Fate/loneliness 2.5 -a survival plan-   作:からすまそういち

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第5話

 

 

 一日目(始まりの日)

 

 

「ループしている――」

 カトルが突然、そう言った。

「俺達は、この世界をループしている。そうだ。俺は確かにクドラクを殺した。六日目にあいつを殺したはずなんだ――」

「確かに、貴方の死体を七日目に見ました。それは知らぬ筈なのに――」

 アグネスが頭に手を当てる。

「待て。そうだ。俺はこいつに殺されたんだ。こいつは渡島切華などではない。こいつはサーヴァントだ」

 カカが渡島を指差す。渡島はそれに反応するかのように頭を抱えた。

「わたしが――殺した? ああ、そう。そう! わたしが殺したの! だってあなた、要らないって言ったじゃない――」

 渡島が叫ぶ。そうだ、私も殺された。この渡島切華に。

 でもそれは三日目の夜のことだ。今の話ではない。

 混乱が場を支配する。

 誰も事情を呑み込めていない。

「この聖杯戦争は終わったはずです。八日目、私は謎の男に殺されました。それで終わったはずなのです」

「じゃあ、今のこれはなんだ。終わっても何故、続いている?」

 カトルがアグネスに問いかけた。アグネスは答えられない。

 おそらく、この場にそれを答えられる者などいない。

 しかし、

「私が勝ったからだよ。私が勝利して、もう一度最初から始めた」

 クリスがそう答えた。

「⁉」

 全員がクリスの方を向く。先程までいなかった筈の彼女に、皆の視線は注ぎ込まれた。

「お前は、誰だ。いや、お前も俺は知っている――クリス・コープ、だな」

 カカの問いにクリスは答える。

「半分は当たり。でも、もう半分はハズレ」

 クリスが笑ってそう答えると同時。彼女の体が一度ぐにゃぐにゃに崩れたかと思うと、妖艶な男の姿に形成される。

「あ、貴方は――」

 アグネスが声をあげる。

「久しぶりだな、聖人。な? 俺達は知らぬ仲ではなかっただろ?」

「この方です、私を殺めたのは! この方が聖杯戦争の勝利者――」

「な、なに――」

「さて、気付くまでどれだけかかるか見ていたが、そんなに時間はかからなかったな。

 改めまして、お客人方。俺様が聖杯戦争の勝利者であり、この世界を創った張本人。

 トリックスター、ロキだ。名前を聞いたことくらいは、あるだろう?」

「トリックスターだと⁉」

「ロキ……」

 彼女の正体を知り、息を呑む。

 ロキ。

 北欧神話において、それを終わらせた巨人の一人。

 閉じる者。

 ラグナロクを起こした悪戯の神――

「シャルル、こいつのことか。私達が斃すべき敵だったのは」

「い、いえ。こいつではないのですが――」

 戸惑う私に向かってロキはウインクする。

「シャルルちゃん、お前だけじゃなかったのさ。間宮に頼まれてこの島に来たのは」

「ま、まさか。貴方のマスターが、そうなのですか」

「まあね、最後の力ってヤツ? それで奴は俺を召喚した。全く、俺を使役しようだなんて不遜甚だしい。だが、面白そうな話に乗ってやるのがこの俺、トリックスターってやつなのさ」

「話が見えてこないぞ。どういうことだ」

「じゃあ、教えてやるよ。世界が今、どういう状態なのか」

 ロキは手を広げた。

「世界はメアリー・スーによって滅んだ。外の世界は消失し、今やこの島しか残っていない。俺様が聖杯を使ってこの島をなんとか繋いでいる。そんな状況だ」

「外の世界が、ない? では残した私のマスターは」

 カトルの声が震える。

「死んだよ。全員残らず塵と消えた。俺達はデス・ゲームによって殺し合いを強制されたが、その外では多くのニンゲンが戦う権利すら与えられることなく消滅した。俺達は運が良かったんだよ。殺し合いを強制される代わりに、こうして『生きる』ことを赦されたのさ」

「……」

 彼の話が本当かは分からない。

 けれど、それは限りなく真実に近いのだろう。

 間宮の記録に載っていた者達。

 日々谷総二郎。

 野熊冬至。

 神谷裕由。

 ニコラ・ストレンジナ・ビアッティ。

 イリダル・マルコヴィチ・イワンコフ。

 姫乃優奈。

 彼らもまた、消えたに違いない。あの聖杯戦争を共に戦った者達も。

 最初から、いなかったかのように。

 存在そのものを、否定されて。

「……」

 悲しい、という気持ちにはならなかった。

 彼らとはさほど面識もない。

 あの聖杯戦争で一時を共有しただけに過ぎない。

 でも。

 寂しい、という気持ちにはなった。

 もうこれからどうやっても。

 彼らに会うことはない。

 そう知ったら、

 途方もない虚無感が、私の中に巣くうのだ。

「希望はない」

 ロキは続ける。

「ニンゲンは、負けたのさ。生存競争に。圧倒的絶望によって」

「……」

 カトルは、無気力にソファに座った。呆然としている。

 戯言だ。

 誰もがそう信じたかっただろう。

 しかし、私達はロキが聖杯戦争の勝者であることを知っている。

 それがこの「終わりのないループ」なのだ。

 既に他の全てが終わってしまっているから。

 最後のひとかけら、この島だけは終わらないようにループし続けている。

 残りの皆も各々項垂れたまま、声をあげなくなってしまった。

 私もまた、その一人である。

「顔を上げな。世界は滅んだ。希望はないが未来はある。皆が真相に辿り着いた今、お前達の記憶のループは解除しよう。聖杯戦争のことは忘れてもらっていい。俺達だけの楽園を作ろう。この無限に繰り返す八日間を俺達だけで面白おかしく生きようじゃねえか。外の世界はもうないんだ。だからよ、終わったことは諦めて今を楽しもうぜ――」

 それはロキなりの励ましなのかもしれない。

 ロキからすればこの世界は自らの手で勝ち取った「未来」だ。

 しかし私達からしてみれば、この世界は破滅する(終わる)ことも許されないが既に終焉して(終わって)しまった世界だ。

 帰る場所など何処にもない。

 私達の居場所など、ないのだ。

「……まあ、殺し合うも助け合うも好きにしたらいい。死んだらその場で蘇るようにしといた。あとはお前ら次第さ。どうせこれからは無限なんだ。長い時間使って考えてくれや」

 ロキはそう言って、ロビーから出ていった。

 その後、暫くの沈黙が続いた。

「……本当の敵、か」

 先に口を開いたのはカトルだった。

「俺達は目先の利益だけを見ていた。故に負けたのだろう。だから今こそ協力すべきだ」

「協力? こんな状況で? 俺達に何ができると言うのだ」

「そうじゃ、儂にもマスターにもこれ以上のことはできん」

 キャスター陣営は諦めたように言う。

 そうだ。もう全ては終わった。

 終わってしまった今、どうすることもできない。

 けれど、

「いえ、今こそ私達が協力すべきです」

 私は言った。

 カトルは頷く。

 そうだ。私達はもう既に死んでいて、ロキの情けで生きている。

 どうしようもない袋小路にいる。

 でも、まだ私達が消滅した(終わった)わけではない――

「最初から。自己紹介からやり直しましょう。私の名前はシャルル・レ・モーガン。そして私のサーヴァントがアーチャー、那須与一です」

「那須与一と申します。以後お見知りおきを」

 アーチャーを紹介し、アーチャーが頭を垂れる。

 答えるようにカトルが手を上げた。

「俺の真名はクルースニク。クラスはセイバー。カトルは私のマスターの名だ。マスターは本国に置いてきた。無人島で聖杯戦争開催、なんてことはクサかったからな。結果としてはマスターを死なせることになってしまったが。

 呼ぶ時は依然としてカトルと呼んでくれていい。

 ちなみに外にいる獣の名はクドラク。おそらくバーサーカー。私と対を為す存在だ。私がいれば奴が現れ、奴がいれば私が現れる。そんな関係だ。我々は宿敵同士だからな」

 私とカトルはカカに視線を移す。

 彼はやれやれと手を横に振る。

「俺の自己紹介は終わった筈なんだがな。俺はカカ・コーニャ。で、こいつがキャスターエウクレイデスだ」

「キャスター、エウクレイデス。じゃが儂はエウクレイデスという名前ではない。儂らに名前はない。名前のない学者の集合体、それが儂ら、エウクレイデスじゃ」

「『で』『私が』『ユークリッドたん』『ね!』」

 エウクレイデスの背後からぴょこんとユーたんが飛び出してきた。

「儂らの中には複数の意志がある。依代さえあればこうして幾らでも分離できるのじゃ」

「『のじゃ!』」

 両人差し指を立て、ユーたんは上下に動かす。

 同一人物(?)だったのか……。

「次はお前の番だ、ケンネル」

 今度はカカがケンネルに促す。

 ケンネルは最初嫌そうに腕を組んでいたが、観念したようだ。

「……ケンネル・フェルナンデス。バーサーカーのマスターだ。で、そこの修道女が俺のサーヴァント。マザー、言ってやれ」

 彼は顎で示すようにアグネスの方へ動かした。

「え、ええ。私の真名はアグネス・ゴンジャ・ボヤジウ。クラスはバーサーカーでございます」

「なに、お前ら確か令呪端末を持っていただろう? 何故令呪端末が二つある」

 カカが指を指す。

 そういえばそうだ。

 令呪端末は一陣営に一つの筈だが、マスター、サーヴァントの両方が持っていた。

 その問いにケンネルが答える。

「この島に着いた時に既に一人死んでたんだよ。そいつから俺が令呪端末を拝借しておいた」

「何故言わなかった」

「何かに使えるかもしれねーだろーが。こっちだって命かかってるかもしれねーんだ。言えるわけねーだろ」

「皆様、騙すようなことをして申し訳ありませんでした……」

 アグネスは頭を下げた。

「『あれ?』『そういえば』『ランサー』『は?』」

「ランサー?」

「ああ、この子はランサーに出逢っとったんじゃ。おそらくケンネル殿が持っている令呪

端末がそのランサーのマスターのだったのであろう」

『ランサーはいないぜ』

 どこからともなくアナウンスが鳴った。ロキだ。彼はこの世界の管理者だ。姿はなくても私達の会話を聞くことくらいは造作もないのだろう。

『ランサーは特別だ。俺が殺しておいた。あいつだけはもうループしない』

「成程、ロキ、お前――恐れたな?」

 カトルが何かに気付いたようだった。

「俺から彼を紹介しておこう。ランサー、ロンギヌスだ。ナザレのイエスの脇腹を槍で貫いたローマ兵。宝具で刺した生物は絶命し、三日後に強大な神性を得て復活する――神を創造する槍使いだ」

「ロンギヌス……」

 私でも知っているビッグネームだ。まさか彼も参加していたなんて。

「彼の槍で私は主の力を授かった。それで私は宿敵であるクドラクを倒すことができたのだ。彼の宝具は世界を変えうる強大なものだった。それを使わせないためだろう」

『俺様以外にそう楽々と神に成られては困るんでね。始末させてもらったよ』

「ちっ、彼がいればロキ、お前も怖くないんだがな」

 カトルが舌打ちをする。

 ロンギヌスと会ったことはないけれど、いれば心強かっただろう。

 残念だけれど、今は受け入れるしかない。

「で、渡島は? お前もサーヴァントなんだろう?」

 カカは次に渡島を指差す。

「わたし? わたしは――、わたし、は……」

 歯切れが悪い。

「私から説明した方が分かりやすいかもしれません」

 私は口を挟んだ。

「なんだ?」

 カカがこちらに向く。

「皆さんはおそらく日本文化に疎いので分からないかもしれませんが、彼女は多くの怪談・都市伝説の要素を持っていました。

『口裂け女』

『てけてけ』

『赤いちゃんちゃんこ』

 これらは日本で有名な怪談の一つです。

 彼女はおそらくこれら都市伝説に登場する悪霊の複合体なのではないでしょうか。

 そして仮にそれに名前を付けるとするならば、

 彼女の名前は――――カシマレイコ」

「ち、違う! わたしの名前は渡島切華なの! だってマスターがそう名付けてくれたんだから!」

「じゃあお前のマスターはどこだ。どこにいる?」

「マスター、は……マスターは、殺しちゃった! ここに来る前に殺しちゃった! あはは!」

「こ、こいつ、自分のマスターまでも手にかけたのか」

「だって、だって! それがわたしだもん! 人殺し(アサシン)だもの! 人を殺さなければわたしはわたしじゃない!」

「シャルル、こいつはマズい!」

 カトルが剣を抜く。その剣はまるで十字架を逆さに持った時のもののようだった。

「待ってください!」

 私はカトルを手で制した。

「渡島さん、貴女には理性があるはず。昼時間は何もせずに済んだんだ。その理性に従えば――」

「ぽぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ――」

 突然、彼女はそう口ずさみ始めた。

 それに応じて彼女の体格がみるみる変わっていく。

 華奢な女性から大柄な女へ。

 身長が異常に伸び、服もそれに応じて膨れ、二メートルは達するかというところで変化が止まると彼女は走ってロビーから出ていった。

「な、なんだあいつは……」

 呆気にとられ、カカ達は見ている。

「……とりあえず、我々が何者かは分かっただろう」

 剣が縮小し、アクセサリー程の大きさになるとカトルはそれを服の胸ポケットにしまった。

「ええ、状況は絶望的ですが、私達は協力できるはずです」

「協力して何になる? ロキを殺してみんなで仲良く消滅しましょうとでも言うつもりか?」

 カカは言った。

 その問いに、誰も答えることができなかった。

 できないまま、私達はロビーから解散することになった。

 

 

 

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