1-0
コアシステム、と呼ばれる地域、海域がある。フロンティアが開拓地であるならば、コアシステムはその出発点。主要四大陣営のある、始まりの海。
独特な伝統を重んじ、『ミズホの神秘』と呼ばれる不思議な力で他陣営と渡り合えるまでに成長した島国、長らく国を閉じていた重桜。
正義と秩序を重んじ、広大な土地と産業力を活かした発展を遂げてきた巨大な陣営、ユニオン。王家が統治し、優雅と気品を重んじる諸島からなるロイヤル。
そして圧倒的な科学力で、セイレーン技術の解析と応用を重ねて力を伸ばしてきた鉄血。
この四大陣営が中心となり、セイレーンに対抗すべく組まれた軍事同盟・アズールレーン。この星の、蒼き航路を取り戻す。その理念を掲げて立ち上がったこの組織。その議会を行う議事堂には、今この瞬間各陣営のトップが集まって会議を進めていた。
「パイロット・パラドクス…まさかまたこの男の名前を聞くことになるとは…」
そう忌々しげに呟いたのは、ユニオンの大統領…その後ろにいる護衛の男。しかしそんな様子と対称的に、ユニオン大統領の意見は好意的だった。
「彼が、まさか指揮官としての素養があったとはね…喜ばしい限りだ」
そんな彼に同意したように、ロイヤルのトップにしてKAN-SENであるクイーン・エリザベスが声を上げる。
「えぇ、全くよ!指揮官にならないかという打診をしそびれてしまったもの、今回のこの申請は嬉しい限りよ!」
それぞれの机の前に置かれたPCの画面には、×字のような形のバイザーの、フルフェイスのヘルメットの人物が映されていた。それに付随し、彼の戦う姿や部隊を引き連れる姿…様々な写真資料も添付されていた。
「フロンティアにもセイレーンが現れたと聞く…タイミングとしては、かなり僥倖だ。あそこまでは遠過ぎる、我々だけでは対処が難しいだろう」
ユニオン大統領が言う。ジャンプドライブ…と呼ばれる、いわゆるワープ技術を駆使しなければ、フロンティアのような辺境にはたどり着けない。途方もない時間とコストがかかってしまうのだ。
「だが、彼は我々だけの味方ではない。経歴を見ろユニオン、この男は一度所属の機関から離反している」
ユニオン大統領の言葉に、強い口調で鉄血の最高指導者が釘を刺す。その眉間には深く皺がより、厳しい雰囲気をより強めていた。
「裏切る可能性だってある、強すぎる自我は組織には毒だ。本当にそんな人物をこの同盟に加えるというのか?」
「だからこそだ、彼に不信感を与えず、コントロールすればいい」
「……ふんっ」
そう諫めるユニオン大統領だが、それでも鼻息荒く、不機嫌さを隠そうともしない鉄血の指導者。そんな彼の様子に今度は別から声がかかる。
「IMCのフロンティアでの横暴は、私たちも知る所でした…ですが、彼らの支援ありきで暮らす手前、私たちは声を上げることも出来ませんでした」
重桜の代表だ。凛とした着物姿の女性指導者は、目を伏せて続ける。
「この者の裏切りは正当…決して私欲の為とは思えぬもの…組織を正しく在り続けさせるには、不可欠な人材でしょう…」
コアシステムの、特に内陸部の国での暮らしは、IMCの支援や技術無しでは成り立たない。海由来のエネルギーが主要なこの社会では、海軍戦力や海へのアクセスを持たない国は生活が立ち行かなくなる。
そういう背景もあり、IMCと民兵組織ミリシアのフロンティアでの衝突を知りながらも、それに対してアズールレーン含むコアシステムの者は何も出来なかった。
「……そうだな」
ユニオン大統領の表情が曇る。彼らもわかっているからだ、もしこの男が寝返るという判断に至った経緯を。そしてそれを謗る権利が自分達にはないと、分かっている。だからといってこのまま見過ごし、指揮官として素直に認めるわけにもいかないのだが…
「…分かったわ…ここは我らがロイヤルがこの庶民を、見定めてやるわ!」
沈黙した会議室、その重苦しい静寂を打ち破ったのはクイーン・エリザベス。立ち上がり、その胸を張って仰々しく宣言する。
「はぁ…ロイヤル。何をするつもりか知らんが、本当に大丈夫なんだろうな?」
ロイヤルによって辛酸を舐めさせられてきた鉄血の指導者は、顔を顰めてエリザベスの方を見やる。嫌悪感を隠そうともしていないが、それに臆さず彼女は続けた。
「近々ロイヤルは、ミリシアとの共同輸送作戦をフロンティアで行うの!この男にはその護衛艦隊として、参加してもらうわ!」
「おや、初耳だな。ぜひ詳しく聞かせてもらえないかい?」
「ふふん、それはね……」
クイーン・エリザベスの説明によると、今度行われる共同作戦というのは、ミリシアの一派の勢力『ラストリゾート』というパイロット集団の、とある資源採掘装置を護送するというもの。
四大陣営主導としては初めての、フロンティアでの試み。それはミリシアの方からもたらされ、提案された作戦だという。
「その輸送船の護衛艦隊の旗艦に、この男を配置するのよ」
クイーン・エリザベスが指差したのは、パイロットの写真と名前が書かれた資料。そして艦隊配置の計画書、そこには護衛艦隊の編成が事細かに書かれていた。
「なるほど、テストをするという訳か…我々に害となるか益となるか、それを能力を見ながら試すわけだ」
鉄血指揮官が腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかりながら呟く。
「ユニオンはロイヤルに彼の能力試験は一任しよう、彼を指揮官にすることにも賛成だ」
「重桜も同じく。彼に指揮官としての席を用意することに、異論はありません」
大統領と重桜代表は、肯定的にそれに賛同する。彼らは元々このパイロットに否定的な意見は、特に持ち合わせていなかった。
「…鉄血は、そのテストとやらの報告を待つ。保留だ、判断材料に欠ける」
指導者は待つことを選択した。彼の気質から考えれば、その決断も理解できる。発案者の女王は、にべもなく賛成側だ。
「なら決まりね!早速用意させるわ、任せて頂戴!」
そうして次の議題に移る。彼のそ知らぬ所で、指揮官としての彼の初仕事は決まったのだった。
○○○○○○○○
真っ暗な部屋に、ホロウィンドウとホロキーボードの青い輝きが満ちている。ここは電子系の装備を調整をする、メンテナンスルーム。
その光に当たりながら、ヘルメットも外したパイロットは腰のナイフを抜く。羽根飾りのついた、パイロット装備のデータナイフだ。仲間から譲り受けた…いや、遺された品の一つ。これは最後の相棒のデータナイフだった。
「…………」
少しの間、それを見つめ。やがてコンソール横のUSB8.1端子に刃を刺し、ホロキーボードをタップする。ウィンドウが展開して、数字と英語の羅列が流れ続ける。それはデータナイフに内蔵された機能のプログラム、ハッキングに始まり、果ては戦艦の操舵さえ奪取するコードが記されている。
だがそんなものに目もくれず、何か別のものを探しているのか、パイロットは食い入るように画面を見つめている。
「……やはり、か…」
不意に、それを見つけた彼はいくつかの操作をし、画面にそれを映し出すパラドクス。『For buddy』と銘打たれた音声ファイル。シンプルなシークバーとタイトルだけが、表示されている。
「……っ」
唇を噛み締め、震える手でキーを押す。停止アイコンが再生アイコンに変わり、彼の聞き慣れた声が再生される。
『よぉ相棒、やっぱり見つけると思ってた。コレ再生してるってことは、オレは死んだってことだな?』
「………は…ぁ……」
飄々とした声、どこか調子の良さそうなその声を聞いた彼の口から、震えた吐息が漏れる。
『お前は自分を責めるだろうが、ンなことするなよ?オレはオレの意志で戦ってきて、オレの意志でこれを遺した。相棒、必ずお前がコイツを見つけてくれると確信して、な』
それはまるで遺言のようでもあった。事実これは、彼の相棒の遺した最期のメッセージなのだろう。もういないその友とは、言葉を交わす事は叶わない。それはずっと分かっていたことだ。だから、 だからこそ。彼にはそれが余計に辛かった。
『幾つか、頼みたいことがあるんだ。お前にしか頼めない…お前に隠してた事もあるし、頼み事に関連している事だ。勝手だが聞いてくれや』
だが、今は亡き相棒の饒舌な語りは止まらない。
『34…35か?とにかく、そんくらいの再生世代の時、オレは単独任務中に遭難したことがあっただろ?あん時、KAN-SENに会ってな…オレの、オレの不安定な心は救われたんだ』
『そこから色々調べた。コアシステムのこと、アズールレーンのこと…KAN-SENについて特に。彼女らは兵器として生み出され使われている、そして都合よく彼女らを動かすことの出来る指揮官という存在に、理不尽な扱いを受けている事があるという事も知った』
『相棒。俺たちはパイロットだ、もうオレもお前もどうしてそうなったかなんて細かい事なんか忘れちまっただろ。だがな、虐げられる奴らを守りたいと思ってこうなった。それは胸を張って言えるはずだ…!』
語られる話に聞き入り、時にこくこくと小さく頷き。遺された言葉を噛み締め、頭に、心に、魂に刻むように。パイロットは拳を握って、相棒のメッセージを受け止めていた。
『パイロットのフルコンバット認証試験…オレ達の代に、遺伝子検査ってのがあったろ?アレの判定要素には、KAN-SENの指揮官になりうるかというものも含まれてた…そうだ、オレ達。いやお前は、指揮官として彼女達を導くことができる』
「……あぁ、知ってるさ。なったよ、指揮官に…」
届くはずのない相槌が暗闇に消える。その声は震えていて、霞むほどに小さな声だった。
『だから、相棒。お前が、この戦争が終わって。それでもまだ、戦いしか生き方を見つけられねぇってんなら…頼む。オレを救ってくれたKAN-SENを、彼女達の未来を…!お前に、託したい!』
それは、願い。自分では叶えられないかもしれないと、彼に向けて託した一縷の願いだった。
『コイツをお前が聞いてるなら、もうオレは死んだ。再生できるかも分からない身だ…これを、お前が聞かないことを祈ってるが…先がどうなるかは分からない。だからこそ、オレはお前に託す。オレの願いを、望みを、戦う理由を…』
縋るような戦友に向けての小さな祈りだった。彼が、自分自身のために生きることが出来ないと知っているからこその言葉。だからこそ、このデータナイフはかつての友によって、彼の手元に残されたのだ。
『ありがとうな、相棒。最後まで聞いてくれてよ…再生できたら、また会おう。そうじゃなきゃ、これで終わりだ。じゃあな、元気で…』
そこで音声ファイルが終わる。彼は無言のまま、しばらくそれを見つめていたが、やがて再生アイコンを止めた。そして、端子に差しっぱなしのデータナイフを引き抜く。
「……本ッ当に…!最期の、最期まで勝手な奴だ…!」
食い縛った歯から、呻くように声を絞り出す。力一杯ナイフの柄を握り、強く目を瞑り溢れる涙を堰き止めようと試みながら、彼は必死で堪えた。
「……あぁ分かったさ…!やってやるよ、このバカがっ!」
誰に対してでもない、己自身への誓いのように。震える声で叫びを上げる。決意する、誓う。必ず、やり遂げると。お前の無念を無駄にはしないと。
柄の頭を額に当て、祈るように黙祷。しばらく動かず、ただそうして固まったパラドクス。数十秒、或いは数分。ようやく動き出した彼の目にはすでに涙はなく、決意に満ちた眼差しに変わっていた。
「……戦うしか出来ない俺に、お前は最後に理由をくれた…それで十分だ」
弔いを呟き、ナイフをしまう。そしてヘルメットを被った彼は、踵を返す。アズールレーンからのメッセージが来ているのだ、それは彼の最初の任務の内容について。指揮官として、パイロットとしての力を試される、初の任務になる。
・データナイフ
APEX LEGENDSのバンガロールとレイスの会話にて、「中身は全てチェックした」という旨の会話があったので、中に音声データを仕込むことも可能、としました
・各陣営トップについて
大まかな容姿と口調だけで、名前とかはつけません。代表はあくまで代表、指導者は指導者と表記します