未 調 整 で す !
早朝六時、宿舎廊下。
「では、点呼を」
「いち」
「にー」
「さん___」
...
「ふぁぁぁ」
「ごめん、高橋さん。 起こすの遅れちゃって」
「いやいや、助かったよ」
「確かに、あんなに大きな音が鳴ってたのに全然起きなかったもんね...」
思い出されるのは今朝の光景。
朝の目覚まし代わりのトランペットも、自分たちの会話も、高橋さんはそれらを全く気にすることなく寝ていた。
起こすのも苦労した。
声をかけても揺らしても起きる気配を感じさせない彼女の睡眠は想像をはるかに超えていたのだから。
「それより、みんなは先に行ったの?」
「時間だからね。 自分たちも用意してさっさと向かおう」
「用意って...もう行くぞ?」
「え?」
寝起きだからか寝ぐせのついた髪は、あちらこちら跳ねている....のだが、高橋さんはもう行くとドアノブに手を伸ばしていた。
「待って、その寝ぐせで行くの?」
「あぁ」
「昨日はなかったよね?」
「昨日はたまたま寝ぐせがなかったからな」
目の前の少女はなぜか胸を張っている。
...が、圧倒的存在感を放つ寝ぐせがぴょこりと動いていた。
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「朝食がバイキングじゃないっ!?」
この世の絶望と言わんばかりの表情で倒れそうになる高橋さん。
それを横目に苦笑いで頬をかく。
「ま、まぁずっとバイキングだと廃棄が多くなるからね」
「それでも! それでもバイキングなんだよっ!?」
「...何がそれでもなのかはわからないけど」
「好きな食べのモノを好きなだけ食べられる! そんな素晴らしい食事が_____」
熱弁している。それはもうアニメとかに出てくる熱血指導をする先生キャラの様に熱弁している。
きっと食べ物に関しての熱弁でなければ心打たれるモノだったと確信を持って言えた。
「二人とも遅かったじゃないか」
「あぁ、エルさん。実は強敵との戦いをしていたんだ...」
どこか遠くを見つめる高橋さんにエルは首を傾げる。
「寝ぐせだよ。 ほんと、全然はねてるのがとかせなくって」
そう言えば納得したように声を出す。
「そんな事はどうでもいいんだ。
ご飯! 今日の朝食は何だ!?」
「今日は___」
...
「「「「「「___ごちそうさまでした」」」」」」
空になった皿をまとめ、全員が両手を合わせて言う。
「食った食った!」
「昨日もそうだったが、貴様は随分と食べるな」
机の上、高橋さんの座っていた場所に置いてある皿を見て比良坂さんはそう呟く。
四つほどだろうか?
五人しかいないはずの机にはなぜか九つのお盆があり、その四つが高橋さんの座っていた場所に集中している。
「これで腹七分目くらいだな。 もう一品は食べたかった」
「あんなに食べてか? 恐ろしいな」
「やはり暴食...クククッやはり我がここに来るのは運命だったようだ...!」
(七分目...満腹はどれくらい食べるんだろう?)
そんな疑問が浮かぶ。
七分目で四つなら五つは食べられるのだろう。 こんなご時世でなければ一度満腹まで食べる高橋さんを見てみたい。
「しかし、今日から本格的な訓練の開始になるのか」
「いざ訓練って言われても、具体的に何をするかピンとこないよね」
外を見ていたエルが、ふと疑問を声に出した。
その不安に同意する。 兵士としての役割をもってここにいる自分たちが、一体どんな訓練をするのか全く知らされていないのだから不安にもなるだろう。
「最初の訓練。 いきなり大変なものをやるってこともそうないと思いたいけど...」
「そうだな」
不安にお互いため息をつく。
自分たちがこれから戦うことになるキャンサーという存在。
そして自分たちの武器であるセラフという存在。
それらに関する知識は全く存在しないと言っていい。
知識を得るための勉強、戦いを覚えるための訓練。
それらをこれからする必要があるのだから不安にもなるだろう。
「考えても仕方ないでしょ」
「え?」
「先行ってる」
一言小さく、霜山さんは呟いて席を離れた。
「気にしないでくれ、あいつは考えるより行動派なんだ」
「そうなの?」
「あぁ、昔っから何考えてるかよくわからなくてな。
気が付いたら行動してるんだよ」
高橋さんの言葉に「へー」と反応を返しながら、遠くを歩く霜山さんを見る。
思い出すのは早朝の釣りをする姿。
何を考えているのかわからない。 そう言ってしまえばその通りだが、それだけで済まされてしまう程度にしか彼女を理解できていない現状に寂しさを覚えた。
「あたしたちも教室に行こう。 そんなに時間の余裕はないからな」
「え? あ、うん、そうしよう」
エルが仕切るように指示を出し、自分たちも食器の片付けを開始した。
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31Sは現在、午後の訓練に移動する前にベンチに座っている。
「...なんか、普通だったね」
午前に行われた座学はいたって基礎的な普通の座学。
それこそ学校などで行われる授業と大差ないレベルの代物だったのだが...二名の周りだけ悲壮感が可視化されそうになっている。
「なぁ数学いるか? この状況で数学とかやる必要ないよな!?」
「我なら勉強などする必要はないのだ...だから勉強は、勉強はぁぁ...」
頭を抱える二名。
残りの隊員はというと勉強が苦手というわけでもないらしく、ケロッとしているのがさらに悲壮感をマシマシにしていた。
「お前らいいよなぁ!? 俺なんて勉強しても全然頭に入らないんだからなっ!」
「それは勉強に集中しきれてないからでは?」
「うぐっ」
勢いよく立ち上がり叫んだ高橋さんの言葉は嘉山さんの言葉でノックアウトされそのまま倒れ込む。
まるでギャグの光景だなぁなんて思いつつ。ふと、霜山さんの方を見た。
(笑ってる...?)
一目では見えない、でも確かにその口が笑っているのが見えた。
「だが...! だが実戦で結果を出せば勉学など励まなくても何とかなるはずだろうっ!?
それなら我らが勉学に励む必要はないはずだっ!」
「昨日の戦闘で真っ先にやられた奴が何を言っているんだ」
「うぅっ」
目を離していれば、それに続くように叫んだ比良坂さんも、同じようにエルの言葉でノックアウトされていた。
「ふふっ」
まわりに見えないように小さく笑う霜山さん。
そんな姿に安堵した。 彼女も笑うのだと、楽しんでいるのだと。
「みんな、そろそろ時間だよ」
電子軍人手帳に示された時間を見た。
もうすぐ午後の訓練が始まる。そんな時間を示すデジタルの時計はゆっくりする時間はないと急かしてくるようだ。
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基地の端に位置するアリーナと呼ばれる施設。
午後の訓練で使用される大きな建物は外見の奇妙な見た目からさえも想像できない内装だった。
「おぉ! なんだこれすっげぇっ!」
「世の中にこれほど奇妙な光景が広がっていようとは...!」
「ほほう、これで疑似的な地形を作るのか」
「ちょっ、勝手に触らない方がいいんじゃ」
目を輝かせながら走りだす二人を見ながら、壁や床を調べ出す嘉山さんを抑える。
自分も周囲を見渡した。
一面の青。そう言うのが最も正確に表しているだろう。
建物や橋を再現しているのか大まかな形をとる青い四角が自分たちを取り囲むように出ているこの光景は、きっとセラフ部隊に入らなければ見ることが出来なかった。
「...疑問に思ったか?」
「え?」
隣にいたエルが声をかけた。
「目の前に広がる技術は間違いなく存在する技術。
だが、あたしたちの記憶にこんな技術はないだろう?」
「それは...」
「セラフも同じだね」
気が済んだのか、立ち上がっていた嘉山さんは満足そうに声を出した。
「セラフも?」
「うん、セラフの制作過程もそうだが、今はセラフィムコードの方も謎なんだ。
自分たちの最もやる気の上がる言葉なんて言われていたけど、いったいどうやって調べたか。 ぼくたちは知らないだろう?」
「31Aの彼女もそう思っているだろうね」と言葉を繋げた嘉山さんは、そのまま奥に歩き出す。
「彼女?」
「東城つかさ、きみはもう会ってると思うけど」
「あ、あの諜報員って自己紹介してた人」
思い出されるのは昨日の防衛戦。
終了前に挨拶をした東城つかさはそう名乗っていた。
「諜報員を自称するだけあって、彼女は気づいているだろうね」
「というか、知り合いだったんだ」
「昨日の防衛戦は彼女ら二人と組んでいたから。 まぁ、途中で別れることにはなったけど」
「流石31Aというべきか、その戦闘能力は高いものだったがね」と言いながら、嘉山さんは自身の手を見ている。
「やっぱり、パワードスーツは難しいのだと実感したよ」
「____話しているところ悪いが訓練を始めるぞ」
出入口__後方から声がかかった。
赤い髪に特徴的な眼帯をした人物がこちらを見ている。
「浅見教官?」
「湊本、お前が部隊長なんだからもう少し部隊員を纏めておけ」
「うぐっ...はい」
(耳が痛いところを...)
31Sの現在地はそれぞれバラバラ。
施設を調べていた嘉山さんをはじめとした四人はここにいるが、高橋さんと比良坂さんは見学しようぜと言わんばかりに走って行ってしまった。
「仕方ない、あたしが呼びに行こう」そう言ってエルが呼びに行ってくれた。
だがそれは本来自分の仕事なのだろうと思うと、申し訳なさと共に自分の不甲斐なさが強くなる。
...
「視力を奪われた身だがお前たちの指導できないほどではないからな。
全員、ビシバシ行くから覚悟しておけ」
そう宣言した浅見教官は、31S部隊員が全員戻ってきたところで説明を開始した。
その内容はこのアリーナと呼ばれる訓練用の施設の注意事項や、その使用ルール。 どういう原理でキャンサーを投映しているかなどの詳しく説明。
技術的な問題は分からないが、ルールなどは今後使うことになるため重要な内容だった。
(浅見教官、竹刀でも持てば似合うのではないだろうか?)
話を聞いて最初に思ったのはそんなこと。
浅見教官は、実際そう思うほどには熱血だ。
人類を守るというこの役割に誇りを持っているのだろう。
(...浅見教官も自分たちと一緒だったのかな?)
何かしらの才能をもって選ばれた者たち。
自分たちと同じようにセラフ隊員であった教官であれば何か知っているのかもしれない。
「___では訓練を開始する。
湊本、自分のセラフィムコードは覚えているな?」
「へ...? あ、はい。 覚えてます」
「考え事か」と呆れたような反応をする浅見教官が視界に入り思考が中断される。
「すいません。 少し考え事をしてて」
「実戦での考え事は生死に関わる。
考えるのもいいが、思考するタイミングは理解した方がいいぞ」
「...そう、ですよね」
分かっている。
そう言いたくなった口を閉ざす。
つい思考に脳を取られてしまうのは悪い癖なのだ。
たとえそれが実戦だろうと、窮地だろうと、自分は思考してしまう。
直さねばならないと自覚していてもここまで直すことのできなかった自分の問題なのだと、頭の中では理解しているのだ。
「考えるのが悪いとは言ってないさ」
浅見教官が何かを懐かしむように頭を撫でてくる。
「きょ、教官っ!?」
「それに直すための訓練でもあるんだ。 そこまで気負わなくてもいい。
あたしが教官なんだ。 誰も死なせる気はないし、実践で死なせるような訓練もしないから安心しろ」
ニッコリとした笑顔。
笑顔とは本来威嚇が目的なんて言われているが、教官の笑顔は間違いなく安堵させるためのものだった。
次回より31S部隊初戦闘です。
訓練なので戦闘と言っていいかは不明ですが、描写はそこまで変わらないので戦闘です。
あ、たくさんのお気に入りや評価ありがとうございました!
今後も頑張って書こうと思います!(プラス思考
その後期待に応えられるかは不明ですが(マイナス思考