音楽とウマ娘   作:ボンゴレパスタ

2 / 2
赤いタンバリン

 

 

 

 

 

 

 

 

ひどい痛みだ。

助産師に声をかけられ、額に玉のような汗を浮かべながらナリタタイシンは思った。

今まで負ったどんなケガも、今受けている痛みに比べれば、目じゃない。

でも、この痛みはいやな気分じゃない。

心に刺さった今までかけられた言葉や、そんな周りの目を見返してやるために負った心の傷。

そんな暗い、冷たい痛みではなく、未来のための、希望のための痛みだった。

「そんな体でどうやって勝つんだよ。」

 

 

 

 

「チビだなー、お前」

 

 

 

 

 

「レースの世界にはいかないほうがいい、無茶だよ」

 

 

 

 

幼いころから聞き飽きた、アタシをずっと取り巻く言葉。

悔しかった。小さく生まれてきてしまった自分を、周りのすべてを憎んだ。

トレセン学園に入学したときも、その歪んだ信念が消えることはなかった。

入学の時から一緒にいたチケットやハヤヒデにもどこか鬱屈した劣等感みたいなものを抱えていたんだと思う。体を大きくするために、とてもじゃないけど食べきれない量を食べようとしたあたしを心配したチケットに理不尽にキレてしまったこともあった。

だけど、走ってる時だけは、勝った時だけは、誰もあたしを馬鹿にしなかった。

ーーーだから、アタシには走るしかなかったんだ。それしかあたしにはなかったから

周りの奴らを見返してやる。当時のアタシはどこか歪んだ信念のもとでターフを駆け抜けていた。

 

 

 

ーーー他のことをすべて捨てても、すべて投げ打ったとしても、あたしにはこれしかなかったんだ。

ーーーそんな時だった、あいつに出会ったのは。

選抜レースに負けた夜、悔しくて消灯時間も過ぎてもトレーニングをしていたあたしにあいつは心配そうに声をかけてきた。

最初は暑っ苦しいやつだ、他の奴らみたいに冷やかしに来たのかと思ったけど、

あいつはこう言ったんだ。

「君の末脚は素晴らしい」

ーーー初めてだった。アタシのことをちゃんと見てくれたやつ。あたしの隣に立ってくれたやつは。

そこからアタシとあいつの、ウマ娘とトレーナーとしての日々が始まった。

最初、アタシは歪んだ信念のもとでトレーニングをして、レースに出た。

そんなあたしを否定せずにあいつは付いてきてくれた。

あの頃のアタシはあいつの言ったことに素直になれずに、強く言い返してしまったこともあったけど、あいつは暑苦しくも、優しく受け止めてくれた。

ーーーそんなあいつに、少しだけ信じてやってもいいかなんて思うようになってきた。

 

 

 

そんな関係にも変化が訪れたのは、アタシが菊花賞の直前に呼吸器の炎症で病院に運ばれた時だった。元々ウマ娘として体の弱かったアタシが、ハヤヒデの走りを見て、焦りを感じてしまった。もう、ハヤヒデの走りに追いつくことはできないんじゃないか。アタシだけ、取り残されてしまうんじゃないかって。焦りのなかで行った無理なトレーニングで、アタシは体を壊してしまったのだ。

ーーーアタシから、走りを取ったら何が残るんだろう。

そんなコンディションの中で出走した菊花賞。当然いい走りを見せることなんてできず、散々な結果となってしまったアタシは、あいつの手をはねのけて、練習にも、ひいては学園にも顔を出せなくなってしまった。

ーーー気づいていた。自分を認められていないのは、アタシ自身だって。

こんな小さくて、生意気で、卑屈なアタシが、自分を認めらないのだから、いくら走ったところでこの傷を癒すことなんてできないって。

 

 

 

 

何日か立った時にアタシの部屋にチケットとハヤヒデがやってきて伝えてくれた。

「トレーナーが毎日、君を待ち続けている」って

急いでトレーニング場に向かうと、そこにはあいつが立っていた。

「ーーアンタ、毎日待ってたの?」

頷くあいつに思わず気持ちをぶつけてしまう。心の叫びを、苦しみを。

するとあいつは言ったんだ、アタシに。

 

 

 

「俺が、君の分まで君を信じる!君の不安を、俺に背負わせてくれ!」

 

 

 

 

 

「いつまでかかるかわかんないよ!」

 

 

 

 

「それでもかまわない!」

 

 

 

 

「一生でもかよ!」

 

 

 

 

「あぁ、一生だ!」

 

 

 

 

 

今までたった一人で、孤独に戦っていた少女にその言葉は、どれほどの救いになっただろうか。

ーーこの頃からだろう、あいつにトレーナー以上の感情を抱く様になったのは。

そこからだろう。アタシは本当の意味で走ることを楽しむことができるようになった。

ここにいてもいいんだって。自分の居場所を見つけられたんだ。

そして、なによりあいつがアタシを見ていてくれている。アタシを、信じてくれている。それだけで救われたんだ。

そこから二人三脚で、アタシたちは数々の重賞を征することができた。そして時を重ねるごとにあいつへの想いが強くなっていく。

そしてURAファイナルズを優勝した時に、あいつにアタシの想いを素直に伝えた。

顔を見るのが怖くて、そして返事を聞くのが怖くて俯いてたアタシに、

「タイシン、顔を上げて」

恐る恐るあいつに目を合わせると、涙を流しながら言ってくれた。

 

 

 

「俺も同じ気持ちだーーー 」

 

 

 

それからアタシがトレセン学園を卒業してすぐに同棲を始め、数年後に結婚した。

そしてある時、急に体調が悪くなり病院に行ったときにアタシのお腹の中に、新しい命が芽生えたことを告げられた。あいつにそのことを伝えると、チケットも顔負けの大声で、ありがとうと言ってくれた。今はあいつの暑苦しさはなんて心地がいいんだろう。誰がなんと言おうと、アタシは幸せだ。

 

 

 

 

ーーーだから耐えてやるんだ、この痛みに。これから生まれてくるあたしとあいつの命のために。これからのこの小さな命の、この子の人生のために。

ーーやがて病室の中から聞こえる大きな産声。

その声は、アタシとあいつの愛の証。

この途方もなく広く、大きな世界で、必死にその小さな存在を主張するような大きな産声。

母としての最初の大仕事を遂げたタイシンは、ため息をついて力を抜いた。

アタシと同じ、大きな耳と、長い尻尾。

愛するわが子の姿を認めると、彼女は小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「タイシン!!」

 

 

 

 

ーー暑っ苦しい奴が来た

 

 

 

「ありがとう、タイシン。本当にありがとう…よく頑張った」

 

 

 

「ん…アンタも、寝てないんでしょ?お疲れ様」

 

 

 

そっと今生まれたアタシたちの命の手のひらに指を差し込むと、ぎゅっと握り返してきた、

触れれば壊れてしまいそうな小さな体から、確かに感じる力。

それだけであいつはいつも以上に涙を流してアタシの手を握ってくれた。

両手にある、アタシの幸せ。

数年前からは想像できないほど、アタシは幸せだ。

あの頃のアタシに教えてあげたい。

 

 

 

ーー目の前にある苦しみだけがアタシの人生のすべてじゃないってことを。

 

 

ーー彼のそばにいることができる喜びを、これからも隣を歩けることを

 

 

 

ーーわが子のこれからを見守ることができることを

 

 

 

この子は、いま自分の力で生きている。自分で心臓を打っている。

この子は、赤いタンバリンを、この子の胸の中で強く打ってるんだ。

どんな地図を、夢をこの子は思い描くのだろう。

その光景を、トレーナーと二人で見守ることができる。その幸せをタイシンはかみしめていた。

 

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

 

「何でもないーーただ」

 

 

 

 

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「ーーーいくらか未来が好きになっただけ」

 

 

 

 

 




本作はブランキージェットシティの楽曲、
赤いタンバリンから着想を得ました。

楽曲自体もギターボーカルのベンジーが子供が産まれた際に作った曲らしく、ナリタタイシンとのイメージに合わせて書きました。

ちょっとクセのある声ですが、ハマるとすごい中毒性があるんですよね、ベンジーの声って

個人的には1番好きなアーティストです。

ナリタタイシンも非常に思い入れが強く、初めてアプリでURA優勝できた時はとても感動しました。公式でも苦しんでいる分、救われて欲しいなーと思った次第です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。