仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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半年ほどお待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした


第十頁[青天の霹靂]

 朱莉は、()()と共に車に乗って帰路を辿っていた。

 

「遊園地楽しかったね、お兄ちゃん」

「そうだな。いや~もっかい行きてえな~」

 

 後部座席で、彼女は兄と楽しそうに笑いながら話していた。遊園地からの帰りらしい。子供に散々振り回されたらしく、母はすやすやと寝息を立ててしまっていた。そしてそんな彼らを無事に家に届けるために、父はとっくに味のしなくなった眠気覚ましのガムを噛みながらハンドルを強く握り締める。

 

 

 

 実に平和な、微笑ましい家族の様子。

 

 これは、在りし日の記憶。

 

 今はもう失われてしまった、何よりも大切だったはずの光景。

 

 

 

 我が家までおおよそ20分ほどの距離まで近づいたくらいの頃。

 

「なぁ父さ~ん。もっかい連れてってくれよぉ~」

「お前が勉強頑張ったら、な」

「じゃあ良いや。勉強とか死ぬほどめんどっちいし」

「お前なぁ……」

 

 車内ではそんな会話が飛び交っていた。遊園地に連れていけとねだった癖に勉強を引き換えに出された途端すっぱり諦める兄。そんな彼に思わず呆れて言葉も出ないらしい父。やはり眠ったままの母。

 

 そんな彼らの耳を破らんほどの破裂音が、車体の下から突如として発生した。

 いきなりコントロールの効かなくなった車。左右へ大きく車体を揺らしつつ、彼らの乗る車は茂みへと突っ込んで停止した。

 

「なに!? 何事!?」

 

 先の一件でさすがに目を覚ましたらしい。状況をあまり呑み込めていないらしく、激しく打ち付けた体を摩りながら父へそう尋ねる。

 父は強く握り締めていたハンドルからゆっくりと手を離しながら天を仰ぎ、そして口を開く。

 

「タイヤがバーストしやがった。クソが……二週間前に車検出したばっかだってのに」

「そんな……。二人とも大丈夫?」

「どう考えても大丈夫じゃねえよ……。めちゃくちゃ痛え……」

 

 悪態を吐きながら肘を抑える兄。ドアの持ち手部分に強く打ったらしく、傷口から血を流していた。

 そんな兄に、朱莉は心配の言葉をかけようとする。だが、どうしても口が動かせない。硬く横一直線に結ばれたそれを開くことは叶わず、それで兄を逆に心配されてしまう始末。

 

「怖がるなって大丈夫だよ朱莉。人間これくらいじゃ死なねえってドラマで言ってたし」

 

 などと強気に言ってみせるが、その顔からは血の気が引いてしまっている。どれだけ取り繕おうが、怖い物は怖いのである。

 そんな二人を他所に、父はタイヤの状況や車の損傷具合を確認しに外へ出ていってしまった。

 

「あ~こりゃ廃車かもしれんな……」

 

 困ったように頭をポリポリと掻く父。

 

 その次の瞬間、彼の背から夥しい量の鮮血が舞った。あまりの痛みからか、声も出せずに地面に崩れ落ちる。

 

「父さん!!」

 

 兄が悲痛な声で叫ぶ。それで事態に気が付いたのか、救急へ連絡していた母が急いで車の外へ出て父の元へと駆け寄った。

 行ってはダメだ。そう言いたかったのに、やはり口は動かない。朱莉も、兄に手を引かれるようにして車の外へと転がり出た。

 

「なんかここ変ってかヤバい!! 逃げるぞ朱莉!!」

 

 父を介抱する母に背を向けて走り出す。その視線の先で、豪と風が吹いた。それと同時に、母の横っ腹が裂ける。

 今まで生きてきた中で感じたことのない、あまりにも強すぎる痛み。それに耐えられず、母の喉からは聞いた事のないような悲痛な絶叫が迸った。

 

 血を大量に流しながら蹲る二人。それに近づく影が一つ。

 

「加減をミスって痛くしちゃってごめんよぅ。長い間な~んにも食ってなかったからつい力が入っちゃってよぅ」

 

 草を切るときに使う鎌のような鋭い爪を持った、イタチのような動物だった。

 どうして喋っているのか。なんで人を襲ったのか。そもそもあれは私たちの知るイタチなのか。

 それらの疑問を頭で巡らせている間に、それは痛みで動けなくなっている両親の前にちょこんと座った。その佇まいだけ見れば可愛らしいものだが、この惨状を作り出した張本人であることを考えると死神のようにしか見えなかった。

 

「痛い思いするのも嫌だろうし早い所食べちゃうねぇ。いただきま~す」

 

 そう言い、イタチのようなものはその小さな口を精一杯開いた。

 

 途端、母と父の体が解かれていく。糸のようなものが出て、それがイタチの口に入っていくほど二人の体はその色を失って透けていく。

 やがて母の絶叫が聞こえなくなり、二人から色が失われてしまった。次の瞬間。

 

「ごちそうさまでしたぁ」

 

 ツン、と指で突かれた。もはや死体と化した二人が、無慈悲にも砕けてしまう。

 

「……嘘、だろ」

 

 目の前で起こっていることが信じられない。そう言いたげな表情を浮かべ、朱莉を強く抱きしめる。

 両親が死んだ。それも妖怪みたいなやつに襲われて、跡形もなく消えてしまうだなんて到底信じられない。

 

 これっぽっちも信じられないが、先のタイヤのバーストの一件で負った傷の痛みが現実なのだと強く主張する。

 

「あ~美味しかったぁ。ごめんねぇ、親御さん食っちまってねぇ」

 

 腹をポンポンと叩きながらイタチはそう言った。全く謝意の感じられない発言に兄は苛立ちの表情を浮かべるが、それもイタチが続けて口にした言葉ですぐに掻き消えた。

 

「でもねぇ、悪いんだけどまだすこぉ~し食い足りなくてねぇ」

 

 瞬間、朱莉は兄に強く突き飛ばされる。再び突風が吹いた。

 

「ガァァァ──ッ!!」

 

 響き渡る絶叫。彼の体に深い深い傷が一直線に付けられた。地面に倒れ込み、朱莉へ向けて手を伸ばす。

 その体を押さえつけるようにのしかかり、爪を兄の背に突き立てながらイタチは言う。

 

「あの子と合わせたらこの小腹も満たせるよねぇ。それじゃ、いただきまぁす」

 

 捕食してやるぞ、という宣言だった。恐怖で体を強張らせ、地面にへたり込む朱莉。そんな彼女に向け、兄は叫ぶ。

 

「朱莉ィ!!」

 

 口から血を吐きながら、彼女の名を叫んだ。続けて何かを伝えようとしたらしく再び口を開けたが、それと同時に喉を切られてしまったせいで空気を震わせることはなかった。

 それで我に返った朱莉は、目から涙をぽろぽろと流しながら彼に背を向けてなんとか走り出す。

 

「その小さな体じゃあそう遠くまで逃げられないねぇ。怖がらなくともすぐに食ってあげるからねぇ」

 

 などというイタチの声を無視して、必死に駆ける。

 ただひたすらに、涙を零しながら。

 

 そのはずが。

 

「……ここどこ?」

 

 気が付けば事故現場から遠く離れたところに突っ立っていた。もう夜も深いのか、辺りは暗闇に包まれている。

 それどころか、足元も、空も、目の前の空間すら見えないほどの闇に覆われていた。

 

「あぁ~、夢を見てたんだ」

 

 ハッとしたようにそう言い、頭を叩く。家族が亡くなってから十数年。あれを思い返し、夢に見ることなど日常茶飯事である。だが、未だに慣れることは無い。

 

「……なんで私だけ生き残っちゃったんだろ」

 

 零した言葉は誰にも届くことは無い。

 

 はずだった。

 

「なんでって、決まってるじゃないか」

 

 背後から響く懐かしい声。弾かれるように振り向くと、そこにいたのはあの日死んだはずの兄だった。

 

「お前が俺たちを見殺しにして逃げたからじゃないか」

 

 色を失った、ガラスのような姿の兄の姿が。思わず後退り、小さく悲鳴を上げる。

 そんな彼女に、虚ろな目を向けながら兄は手を伸ばす。

 

「朱莉だけズルいじゃんか。お前も早くこっちに来いよ」

「──ッ!!」

 

 掴まれてしまった。そう感じた瞬間、彼女はガバっと寝そべっていた体を勢いよく起こす。

 簡素な作りの、暗い部屋。兄の姿はどこにもなく、しかし彼に捕まれてしまった際の感触が嫌に腕に残っている。

 どうやら夢の中で夢を見ていたらしい。よくよく考えてみれば、夢から醒めたときの姿勢が直立というのもおかしな話だ。

 

「……あ~、ほんとにしんどいな」

 

 そう言葉を零し、辺りを見渡した。ここ数日の間にすっかりと見慣れてしまった空間。攫われた先で宛がわれた部屋だった。

 いつもなら凪のベッドに潜り込んで再び眠りにつくところだが、ここではそうもいかない。

 

 頬を伝う涙を拭い、溜め息を吐いて天井を見つめる。

 

「……私、死んだ方がいいのかなぁ」

 

 少女が背負うには大きすぎる罪の意識。それを吐き出し、彼女は項垂れる。

 

「ねえ、凪……。いつもみたいに助けてよ……」

 

 無意識のうちに紡がれた、救いを(こいねが)う悲痛な言葉は誰にも届くことはない。

 彼女の啜り泣く声のみが聞こえる静かな部屋にただ反響するのみであった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 普段は物静かなはずの蒼月家。しかし今は珍しく賑わいを見せていた。

 凪が話し合いをするために数人呼び出しているのに加え、欧州へ行っていたはずの両親が帰宅していたからだ。

 

 やはり、話題の中心にいるのは帰国した凪の両親、蒼月漣と蒼月瑞穂であった。

 

「自動戦闘人形……? そんなのあるんですか?」

「実用化したのかどうかは知らないけど、ドイツにいる有志が集まって開発してるという話を聞いたよ。戯我に対する新たな対抗手段、ということらしい」

「それが全支部に支給されたら、私たち霊装使いも楽になって良いんでしょうね~」

「まぁ多少楽にはなるだろうけど、どうなんだか……。一応既に形になっているなんて話は聞いているけど、こんな辺鄙な田舎支部にまで導入するのに一体どれだけの時間がかかることやら」

 

 漣は自身を師として仰いでくる星宮と、欧州にいた頃に見聞きしたものについて話をしているようだ。まだ一年という短い期間であるが、それなりに土産話を持ち帰っているらしい。

 目を輝かせながら彼の話に相槌を打つ星宮のその様は、まるで小さな子供のよう。それに気を良くしているのか、漣もスラスラと頭にある引き出しから話のネタを取り出していく。

 

 一方で、瑞穂はと言うと。

 

「なかなか忙しくしていたそうだな。まぁわざわざ欧州まで行ったってのに暇を持て余す羽目になるよりはマシなんだろうが」

「ん~、でも毎日楽しかったからおっけーかな。色んな人に会えたし、人生で一度は行ってみたかった色んな観光地も少しくらいは行けたしね。もちろんびっくりするくらい大変だったけど」

「見習いたちにあれこれ教えていたと聞いたのだけど、それは本当なの?」

「えっ……。誰から聞いたのそれ。漣はともかく私は全然違うよ?」

 

 こちらもこちらで赤嶺と黒氏の二人と欧州の頃の話で盛り上がっていた。だが、漣が体験談や面白い話をネタにしているのに対して瑞穂はどちらかと言えば苦労話に近い。特に面白みもない、他愛のない話だがそれで盛り上がるのは彼らの仲が良いからだろう。

 

 まるで二人の帰国祝いに集まったかのようだ。そんなふんわりとした和やかな雰囲気に、不満を覚えている者が一人。

 

「こいつら揃いも揃ってすることが雑談かよ……」

 

 顔を僅かに引き攣らせながら談笑している彼らの様子を廊下から見つめているのは、この場に人を集めた張本人である凪だ。かなり真面目な話をしようと思って呼び出したのに、こうも好き勝手談笑されると面白くないのも当然だ。

 それも、話題の中心にいる両親が予定のほぼ全てを切り上げてここに帰ってきた理由であろう、朱莉の誘拐事件に関連する話だというのに。

 

「俺がわざわざ親父と母さんが帰ってきたから教えてやろ~でここに呼ぶわけないことくらいわかるだろ……。アホなのかこいつら」

「まぁまぁ落ち着けって。久々に会ったんだし話したくなるのもわかるだろ? 思うことがあるのはわかるけど、仕方ないさ」

 

 苛立ちを隠さず、されどあの雰囲気を邪魔するのも気まずさから出来ず、小声で毒づいた凪を海斗が宥める。星宮は漣を師と呼んで慕っているし、赤嶺や黒氏は彼らが現役時代だった頃からの仲だ。そんな彼らが久しぶりに会ったとなれば話も盛り上がって当然というべきだろう。

 

 とはいえ、いつまでも本題に入らず雑談し続けて時間を無駄にするというのもおかしな話だ。凪の不満もわからないわけではない。

 

「楽しんでいるところ申し訳ないけれど、そろそろおしゃべりの時間は終わりにしないかい?」

 

 腰に手を当てながら海斗はそう言う。視線が集まるのを感じつつ、彼は凪に気付かれないようにしながら皆へ凪の顔を見るようにジェスチャーを送った。

 お手本のような仏頂面。わかりやすく怒っている。

 

「朱莉誘拐事件に関連した大事な話があるんで、一回その口を閉じてもらってもいいですかァ~?」

 

 開いた口から飛び出た言葉こそ丁寧だが、しかし声色がかなり刺々しい。自身がタイミング悪く帰ってきたがためにああなっていたという自覚がある漣や瑞穂が申し訳なさから目を逸らす。

 それを見た凪は不機嫌そうに鼻をフンと鳴らしてソファにドカッと座り込んだ。まるでガキが拗ねているようだ、と考えながら星宮は恐る恐る口を開く。

 

「それについてなんだけど……。私たちも掴んだものがあるから、いいかな」

「ならそっちから先で良い」

 

 凪は考える間もなく即答した。恐らく、警察による捜査で何か掴めたものがあるのだろう。自身が掴んだものより遥かに重要な可能性があると考えてのものだ。

 その返答にゆっくり頷いた星宮は、黒氏に目線を送る。星宮の視線を受けた彼は、慣れた手つきで自身のN-フォンの画面を凪家のテレビに映し出した。

 

「じゃあ先にこちら側で掴んだ情報から共有させてもらうわね」

 

 どうやってうちのテレビに、と言いたげな表情を浮かべた凪を他所に黒氏はそう言って、視線をテレビの方に誘導する。何か少しでもわかったことがあるのだろう。期待と緊張感が入り混じる、複雑な表情を浮かべて各々は黒氏の言葉を待つ。

 一度場が落ち着いたことを確認するや、黒氏はゆっくりと手を組んで口を開いた。

 

「朱莉ちゃんが襲われた時に巻き込まれて大怪我した子……白石くんの話から、二台の白いバンに乗ったグループが誘拐したと断定。それを元に周辺の監視カメラの映像を確認して、なんとか大雑把な足取りは掴めたわ」

「なに?」

 

 黒氏が発した情報。それを聞いた凪は思わずそう言葉を零した。誘拐したグループの足取りが掴めたということは、すなわち朱莉の居場所をざっくりと掴めたということになる。それが本当なのであれば、もう少しで朱莉を助け出せるかもしれない。そう考え、凪は一瞬目を見開いた。

 それは父である漣も考えることは同じらしい。

 

「本当なんだろうね」

 

 鋭い視線で黒氏を睨みつけた。何も黒氏のことを疑っているわけではない。ただ、目に少しだけ力が籠ったというだけである。

 そんな彼の目線に慣れているのか、それをさらりと受け流しつつ問いに答える。

 

「さっきも言ったけど大雑把に、ね。」

 

 そう言って少し胸を張った黒氏は、地図アプリを開いた自身のN-フォンをテーブルへと置いて指を指しながら大まかな逃走経路を辿った。

 

「連中は山間部に向かったみたい。途中で降ろして街のどこかで監禁している可能性もあるけれど、映った時間を考えると信号とかを加味してもそれなりのスピードで動き続けているようだったから多分ないと思うわ」

「山、か……。これまた面倒なところに」

 

 そう言葉を返した赤嶺は苦々しい表情を浮かべ、一つ溜め息を吐く。彼だけではない。その場にいるほとんどの人間があまり芳しくない表情をしている。

 その理由はただ一つ。

 

「私たちがいたころと変わりなければの話だが、山間部ともなると不審者の目撃情報なんかもあまり期待できないな。一年程度で劇的に変わるとは思えないし、探すのには苦労しそうだね」

「そうなのよねぇ……。監視カメラの数とかも少ないはずだから、そこに期待するのはあまり得策ではないでしょうね」

 

 渡津海の山間部方面が未発達という点だ。彼らが言う通り、山間部は発展途上。今後開発される予定があるのかどうかさえ怪しいほどの田舎なのである。

 無論、開発しようとした企業はいくつかあった。しかし利便性が恐ろしいほどに悪いという問題と、そもそも山の方に行かずとも海に近い方へ行けばそれなりに生活の基盤となるものは確保できるという点。それらの点やその他諸々の事情も含め、なかなか発展することが出来ずじまいなのだ。

 

 それゆえ、山間部へと連れ去られてしまっては足取りを掴むことがかなり難しくなってしまうのである。ただ、それで音を上げてしまうほどこの街の警察は軟ではない。

 

「これ以上の新しい手掛かりは、残念だけど無いわ。車だって先日受理された盗難届のものと一致していたから持主の特定には至らなかったし……。けれど、私たちは確実にあちらさんに一歩近付いている。だから……」

「私たち魔祓課を……警察のみんなを、信じて待っていてほしい。必ず探し出してみせるから」

 

 自信ありげにそう宣言する黒氏と星宮。普段はお茶らけている面ばかり目立っているが、なかなかどうして真剣になったときの彼女たちは頼もしいものである。

 それに感心したような表情で二人を見つめる海斗。普段との違いに驚いているのだろう。しかしそんな表情もすぐに消え、凪の方へと視線をやると大元の話題へと軌道を修正する。

 

「それで、凪はなんだい? 僕たちを呼んだからには、それ相応のヤバいネタがあるんだろう?」

 

 そう。元々は凪が大事な話があるとして集めたのである。あの面倒くさがりな凪が、面倒なこと極まりないであろう会議を、自分の家で開くから絶対に来いと言ったのだ。

 今までこんなことをしたことなど無く、加えて行くのを渋ったところ電話越しにドスの良く効いた声で脅された身からすれば、相当大事になるであろう情報を持っているだろうと推察するのは容易なことである。

 

 そんな海斗の言葉に頷き、凪は神妙な面持ちでそれを語る。

 

「そうだな。ドヤバイのが一個ある。今日呼んだのはそれが理由だ」

「して、それは何だ?」

「誘拐した連中は、朱莉がLOT渡津海支部の封魔司書であることを知った上で誘拐している。白石のやつからそう聞いた」

「……なんですって?」

 

 思わず黒氏がそんな反応を返す。恐らく聞き取りの調書にはそのようなことは書かれていなかったのだろう。しかしそれも当然だ。

 聞き取りが行われたのは凪がお見舞いに行った日の一日前……つまり昨日なのだ。「ろっと」だの「ふうまししょ」だのいう単語を理解しておらず、そもそもとして頭の整理が追いついていない状況で事細かにあんなことを言っていたこんなことを聞いたなどと言えるはずもない。

 

 どうせ半ばパニック状態に陥りながら話したのだろう。当時の彼の焦る顏が簡単に思い浮かぶ。そんなことを考え、しかし今はそんなことに気を取られている暇は無いと頭を左右に振って彼を思考から追い出した。

 

「白石が……あぁ、朱莉の誘拐時に襲われた俺の友人だ。あいつが言ってたんだ。攫った連中がLOT渡津海支部がどうたらこうたらと言ってたってな」

「そうだったの……。となれば、敵は私たちの情報をさらに聞き出すために攫ったか人質として利用するためかの二択になるね」

 

 星宮がそう言葉を零す。今までの無差別なものとは明らかに毛色が違う。単に吸血鬼戯我に仕立て上げるために攫ったと考えるよりは、星宮の言う通り渡津海支部の事について聞き出すか彼らとの交渉材料に利用するためだと考えるのが妥当だ。

 それはつまり、渡津海支部ないしLOTとの全面戦争をしようと考えているも同義。

 

「そんな物騒な連中相手に丸腰で嗅ぎ回っているだなんて知られたら、ウチの警官たちも危ないかもしれないわね」

 

 黒氏はそう呟いて顎に手を当ててそう呟いた。相手は敵対組織のメンバーだとわかっている相手を攫ってしまえるような気狂いであり、加えて平気な顔をして人を戯我に作り替えてしまえるような悪辣極まりない連中だ。

 そんな奴らに万が一捜査していることがバレようものなら、何をされるかわかったものではない。

 

 そこまですぐに考え着いた黒氏は、星宮に視線を向けて口を開く。

 

「星宮、今すぐに捜索に当たっている警官を全て引き上げさせるよう伝えてくれる? あちらに害意がある以上は危険すぎる」

「わかりました。少し席を外します」

 

 黒氏の指示に頷き、N-フォンをポケットから取り出しながらリビングから出ていく星宮。その背を見送り、凪は話を強引に戻す。

 

「それで、だ。まぁ結論から先に言うが、俺は渡津海支部か魔祓課の中に内通者が一人いると踏んでいる」

 

 その結論を聞いた者がそれぞれかなり驚いているような表情を浮かべる中、凪は淡々と情報がどこかから漏れている、という事実を話す。

 支部長である赤嶺は少々懐疑的なようだが、海斗はそれとは反対にどこか納得できるとでも言いたげに首を縦に振っていた。

 

「そう考える根拠、なんとなくわかる気がするよ。もし僕の考えるそれが凪のと同じなのであれば、確かに内通者の存在を疑いたくなるのも仕方ないと思うくらいにはね」

「……そうか?」

 

 凪は自分で言っておきながら、この内通者説を信じてもらえるほどの論ではないと思っていた。ゆえに、肯定的な反応を示されたことに少し意外そうな表情を浮かべる。

 それに対し、海斗は指先をクルクルと回しながら言葉を紡ぐ。

 

「考えてもみなよ。朱莉さんは僕たちとは違って外での活動はしないだろ。だから声でバレるとか容姿でバレるとかはあり得ない。それに自分から言い触らすような人でもないしね。そうなると、自然と浮かび上がってくる可能性が一つある。とまぁ、こんなところだろう?」

「そ……その通りだ。よくわかったな」

 

 さも簡単なことのようにサラリと思考を言い当てられたことに凪は少し驚いたらしい。少し引きながらそう返す。

 海斗は当然だろ、とでも言いたげな表情で凪のことを見つめていた。

 

「伊達に一年間一緒に戦っていないさ」

「……いや? どちらかと言えば単独行動の方が多いと思うんだが」

「誤差だよ誤差」

「そうかぁ?」

 

 そうしていつもの海斗と凪のバカ話が始まった。少し前、雑談で時間を潰す赤嶺や黒氏たちに対して怒りを向けていたのは一体なんだったのかと言いたくなる気持ちを押し殺し、彼らは凪と海斗が言った事を頭の中で反芻させる。

 

「内通者、か」

 

 確かに彼らの言う通りで、朱莉の存在がバレているということはどこかから情報が漏れているということになる。

 下校時間を狙っての犯行である点を鑑みるに、犯人は彼女についてそれなりに詳しい人間であるはずだ。彼女の家、下校時間、通る道。それらを大まかに把握している人間など、この支部にしかいないはず。

 

「私たちの存在……LOTという組織についてのみ知っているならともかく、彼女の事まで知っていることを考えると自然とそうなるか。他の可能性も考えておくべきなんだろうが」

「問題はどうやって炙り出すか、ね」

 

 顎に手を当て、思案を巡らせる。可能性がある人間だけでも、渡津海支部と渡津海警察署の魔祓課のメンバーほぼ全員とかなり多い。そこからどのようにして篩いにかけるのか。

 相手が何を目的にしているのかにもよるだろうが、恐らくそこまでの猶予は残されていないはずだ。これ以上何か情報を抜かれる前に、一刻も早く見つけ出して排除しなくてはならない。

 

「敵対組織の拠点の特定も含めて、もはや手段は選んでいられない。思いついた策を片っ端から試していくぞ」

「了解。あぁ、この件についてはこの場にいる者だけの秘密ということでいきましょう。探りを入れているのがバレたら面倒だわ」

「違いない」

 

 赤嶺はそう言って深い息を吐き、どうしてこんなクソ田舎に根城を構えたんだと嘆きそうになるのをすんでのところで堪えた。比較的平和であるはずのこの地で、なぜ二度も組織ぐるみの戦闘を繰り広げなければならないのか。

 負ける気はなくそんな未来は一ミリだって見えないが、今回それを表立って行うのは未だ高校生である凪と海斗、そしてまだうら若き二十代の星宮の三人である。もし誰か一人でも死んでしまったのなら。まだまだ輝く未来が先にあるはずの彼らが、こんなことで犠牲になっていいはずなどないのだ。

 

 喪ってしまうのが怖い。心に刻まれた傷跡が、恐怖を増幅させる。

 右手の薬指に光る指輪。それを共に着ける人は、もう既に去ってしまった。

 思い出すだけで吐き気がする。

 

 そんな嫌な記憶を想起しかけた瞬間、それを遮るように誰かのN-フォンが喧しい音楽を鳴らした。

 凪のものである。海斗とのふざけた言い合いを中断し、面倒くさそうにそれを取り出した彼は一瞬固まって目を見開いた。

 

「……朱莉からだ」

 

 その着信は、驚くことに攫われたはずの鷹原朱莉からのものであった。その一言を聞いてその場にいる者は皆一様に驚いた表情を浮かべる。

 もしもどこかから逃げ出してきて、今助けを求めて連絡してきたのであればどれだけ良いことか。しかし、これが敵の思惑によるものの可能性も捨て切れない。例えば、朱莉の身柄と引き換えの要求であるとか。

 

 確率は二分の一。どうか前者であってくれと祈りつつ、彼はスピーカーモードにしてからその着信に応える。

 

「……朱莉か?」

『そうだったら良かったですねぇ』

 

 凪たちの淡い期待は早々に砕かれ、全くもって聞き覚えのない声が耳に入った。凪は不快感を表情で露わにしつつ、苛立ち紛れに言葉を返す。

 

「……誰だテメエぶち殺すぞ」

『一応私たちがあなた達の仲間である鷹原朱莉の身柄を預からせているのですが……。その様子だと今ここで殺してしまった方が良いかもしれませんね』

 

 そう言って楽しそうにくつくつと笑う電話の向こう側にいる男。発言の内容から察するに、どうやら凪や凪たちに対して敵対心を抱いているのは間違いないらしい。であれば、わざわざ電話を掛けてきた理由も大体察しが付く。

 

「用件があんならさっさと言え。どうせ朱莉を解放してほしければ~とか言い出すんだろうが」

 

 苛立ちを抑えつつ、凪はそう言った。電話の主はほう、と息を漏らしたようだ。それが察しの良さによる感嘆なのか、予想外の冷静さからくる驚きなのか、その両方か。そんなことを考える間も無く、相手はその要求を伝える。

 

『……話が早くて非常にありがたいですね。それでは早速簡潔に。あなた達が所有しているレリックライザーとモンストリキッド。これら全てを我々に引き渡してください』

 

 なんて強欲なやつだ。当たり前ではあるが素直にはいどうぞ、などと渡していい代物ではない。いくら朱莉の命がかかっているからといえど、それだけはしてはならない。

 それに相手の意図はそれなりに読めている。それら二つを預かって朱莉を解放した後、約束は守ったからなどといって危害を加えてくるに違いない。そうなってくると余計渡すことはできないのだ。

 

 しかし、それをここで明言するのもよろしくない。もし言ってしまえば、なら朱莉はこの場で殺すという流れになってしまってもおかしくはない。

 

「それを渡せば朱莉を解放する、と?」

 

 あくまで見当はする、と思わせられるような言葉でそう尋ねた。電話の向こうの男はそれに対しかなり満足しているらしく、嬉しそうな声音でこう返す。

 

『えぇ、約束は守ります。そちらが約束を守っていただけるのなら、という前提条件はありますが』

「……そうか」

 

 凪はそう呟いて溜め息を吐き、赤嶺や黒氏へと視線をやる。彼らが般若もかくやといったあまりにも険しい表情を浮かべているのも気にせず、凪はメモにサッと伝えたいことや聞き出したいことがないかと書いてそれを見せる。

 赤嶺はN-フォンのメモ欄に急いで文字を打ち込み、それを凪に見せつけた。それもそうだ、と言いたげな表情を浮かべて頷いた彼は咳払いをして口を開く。

 

「念のため聞いておくが朱莉は無事なんだろうな」

 

 結局のところ、凪たちにとって今一番重要なのは彼女が無事か否かである。どういう状態であれ、生きているのならどうにかして助け出すことはできる。だが、もし死んでしまっているのであれば手遅れだ。

 それを察したのかはわからないが、電話の相手は

 

『そこまで不安なら特別にお声を聞かせて差し上げますが』

 

 などと言って笑った。その申し出を断る理由などない。考える間もなく、凪は即答する。

 

「今すぐに聞かせろ」

 

 と。しばらくの間が空いた後、電話の向こうから聴き慣れた声が響く。

 

『……なぎ?』

 

 数日振りに聞いた彼女の声は、かなり疲れ切っているようで。ずいぶんと弱々しいその声音に凪は不安を抱きつつ、言葉を返す。

 

「朱莉、生きてたか」

『うん、一応ね』

「怪我とかはないか? 変なことされてたりはしないか?」

『監禁されてることとN-フォンが使えないこと以外は……。まぁ、特にないかな』

「なら良かった。もし死んでたらどうしようかと思った」

 

 心の底からの安堵。生きていてくれてよかった、と胸を撫で下ろす。張り詰めていた心も、これでいくらか緩んだらしい。体から力が抜け、凪は思わず床にへたり込む。彼だけじゃない。この場で彼らのやり取りを聞いているみなが朱莉の無事に安心している。

 それだけ彼女は大切にされているということだろう。

 

『……ごめんね、心配かけて』

 

 そんな彼らの雰囲気を直感で察したのか、朱莉はいきなり謝罪を口にした。続けて私のせいで、などと言う彼女の言葉を凪は咄嗟に遮る。

 

「朱莉が謝る必要なんてない。必ず助け出すから、もう少し……数日間だけ踏ん張っててくれるか?」

 

 安心させようとしたのだろう。何を犠牲にしても絶対に彼女だけは助け出すという強い意志が、彼の表情から伝わってくる。それにしてもなぜ数日間と比較的はっきりとした時間を口にしたのだろうか。何かそれらしい根拠でもあるのだろうか。

 朱莉は数テンポほど遅れてその疑問を頭に浮かべるが、しかし口に出たのはそれとは全く関係のない疑問であった。

 

『助け出すってことは……レリックライザーとかを渡すか、殺し合いをするかってこと?』

「ん? あぁ、そのどっちかだな」

 

 朱莉の疑問に敢えて答えをぼかした。まだ交渉に乗る可能性がある、と相手に思わせるためのものだ。

 端っからレリックライザーやモンストリキッドを渡すつもりなどないし、そもそも潰す気でいるとはいえどここで相手を無駄に刺激する必要がないからだ。

 

 そんな凪の答えを聞いた朱莉はゆっくりと息を吐き、そしてしばらく黙り込んでしまった。その反応に凪は嫌な予感を感じ取る。

 これは何かを言い淀んでいるときの彼女の癖である。長い間付き合ってきた凪にはわかる。

 

 その言葉の内容は、大抵ろくでもないことであると。

 

「何か言いたいことでもあるのか?」

『うん、まぁ……ね』

 

 凪の催促にそう返し、彼女は深く息を吸ってそう答えた。意を決したのだろう。電話の向こうから頬をバチンと叩いたかのような音が鳴った。

 そこから息を飲んで彼女の言葉を待つ凪。頬から冷や汗が伝う。

 

 訪れた僅かな静寂。それを破る彼女の言葉に、聞いている者は思わず返す言葉を失ってしまう。

 

『私なんかのためにそこまでしなくても良いよ』

「……は?」

 

 恐ろしいほどの静寂が、蒼月家を包み込んだ。




[付録之玖]かまいたち
つむじ風に乗って移動し、人を斬りつけていく妖怪。
斬られた際に受ける傷は刃物で斬られたようなものだが痛むことはなく、血が出ることもないとされている。
鷹原家を襲った鎌鼬戯我は朱莉を追っている際に遭遇した蒼月漣によって調伏された後、回収された体からサイクロンリキッドが生み出された。
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