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フロンティアにて
「わぁ…大きい…!」
ユニコーンが母港の外壁を見てはしゃいだのを聞き、下げていた視線を上げる。
「あれが、おにいちゃんの母港なんだよね…!?」
「……あぁ、やっと帰ってきたな」
時間にして一週間ほど。それだけしか離れていないというのに、ようやく見えてきたホームはどことなく安心するような雰囲気だった。俺自身が思うより、俺はこの基地での暮らしに慣れていたらしい。
「……明石、明石。もう見えたぞ、すぐに着く」
留守番中の明石に通信すれば、すぐに彼女は応答した。この元気な声も、久しぶりに聞いた気がする。
《にゃ!おかえりだにゃ!饅頭とマービンの搬入隊は準備出来てるにゃ!》
明石に頼んだ事は、運んで帰ってきた物資の搬入のため、饅頭やマービンを呼ぶ事。それを忠実に、そして俺たちの到着に間に合わせてくれた。
「……ありがとう、助かる」
ラストリゾートから貰った資源、燃料類に加え、二度に渡るセイレーンとの戦闘の戦利品。それらを一気に積み込んだ輸送船を見やり礼を言う。
《いいってことにゃ。任務でお疲れの指揮官達だにゃ、少しくらい明石が頑張るにゃ》
「……苦労をかける」
明石は戦闘向きの艦種の娘ではない…工作艦、つまるところ、修理や応急処置を担当するKAN-SENなのだ。出来たとしても精々対空が限度、他の火器は装備できないという。
そうならそうで、仕方がない。適材適所だ、戦闘が出来ないなら彼女の長所を伸ばしてやればいい。スペクターやストーカー…そしてマービンを動かす権限を渡し、工廠のトップに明石を任命。
後はもう彼女に一任だ。ノースの修復を頼んでいるが、それ以外にしたいと言う商売や他の機械弄りについての大まかな許可を対価に、母港での仕事を任せた。
状況次第では彼女が戦線の後方に出張ることもあるだろうが…まだ規模の小さなこの艦隊では、もっと先の話だろう。
《いいにゃいいにゃ、明石も楽しく商売しながら、やりがいある仕事が出来て満足にゃ》
そんな言葉を聞いているうちに、母港の埠頭に待機する黄色のヘルメットを被った饅頭達と、お揃いのものを被ったマービン達が見えてきた。
饅頭はともかく、マービンにヘルメットとは…まぁ中々似合っている気がするが。そんなことを考えてる間にも、この量産艦も輸送艦と同じく着岸した。
「……よし、降りるぞユニコーン」
「うんっ…!」
ユニコーンを連れて、外へ向かう。久し振りの母港だ、ここで雇った作業員饅頭達にも一週間振りに会う。ピヨピヨと鳴きながら、俺に敬礼やら跳ねて挨拶する彼らに手を振りながら、ようやく着いたホームの埠頭に降り立つ。
「……っくぅ…はぁ。帰ってきたな」
一週間ぶりのホームの雰囲気を噛み締めながら、ヘルメットを取り伸びを一つ。ふと隣を見ると、ユニコーンも嬉しそうな顔をしながら俺を真似てか体をぐっ、と伸ばしていた。
「えへへ…これからよろしくね、おにいちゃん…!」
「……あぁ。よろしく頼む、ユニコーン」
そんな様子のユニコーンに微笑ましいものを覚えながら、頭を撫でてやる。されるがままのユニコーンにそうしていると、不意にユニコーンが俺の後ろに隠れた。
何かと思い、辺りを見れば明石がスペクター達を連れてこっちに来ていた。
「……大丈夫だ、行くぞ」
「う、うん…」
俺の背中に隠れるようにしていたユニコーンを促し、一緒に明石の方へと歩いていく。
「指揮官おかえりにゃ。そっちが、ロイヤルからの新しい仲間だにゃ?」
「……あぁ、軽空母のユニコーンだ。他にもいるが…ほら、ユニコーン」
「…あの…えっと…」
促せば、俺の背にまた隠れる。だが今度は、そっと恐る恐る前に出てきた。
「よ、よろしく…お願いします」
緊張したような様子で、ぺこりと頭を下げるユニコーン。それに明石が笑顔を浮かべながら、片手を差し出した。
「明石は明石だにゃ。これからよろしくだにゃ〜」
へにゃりとした、敵意などまるで感じない様な腑抜けた笑顔。明石のそんな様子に怯えも無くなったのか、ユニコーンはその手をそっと取った。
「うんうん、ユニコーンちゃんはいい子だにゃ。これから頑張ってほしいにゃ、怪我をしても明石が修理してあげるにゃ」
「う、うん…!ユニコーン、頑張る!」
明石のそんな言葉に満面の笑みを見せる。その表情からは、すっかり怯えは無くなったように見えた。
「じゃ、搬入作業に入るにゃ。ノースについても話があるから、作業しながら伝えるにゃ」
「……分かった。ユニコーン、その間に基地の案内をさせる。少し待っていてくれ」
ある程度打ち解けたところで明石からのその申し出を聞き、ユニコーンに基地内を案内させるべく人を呼ぶ。
「……綾波。ジャベリンとユニコーンを一緒に案内してやってくれるか?」
手を振ってそう声をかければ、向こうでマービンの列を眺めていた綾波と、同じくロイヤルからの移籍組の一人。ジャベリンがこちらにやってくる。
そしてやってきた綾波達は、俺を見上げて首を傾げる。ロンドンと新たなメイド二人は、カッスルに任せている。綾波はジャベリンの案内をしてくれると言ったため、一緒頼んでしまおうというわけだ。
「指揮官、ユニコーンもです?」
「……あぁ、俺は搬入と、明石からの話を聞く。悪いが頼めるか?」
すると綾波の赤い瞳が、ユニコーンを捉える。ビクッと体を震わすユニコーン。しかし綾波は微笑み、こくんと頷いた。
「はい、任せるのです。では行きましょう、ユニコーン」
「ユニコーンちゃん、一緒に行こう!」
「わ…うん、ありがとう…」
綾波が手を引き、ジャベリンも共に歩き出す。その様子を見送り、息を吐く。ユニコーンは少し人見知りな様子だが、綾波とジャベリンと一緒なら少しすれば慣れるだろう。
「……よし、搬入作業の方にかかろう」
「分かったにゃ、じゃあ始めるにゃ!」
明石の号令で、マービンと饅頭達が動き出す。ピヨピヨと鳴きながら饅頭が輸送艦に乗り込み、機械音声を上げながら賑やかにそれにマービンが続く。
その光景を見ながら、タブレットを出して明石と一緒に積載した物資の確認作業を行う。
メンタルキューブ、燃料。使った弾薬と使用しなかった弾薬、その採算を合わせながら、運び格納する倉庫を彼らに指示する。
「……これで、燃料類は全部か」
「んにゃ、計算もあってるにゃ。随分稼いできたのにゃ…!」
マービン達が燃料入りのドラム缶を、輸送用のトラックの荷台に積み替え終わった。ラストリゾートからの追加報酬分も含めれば、しばらく資源開発委託の数を控えても余裕がある。
もちろん、そんな事はしないがそのくらいの量を報酬として獲得できた。大きな進展の足がかりだ、基地を拡張する事も少し現実的になってきた。
そんな風に思いながら、次は鉄鉱資源の方を荷下ろしさせる。ハーベスターの性能を知ってもらう試供品、と様々な資源を少し分けてもらったのだ。
細やかな種別に分けられたそれを、タブレットに記録された数と照合しながら順に運ばせる。饅頭たちは思いの外力持ちで、二、三体の饅頭が一つのドラム缶程度のものなら持って運んでいってしまう。
案外、作業員として起用したのは正解だったかもしれない…作業する饅頭達を眺めながら、そんな風に思っていると明石から袖を引かれる。
「指揮官、ノーススターについて、お話ししながら続きをやるにゃ」
「……あぁ、頼む」
ノーススター…最初の任務には修復が間に合わなかった、俺のメイン搭乗タイタン。現地でフォールさせたのはリージョンで、一応は乗れるがやはり慣れ親しんだ機体ではない分少し違和感はあった。
修復を彼女と、修理を行う工廠のマービン達に頼んでいたが、その進捗はあまり聞く余裕が無く耳に入れていなかった。
「修復はほとんど終わってるにゃ、起動するのに支障は無し。後は実際に動かしてみて、細かな調整だけにゃ」
「……っ、早いな…!」
そんな彼女の第一声に、思わず声を上げてしまう。一応は任務の前から修復作業は始めていて、機械弄りの得意だと言う夕張も手伝ってはいた。
しかし、出発前の進捗は四割と少し、そして留守中は夕張もいなかった為進捗の進み方としてはかなりのハイペース。嬉しさ二割、驚き八割といった感想だ。
「基部の修理が終わったら、後は比較的楽だったにゃ。塗装とか溶接はマービン達に分担してもらって並行作業だったからにゃ〜♪」
「……なる、ほど…いや、本当に助かる」
これは、彼女への待遇や報酬を弾んでやらねばなるまい…思わず頭を撫でてしまうくらいに、その仕事ぶりには感嘆した。
「うにゃ…喜んでくれてるようで、何よりだにゃぁ」
明石が気持ちよさそうに目を細め、しかしすぐにハッとしたかのように頭を振った。
「い、今はお仕事中にゃ!後でたくさん褒めてにゃ!」
「……そうだな、分かった」
緩んだ頬のままだが、そう言った明石に従ってタブレットに目を落としてまたマービン達に別の指示を出す。そんな傍らで、明石は言葉を続けた。
「んにゃ…ついては指揮官の持ってるAIコア、アレを機体に戻して起動したいのにゃ」
修復に際し、ノースのAIコアは俺が取り外して保管している。ずっと乗ってきた愛機だ、拍子でAIコアがリセットでもされれば堪ったものではない。
起動を伴う調整なら、なるほど。確かに俺に話さなければ不可能、逆に言えばそうでない作業は全て終わったのだろう。今一度明石を労いながら、物資を搬入し終えたらと約束をとりつける。
「分かったにゃ、外にシャーシは運び出しておくからよろしくにゃ」
「……あぁ、分かった」
それだけ言って、また二人で物資の数を確認し、運ぶ先を指示する作業に戻る。ようやく己の半身とも言える愛機にまた乗れると思い…年甲斐もなく、浮ついたような、そんな気分だ。
○○○○○○○○
「相変わらず、可愛い見た目してるわよねぇ…」
丸っこい機体に、手足と幾つかのパーツを刺したような見た目。このままサイズを落とせば、マービン以上のマスコットロボットになりそうな外観。
軽量級タイタン、ノーススター。ノースと指揮官に呼ばれる彼の乗るメインの機体であり…どことなく可愛らしい見た目に反し凶悪なまでの威力と精度を誇る、遠距離狙撃タイプのタイタン。
「……可愛い、か?」
傍らで球状の機械に何か色々と作業をしている指揮官が、そんな声を上げた。青に輝く物体…タイタンのAIコアをそれに嵌めながら、私の声に返す彼。
「えぇ。そのパーツ付けたら、目が猫みたいじゃない?」
「……そう言われれば、まぁ確かにそうだが…」
壊れる前、見た時の第一印象。猫のように縦に割れたカメラアイは、それだけで少し柔らかな雰囲気だったことを記憶している。
もっとも、この黒染め赤ラインの機体は基地の外警備を全滅させ、さらに中身も丸ごと殺し尽くした指揮官の愛機…可愛い見た目と裏腹に、多くの戦いをくぐり抜けてきた歴戦のタイタンという事実認識はしっかりと持っておかないと。
「……よし…オイゲン、離れていろ」
そして作業が終わったのか、指揮官は立ち上がった。AIコアを嵌め終えたそのパーツの見た目は、まさしく猫の目。それを私の目の前で屈むノースの機体に付け、手で私を制しながら後ろに下がる指揮官。
それと同時に、カメラアイが一際輝きノースが立ちあがろうとするが…力が抜けたように膝をついて、ガクンと沈んでしまう。
「ちょ、ちょっと…大丈夫なの…?」
「……原因は分かっている、少し待っていろ」
そんな様子に狼狽えてしまうが、そんな私の問いかけをするりと躱して離れていってしまう指揮官。残された私は、起動に至らなかったノースを見つめる。すると、カメラアイが輝きだし、ノースの女性的な合成音声が流れ出す。
《動力…低下、バッテリーが…必要です》
ノイズ混じりの、どことなく弱々しい音声。バッテリー、つまり電池が足らないらしい。不具合とかじゃなく、そんな理由でそうなっているのに、思わず頬が緩んでしまう。
そうして間もなくして、指揮官が緑色に輝く円筒を持ってきた…あれがバッテリーなのだろうか?
「……ふっ…!」
それを抱えたまま、大きく跳躍すると機体の上に軽々と乗った指揮官。そのままそれを、上部のソケットにそれを差し込む。
青白い光が僅かにノースを包み、またフワリと彼が降りた瞬間に、タイタンは立ち上がり動き出す。
《動力供給を確認、焦点を調整。視界情報の統合、視野角の再設定中》
何かを探るように、キョロキョロと動き回る。そして指揮官を見つめるように止まったそのカメラアイ、しっかりと彼を見据えたノースが喋り出す。
《お久しぶりです、パイロット。18日と16時間、23分43秒越しの再会ですね》
そして私と並ぶ彼に歩み寄り、屈んでこちらに目線を合わせるノース。そんな彼女に、指揮官はどこか弾んだ声音で話しかける。
「……あぁ、久し振りだな。ようやく五体満足か?」
《正確には2万9千パーツ満足です、パイロット。NS-0001、再起動完了しました》
軽い冗談まで交えて返すこのタイタン、私達をいいように使おうとした残留艦隊の連中なんかよりも、よっぽど人間らしく目に映る。
そんな軽口を言い合った後、猫みたいな機械の目がこっちに向く。
《プリンツ・オイゲンさんもお久しぶりですね。お元気でしたか?》
「オイゲンでいいわよ。えぇ、元気だったわ…ありがとう」
こちらまで気遣うような言葉に、少しだけ笑みを浮かべて応える。律儀に名前を全部呼ばれると長ったらしい、指揮官にも言ったが戦いの最中で呼ぶ時に不便だろう。
「……最後の調整がしたい、乗るからハッチを開けてくれ」
《はい、パイロット。お願いします》
指揮官の指令に従い、口を開くように機体前面のハッチが開く。一人乗りの狭い機内には、様々な機材とバッテリーの緑色の輝きが満ちている。
「ほら、忘れないの」
「……すまない」
そこに乗り込む指揮官、彼にヘルメットを手渡して少し離れる。ハッチを開いたままノースは立ち上がり、ヘルメットを被った彼の動きに対応して腕が動く。
「……ニューラルリンクに問題なし、いい仕事だ」
《はい、操作にラグはありません。優秀なメカニックに、直してもらったのですね》
脚を曲げ伸ばしをし、軽く歩きながら機械の指を開閉するノース。彼の操作だろうが、ああまで淀みなく動くなんて…どんな技術が使われているのか、私たちKAN-SENから見たら不思議でならない。
「うにゃ、問題無さそうだにゃ。指揮官一度こっちに来て欲しいにゃ」
離れた場所で、コードがたくさん繋がるパソコンで作業していた明石が指揮官を呼ぶ。それに応えた指揮官とノースはそちらに向けて歩いていく。
《パイロット、この方は?》
「……明石。お前を直した、俺の艦隊のKAN-SENだ」
屈んだノースがそう問えば、すぐに指揮官が説明する。壊れていた状態で過ごした時間の中で起きたことは、彼女は知らないのだからその疑問も当然。
《なるほど、彼女が…ありがとうございます》
「お安い御用にゃ、お代もたっぷりもらったからにゃ〜♪」
お礼を言うノースと、ほくほく顔の明石。私の知らないところで、色々な金銭の動きがあったらしい。軍用の機体の修繕だから、費用なんてかなりのものになる筈…まさか、彼一人で払った、とでも言うのだろうか…?
ガチャガチャと袖から覗く工具で、脚や腕の細かなパーツを留めていく明石。そんな明石に身を任せ、ノースはコックピットの指揮官に問いかけている。
《パイロット、指揮官、とはどういった意味でしょう?》
「……そのままだ、説明すると–––––」
指揮官としての適性、アズールレーンへの加入、建造…そして任務の達成についてを簡潔にノースに説明する指揮官。
《–––––つまり、パイロット。あなたはここでKAN-SEN達を指揮する立場となった訳ですね?昇進おめでとうございます》
それを聞き、心なしか嬉しそうに指揮官に言うノース。対して指揮官は、抑揚なく淡々と…どこか悲しそうにその賛辞を受け流す。
「……茶化すな、戦うしか知らない俺の自己満足に過ぎない」
そんな風に言いながらノースから降りて、明石と一緒になってパソコンを操作し始める指揮官。彼は度々、自分の事を戦うしか価値がない、という風に下げて言う。
それはかなり頭にくる物言いだが、それを否定できるだけ、私やニューカッスルも彼を知らない。この基地の乗っ取りの時の実力、それを考えればあながち間違いでは無いのかもしれないけれど…
なんにせよ、頭にくるものは頭にくる。しかし、いきなり言ってもこの男は変わらないと言うのはよく理解している。ならばまず、すべき事は…
「ねぇ、指揮官?」
「……どうした、オイゲン」
一区切り作業が終わった頃を見計らい、声をかける。まずは対話だ、知らないものを頭ごなしに否定は出来ない。
「それ、終わったらお茶でもどう?たまには息抜きしなきゃ、疲れて倒れちゃうわよ?」
私の提案に少し考えるような仕草をする指揮官。顎に手を当てて数秒、少しの間思案するように俯いた彼は、すぐに顔を上げる。
「……分かった。終わったら、カッスルに茶菓子を頼んでおく」
「えぇ、お願いね。バックれたら承知しないわよ…?」
そう釘を刺しておき、作業に戻る彼を見つめる。夕張は機械いじりが得意と言っていたけれど、私はそういうのには疎い。
手伝うにしても私にも出来ることは恐らくもう終わっている、であれば先に失礼してあのメイド達にお菓子でも用意してもらっておけば…
「じゃあ、先に行ってるわね?」
そう考えて座っていたコンテナから降りて、指揮官に声をかける。彼は作業したままだったが、ひょいと片手を上げて返事をしてくれる。それを見て、さっさと踵を返す。
どうせ話を聞くなら、ニューカッスルや綾波もいた方がいい。お菓子を頼むついでに、少し人を集めておこう。そんな風に考えながら、基地に入る。少しでも多く、彼について知って、少しでも無理をさせないように…
○○○○○○○○
「……俺は行くからな、落とすなよ?」
《はい、分かっています》
「ちゃんと見とくにゃ、指揮官は早くオイゲンの所に行ってあげるにゃ」
整備を終えたノース、それを見に来たジャベリンとユニコーンを明石に預けて、整備エリアを後にする。
初めて見るリージョンとは違う細身の軽量級タイタンに、ユニコーンもジャベリンも興奮していた。AIであるノースとの会話や、コックピットに興味津々だったユニコーンを乗せて、いつか綾波にしたように母港の案内をさせることにした。
明石もついているし、ノースも馬鹿じゃない。一般人潰しました、なんて事が起きては軍用の機体として成り立たない。その辺りのフェイルセーフはしっかりしている。
そんなノース、そして監視役の明石にこの場を任せて、オイゲンのいる執務室へと向かう。少しは気を抜け、と午後の茶会に誘われたのだ。
任務前なら断ったかも知れないが、今は初仕事も終え少し余裕がある。息を抜くなら今かもしれない、という時だ。
「……ふぅ」
小さくため息を吐き、たどり着いた執務室の扉を開ける。中に入れば、そこには既に準備万端といった様子で、紅茶を飲むプリンツ・オイゲンの姿。
そして菓子類を用意しながら、忙しなく動き回るカッスル、ベルファスト、グラスゴー。
「あら、遅かったのね?待ってたんだから、ほら座りなさい」
「……あぁ」
こちらに気づいたオイゲンに促されるまま、ソファーに腰掛ける。すると、目の前のテーブルにカップが置かれる。
「ご主人様、ロイヤル産のダージリンです。お口に合えば幸いでございます」
ベルファストが、手際よく他のティーセットも持ってきて、俺の前に並べる。テキパキとしたその手際は、淀みないもので瞬く間に準備が終わった。
「ほら、飲んでみたら?結構イケるわよ?」
そう言って、自分の分のカップを傾けるオイゲン。それに倣ってヘルメットを脱ぎ、俺も同じ様に一口。
「……美味い」
品のいい香りが鼻腔を抜け、思考を落ち着かせる。紅茶というものに縁は無かったが、カッスルが出してくれるものを飲むようになり、それからというものの中々夢中になっている。
その感想に、嬉しそうに微笑むベルファスト。しかし、次の瞬間にはキリっとした表情になって、畏まって礼をする。
「お気に召していただいたようで、何よりです」
「……そう固くしなくていい、お前達も適当に掛けてくれ」
そう言えば、メイドの全員が席に着く。オイゲンは優雅に足を組んでグラスゴーにおかわりを要求し、カッスルは俺の隣に。ベルファストはそそくさと茶菓子を用意し始める。
しばらく優雅なティータイムを過ごし、楽しく談笑する。ロイヤルにいた頃のメイド隊の仕事について聞いてみたり、幾つかの海戦術について話したり。
思いの外、楽しい時間の中に浸りながら紅茶を飲んでいると、不意にオイゲンが問いかけてくる。
「ねぇ、あなたの事も知りたいわ?」
「……俺の、事…?」
一瞬何を聞かれているのか分からず、聞き返してしまう。
彼女の言う"あなたの事を知りたい"とは、一体どういう心境なのだろうか。
俺自身、自分の事を詳しく話すような事はしない。必要もないし、つまらないものだからだ。IMCを切って、ミリシアにつき、フロンティア戦争に勝った。それだけだ、大した人生など送ってきていない。
ミリシアには俺や相棒、IMCを切った俺の部隊の連中を英雄だと持て囃す奴らもいるが、全くそんな事はない。やっていた事はどう正当化しようと、結局殺しだ。
「そう、あなたのこと…全くあなたの事を知らないもの」
「私も、興味があります…結局のところ、パイロット、とはどんなものかも、いまいち分かっておりませんので…」
オイゲンに加え、隣のカッスルまでもが俺の手を取り言ってくる。二人共、純粋な好奇心からなのか、心なしか目が期待に染まっている。
だが、俺はそんな風に期待され、何か話せるような事もないんだが…
「……何が聞きたい?」
だが、まぁ質問に答えるくらいなら出来るだろう。そう思って、彼女達に問いかける。
「結局、パイロットってどんなものなのよ?ただタイタンに乗って戦うだけの兵士、という訳でもないでしょう?」
それは確かにもっともな疑問だ。外野…タイタンやパイロットについて知らない彼女らKAN-SENやコアシステム出身者から見れば、ただの兵器乗りと同じ感覚だろう。
だが、実際はそんなものじゃ無い。タイタンとは強力な兵器だ、扱って戦う為にはそれ相応の資格が要る。
「……タイタンに乗って戦うには、フルコンバット認証、というライセンスがいる。これが無ければ、兵士としてタイタンを扱えない」
ライセンス取得には、その為の訓練、学科を修め、かつ試験に合格しなければならない。
「ふぅん…それで?」
先を促す彼女に、続きを話す。
「……これがパイロットがエリートと呼ばれる所以だが…ライセンスの認証試験では98%が脱落する…不合格は、同時に死を意味する。過酷な試験だ」
そう言って、傍らに控えていたベルファストは目を見開く。彼女はこちらを見て、信じられないものを見るような目線を寄越す。
ライセンスは、戦闘技術だけでなく元々の素養…遺伝子的な側面や、潜在的な能力も含めて審査される。だから、厳しい訓練に耐えられない者や、そもそも適性の低い者は試験すら受けられない。
「そ、そんなむちゃくちゃな…どんな試験なのよ…」
「……学科の試験はともかく、例えば原生生物蔓延る大陸を、身一つで横断するパルクール試験があるな…俺の代は、アレで6割死んだと聞いている」
空から喰いに来るフライヤー、群れをなして襲ってくるプラウラー…リヴァイアサンはデカ過ぎるから置いておくが、プラウラーくらいなら支給されるデータナイフでなんとか出来る。こんなもの試験の序の口に過ぎない。
「…6、割?そんな、採算が合わないのでは…?」
ベルファストの疑問ももっともなものだろう。だが、そうまでしなければ扱いきれないのだ、タイタンという兵器は。そもそもが、地上に押し寄せたセイレーンに対抗する、というのが元々の役割だったのだ。
「……一理あるが…その厳選を超えた先に、ようやく損害を最小限にセイレーンと渡り合える。必要な犠牲、と奴らは言っていた」
実際、単に歩兵部隊だけで突撃させた場合の死人と、その試験で死ぬ人間の数は後者の方が少ないらしい。
「……チーム分けされたと思えば、敵対するチームを全滅させろ、と言われたりな…ロクなものじゃない」
あの時も、俺は相棒達と同じチームで戦場へ出た。同じ枠での試験を受けた、同期の筈なのに。共通で支給された同じ銃を使い、殺し合った。思い出したくない…そして同時に、鮮明には思い出せない記憶だ。
「……パイロットとは、なったその時点で既に一般兵を遥かに凌ぐ戦力である証だ。故にフロンティアの人間は恐れ、同時に敬う」
俺の言葉に、カッスルとオイゲン…他の二人も言葉が出ないようだ。逆の立場なら俺もそうなるだろうし、特に言うこともあるまい。
「とんでもないのね…改めて聞くと、ここを壊滅させたのも納得よ…」
「……誇れることじゃないだろう」
それだけ苦労もした。なってみても、良いものだったかどうかは今でさえ分からない。
だが、パイロットという存在なしでは、恐らくフロンティアやコアシステムの発展もここまで来れなかったのも事実だ。
「……そんな所だな…まだあるか?」
他に無いかと問い掛ければ、今度はベルファストが聞いてくる。
「つかぬ事をお訊きしますが、フロンティアで起きた『フロンティア戦争』についてお聞きしても…?」
フロンティア戦争…長く、苦しく…そして多くの犠牲を払った戦いだ。頷きながら、俺はそれに答える。
「……フロンティアに進出したミリシア側の人間達は…一度IMCに見捨てられている」
そんな切り口から、説明を始める。『フロンティア戦争』という争いの発端は、コアシステムのゴタゴタを解決するため、フロンティアへの支援の一切を打ち切ったIMCの、突然の帰還にある。
ただ戻ってきただけならまだしも…何十年単位で放っておいた土地の、その利権を主張し出したのだ。謝罪もなく、ただその強大な力にモノを言わせて、そこに住む人を追いやった。
中には、虐殺された人々もいる。故郷を、そして家族を失った彼らは、民兵組織であるミリシアを立ち上げ、IMCに抵抗した。
「……本部は大陸ハーモニー。構成員の中には、海賊や盗賊もいる」
「海賊が…?一体、何故…?」
ベルファストが疑問を呈する。圧政に抵抗するレジスタンスに、それを邪魔しそうな連中が混じっている事が引っかかったのだろう。それに答えようとすると、横からオイゲンが言う。
「敵の敵は味方、って事でしょ?」
「……そうだ」
オイゲンの言う通り、と肯首。手段や出自を選んでいては、IMCには対抗できない。文字通り利用できるものはなんでも利用しなければならない、そんな苦しい戦いだった。
その巨大な兵力差に長らく苦戦を強いられて来たミリシア、そこに突然転機が訪れる。
IMCからの脱退者、英雄ジェームズ・マクアランの参戦だ。彼は俺の部隊と同じように、そのずっと前からIMCの方針に不信感を抱き続けていた。
スペクターの実地試験に、自らの仲間を殺され、IMCを打倒すべくミリシアの手を取った。
「……そして起きたのが、『デメテルの戦い』。俺の部隊も参戦した、コアシステムとフロンティアを結ぶ、IMCの重要拠点。そこの破壊のための作戦」
戦いは苛烈を極めた…両者一歩も譲らず、施設破壊は困難かと思われた。だが、マクアランの自己犠牲により、デメテル港の破壊に成功。IMCは大幅な弱体化を強いられた。
やがて、補給を絶たれ、残留艦隊となったIMCとの戦いが始まり、大陸タイフォンでの陸を割る程の戦い…そして、グリッドアイアンでの戦闘を経て、この戦争は終わった。
「……まだ細やかな衝突は起きているが、それが収まるのも時間の問題。ここフロンティアは、ようやく平和になろうとしていた」
そう締め括ると、全員が押し黙る。この話はまだしていなかったが、ここフロンティアで活動する上では、知っておいた方がいいもの。聞かれていないからと話していなかった事に、若干の後悔を覚えながら、乾いた口を紅茶で潤す。
「ご苦労、なされたのですね…」
「……まぁ、な。楽な戦いではなかったが…これで大まかには終わりだ」
アズールレーンとの関係が、俺が指揮官としてここで活動することで確立した事も含め、現状には概ね満足している。
「……他にはあるか?俺のことでなくてもいい。答えられることには答えるぞ」
そう言って焼き菓子を口に放り込み、噛む。ホロホロと崩れるような食感に、くど過ぎない甘み。とても良いものだなとぼんやり食べていると、グラスゴーが手を挙げた。どんな問いかけなのかといちおう身構えたが、思っていた質問とは違ったものが来た。
「フ、フロンティアにも漫が…じゃなくて!えっと、本とか、あるんですか…?」
何やら慌てて訂正をしながら、そう尋ねてくる。漫画か…どんなジャンルがあるかは知らないが、フロンティアにも娯楽の品はある。長らくコアシステムから隔絶されていたとは言え、文化的な人間も多いのだ。
「……もちろん、ある。ここから西に少し行くと、街がある。IMCの束縛から解放された、商業の盛んな場所だ。気になるなら、後で行こう」
そう言って、カッスルに目配せをする。少し思案していたようだが、彼女もまた視線に気づくと、微笑みながら応じてくれた。
そうして、和やかな時間は緩やかに過ぎていく。たまにはこんな風に過ごすのもいいのか、そんなことを思いながら、彼女達との談笑に興じるのだった。
・ジェームズ・マクアラン
IMCを裏切ったナイスミドルのおっちゃん、タイタンフォールに登場。彼がいなければ、ミリシアはIMCに勝てなかったかも、というくらいのファインプレーをしたキーパーソン。「デメテルの戦い」において、手動で核をオーバーロードさせて自爆。軍港もろとも吹き飛び、フロンティアのIMCの補給を向こう数年断ち切った。彼の名前を冠した戦艦がミリシアにあります。
・フルコンバット認証
参加者の98%は死ぬという、恐ろしいまでの倍率の試験。内容は独自解釈です。絶対受験者の中で殺しあわせてると思う。