「そろそろ七夕の季節だな」
「はい」
「はいじゃなくてな」
元の世界の部室をモデルにした部屋で並んで座り、新作のゲームで対戦をしていた楓と燎原。ピコ、とコントローラーを押して画面を止めると、燎原は背もたれに体を預けながら続けた。
「エトワリアでは特定の時期になると、聖典が元ネタの行事をクリエメイトにやらせる傾向にある。そして今年もその季節になったわけだ」
「なるほど」
「それで、どうやら前回は女子だけで七夕伝説をやったらしいが、今回は男も居るから俺たちに参加してほしいのだそうだ」
説明を終えて画面を再開する燎原に、ふと気になったことを楓が聞く。
「……? ひでりちゃんも居たよね?」
「ヤツは織姫側を選ぼうとしたから縄で縛ってスティーレに置いてきた。今回の七夕伝説には付いてこれそうにない」
「えぇ……」
「前回は女子だけだったから今回は男だけでやろうなんて言ってみろ、俺たち全員が次の同人誌イベントのモデルにされるぞ」
同人誌……? と疑問符を浮かべる楓は、そういえばと更に聞き返した。
「七夕伝説ってどういう話なんだっけ。織姫と彦星が一年に一回しか会えないやつ……っていうイメージしかないなぁ」
「ああ、めちゃくちゃザックリ言うと、『恋愛に現を抜かしたバカップルが仕事をほっぽってイチャついたせいで織姫の父親の怒りを買った』という話だな。一年に一回しか会えなくなったのはそのせいだから自業自得と言える」
「これそのままの話をやったらこっちの子供の夢ぶっ壊れない?」
要点しか話していないが殆ど合ってはいる内容に、楓は引き気味で言う。
燎原は横目でちらりと楓を見て、ゲーム内のキャラにとどめを刺してから続ける。
「──あ゛」
「俺の勝ち。……まあ今のは端折り過ぎたな。厳密には彦星は真面目に働きすぎる織姫の幸せの為に父である天帝が連れてきた伴侶で、牛追いの仕事をしていた人間だ。
しかし結婚を境に怠けて遊んでばかりな織姫は機織りの仕事を、彦星は牛追いの仕事をしなくなり、着物は作られず牛は痩せ細り病気に。
そんな堕落ぶりに怒った天帝は二人を天の川を挟んで互いの姿を見えないくらいに引き離したわけだ。だが織姫はそのことで悲しんで泣いてばかりで仕事もできない。
流石の天帝も不憫に思ったのか、『真面目に働くなら年に一度だけ彦星に会わせてやる』としたそうだ。その日が7月7日なのだとか」
長々と話終えて、燎原は茶を啜り喉を潤す。
「ちなみに夏の大三角形のベガとアルタイルは織姫と彦星だったりする。この辺の話は木ノ幡か真中にでも聞けばいいだろう」
「へぇ~」
「ちなみに今の話を聞いてどう思った?」
「……天帝がめちゃくちゃ親バカ?」
ふうん、と鼻を鳴らして、燎原は後ろの机に向き合って絵を描いていた水葉に目を向ける。
「お前は?」
「ん? ……そうね、『働きすぎる織姫に最終的に真面目に働くようにと約束させる』のは本末転倒なんじゃないかしら? とはいっても、結婚した途端に怠けるのも嫌にリアルよね」
「うーん、やっぱりこれ完全再現しても子供にはつまらないんじゃないかな」
「やはりある程度は改編する必要があるか。まあ、所詮は二次創作だ、都合よくハッピーエンドにしても問題はあるまい」
ゲームを閉じた燎原が立ち上がると、ゴキゴキと関節を鳴らしてから言った。
「じゃ、織姫役に会いに行くか」
「なんて?」
「お前にもキビキビ働いてもらうぞ彦星役」
「なんて?」
「……?」
「いや『何言ってんの?』みたいな顔は俺がしたいんだよ。なんで自分でやらないのさ?」
「それは、楓にそういう役目をやらせると面白いことを、理解しているからです」
「なんて最悪な思考回路なんだ……」
後ろに回った燎原は楓の肩をがしりと掴むと、一拍置いて続ける。
「ちなみに織姫役のクリエメイトには既にある程度話を通して衣装も作らせているからな。これで断るお前ではあるまい」
「どうしてそこまで用意周到に俺を困らせることに関してだけ余念がないんだ……」
「彦星役をやってくれるだろうか。やってくれるね。ありがとうグッド七夕伝説」
「お前のその突然会話が通じなくなるの、ものすごい怖いんだけど」
──飯野水葉から同情的な目を向けられながら部屋を出て暫く、くだんの織姫役が居るらしい場所に向かった楓は、横に立つ燎原に恨みのこもった顔と言葉を向ける。
「あのさあ」
「はい」
「はいじゃなくてね……まったく」
しれっとした顔で視線を受け流す燎原だが、楓は意識を切り替えてため息をついてから、道中で買ってきた菓子折りを手渡した。
「突然ごめんね
「い、いやあ、気にすんなって。私もまあ……相手がお前なら……その……別に……嫌じゃないっつーかなんつーか」
「ん?」
「……なんでもない」
受け取りながらもごもごと言葉尻を小さくさせる少女──
「──この格好、どうかな?」
「…………。すごく可愛いと思う」
「そ、そうか……あっ、楓の衣装も完成したらしいけど……着てみたら?」
「じゃあ……はい。着ます」
薄紫の衣装の上に透けている羽衣を纏った宇希を見て、楓はそれとなく視線を斜めに上げながら答える。──ちょっと胸元出しすぎじゃない? と言えるだけの度胸は、流石になかった。
「犬井さん」
「なんだ」
「もしや、秋野さんたちを結ばせるためだけに今回の企画を思い付いたのですか?」
「いやまさか。適任なのが
「本当に?」
「天帝はキューピッドみたいなもんだからな」
「やはり故意でしたか」
二人を遠巻きに眺める燎原の元に、聖典でチアリーダーをしていたグループを纏めている少女──有馬ひづめが現れそんな会話を交わす。
「見てみろ、あの好きなのは目に見えてるのにお互いが一歩引く性格のせいで両片想いに留まっているもどかしい姿を」
「いじらしいですね」
「それに安心しろ、七夕伝説の演劇自体も成功させてみせよう。子供ウケのいいシナリオはうちの部でもよく考えるからな」
「なるほど」
ひづめは宇希と楓を見ると、互いの織姫・彦星の衣装を見合って顔を赤くしている二人を視界に納めて目尻を緩める。
「あの二人をくっ付けつつ劇も成功させる。難しいが……どうにかなるだろう」
「はい。成功をお祈りしています。なんなら、私達がチアで応援しましょうか」
「…………そこまではしなくていい」
演劇の傍らでチアをするひづめたちを想像して、燎原は顔をしかめながら否定する。それから少しして、ひづめは燎原に問いかけた。
「ところで犬井さん、あなたはどういった役回りを演じることになってるんですか?」
「俺か? 俺は────」
「──さあこい彦星! 俺はHPが50%を切るとモーションが変わるタイプのボスだぞォ!!」
「七夕伝説ってこんな感じだったっけ!?」
「私に聞くな!」
魔法のクリスタルとフラスコを構える
大抵の出来事はエンターテイメントとして受け止めるエトワリアの住人は『まあそういうモノなのだろう』で受け入れ、クリエメイトの面々は『面白いしまあいいか』で誰も止めようとしない。
今この場に、楓と宇希の味方は居なかった。
──激闘の開始から数分、楓の『とっておき』が炸裂し、
「ぐっ……俺にはまだ、第二の変身が残され────ぐわああああああ!!」
そんな断末魔が響き、煙が晴れると、そこに天帝の姿は無かった。子供たちの歓声を聞きながら、二人は息も絶え絶えに口を開く。
「はあ……はあ……つ、強かった……本当に無駄に強くてなんかムカついた……!」
「私たち……なにやってたんだっけ……」
紆余曲折を経てクライマックスに到達した楓たちだったが──ここで、問題が起きた。
「宇希ちゃん、ごめん台詞が頭から飛んだ」
「うえっ!? ……あ、ヤバい私も」
事前に渡されて読み込んだはずの台本の台詞が、綺麗さっぱり記憶から飛んでいた。
──おのれ燎原……! と、この場に居ない黒幕に恨みをぶつけつつ、向かい合ったきり動かないままでは劇が進まないことを理解して、楓はおもむろに宇希の頬に指を伸ばす。
「っ!?」
「ボロが出る前に、上手いことアドリブでさっさと終わらせてこの場を去ろう」
「そ、それしかないか……どうせ、このあとは
自分の口にした言葉に、宇希は顔を赤くする。顎に添えられた指でくっと顔を上げられて、彼女は楓と顔を見合わせた。
「──織姫」
「は、はい……っ」
「……初めて会ったときから、俺は、君のやるべきことに熱意を向けられるところが綺麗だと思った。実は可愛いものが好きなところとか、ちょっと素直じゃないところとか、そういうところを全部ひっくるめてずっと惚れてたよ」
「──え」
真っ直ぐ顔を見ながらそう言った楓の言葉に、宇希の思考は混乱する。それは彦星としての言葉なのか、それとも楓の本心なのか。
「
「……はいっ」
「なんで俺は水葉に足を引きずられながら現場から離れてるんだろうな」
「日頃の行いでしょ」
楓くん
・七夕伝説ってこんなんだっけ?と思いながら天帝(燎原)をボコボコにした。
なお燎原のせいで台詞が飛んだので混乱しながら勢いで本心をぶちまけて何とかした模様。
燎原くん
・実はまだ変身を残しているがお披露目する機会は訪れなかった。体力が50%を切るとモーションが変わるタイプのボス。
うきちゃん
・『アニマエール!』の主人公である鳩谷こはねの幼馴染。
勢いで告白されたから勢いでOKしたはいいが、寝る直前まで頭に『?』が浮かんでいたし暫く顔を合わせられなかった。