仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ 作:八咫ノ烏
つまり初投稿というわけです。
『私なんかのためにそこまでしなくても良いよ』
「……は?」
朱莉からの返答で、恐ろしいほどの静寂が蒼月家を包み込む。
そこまでしなくていいとは一体どういうことなのか。考えなくともすぐにその答えは察することが出来た。
レリックライザーなどを手渡すことも、彼女を助け出すための戦いもしなくていいということだろう。どうしてそんなことをと問い質そうとして、凪は口を噤む。彼女の真意を理解してしまったからだ。
『だってレリックライザーもモンストリキッドも皆の命も、私の命より大事なものでしょ?』
続けて紡がれた言葉は、凪の当たってほしくなかった予想を裏付けてしまうようなもので。
それで彼は確信した。
鷹原朱莉は、自分の命を諦めてレリックライザーとリキッドを守り切ろうとしているのだと。
もし交渉に乗り、それらを渡したなら。恐らく渡津海支部のメンバーは力を得た敵組織に殺されてしまうに違いない。
交渉が決裂し、真っ向から敵対することを選んだ場合。人質である朱莉と他の拉致被害者の命は確実に失われ、さらには戦いによって霊装使い三人の命まで危うい状況になってしまう。
そうなるくらいなら、自分一人の命が失われるだけの結末の方が良い。
「そんなわけあるか!! 俺にとっちゃお前の命に比べりゃそんもんゴミも同然だ!!」
そんな悲壮な決意から出た朱莉の発言に対し、凪は語気を荒げてそう返す。
朱莉が死ぬ?
こんなもののために?
そんなことがあっていいはずがない。
突然のことで纏まらない思考の渦の中で、しかしそれだけは確かなことだった。何としてでも、そんな馬鹿げた考えだけは捨ててもらわなくてはならない。
必死に言葉を選び、凪は両親でさえ聞いたことのないほどの声量でN-フォンに向けて怒鳴りつける。
「第一、自分が一体何を言ってるかわかってるのか!? 俺たちがその選択をしたらお前は──ッ!!」
『うん。全部わかってる。この状況も、この先どうなるのかも、全部わかった上で悟ったんだ。ここが私の死に場所なんだなぁ……ってさ』
それでも返ってきた言葉は、自身の運命がそうであると受け入れ切っている者のそれだった。
「違う!! 良いか良く聞け!! お前はまだ、未来を──」
『ねぇ、凪』
「……っ」
名を呼ばれ、言葉は喉の奥で突っかかる。言いたいことは色々あるはずなのに。どうやら頭がパンクしてしまったようだ。
それを良い事に、朱莉はその心中を吐露し始める。
『もう、良いの。私は長く生き過ぎたんだ』
▽▽▽▽▽
「私は、本当ならあの夜に死ぬはずだったんだよ。でも、何よりも大切な人たちだった家族を犠牲にして生き延びてしまった」
暗い部屋で私は……鷹原朱莉は天井を見つめながらそう呟いた。私が何か変な事を言い出さないかと監視している男の存在など、今は意識の外。
ただ、電話の向こうにいる大切な家族に別れの言葉を紡ぐために。
「今まで多分言ったことは無いと思うんだけどさ。あれからずっと、凪とかお義父さんお義母さんとかと一緒に過ごして。たくさんの幸せに包まれてきたけど、心の奥底でずっと申し訳なさがあったんだ」
大切な家族が全員死に、事情はあまりよくわからなかったが蒼月家の一員として迎えられたあの日から。
彼らはずっと私に対してよくしてくれた。漣さんも瑞穂さんも、第二の両親として一生懸命振舞ってくれた。凪は言うまでもなく、私にずっと寄り添ってくれていた。申し訳ないなと思うくらい、出来る限り側で見守ってくれた。
彼らからどれだけの時間を奪ったことだろう。
私はどれだけの恩を返せているのだろうか。
私はどれだけの幸福を得てしまったのだろう。
あの時死んだ家族は、それらを得ることが出来ずに死んだというのに。
「私さえいなければ、きっとみんなは今も生き延びていて、この幸せを当然のように享受出来ていたんだろうなってさ。でも、実際にはそうじゃなくて、私だけだった。何度もそう考えて、死んでしまいたいなって思って」
あの夜の事は、今でも忘れられない。
父の背から鮮血が飛び散るその様を。
母の喉から迸る恐怖に塗れた絶叫を。
私に向けて手を伸ばしながら食われる兄の姿を。
彼らだって、幸せを得る権利があったはずだ。幸せな未来を望む権利があったはずだ。それを奪ってまで生き延びてしまったのに、平穏な死など望んでいいはずがない。
私が死ぬときはきっと苦しみに満ちていなければならない。あの時受けなかった分、色濃い苦痛が無ければ割に合わない。昔から──といっても数年前からの話だけど──そう思っていた。
「だから、さっきの話を聞いたときにわかった。あぁ、今なんだって。みんなに恩返しもできるし、きっと死んじゃったお母さんもお父さんも、お兄ちゃんだって私が早く死ぬことを望んでるはずだから」
みんなの事を見捨てて一目散に逃げた私のことを恨みこそすれ、まさか長生きしてほしいとは思わないだろう。みんな優しかったけれど、人には許容できるものとできないものの境界がある。私はそれを優に飛び越えてしまっているのだから、あり得ない話だ。
だから、もうこれ以上を望むのは傲慢だ。
「私は十分幸せに生きることができた。みんなのおかげでね」
元よりこの命は家族を犠牲にして生き延びて、蒼月家に養われてここまで生きてきたものだ。
ならば、この命は彼らを守るために使うべきだろう。
今がきっとその刻だ。
「正直死ぬことよりもこんな人たちにライザーとかリキッド渡しちゃう方が怖いよ。絶対悪用してヤバいことしでかすじゃん」
死ぬのは怖い。けれど、このまま生き続けるのはダメだ。
私に未来を望む資格なんて無いのだから。
「だから、私が──」
命を。そう続けようとした瞬間。
『朱莉』
今までずっと黙っていた凪が私の名を呼んだ。
久しぶりに聞いた、彼の優しさを湛えた声。胸の奥に安心感が広がる。ずっとこの温もりに包まれていたい。けれど、これ以上を望むのは傲慢だ。
そう、覚悟したのに。
『下手な嘘吐くなよ』
「あのさ、この状況で嘘吐くわけなくない?」
『いいや嘘だね、その言葉も嘘だ。他の奴らは騙されるかもしれねえけど、俺は騙されねえぞ』
凪は全力で否定してくる。一体何をもって嘘とするのか何もわからないけれど、彼はどうやらそう確信しているらしい。
『俺がどれだけの時間お前と過ごしたかわかってるだろ。本心くらい察せなくてどうすんだよ』
積み重ねた時間。確かに少なくない時間を彼と共に過ごした。その中で私が彼の嘘を見抜けるようになっているのだから、その逆が起きるのも当然だ。
だからといって嘘扱いしてくるのもどうかと思う。頑張って死ぬ覚悟を決めたというのに、それを嘘扱いだなんて。
なんて思っていたら、彼はそれを見越したように言葉を続ける。
『お前が今そんなことを言ってるのは、いつものように悪夢を見て心が不安定になってるからだ。そんな状況で出た言葉なんて本心とはかけ離れてることが多い。だから、お前の言ったことは嘘だ』
悪夢を見た、ということすら見抜かれてしまっている。凪は、どうやら私以上に私のことに詳しいらしい。私が彼に甘え過ぎただけなのかもしれないが。
『お前が本当に恐れているのは二つ。家族に恨まれているんじゃないかってのと、お前を救い出すときの戦いで俺たちの誰かが傷付き、そして死ぬんじゃないかってこと。そうだろ』
「……そう、かもね」
かも、というか実際にそうだ。家族に恨まれているのではないかと思うと罪悪感でたまらなくなってしまうし、渡津海支部のみんなが死んでしまうかもしれないと思うととてもではないが怖くて助けてくれだなんて言えない。
言えるわけがない。
もう二度と、誰かを失うのは嫌だから。
あんな痛みを、悲しみを、背負いたくないから。
『順に論破……というか説明してやるから耳の穴かっぽじってよく聞けよ、朱莉』
黙りこくる私を他所に、凪はそう宣言してみせた。まるでレスバトル開始の合図のようだ、などと呑気に考えるのも束の間、彼は言葉を続ける。
『自分が家族の命を犠牲に生き残ってしまったから、という点で罪悪感を感じてるのはよく知ってる。それで恨まれているんじゃないか、早く死ねと思われてるんじゃないかと思ってるのも知ってるさ』
「そうだろうね」
何度悪夢を見て飛び起きては、再び寝付けるまで彼を付き合わせたことか。彼には正直申し訳ないと思うけれど、そうでもしないと眠れないのだから仕方がない。
そういえばいつからだったか、彼のベッドに潜り込むようになったのは。いつしかそれが当然というような雰囲気が出来上がっていたが。最初は単に眠くなるまで雑談したり空を眺めたりするだけだったのに、不思議なこともあったものである。
私が過去を振り返り、それに懐かしさを感じているなんてことは凪はつゆほども思わないだろう。
ゆっくりと、諭すように話を続ける。
『でも今までに何度も言ってるけど、お前の家族はそんなことを望むほど酷い人たちじゃないだろ。きっとお前が健やかに、幸せに生きることを願ってくれているはずだ』
そんなことは本当は言われなくともわかっている。優しかったみんなが、誰かの死を本気で願うだなんてありえないと。
『もしそうでなくとも、俺自身がお前が生きて未来に進むことを望んでる。それだけじゃ生きる理由にはならないか?』
「ならないわけじゃ、ない……けど……」
凪の問いかけに、絞り出すように答えを返す。彼がそう思ってくれるのは嬉しい。それでも、夢に出てくるガラスのようになった兄の言葉が頭から離れない。離れてくれない。
『お前のせいでみんな死んだんだ。お前だけズルいじゃないか』
そうだ。私のせいでみんなが死んでしまったんだ。それだけは確かな事実。
未来を望んではいけない。
ダメなんだよ、私は。
頭を振り、愚かな思想を心の奥底へと押し込んだ。
押し込んだのに。
『俺は、お前に生きていてほしい。生きて、もっともっと幸せになってほしい』
電話口の向こうから、直球な言葉を投げ掛けられる。声音から察するに、私を止めるための詭弁などではなく嘘偽りのない凪の本心だろう。
そう言ってくれるのは、嬉しい。
『お前が助けを求めるのなら、俺たちは全力でそこにいる奴らを片っ端からぶっ飛ばして助け出す。必ずな』
続けて、勇ましい言葉を聞かされた。彼がここまでやる気を出しているのは珍しいな、なんていうどうでもいい思考を頭の隅に追いやりながら私も言葉を返す。
「必ずって……。嬉しい言葉だけど、でもダメだよ。私のせいで、みんなが傷付いちゃうのはもう嫌だからさ」
これは嘘ではない。正真正銘、私の本心だ。渡津海支部のみんなは大事な仲間。そんな彼らを、私一人のために死地に送るなんてことはあってはいけない。
だが、凪はその言葉を聞いて不服そうな反応を返してきた。
『まさか俺たちが負けるって思ってるのか?』
「そんなことは……!!」
思わず大きな声で否定する。
確かに、彼らは頼り強い。だからこそ安心して指示を出せていたし、帰りを待つことが出来ていた。
だが、それも絶対ではない。
「でも、戦いに絶対は無いんだよ? しかも今回はいつもの戦いとは違って、ほぼ確実に大勢との戦いになる。確実に勝てるとは言い切れないんだよ?」
ついこの間、星宮さんに言われたようなことを凪に言い返す。彼らは一対多の戦いに関してそこまで経験値がない。あっても弱い戯我を複数相手にする程度のもので、今回のようなケースではあてにならないだろうことは戦いに関して疎い私でも容易に想像できる。
そんな私の発言は、彼によってすぐ一蹴されてしまう。
『アホか、俺たちがあんな奴らに負けるわけねえだろ。二度と立てねえようにボコボコにしてやるさ』
なんという自信だろうか。自分たちが勝つことを一ミリも疑っていない。むしろなぜ負けると考えるのか、とでも言い出しそうなくらい。
海斗のことをナルシストだの自信家だの言っているくせに、凪も人の事言えないじゃないか。
いや本題はそこじゃない。
「でも凪たちに……っ!!」
私のために死んでほしくない。なんとか助け出されたとしても、そこに誰かの犠牲があっては意味がない。また一つ罪を背負うことになってしまう。
そうなってしまえばきっと、私は耐えられない。
『俺たちは負けねえ。もし仮に誰かが死んだとしても、それはお前のせいじゃないさ』
「でもそうなる原因を作ったのは私なんだよ!?」
『違うッ!! そうなる原因はお前を攫った奴らであって朱莉じゃねえ!!』
声を張って言い返した瞬間、それに呼応するように凪がそう叫んできた。いきなりの事で驚いて思わず口を噤んでしまう。
『お前が責任を感じる必要なんか全く無いんだ。だから、本心を聞かせてくれ。』
「本、心……」
本心。私の、心の奥へと隠した感情。
家族がどうとか、私のせいで仲間が死ぬかもとか。
そういった理屈を抜きにして、私がどうしたいか言えということなのだろう。
『本当に死ぬ気でいるのか? この世に未練はないのか?』
そんなことは決してない。覚悟は決めたけれど、それでも許されるのならば。
でも、それを望んではいけない。いけないはずなのに。
『怯えずに言ってみろよ』
「……私は」
彼の声音に絆されて、感情がぐちゃぐちゃになる。
これじゃ抑えきれない。
それを望めば、みんなを間接的に殺してしまうかもしれないのに。
『朱莉は、どうしたい?』
それでも、許してくれるのなら、私は……。
「私は……まだ生きていたい。凪の隣で、一緒に……」
心の奥へ隠したはずのものが、堰を切ったように口から零れ落ちる。
もう、隠すなんて無理だ。精一杯固めた覚悟も、先まで張っていた虚勢も全てが崩れていく。
「でも……。私なんかが、良いのかな……?」
こんな私に未来を願う資格なんてあるのだろうか。
ただ生きているだけで誰かに迷惑をかけてしまう、こんな私が。
周りにいる人たちを傷付けてしまうような私が。
『いいに決まってるさ。朱莉がそれを望むなら、いくらでも』
そんな私の不安を、彼は優しく溶かしていく。
「……そっか」
小さく呟いて、目から溢れる液体を拭う。
もし許されるのなら、この優しさに包まれていたい。
彼の隣で、生きていたい。
「ねぇ、凪……。助けて、くれる……?」
私の問いに、彼は一瞬も考えることなく答えを返してくれた。
『おう。俺たちに任しとけ』
と。
▽▽▽▽▽
『ひゃあっ!?』
朱莉からの助けを求める言葉。それに応じた途端、電話の向こうから朱莉の悲鳴が聞こえてきた。
凪はそれに顔を強張らせる。何が起きたのかを問い質す前に、電話の向こうから聞こえる声質が完全に男のものに変わってしまった。
『よくもまぁ私の前であんなふざけたやり取りを出来ましたねェ蒼月凪ィ……!!』
恐らく朱莉からN-フォンを強引に奪い取ったのだろう。湧き上がる不快感を押し殺しながら、凪は冷静を装って煽り返す。
「悪いがあんたの声はお望みじゃないんだ。もう一度朱莉に変わってくれるか?」
『お好みか否かなどとふざけたことを……。いいえ、そんなことはどうだって良いんですよ!! お前たちはただ私の要求に従ってさえいれば良いのです!!』
そんな凪の物言いに強く苛立ちを覚えたらしく、電話口の向こうから男が何やら喚いている声が聞こえてくる。それを一切無視して凪は彼の要求を突っぱねる。
「言っとくけどレリックライザーもモンストリキッドもやらねえし、朱莉も殺させねえ。お前らをぶっ飛ばして取り返させてもらう」
全ては朱莉の願いに応えるために。
大切な彼女の未来を切り開くために。
「もし朱莉に傷一つ付けてみろ。どういう状況になろうが必ず殺してやるからな」
そんな凪の強気な発言に男はあっけにとられたのか少しだけ黙り込んだが、しかしある事実を思い出したのか鼻で笑って口を開く。
『しかしそれはキミの考えであって渡津海支部全体の考えではないでしょう。支部長を始めとしたメンバーに確認も取らず、そう断言してもよろしいんですかね?』
「あ~……」
確かに男の言う通り、凪一人の意見で渡津海支部全体を動かせるわけではない。基本指示を出すのは赤嶺であり、凪はそれに従う形の指揮系統になっている。つまるところ彼は部下。
現時点で凪と一対一で会話していると思っているらしい彼が、凪が一人で勝手に言っているだけだど考えるのも無理はなかった。
『あなた一人の勝手な判断で渡津海支部を危険な賭けに巻き込むのはどうかと思いますがね。あぁ、それとこれは忠告であり警告です』
勘違いしたまま、男は言葉を続ける。まさか、全く喋っていないだけで支部長と魔祓課課長を含めた主要人物が電話の向こうでほぼ全員集まっているなどとは思わないだろう。
そういうこともあってか、交渉の流れを握っていると確信しているらしい男は先に凪がしていたように脅しをかけてみせた。
『私たちはあなた方の動向を完全に掴んでいます。ですので、この私たちを策に嵌めようなどという浅はかで愚かしい考えは捨てた方がいい。レリックライザーなどを渡さないと判断し、それをあなた方渡津海支部が支持した瞬間に我々は鷹原朱莉の命を奪います』
「そうかいそうかい。ご親切にどーも」
思わず知っていると返しそうになるのを我慢しつつ、凪はそう返す。まさかわざわざ内通者の有無を教えてくれるとは、なんと親切な人間なのだろう。相手としては脅しのつもりなのだろうが、これで時間を無駄なことに食われずに済む。
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かる凪。
「全部が全部、テメェの思う通りに進むと思ってんじゃねぇぞクソッタレ」
『救いようのないほど愚かなあなた達が、どうか賢い判断を下すことを期待しております』
と互いに罵詈雑言を浴びせ合ってから通話を切ったのだった。
▽▽▽▽▽
それからどれくらい経っただろうか。重苦しい沈黙が、リビングを支配している。誰一人として口を開こうとせず、湧き上がっているはずの怒りや嘆きなどを心の底へと押し留めていた。
そんな中、凪はゆっくりと立ち上がり口を開く。
「……なぁ、赤嶺」
そう言いながら赤嶺に向けた彼の視線は驚くほど冷たく、とても味方に向けて良いようなそれではない。それから来る圧に思わず赤嶺は黙り込んで凪の言葉の続きを待った。
とはいえ、どのような言葉が続くのかは分かりきったことである。
「くだらない前置きはいらねえ、端的に答えろ。渡津海支部の全霊を上げて攫われた奴らを助け出すか、それとも全員見殺しにしてレリックライザーとリキッド、そして俺たちの命を守る方向で動くのか……。お前はどうするつもりだ」
赤嶺の予想通りの問いだ。ふぅ、と心を落ち着かせるために息を一つ吐き、真っ直ぐと凪の目を見据える。
普段見せている、酒を飲んでいる時のだらしない表情はそこにない。真剣で使命感を帯びた表情を浮かべながら、彼が下した決断を口にする。
「あのような事を言われて、何もせず食い下がるわけにはいかない。朱莉を始めとした攫われた者たちを救い出し、そして奴らを撃滅する。これ以外の選択肢はありえない」
「……それで良い」
満足気にそう呟いた凪は、再びソファに座り込んだ。浮かべていた険しい表情も心なしか和らいでいる。だが、それでも彼の口から出てくるのは呪詛であった。
「朱莉を攫ったこと、絶対に後悔させてやる……」
「相変わらず凪は朱莉さんの事が好きなんだねぇ」
呆れたように海斗が言う。朱莉がトラブルに巻き込まれるといつもこうなる事をよく知っている彼にとって、このような光景は見慣れたものであった。
それに対し、凪は顔を伏せて言葉を返す。
「血の繋がりが無くても、あいつは俺にとって大切な家族だからな……」
「ま、そうだよね」
その言葉もいつもの事だ、と言わんばかりに苦笑を浮かべながら海斗は頷いた。
そこから言葉を続けようとした海斗だったが、残念ながらそれは凪に遮られてしまう。
「おい星宮、お前なんだその目は」
彼の鋭い目線の先には、何やら生温かい目で凪の事を見ている星宮の姿があった。気持ち悪いその視線を感じ取ったのだろう凪は、眉を顰めながら星宮の方へと近付いていく。
「いいえ、なぁんでも〜?」
などという信憑性の欠片もない言葉など、意味を成すはずがない。
般若のような顔を浮かべながら彼女のこめかみに、固く握り締めた拳を充てがいグリグリと回し始めた。
「何考えてんのか丸わかりだぞこのクソアマァ!!」
「あ~ごめんごめんギブギブギブギブ!!」
「心が籠もってねえなァ!! というかお前朱莉に変な事吹き込んだろ!! なんか若干様子がおかしくて心配したんだからな!!」
「いや吹き込んでないって!! というかなんで知ってんの!?」
「ほら早速矛盾してるよなァその二つの文がよォ!!」
「だぁ~痛い痛いそろそろ本当に痛いって!!」
先までの重苦しい雰囲気はどこへやら、一気に賑やかになるリビング。下手に沈んでいるよりはずっと良いのだろうが、しかし時と場合というものがある。
「仲が良いのは結構だが、今はやめないか。真面目な話をしているんだ」
見兼ねた漣がそう言いながら、凪の脳天に手刀を一発叩き込んだ。ぐぇっと言いながらうずくまり、頭を抱えて呻き出す彼を他所に漣は赤嶺へと視線をやった。話を戻せという意思表示だろう。
それを受け取った赤嶺は一度咳払いをしてから口を開く。
「……先も話したが、場所を特定するまでにどれほどの時間がかかるかわからないからな。確実に救い出せると保証はできない」
そう。結局、敵の居場所が分からぬ限り、朱莉を始めとした誘拐された人々の救出や敵組織の撃滅など夢物語でしか無いのだ。そしてそれが解決するまで相手が待ってくれるとは到底思えない。
そこに、瑞穂が手を上げて一つ提案をする。
「あの脅しを逆に利用しちゃうとかは?」
「罠で誘き寄せる、ということね。確かに良い案ではあると思う」
彼女の提案に、黒氏は賛成の意を示す。居場所が分からないというのであれば、隠れ家から出てきてもらえばいいだけの話。少なくとも、彼らが交換条件を守るというのであれば朱莉は救い出せることだろう。
「だが、朱莉以外の被害者を救い出せないことには変わりないな……」
問題はそこだ。結局のところ、他の拉致被害者が救い出せなければ意味は無い。
既に被害者全員が何かしらの処置──戯我にされている、もしくはそれの餌にされているなど──をされてしまっているのだとしたら瑞穂の提案を飲んで動く事もできたが、しかしまだ希望はある。それを安易に捨ててしまうわけにはいかないのだ。
そうして皆一様に黙り込んで思案を巡らせる中、一人だけ静かにN-フォンを触りながら涼しい顔をしている人間がいた。
「いや、向こうの考え無しな行動のおかげで状況が変わった。場所ならある程度特定出来たから、あとは俺達がどう動くかってだけ……」
突如、そんな事を言い出した。一斉に凪の方へと視線が集まる。
「あなた、今なんて言った? 居場所が特定出来たって言った?」
目を丸くした黒氏が、皆を代表して聞き返す。信じられない、といった表情を浮かべているのも当然だ。つい先程まで分からない、と言っていた彼がいきなり場所がわかったと言い出したのだから。
黒氏のそんな問いに、凪は首肯を返してサラリととんでもない事を言い始める。
「あぁそうだ。朱莉がいる場所の特定が出来た、と言った。どうせ奴らの本拠地から離れた場所には置かないだろうから、その近辺にあるはず」
「ちょっと待って、特定出来たってどういうこと? まさか密かに探偵でも雇ったりしてたの?」
「バカ言え。こんな色々とリスキーな案件に探偵なんぞ雇うわけあるか」
困惑しながら言葉を挟んだ星宮にそう言い返し、彼は自身のN-フォンを見せつけるように左右に振りながら事情を説明し始める。
「あいつのN-フォンと俺のは互いの居場所を共有するGPSアプリが入っててな。その存在に気が付かずに、奴らは俺たちに電話をかけてきたんだ。朱莉のN-フォンを使って、な」
あとは言わずともわかるだろう、と言いたげに凪はそこで言葉を切った。
困惑、疑惑、驚愕。それらが入り混じった何とも言えない微妙な雰囲気が場を支配する。
「そんな都合の良いことあるか?」
思わず海斗がそうツッコんだ。もし凪の言う事が全くのデタラメならたちが悪いことこの上ないし、それが事実だとしたらあまりに出来すぎている。
そんな海斗の言葉に、凪は意外にも同意を示す。
「俺だって心の底から同感だ。そもそも、こんな事になる想定で入れてたわけでもないしな」
頭を掻きながら、そんな言葉を零した。その様子からは、とても嘘を吐いているようには思えない。であれば、とても信じがたい事ではあるが彼の言ったことは全て事実なのだろう。
彼らがこんなアプリを利用し始めたきっかけは何なのだろう。その場にいた凪以外の人間全員の頭をもたげた、そんな新たな疑問。
それに凪は答えることなく、ふぅと息を吐いた。心を整えようとしているのだろう。
「ともかく、俺たちに必要な材料は揃ったんだ……。これで受け身のお時間は終わり」
凪はゆっくりとそれぞれの顔を見渡した。誰もが皆、やる気に満ちた表情を浮かべている。そのやる気の由来の半分以上は、朱莉を攫われたことに対する怒りだろう。
そしてそれは、凪も同じこと。
「やるぞお前ら。ここからは俺たちのターンだ」
獰猛な笑みを浮かべ、そう宣言する。
戦いの時が、ゆっくりと迫っていた。
[付録之拾]蒼月家
昔からLOTに協力している一族。血筋を辿ると軍人や侍から刀匠など、妙に戦いに関連した職種に就いている人物が多く出てくるそうだ。
凪の祖父母は存命ではあるがあまり会う機会がなく、それの埋め合わせするためなのか事あるごとに凪や朱莉宛に大金が入れられた封筒が現金書留で送られてくるのだという。