『スパイ教室 二人のスパイ』 side story   作:眼鏡鏡眼

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こちら、『スパイ教室 二人のスパイ』のサイドストーリーに掲載していたものを移したものになります。





アネット編
caseアネット&ハイド『二人の問題児編』①


 

 

 

 アースチェンジの工場の調査を開始してから、数日が経った頃。

 豪奢な洋装に彩られた陽炎パレスの広間で一人、丸眼鏡をかけた灰色髪の青年──ジキルが中央に置かれているソファに腰掛け、静かに読書を楽しんでいた、その時。

 

「ジキル殿ー! そろそろ拙者の装備を一式新調したいでござるっ」

 

 マフラーを靡かせ、小走りでやって来た黒髪の小柄な少女──ハイドが抱えていた風呂敷を下ろした。ガチャガチャと音を立てて現れたのは短刀、刀、煙幕玉、ワイヤー、布、撒菱、筒、手裏剣、etc……大量のスパイ道具だ。

 

「あー、そうだな……最近色々あって、装備のメンテもしてなかったしな」

 

 読んでいた本をテーブルに置いて、ジキルが道具の一つ一つをつまみ上げる。あちこちに傷汚れが目立ち、刃こぼれしている短刀や刀も多い。中には損傷が激しく使えない道具も含まれている。

 こんな装備では、任務に支障をきたす可能性がある。早急に装備を新調すべきだろう。

 

「だけど、この量の装備を一度に新調するのはちょっと無理があるな……お前が使う道具って特殊なものが多いし」

 

 ジキルが顎に手を当てて唸る。ハイドが扱う道具は、ディン共和国では馴染みのないものばかりだ。

 彼女はかつて『鴉羽』──極東のとある国から発足したと言われる暗殺部隊に所属していた。『鴉羽』の暗殺者が使う技は400年以上前から続く古武術の一つで、長く秘匿され続けたものらしい。

 その技の中で使われる武具も旧時代的で、多くは博物館などに資料として展示されているようなものばかりだ。ゆえに、その武具のメンテナンス、製造は専門の技能を収めた職人に依頼しなければならない。物が物なので、時間もかかる。

 

「短刀や刀の多少の刃こぼれぐらいなら俺でも修繕できるが、それ以外となるとなぁ……」

 

 今回の任務はすでに製造が始まっている『奈落人形』が他国に売られる前に奪取、あるいは製造方法なども含めて全てを消し去る事だ。

 本来であれば、すべて職人に依頼したいところだが、現状を考えるとそんな時間はなかった。

 

「──俺様が何とかしましょうかっ?」

 

 頭を抱えるジキルの後ろから身を乗り出すように顔を出したのは薄桃色の髪の少女──アネットだ。

 アネットの言葉に、ハイドが「マジでござるか?」と目を丸くする。ジキルも驚きの声を上げた。

 

「アネット、お前コレ直せるの?」

 

「もちろんですっ! 俺様、ハイドちゃんが持っている道具に興味があったんですよね!」

 

 そう言ってアネットは、風呂敷の上に広がる多種多様な道具をつまみ上げて、「はーっ」とか「ほーっ」とか呟きながら興味深そうに眺める。

 

「ハイドちゃんっ、このトゲトゲの鉄の塊は何ですか?」

 

「ああ、それは撒菱でござる。これを下にばら撒いて、追手の足止めをしたりするでござるよ」

 

「そうなんですねっ。じゃあこの十字型の平らな物は?」

 

「手裏剣でござるな。投擲して敵に当てたり、紐などを断ち切ったりする物でござる」

 

「なるほど、ですっ! じゃあ──」

 

 アネットが次々に手に取っては質問を繰り返していく。そして一通りの道具について聞き終えると、満足そうに頷き、立ち上がった。

 

「大体分かりましたっ。コレ全部、俺様が持っていきますね!」

 

「え? あ、ちょっと待っ──」

 

 ジキルが制止する間もなく、アネットは風呂敷ごと道具を抱えて、立ち去ってしまう。

 

「大丈夫、かな……?」

 

 あんなにも自信満々に言うものだから、多分大丈夫なのだろうと思うが……何となく、犯してはいけない間違いを犯してしまったような、そんな不安を覚えるジキル。

 

「不安なら、拙者が様子を見てくるでござるよ」

 

 そう言って、ハイドもジキルの返事を待つ事なく、アネットの後を追ってパパッと立ち去ってしまう。

 

「…………大丈夫、だよな?」

 

 もの凄く嫌な予感がする。するのだが、せっかく修理を申し出てくれたアネットの厚意を無下にするのも憚れる。それに、ハイドも様子を見に行ってくれている。彼女も自分が使う大切な道具なのだから、よっぽど変な事はしないだろうし、させないだろう。

 そう決め込み、ジキルはまた読書を開始した──十数時間後、ジキルはその判断を後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ジキルの兄貴! 終わりましたっ!」

 

 翌朝。ジキルに割り当てられた部屋のドアを勢いよく開けて、風呂敷を肩に担いだアネットが現れた。「お邪魔するでござるっ」と、アネットの後ろからハイドも顔を出す。

 

「え、もう終わったのか?」

 

 まさか一日で修理が終わるとは思っていなかったジキルは目を丸くする。「俺様にかかれば、朝飯前ですっ」と、アネットが担いでいた風呂敷を下ろす。ガチャガチャと音を立てながら姿を現す大量の道具。その中の短刀を一本、拾い上げる。

 

「……本当だ。刃こぼれがまったくない。これも、これも……他の道具も完璧に直っているな」

 

 中には修復不可能だった物まで含まれている。アネットが「俺様が作り直したものもありますっ」と言っているから、昨日の一晩で作り上げてしまったのだろう。アネットの技術力の高さに驚くしかない。

 

「いやぁ、拙者も驚いたでござるよ。アネット殿によって生まれ変わってゆく道具たち……見ていて心躍るものがあり申したっ」

 

「俺様も、楽しかったです! ハイドちゃんが持っている道具は触った事が無いものばかりで、いじりがいがありました!」

 

 そう楽しそうに話しながら、イェーイとハイタッチを交わす二人。あの一夜で、二人の仲もだいぶ深まったようだ。そんな様子を微笑ましそうに眺めるジキル。

 

「そりゃ良かったな。アネット、俺からも礼を言うよ。ありが──」

 

「あ、ジキルの兄貴。その短刀はハイドちゃん以外の人間が一分以上待つと電流が流れます!」

 

「──とぉおおわぁああああっ!?」

 

 持っていた短刀から電流が流れ、悲鳴を上げるジキル。ぐおおおっと、呻き声を上げながら、右腕を抱えて蹲る。「見事にハマったでござるなぁ」と、ハイドが呑気に感想を述べる。

 

「そういうのは先に言ってくれ……」

 

「忘れてましたっ」

 

「忘れるなよ……」

 

 天使のように無邪気に笑うアネットに、ジキルは溜息をこぼすしかない。「というか、」とジト目のジキルが口を開く。

 

「なんでこんな改造を施した?」

 

 至極真っ当な疑問に、アネットが元気よく答える。

 

「普通に修理するのが、途中からつまんなくなったからです!」

 

「あぁ、つまり飽きちゃったんだな」

 

「はい! なので俺様、直すんじゃなくて改造する事にしましたっ」

 

「そっか、俺はそのまま正直に言って返してくれた方が有り難かったけど」

 

 大切なスパイ道具を無闇に他人に任せるべきじゃなかったな、とジキルは溜息をこぼす。アネットの隣で腕を組みながら、得意げに胸を張ったハイドが口を開く。

 

「そんなわけで、どうせならと拙者からも改造案を提案させてもらったでござるよ」

 

「いや、なに便乗してんのお前っ?」

 

「ちなみに、短刀から電流が流れる仕組みは拙者の案でござる」

 

「さっきの、お前の案かよ!」

 

 本当に、何してんだお前はぁああっと、ジキルが両方の拳骨でハイドのこめかみをグリグリと締め上げる。「い、痛いでござるぅ」とハイドが涙目に訴える。

 

「で、でも拙者のスパイ道具は、アネット殿のおかげでめちゃくちゃ便利になったんでござるよ?」

 

「はぁ? 便利になったところでお前、使いこなせないだろうが。拳銃だってまともに扱えないくせに……」

 

「そんな事ないでござるよっ。この装備はアネット殿が拙者に合うようにすべてオーダーメイドで作ってくれたのでござるよ!?」

 

「はいっ、俺様、めちゃくちゃ頑張りました! これなら機械音痴でポンコツのハイドちゃんでも使いこなせると思いますっ」

 

「ん、サラッと酷い事を言われたでござるっ?」

 

「さぁ、ハイドちゃん! ジキルの兄貴に生まれ変わった道具たちの素晴らしさを見てもらいましょうっ」

 

 そんな事を言いながら風呂敷に広がる撒菱をいくつか拾い上げるアネット。猛烈に嫌な予感がして、ジキルが慌てて制止しようとするが……間に合わず。

 アネットは撒菱を床へと放り投げる。

 

「一つ目は、撒菱……に見せかけた小型爆弾ですっ。衝撃が加わると爆発します!」

 

「何でそんな物を室内で投げた!?」

 

 そんな悲鳴も虚しく、床に落ちた撒菱……もとい小型爆弾が、室内で炸裂した。

 

 

 

 

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