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「……ふぅ」
《心拍数の増加を確認。緊張していますか、パイロット?》
量産型軽空母の上、海を見据えて息を吐いた俺に、ノースが語りかけてくる。
「……海洋での演習なんて初めてだからな、少しは緊張もする」
《それもそうですね。ですがパイロット、あなたは上手くやっています。きっと大丈夫です》
ノースにそう答えた俺の声には、すこし不安の色があっただろう。ノースはそう言って俺を安心させるように話す。
日々の委託と出撃をこなしながら、一定のペースで建造を行って戦力を拡充していっている俺達の艦隊。
「指揮官も緊張するのね、意外だわ」
「……普通にする。お前は俺をなんだと思っている、オイゲン」
隣に立つオイゲンが、俺を茶化すようにそんな事を言ってタブレットを弄る。そこには今から行う演習の、チームの振り分けが行われた表が映されている。
そう。先日の建造で、俺達の艦隊は新たな仲間を迎えることが出来た。貴重な火力源、巡洋戦艦にロイヤルのレパルス。天真爛漫な彼女は、母港のKAN-SENにもすぐに打ち解けた。
次いで、ユニオンの駆逐艦の姉妹。ダウンズ級のダウンズ、カッシン。活発なダウンズと、ヨナに似てダウナーで人付き合いの苦手そうなカッシンの凹凸姉妹…ただ、仲は全く悪くなく、とても良い姉妹関係で互いをカバーし合えるチームワークが見られた。
「う、んっ…はぁ。調子がいいわね、指揮官のお陰かしら?」
大きく伸びをして、オイゲンは自らの艤装…鉄血のKAN-SENの特徴であるらしい、動物の…蛇や竜…あるいは獰猛な肉食の魚ような見た目のそれを撫でる。
先日の建造の時に出来たのは新たなKAN-SEN達だけではない。建造のために用いる円柱形の水槽じみた装置…そこの一つからは、見覚えのある意匠のパーツが出てきたのだ。
「……明石に感謝だな、本当にいい腕をしている」
それは、明石曰く特定のKAN-SENの艤装のパーツで、それを使って艤装に追加で取り付ければ性能の限界を突破させることが出来るとのことだった。
そんな訳で、その艤装…オイゲンの、竜だか蛇だか、そんな見た目の艤装にそれを取り付け、強化を施した。強力だったオイゲンの防御と火力に、一層磨きがかかった訳だ。
「本当ね、ノースも明石が直したんでしょう?工作艦様々ね」
「……まったくだ。助けられてばっかりで…おい、よせ。やめろ…」
オイゲンの感心したような声に同意して会話を続けようとするが…それは彼女の双頭の艤装が俺の腕に絡みつき、甘噛みしてきた事で遮られる。
構って欲しくてこちらに寄る大型犬のような、そんな様子に呆れつつ、じゃれつく艤装をあしらおうとするが上手く躱され振りほどけない。
「ふふっ、随分懐かれたわね指揮官」
「……最初は、威嚇しか…!してなかったのに、な…っ!おい、止めろっ…!」
楽しそうに笑うオイゲンに言いながら抵抗するが…それでもなお、艤装は戯れるようにして俺へと纏わりついてくる。別に装備に傷がつく訳ではないが、一応は軍事演習の前だ。指揮官がこんな体たらくでは示しがつかない。
面白がって止めないオイゲンと、くっついて離れない艤装。明らかに遊ばれているが、艤装とその持ち主が止める気がないのがタチが悪い。こうして打ち解けたのはいいが、何事もメリハリは必要だ。
「こ〜ら!オイゲンさん、指揮官さんで遊んじゃダメですよ〜!」
そうしてじゃれられていると、後ろからおっとりとした声でオイゲンを諌めるKAN-SENがやってくる。
「仕方ないじゃない、指揮官が面白い反応をするんだもの」
ナース服のような格好の、紫の髪のKAN-SEN。先日、建造とは別で『ドロップ』したユニオンの工作艦・ヴェスタルが、頬を膨らませてオイゲンを叱りつつやってくる。
彼女は明石と同じ工作艦だが、どちらかと言えば修理よりも治療担当、といった役割を買って出てくれた。世話焼きな性分らしく、カッスルと連携して生活のリズムにかなり口出しされるが…まぁ彼女なりに、気遣ってくれているのは分かる。
「だからと言って、演習前に遊ぶのはダメですよ〜!」
「はいはい、分かったわよ」
ヴェスタルの口添えで、ようやくオイゲンは艤装達を制して離れる。
「もぉ〜…指揮官も、しっかり言わなきゃダメですよ〜?」
「……言った、オイゲンを叱ってくれ」
ぷりぷりといった様子で詰め寄る彼女にオイゲンを売りつつ、タブレット端末の通信機能を開いて待機するKAN-SEN達に繋ぐ。
「……俺だ。各チーム旗艦、準備は?」
《こちらネルソン、準備はいいわ》
《レパルスだよ!指揮官、こっちも準備オッケー!》
今回の演習では、チームごとに編成したKAN-SEN達に艦隊を組ませ、演習海域へ。そこで別チームと戦闘を行い、非実弾の演習を行う。
巡戦1、軽空母1、駆逐が2の艦隊で、俺の指示無しでの艦隊運動。委託に出す時には俺が居なかったり、指示を出せない可能性もある。今回の演習の目的はそういった状況への対応、その習得にある。
もちろん、新規の娘と練度や経験の差が出ることが予想されるため、編成はバランスを取れるよう考慮したものを指示してある。
レパルスはまだ比較的近海の哨戒や、小規模なはぐれセイレーンとの戦闘を、主導でなくカッスルやネルソン達に連れられて何度かこなしたくらい。これを機に、彼女にも自信を持って艦隊の旗艦として動けるようにというのが大きな狙いだ。
「……では、予定通り後10分で定刻になる。演習開始と終了は、こちらで信号弾で知らせる」
レパルスを旗艦とする艦隊には、綾波とジャベリン。そしてロング・アイランドを。ネルソンの方には、ダウンズ級の姉妹にユニコーン。おおよそのバランスは取れていると言えよう。
そのまま通信を切り、各員の艤装に付けたGPSが海域のマップに表示されるようにして待つ。お互い演習前最後の作戦会議、調整の時間だ。こちらからは掛けずに、彼女達自身で考えて貰えればそれだけでも意味がある。
「…時間よ、指揮官」
「……あぁ」
セットしたタイマーが時間を告げ、オイゲンも声をかけてきた。
「……演習開始、両チームとも全力を尽くしてくれ」
無線で一言、同時に頭上に構えた信号銃の引き金を引き、演習開始の合図を送る。そしてその様子をタブレットで眺めるオイゲンが、楽しそうに呟く。
「ん、始まったわね…さて、どう動くのかしら」
そんなオイゲンの側で、俺もそれを覗き込む。海図に表示される赤点がネルソンの艦隊、青点で示されているのがレパルスの艦隊だ。
「怪我をしなければいいんですけれども〜…」
ヴェスタルは彼女らの怪我の心配をしているようだが…演習用の弾薬だ、海の上で艤装展開した彼女らの耐久力からすれば雀の涙だ。それほど心配せずともいいというのに、どうにも不安らしい。
大丈夫だ、と頭を撫でてやりつつ改めて状況を見る。
そこそこな大きさの島を挟んだ対局からのスタート。どちらでもいいが、どの道相手と戦うには島を回っていかなければならない。よって、恐らくだが…双方最初の一手は…
「ん、両チームとも艦載機を飛ばしたみたいね。ほら、見えた」
オイゲンの言う通り、指差す先の空では幾つかの艦載機が旋回をしつつ空から情報を得ている。予想通り、そしてセオリー通りの動きだ。
互いにどちらから動いて島を迂回するか、そして偵察の目である相手の艦載機に何をするか…それがまず初めに考えるべき点だ、どう対応するのかを見せてもらう。
「あら、レパルス側の艦載機。あれ偵察機じゃなくて戦闘機ね、ネルソンの方の偵察機を落としてるわ」
いつの間にか取り出した双眼鏡で互いの偵察機が、複雑な軌道で戦闘を始めるのを見たオイゲンが呟いた。ヘルメットの望遠機能を使い確認すると、確かに撃破判定を受けた偵察機が戻っていくのが見えた。
「……レパルスの方…ロング・アイランドか。彼女のアイデアかは分からないが、敵の目を潰すのはいい発想だ」
「ふぅん、やるわね…?あの子、けっこう頭の回転は早い方なのかしら」
それに感心した様子のオイゲン、楽しそうに双眼鏡で戦況を見続けている。ヴェスタルと俺はタブレットで動きを見守る。
「あら〜?綾波ちゃんが分かれましたよ、指揮官」
「……挟撃するのか…リスクはあるが、綾波の足の速さなら…」
綾波を示す青点が、他の三人とは反対の方向へと動く。相手が偵察出来ず、接敵するまで自陣の陣形や配置を把握できない強みを活かした挟撃。
島一周するのは時間がかかるが、駆逐艦固有の足の速さを活かせば本隊との時間差がほぼなく後ろから奇襲をかけられる。
「……考えたものだな、レパルスがアイデアを出したのか…?」
「分からないですけど、優位はレパルスさん側にありますね〜」
ヴェスタルの言葉の通り、既に二機目の偵察機を落とされたネルソン側は焦っている。しかし、艦隊の陣形を整え、て進んで行く辺りの判断力は流石といったところだろう。
レパルス側が先に仕掛けたが、逆に包囲される前に何か手を打たなければ不利になるかもしれない…だがまだ演習は始まったばかり、経験はネルソンの方が多い。
「綾波が通ったわ、指揮官。手振ってるわよ」
そんなふうに思いながら、画面を眺めていると不意にオイゲンがそう言う。顔を上げると、前方の島を半周し終えた綾波が、こっちに大きく手を振っていた。
「……仮にも、軍事演習中なんだがな…」
「でも、せっかく手を振ってくれてるんですから〜」
余りにも気の抜けた行動だが、綾波はにっこりと笑ってこっちを見ている。後で注意しなければ、と思いつつヴェスタルと一緒になって手を振る。
幸いというべきか、今日は風が強いわけでもなく、ほぼ快晴と言っていい穏やかな空模様。心地いい気候だ、気が抜けてしまうのも分からなくはない。
メイド隊の三人も、洗濯物が干し頃だと喜んでいた。何をするにも、いい日になりそうな…そんな日柄だ。
「さ、そろそろ本隊同士接敵するわ…どう動くのか、見ものよ」
オイゲンの言う通り、ネルソン率いる艦隊と、レパルス率いる艦隊がもうすぐぶつかる。互いにどう動くのか…よく見せてもらおうと、タブレットを覗き込んだ…その瞬間だった。
ピシリ、何か硬いものが割れて、亀裂が走るような大きな音。そんな音が聞こえたような、一瞬で何か雰囲気が変わったような気がして顔を上げる。
オイゲンも何か感じ取ったのか、眉を顰めて辺りを見回している。正体不明の気配に警戒していると、艦内のマービンがあの機械音声で通信を入れてくる。
《マスター!鏡面海域の反応を検知しました!》
「指揮官、なんて…?」
全体へのアナウンスだったが、翻訳機能は文字列への変換…つまり俺しか分からない、訊いてくるオイゲンに答えつつ背の対タイタン装備を取る。
「……鏡面海域の反応を検出したようだ。各員、演習は中止。一度こちらに戻って戦闘用装備に換装しろ」
すぐに全員に指示を出す。このタイミングでの異常事態だ…間違いなく、何か事をセイレーンによって起こされる前兆に違いない。
早期に検知できたのは初任務で受け取った、セイレーン由来の敵性反応のデータのおかげだ。やはり報酬と共に受け取っておいてよかった、演習弾では奴らとやり合えない。
「……ノース、ガードモード。周囲を警戒」
《了解。プラズマレールガン充電完了》
ノースにガードモードでの警戒を指示、俺も手にした武器…チャージライフルを持って警戒する。神出鬼没なセイレーンのことだ、何処から来るかは実際に目視やレーダーで確認するまで特定は難しい。
「っ、指揮官!綾波が…!」
そんな考えのもと、しっかりと周囲に気を配っていると、オイゲンが叫ぶ。目をやれば、単独行動をしていた綾波が遠洋へと駆けて行く。
「……綾波、どうかしたのか?」
慌てて追おうとするオイゲンを手で制して、綾波に通信で問いかける。彼女は理屈よりも感覚派だ、何か感じたのかもしれない。
《重桜の…重桜の誰かの声が、聞こえた気がするのです…!あっちなのです!》
綾波が駆ける方向。少し遠いが、確かに何か戦闘が洋上で起こっている。俺には何も感じなかったが、重桜のKAN-SENの彼女はなにかを感じたらしい。
「……分かった。様子見して、『駒』出ないようならこっちまで誘導してくれ」
《はい…!任せてほしいのです…!》
『駒』とはKAN-SENの姿をしているが、意思疎通不可能なセイレーンの傀儡のこと。そうでなければ、こちらに引き込むことも可能なはず。
基本ああして勘に任せた行動をしている時でも、俺の指示があればそれを綾波は優先する。万が一連中が『駒』だったとしても、危なければ自分で戻っては来れるだろう。
「…私も行くわ、綾波だけじゃ危険よ」
《パイロット、オイゲンさんの言う通りです。援護の必要性を提示します》
しかし、オイゲンとノースはやはり綾波だけに任せるのは反対らしい。いい仲間意識、そして状況判断だ。上官にもしっかりものを言い、無茶を無茶と警告できるのはいい部下の証だ。
「……分かっている。頼んだオイゲン、俺はノースに乗ってバックアップする」
俺がそう言った瞬間駆け出し、甲板から海へと跳躍して飛び出していったオイゲン。足の速さは勝てないだろうが、オイゲンの場所まで綾波が退けばその防御と火力でどうにかなる。
「……仕事だ…!」
《パイロットモード起動、リンクを確認》
俺は屈んでハッチを開いたノースに飛び乗って、マニュアルモードに切り替えて立ち上がる。
「……ヴェスタル、換装作業を手伝ってやってくれ。終わったら怪我人の収容準備だけしておけ」
ヴェスタルに告げると、彼女はピョンピョンと跳ねながら俺を見上げて手を振る。
「は〜い、無茶はしないでくださいね〜!」
あんなフワッとした印象の彼女だが、仕事の腕はピカイチだ。ここは彼女とマービン、饅頭の整備班に任せていいだろう。ハッチを閉じ、海へ向く。狙撃するには少しここでは低い、場所を変える必要がある。
ノーススター級のユーティリティであるVTOLホバーを使い、空中に。海を渡って少し離れた演習の舞台となった島へと着地。そのまま小高い山を駆け登っていく。
《このまま山頂へ。射線を確保しましょう》
「……あぁ」
タイタンの出力があれば、多少の藪なら薙ぎ倒していける。邪魔な木は避けて、背の低い薮をかき分け上へ上へ。クールダウンの済んだVTOLホバーで再び飛び上がり…山頂に着地。精々30m程度の高さだが、これだけあれば狙撃するにはやりやすい。
「……さぁ、セイレーン戦だ。今度は失敗しない」
初任務前、まだ指揮官適性があるかの判定中に行ったセイレーンとの戦闘では、よく喋る人型に大破させられた。だがもうそうはいかない、二度も同じ手が通じるとは思わない事だ…もっとも、あの個体と似たセイレーンがいるかは知らないが。
プラズマレールガンを構え、ズーム切り替え。来たるべき綾波からの狙撃の合図を、じっと待つ。人類の技術の粋、目にものを見せてやる…!
・艤装の限界突破
アズールレーンゲーム内では、同じKAN-SEN(もしくはブリ)を素材として、レベルの限界突破を行えます。本作では、建造やドロップでKAN-SENが被る事はなく、代わりに艤装のパーツが入手でき、それで性能の底上げを行う。という認識です
・オイゲンの艤装
アニメアズールレーンでは、明らかにオイゲンの意思ではなく、艤装自体に意志があるような挙動をしていました。よって、鉄血のあの肉食のお魚っぽい艤装には大型犬程度の知能があるとします