今宵、君とエチュードを   作:イソギンチャク

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はじめまして、こんばんは、どうもイソギンチャクです。
ファンの子にチョコもらってばっかりの薫ちゃんからチョコ貰いたいなあ……と思いながら書いた話です。よろしくどうぞ。
※ヤンデレ描写ありです!


バレンタインの怪物

「お願いします。チョコをお恵みください。何でもしますから。割とガチで何でもしますから」

 

「いや……でも……」

 

「頼むよひまりちゃん! ほんと、いやほんと義理でいいから! ねぇねぇ! ちょうだいよチョコ! 君友達多いじゃん? そんな顔が広けりゃ、チョコの一つや二つくらい余るはずだよね? 俺のこと騙してる? チョコがないって嘘ついてる? ギブミーチョコ! なんならその手に持ったチョコちょうだい!」

 

「用意してなかったのは本当にごめんなさい……! だけど、このチョコは薫先輩に渡す用なんです。なんなら、あなたみたいな人には一番渡したくないっていうか……」

 

 バレンタイン。それは、女の子が日頃の感謝や想いを伝えるために大切な人へとチョコを渡す文化。

 

 遡ること1958年のとあるデパートで行われたフェアをきっかけにバレンタインデーの文化は徐々に日本に広まってゆき、いつしかバレンタインは女性からチョコレートを贈る、という日になったのが主な説だ。

 

 バレンタインの主役である彼女たちがチョコを渡す相手は家族、友人、仕事やバンドの仲間……最後に、好きな人。とまあ女の子の数だけバレンタインの形はあり、なんなら男の子が女の子に気持ちを込めて渡す逆チョコ、なんて文化もあるぐらい。

 

 いいよね、チョコ。いいよな、チョコ。甘くてかわいくて美味しいの。もらえたら笑顔になっちゃうよな。義理だろうと友だろうと本命だろうと。

 

 そんな幸せいっぱい♡想いいっぱい♡のバレンタインだが、時によってはある種の哀しきモンスターが生まれる。

 

 それが俺。名前の代わりに、バレンタインの怪物とでも名乗っておこうか。

 

 前に言った通り、バレンタインは女の子の勝負の日。だけどな、俺たち男だってバレンタインは勝負の日なんだ。

 

 “女の子からいくつチョコがもらえたか”。それ、くだらないことだけど男にとっては一種のステータスなんだぜ。

 

 モテるモテないにしろ、女の子からチョコもらえたら嬉しいよね。世の中の男なんてもん、みんながみんなチョコもらった後に一度は飛び跳ねてるね。

 

 だからこそ、密かに想ってた女の子が渡してきてくれたチョコで愛が芽生える……とか超ロマンチック。そんなもん、バレンタインの魔法にかけられ、1.2.3で恋が始まっちゃう。

 

 でもな……今まで話したそれはあくまで人間たちの話だ。

 

 俺みたいなバレンタインの怪物は、マジでチョコがもらえない。これでもかってぐらいもらえない。本気でチョコを求め、人間として大切なものを差し出してももらえない。

 

 憎むよね、イケメン。憎むよね、チョコ。俺別にイケメン嫌いなわけじゃないしそれこそ俳優のシュガー健君好きだし、チョコも甘くて大好きなんだけどな。まあ、こんなポイゾンな世の中じゃ何食ってもビターチョコと化すよね。ケッ。

 

「だからその、私そろそろ行きますね! それじゃ!」

 

「ひまりちゃん?! ひまりちゃん待って! 行かないで! 行かないでよォーッ!」

 

 ……とまあ、こうして最後の砦を逃した俺になす術はない。俺の煌きバレンタイン〜完〜である。

 

 本当にね、いつも俺優しいのにな。リア充見てもほっこりするのにな。今はちょっくら爆発とかしてくれとしか思えないんだよな。

 

 ……ああ、愛しのひまりちゃん。優しくて明るくて女子力が高くてたまに空回りするところもかわいいひまりちゃん。ひまりちゃんは、俺にチョコをくれずに他の誰かのところに向かうんだね……ん? 

 

 俺のバレンタイン期間限定地獄耳が、何やらひまりちゃんとチョコ関連の情報を取り入れたみたいだ。

 

 う〜ん? どれどれ、薫先輩、チョコを作ってきたので受け取ってくださいっ! わ、渡しちゃった……恥ずかしいよぉ……

 

 ああ、うんうん。チョコ渡してたんだね。そのチョコ俺に渡さずにかお……って。

 

 ま た お 前 か よ 。

 

 ああ、瀬田薫? そういえばそんな奴もいたよね。瀬田薫……コイツがいることによって全男子がチョコをもらえる確率がガクっと下がると言っても過言ではないほど女の子にモテ、ワンチャン俺がもらえるかもしれなかったチョコを吸い上げられる諸悪の根源。

 

 今朝だって俺が学校のクラスメイトにせがんでも何名かその瀬田薫が理由で断ってきたもんね。覚えてるよ怪物だから。

 

「ごめん、薫様に渡すチョコだから」

 

「薫さん、受け取ってくれるかドキドキだけどよかったらあなたも私のこと応援して! え? あなたへのチョコ? 用意してないよ?」

 

「え? あんたもしかして薫様と自分が同等の存在だって思ってる? 馬鹿言うんじゃないわそんなもの百年早いわよ」

 

「え、何それ瀬田さんの真似……? キモ……」

 

 当時あまりの惨劇に思わず涙でちゃったや。ちなみに他にも同じように断られてた男子クラスメイトが数名いたのでみんなで同盟を組みました。

 

 そのままさ、同盟仲間と見たよね。クラスメイトが街で瀬田薫にチョコ渡すとこ。瀬田薫にチョコを渡したい女の子で某夢の国のアトラクションの如く長蛇の列できてたよね。

 

 チョコを照れながら渡す女の子。それを爽やかに受け取る瀬田薫。これが数時間続くんだぜ? ちょっとこれは基本的にラブアンドピースを愛する怪物くんも憎しみというか殺意を抱いたよね。なんなら藁人形用意してるメンバーもいたよね。

 

 今に見てろよ、絶対見返してやっからな! と俺が叫ぶと瀬田薫はこっちを見た。え……聞こえてたの? 

 

 その時気づいたよ、音量調節間違えたって。瀬田薫はさておきこの長蛇の列の女の子全員からは必ず嫌われただろうなって。

 

 ムカつくのがアレ。アイツ、それを聞くなり得意げに笑い返して来たんですよ。へぇマウント? マウントですかぁ? 『私、あなたなんかよりチョコ貰ってるしぃ、見返すなんて何馬鹿なこと言ってるの?』みたいなぁ? 

 

 なんかさ、チョコに囲まれた場所で女の子の肩に手を回して俺を馬鹿にしてくる光景が目に見える様に浮かぶよね。クソ。

 

 この憎しみをどうにかすべく、同盟メンバーがくれた瀬田薫のコピー用紙をわざと握りつぶすと。

 

「チョコ」

 

「ないよ」

 

「ないなら話しかけるな」

 

 とりあえずダメ元でチョコ頼むけどほらないじゃん。なんですか? 現代社会の見ものとして怪物を見にきたの? 

 

 俺はな、チョコが鑑賞料だよ。もうチョコならなんでもいいからお得じゃん。お高いチョコでも、十円チョコでも、なんならチョコに見立てた泥団子でもなんでも嬉しいんだよ。

 

「で? 話題の人薫サマが何の御用っすか? 負け犬の遠吠えでも聞きにきましたか?」

 

「そう言うわけじゃないんだけど……君に会いたくなってしまったから、かな?」

 

「じゃあチョコちょうだい」

 

「ないよ」

 

 気づけば俺の今日の敵瀬田薫サマが俺の隣に腰掛けていて。振り払おうとしても座ってくるので仕方なく隣に座らせてやってるけどほんとはすごい嫌。

 

 でもさ? そんなんなのに俺がチョコせびるときだけ定型文みたいに返してくるじゃん。

 

「いっそ俺のホワイトチョコかけてお前を食ってやろうか……」

 

「?」

 

 そう言った後、俺の脳裏には一瞬邪な光景が浮かんでしまう。

 

 いいか? 俺の脳みその中ではな、生まれたままの姿にリボンを巻いただけの無防備な薫が『怪物くんの、ホワイトチョコで私の身体がベトベトでトロトロになっちゃうくらい、いっぱい、いっーぱいコーティングしてっ♡』とか言いながら俺を誘ってくるんだよ……

 

 いかんいかん、ダメじゃん。薫さん絶対そんなこと言わないじゃん。キャラ崩壊じゃん。でも、割とそんな露骨に男の夢を詰め込んだような薫もイイ……って何考えてんだろ俺。

 

「そんなに神妙な顔をして……何か考え事かい? もし良ければ、私に聞かせておくれ」

 

「いや、言えないです。薫さん相手には特に言えないです」

 

「一体君は何を……?」

 

 あ、薫ちゃん不思議そうな顔してるや。いいよ知らなくていいよ君は。ピュアな友人にそういうことする趣味とかないし。怪物くん根っこの部分は紳士だから。

 

 ……とまあ、この会話からわかるように一応友人なんだよな、俺と薫。だからこそ憎いって言うか、だからこそムカつくというか。

 

「でも、今日は君に会えてよかったな。せっかくの儚いバレンタインだ、君に会わなきゃ意味がないだろう?」

 

「俺はストレスが増しましたけどね。なあ薫、来年からバレンタインの時だけ渡米しない? アメリカンな気分に浸ってみない?」

 

「それは……子猫ちゃんがチョコを渡すハードルが上がってしまうからね……」

 

「そんなハードル大気圏超えていいよ! いいか? お前がいるせいで! 俺たち男は! 肩身狭い思いをしてるの! 女の子からのチョコ、貰えなくなってんの!」

 

 俺が嫌味ったらしくそう言うと、薫は子猫ちゃんからチョコをもらうためにもお互い自分磨きに励まないとだね、とイタズラに笑う。

 

 くっそー! ムカつく! ムカつくぜ! 俺が圧倒的に貰えてないことを理解した上でこう言ってやがる! だけどその顔さえイケメンだから余計ムカつく! 

 

「……それでいいんだよ」

 

「か、薫? 今なんて……」

 

「いや、なんでもないよ。じゃあ、私はそろそろ行こうかな? ハッピーバレンタイン、子猫ちゃん」

 

「ま、待て! 俺はお前と違ってアンハッピーバレンタイン! アンハッピーバレンタインなんだよー!」

 

 薫がぽつりと呟いた謎言葉も理解できないまま俺は彼女を追いかけるが、もうその時には薫は姿を消していた。

 

 〜

 

 ……結局。俺は目に入る女性と思われし存在全てにチョコをもらえないか交渉をしたがどれも撃沈に終わり。

 

 しょうがないからチョコを自分で買おうかと探してみても、全部売り切れだったり。もう踏んだり蹴ったりである。コレが例年って、どんだけついてないんだよ俺。

 

 あ、あれって俺が今朝チョコをお願いして薫をきっかけに断られたクラスメイトのナミちゃんだ。ああ、かわいいな……欲しかったな……

 

「……もう、しょうがないからアイツのためにチョコ買ったよ……このままにしておくと後々めんどくさそうだし。ああ、私がチョコあげる人、薫様だけでよかったんだけどな……」

 

 ……うん? 今、なんて? 今なんて言った? アイツって、誰? アイツってもしや……俺のこと、じゃないよね? 

 

 俺は高鳴る鼓動を抑えきれず猛ダッシュでナミちゃんの元へと向かうが……

 

「え、え……か、薫様?! どうしてここに?! 奇遇ですね、こんなところで何を……?」

 

「こんばんは、子猫ちゃん。夜風に戯れていたんだけど、チョコレートの儚い香りが私を誘ったのさ。そのチョコ、とても美味しそうだね」

 

「ふぇ……そ、それならぜひお持ちください! このチョコ自体その場で買った五割引の十円チョコなんですけど! 薫様がお望みなら! 何個でも贈呈させて戴きます!」

 

「ありがとう、子猫ちゃん」

 

 へぇ、薫もここきてたんだ。もう、ナミちゃんってば恥ずかしそうにデレデレしちゃって〜! 恋する乙女ってかわいいな! 

 

 そうして、そのままナミちゃんは嬉し恥ずかしその手に持った十円チョコを薫の手に渡してピューッといなくなっちゃう。うんうん、やっぱりチョコを渡すのって恥ずかしくなっちゃうよね。うん、渡す? 

 

「待て待て待て待て待て! それ俺のチョコじゃん!」

 

「おや、奇遇だね。そんなに慌ててどうかしたのかい?」

 

「それ! ナミちゃんが俺に渡そうとしてくれたチョコ! どうして薫が持ってんの!」

 

「……何を言うんだい。ナミちゃんは、“私に”このチョコをくれたんだよ?」

 

 嘘だろ。うそだろ。ウソダロ。USODARO。頭の中で嘘だろ、と言う単語がループする。まさか、まさかさ。そうなるとは思わないじゃん。そうなるとは思わないじゃん。

 

 ナミちゃんがくれたかもしれない五割引の十円チョコ……それがなんということか薫の手に渡ってしまうと言うあまりの惨劇に、俺はとてつもないショックを受けていた。

 

 ……ああ、お前はこんなところでも俺の幸せを奪うのかよ。いつだってそうだよ、お前はいつだって俺のモテ期を──

 

「おやおや、そんな怖い目で見ないでおくれ。せっかく彼女から貰ったチョコに手をつけられなくなってしまうよ」

 

「……お前」

 

「何かな、子猫ちゃん」

 

「……わざと、こんなことやってんだろ」

 

 俺がそう言うと、薫は上品な笑みを崩さないまま俺の方を向く。

 

 表情こそ笑顔ではあるが、その目は一切笑っていない。やめろ、そんな不気味な目で俺を見つめるな。

 

「ご名答さ。そうだよ、君がチョコを貰えないように働きかけたのも、今こうやって君がもらうはずだったチョコを自分のものにしたのも私。これで満足かな?」

 

「ああ、裏で薫様が手を回してたんだ、どうりで何ももらえないわけだよ。お前、俺に恨みとかあんの?」

 

「……何を言うんだい、私が大切な君にそんな感情を抱くわけがないだろう?」

 

「じゃあ、なんで──」

 

 俺はそう言いかけるが、それを遮るかのように唇を塞がれ、そのまま口の中に何かを入れられていた。

 

 なんだこれ、あまい? それともほろ苦い? もしやこれ、チョコ? チョコ……なのか? 口の中で唾液とチョコが混ざり合い、なんとも言えない感触を覚える。

 

 ……やがて、チョコを無理やり俺に口移ししてきた奴……薫は、何もない状態でもう一度俺にキスをすると。

 

「君の口に私以外の女の子からのチョコが入る。それがたまらなく嫌なんだ」

 

「……は」

 

「君は私の……私だけの、王子様なのだから。他の女の子に目移りなんてしないで」

 

 ……ふ、ふぇぇ……? うそ、どうゆーこと? だいぶ古臭い表現になりそうなアレだけど、今の薫の目にはハイライトなんか灯ってないし、俺を逃さないように抱きしめられてるし。

 

 ……ああ、俺知ってるよ。ラノベで読んだことあるよ。あれだよね、これ、ジャパニーズヤンデレって奴だよね。シッテールヨ。

 

 でもまさか、すごい身近な知り合いがそんなヤンデレムーブかましてくるとは思わないじゃん。なんていうかさ、いつも元気百倍おバカ百倍の薫だから病んだ姿が余計怖いんだよ今にもちびりそう。

 

「……君は、私の王子様になるのは嫌?」

 

「え、え、どう、だろうな〜? 悩んじゃうな〜! でもぉ、どうせなら俺よりもっとイケメンと恋に落ちた方がいいと思うぜ〜! お前のファンの感じ的に」

 

「……」

 

 嫌だと言ったら多分全方位を敵に回すような気がして震える声で曖昧に答えるが、薫はそれがお気に召さなかったらしい。ひえ〜無表情なのが怖い。身体が震えちゃう。携帯の如く震えちゃう。

 

 ……でも、自分の王子様になるのは嫌? って聞く時の薫の声、怯えてた気がしたな。様子おかしいのに違いないけど、何かが不安だったのかな。

 

「……君じゃないと嫌だ」

 

「……あ、そう、そう……だよな。じゃないと、そんなことしないよな」

 

「……ああ。いいかい? 私は君が好きなんだよ。君じゃない他の誰かじゃ意味がないんだ。でも、君にそう言わせてしまうということは私の愛が足りなかった、ということなのかな? さっき君に口移ししたのは私の手作りチョコではあるけれど……お気に召せなかったかな? そうだね……じゃあ、明日からは毎日君にチョコレートを作ってこようかな? 隠し味は何がいい? 私の血? 私の唾液? 君の頼みなら、どんなチョコレートも作ってみせよう。もちろん、これからは私が作ったチョコしか口に入れてはダメだよ? フフ、喜んでくれる君の顔が楽しみだ」

 

 ……こっっっっっわ!!!!! 

 

 上品に笑いながら正気の沙汰ではないようなことを流れるように述べる薫。もう、そこには昼話した友人瀬田薫はいない。

 

 いいかお前ら。頭に入れておけ。本当のバレンタインの怪物ってのは、俺みたいな非モテ野郎なんかじゃない──

 

 ──きっと、こういうヤベー女のことを言うんだよ。




ここまで読んでくださりありがとうございます!
ホワイトデーにこの話の続きを投稿する予定なのでそれも楽しみにしてくだされば幸いです。
それでは皆様、ハッピーバレンタイン!
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