『スパイ教室 二人のスパイ』 side story   作:眼鏡鏡眼

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ハイドとエルナのサイドストーリです。


……不安しかない。


エルナ編
case エルナ&ハイド『買い物編』①


 

 

「エルナ殿と買い物に行って来るでござる!」

 

「──は?」

 

 黒髪を短く切り揃えた童子のような少女──ハイドの唐突な宣言に、食器を洗っていたジキルは首を傾げた。丸眼鏡がずり落ちる。

 買い物。それは大いに結構。『灯』では家事全般が交代制で行われる。料理担当、洗濯担当、修繕担当──などなど。『灯』の拠点である『陽炎パレス』でお世話になっている以上、ジキル達もそのルールに従うの当たり前のことだ。

 普段、「家事をしろ? ……ジキル殿、放火は犯罪でござるよ?」と訳の分からない冗談をのたまうハイドが積極的に家事をしようというのだ。喜ぶべき事ではあるのだが、そのメンバーが問題だった。

 蛇口を閉めて、タオルで手を拭いたジキルが眼鏡をかけ直し、ハイドに向き合う。

 

「なぁ、ハイド。買い物に行ってくれるのはありがたいんだが、家事は当番制と決まっていたはずだろう? 行くなら担当のペアの奴と行け」

 

 『灯』の当番制は基本、2人一組だったはずだ。その方が効率が良いのと一人で家事をさせると問題を起こすメンバーが一部いるからだ。そのため相方となるメンバーは比較的まともな人選をされる訳だが。

 

「そのペアが、エルナなの」

 

 すっと、ハイドの横に現れる金髪の人形のような少女──エルナが得意げに胸を張る。いやいや、とジキルは首を横に振って笑った。

 

「冗談はよせ、エルナ。何がどう転んだらそんな可笑しな組み合わせに──」

 

「大丈夫なのっ」

 

 エルナがジキルの手を引っ張って、ハイドから少し離れたところへと連れて行く。エルナが屈めとでも言うように服を下に引っ張るので、エルナの目線まで姿勢を低くする。

 エルナが耳打ちする。

 

「……ジキルが心配するのも分かるの。正直、エルナもあのハイドと買い物に行くのは不安で仕方がないの」

 

「お、おう……だからそれは冗談なんだろ? 大方、リリィかジビアあたりに焚きつけられて俺にドッキリでも仕掛けようと──」

 

「何を言っているの?」

 

 エルナがきょとんと首を傾げた。それはこちらの台詞だ。

 どこのどいつが、不幸体質全開少女のエルナと天然問題事量産機のハイドを組ませようというのだ。

 しかも、よりによって買い物だ。100%の確率で外で面倒事を起こすに決まっている。

 エルナが「そんな冗談はいいの」と口を開いた。

 

「エルナは成長しなきゃいけないの。今は『灯』の仲間達がエルナを守ってくれるけど、このままじゃダメなの」

 

 何か、固い意志を秘めたエルナがそんな事を力強く言う。

 ──ちなみに。この数ヶ月後、龍沖島での任務でエルナは仲間の危機感を煽るために自作自演の自傷行為に走るわけだが……それはまた別の話だ。

 

「エルナは、みんなの役に立ちたいの……いや、立ってみせるのっ」

 

「そ、そうか……」

 

 よく分からない気迫に、頷くしかないジキル。「だから」とエルナがどんと自分の胸を叩く。

 

「今回の買い物はエルナに任せるの。何事もなく、完璧にこなしてみせるのっ」

 

「そうか、じゃあ任せた──って、いやいや!」

 

 危うく了承しかけて、思い止まる。エルナは何やら固い意志の下、やる気になっているようだが、そんなものは関係ない。

 ジキル達はスパイだ。問題事は極力起こすべきではないし、起こすと分かっていて行かせるわけにはいかない。

 何とかエルナを説得をしようと、エルナの両肩を掴んだ。

 

「待つんだ、エルナ。相手はあのハイドだぞ? 一緒に商店街を歩けば3秒後には財布ごと居なくなり、戻ってきたと思ったら口回りに大量の生クリームを付けて、空になった財布を渡してくるような奴だぞ?」

 

「なんか例えに現実味があるのっ?」

 

 実際にそうだったからな、とため息をこぼす。

 ちなみに、財布を取られないようにしたら大量の請求書を片手に戻ってきた事があった。どうしたんだと問いただすと、お金が無いのでお店側に後で支払うと言い、偽装用の身分証を代わりに預けて、食べ歩きしたらしい。

 慣れない変装をし、その日は一日中商店街内を回って身分証を回収する羽目になった。

 

「でも大丈夫なの! エルナはハイドよりもお姉さんだから、ちゃんとハイドが迷子にならないようにするのっ」

 

「いや、そうじゃなくてだな……」

 

 むしろ、エルナの方が迷子になりそうな気がするのだが。

 

「大丈夫なの! エルナはハイドよりも、お姉さん、だから頑張るのっ」

 

「なに、その妙な自信!?」

 

 エルナがふん、と鼻を鳴らす。「お姉さん」という言葉を強調しているあたり、気に入ったらしい。自分で言っていて妙なやる気のスイッチが入ったようだ。

 

「二人とも、そこで何をコソコソと話しているでござるか?」

 

 いつの間にか近づいてきたハイドがひょっこりと顔を出す。

 

「そうだ、ハイドっ! お腹空いてないか? というか、空いているよなっ? 今からパフェを作ってやるぞ。だから買い物は他のやつに頼め、な?」

 

 説得する相手をハイドに変える。ハイドは元々、家事をやりたがらない。大好きなパフェでもチラつかせれば、早々にやる気が失せるだろう。

 

「……何を言っているのでござるか? パフェなら先程ジキル殿が作ってくれたでござろう? 今はお腹いっぱいだから、いらぬでござるよ」

 

「そうだった! 俺のバカっ」

 

 くぅっと、唸る。ハイドが「パーフェ! パーフェ!」と煩いものだから仕方なく作ってやったのだった。

 甘やかしすぎたか……いや、そもそも何故こうなると予測できなかった……と数十分前の自分を呪うが、しょうがない。

 こんな事故みたいな現象を、誰が予測できるものか。

 一縷の望みにかけて、ハイドに提案する。

 

「なぁ、ハイド。今回の買い物は俺に行かせてくれないか? 実は買いたいものがあって──」

 

「なら拙者がついでに買ってくるでござるよ。ジキル殿は拙者がいないとダメダメでござるからなぁ。大船に乗ったつもりで、どんと任せるでござるよ」

 

 つい殴り倒したい衝動に駆られるが、我慢する。失礼な物言いだが、ハイドに悪気はないはずだ。たぶん。

 

(というか、なんでよりによってこの組み合わせの時に、この二人はやる気になってんだよ?)

 

 二人の説得は無理だと悟る。彼女達が買い物に行く事は諦めるしかないようだ。ならせめて、これを組んだ元凶を探し出さねばならない。

 ジキルは二人の少女を置き去りに、広大な館内を駆け回った。

 

「──で、ボクのところに来たと」

 

 二階のテラスで椅子に腰掛け、読んでいた本を閉じたモニカが迷惑そうに顔を歪ませる。

 特徴という特徴を全て削ぎ落とした、アシンメトリーの青銀髪の少女だ。超然とした佇まいで、他者を見下すかのような雰囲気がある。

 

「館内を見て回ったんだが、誰も居なくてな……」

 

「そりゃそうだよ。他のみんなは任務中だからね」

 

 息を切らしたジキルを尻目に、モニカが呆れたように息を吐いた。何人か任務に出掛けている事は知っていたが、まさかジキル、ハイド、モニカ、エルナ以外の全員が任務だったとは知らなかった。

 モニカは休暇中だったらしい。隣に置かれた机には十数冊ほどの文庫本が積まれている。

 

「で、何だっけ? エルナとハイドが買い物の当番? いいじゃん、二人で行かせれば。ボクには関係ないでしょ」

 

 モニカが心底興味なさそうに告げる。それでもとジキルは食い下がる。

 

「いや、だってあの二人だぞ? 絶対に問題を起こすに決まってるだろ」

 

「そんなに心配なら、こっそりついて行けばいいじゃん。ハイドの保護者はジキルさんでしょ?」

 

「それを言ったら、エルナの保護者はモニカだろ?」

 

「はは、何言ってんの? 違うね。エルナの保護者はサラだよ。それにお守りは一人で十分でしょ?」

 

 だから、ボクが行く必要はまったくないね──そう言って、モニカは閉じていた本を開き、読書を再開した。

 ジキルはその様子を見て、やむを得ないか……と諦める。

 こっそりついて行くにも、できればもう一人付き添いがいてくれた方が心強かったのだが。

 渋々とテラスを後にする。

 とりあえず、何が起こってもいいように準備する必要がある。ジキルは尾行の準備を整え、エルナとハイドに買い物メモとお金を手渡した。

 

「行ってくるのっ」

 

「買い物は任せるでござるよっ」

 

 笑顔で手を振りながら、二人が陽炎パレスを後にする。

 不安しかない、『二人でおつかいできるかな?』が始まろうとしていた。

 

 

 

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