「──神殿に行ったときに異様にチョコを渡されるなあと思ったらさ、よく考えたら今日ってバレンタインデーだったんだよね」
「それを俺の前で言うってことは喧嘩を売ってると受け取って良いんだな?」
「沸点低くない?」
「なんだなんだ、男二人で俗な会話だな」
「あやめちゃん、俺が何故か燎原にキツく当たられてるだけだよ」
「いや原因はハッキリしてるだろ……まーでも、犬井も私らからチョコ受け取ってるんだし、下らない喧嘩はすんなよな」
「人のこと言えないじゃん」
関あやめの視線を辿ると、机の一つに山積みの様々な箱が甘い香りを漂わせていた。
「俺は自慢した覚えがない」
「俺も自慢した覚えはないよ……?」
「なら誰から貰ったか言ってみろ」
「……アルシーヴとフェンネルとセサミとハッカちゃんとシュガーちゃんとソルトちゃんとランプちゃんと、あとクリエメイトの子から何個か」
「そういうとこだぞ」
「……???」
ほらみろと言わんばかりに燎原はあやめを見る。彼女もまた、仕方ないとでも言いたそうな表情でかぶりを振ると口を開く。
「楓さんめっちゃモテるじゃん」
「……いや、どうだろう。友チョコって奴だと思うよ。元の世界でもこんな感じだったし」
「そういうとこだぞ」
「傷の入ったCDかお前は」
「ンッフ」
部屋の端で会話を聞いていたSNS部の音楽担当が、楓の例えに小さく笑う。
すると、燎原の近くで絵を描いていた少女──本田珠輝が、おずおずと会話に混ざった。
「……りょーくんも小学生の時、わりとチョコとか貰ってたよね」
「やっぱり人のこと言えないじゃん」
「あっ、でも、中学校は違うところだったからその辺りはわからないかも」
「被告人、実際のところは」
「誰が被告人だ。……いや、そこまで貰った覚えはないが……」
「その言い方はそこそこ貰った事がある奴の誤魔化し方だぞ」
珠輝と楓に問われて、燎原は顎に指を当てて思い返す。楓ほどではないがそれなりに貰った記憶のある燎原は、視線を斜めに移して言う。
「──それで、だな」
「誤魔化しおったぞこの鶏……」
誰が鶏だ、と言いつつ、おもむろに楓が横に置く袋を指差して続ける。
「俺としては七賢者チョコがどんなものか気になるところだな」
「子供向けお菓子みたいな名前だね」
「あー、ウエハースと一緒にカードが1枚入ってるやつ」
「七賢者から貰ったやつ? ……あっそうだ」
なにかを思い付いた楓は、袋の中のチョコをがさごそと漁り、一つの包みを取り出す。
可愛らしくラッピングされた小さな袋には、幾つかのトリュフチョコが入っていた。
「一つあげよう、食べてみろ」
「……? 施し……戦争か?」
「燎原って元の世界でもこんな物騒なの?」
「うーん……楓くんと仲良くなってからこうなったから、男友達が新鮮なのかも」
「それじゃあ俺のせいみたいじゃん」
すっとんきょうな顔で物騒な物言いをする燎原に対し、珠輝に問いかけ頬をひくつかせながらも有無を言わさずトリュフチョコを一つ渡す。
「……これ、誰が作ったチョコなんだ?」
「食べて当ててみ」
「……………………。南無三」
まさか毒は入ってないだろうと考えながら、燎原は手のひらに転がるそれを口に放り込み──パキ、と割れて中身が溢れて。
「──ん、普通に旨いな。結構甘いが…………いやちょっと待てこれは甘過ぎうぶおぼ」
「りょーくーーん!!?」
「あー、やっぱりかぁ」
口内で甘味が暴れだしたトリュフチョコを噴き出しそうになった口許を押さえて、燎原はソファに座りながら踞る。
慌てて珠輝が差し出したお茶を一息で飲み干すと、呼吸を荒らげて楓を見た。
「こ……殺す気か……!」
「いや、ここまでとは思ってなくて」
「……これ、シュガーの作ったチョコだろ……」
「正解」
「『正解』じゃないが…………」
あまりの甘さに喉が焼けるような感覚に襲われる燎原は、注がれたお茶をもう一度飲み干す。楓は同じように一つを放り込むと、口の中に広がる凄まじい甘さで顔をしかめる。
「チョコ自体に生クリームと大量の砂糖、トリュフチョコの中身に練乳とハチミツが入ってるな。おーこりゃ……うん、甘い」
「楓……お前、よく耐えられるな」
「まあ、慣れよ。慣れ」
七賢者のうち、双子の片割れであるシュガーは、とにかく甘いものが好きな究極の甘党であった。そんなシュガーが作ったとなれば
「さてこっちは……ソルトちゃんのチョコか。おや手紙入りだ。えーっと」
楓は別のチョコの入った袋を取り出すと、ピンで留められていた小さな手紙を広げる。
「……『楓お兄様へ。シュガーのチョコレートはとても甘く作られていると思うので、私のチョコは苦い種類を使用しています。一緒に食べれば、程よく和らぐと思います。ソルトより』
──妹のことをよく理解してるなあ……てっきり塩チョコでも入ってるのかと思ってた」
「楓、七賢者にお兄様って呼ばれてるんだな」
「そこは引っ掛からなくて良い」
やいのやいのと会話をしている二人だったが、ふと出入口の扉がノックされた音に意識を向ける。やや掠れた燎原「どうぞー」という声を聞いて、ノックした張本人が部屋へと入ってきた。
「──お邪魔しまーす」
「おや。栄依子ちゃん」
「おー、楓くんほんとに居た」
ひょこりと顔を覗かせたのは、『スロウスタート』の聖典から召喚されたクリエメイトの一人である
タートルネックのような衣服の肩と腋の辺りを露出した格好を着こなしている栄依子は、後ろから楓の方を覗き込み──山盛りのチョコレートを入れた袋を視界に納める。
「ほんとに居た、って誰に聞いたの?」
「…………。んー、ここの人。えっと……布田、裕美音ちゃん、だったかな」
「ああ、裕美音ちゃんか」
「あれっ、苦手?」
「苦手というか……俺を見る目付きがなんかねっちょりしてるときがあってさ」
「────同情はする」
「なんで…………?」
栄依子との会話を聞いて、燎原は顔を覆う。彼は、BL好きの幼馴染が勝手に自分と楓をカップリングさせていることを知っていた。
──顔を覆うついでに、栄依子がそれとなく手に持っていた何かを後ろに隠す様子を見て、楓に視線を移すと薄く笑って口を開く。
「……ふぅん、なるほど……さて、楓、そろそろ作業があるからとっとと帰れ」
「なんだい急に」
「邪魔だから帰れ」
「えーっ、酷くない?」
「『酷くない?』は無断で毒味役に選ばれた俺がお前に言うべき台詞だ」
しっしっ、と手を払うジェスチャーをする燎原の態度の変化に小首を傾げつつも、仕方ないと楓は袋を手に立ち上がる。
「ついでに十倉を送ってやれ。女性のエスコートは男の仕事だ」
「言われなくてもするって……ごめんね栄依子ちゃん、来て早々に帰ることになって」
「ううん、いいのよ」
「そういえば、なんで俺を探してたんだ?」
「────」
ぎくり、と栄依子は色白の肩を跳ねさせた。後ろで組んだ手に乗せられた物を渡しに来た、とはなんとなく言えなくて、つい言葉に詰まる。
「まあいいか。なんか甘いもの食べすぎて眠くなってきてるし」
「いっそのこと三食チョコレートでいいんじゃないか?」
「燎原、俺が糖尿病で死んでエトワリアを去る事になったらどうするんだ」
「それは、とても、面白いと思います」
──言うと思ったよ……と返して、楓はため息をつきながら扉に近付く。
「全く。邪魔物は帰りますよ~」
「そうしろ。──十倉、頑張れよ」
「…………えっ?」
楓に続いて部屋を出ていこうとした栄依子に、燎原はそんな言葉を投げ掛ける。
顔を向けた彼女が見たのは、力なくひらひらと手を振る燎原の姿だった。
「ねえりょーくん、なんで
「……ふっ。人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んでしまうからだ」
まだ僅かに喉に残る違和感を洗い流そうと、3杯目のお茶を飲みながら燎原は言う。
そんな燎原に、楓で遊ぶのが楽しいのだろうと察している珠輝は質問していた。
「……本当のところは?」
「──浮いた話の6つや7つはあるだろう楓に修羅場が訪れたら面白いだろう」
「それ、浮くどころか沈まない……?」
──夕焼けが帰路を鮮やかなオレンジに照らし、二人の影は細長く伸びてゆく。
「……楓くん、チョコいっぱい貰ってるけど、それ全部にお返しするの?」
「そりゃあまあ、貰った以上はお返しするのが礼儀だからねえ」
「アハ、大変そう」
「大変だよー。でも、何人かに渡すついでだとしても、貰えたら嬉しいもんだよ」
何気なくそう言った楓に、栄依子は表情を暗くする。あくまでも義理であるという前提が頭にある楓には、
「ねっ、楓くんは、犬井くんたちとバレンタインデーの話をしてたんだよね」
「そうだよ」
「じゃあ……やっぱり元の世界でも、チョコ、貰ったことあるの?」
「あるよ。あるけど──楽しむ余裕があんまりなかったからなあ、こっちはこっちでなぜか闘技場で戦わされたりしてたし」
あったね~、と言いながら、遠い目をする栄依子。──そういえば、あの時もチアの子とか地学部の子から貰ってたっけ、と考える。
楓本人が義理だと思っているだけで、去年のチョコも、今年のそれも、殆ど全ては本命なのだろうということだけは理解できた。
「…………う────ん」
「栄依子ちゃん? どうしたの」
「……楓くんが悪いのよ」
「なにが?」
「──はい、ちょっとこっち来て」
栄依子自身、元の世界でも相手をからかうことはあったが、天然気味の青年にここまで心をぐらつかされるとは思ってもみなかった。
里の広場にあるベンチに座ると、隣に楓を座らせて質問を投げ掛ける。
「なにか、私に言うことがあると思うの」
「え────っと……その服可愛いね。栄依子ちゃん美人だから、凄く似合ってる」
「う゛っ……そうじゃなくて」
ふっと笑いかけながらそう言われ、不意打ちの褒め言葉に胸を押さえる栄依子。
違うのか……と呟く楓は、栄依子のどこかムッとした表情に、少し考えて聞いた。
「──もしかして、バレンタインデー?」
「ん。もしかしなくてもそうです」
「…………俺に、渡すつもりだった?」
「────」
こくり、と頷いて、彼女はずっと持っていた箱を楓に差し出す。赤い長方形の箱を受け取ると、楓は開けて良いかと短く聞く。許可を得て開けると、中に入っているのは、型で固められたシンプルなハートマークのチョコレートだった。
「楓くん」
「なあに?」
「それ、義理じゃないからね」
ポツリと呟かれた言葉に、楓はピシリと固まった。一拍置いて、チョコと栄依子を交互に見ると、本気で狼狽えながら聞き返す。
「…………うん!?」
「本命的なやつだから、『義理でも嬉しいよ』とか言われたら、ちょっと悲しいかな」
「──そっか」
ちらり、と栄依子の顔を見る。
夕陽でわかりづらいが、その顔は、間違いなく真っ赤に染まっていた。
そこでようやく、楓は、渡されたチョコの山を見て、もしかしたらと真意を察する。
「…………はぁ~~~~、この馬鹿野郎」
「えっ、どうしたの?」
「いや。自分の馬鹿さが嫌になってた」
恐らく元の世界でのバレンタインデーでも、本命チョコはあったのだろう。
それに気づけなかった自分の愚かさに薄く笑いながら、楓はおもむろにチョコをつまむ。
「──いただきます」
一口で放り込み、じんわりと口内で溶けるチョコを咀嚼する。ただチョコを溶かして固めたのではない、湯煎の時点から丁寧に作らないと味わえない舌触りの良さに、楓は満足そうに頷く。
「…………甘いなあ」
「えっと……甘過ぎたかな」
「ううん。そうじゃないよ」
栄依子のチョコは、とても甘い。シュガーのトリュフチョコよりも遥かに控えめだが、けれども確かに甘く、暖かくて。
──不安そうに揺れる、星のようにキラキラと輝く緑の瞳が、なによりも愛おしかった。
楓くん
・魂がイケメンなのでまあまあモテる。七賢者と筆頭神官からの好感度が高い時点で勝ち組みたいなものだが、えーこ編の楓くんはかなり鈍い。
燎原くん
・SNS部のカウンセリング担当。程々にモテる。鋭い観察眼で楓くんの境遇を薄々察しているが、それはそれとして男友達が居なかったので楓くんをからかうのがわりと楽しい模様。
性能は☆5ナイト(土)で、戦闘時は何故か頭に鶏マスクが強制的に装着される。
えーこ
・『スロウスタート』の主人公である一之瀬花名のクラスメート。楓くんがモテるのは知っていたけど、山盛りにチョコを渡されるくらいだったとは想定していないんですが……。