まちカドまぞくRTA番外 メイプル旅行記   作:兼六園

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十倉栄依子 ③

「なんで俺は燎原と買い物に出掛けないといけないんですかね……」

「だってお前、ホワイトデーのお返し選びとかできないだろ。とりあえずチョコで返せばいいってもんじゃないんだぞ」

 

 春の暖かさが顔を覗かせる3月も中旬。ホワイトデーの空気に包まれている里を歩く楓は、朝から外に駆り出されていて欠伸を漏らした。

 

「朝早くから『ホワイトデーの時間だ、コラァ!』とか言いながら声と勢いとは裏腹にすごい優しい動きで玄関から入ってきた燎原を見たときは、ついに頭が壊れたのかと疑ったよ」

「お前いま『ついに』って言ったか?」

「はて……?」

 

 まだ少し寝ぼけた思考を回してとぼける楓に、渋い顔を向けた燎原は(かぶり)を振る。

 

「それで、こんな日に朝から俺を駆り出させて何をしようってのさ」

「当然、ホワイトデーのお返しを用意する手伝いに決まってるだろうが」

「きみ人のこと言えなくない? SNS部の子達から貰ってるでしょ?」

「たま達に返す分はとっくに用意してある」

 

 わあ周到、と返す楓に燎原は続ける。

 

「……ところで、お前、バレンタインの時に具体的に誰から幾つ貰ってるんだ?」

 

「えー、あー……調停の仕事で居なかったカルダモン以外の七賢者と、アルシーヴと、ランプちゃんと、チア部のこはねちゃんたちと……地学部のみらちゃんたちと……アイドルのイノちゃんたちと……芸術科の如月ちゃんたちと……喫茶店の夏帆ちゃんたちと……キャンプやってるリンちゃんたちと……あとは栄依子ちゃんたちから?」

 

 脳裏で数えながら何度も指を畳んでは広げる楓のカウントが終わるのを待ち、それから燎原は、にこりと笑いながら肩を叩いた。

 

「ちょっと地獄に行ってみない?」

「気軽に行ける場所じゃないよ?」

「──まあ、まあいい。お前は大罪人だが、渡した方に罪はない」

「俺の罪とは」

「たぶん俺と古木さん以外の男に同じ事を言ったら強めに殴られるぞ」

「そんなことある……?」

 

 などと駄弁りながら歩く二人は、バレンタインデーとホワイトデー限定で朝から開かれているお菓子店にやってきた。

 

「ここで各グループ用に菓子類の詰め合わせを買って、向かいの美容品や小物を売っている店の商品とセットで渡してこい」

「普通にチョコだけでよくない?」

「馬鹿」

「シンプルな罵倒はだな……」

 

 はぁと呆れた表情でため息をつく燎原が、陳列されたお菓子を見て回りながら、着いてくる楓に背中越しに説明を始める。

 

「ホワイトデーのお返しは色々なお菓子や美容品などで意味が変わる、と言われている。クッキーなら『友達でいよう』、マカロンなら『貴方は特別な人』だったりな」

「はえー」

「……とは言ったが、今回に限ってはそういう特別な意味的なモノは全て忘れろ」

「なんで?」

 

 ちらりと楓を見ると、鼻で笑って言う。

 

「お返しはお返し、本命は本命だからな」

「本命て」

「お前が十倉に惚れているのは知っている。面倒くさいから誤魔化すな」

「ぬっ──んん、あー……おぉん……」

 

 図星を突かれて表情をひきつらせ、楓は観念したように首を擦りながら頬を染める。

 

「男の赤面はキツいからやめろ」

「うるさいなあ……誰のせいだよ、まったく」

「……とにかく、七賢者たちとアルシーヴとランプ、それと鳩谷とか木ノ幡、桜、山口……他多数の分は、さっきも言ったが詰め合わせで良いだろう。向こうも大人数がお前一人に渡したと分かっているだろうから、数人分で纏めて返されるのは想定済みと見ている」

「燎原がそう言うなら信じるが、結局『ホワイトデーのお返しの意味は忘れろ』ってなんなの」

 

 ああ……と言って燎原はさらりと返す。

 

「結局のところバレンタインデーなんてものはお菓子業界がチョコレートを売るために考えた文化だ。ホワイトデーの意味がどうこうだって、所詮はマナー講師が考えたでっちあげだからな」

「なんか恨みが籠ってないか?」

「…………俺のことはいいんだよ。ほら、お前は十倉に返す以外のお菓子を選んでこい。俺はあっちの店で適当な美容品と小物を買ってきてやる。なるべくお菓子はダブらせるなよ」

 

 パンパンと手を叩いて行動を急かす燎原。楓はくつくつと喉を鳴らして商品を選ぶために踵を返すと、店の奥へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──長く、苦しい、戦いだった……」

 

「全くだ……最後にアルシーヴとフェンネルに渡しに行こうとしたら調査で洞窟に行ったとか言われたし、向かった先では何故か古代の魔物の封印が解けそうになっていて再封印のための時間稼ぎのための戦いに巻き込まれるし……お返しはなんとか渡せはしたからよかったけれども」

 

 単なるホワイトデーのつもりだったのにな……と続ける楓は、ボロボロの姿となっている燎原が破れた鶏マスクを脱ぐ様子を横目で見る。

 

「しかしまあ、これで十倉以外へのお返しは完了したな。朝から昼まででこれなら及第点だ、残りの時間は十倉へのお返しの時間に当てられる。俺の判断は……正しかった……!」

「燎原、大丈夫か?」

「…………今日ほど自分のジョブがナイトであることを呪った日はないだろうな」

 

 マスクの煤をはたいて落としながら恨み言のように呟く燎原が、皮肉気味に楓に言った。

 

「お前の『眼』が羨ましいよ」

「あっはっは、仮に燎原が俺と同じ眼を得るに至る過程を味わったとしよう。その時は俺に向かってこう言うことになる、『悪かった』とね」

「──なら、やめておこう」

 

 何気ない言葉に対して正しく目が笑っていなかった楓に、燎原はまずいと脳裏で独りごちて誤魔化した。それはそうと、と話題を切り替えて武器と同じようにマスクを消すと更に続ける。

 

「さて……十倉へのホワイトデーのお返しだが、どうする? お前のことだ、十倉に渡すモノだけは自分で選びたいんじゃないか?」

「……エスパーかなにか?」

「元の世界でも言われたことがあるぞ」

 

 からからと笑いながら、燎原は首を回してゴキゴキと骨を鳴らしながら背中を向ける。

 

「じゃあな。俺は、帰って二度寝を敢行する」

「情けない発言も堂々と言うと様になるな……」

 

 言葉は情けないが、そう言うのもわからなくはない、と楓は密かに同情する。

 自分の先読みによる指示で急所を避けながらも全員に向かう筈の攻撃を請け負っていた燎原は、今日はこのまま寝込むだろうと思案した。

 

「……次に遊びに行くときはお土産持ってこう」

 

 ふぅ、と一息ついて、楓は意識を切り替える。エトワリアで出会い、想いを向けられ、また自身もいつしか想いを向けていた相手──十倉栄依子に何を送るべきかと悩んでいた。

 

 手作りチョコレートのお返しに商品で返すのはいかがなものかと思うが、日本に居た頃とは違って貰う数も返す数も多すぎていた。

 仕方がないと妥協して、ならばと、せめて特別だとわかるようなモノを贈ろうと考える。

 

「──うーん、せめて『これだけは贈るな』って物だけでも聞いておけばよかったな」

 

 まあ、なんとかなるか……と考えながら里を歩く楓は、おもむろに、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いを辿って、とある店に視線を向けた。

 

「…………あれが良いな。あとは小物か」

 

 大切な人への贈り物という悩み。元の世界では考えたこともない思考に振り回される現状を客観的に見て、楓は薄く口角を緩めていた。

 

 

 

 

 

 ──時間は過ぎ、夕焼けが顔を覗かせる。小さな紙袋を手に、普段使いのベンチで相手を待つ楓は、ようやくやってきた少女に笑いかけた。

 

「お待たせ、楓くん。待たせちゃった?」

「今来たところ……って言いたいところだけど、今日は朝からあっちにこっちに行ってたよ」

「へえ~、大変だったみたいね」

「まったくその通り」

 

 ふふ、と笑みを浮かべる栄依子を前にして、楓は不思議と今日の疲れが吹き飛んだ錯覚を覚える。じゃあ、と言って、楓は紙袋を手渡す。

 

「今日はその、ホワイトデーだから……先月のお返しをと思いまして、はい」

「──ああ……、ぇへ、ありがとう」

 

 虚を突かれたように一瞬驚きながらも、栄依子はふにゃりと表情を緩めて紙袋を受け取る。

 二つある内の片方から香るリンゴの匂いに、もしやと思い口を開いた。

 

「これ、アップルパイ?」

「うん。何を渡そうか悩んでいたら、焼きたてが近くのお店に並んでたんだよ」

「そっかあ……うん、凄く美味しそう。もう一つは…………アクセサリーと、香水」

 

 楓が渡した紙袋から取り出されたのは、栄依子の瞳と同じ翠の小さな星の形の宝石が嵌め込まれたブレスレットと、香水の小瓶だった。

 

「この香水、どんな香りの香水なの?」

「────」

「楓くん?」

「──えー、っと。んん……その……」

 

 目を逸らし、気恥ずかしそうにすると、栄依子に顔を向けてぽつりと呟く。

 

「メイプルシロップに近い、匂いだったので、これが良いなと直感しました」

「…………。──っ、ぁ……うん」

 

 頬を赤くする楓に釣られて、栄依子も同じかそれ以上に顔を真っ赤にする。

 

「……ねえ、楓くんは、この3つのお返しの意味って、知ってる?」

「いや、実は知らない。もしかして酷い意味合いだったりした?」

「ううん、違うよ」

 

 ブレスレットと香水仕舞いながらも、しみじみと、感情を染み込ませるように──栄依子は自分が愛されているという事実を噛み締めた。

 

「……大事にする。ずっと、ずっと」

「──アップルパイは、食べてね?」

「ふふっ、わかってまーす」

 

 そう言って笑う栄依子は、おもむろに楓へと手を伸ばして言った。

 

「家まで送ってくださらない? ……なんてね」

「もちろん。喜んで」

 

 冗談めかした提案に返しながら、楓はきゅっと優しく栄依子の手を握る。

 それから二人で歩き出した楓が──少しして、決心したように栄依子に声を投げ掛けた。

 

「──栄依子ちゃん」

「……なあに?」

「君が好きだ」

 

 あっけらかんとした言葉。しかして楓の隣で顔を見上げた栄依子は──彼の手を強く握り、より深く寄り添いながら返すのだった。

 

 

 

「──私も、貴方が好きです」




アップルパイ
・永遠の愛

ブレスレット
・貴女を離したくない

香水
・独占したい

※諸説あり
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