「──楓さん、私と結婚しませんか」
「スタート直後にゴールするのはルール違反だと思うんだが」
「……?」
「『順を追って話せ』ってことだと思う」
「ああ、なるほど」
街のカフェに呼ばれた楓と燎原。眼前のセサミにそう返した呆れ気味の燎原の言葉に首をかしげる彼女は、楓の翻訳に納得して続ける。
「実はここ数年……この時期になると、街では結婚式ブームが訪れるのです」
「はあ。それはまたどうして」
「……ジューンブライドか」
「なにそれ?」
そう呟いてコーヒーを音もなく啜る燎原が、ため息をつきながら言った。
「
「はぇー。──セサミ?」
「はい?」
「なんでそれが俺と君の結婚話になるんだ?」
そもそもの疑問点に振り返って、楓は眼前で紅茶を飲むセサミに問いかける。
「…………今回のイベントには七賢者にも参加してほしいという話だったのですが、ちょうど時間に余裕のある者が私しかおらず……」
「で、花嫁役をやることになったから、その相手を楓にしてもらいたかったのか」
「はい」
「ふ────ん?」
「なんだよ」
あっけらかんと言ったセサミから楓に視線を移して、そう鼻を鳴らしながら口角を吊り上げる燎原は心底楽しそうに返した。
「いや別に。それで? 折角のお誘いな訳だが……当然受けるんだろう?」
「……うーん、どうしよう゛っ」
「当然、受けるんだろう?」
「小突かなう゛っ、脇腹う゛っ」
「当然、受けるんだろう?」
「お前了承するまでどつく気かう゛っ」
「当然、受けるんだろう?」
手刀の指先を脇腹に突き刺す燎原のシンプルな暴力を前に、楓はうめき声を上げながらも抗議する。──仲良いですね、と、セサミは二人のじゃれ合いを見ながらそんなことを考えていた。
「鈍感太郎がよ……
「……? 燎原さんも参加したかったのですか」
「そういうわけじゃ────、そうだな。枠が余ってるなら参加したいのだが」
「もう嫌な予感してきた」
セサミの問いに一度は否定するが、燎原は一拍置いてから手のひらを返す。
明らかに何かを企んでいる顔を見て、楓はコーヒーを飲みながらげんなりとしていた。
──後日、舞台となる式場の前に集まった楓と燎原は、セサミと共に神殿から派遣されてきたスタッフの案内で中を歩いていた。
「……どうせ来るなら他に誰か誘えばよかったのに。珠輝ちゃんとか、乃々ちゃんとか」
「たまと乃々は水葉と鶴瀬を連れて背景素材のフィールドワーク、先輩たちは部屋で作業、照は…………誘ったけど来なかったのを見るにバックレたな。まあ来たら来たで、恐らく昼に食べたものを戻してただろうから別に良いが」
しれっとそう言いきった燎原に、楓は困惑の色を強めて問い返す。
「どうして……」
「アイツは『結婚』とか『夫婦』が特大の地雷だからな。ここに来たら蒸発しかねん」
「吸血鬼かなにか?」
「似たようなものだ」
はえー……と呟く楓が、通された控え室で自分用のタキシードを見ると続ける。
「まさかこういう服を着る機会が訪れるとは」
「お前なら元の世界にも、相手の一人や二人や三人や四人いるだろう」
「居すぎ居すぎ。というか燎原に限っては人のこと言えないでしょ」
「どうだかな」
早速と扉が閉まるのを確認してから着替え始める楓に、燎原は逡巡してから話を切り出す。
「──楓、お前は先日、なぜ誘いを渋った? あくまでも『ごっこ』とはいえ、あのセサミと結婚するのが嫌なわけではあるまい」
「……それはそうなんだけど…………うーん、なんというか、『俺で良いのだろうか』って思っちゃって、乗り気になれなくてさ」
「そうか。ここまで来たからには腹を括れ」
「辛辣すぎない?」
「はっはっは、自業自得だ」
──襟立ってるぞ。と続けて言われ、楓はそれを直しながら微妙そうな表情を取る。
楓の妙な
「馬子にも衣装だな」
「それは自分が一番分かってるよ」
「──楓様、そろそろ会場へ」
「あ、はーい」
コンコン、とノックされて、扉の向こうから神殿のスタッフが声をかけてきる。それに対応すると、楓は廊下に出て会場へと向かう。その背中を見ながら、燎原はそっと懐からSNS部メンバーで度々使っている録画装置を起動していた。
──楓がその後ろ姿を見たとき、あまりの眩しさに一瞬目眩を覚えたほどだった。
振り返ったセサミは純白の衣装に身を包み、頬を朱に染めて、遠慮がちに楓に問いかける。
「……どう、でしょうか」
「────」
僅かに目を見開いた楓から返答が来ないことに小首を傾げるセサミだが、小さく頭を振った楓は改まっておずおずと口を開く。
「……綺麗、です。すごく」
「そうですか。……ふふ」
世辞ではないとわかる言葉にセサミは満足げに目尻を緩める。それから神父を待つまでの間に、彼女はおもむろに楓に言った。
「楓さん、ご無理をされてはいませんか」
「そんなことは──いえ、すいませんわりと精神的にキてます」
「……申し訳ありませんでした」
「はい?」
「これは、私のワガママだったんです」
そう言ったセサミは、疑問符を浮かべる楓にもわかるように説明する。
「──時間に余裕のある者が私しかいなかった、というのは、嘘です。本当は……私がこのイベントに参加したかっただけなのです」
「……それはまた、どうして」
楓の問いに、セサミは困ったように視線を右往左往させ、諦めたように朱色の頬をより赤くして、半ばやけくそ気味に返した。
「…………ふと、貴方の顔がよぎったから」
「え」
「私とて女です、いつか誰かと所帯を持つことがあるかもしれない──そう考えたとき、隣に居るのは誰なのだろうかと考えました」
「…………」
「隣に居る──いえ、居て欲しい相手。それが貴方でした、だからお誘いしたのです」
「──あ、う、おぉ……?」
ぼっ、と顔が熱くなる感覚を覚えて、楓は咄嗟に席に座っている燎原を見る。
──その顔は、今まで見たこともないような、お手本のような笑顔だった。
「グッドラック」
「こ、こいつ……!!」
一発水魔法でも浴びせてやろうかという思考が過った楓だが、やって来た神父を見て、今回のイベントのクライマックスである結婚式『ごっこ』の始まりを理解してセサミと向き直る。
燎原の他にも村や街から見学にきた人たちや、特別仲が良いわけではないが顔見知りではあるクリエメイトの少女、録画装置の水晶を構える燎原に見守られながら、二人は式を進める。
そして最後の締めで、問題は起きた。
「──では、誓いの口づけを」
「えっそこまでやるんですか」
「はい。そこまでする必要はないかと思われたのですが、そちらのクリエメイトの男性いわく、口づけまでやるのが正しい作法だと」
「燎原!!?」
「ドラマチックに頼むぞー」
あっけらかんと言い放ちながら録画装置を構える燎原。やはり一発……と考えた楓だが、その思考を頬を押さえる両手に遮られる。
「あの、セサミ?」
「楓さん、作法なら仕方ありません。覚悟を決めましょう。私は決めました」
「セサミ? ちょっ力強い……! ──セサミ、セサミ? これあくまで『
「────」
「話聞いて?」
ぐぐぐ……と顔を近づけてくるセサミを前に、思いの外力が強いことに驚きつつ、楓は──顔を赤くしたままの彼女と目を合わせる。
思わず瞳の色に文字通り目を奪われ、楓はするりと抵抗する力を緩めた。
「……燎原、末代まで恨むぞ……」
──その後どうなったのかは、式場の者達のみぞ知る。だが、燎原の持っていた録画装置が木っ端微塵に破壊されたのは言うまでもない。