アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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年末年始にお寿司をいっぱい食べたので初投稿です。


第二十五話 強襲

 階下を踏みしめた瞬間に暗く開けた回廊に光が灯った。

 衣緒里は咄嗟に暗視ゴーグルを手で遮り、網膜が焼かれる事を防ぎ、すぐにゴーグルを額にずらした。

 ビルのエントランスの受付のようなテーブルの上に小さな端末が置かれている事を除き、周囲は壁も床も白一色で天井に取り付けられている細長い蛍光灯がカラカラと音を立てている。

 

「思ったよりは歓迎されているみたいだな。あの端末を弄れるか?」

「わかった。やってみる」

 

 千秋が端末操作用のタッチペンで液晶をなぞると、液晶に一つのタブが表示された。

 

「随分シンプルなインターフェースだね。データの格納しか項目が無いよ。……駄目だ。データを引き出すんだったら、こんな入口にあるような端末じゃなくて、もっと深いところにあるサーバーとかにアクセスするほうがいいと思う」

「となると……」

 

 アンナマリアが見つめる先には一つの扉があった。

 それに気付いた衣緒里が千秋をアンナマリアの背中に隠し、ドアの取手を捻る。

 

「まぁ、そりゃ開かないか。どうする?虎の尻尾を踏みに行くか?」

 

 アンナマリアは浅く頷き、千秋はその背から無言で親指を立てた。

 衣緒里が無言で右手に散弾銃を持ち直し、二人に向かって指を三本立てる。二本。一本。と立てた指を折り、やがて立てた指が全て折られた瞬間、ドアの取手へと散弾が発射された。吹き飛んだ金属の取手が転がり、錠前は見事に吹き飛ばされた。

 

「マスターキーって奴だ。行くぞ」

 

 扉を蹴破り衣緒里が先行する。

 その奥には入口と同じように天井も床も白一面の長い廊下。20メートルほど先には再び同じような部屋が見えた。

 潜入したときと同じように、衣緒里が先行し背後をアンナマリアが警戒、その二人に守られながら千秋はふと呟く。

 

「なんか昔の映画で見たんだけど、こういう狭いところってレーザーカッターのトラップとかありそうじゃない?」

「頼むから縁起でもないこと言わないでくれよ」

 

 レアスキルを併用して周囲を警戒する衣緒里の影に隠れながら言う台詞としてはあまりにも無神経過ぎる。

 回廊を抜けた先は先程よりも広い部屋であった。具体的には15メートル四方の丁度正方形のような部屋であり、天井の中心部にある型の蛍光灯以外は何も置かれていない何も無い空間であった。

 その中心部に衣緒里が進むと、入ってきた回廊とは別に二つの通路が口を開けていた。

 

「どっちに進む?」

「風が吹く方にってのがいいかも!」

「ここは室内だぞ。風なんて……え?」

 

 衣緒里のレアスキルであるゼノンパラドキサに内包されるサブスキルであるホールオーダーは、自身を中心とする一定範囲に発生する物理的なエネルギーベクトルを感知する能力だ。

 目には見えていないはずの微細な空気の動きすら感知できる第六感とも言える超感覚は、先程までそこに存在しなかったヒトガタの物体が動くことで発生する空気の流れを確かに感知した。

 

「八時方向だ!」

 

 刹那の急襲をアンナマリアが避けられたのは、ほとんどが偶然であった。衣緒里の感知が一瞬でも遅れればアンナマリアの右半身には深刻な刃傷が刻まれていただろう。

 アンナマリアの立っていた床へ強烈にCHARMが振り下ろされ、コンクリートの欠片が舞った。

 だがアンナマリアは尋常のリリィではない。飛び退り、主と共に宙を舞う銃口は既に照準が定められていた。

 

発射(フォーコ)!」

 

 距離にして一メートル前後の超至近距離から放たれた大口径の弾丸は襲撃者の胸に風穴を開けながら、着弾の衝撃で軽々とその身を吹き飛ばす。

 支えの無い空中での射撃による反動が、アンナマリアを衣緒里の後方、つまり襲撃者へと相対する衣緒里の背後へと弾き飛ばした。これにより、衣緒里が前衛となり、アンナマリアが確実な火力支援を行える形となった。

 衣緒里が千秋のスカートを掴み無理やり後ろに下がらせる。

 

「こいつ、何処から来やがった!?」

 

 胴体に巨大な風穴に空いているにも関わらず、その屍はゆらりと上半身を起こす。その弾跡は、目に見える速度で新たに生成される体組織がで埋められていく。

 チープなゾンビ映画のように、倒れていたはずの屍が立ち上がりその全貌が見えた。

 白い検診衣から覗く四肢は血色を感じられず病人のように白く、その手には不釣り合いな日本刀のような薄刃のCHARMが握られている。遠目でも傷んでいる髪の毛のせいであるのか、何処か少年のような様を感じるが、その瞳は衣緒里と同じく色素の抜けた暗い赤色であった。

 

「リジェネレーター。つまり強化リリィ、ってことだね」

「あぁ、案の定って奴だな。ビーチェ、強化リリィの殺し方は知っているか?」

「ご教授いただけるなら早く教えてくださいまし!」

 

 スーツの背のハードポイントに取り付けていたムラマサの両刃剣を握り、四足獣のように腰を落ろした突進の構えを取る。

 

「頭と心臓を同時に、だ。片方だけじゃ今みたいに再生される。両方同時にぶっ壊せ!ウジャァァァァァ!!!!!」

 

 衣緒里が咆哮を上げながら、再生が終わったばかりの強化リリィへと飛びかかった。先づるは散弾が作り出した殺意の欠片が襲いかかる。敵はそれを空手で胴と顔面を守るかのように覆い、体で受け止める。衝撃と弾傷で肘から先が砕けてだらりとぶら下がり、血のように赤い目がぎょろりと覗いた。

 貰った。心の中で叫びながら衣緒里は刃を首筋から斜め下へと向かって走らせた。

 首は人体急所の極みたるものだ。優秀なリリィなら確実に防御結界を厚くしている可能性がある。なればこそ首を中心としたより大きい範囲を破壊し、再生による消耗を大きくさせる事を選んだのだ。

 それは獲物を弱らせ確実な狩りを遂行するハイエナのやり方によく似ている。

 両刃の剣はその重量を遺憾無く発揮、獲物の鎖骨を砕くように切断し、深刻な裂傷を与えた。通常の人類ならとっくに絶命しているであろう致命傷を受けてなお、獲物は悠々と蠢いていた。

 

「抜けない!?クソッ!」

 

 両刃となっている肉厚の刃は、敵の体内に引っかかり衣緒里の筋力では抜けない。恐らくは今もなお発動している高速再生にって傷跡を埋める肉片がCHARMの変形機械に絡まっているようだ。

 上半身が裂けるのもお構いなしに、振りかぶられた日本刀。それを黙って受けるほどに衣緒里はのろまではなかった。

 

「シスター、撃て!」

 

 判断は迅速であった。刃を手放し銃側から伸びている連結ワイヤーを肩へ掛け、背負投げの要領でアンナマリアへと向かって敵を投げ飛ばす。

 咄嗟にしゃがんだ千秋の頭上を舞う敵に突き刺さったCHARMの刃へ向かい砲口が火を吹く。着弾の衝撃により傷口が大きく広がり、刃がずるりと抜けて水音を立てながら敵は落下するも、未だその死に体は蠢いていた。

 

「いおりん、上!新手が来る!」

 

 しゃがんで衣緒里を見上げる形になっていた千秋が叫んだ。

 既に振りかぶられたCHARMが衣緒里の脳天へと振り下ろされる。完全な不意打ちであった。衣緒里のスキルならば感知できる筈の至近距離にも関わらず、新手はまるでCHARMを振りかぶったその姿のまま、そこに急に姿を現したかのようだ。

 咄嗟にかざしたCHARMの銃身ではまるで受け止められず、敵の振るう鎚は衣緒里の肩を軽々と砕き、そのスイングの勢いのままに床に叩きつけ、地面に穴を穿つ。

 

「「ぎゃぁぁぁ!!!」」

「フィリア!フィガロ!くッ!」

 

 床に開いた穴に衣緒里と千秋が落ちていく。

 たった一瞬で衣緒里とアンナマリアという二人の戦力は分断されてしまった。

 土煙に紛れて新手の敵が振るう銀の鎚が鈍い輝きを放ち、階下に落ちた衣緒里達を追い、下の階へと飛び降りて行く。

 咄嗟に後を追おうとするアンナマリアの前に立ちはだかるのは先程の日本刀の女。

 

「鎚矛型のCHARM、まさか……?しかしこれで、見事に分断されたという事ですか」

 

 振りかぶられた日本刀型のCHARMが振り上げられるよりも早くに、構え直されたアンナマリアのアステリオンが火を吹いた。

 23㎜口径の弾丸は、間違っても距離にして数メートル程度の至近距離から当てる物ではない。脳天に赤い花を派手に咲き乱し吹き飛んだ。

 

至近距離(クロスレンジ)での()ち方で魅せて差し上げますわ」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 粉々に砕けた肩と肋骨の骨が呼吸をするたびに、肉に突き刺さり鋭い痛みが走る。仰向けに無機質な床に叩き付けられた衝撃で肺の中の酸素がすべて吐き出されていた。体は酸素を強く求めている。

 しかし、体を労る時間は無い。

 頭上から降ってきた追撃の鎚を転がりながら避け、ネックハンギングで飛び起きると、丁度そこに落ちてきた千秋を受け止め、CHARMを構え直す。

 

「いおりん大丈夫!?」

「あんまりだな」

 

 口の中に溜まった血をニコチン中毒者の痰のように吐き捨てる。普通であれば致命傷となる深刻な内臓の損傷も高速再生(リジェレネレーター)のスキルは瞬時に癒してしまう。それでも骨と臓腑が軋みながら再生する体験には慣れそうには無い。

 落ちてきた下の階層も上階と同じく見渡す限りの白づくめであり、砕けた天井のコンクリートの残骸だけが上階との違いであった。

 

「さてと、一対一ならともかくだけど……」

 

 照明の光を受けてギラリと銀色に輝く鎚型のCHARMが肩に乗せられ、衣緒里の十八番のように腰が低く落とされた。

 レアスキルに頼らずとも衣緒里には分かった。CHARMの大小問わずとも、金属製の兵器はそれだけで鈍器の特性を併せ持つ。ましてや、鎚のような重量をそのまま破壊力とする武器の使い方は単純であった。

 千秋を後方へと投げ飛ばし、こちらも腰を落とす。スキルを活かしたカウンター狙いだ。

 しかし、その判断は致命的であった。

 

 こちらへと駆け出した敵の体は既に振りかぶられ、眼の前にあった。

 

「何ィッ!?」

 

 最強の戦闘用レアスキルとも称されるゼノンパラドキサの最大の弱点、それは観測できるエネルギーベクトルはあくまでも現在のものでしか無く、敵の行動を予知できるわけでは無いのだ。スキルで出来る事はエネルギーベクトルを感知するところまでであり、それ以上は能力保持者の知識と経験により『予測』を行うことでしかない。

 つまり、衣緒里は読み違えたのだ。

 

 振りかぶられた一撃へ、かろうじて反応出来た右手のCHARMを体と鉄槌の間に挟み込むことで直撃を避け、咄嗟に発動させたスキルにより体を後方へと弾き飛ばした。

 

「いおりん大丈夫!?」

「また一発貰ったけどな!」

 

 鉄槌の一撃を刃の腹で受け止めてさえ、ムラマサの刃は健在であったが、鉄板越しの衝撃は衣緒里に届いていた。だらりと垂れ下がった肩を無理矢理はめ直し応急処置を行う。激痛を噛み締めると、一病もかからずに右肩の関節が繋がった。

 

「千秋、多分今のあたし達、結構不利だぞ」

「じゃ、どうするの?」

「そんなの決まってるだろ」

 

 両刃剣と散弾銃を左右の腰の固定箇所(ハードポイント)に吊り下げ、千秋を抱え上げた。

 二人の逃避行は始まったばかりであった。

 

「逃げるんだよ!」

 

 

◆◇◆

 

 

 振りかぶられた太刀が振り下ろされるよりも速くに引き金が引かれ赤い飛沫が舞った。

 くどいようだが、23㎜口径の弾丸は人に向けて発泡するための物ではない。機関砲や対空機銃に使用される対物兵器の一つである。そんなものが人体に直撃すれば、風穴が空くどころか血しぶきを撒き散らし吹き飛んでしまう。

 ここで、アンナマリアとリジェネレーター保有者のとの相性が出てしまった。

 アステリオン・カスタムは吊るしの標準機と異なり、実弾仕様へと改装されている。特に変形機構を保持するために弾倉を廃した構造のため、弾丸は単装式となっている。そのため、発砲後にはどうしても排莢と弾丸の再装填が必要となる。

 熟練のリリィであるアンナマリアが行う一連の動作は僅か数秒にも満たないが、それは敵の再生を許す隙となっており戦況は一方的でありながらも膠着状態となり衣緒里達との合流を妨げていた。

 

「困りましたわね」

 

 腰に吊り下げている弾倉にはまだ特殊弾含め数十発もの弾丸が収められているが、既にその軽さを感じ始めている。

 もはやこの至近距離であるならば、スキルにより位置関係をしっかりと把握していることにより目を逸らしてさえ撃ち抜ける。

 その時、背後から床が踏みしめられる音が聞こえた。

 どこか聞き覚えのある靴音。その主は、

 

「夢結様!?」

 

 それは、百合ヶ丘女学院の制服に身を包んだ白井夢結その人であった。しかし、その表情はスリーピング・ビューティな彼女の普段の装いを知り尽くしている訳ではないアンナマリアからしても、不自然なほどに生気の抜けた無表情であった。

 右手に握られているのは、ギラリと電灯の灯を照り返す鈍い真鍮色の大剣、ダインスレイフ。アンナマリアが知る彼女が振るうCHARMでは無い。

 

「御本人では無さそう、ですわね?」

 

 彼女の判断は早かった。

 弾丸を発破用の炸裂弾に瞬時に換装、夢結の似姿へと引き金を引いた。

 足元へと着弾させた弾丸は即座に内部の特殊爆薬を破裂させ、爆風という破壊の波を振りまき、もうもうと煙を上げる。

 それが白井夢結の当人であるかは彼女にとっては関係なく、ただただ敵地の真っ只中で当人が出てくるのであれば、彼女に取っては教敵でしかなく、偽物であるのならば撃ち抜いても後腐れは無い。実に単純なロジックである。

 しかし、残念なことにその偽物の戦闘能力は、本物であった。

 制服のジャケットを左手に闘牛士のマントのように巻き付け即席の盾として煙幕から飛び出した。白井夢結擬きのCHARMの切先が、トレードマークのベールを切り裂く。

 だが、第二射の準備は既に済んでいる。

 後ろに飛びすさりながら逸らされた上半身で間合いを調整。銃口が睨むのは、生気の無い顔面。

 

発射(フォーコ)!」

 

 血飛沫は咲かなかった。聞き慣れない金属質な快音が響く。

 

「嘘でしょう!?」

 

 弾丸を受け止めていたのは白い歯であった。

 目と鼻の先から撃たれた弾丸をそれは歯で噛み締めて受け止めたのだ。

 水音を立てながら日本刀の女が立ち上がる。

 

「流石に二対一はお赦しいただきたいのですが……」

 

 背後から襲い来る一太刀をひらりと躱し、振り下ろされた刀の背を踏みしめ、女の後頭部へと裏拳を放ち、位置を入れ替えた。これで、敵は眼前に二人。少なくとも背後を取られることはない。

 幾多の戦場で命を預けた愛機がどこか心許なく感じる。単装式のライフルは多対一には不向きであった。

 

「そうもいかないようですわね」

 

 銃身を撫でるように捻じると変形機構を制御するモーターが作動し、銃装部が変形。突き出した刃が銃床にそびえ立ち、大槍型の近接形態(ブレードモード)へと姿を変えた。

 銃身が姿を変えた大槍の柄を腰だめに構え、古い中華映画のように手の甲を敵へ向ける。

 

「来なさい!」

 

 飛びかかる太刀の女の足元へ槍を突き出す。驚きに怯んだその瞬間に片足へ槍の背を引っ掛け、そのまま引き抜く。たまらず体制を崩し尻餅をつくように倒れようとする頭を踏み台に、白井夢結擬きは襲いかかる。

 だが、手繰られた大槍の切先は既に反転し、その最端部に当たる石突が頭上が頭部へと叩きつけられた。

 

 銃身の先端から伝わる粘着質な感触に顔を顰めつつも、既に変形機構は作動し射撃形態(ブレードモード)へとCHARMは変形を完了している。

 銃身をなぞるように弓手を滑らせ、引き金を親指で弾くと、敵の体内で炸裂弾が起爆した。

 鼓膜を揺らす強烈な炸裂音が耳を劈く。

 覚悟はしていたとはいえ、あまりの衝撃に吹き飛ばされるもアンナマリアは無事だ。ロザリンデのお手製の試作品といえど、百合ヶ丘製の戦闘用装備に使用される特殊繊維で編まれた特殊スーツは、至近距離の爆風による負傷を確実に抑えていた。だが流石に装備そのものは無傷では済まされず、所々破れたスーツから露出した陶磁器のような白い肌が艶めかしく露出する。

 

 もうもうと立ち上る黒い煙が通路を埋め尽くす。軽く咳き込みながらも排莢と装弾を済ませ、隠れた敵を睨みつける。

 特殊爆薬を内蔵した炸裂弾は純粋な火力という面ではアンナマリアの切り札であった。着弾と同時に強烈な爆風と衝撃波を発生させるそれは、実弾主義に偏重する彼女のCHARMが使用できる弾丸の中で間違いなく最大な攻撃力を有している。しかし充填されている特殊爆薬は携行時にも弾薬を保護するための特殊な保護フィルムに包まなければならないため、携行出来る数は限られており無駄遣いは出来ない。

 煙が晴れ、敵影が見え始める。

 零距離で爆風の直撃を受けた白井夢結擬きは流石に先程のように無傷とは無縁ではなかった。

 上半身は無惨に消し飛び、残った下半身からは腰骨らしき白い骨が露出しており、日本刀の女も爆風を受けた阪神は焼け焦げ、焦げ付いた肌が痛々しい。

 これで白井夢結擬きの頭と心臓は同時に破壊された。再生することはない。再度装填された炸裂弾がルーンの祝福の螺旋の奥底から日本刀の女を睨む。

 だが、視界の端で蠢く肉片をアンナマリアは見逃さなかった。

 百合ヶ丘の制服の切れ端を纏った下半身、その断面が有機的に蠢いている。その現象を数度彼女は目にした覚えがある。

 

「嘘でしょう!?」

 

 彼女が選んだ手段は下階に落ちた衣緒里と同じく逃走であった。腰から上を跡形もなく吹き飛ばしてもなお再生する敵など、とてもではないが討伐する術をすぐに思いつくほどの余裕は無い。

 背を向けて一目散に逃走を開始する。

 敵地の真っ只中かつ宛もなしに走り回ることが賢明だとは全く思えないが、不死身かつ近距離戦闘に優れた敵を二人も相手にするよりは幾分かは上等な選択であった。

 後方から追いすがる二人の足音を鏡のように磨かれたCHARMの刀身に映しながら通路を走り続ける。射撃形態へと変形したダインスレイフのエネルギー弾が乱れた髪の一部を焼き掠めて飛んでいった。

 このまま逃げ続けるのは埒が明かない。炸裂弾を床に数発打ち込み、強引に階下へ降りて衣緒里と合流すればよいだろうか?しかし、衣緒里でさえ不死身の敵を殺す手段を持っているとは限らない。話に聞く千秋がムラマサへと仕込んだ『切り札』とやらも敵に有効とは限らない状況であるのだ。

 万事休す。

 控えめに言って現在の状況は詰みに等しかった。

 ほら、視界の先からこちらへと向かい新手の姿も見えてくる。

 

「助けてぇーー!!」

 

 ピンク色のボブカットの裾から二本に結ばれた長い髪が揺れ、ゴシック長のフィッシュテールスカートを揺らしながらその女はこちらへ向かい必死に走って来る。

 この施設潜入してから初めて人語を解すであろう女を追いかけるのは、

 

「天使、様?」

 

 背から伸びる翼のような光の帯が左右で三本づつの計六本。どこか神性を感じさせる金色の瞳と燃える炎のような髪。それは宙を滑るように、叫びながら逃げる女を追跡していた。

 そう、その天使にも見えていた追跡者の足は地に着いていない。間違いなく宙に浮かび、宙を駆けているのだ。

 目を丸くするアンナマリアに気付いた人型の異形へ、迷いながらも引き金を引く。

 弾丸は正確に脳天を打ち抜き、異形は衝撃にもんどり打ち背を地面に打ち付けた。弾が当たれば傷はつく。それは冒涜的にも熾天使の様相を真似た不届き者であった。その両の手に握られているのは拳の底面から肘にかけて伸びる太い鉄の棒が床に叩きつけられ金属音が響く。旋棍(トンファー)の類のCHARMのようだ。

 だが、その射撃の反動により一瞬歩みが止まったアンナマリアへと背後から二振りのCHARMが踊る。

 

「レアスキル、ゼノンパラドキサ!」

 

 閃く双刃、宙を駆ける髪色と同じ桃色の閃光。

 それは彼女がよく知る相棒と同じ祝福(ギフト)であった。

 

「助かったわ、ありがとう!」

「お構いなく。こちらこそ」

「それで、こいつらお友達?ちょっと知ってるやつに似てるんだけど」

「いえ、お友達になる暇もなく打ち合いになってしまいましたので」

 

 軽口を交わしただけで背を預け眼前の敵へ刃と銃口を向ける。

 素性も所属も敵か味方かもこの際どうでも良かった。少なくともこの戦場という修羅場を切り抜けるためには手を取り合う必要があるという事を二人は理解していた。

 十字の神を祀る彼女としては神々しさすら感じる翼を生やす人型を撃つことの冒涜性を感じながらも、G.E.H.E.N.Aという冒涜の権化達の巣窟で己を襲う神性に跪くほど愚かではなかった。

 

「少なくともこの場では味方ってことでいいわね!?」

「えぇ!この後があるようでしたら、神のみぞ知るまま、ということでお願いいたします」

 

 その言い回しに女は何か染み入る何かを感じたようだ。

 両の手にそれぞれ握られたCHARMは拳銃(ピストル)とナイフのような短刀へと姿を変えていた。

 円環の御手のレアスキルにより複数機の運用を行うのでなければ、それは打撃力に不安の残る装備構成であった。アンナマリアはCHARMの種類そのものへの拘りがある方ではなく、千秋のようにCHARMの研究に熱を上げるようなマニアではないが、その機体には見覚えがある。

 GC−09トリグラフ、アンナマリアのアステリオンと製造母体を同じくする第三世代機の高級機のCHARMだ。高い製造コストと双剣と双銃への変形機構という、性能を引き出すには高い技量が求められることから、普及はあまり進んではいないものだ。それは、彼女のかつての戦友と呼ぶには浅すぎる友が望んだ一振りで……

 迷いは銃火が振り払った。

 襲い来る異形の天使が握るCHARMがそれを受け止めるも、大火力狙撃銃はその防御をも超えて衝撃により上半身を仰け反らせる。

 

「良いざまねぇ!白井夢結、川添美鈴!」

 

 どうやら彼女は戦う白井夢結の偽物ともう一人の顔を知っているようだ。

 ゼノンパラドキサの機動力と切れ味は彼女のよく知る衣緒里のそれと顕色無い。嬉々と刃を突き立て引き金を引くのは狂気以前の人心の欠損を感じ入る。

 二対三という数敵不利をとったままであるが、状況はいくらかは好転した。背を預けられる相手がいるのはそれだけで心理的な余裕を産む。

 だが、目を逸らせない問題がある。

 

「トリグラフのお方!こちらのCHARMは実弾専用ですの。弾の数には限りがあります。撤退はお考えですか?」

「はぁ?近接形態(ブレードモード)でも戦いなさいよ!」

「残念なことに私は狙撃戦特化ですの。AZ(アタッキングゾーン)のリリィを相手取るのは、はっきり言いますと不利ではなく無理ですわ!」

「開き直ってんじゃないわよ!」

 

 女が白井夢結擬きの心臓に突き刺さった実体剣を、もう片手の拳銃で頭を吹き飛ばしながら引き抜く。

 

「これで一人!」

「お気を付けてください。頭を撃ち抜いても心臓を潰しても再生しますわ」

「はぁ!?何それ、こいつら普通の強化リリィじゃないの!?」

 

 地に倒れた擬きの左胸の裂傷と砕けた頭部の血塗れのピンク色が蠢いている再び再生のフェーズに入ったようであった。

 

「じゃあ、こいつらどうやったら殺せるの!?」

「知っていたらとっくにやっておりますわ!」

 

 今もなお再生を続ける擬きの髪色が襟足から白に染まっていく。それは多くのヒュージの体皮にも似ていて……

 嫌な予感がする。途方もない窮地を知らせる予感が。

 

「ヤバい!『神宿り』が来る!逃げるわよ!」

「なんですって!?」

 

 その瞬間解き放たれる悲鳴にも似たマギの本流の音色。

 白の獣と化した姿の白井夢結の姿をアンナマリアは未だ見たことはない。CHARMと同じ真鍮色に染まった髪を揺らめかせ人獣と化した擬きが襲いかかる

 次の一撃を避けられたのは女のレアスキルのお陰であった。

 腰を掴み無理矢理抱えあげたままのゼノンパラドキサによる高速移動は、衣緒里のお陰で何度か経験したことはあるが、速度の乗ったままに腰を掴まれたことで、思わず腹の中の空気を吐き出した。

 

 

◆◇◆

 

 

 上階から爆発音が天板を超えて聞こえてくるも、上階の状況を考察するほどの余裕は衣緒里と千秋には無かった。

 千秋を抱えレアスキルにより加速し逃走する衣緒里と追跡者の距離は一向に離れる様子がない。

 

「あいつ、多分あたしと同じゼノンパラドキサかインビジブル・ワンだ!」

「縮地じゃないの!?」

「だったらとっくの昔に追いつかれてるっての!」

 

 その時、衣緒里のレアスキルによる超感覚は後方にて変形するCHARMの変形の瞬間を知らせていた。

 鎚矛の頭部は後方へと折りたたまれ、百合ヶ丘ではよく目にするCHARMであるグングニルの射撃形態(シューティングモード)の姿を取る。

 引き絞られた引き金が撃ち放つのは無数の弾丸であった。

 

「サブマシンガンかよ!?」

 

 背後から迫る弾幕の隙間を縫うように低姿勢に屈んで回避。

 大きい尻が床にこすれ千秋が悲鳴を上げた。

 

「いおりん低い低い!お尻が削れちゃう」

「言ってる場合か!閉所で弾幕シューティングなんてクソゲーやってるんだぞ!」

「いいね!ムラマサにも実装しようかな。どうせいおりんのことだから狙って当てるよりも弾をばら撒くほうが性に合うだろうし!」

「あぁ、帰れたら思う存分弄り回してくれよな!」

 

 再び箱型の部屋へ出た瞬間、衣緒里は両刃剣を頭上へと投げ刺した。短く張った剣から伸びるワイヤーにより腰を軸に小さな体が釣り上げられた。

 

「一発貰っとけ!」

 

 ワイヤーの反動を活かし衣緒里が飛び蹴りを放つ。

 だがそれは鎚矛の頭部により受け止められた。

 

「何ィ!?」

 

 そのまま足に伸びる手を、鉄槌の頭部を蹴り飛ばし回避。ワイヤーの巻き取り機構を活かしながら素早く距離を取り着地した。

 二世代機以降のCHARMが標準的に有する変形機構は、射撃戦と近距離戦を一振りで行うための機能。しかし、その変形には複雑であればあるほど変形に時間を用する。グングニルの変形機構は刀身の折りたたみと柄のスライドのみとシンプルであるが、時間にしても二秒強ほどの時間を必要とする。

 衣緒里がワイヤーを用いて反転するのに1秒ほど。ターザンキックを繰り出すのに1秒ほど。CHARMの変形を間に合わせるのには、ほぼほぼ時間が足りない。

 そう。これは感知ではなく、予知であるのだ

 

「なるほどね。こいつはファンタズム、予知能力持ちか。それもインビジブル・ワンまであると来た。あたしと速度域は変わらない。めんどくせぇ相手だぞ。どうする?……相棒、聞いてるか?」

 

 千秋は勢いよく中に放り出され受け身も取れなかったようで地面に転がっている。

 

「あいたたた!もーちょっと優しく扱ってよ!」

「言ってる場合か!」

「でもね。謎の敵さんの正体、分かっちゃったかも!」

「何だと?」

 

 衣緒里がぶら下がった両剣剣と散弾銃を合体させ、大剣形態へとCHARMを変形させた。槌矛と真正面から殴り合うには、リーチの短い武器では不利だと判断したのだ。

 

「あの子の使ってるCHARM、シスターさんが私に修理をお願いされたユニークCHARMみたいだよ?」




白衣と太刀の女
夢結様擬き
正体不明
強化リリィの枠を超えた再生能力を持つ。
その戦う姿はまるで生き人形のよう。

ピンク髪
ゼノンパラドキサの保有者であり、大三世代機のトリグラフによる二刀と二丁を織り交ぜた戦闘スタイルは衣緒里の戦姿と重なる所がある。
白井夢結様と川沿美鈴様に因縁があるらしい。
正体不明。いったい何戸田なんだ……?

天使(仮)
三対の翼、六枚の羽、金色の瞳と髪
それはイザヤ書が語る神を賛美する天使にも似ていた。
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