『スパイ教室 二人のスパイ』 side story 作:眼鏡鏡眼
原作沿いでやるか、またオリジナルストーリーでやるか……もしくは既に投稿してた『スパイ教室 二人のスパイ』を改稿しようかな、と。
まぁ、まだ構想段階だし、他にも書いてるものがあるので直ぐにと言う話ではないですが。
たぶん、そのうち活動報告とかに上げるかもです。
──早朝。陽炎パレスの台所にて。
「おはよう、グレーテ。今日たしか料理当番だったよな? よかったら俺も手伝お──」
「大丈夫です。すぐに作るので少し待っていてください」
「あ、うん……」
──午後。訓練終わりにて。
「お疲れ、グレーテ。飲み物持ってきたんだけどよかったら──」
「いえ、自分のはすでに用意していますので」
「……そっか」
──ある日の任務中。
「ここは二手に分かれるべきだな。そうだな……ペアは──」
「私はジビアさんと組みます。ジキルさんは、リリィさんと」
「……あ、はい」
…………その後も、そんな感じで続き。
「──完全に避けられてるわね」
「ですよね! 俺、完全に間違えた感じだよね!」
時間は深夜。陽炎パレス、ティアの自室にて。ジキルは悲痛な叫びと共に丸机に額をゴンっと落とした。
ティアとサラのアドバイスを聞き、グレーテと仲良くなれるように動いてきたジキルだったが、完全に裏目に出てしまったらしい。目に見えて、グレーテに避けられるようになってしまった。
「ていうか、ジキルも露骨過ぎなのよ。グレーテに対して色々やり過ぎてるせいで、他の子達に恋愛感情を抱いているんじゃないかって勘違いされてたし」
「ぐ、それは……反省してる。気持ちが焦って、周りが見えてなかったな……」
そう言って、ジキルはため息を溢す。グレーテがクラウスに恋愛感情を持っている事を知らなかったとはいえ、グレーテへのアプローチはストーカー並みだったなと思う。
おかげで、他の少女達にクラウスとグレーテの三角関係を疑われ、その誤解を解くのに時間がかかった。
「まぁ、仕方ないっすよ。これからはグレーテ先輩に少しでも警戒を解いてもらえる方法を考えた方がいいと思うっす」
ティアの隣に座るサラが、ジキルを励まそうと声をかけてくれる。
その気遣いが、今は有難い。
「でもここまで来たら、もうグレーテと仲良くなるのは諦めた方がいいかもしれないわね。アースチェンジの工場に潜入する予定日だって近づいてきてるし、1人のメンバーとの関係修復に時間を掛けてる暇はないわよ?」
「そう、なんだよな……」
そこも問題だった。最初は任務をスムーズに遂行するためにやってきた事だが、そこに時間をかけ過ぎて、ジキルが担っている準備に遅れが生じ始めていた。
「わざわざジキルとグレーテが組んで任務に当たらなくてもいいだろうし、この辺で諦めたら?」
ティアにそう言われ、ジキルがむうぅぅうと唸る。
ティアの言う通りだった。これ以上自分が担っている部分の進捗が遅れて周りに迷惑を掛けるのは避けたいし、グレーテと無理して仲良くならなくても、情報や作戦の立案は他の少女を通して行えばいいし、今のところ任務そのものに支障はない。
「仕方ない、か……すまないな。二人とも、せっかく相談に乗ってくれていたのに」
「全然っ! むしろ自分たちこそ力になれず申し訳ないっす」
申し訳なさそうに頭を下げるジキルにサラがぶんぶんと首を振る。ティアが「まぁ、安心して」と、口を開く。
「グレーテとのやりとりに関しては私達の方で出来るだけサポートするわ」
「あぁ、助かるよ……と、もうこんな時間か。俺もさっさとシャワーを浴びて寝るかな」
そう言って、ジキルは席を立つ。互いにお休みなさい、と声をかけて、ジキルは部屋を後にした。
──ところ変わって。陽炎パレスの浴室にて。
「……ふぅ」
シャワーを止め、一息つくグレーテ。一通り身体を洗い終えた彼女は浴室を出て脱衣所で身体を拭き始める。その途中で、「はぁ……」と小さなため息が漏れた。
(最近、ジキルさんと顔を合わせるのが気まずいですね……)
男性が苦手な自分と少しでも仲良くなろうとしてくれているのだろう。彼なりに色々努力をしてくれているのは分かるのだが、どうしても胃が痛くなり、無理だった。
別に、ジキル自身がダメな男性というわけではない。気配りは細かいし、基本的に紳士的だ。ハイドに向かって怒る事は多いが、それもハイドを気遣ってのことだという事がよく分かる。例えるなら、世話好きだけど素直になれない兄とやんちゃな妹、といったところだろうか。
その様子は微笑ましいものだし、
(……羨ましい、とも思います)
自分にも兄がいたが、あんな風に接してもらった記憶はなかった。兄から聞く言葉はいつだって自分の容姿や性格に対する罵詈雑言。ジキルも乱暴な言葉を多々使うが、そこにはちゃんと親愛と温もりがあった。
そしてそれは、自分と仲良くなりたいという想いがあるからにせよ、グレーテにも向けてくれている。クラウスもその点の想いに違いはないだろうが、クラウスに比べてジキルはそれを分かりやすく表に出す分、受ける身としては気恥ずかしくて仕方がない。それでも、
(ダメですね……男性はやっぱり苦手です)
そう簡単に、染み付いた苦手意識は拭えるものではない。それに今こそ自分に友愛を向けてくれている彼だって、この痣を見たらどう反応するか。
そう思いながら、そっと鏡に映る顔に広がる痣を撫でた……その時。
ガチャっと、脱衣所の扉が開いた。
「え?」
「……は?」
扉に目を向けると、そこには着替えを持って呆然と立ち尽くすジキルの姿があった。グレーテが小さな悲鳴を上げてその細い四肢をタオルで隠す。
迂闊だった。時間も時間だし、自分が最後だろうと気が抜けていたのか、脱衣所の鍵を閉め忘れたらしい。他の少女ならまだしも、よりによって男性のジキルと鉢合わせる事になるとは──。
「え…………痣?」
「──ぁ」
しまった、と思った時には遅かった。常時変装用のマスクで隠していた痣をジキルに見られてしまった。
「あ、いや……すまん! 失礼した!」
ふと、我に返ったジキルが慌てて浴室から出て行く。
それをグレーテは呆然と見ていることしか出来なかった。
「──なぁ、グレーテ。少しいいか?」
その一時間後。突然、グレーテの自室にジキルがやってきた。
先程の事もあり、グレーテはジキルを部屋に入れる事にした。お互い気まずい空気の中、ジキルが先に口を開く。
「すまん、さっきはその……シャワーを浴びてるとは知らなかったんだ。不快な思いをさせたかもしれん……本当にすまなかった」
「い、いえ……私の方こそ、鍵を閉め忘れてしまったようでして、すみませんでした」
深々と頭を下げるジキルに、グレーテも頭を下げる。そこで十数秒ほど短い沈黙が流れ……再びジキルが遠慮がちに口を開く。
「それで、その……あの俺が見たもの、顔の……方についてなんだが」
やはり、そこに触れてきますか、とグレーテの表情が沈む。その点には触れずに、謝罪だけして部屋を出ればいい話だと思うのだが、どうやらジキルはそれを避けない道を選んだらしい。
目を泳がせながら、ジキルが言葉を続ける。
「正直迷ったんだが、多分これが、グレーテと仲良くなれるかもしれない最後の機会と思ってな……あ、いや、待て。さっきの無し。いや、合ってはいるんだが、口に出して言ってどうするって話で……あぁ、くそ。考えがまとまらない!」
本当にこういった事には慣れていないのだろう。後頭部を掻きながら、気恥ずかしそうにジキルが口を開く。
「……まぁ、その、なんだ。スパイらしくない、とは思うんだが、ここまで来たら何とか仲良くなりたいと思って、さ。触れるべきでない事だと分かってはいるんだが……その、よかったら聞かせてくれないか? その顔に関する事とか、グレーテがなんでスパイになったのかっていうのを。もちろん、本当に言いにくい事は言わなくていいから」
そう告げるジキルの表情は真剣で。
間違った事をしてないかと、瞳の奥で怯えているのが分かって。
こんなにも真剣に自分と向き合おうとしてくれている友人を避けるのは、失礼だなと思った。
だから、
「……分かりました、私が許せる範囲の中でお話しします」
そう言ったグレーテは自身の痣の事、スパイの養成学校に入るまでどういった生活を送ってきたのかを、ジキルに話し始めるのだった。