まちカドまぞくRTA番外 メイプル旅行記   作:兼六園

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十倉栄依子 ②

 里を出て暫く歩いた先にある川辺で、栄依子と楓は魔物退治に勤しんでいた。

 

 水属性の敵と相性が良い土属性の魔法使いである栄依子をサポートしている楓が、川にクリスタルを使った魔法の弾を撃ち込み、魔物の動きを止めて隙を作る。

 

「これで──終わりっ!」

「ちょっ、その威力だと──」

 

 そこに栄依子が渾身の魔法を放ち、魔物を巻き込んで川を爆発させる。

 

「よしっ……ぅわぷ」

 

 咄嗟にその場を離れた楓の目の前で、栄依子は降ってきた川の水を頭から浴びていた。

 

「うわぁ~やっちゃった」

「栄依子ちゃん、考えて撃たないと」

「はぁい。──というか楓くん、今一人だけそそくさ逃げてたよね?」

「はて……」

 

 とぼける楓に、栄依子はむすっとした表情をするが、更になにかを言おうとして、ぶるりと身震いしてくしゃみを一つ漏らした。

 

「──っくしゅ」

「ああもう、こんな時期に水なんて被ったら寒いに決まってるでしょうに」

 

 楓は着ていたコートを脱いで栄依子に羽織らせる。震えながら袖を通す彼女は、ブカブカのコートにすっぽりと体を納めて笑みを浮かべた。

 

「ふふ、ありがとう楓くん」

「帰りは陽射しに当たりながら帰ろうか。──それにしたって、その格好だと遅かれ早かれ風邪とか引きそうなものだけどね」

「うーん、でも戦うときにこの格好だと不思議と力が湧いてくるし……」

「それでも見てるこっちは心配になるよ」

 

 コートの前を開けて、栄依子は濡れた衣服を楓に見せる。妖精を思わせる可愛らしい服装だが、肩と谷間を露出するデザインを目にして、それとなく視線を逸らした。

 

「──あ、今どこを見たのかな~?」

「……だから心配だって言ってるんでしょうが」

「────」

 

 楓は手を伸ばしてコートの前を閉めると、濡れた前髪を指先で掻き分けて続ける。

 

「帰ったら着替えて、ライネさんのところで温かいものでも食べようか」

「……あー、うー…………はい」

 

 真面目な顔で冷静に諭されて、栄依子は今になって恥が勝り顔を熱くしながらボタンを閉じる。特にどうとも思っていなさそうな楓に、どことなく不満を覚えながら。

 

 

 

 

 

「ということがあったんだけど、犬井くんは楓くんの行動、どう思う?」

「衝撃の真実かもしれないが、実はSNS部(うち)の作業部屋は懺悔室じゃないんだ」

 

 妖精のような服装からバレンタインの時のニット服に着替えた栄依子は、毎度のごとく燎原の厄介になっていた。

 

「ふん。とどのつまり、十倉は楓に色目を向けたのにあしらわれて負けた気分になったと」

「なんかトゲのある言い方じゃない?」

「原因そのものの言い草がそれか……?」

 

 半ばのろけ話である愚痴を聞かされている燎原は、栄依子を見てそう返す。

 

「──まあ、あいつも女に囲まれていてはそういう態度を取らざるを得ないのだろう。しかも、なんか本人曰く見慣れてるらしいし」

「見慣れてる……???」

「あいつの知り合いはいまだに召喚されていないようだが、あの七賢者のセサミに勝るとも劣らない露出度の仲間がいるんだとか」

「えぇ……」

 

 ──そりゃあ慣れるものだ。と燎原は言うが、耐性の付け方が『毒キノコを食べて死ぬな』となんら変わりないことに栄依子は引いていた。

 

「ともあれ、俺としてもお前たちが乳繰り合っているのは見ていて面白いのだが」

「だが?」

「ここから先は有料です」

「え──っ」

「金は要らん。消え物か面白いエピソードを献上したら話してやろう」

「すごい態度……あ、チョコ持ってきたんだけどこれでもいい?」

 

 ソファの傍らに置いていた紙袋を取り出すと、栄依子は燎原に渡す。

 

「神父様、つまらないものですが」

「……ふっ、お主も悪よのう」

「おいこら鶏、神父っつってんのに悪代官ムーブしてんじゃないわよ」

 

 そこでとうとう、部屋の奥で流れを見守っているクリエメイトの少女──飯野水葉が作業をしながらツッコミを入れていた。

 

「なあ十倉、この明らかに開封済みのチョコの箱はいったいなんだ」

「あ~~~、それ、バレンタインチョコ作りのあまりなのよ」

「………………まあ、いいだろう。水葉、お客さんに粗茶を淹れてさしあげろ」

「それ本人を前にして言っていいやつ?」

 

 紙袋を閉じて水葉に渡すと、露骨に面倒くさそうな顔をしながらも水葉は別室に向かった。少しして戻ってくると、栄依子と燎原と自分の3つのマグカップをトレーに乗せて戻ってくる。

 

「粗茶よ」

「どうも」

「粗茶よ」

「ありが…………この粗茶、なんだか凄く嗅ぎなれた甘い香りの茶色い液体なんだけど」

 

 受け取ったマグカップを覗く栄依子は、湯気に混じった香ばしいカカオの匂いを嗅ぐ。

 

「うちではバレンタイン以降、大量に余ったチョコレートをホットチョコに加工して飲んでいる。乃々辺りがニキビに怯えて口にしないから、もっぱら俺を中心に消費しているわけだ」

 

「そ、そう……。──あっ美味しい」

 

 一口すすり、栄依子はほっと一息つく。それから燎原が、おもむろに口を開いた。

 

「十倉、お前、楓の弱みを見たことはあるか?」

「えっ……たぶん、無いけど」

「俺はある」

「──なんでいま急に喧嘩売ってきたの?」

 

 困惑と煽られた苛立ちの混ざった表情を向ける栄依子に、燎原は続ける。

 

「『歳のわりに落ち着いていて、冷静で紳士的なかっこいい青年』。さて、だーれだ?」

「……えっと、楓くん?」

「正解。それが、お前や他のクリエメイトが楓に抱く印象だ。だがそれ以外は知らない」

「────」

 

 ホットチョコをすすり、燎原は栄依子を見る。まるで心の内を見透かされているかのような瞳に射抜かれて、おずおずと返した。

 

「私は確かに、楓くんのことをあまり知らないのかもしれないけど……あの人も全然無防備なところを見せないじゃない?」

「それは十倉があいつの行動ルーチンを把握していないからだ。例えば──」

 

 一度壁の時計を見ると、一拍置いてから言う。

 

「この時間帯に俺のところに来ていないということは、恐らく今ごろは里の広場のベンチでひなたぼっこでもしながら昼寝してると思うぞ」

「……老後のお爺ちゃんかなにか?」

「気になるなら見てくるといい。古今東西、好きな相手の弱いところっていうのはな、知っているだけで嬉しくなるものだ」

 

 燎原はホットチョコの残りを一息で呷り、マグカップを机に置く。栄依子もまた、手元のマグカップを見て決心したように呟く。

 

「好きな相手の弱いところ、か」

「さあ行きなさい、楓の無防備な寝顔を拝んでギャップに萌えるのです」

「──ありがとう、神父様!」

 

「…………いや、なにこれ」

 

 詐欺師に言葉巧みに丸め込まれている生娘の走り去る背中を見送る水葉は、呆れた表情で茶番に対してそんな言葉を呟いていた。

 

「あんた、将来はカウンセラーでもやりながら詐欺師も兼業したら?」

「冗談はよしてくれ」

 

 背もたれに体を預けながら頭を逸らして、背後の机に向き合う水葉を上下逆に見ながら、栄依子を焚き付けた燎原は続ける。

 

「あの小娘を含めてクリエメイトの何人かは楓に好意を向けているが……楓自身は弱みを見せたがらない。意地を張っているのかは知らん」

 

「ふぅん?」

 

「だからこそ、さっきも言ったが、要するにギャップ萌えなんだよ。ああいう堅物がふとしたときに見せる弱みとか甘えは、十倉みたいな女性にはクリーンヒットする」

 

「……ああ、なるほど」

 

 水葉は体重を預けてギィと椅子を軋ませて、片手に持つマグカップの中身をすする。

 

「ま、一理あるわね」

「水葉にもその手の理解はあるんだな」

「────うるさい」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 ──ぽかぽかとした陽射しが栄依子を暖める。水に濡れたあのときもこんな陽射しのなかを歩いて帰ったなあという考えが脳裏を過り、くすりと小さく笑いながら里を歩く。

 

「──あ、本当にいた」

 

 里の広場付近のベンチに近づくと、見覚えのある顔の青年が眠っている。

 気持ち良さそうに寝息を立てる楓に近づくと──楓の周りに幾つかの毛玉があった。

 

「くっ!」

「くーっ!」

「くー!?」

「クロモンも居たのね……懐かれてるのは、楓くんらしいというかなんというか」

 

 エトワリアに存在する魔物の一種である猫のような見た目の、帽子を被った生き物──クロモンが、楓の膝や横に座って同じように陽射しを浴びていたらしく、栄依子の気配に反応して起きるや否や独特の鳴き声を上げた。

 

 神殿にて七賢者などに協力している個体も居るため、楓に懐いている里のクロモンに関しては、さほど違和感はない。

 

「あー、その、静かに。ね?」

「くっ」

「楓くんが起きちゃうから」

「くー……」

 

 仕方ない、とでも言いたげな声色で静かになると、クロモンのうちの一匹がベンチにスペースを作って楓を起こさないように小さく鳴く。

 

「くっくー」

「えっと、座っていいの?」

「くーっ」

「あは、ありがとう」

 

 スカートを押さえながらそっと座り、楓と同じ目線で里を見渡す。すやすやと眠る楓の横顔を見て、おもむろに指を伸ばして頬を撫でた。

 

「……なるほど、これが弱み……」

 

 栄依子は普段から、楓の笑う顔、戦うときの真剣な顔などは見てきたが、こうも無防備な寝顔などは初めて見た。栄依子の胸にどこか"きゅん"と来るものがあり、脳裏に『ようやくその領域に至ったか』と師匠面をする燎原の顔が浮かぶ。

 

「──膝枕、とか、しちゃったり」

 

 ベンチの端に座る楓の反対に寄ってから、栄依子は楓の肩を引っ張り、頭を倒させるとそっと自分の太ももに乗せる。楓の腹に座る位置をずらすクロモンの動きに微笑を浮かべて、その流れでおもむろに髪を指で梳すように触れた。

 

「おお、意外といい髪質……えっこれもしかしてお高いシャンプー使ってる……?」

 

 無防備なところに触れて、()()()気付く。

 栄依子の目に映る今の楓は、ただの15歳の青年でしかなくて──

 

「──好きな相手の弱いところ。それを知ってもなお、こんなにも愛おしくてたまらないなら、この気持ちも悪くないかもしれないわね」

 

 少なくとも、楓の寝顔を今は自分だけが独占している。この現状に、栄依子は確かな優越感を覚え、それからちらりと辺りを見渡した。

 

「…………。皆には、内緒よ?」

「く、くーっ」

 

 クロモンを前にして、指を口許に当てる栄依子。彼女のジェスチャーに対してクロモンたちは帽子で顔を隠す動きを取り、栄依子はふっと笑い、人通りが少なく誰もこちらを見ていないことを確認して──寝ている楓に顔を近づける。

 

 

 

 ──果たして栄依子が何をしたのかについては、クロモンのみぞ知る。

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