──ピンポーン♪
母が買い物に出かけ、家にいるのは俺だけの静まりかえった我が家に来客の知らせが鳴り響く。
おっと〜? こんな時間に急にインターホンが鳴るとか何か嫌な予感がするぞ〜?
「やあ、ごきげんよう。君は今日も儚いね! いきなり押しかけてきてなんだが、最近私はASMRというものを知ってね。今日は君に瀬田薫ASMRを体験してもらおうと思って」
「はい嫌な予感的中!」
うん、俺の予感信じて良かった。多分たいしたもんじゃないと思ったけど想像以上にたいしたもんじゃなかったな。新語生み出してくんな。
そんなASMRをやるための機材のようなものを持ってニコニコ笑顔で押しかけてきたのは、俺の友人(?)のイケメン女こと瀬田薫。
彼女は呼んでもいないのに我が家に来るわ、俺が街を歩いてる時も容赦なく話しかけて彼女のファンにあとで尋問されるきっかけを作るわで、悪意は一切ないのだろうが彼女のせいで降りかかる迷惑によって、あまり友人とは呼びたくない女である。
確か薫との出会いは一年前の正月、張り切って作りすぎて余った雑煮を近所にお裾分けしていた時、あまりここらでは見かけない人物……
というか薫が俺の雑煮をキラキラした目で見ているのを見て、しょうがなく少し分けてあげるとみるみるうちに懐いてしまい。俺のもとにやってきながらも母さんとも仲良くなっていたらしく、気づけば俺の許可なく家に勝手に上がり込んでいることもしばしば。
「ざばば……しゅわわ……ばっしゃーん……」
「……そっち?」
そんな思い出にふける俺を横目に、薫は俺の部屋でとっておきのASMRを実演してくれていた。まあ軽く言ってクオリティが地獄。
個人的に『お兄ちゃんだぁいすきハアト』『眠れないんだろ……』とかそういうのだと思ってたのにこの人はASMR(音)の方をやってのけたよ。イケメンが波の音を口で再現しながらザルの中のあずきを揺らす姿はとてつもなくシュールである。
「薫さ〜ん、薫さ〜ん?」
「なんだい? 聞かせておくれ」
「あの……薫。多分そういうASMRって、瀬田薫じゃなくても成り立つんだよね……! それにちゃんと準備してくれたのは嬉しいけどだいぶやり方が古風だし心地よく……はないかな! あの、せっかく用意してくれたとこ悪いんだけど、俺がよく聞いてんのは……ほら……なんていうかさ。女の子が聞いてる人のお耳をお掃除したり? お耳を舐めちゃったりするのなんだよね? だから、これだったら瀬田薫としての魅力を生かせるんじゃないかな〜? と思ったんだけど」
「つまり、耳かきをして、耳を舐める……?」
うんうん、ほんとネット声優さんのぐっぽり耳舐めはいつもお世話に……ってそうじゃない!
てかあれ? 薫さんもしや俺の履歴見てる? 俺が好きなタイプのASMRを研究してる!?
《君の耳ぃ、わたしがふーってしてあげる♪ どぉ? きもちい?》
「……ふむ」
「薫〜? 当たり前のように人の携帯で動画見てるけど真面目に研究するもんじゃないよ〜? だいたい耳舐めは奥が深」
「ありがとう、君が好きなものがだいたいどんなものかわかったよ。この瀬田薫、今度来る時は必ず君を虜にするASMRに仕上げて見せよう! ……また来るよ」
自分が日々お世話になっている少しえっちな音声を知り合いに聞かれるという地獄に俺が苦しんでいるとも知らずに、その音声を一通り聴き終わると、薫は真面目な顔で俺の家を出ていく。
いや待てよ? 仕上げて見せる? 俺を虜にするASMR? ってことはこれ、あの薫がちょっとえっちな耳舐め音声を作ってくるのか……? 薫が、耳舐め……?
いくら薫とはいえ、女の子が耳舐め音声を……という事実に、心とあそこが踊ってしまう俺であった。
〜
「……来たか」
「ああ、随分と待たせてしまったね」
……うん、これはちゃんと極めてきた顔だ。俺は、いつにも増して真剣な顔立ちの薫を家に上げる。俺たち二人からは普段とは違った神妙な空気が流れ、ほどよい緊張感が心地いい。
ここだけ切り取ればまるで長年の約束を果たしたかつての仲間のようだが実際はちょっとえっちなASMRの話である。
俺は自分のベッドに座り込むと、薫が始められるように合図をする。
「じゃあ、行くよ……」
「ああ、いつでも来ていいぞ」
「そ、それじゃあ……まずは横になってくれるかい?」
「……はい?」
え、今から薫がするのはちょっとえっちな瀬田薫ASMRだろ? ASMRって音を聞くやつだろ? それならなんで横になる必要があるんだろう。
と思ったが俺は薫の手元を見てようやく気づく。彼女の手元には、本物の耳かき。そういえばたしか帰り道薫を送るときに『ASMRって本物の音にこだわるからいいんだよな』ってチラッと言ったなー! この子それを真に受けてるなー!
しょうがないや薫天然ちゃんだもんね。とりあえず耳かきしてもらおう。もうこうなったらASMRとかどうでもいいや。
「……どう、かな? 気持ち良いかい?」
「うん、良い感じだよ。薫って手先が器用なんだな」
「……そう言ってもらえて嬉しいな。少しだけ、不安だったんだ」
俺の言葉に安心したのか、薫はカリカリ、と優しく俺の耳の中を掃除していく。
あまり耳かきをしないタイプの俺だが、薫が膝枕をしてくれていることによってリラックスした状態で耳かきをしてもらえているのであまり痛みなどは感じない。
これは薫の腕がいいのもあるのだろうし、たまに耳かきしてもらうお願いをしても構わないかもしれない。
それから、俺の方に顔を寄せて話してくれているのだろうか、薫の声が耳元で聞こえてなんだかくすぐったい。イヤホンで聴くのとは違う、すぐそばにいる彼女の、すぐそばにいる声。
ああ、誰かに耳かきしてもらったのっていつぶりだろう。ああ、誰かに膝枕してもらったのっていつぶりだろう。
やがて反対の耳掃除も終わった後で、俺は悲しくも薫の膝枕から解放されてしまう。
「よし、これで大体の掃除は終わりかな。それじゃあ……ふーっ」
「ひょわぁ?!」
「フフ、びっくりしたかな? なに、これはちょっとしたいたずらさ」
「びっくりしたも何もって……あ」
……そう、俺は耳かきの気持ちよさに気を取られ忘れていたのだ、薫が一番気合を入れてきたであろう耳舐めという存在を。
まあ普通に耳舐めASMRならぞわぞわする! キモチイ! で済むのだが、なにせこれは瀬田薫ASMRだ。薫は本物の音を追求するために耳かきを持ってきてASMRもクソもないガチ耳かきを俺にした、ってことは……
「……ん……んっ」
「ひゃ⁈やっぱり⁈」
「……ん、やっ、ぱり……って、なんふぁい……? それ、より、わたしが、するの、きもちっ、かな……っ?」
「え、あ、気持ちいい、デス……」
俺が挙動不審になりながらもそう言うと、薫は良かったと優しい声で囁きさらに耳奥まで舌を入れ込んでくる。
薫の舌の感触と彼女の舌に触れられることによって生まれるいやらしい音が俺の耳の感触を蝕んでいき、薫が熱心に俺の耳に奉仕してくれる中、だんだんと俺はなにも考えられなくなっていった。
その上どことは言わないが柔らかい薫の一部分がとても俺の身体と密接にくっついているので余計色気が増して、俺の理性は崩壊寸前まで来ていた。
これまた両耳、交互にちゅる、じゅぷ、といやらしい音を立てながら薫は俺の耳を吸い上げると。
「……はぁ、はぁ……満足、してくれた、かい?」
「そ、それはもう満足、デスガ……」
「君に喜んでもらえて良かったよ。ああ、ところで私が君の耳を舐めたときの唾液を放っておくと中耳炎になる可能性もあるからね。ちゃんと拭いておくといい」
「急に現実突きつけてくんのってそれも瀬田薫クオリティ……?」
耳を舐めている再試中息が少しだけ苦しかったのだろうか、終わった後の薫は少し呼吸が荒くなっていた。その時の吐息がやけに色めかしく、危うく襲いかけるところだったが全力で沈めた。
まあそのあと普通に瀬田薫に戻りやがった上自分で拭いてねと言わんばかりにティッシュを差し出してきたけどな!
なおせっかく耳舐めしてもらった時の唾液を自分で拭き取るとか絶対嫌なので駄々こねて薫に拭いてもらったあと、時間も時間だからと駅まで薫を送る。
そのまま駅の改札口に消えていく薫の背中を見ながら、俺はあの癒しの時間に思いを馳せていた──。