アサルトリリィーTrinityー   作:門番

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超絶スランプだったので実質初投稿です


第二十六話 Over Edge/Unknown

 神宿りとはリリィとCHARMに組み込まれたマギクリスタルコアの同調率を格段に引き上げることで、戦闘能力を数段階上に引き上げる『リリィの』技術だ。B型兵装とは異なりあちらがCHARMに組み込まれたOSと追加装備により発動するのに対し、神宿りはCHARMのOS側の補助があれどもリリィ本人側の技量と体力が物を言わせるリリィが獲得した技術である。

 神が宿り、神がかる。それらの言葉をアンナマリアは字面だけならば神が味方をする、神が共にいてくれるとも解釈するだろう。だが、日本における神とは自然の暴威を祀り上げ、人の理解の範疇へと落とし込んだものでしかない。

 神を宿すとは優れた力を発揮することではない。自然の暴威にも似た理不尽な力を振るうことに他ならないのだ。

 

「もっと速く走れませんの!?」

「出来るならとっくにやってる!アンタとCHARMが重いのよ!」

「ヒィッ!」

 

 振り下ろされた大剣の切っ先がアンナマリアの頭を掠めた。重厚な剣は刃物としてだけでなく、鈍器としても優秀で地面を抉りクレーターを作った。あんなものが頭部を直撃すれば一溜まりもない。西瓜割りの西瓜よりも無惨な結末になることは想像に容易い。

 

「やっぱりもっと速く逃げてくださいまし!」

「だから出来ないっての!というかアンタ、CHARM持ってるんだから撃って応戦しなさいよ!」

「しょうがありませんねぇ!」

 

 腰を抱えられながら長銃身のCHARMを構えると、偏った重心によりピンク髪の体が仰け反った。

 

「ごめん、やっぱり今の無しで!」

発射(フォーコ)!」

 

 火薬式の原始的な発射機構は射撃の際に強い反動を伴う。小柄で軽量な十代の少女の使用する携行火器としてはこの反動のデメリットを嫌うため、CHARMの射撃機構はマギ圧縮式のエネルギー弾の技術が発展した歴史がある。

 アンナマリアの成人男性の平均をゆうに超える体躯での運用を考えられて組み上げられているCHARMの反動はそれなりの準備と覚悟をしていなければ耐えられるものではない。

 

「ギャン!」

 

 仰け反った体に強烈な反動が襲いかかり、危うく地面とキスを仕掛けるも足を回し転倒を辛くも回避した。

 二三㎜口径の弾丸はそもそも機関銃や対空機銃といった固定砲で扱う砲に使用される弾丸であり、携行火器での発射には、あまりの反動の大きさのため運用できるシチュエーションは限られているのだ。つまり、間違っても人に抱えられた状態で発砲するには適している物ではない。

 しかし、アンナマリアの射撃センスは窮地においても冴え渡っていた。着弾したのは、先程CHARMが頭を掠めて作り出されたクレーター。炸裂弾の衝撃波がクレーターの穴を広げ、床に大穴を開けた。

 崩れ行く瓦礫に混じり、太刀の女が階下に落ちていく。

 

「これで、数の不利は消えましたわ」

「やるじゃない。でも……」

 

 変わらず自身達を追跡する真鍮色の獣と、宙を駆ける天使の似姿。両の手に握られた旋棍を手首を返し、

長柄が銃口のように逃走する二人へと向けられた。

 

「あぶなっ!」

 

 両の手に握られた旋棍型のCHARMは二丁の長筒銃へと姿を変えられていた。飛来する弾丸を縫うように避ける。

 想定していたよりも弾速が速い。今のは危うい回避であった。それでも、一度見てしまえば次はない。

 銃口の向きと引き金を引くタイミングをレアスキルで読めば回避は難しいことではない。

 銃口が再度向けられ、引き金が引き絞られる。放たれた弾丸が地面に穴を抉った。

 ピンク髪の女の足を射止めながら。

 たまらず二人が地面に転がる。

 彼女の頭に浮かんだのは驚愕と違和感であった。

 発射のタイミングは掴んでいた。銃口の向きもスキルにより確認していた。だが、現実は自分の足が撃ち抜かれ地面と接吻をする羽目に。

 そう。

 発射の瞬間と砲口の向きは分かっていながらも、結果は自分の足を撃ち抜かれる無惨な結果。この違和感の正体は、

 

「大丈夫ですの!?」

「見えなかった……弾丸の軌跡が感知出来なかった?」

 

 そう、簡単な道理だ。引き金を引かれたことで弾丸は銃口を飛び出し宙を駆け、対象を打ち抜き地面を抉る。それは結果と過程の因果関係の図表を作るのであれば満点である。そしてそのすべてを自身を中心とする一定の範囲内であれば観測できるのがゼノンパラドキサの能力。

 だが、その第六感が彼女に知らせたのは、発射の瞬間と着弾の瞬間のみ。まるで時を止めている間に足を貫かれたかのようだった。

 リジェネレーターの強化(ブーステッド)スキルが、G.E.H.E.N.Aの呪いが、彼女に未だ戦えと囁いているかのように脛に開いた風穴が埋まっていく。

 

「あなたも強化リリィだったのですか……」

「……そうよ」

 

 だが、その呪いも今の彼女にとってはありがたかった。

 あの御方(・・)のお役に立つことができる。それが彼女を突き動かす原動力であった。

 

「まだ、死なないし死ねない。何よりもお前なんか(・・・・・)の面を拝みながら死んでやるもんですか!」

 

 両の手に握るCHARMが姿を変える。非実体剣が展開、高エネルギーの刃が燐光を散らし、鼻につくオゾンの匂いが閉鎖空間に立ち込めた。

 

 

◆◇◆

 

 

「ラボを出る前に弄っていたあのCHARMと同じ物だって?」

「そう。グングニルの鎚矛(メイス)カスタム。射撃機構も同じサブマシンガンに換装されていたしね。あのCHARMと完全に同じ物だよ。なんならブレード、いやメイスの部分に関しては見た感じでは材質も同じだと思う」

「だったらなんだってんだ?グングニルはアフターパーツg4あいくらでもある。たまたま同じ組み合わせなだけだろ!」

「いや、それは無いと思う。あのメイスは白銅製だよ!プレス量産には向いている材料だけど、研磨加工にはかなり不向きな素材なの。もっと高級機のCHARMにならともかく、数を作ってなんぼの量産機にわざわざ使う材料じゃない!それは、つまり一点ものが二振りあるってこと!」

「だったらどうだってんだ!」

「シスターさんの持ってきたCHARMの持ち主、若しくはそのクローンとか!?」

「素晴らしい洞察ありがとうよ。帰ったら詳しく聞いてやる、よぉっ!」

 

 衣緒里の纏うボディスーツにはいくつもの箇所に穴が空き、露出した肌には青い痣が浮かび、痛々しい様相だ。

 千秋を抱えながら逃げ回るのは現実的な選択肢では無い。純粋な移動速度に関して互いが拮抗しているのならば、千秋の体重分の重しを抱えながら、走るのは非常に不利である。

 また、近距離での格闘戦に持ち込めば未来予知(ファンタズム)のレアスキルにより圧倒され、逆に距離を離せば無防備な千秋が狙われないとも限らない。状況は衣緒里達に非常に不利であった。

 高速再生(リジェネレーター)のスキルは外的損傷を高速で修復する能力であるが、無尽蔵に再生することが出来るわけではなく、マギを消費し回復を行う以上は回復を行える限界は存在するのだ。継戦能力の高さは通常のリリィと比較にもならないが、不死身では無い。

 

 その時、頭上から爆発音が響いた。瓦礫の山が鎚矛の女と衣緒里を分断する。

 その隙を逃すほど衣緒里は悠長ではない。

降り注ぐ瓦礫の雨を避け千秋の腰を掴み再度逃走を開始した。

 ゼノンパラドキサの感知能力はこのような時に活きる。 一瞬遅れて鎚矛の女が追撃を開始する。そして、その後ろの瓦礫の山に蠢く影が一つ。先ほど上階で襲ってきた太刀型のCHARMの女だ。

 

(やっこ)さん、増えやがったぞ!?」

「いや、問題ないよ」

「問題しか無いだろうが!」

 

 非戦闘員を抱えながらの戦闘で、数の不利を取るのは非常に苦しい。千秋を抱えながらの高速戦闘は勿論難しく、かといって足を止めれば数の数の不利を取る。

 そんな非常事態の中で、千秋は平時のように静かに口を開いた。

 

「いおりん、三番目(・・・)の奴で行くよ」

「あぁっ!?今はまともにB型の起動なんてしている暇は無いんだよ!」

「大丈夫。私がなんとかするから」

「何ぃっ!?」

 

 元来、B型兵装は不利な戦況を切り返すための切り札として運用される。それを発展改修収したムラマサの次世代型B型兵装は旧来の物よりも起動(スタートアップ)には時間がかかる。それは戦場において致命的な隙となる。旧型を超えた高いポテンシャルを持つものの、完全な上位互換という訳ではないのだ。

 

「相手は二人だぞ!」

「うん」

「ロザ様にあたしたちから離れるなって言われてたよな!?」

「うん」

「何やらかすつもりだ?」

「言えない。相手のファンタズムの精度が上がっちゃうから」

 

 この女は変に頑固で言い出したら話を聞くタチではないと言うことを、この空間において衣緒里だけは知っていた。

 だが、この女は少なくとも衣緒里と幾つもの修羅場をくぐり抜けてきただけの胆力と、やると言ったら必ずやり遂げるだけの意地と根性を持ち合わせているのだ。

 

「いおりん、私を信じて!」

「わかった!」

 

 自分を掴む細い手を振りほどき、慣性のままに床を転がる。

 その横を駆けていく二人の追跡者達。この瞬間千秋は完全な無防備となってしまった。だが敵は非戦闘員の千秋ではなく衣緒里を追うことを選んだようだ。振り下ろされた鎚と刃が工作し、鈍い金属音を鳴らした。

 千秋の持ち物は携帯用の小型パソコンのみ。戦闘において脅威を感じるにはほど遠い。遠くに離れていく一団を遠目に、千秋の顔が暗いブルーライトに照らされた。

 

「ベルセルクシステム、モードセカンド発動!ブースト、レディ!」

 

 妖刀の柄に嵌め込まれたマギクリスタルコアの拘束装甲が展開、眩い閃光がコアより放たれる。王殺しの刃は衣緒里ではなく千秋の声によってその真価を解き放った。

 千秋と衣緒里達の距離は数字ににして十メートルほど、その声は敵性者たちにも届いていた。

 

「リミッター解除!リアクター出力臨界突破、アクティブマギライン全段直結!」

 

 多くのB型兵装は戦場での高速を前提として音声認証によって発動する。

 異変には敵もすぐに気づく。純粋な戦闘力であれば衣緒里が圧倒的である。だが、窮鼠猫を噛む。衣緒里のCHARMであるムラマサ/Ⅱは企業の工場のラインで製造された吊るしの「商品」ではなく、千秋の手で鍛たれ今なお研ぎ澄まされていく「業物」である。だからこそだ。

 

「シリンダー圧縮開始、マギ濃度上昇!次元境界補足、ブレードセクター照準良し!」

 

 ムラマサの切り札を起動する事ができるのは衣緒里だけではなかった。鍛ち手である千秋もその刃を引き抜く権利を持つ。それを察した敵は踵を返し千秋へと刃を向けて、

 

「やらせるかッ!」

 

 ゼノンパラドキサによる急加速からのタックルがが二人を捉えた。

 鎚の女から衣緒里が逃げ切れなかったのは、最高速度が同等でありながらも千秋という重量のハンディキャップを抱えていたこと、そのハンディを失った衣緒里は女と同速である。ならば立場が逆転し、今度は千秋へと足を伸ばす二人を衣緒里が追いかける場合であれば条件は平等であるのだ。

 

「千秋、やれぇッ!」

「ブレードセーフティ解除、現実境界面切断!ぶった斬()れ!ムラマサ!」

 

 臨界を超え赤黒い輝きを放つ衣緒里のCHARMが秘められた力をまた一つ解き放つ。

 

「オーバーエッジ!!」

 

 振りかぶられた剣が、その雄叫びをかき消すほどにマギを噴出しながら影を膨らませる。黒い刀身、銀の刃、赤い闘志が壁を突き破り、黒い土砂が廊下を汚す。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 オーバーエッジ、刀身拡張高機構として千秋が編み出したその真価は、CHARMの刃の特性をそのままに刀身を巨大化すること。

 ゼノンパラドキサの加速力をそのままに腕への遠心力に換え、床を踏み抜く。

 眼前の二人を睨めつけた眼光が血のように赤い。

 鉄をも両断するムラマサの切れ味は地下施設の外壁を容易く切断し、衣緒里の握る柄の振りに合わせてその刃が二人の敵を軽々と両断した。

 二つの敵の四つの残骸。未だ蠢く肉塊を踏みつけ、衣緒里が千秋の腰を掴み駆け出した。巨大化した刃は急速に萎み、暗い輝きの軌跡を残し本来の姿へと戻る。

 地響きは遅れてやって来た。

 規格外に巨大化した刃は軽々と敵を両断しただけでなく、地下施設の構造そのものを引き裂いたのだ。

 そう、この音はこの施設そのものの断末魔。

 銀の鎚の女が衣緒里たちへと手を伸ばすが、その腕はやがて流れ込む土砂が押しつぶしていった。

 

 

 

 誰かが微笑んだ気がした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 まるで足元が抜けたかのような衝撃に二人は尻餅を付いた。目と鼻の先に接敵している状況であるが、不意に襲った大地震のような衝撃に耐えきれなかったのだ。

 それは敵も同じで、天使擬きは天井に激突し白井夢結擬きも同じく地面にCHARMを突き刺し衝撃に耐えている。

 

「何が起こってるの!?」

「私に聞かないでくださいまし!」

 

 アンナマリアは女の腰にしがみつき、必死に衝撃に耐えている。槍型のCHARMを突き刺して支えにするには、アンナマリアの身長は高すぎた。

 階下で戦っている衣緒里達のことが気がかりだ。

 

 翼が大気を撃つ羽音が聞こえた。

まずい。足元がここまで不安定な中で射撃は難しい。

 女がトリグラフの片振りを銃形態へと変形させ、エネルギー弾で迎え撃つ。

 だが、宙を舞うその御姿を弾丸はすり抜けて行く。

 

「嘘っ!」

 

 上半身を三日月のように反らせた、渾身の旋棍の打ち下ろしが迫る。万事休す。思わず目を瞑る。

 しかし、致命の一撃は二人を襲うことはなかった。

 天使擬きは二人へ届く前に地面に墜落し苦しみ悶えていた。

 恐る恐る、目を開くとまるで大昔に使われていたブラウン管のモニタに映った砂嵐(ノイズ)のようにその姿がぶれていく。

 

「……何が起こっているの?」

 

 振り向くと憎き(・・)白井夢結の写し身の姿にもノイズが走っている。現実の3次元世界上に液晶内の現象が起こるという異常。それに同情することなく、苦しみのたうつその姿へと銃を向ける。

 

「死ね、死ね、死ねぇ!!」

 

 狂ったように乱射される光弾が自らの過去に暗い影を落とした女が高熱の弾丸で抉られていく。

 トリグラフの非実体武装側に取り付けられているエネルギーカートリッジが空になるまで連射された弾丸が、その標的が文字通り跡形もなくなるまで撃ち尽くされた。

 息が荒い。肩を上下するほどの消耗。思わず膝を付く。

背後でぐしゃりと湿った音が鳴った。

振り下ろされた長斧形態のアステリオンが天使擬きの頭部を打ち砕いたのだ。

死体の再生は起こる気配はない。今度こそ脅威は取り除かれたようだ。マギの消耗により酷く体が重い。

 

「大丈夫ですか?」

 

 長身の女が差し出した手を掴みふらつきながらも立ち上がる。揺れはますます酷くなり、まともに歩くこともままならない。

 

「ありがとう。勇んで入ってきたけど、私はもう引き返すわ。あなたは?」

「……そうですね。ですが、私は仲間がおりまして」

「連れがいるの?だったら早く探した方が良い気がするわ」

「ありがとうございます。短い間ですが良い戦いぶりでしたわ」

 

 その時、地響きに紛れて聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「ビーチェー!聞こえるか!くたばってなければ返事をしやがれー!」

 

「手間が省けたみたいね」

「えぇ、おかげさまで。ここですわ!」

 

 粉塵が舞い視界が悪くなりつつある通路の奥から、千秋を腰に抱えているらしき衣緒里の影が見える。一瞬の目配せの後、声の聞こえる方向に飛び出した。揺れは時間経過と共に酷くなっている。不安定な足場の中二人は、必死に足を動かした。

 

「ここですわ!お見えになって!」

「無事か!へっ、ボロボロじゃねぇか。……誰だソイツ」

 

 息災を確認するのも束の間、アンナマリアの横にはCHARMで武装した知らないリリィが増えている。衣緒里が事実上の孤軍奮闘状態であったにも関わらずにだ。

 問題なのはそこではないのだが。

 

「G.E.H.E.N.Aか?」

 

 ギラリと光る黒剣の切っ先を向けられるも、見知らぬ女は一瞬の身動ぎの後に長身の女と仲間らしきリリィを睨み返した。そのリリィは長身の女と比べるまでもなく、小学生で成長が止まったかのように小さな体躯だった。

 気の所為ではなく息が荒い。階下での戦闘は相当なものだったようだ。

  

「誰があんな奴らと……!」

「……そうかい。だったら早く脱出するぞ」

 

 そう一言告げると衣緒里は背を返した。

 チビの抱えている尻が喋った。いや喋ったのは尻では無いのだが。

 

「一応だけど、端末で即席マッピングはしてあるから、私に追いて来て!」

 

 尻が前に来るように腰だめに抱えられている女の顔が、チビが振り向いたことで露わになる。どんな顔かと思えば丸顔に瓶底のような眼鏡をかけており、土埃で顔は黒く汚れていた。 

 四人は千秋のナビゲートに従い駆け出す。実際に足を動かしているのは三人だが。

 

「いったい下で何があったんですの?」

「支柱を全部ぶった斬ったの!だから早く逃げないと崩落するよ!」

「はぁ!?」

 

 この二人組はどうやったかは検討もつかないが下の階で随分と派手なことをしでかしていたらしい。お陰でこちらの目的(・・)も果たせなくなってしまった。

もっとも、あのまま戦闘が続いていれば無事では済まなかったのも事実ではあるが。

 揺れは更に増し、背後から轟音が響いた。

振り返ると床にヒビが入り、穴が開いている。そして、その穴はどんどんと大きくなり、崩落の規模を広げている。それは、口を開けた鯨のあぎとのようであり、急速にこちらへと向かってきていた。

 

「ッ!ゼノンパラドキサ!」

 

 長身の女の腰を掴みレアスキルを発動。瞬間的な超加速により、粉塵が体に突き刺さるも歩みを止めない。出口はもう少しのはずだ。

 

「お前もイケるクチか!こっちもだ!ゼノンパラドキサ!」

 

 その背後を衣緒里を追う。千秋の情けない悲鳴が背後へと消えていった。

 見覚えのある扉が見えて来る。

内開きの扉を蹴り飛ばし、暗闇の中で階段を駆け上がり外へと飛び出す。

 あれだけの騒ぎを起こしたが、幸いなことにG.E.H.E.N.Aの人間が待ち構えていることはなかった。

 息も絶え絶えになった四人は地面に倒れ込んだ。死地を抜けた安心感からか、どっとした疲労感が体を包み込む。足元からは未だに地響きが聞こえてくる。街の喧騒から離れた森林の一角には街灯の光もなく、空の星星がよく見えた。いつぶりであろうか、星の光をまじまじと見たのは。そう、あれは運命の時。夜闇のような黒髪のあの御方、リリィもヒュージをも超越した至高の存在に見まえた時だった。

 

「一応聞いておく、何者だ?

 

 チビのリリィがCHARMをこちらに向け問うて来た。

 戦闘の余韻に浸る暇も無いようだ。

 

「その質問はこちらも一緒。でも、私があなた達に聞いても答えてはくれないでしょう?そちらは非戦闘員も抱えているみたいだし、今回はこのまま見逃してくれると嬉しいのだけれども」

 

 予想外の敵に手間取ったが、あの長身の女は少なくともかなりの腕前の狙撃手だった。それと組んでいるこのチビが三下の腕前であることを期待するほど修羅場をくぐってはいる。

 やがて、チビのリリィはCHARMを握る手を降ろした。

 

「……ふん。気を悪くしないでくれよ。一応だがこっちも面子ってものがあるからな、ちょっとぐらい脅しておかないといけねぇんだ。相方を助けてくれてありがとうよ」

「こちらこそ。物分りが良いみたいで助かるわ」

 

 お互いに消耗が酷い。非戦闘員を肴に脅しをかけるのは正解であったようだ。

 しかし、今回は完全に収穫はゼロだ。これ以上の探索は物理的に不可能。後日反G.E.H.E.N.A派のガーデンが探索隊を結成して調査を行うだろう。今日これから出来ることはもう無い。恐らく先程の態度からしてこのリリィも反G.E.H.E.N.A側だ。いずれ手を組むこともあるだろう

 天上に輝く丸い月がリリィ達を照らす。そうか今日は満月だったのだ。

 そう。確か、あの日。CHARMの一振りを手に夜の闇へと逃げ込んだ一年前のあの日も宵闇の空に大口を開けたように満月が輝いていた。

 

 

 

「なんだ。もう手仕舞いだったのか」

 

 

 

 いる筈のない五人目の声が聞こえた。一斉に視線が集まる。

 数メートルほどの高さの樹上。太枝の上に『それ』は腰掛けていた。

金色の髪、金色の瞳、そして両の手に握られた旋棍型のCHARM。

 そう。その特徴はアンナマリア達が先程まで相手をしていた、天使擬きの特徴と完全に一致していた。

 

「こいつ、さっきの!まだやり合う気!?」

「さっきの?生憎、ワタシはキサマ達と初対面の筈だが、……『天に昇る者』の知り合いか?いや、そのような話は聞いていない。ワタシに似ている人間などいるはずも無いのだが」

 

 宵闇の中で彼女の姿は妙にくっきりと見えた。顔つきや体つきこそアンナマリアと同じ白人(アングロサクソン)系らしい特徴を持つが、妙に浮世離れしたした雰囲気が常人と異なる存在感を放っている。霊峰の頂で羽を休める怪鳥のような神秘性と野生味が混在する、人外染みた佇まいであった。

 

「いおりん、こいつ。何かヤバいよ……いおりん?」

 

 千秋が傍にいる衣緒里に縋るように声をかける。異様な空気に負けたのか、つい暗号名(コードネーム)呼びを忘れていただが、衣緒里は俯いたままであった。茶の髪がベールのように地面を向いた彼女の顔を隠し、その奥から何かの呟きが聞こえる。

 

「テメェか、テメェか」

 

 いずれにしても、人の寄り付かない山中、それもG.E.H.E.N.Aの研究施設の真ん前で出会うような輩がまともな側であるはずがなかい。

 いおりん、どうしたの。そう声をかけ、千秋が彼女を起こそうとした時、衣緒里は獣のように跳ね起き雄叫びを上げた。

 

「テメェェェェェ!あの時のォォォォオ!」

 

 大剣を振り乱し、衣緒里が四足獣のように飛び出した。

ゼノンパラドキサの超加速により残像を残しながら瞬時に新手へと接敵。渾身の横薙ぎを繰り出した。

 甲高い打撃音。両の腕でボクシングのブロッキングの姿勢のように構えた腕の側面。そこを覆う旋棍の鉄芯がムラマサの巨刃を受け止めていた。

 

「なかなかやるな!今日は遊び相手にありつけないかと思っていたぞ。楽しませてくれよ!」

 

 大質量の鉄の塊を受け止められるほどの膂力は無いようであった。太枝を蹴り飛ばし衝撃を逃がしながら地面へと空を仰ぎながら飛び降りた。

 

「ここであったが百年目だぁッ!」

 

 衣緒里のCHARMが変形。散弾銃の銃口が敵を睨む。

 だが、銃撃を迎え撃つのもまた銃撃であった。

 旋棍を手首のスナップで持ち替え、前方へと向けられた鉄芯が衣緒里を睨む。二丁の銃撃が衣緒里へと突き刺さる。肩に受けた弾丸が関節を砕き思わず銃を取り落とす。

 複雑な変形機構を持つCHARMほど変形には時間を用する。当たり前のことであるが、ガンマンのような早打ち勝負になれば咄嗟の変形に時間を用するムラマサの強襲形態は、簡素な機構のCHARMとの早打ち勝負には不利であった。

 地面に撃ち落とされ、CHARMを取り落とし激痛に呻く。

 二筋の弾丸は正確に衣緒里の両肩を破壊していた。だが、それすらも衣緒里の持つ呪い(リジェネレーター)は癒し始めていた。

 痛みを抑えるため、雄叫びを上げながら不屈の獣のように衣緒里が再度立ち上る。

 

「テメェが、テメェが!あたしの『お母様』の形見を!」

 

 関節の修復を待たず衣緒里が、再度CHARMを拾い上げ振り上げる。ぶちぶち、と何かが千切れる生々しい音が鳴るも衣緒里は痛みを感じないかのように再び飛びかかった。

 

「いおりん、やめて!B型を使ったんだから消耗が大きすぎる!ここは一旦逃げないと!」

「うるせぇ!こいつを殺すためにあたしは戦って来たんだよォッ!」

 

 横薙ぎの一閃は、旋棍の長芯に受け止められ火花を散らす。

 

「軽い、な」

 

 両刃剣を受け止められながらも衣緒里はもう片腕の散弾銃の照準を頭部へと向け引き金を引く。それはある意味で衣緒里の十八番のような連携だ。

 だが、その散弾は血の花を咲かせることは無かった。その場に崩れるかのように、瞬時に重心を落とし弾丸を回避。

 もう片腕の旋棍をアッパーカットのように衣緒里の腹部へと撃ち抜く。反射的にスキルによる加速を用い打撃の方向へと加速することで、衝撃を減衰する。

 ごほっ。

衣緒里が咳込む。

完全には衝撃を殺しきれなかったのだ。通常時なら兎も角、B型兵装によるマギと肉体の消耗は確実に衣緒里の精彩を失わせていた。

 

「騎士様、おやめください!もう戦える体ではありません!」

「うるせぇ!あたしの相方のつもりなんだったら、弾の一発でも撃って援護の一つや二つぐらいしやがれってんだぁぁぁーーー!」

 

 CHARMが合体し再びの大剣形態へと姿を変え、

 

「そこだ」

 

 折りたたまれた両刃剣の固定ヒンジへCHARMが差挟み込まれた。旋棍の長芯を槍のように突き出し、変形機構の隙間へと差し込んだのだ。大剣への変形は強制的に中断させられ、歯車が異音を立てる。あっけに取られる衣緒里をそのままに切っ先を蹴り飛ばし、追撃の膝蹴りが衣緒里の鳩尾へと突き刺さった。

 蹴り飛ばされた刀身の先端部は簡単にへし折れ、宙を舞い地面に突き刺さり、衣緒里が力なく地面に崩れ落ちる。

塊のような吐血が土を濡らした。

 

「ふむ。短い時間だったが、中々に楽しかったぞ」

 

 地面に倒れ伏し、踞る衣緒里へと銃口が向けられる。

 その引き金へ指がかかった。

 

「私の騎士様に無粋な物を向けないでくださいまし」

 

 アンナマリアのCHARMの銃口が敵の頭部を睨みつけていた。この距離であれば弾丸は確実に命中する。させられる。

 

「なるほど?では早打ち勝負と行こうか」

 

 もう一振りの旋棍、つまり銃口がアンナマリアへと向けられた。一振りの旋棍が衣緒里を見下ろし、もう一振りがアンナマリアのCHARMと眼光が交わる。

 背に冷たい物が流れる。衣緒里を人質として扱われているこの状況。彼女の相棒の命は右手の人差し指にかかっているのだ。

 目頭が燃えるように熱い。虹彩へ走る血管が充血し、文字通りに目が血走る。それは彼女が絶望の淵で獲得した最果ての力。

 

時死の魔眼(デッドアイモーション)!」

 

 この極限状況下でこそ、彼女の持つ祝福(呪い)は輝く。

 視神経を中心とした感覚神経を超活性させることにより、擬似的に時の止まった世界を知覚するS級と呼ばれるレアスキルの到達点。それは狙撃戦はもとより、極近距離での戦闘においても絶対的な意思の先制を可能とする。

 時の流れを殺し、神の定めた法則に反旗を翻す力。

 木々のざわめきも途絶え、彼女の認識する世界は凍りつき、静寂が満ちた。

 照準良し。風速問題なし。この超至近距離で当てられぬ道理など無い。

 

 だが、その凍てついた世界で敵の指が引き金を絞った。

 

 発射された弾丸は凍てついた世界を駆けアステリオンの銃口を寸分違わずに撃ち抜く。肩を伝わる重い衝撃。いつの間にか静寂は止み、銃身の弾倉は無惨に弾けボルトが煙を上げていた。

 右腕がだらりと垂れ下がる。着弾の衝撃により脱臼したようだ。遅れてやって来た激痛にアンナマリアはたまらず唸った。

 

「あぁぁぁ!ぐぅっ!な、なんで……!」

「シスターさん!」

 

「ふふふ、遅いな」

 

 リリィのCHARMが破壊されたということは、事実上の戦闘能力の消失を意味する。

 死が二人のリリィの頭を過った。

 

「戦いはいい。私に生の実感を与えてくれる。だが、それには終わりがあるのが残念だ」

 

 再度引き金に指がかかる。今度はそれを妨げる者はいない。

 千秋が辺りを見渡す。クラゲ頭の女はいつの間にか姿を消していた。どさくさに紛れ逃げていたようだ。となればもう、この場で味方の戦力は皆無であった。

 

「待って!」

 

 敵の指が止めた。

 

「私のテストリリィを、いおりんを傷つけないで!」

 

 千秋が端末を両手で掴み振り上げた。武器代わりのつもりなのだろうが、致命的に脅威には見えず、アライグマの各のようだった。

 

「戦士たるもの、戦場での死が誉れなのだろう?貴様ら人間のやり方に則っているつもりなのだがな」

「死んだら、元も子もないんだよ!いおりんを傷つけないで!あとシスターさんも!」

 

 私はついでですか、とアンナマリアが呆然と呟いた。

 

「まだいおりんにはやってもらうことがあるの!最強のCHARMだって作れてない!一緒にまだロクに遊べてない!お茶会だってしてないんだよ!だから、いおりんを殺すなら私が、私が許さないんだから……!」

 

 千秋の足は震えていた。超常の力を用い戦う戦士たちに武器ですら無い携帯端末を振り上げて威嚇するのは滑稽としか言いようがなかった。

 脅しですら無い。それはただの懇願に等しかった。

 だが、その台詞に何か琴線が触れたようであった。

 

「……お茶会?」

「そうよ!うちのんとこのお嬢様たちみたいに、いおりんとお茶会だってしてみたいの!」

 

 途端に敵の青い目が彷徨った。これまで余裕綽々であった表情が焦燥に引きつる。

 

「マズい……忘れてた!『既知なる者』に怒られる!」

 

 俯いた背が一瞬波打ち光が溢れた。現れるのは純白の翼。

 それは地下でアンナマリアが目撃した天使を騙る御姿の異形そのものであった。

 翼が一度羽ばたくと、燐光が輝き宙へと舞い上がる。

 

「決着が付けられず残念だ」

 

 月光に照らされた、異形と化した少女が三人を見下ろす。

 

「我が名はタキオン!『未知なる者』だ!またいずれ戦おう『いおりん』とやら!」

 

 翼がもう一度翻ると、木々の隙間から覗く夜空からその姿は消えていた。

 脅威は去ったのだろうか。

 アンナマリアが右肩を押さえながら伏した衣緒里へと近づきその手を取った。脈が弱い。顔面は蒼白で口の端からは血が筋のように流れている。

 

「千秋様!応援を呼んでください!騎士様のマギは枯渇寸前です!私がマギ交感でなんとかマギの回復を繋ぎますが、余談を許しません!早く(Muoviti)!」

 

 我に返った千秋が端末を操作し百合ヶ丘へと急電を飛ばす。

二人のリリィは戦闘不能。CHARMは機能停止。施設の調査は禄に出来ず。

 

 任務は完全な失敗だった。

 




完☆全★敗☆北
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