今日はあいにくの雨。じめっとした空気になんだか気分もブルーになるが、俺は変わらず家に帰るはずだった。そう、公園で雨に濡れながらポーズを取る瀬田さんを見つけなければ。
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「えっと……瀬田さん? 自分の傘は?」
「ああ、傘ならさっき雨に降られて困っていた子猫ちゃんに貸してしまってね。フフ、傘を貸すことによって自分の傘がなくなってしまうことをすっかり忘れていたよ……ああ、儚い……」
「なんというか、瀬田さんらしいというか……」
このままだと風邪をひきかねないから、という理由でとりあえず瀬田さんを屋根がある場所に連れて行って、どうしてこうなったのか理由を聞いていた。
瀬田さんのことだ。「傘をどうぞ、子猫ちゃん」みたいな感じで困っている人に傘を貸してあげる姿が容易に想像できるけど、それで自分の傘がなくなるまでは想像がつかなかったな。なんていうか、肝心なところが抜けてるんだよなあ、この人。
たまたま持っていたタオルで瀬田さんの頭をわしゃわしゃと拭きながら、これからどうするかを考える。とりあえず瀬田さんに傘を貸すのは決定事項として、まあうん、別に俺家近いし濡れて帰ってもいいや。そんなことを考えていると、瀬田さんが俺の方を見てこう聞いてくる。
「新田くん?」
「ああいや、なんでも。力加減は大丈夫そうですか?」
「特に問題はないよ。ただ、なんだか新田くんとの距離が近い気がしてね。別に嫌なわけじゃないんだが……」
瀬田さんの言う通り、今の俺はまるで瀬田さんを覆い隠すような体制になっている。正直誤解されかねない体制ではあるけれど、だからといってこのポーズをやめるわけには行かない。
だって、今の瀬田さん、雨のせいで透けちゃいけないものが透けてますからね! 思ったより女性らしいデザインだな〜とか、湿ったシャツが肌に張り付いて瀬田さんの曲線美がより際立ってるな〜とか、いやそうじゃなくて!
いちクラスメイトとして、瀬田さんのこんな姿を赤の他人に見せるわけにはいかない。たとえ瀬田さんに誤解されようとも、俺は瀬田さんを守り抜かねばならない。
「その、にっ……くしゅん」
「瀬田さん、大丈夫ですか!? やっぱり雨で体が冷えたんじゃ……」
「……そう、だね。だから、少しだけ」
そう言って、瀬田さんはぎゅっと俺に抱きついてくる。あまりにも突然の出来事に、俺はパニックになるがただ彼女からの抱擁を受け入れる。
少し冷えた体温と、ふわふわとした身体の感触がどこか心地いい。いや、なんか変態チックでやだな。もうちょっとこう、紳士的な感想を述べたいけど、やっぱり気になってしまうのが男というもので。
少しの間抱き合って満足したのか、瀬田さんは俺から身体を離すと照れ臭そうに笑ってこう言った。
「少しだけ、君の体温を分けてほしくて」
「そうだったんですね、俺の体温で瀬田さんが元気になってくれたなら嬉し……いですけどそれはそれとして正直めちゃくちゃ心配しましたからね!?」
俺が必死にそう言っても、瀬田さんはどこかキョトンとした顔をしていて。キョトンどころじゃないことしてるのに、なんていうか本当に瀬田さんって人は。
そういうところが好きだけど、そんな彼女が好きだからこそ心配になる。このままだと、誰かのために自分を犠牲にして、倒れてしまいそうな気がして。
「困ってる女の子に傘を貸してあげるのはすごく素敵なことですけど、それで瀬田さんが風邪をひいたりなんてしたら本末転倒です。瀬田さんが風邪ひいたらきっとその子も罪悪感を感じちゃうでしょうし……」
「大丈夫さ、瀬田薫は健康の女神に愛されているからね! 雨にも負けず、風邪にも負けず、いつでも儚く元気よ……っくしゅん」
「またそんなこと言って……」
俺は身震いする瀬田さんの頭をもう一度タオルで優しく撫でて、そんな優しいところが素敵だけど、自分をもっと大切にしてほしい、と改めて口にする。
すると瀬田さんはそうだね、と優しく笑ってくれて。そんな瀬田さんを見て、俺はあることを思いつく。
「瀬田さん、バンザイできますか?」
「え、ええと……こう、かい?」
「よし、そのまま! うん、うん、これでよし。えっと、それ俺のセーターです。ちょっとぶかぶかですけど、多分それなりにあったかいかと思って」
そう、俺はさっきまで自分が来ていた灰色のセーターをそのまま瀬田さんにすっぽり被せる形で着せたのだった。
その、セーターがあれば瀬田さんも安心して街を歩けるし。気を遣って視線を逸らさなくていいし。何より、あったかいし。
大好きな人だからこそ風邪をひいて欲しくないし、恥ずかしい思いもしてほしくない。そう思ったら、自然とこの考えが頭に浮かんでいた。別に下心とかはないはず! 多分、きっと。
「新田くんの匂いがして、あったかいね」
「……っ」
そんな時、瀬田さんがまた爆弾発言をぶっ込んでくるせいでまた俺は固まってしまう。なんていうか、瀬田さんは本当にこういうところがずるいというか。これを無意識でやっているものだから、余計にタチが悪い。
気まずくなった俺は、瀬田さんに傘を差し出すとそのまま家に走って帰ろうとする。そう、瀬田さんに腕を引かれなければ。
「もしかして、君ひとりで帰るつもりだったのかい?」
「え、あ……はい。俺の家、結構近いんで」
「……自分を大切にしてほしい、そう言ったのは君だろう? それなら、君だって自分のことを大切にしないとダメだ」
瀬田さんはそう言って、さっき手渡した傘の中に俺を入れてくれる。
とはいえ一人用の傘に二人で入っているわけだ、時折肩が触れ合って少し照れ臭いが、瀬田さんはそれさえも楽しんでいるようで。
「かのシェイクスピア曰く、小雨はいつまでも降り続くが、大嵐はあっという間だ。早く馬を走らせるものは、また早く馬を疲れさせもする……とね。フフ、つまり……そういうことさ」
「えっと……それって」
「一緒に帰ろう、新田くん」
瀬田さんが口にしたシェイクスピアの言葉の意味はわからない。瀬田さんの真意もわからない。だけど、水溜りに反射する瀬田さんの頬は、少しだけ赤く染まっているように見えて。
ひとつの傘を二人で分け合いながら、一緒に歩き出す俺たち。気づけば、空には虹がかかっていた──。