニングシステム)の時限式発信機を付けといたから追跡お願い!』

 

 三人はその言葉に一斉にシートベルトを締め直す。

 跳ね上げ式の出撃口が開き、戦火に燃える港が顕になる。

 アンナマリアがその光景に怯むこと無くアクセルを吹かすと、V型十二気筒の超高出力エンジンが女の悲鳴のような甲高い音を叫ぶ。

 

「作戦開始ですわ!」

 

 港に接岸された多用途複合型ガンシップの開口部から二千kgの鉄塊が戦地へと飛び出した。

 港湾部の貨物コンテナは幾つもが燃え、その中をヒュージとリリィの影が踊る中、純白の装甲車が猛然と駆け抜ける。

 

「わあああぁぁぁーーー!!!」

 

 千馬力を超えるエンジンによるジェット戦闘機にも迫る強烈な加速度(G)に、千秋は背を預けたシートに埋もれそうなほどにおしつぶされ悲鳴を上げた。レアスキルを多用し超高速戦闘中に身体へとかかる強烈な加速度に慣れている衣緒里でさえ、運転席のシート裏に取り付けられたグラブバーを両手に掴んで耐えるのがやっとのようだ。

 

「この感覚、久しぶりですわぁ!」

 

 颯爽と戦場を走らせながらアンナマリアは好喜を叫んだ。

 疾走する車両の甲高い叫びに惹かれたヒュージの一部が装甲車を追おうとするも、その速度の差は歴然で一瞬でドアミラーの点になる。

 

「おほほほ!私のドライビングテクニックに追いつけるなんて思わないでくださいまし!」

「ハンドルから手を離すな!ってシスター、前!」

 

 ハンドルから片手を離し高笑いをするアンナマリアに後部座席の衣緒里が怒鳴る。

 猛然と港を駆け抜ける装甲車の進行方向には巨大なヒュージ。四足獣のようなそれは全長は二十メートルほどだろう。それがこちらへと猛然と襲い来る。

 

「あらあら。……しっかり掴まっていてくださいまし!」

 

 ヒュージが前足を上げ、後脚へと重心を預け飛び上がったた瞬間、アンナマリアの右足がブレーキを思い切り踏み込んだ。

 甲高いスキール音を掻き鳴らし、鉄塊が急激な減速。

 車両を踏み潰そうとしたヒュージの前足は、空を切りコンクリートへと勢いよく突き埋まった。

 減速の勢いに乗りハンドルを急速に切ったことで後輪のタイヤのグリップが失われて滑り始めたのを利用し、逆に今度はアクセルを思い切り踏み抜くと、道を塞ぐヒュージの側面を睨みつけるかのように前照灯が照らしすり抜けていく。

 回復しつつあるタイヤの摩擦をシートから伝わる振動で感じながら、ハンドルを反対へと切り体制を立て直す。悲鳴にも似ていた鋼鉄の雄叫びはやがて戦火の音の一つへと溶けていった。

 

 港湾部を怪音を上げて走り抜ける三人の乗る車は港湾部へと抜け幹線道路に入り速度を緩める。強烈な加速Gから解放された衣緒里と千秋は数分ぶりに生きたた心地を噛み締めていた。もっとも、速度計が見えていない二人から見ても明らかに法定速度を遥かに超えていることは分かる。

 普段は静かな微笑みを絶やさないアンナマリアには似てもつかない狂気的なハンドル捌きは戦場に卸したてのモンスターマシンの性能とは悪い意味で相性が良すぎたようだった。ハンドルを握ると性格が変わる人間というのは案外近くにいるらしい。

 やっとのことで息も絶え絶えにシートから背を起こした千秋がインパネにを操作し地図情報を表示させると、液晶上の地図に発信機(ビーコン)の位置を示す点が移動しながら点滅していく様子が表示された。

 

「う、うっぷ、シスターさん。発振器の情報は問題なく受信できてるよ。方向的には……静岡方面?箱根の方みたいだね」

「ありがとうございます。しばしの間休んでいてくださいませ!」

 

 アンナマリアは再度アクセルを容赦なく踏み込んむ。

 耳をつんざく甲高い駆動音と共に再び襲い来る強烈なGが二人をシートへ叩きつけた。

 

「おごごごご!!!!」

 

 千秋はすでに声とも呻きとも取れない音を口から溢れさせることしかできない。一方衣緒里は流石というべきか、この異常とも言える速度の世界に慣れつつあった。

 

「ㇱ、シスター!このルートだと多分奴らは高速道路に乗るぞ!上に登られたら厄介だ!それまでに接敵できるか!?」

「そうですね……この速度ですと少し間に合わないかもしれません。でしたら……」

 

 アンナマリアがインパネ上にあるスイッチの一つを押した。その途端、エンジンの駆動音はかつて無いほどやかましく雄叫びを上げる。

 

「おおおおッ!!!」

 

 ついに衣緒里も千秋と同様に奇声を発しながら完全にシートに埋められた。

 

「な、なんだこれぇッ!?」

「ニトロですの。とっても刺激的でしょう?」

「ふざけんなスピード狂い!誰がこんな物を仕込みやがった!」

 

 息も絶え絶えに助手席の千秋がGに耐え震えながら律儀にも片手を上げた。

 

「おまえのせいかよぉぉぉ!!!」

 

 衣緒里の悲鳴の混ざった甲高い走行音を置き去りにしながら幹線道路を駆け抜けていく。太陽はとうに沈み、暗い夜道に走る車はまばらだ。その中で甲高いエンジン音を鳴らしながら駆ける車など、一般の車両は次々と自ら道を開けていく。

 道の開けたところではるか遠くに小さく見える大型のトレーラーが見えた。モニターに映るビーコンの位置からしてあの車両で間違いないだろう。

 

「騎士様!お願いします!」

「あたしに行けってか!?クソッ!」

 

 短い上半身を必死に伸ばし、天井のレバーを震える手で掴み思い切り引くと、スライド開閉したサンルーフから暴風が車内に吹き込んできた。空いているもう片方の手でシートベルトの留め具を外すと、風とGによりハッチバックへと吹き飛ばされそうになる。それを格納状態のCHARMを掴み、その重量で強引に繋ぎ止める。

 CHARMによって常人ならざる膂力を得た衣緒里が装甲車の天板の上に這い出た。目標までおよそ五百メートルほど。この程度の距離であれば、衣緒里のレアスキルとこの速度域による初速であれば文字通りの一瞬で詰められる。

 

「レアスキル、ゼノンパラドキサ!」

 

 装甲車の天板をカタパルト代わりにしてのレアスキルの発動。時速二百㎞超えの速度域の空気抵抗は、衣緒里が経験したこともないほどの速度をいとも容易く弾き出した。

 夜に紛れる黒装束と黒塗りの妖刀は衣緒里の出撃の軌跡を完璧に(偽装)カモフラージュし、下手人達の車の前に躍り出た。

 何も知らずに走る車は、まさか全身タイツの黒塗り女が巨大な刃を抱えて自分たちの目に躍り出てくるとは思いも寄らなかった。

 

「ウジャァァァァァ!!!!!!」

 

 衣緒里の代名詞とも言える超低姿勢の突進、それがGEHENAの車両の下へと潜り込み炸裂する。

危険地帯への突入も視野に入れられて製造されたらしき車両でこそあったが、さすがに車の下回りまでの装甲化が施されていたわけではなく、千秋謹製のCHARMの切れ味に耐えられるほどのものでは無かったようだ。

 闇夜に閃いた黒塗りの残光。それはGEHENAの車両のシャーシをものの見事に寸断。

 フレームとサスペンションを切断された車両は操舵性を失い、数秒ほど蛇行走行したものの、やがて黒煙を吹きながらガードレールへと激突し、その走りを終えた。

 何が起こったのかも分からずに作動した白いエアバッグから、乗組員の数人に男が這い出て来る。GEHENA性の装甲車は随分と高性能なようで、激しい激突だったにも関わらず、五体満足で特段の怪我も無いようだ。

 そんな災難な男たちに次の災難が襲い来る。

 前に激しいスキール音を立てながら一台の白い装甲車が止まり黒尽くめの女が降りてくると、男たちに向かってこぶし大の何かを投げつけてきた。

 手榴弾かと、と脳が認識するよりも早く炸裂したそれは、強烈な閃光と耳をつんざく爆音を響かせる。

 たまらず昏倒する男たちを衣緒里と千秋が慣れない手つきながらに後ろ手に手錠をはめ拘束していく。

 腕を後ろ手に縛られ、地面を芋虫のようにのたうつ男たちを前にアンナマリアは随分といい笑顔で微笑む。

 

「さて、インタビューのお時間と参りましょうか」

 

 千秋が喉をごくりと鳴らした。

 

 

◇◆◇

 

 

 車両にあった端末は重要そうな物の一部を千秋が回収した後に車両を炸薬で爆破解体し、アンナマリアが締め上げて入手した「施設」の座標へと車両を走らせる。

 乗組員達は適当にふん縛って全裸でそこら辺に捨て置いてきた。

 既に足は御殿場付近に差し掛かり、静岡の陥落地帯が近い。運が良ければあの男たちもヒュージに襲われることなく命は助かるだろう。

 

「それにしても奴さんもよく考えてるねぇ。わざわざ陥落地帯にデータセンターなんて作るなんて。そりゃ普通の人はそう簡単にアクセスできないし、リリィ側も陥落地帯に行くなら基本的には正規の手続きが必要だし」

 

 既に一行が歩みを進めている道は舗装されたアスファルトの道路ではなく、かろうじて踏み固められている獣道であった。街灯などの人の営みを感じるものは辺りには一切が見当たらず、空に輝く月が妙に明るかった。

 

「それにしたっていくらなんでも人里離れすぎじゃないか?さっきの奴ら、助かりたくて適当ぶっこいたんじゃないだろうな」

 

 衣緒里は窓に薄く映る鏡像をとにらめっこをしながら前髪を整えている。先程の暴風で髪型が崩れてしまっていたようだ。

 

「座標はこちらであっておりますわ。この調子で行けばあと五分とかからないでしょう。……いかがされましたか?」

 

 窓に映る鏡像を越して、その先を訝しげに見つめる衣緒里の様子がルームミラーに写った。

 

「いや、一瞬空に影が見えた気がしたんだが、こんな山の中なんだからフクロウか何かだろ。忘れてくれ」

「歓楽地帯ですし、行型のヒュージかもしれません。それともGEHENAのドローンでしょうか。警戒を怠らないように進みましょう」

 

 飛行型のヒュージは少数ではあるが確認されている。CHARMの射撃形態による対空砲火も可能ではあるのだが、アンナマリアのCHARMのような長距離狙撃に特化したものでない限りは有効射程はたかが知れている。リリィはあくまでも歩兵戦力でしかない。飛行型のヒュージの群れが絨毯爆撃などしてこようものなら現在の戦力ではとてもではないが太刀打ちできない。アンナマリアのアステリオン・カスタムは長距離狙撃特化型。有効射程は脅威の三千メートルを誇る狙撃銃(スナイパーライフル)というスケールを超えた狙撃砲(スナイパーキャノン)であるが、実弾仕様ということもあり連射性を犠牲にしているため、飛行型相手に前衛の肉壁無しに戦闘を行うのは不可能に等しい。

 

「……見えてきたよ」

 

 黒い外壁に囲まれた小さな小屋のような大きさのこじんまりとした建物がそこにあった。巨悪のアジトにしては小さく地味である。外壁は暗い緑色に塗られ、縦横5メートル程度の正方形の豆腐のような建造物は不気味なほどに木々の影に隠匿されており、あらかじめ位置情報を知っていなければ見落としてしまいそうなほどには隠匿性が高い。

 

「なるほどねぇ。木を隠すなら森の仲とは言うけど、コンクリートの箱物をペイントして森の中に隠すなんてなかなか小癪だね。でも、こういうアナログな手が一番効いたりするんだよね。現に衛生情報や航空写真でも見つけられなかたんだから」

 

 建造物、GEHENAのデータセンター、らしき建造物の前に堂々と停車した装甲車から三人が降車する。

 

「いいな千秋。今回のお前の仕事はあたしらが爆薬だなんだで暴れるついでに施設のデータをできる限りぶっこ抜くことだ。できる限りあたしたちから離れるんじゃないぞ」

「分かってるよ。何が起こるか分かんないんだから危ない真似なんてしないよ!」

「なっ、そんなこといって今年の正月の時は……」

「あ、そうだ!シスター、じゃなくてビーチェ!二人は任務の時のコードネームがあるじゃない?わたしにも付けてよ!」

「聞けよ!」

 

 千秋の提言を受けてアンナマリアは顎に指を当てて暫し考え込んだ。衣緒里の心配は完全に無視されている。

 

「そうですね……。そうだ『フィガロ』というのはどうでしょうか。母語で鍛冶師という意味です」

「鍛冶師のフィガロね……。オッケー、とっても気に入ったよ。それで行こっか!じゃあ、いおりん、じゃなかったフィリア。私のコードネームっも貰えたし、先発よろしく!」

 

 衣緒里は深い溜め息を吐き、無言で先程のGEHENAの輸送車の搭乗員から取り上げた一枚のカードキーを取り出し、外壁に入口に取り付けられた端末にかざす。一瞬の静寂の後、小さな電子音が鳴り扉が静かに開いた。

 建物の扉が開いて数メートル、懐中電灯で照らしたその先には下へと続く階段が見えた。

 

「なるほど?そりゃこんな小さな箱の中にバカでかい機材なんて置いていけねぇもんな。どうする。このまま引き返すか?」

「この国では果報は寝て待てという言葉があるようですが、私の好みではありませんわね。行きましょうか」

「そういう時は虎穴に入らずんば虎子を得ず、っていうんだよ。さぁて、虎の尾を踏みに行こっか!」

「踏むのは多分あたしなんだがな」

 

 ムラマサを強襲形態へ変形させ、両刃のブレードをスーツの背中の固定金具(ハードポイント)に吊り下げ、左手で懐中電灯を逆手に持ち、利き手に持った散弾銃(ショットガン)を構える。散弾銃はその名の通り弾丸を放射状に散らして打ち出す物であるが、その真価は至近距離の殺傷能力の高さにある。機動力が制限されやすい屋内での急な遭遇戦にはもってこいだ。

 

「あたしが先発でビーチェが後方警戒。千秋、じゃなかったフィガロが真ん中で進む。いいな?」

 

 暗闇の中で二人が頷いたのを空気で感じ、衣緒里は底の見えない暗闇の中へと歩を進めていった。

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