仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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 私が囚われていた施設──見たところどうやらかなり古い旅館らしい──へ火炎放射をお見舞いし、そして中へ突入していった凪と海斗を目で追っていた。

 本当に来てくれたんだ。あんなヤツの言う事信じなくて良かった。

「それじゃ、逃げよっか!!」

 嬉しさと心配から来る絶妙な表情を浮かべる私をグングニルはお姫様抱っこをし、そのまま窓枠から飛び降りた。
 思わず悲鳴を上げそうになり咄嗟に手で口を塞ぐ。

 そんな私に構うことなく──そこまで余裕がないのだろう──グングニルはそのまましばらく森の中を疾駆した。
 そしてある点に辿り着いたときにゆっくりと止まり、私を降ろすと肩に手をポンと置きながら地味な色をした車を指差した。

「あの車……あれうちの覆面パトカーなんだけど、あれに乗ってそのまま支部に直行してほしい。朱莉ちゃんをこれ以上危険な目に遭わせたくないから」

 私が何か返事をする前に、彼女は「全部が終わったらゆっくり話そ!!」と叫んでもと来た道を走って戻っていった。
 それを呆気に取られながら見送り、ふぅと息を吐いて言われた通りに覆面パトカーに近付く。星宮さんに抱えられたままこちらに向かって爆走していたのを見られていたのか、私がドアをノックする前に窓が開けられた。

「私は魔祓課所属の……まぁ私の名前はどうでもいいですかね。ともかく、あなたは誘拐されていた鷹原朱莉さんで間違いないですか?」
「はい。私がLOT渡津海支部所属の鷹原朱莉です。支部まで送っていただいても良いですか?」

 首肯を交えながらそう返すと、彼は嬉しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。

「もちろん、私はそのためにここにいますから。それと、ご無事で何よりです。後ろの席に無線機を置いておきましたのでぜひ使ってください」
「ありがとうございます」

 感謝の言葉を返しながら私は後部座席に乗り込んだ。彼の言った通り、いつも使っている無線機が置いてある。それを耳に付け、懐かしさを感じながらシートベルトを締める。
 現時点では何もやりとりはされていないらしく、急襲作戦を実行しているにしてはずいぶんと物静かな無線だ。もしかしたら情報が錯綜するのを防ぐために、喋ることができる人間を制限しているのかもしれない。

 あれこれと予測を立てている私を他所に、運転手はちらりと後部座席に座った私を一瞥すると

「シートベルトしました? それではかっ飛ばしますよ……!!」

 と言ってアクセルを勢いよく踏み込むのだった。


第十三頁[宙を猛進せし金色の稲光]

 徐々に延焼し始めている廃旅館へ足を踏み入れた凪と海斗。パチパチと舞う火の粉を手で払いながら進んでいく。

 

「朱莉さんは無事に救出できたみたいだね。これで一安心だ」

「そうじゃなきゃ困る」

 

 すでに朱莉の救出に成功したことは伝わっているらしい。凪としては気を引き締めようとしているのか仏頂面を浮かべているが、しかし残念なことによく見ると口の端がわずかに上がっている。それに気が付いている海斗は敵地のど真ん中にいるというのにニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 そんな彼に不快だとでも言いたげな視線を送り、凪は口を開く。

 

「にしても星宮に任せてよかった。あのリキッドの能力を活かすことができるなら、まず入り込んだことに気付かれんだろうしな」

「シェイドリキッドだったっけ。対になるリキッドがないのが少し残念だ」

 

 星宮が所持している三つのリキッドのうちの一つ、シェイドリキッド。影の中に潜り込んだり敵の影を捕らえることで拘束したりなど、その名の通り影を利用することができる能力を秘めている。

 実用性に富んだそれを活かしたため、朱莉のいる部屋まで辿り着くことができたのだ。惜しむらくは海斗の言った通り、相性の良いリキッドがまだ彼女の手元にないのだが。

 

「けどまぁあいつの実力からするに、フローズンイピリアだけで十分な気もしないでもないけどな」

「でも力はあればあるだけ良いからね。その分救える人たちも増えるし」

「違いない」

 

 雑談をしつつ、彼らの目は常に周囲に向けられている。いつ戯我が襲い掛かってくるかわからないようなこの場で、気を抜くなどありえない行為である。

 このような一見油断しているかのような様子を見せていれば、それに騙される程度の相手なら油断してくれるだろうという凪の提案である。声で居場所がバレてしまうが、どうせ喋っていようがいなかろうがいずれは襲い掛かってくるのだから変わらないというのも凪の言だ。

 

 閑話休題。

 

「それで、君の勘だとどこに首魁がいると読んでいるんだい?」

 

 海斗はちらりと凪の方を見てそう尋ねた。誰がどこにいるかわからない以上、勘を頼りに動くしかない。そこで凪の勘の良さに頼ろうというのが海斗の思惑である。

 それに気付いているのかどうか、凪は頭をポリポリと掻きながら上を指差した。

 

「アホとバカと煙は高いところが好きって昔から言うからな……」

 

 根拠も何もないが、そんな気がする。そう言って天井を見上げる凪の目が、少し丸くなった。

 突入するときに燃やしたことで発生した煙が、ある点に向かって移動している。窓という窓が木の板で塞がれているため外へ逃げることができず、逃げ場を求めているのだろう。

 

「これを追えば上に通じる道を見つけられるか」

「そうみたいだね。けど僕は行けそうにないらしい」

 

 海斗は凪の前に立ち、そう言った。どうしてだ、と海斗の方を見た凪は、海斗の先にある光景を見て納得する。

 

「ようやくお出ましって感じか」

 

 戯我のお出ましである。所詮は三体のゴブリンギガだが、ここから続々と戯我が集まってくるに違いない。

 それを海斗は一人ですべて請け負うつもりらしい。手にしていたレリックライザーをバックルに装着し、彼は不敵に笑う。

 

《レリックドライバー!!》

「凪は先に行ってくれ。ここは僕がなんとかするよ」

「なんでだよ」

 

 そんな強気の発言に、凪は困惑した表情を見せる。別に一人でなくとも、一旦自分たち二人でこの場を切り抜ければいいだけの話だ。その後のことなど、そのときになってから考えたらいい。

 そんな凪の思考を読み取ったのだろう海斗は、凪の肩に手をポンと置いてそれに対する答えを返す。

 

「確かに二人で戦った方が楽だけど、そこじゃない。君は先に行かなくちゃいけないんだ」

「はぁ? お前何言ってんだ?」

 

 肩に置かれた手を鬱陶しそうに払いのけつつ、怪訝そうな表情を浮かべてそう問い返す。何も凪が先に行かなくてはならないような道理など、少なくとも凪自身に思い当たる節は一つもない。

 そんな凪を他所に、数歩前へと進み出た。その手には赤いインクが込められたいつものリキッドが二つ握られている。

 

《ブレイズ!!》

《ガルダ!!》

「だってリーダーを倒すのは君じゃなくっちゃいけないから。朱莉さんを攫われた怒り、ぶつけなきゃ。そうだろ?」

 

 自信満々な表情を浮かべ、そんなことを宣う海斗。凪はそれに思わず苦笑を零し、数歩後退ると不敵な笑みを浮かべてこう言葉を返した。

 

「……だったらお言葉に甘えさせてもらおうか」

「任せたまえよ」

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

 

 ブレイズとガルダのリキッドをレリックドライバーへ装填。少し息を吸い、心を落ち着かせる。

 

 雑念は無い。心にあるのはただ、戦友の道を切り開くことだけ。

 

「変身!!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 叫び、撃鉄を弾く。紅蓮の五芒星が海斗の頭上と足元に出現し、彼の体を戦士のそれへと塗り替えてゆく。

 

《夜を照らし出す紅焔の鷲! ブレイズガルダ!》

「悪いけど悠長に構っていられるほど僕らは暇じゃなくてね」

 

 バルムンクへの変身を終え、体を紅の生態装甲に身を包んだ彼はすぐさま大剣AウェポンS/Bを手に取った。

 空いているもう片方の手には、黄色いモンストリキッドが握られている。

 

《エレクトリカル!! Charging Color(チャージング・カラー)!!》

「早速だけどこれで消えてもらおうかッ!!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!! モノカラー・クロマティックブラスト!!》

 

 電撃を纏う大剣を振り被り、バルムンクはそれを勢いよく振り下ろす。

 大剣は宙を切るが、その斬撃が電撃を伴ってゴブリンギガたちの方へと瞬時に襲い掛かった。ゴブリンたちは慌てて逃げようとしたが、時すでに遅し。背を向ける直前でその胴体を二つに切断されてしまう。

 

 悲鳴を口々に上げながらなんとか這いずろうとする彼らだが、しかし体がそれを許さない。多量のインクを失ってしまった彼らに体を保てるはずもなく、それらは崩壊していった。

 あまりに容赦のないその攻撃に、凪は感心と呆れが半分ずつ混ざったような何とも言い難い表情を浮かべながら口を開く。

 

「悪即斬の極みだな。あ~怖」

「ふざけたことを言っていないで早く行きなよ。今の音を聞いてここに戯我が集まってくるはずだ。ぐだぐだしてると敵のリーダーに逃げられてしまうよ」

「はいよ。じゃ、ここは任せた」

 

 バルムンクの言う事も最もだ。敵のリーダーを逃がしてしまうとどこかで同じことが起きてしまいかねない。だからこそ、ここで捕らえなければいけないのである。

 

 それをよくわかっている凪は、バルムンクの肩をポンと叩いてその場を走り去った。

 その背を見送り、ふぅとゆっくり息を吐くバルムンク。

 

「……言っているうちに集まってくるとはね。存外この旅館は狭いのかもしれないなぁ」

 

 そう言いながら背後に集結してくるコオニギガとゴブリンギガの群れを肩越しに睥睨する。

 その二種が集まり群れているそれを見て、バルムンクは思考を巡らせる。

 

 あれらは同じ種族内でならよく群れているが、別種族と混ざって行動することを良しとはしないはずだ。基本的に対立しているし、食料を巡っての小競り合いが発生することだってある。

 しかし今は違う。戯我を利用して人を攫っている可能性がある、という話から推測するには協力関係を結んでいるのだと思われるが。

 

 いや、難しい話は後だ。今はこれらを殲滅しなければならない。

 思考を現実に引き戻し、その群れに向き直った。大剣を肩に担ぎ、威圧的な声音を意識しつつ口を開く。

 

「一応言っておくけど、僕は強いからね。もちろん、君たちみたいなゴミに情け容赦をかけるほど優しくもない。死にたくないのなら今のうちだよ」

 

 とはいえ、それで引くような連中でないことはわかり切っている。現に奴らも今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を出してにじり寄ってくるのだ。

 最初から期待などしていない。それどころか逃げたその背を襲って楽に終わらせてやろうとしていたくらいだ。苦労が少し増えるだけ。

 

「ま、それならそれでいいさ。勝つのは僕だから……」

《ブレイズ!! Calling(コーリング)!!》

「みんなまとめて地獄へ送ってあげよう!!」

 

 焔を拳に纏わせ、それを床に叩きつけた。

 衝撃波と共に炎が拡散し、戯我の皮膚を焼く。

 

 それのせいでコオニたちはみな悲鳴を上げるが、しかしそれでも戦わず逃げるという選択肢はないらしい。

 口々に悲痛にも聞こえる雄叫びを上げながらバルムンクへ向けて突進してくる。

 

「まったく、どうしようもないねこいつらは」

 

 そんな無謀でしかない行動にバルムンクは呆れたようにそう呟き、大剣を構えて迎え撃つ。

 

 一番槍のゴブリンの攻撃を躱し、反撃として振るった大剣で胴を一閃。容赦なくその体を真っ二つにし、次に目に入ったコオニの顔面目掛けて膝蹴りをお見舞いする。

 そのまま地面に叩き付け、がら空きになった腹へブラスターモードへと変化させたAウェポンS/Bの銃口を押し付けて発砲。大人の腕一本くらいなら余裕で入りそうなほどの大きさの風穴を開けられたコオニギガに、生きられるはずもなくその体は崩壊していく。

 

 それで勢いづいたのか、バルムンクの猛攻はさらに続く。

 

 残りの数体に銃口を向け、とにかく引き金を引きまくる。一発一発の威力が強いこともあってか、小柄な体躯のゴブリンやコオニの体はあっという間に細切れになってしまった。

 

「……最初からこうしていればよかったかな」

 

 あまりにあっけない幕引きにそう呟いた。

 だが、これはまだ序章。おそらくこんなものの比ではない力量を持った戯我がどこかに潜んでいるはずだ。これで慢心するわけにはいかない。

 

 慢心していると、こういう敵が現れた際に遅れを取ってしまうから。

 

「お前さんだな、愚かにも俺たちに襲ってきた封魔司書というのは」

 

 背後からそんな声がする。と同時にドスドスと大きな音を立てて何かが迫りくる。

 バルムンクは咄嗟にAウェポンをソードモードへと変形させ、背後から来た何かに向けて振り向きざまに横に一閃した。

 

 激突する大剣と金属製の棍棒。旅館内に響く金属音。

 拮抗しているように見えたが、しかしそれも一瞬で崩れ去る。

 

「ぬぅあああああッ!!!!」

 

 襲来した者が大きな声を上げ、棍棒を振り抜いた。力負けしたバルムンクの体は棍棒を叩き付けられた勢いで壁に衝突。それを破壊してもなお止まらず、中庭と思しき場所に投げ出されしばらく無様に転がされてしまう。

 なんとか大剣を地面に突き刺すことで止まることができたバルムンクは、しばらく俯いてからようやく立ち上がった。

 

「……オニ、か」

 

 敵は星宮と凪が稲津で対峙したオニ・ギガであった。肌の色こそ違うが、根本的なところでは同じだろう。

 

 対峙したのが自分で良かった、とバルムンクは独り言ちる。これがグングニルやライキリであったなら力負けして命に係わる致命傷を負ってしまっていたかもしれない。

 

「青い鬼なんだったらこんなことに加担してほしくなかったんだけどなぁ」

 

 泣いた赤鬼という童話を脳裏に浮かべながらそんなことを呟いた。童話内では青い鬼は非常に心優しい性格であったはず。このような人を攫ってどうこうするなどという悪事に加担してしまうような者ではないはずだ。

 しかし童話は所詮童話。そんな優しい物語は現実ではありえないらしい。

 

「こんな俺たち戯我と協力してる人間の巣窟に来たんだ。もちろんその()()はできてるんだろうな?」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、オニは棍棒を肩に担ぐ。

 

「……それは僕に負けないだろうって確信してるわけだよね?」

「齢20にもならんガキに負けるほど弱くはねえさ」

「ずいぶんと舐められたものだ」

 

 不満げにそう言い、バルムンクは再び大剣を構える。

 

「死ぬ直前になって後悔しても遅いからね」

《ガルダ!! Calling(コーリング)!!》

 

 オニが突進し始めたのと同時に、バルムンクは背中に生やした翼を羽ばたかせて飛翔する。ソードモードからブラスターモードに変形させたそれの銃口を向け、その引き金を引く。

 

「空飛ぶなんてずりぃだろテメエ!!」

 

 そんなオニの悪態など聞く耳を持つはずがない。わざわざ地上で力勝負をせずとも、相手の射程圏外から一方的に攻撃してしまえばそれで終わる話だ。頃合いを見計らって必殺技を放ってしまえばいい。

 というのがバルムンクの判断であった。

 

 しかし、それが通じるかどうかは別の話。

 

 オニは棍棒を強く握り締め、放たれたエネルギー弾を狙い叩き付けた。

 爆発音とともに煙が広がった。そこに向け、バルムンクはさらに弾丸を打ち込んでいく。煙の中で、何かが蠢いた。

 

「小賢しいんだよ!!」

 

 煙が手で払われ、追撃の弾丸すらも棍棒で破壊されてしまう。

 どうやら遠距離からチクチクして倒そうなどという考えは甘かったらしい。すぐに戦法を練り直そうと思案を巡らせるが、そんな暇を与えるほどオニは優しくないようだ。

 近くに植えられていた木を一本、その怪力で地面から引き抜くやそれをバルムンクに向けて投擲した。

 

 まさかそんなことをしてくるとは、と内心驚きつつバルムンクは咄嗟の判断で地面スレスレまで急降下することで回避する。

 

「おいおい、降りてきて大丈夫なのかよ?」

 

 それを見越したかのような動きでオニはバルムンクの方へと猛進。棍棒を腰だめに構え、間合いに入ったその瞬間真一文字に一閃した。

 バルムンクはそれを大剣で受けようとしても間に合わないと判断し、背中から地面に倒れ込む。先までバルムンクのいた空間を棍棒が通り過ぎ、空気を裂く鈍い音を響かせる。

 

 そうして生まれた隙。

 がら空きになった胸。

 そこを目掛けて、バルムンクは蹴り上げる。

 

「……でぇッ!? 斬られた!?」

 

 蹴られたはずなのにそんなことを宣うオニ。しかしこれは当然の反応である。

 バルムンクの足にはガルダリキッドの能力で鋭い爪が生えていたのだから。

 

「僕のことを舐めているからそうなるんだよ!!」

 

 そう言いながら顔に向けてもう一度蹴りを放つ。オニは急いで避けようと顔を動かしたが、先の動揺のせいで僅かに遅れてしまい左目を裂かれてしまった。

 派手にインクを撒き散らす傷を手で押さえながらオニは何歩か後退りする。

 

「無様にやられちまったぜ……。だがこれで種は全部割れたわけだろ。ここからはオレが蹂躙してやるぜ」

 

 片目を失ってなお、その戦意は潰えないようだ。残った右目はギラギラと光り、バルムンクに対する明確な殺意と敵意に満ちている。

 そんなオニの発言に対し、バルムンクは冷静にこう返す。

 

「僕がいつこの二つのリキッドしか使えない、なんて言ったかな」

《エレクトリカル!!》

《グリンブルスティ!!》

 

 取り出したのは二つの黄色い液体が込められたリキッド。必殺や索敵以外の目的で普段滅多に使わないそれらを取り出したバルムンクは、レリックドライバーに装填されていたブレイズとガルダのリキッドを引き抜いて代わりに黄色いリキッドを装填する。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

「悪いけど、キミの分析も白紙に戻させてもらうよ」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!!》

 

 バルムンクの頭上と足元に黄色の五芒星が現れ、それらのインクを浴びて彼は再び変身する。

 赤き騎士から一転、その顔には特徴的な大きな牙が二つ。全身が金色の生態装甲に覆われ、腰からは毛皮のようなものがぶら下げられている。

 一番目を引くのは脚、特にふくらはぎだ。腕や胴の装甲に比べ、やたら分厚く派手な装甲を着けている。それに何らかの機能があるかは定かではないが、とにかく異質であることに違いはない。

 

《雷鳴纏う超速の猪!! エレクトリカルグリンブルスティ!!》

「さぁ、第二ラウンドといこうか!!」

 

 そう叫び、バルムンクは駆け出した。その速さにオニは思わず驚愕する。

 バルムンクとオニは概ね30メートルほどは離れていたはずだ。その距離を瞬き一つほどの時間で詰め切ったのだ。

 

 なんてスピードだ。こんなの馬鹿げているじゃないか。

 

 オニがそう口にしようとした次の瞬間、彼の腹にバルムンクのドロップキックが炸裂する。

 凄まじい脚力を持つそれの蹴りに、いくら力の強いオニとて無抵抗の状態で耐えられるわけもない。蹴られたという事実を認識したときにはすでに旅館の壁にめり込んでしまっていた。

 

「ぐ、ぅ……。なんだその速さと蹴りの威力は……。手加減してたってのか?」

 

 先とは違うその威力に思わずそんな言葉がオニの口から零れた。予想していたのは攻撃の仕方が変わるとか、その程度のものである。例えば物理攻撃中心であったブレイズガルダに対して魔法や幻術を使って敵を翻弄するもう一つの姿、といった具合に。

 しかし今の姿はどう考えてもブレイズガルダの上位互換のようにしか見えない。なら、どうしてこれを最初から使わなかったのだ、という疑問が湧いてくるのも当然である。

 

「う~ん、結果的には手加減してたっていうのは事実だけど不正解だよ。北欧神話に出てくるグリンブルスティって猪がいてね。これがまぁすごい足が速かったらしいんだよね。しかも水陸空どこでもござれときた」

 

 オニの文句に対し、バルムンクは弁解をする。

 確かに彼の言う通り、グリンブルスティという猪はどんな馬よりも速く駆け抜けるとされている。それに水中や空中すらも陸上と同程度のスピードで駆けるのだそうだ。先のキックの威力はその脚力からきた副産物、ということだろう。

 

 しかし、この姿もそんな利点ばかりではない。もちろん欠点も存在している。

 

「けどまぁ、当然その速さを制御するのもそれなりに難しくてね。まぁまぁ扱いづらいんだ」

 

 速すぎるがゆえに、速さに振り回されてしまう。気合でなんとかできる範囲ではないのだ。

 だからこそ、普段は安定して扱えるブレイズガルダしか使わないのである。

 

「でも、そんなこと言ってられる状況でもないからね。だからこれを使うことにした」

「……なるほどな。お前さんにとって諸刃の剣というわけか」

「そういうことさ。さ、戦いを再開しようか!!」

 

 そう言い、バルムンクは再び駆ける。オニもこのわずかな間に多少は回復したらしい。棍棒を構えてそれを迎え撃った。

 

「どれだけ早くたって目を潰されちゃ無意味だろ!!」

 

 オニはそう叫んで棍棒を地面に強く叩き付けた。

 割れる地面。宙に舞う土埃。

 そこ目掛けて突っ込んでいたバルムンクは、しかしスピードを緩める気配はない。

 

「宙を駆けると言ったろう!!」

 

 地面を強く蹴り、宙を舞う。そのまま何もない空間を蹴ってオニに肉薄した。

 振るわれた大剣は、オニの体を捉え切ることができずに左手を切り落とすのみに留まる。インクを飛ばしながらあらぬ方向へ飛んでいく左手を少しだけ目で追い、オニはカウンターとして右手に握られたままだった棍棒を振るう。

 バルムンクはそれを避けようと体を捩ったが、残念なことにそれは意味を成さない。脇腹にめり込んだ棍棒はそのまま振り抜かれ、バルムンクを吹き飛ばす。

 

《エレクトリカル!!》

「お返しにこいつを食らえ……っ!!」

Calling(コーリング)!!》

 

 地面を転がりながらバルムンクはレリックドライバーを操作する。その手からまばゆい電撃が放たれた。

 オニはその線上にいないため少し油断したようだが、彼の手にある棍棒がそれを打ち砕く。

 

「ぎゃぁ!! アッチィ!?」

 

 金属製のそれに引かれた電撃が直撃。棍棒から伝わったそれが彼の右腕を焼いた。あまりの熱さから咄嗟に棍棒を離そうとするが、腕が硬直して動かすことができない。

 マズい。そう感じた次の瞬間には、バルムンクがオニの懐に潜り込んでいた。

 

「キミも空に飛んでみたくないかい!?」

 

 電撃が止んだ。そう思ったのも束の間、途轍もない衝撃と共にオニは空へ蹴り上げられてしまっていた。

 とんでもない高さ──三階建ての建物が眼下に見える程度には高い──で力なく宙に浮かぶオニ。彼に空を飛ぶ手段などあるはずもない。

 

「これは冥土の土産というやつさ!!」

Reloading Color(リローディング・カラー)!!》

「その景色を存分に目に焼き付けておきたまえ!!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!!》

 

 そんな無防備を晒しているオニに向けそう叫び、バルムンクはレリックドライバーのグリップを引き込み、引き金を弾く。

 左右それぞれふくらはぎの装甲が展開し、それが足を覆う。蹴りの威力を上げ、同時にその反動を和らげるための役割を果たすのだろう。

 

 全身に電撃を纏ったバルムンクは、オニを鋭い目で睨みつけながら足に力を込める。

 

「それが最期に見る光景なんだから、さッ!!」

《エレクトリカルグリンブルスティ・クロマティックストライク!!》

 

 その音声が鳴ったのと同時に、バルムンクは音を置き去りにして跳躍する。あまりの勢いからか、彼が先までいた場所には大きなクレーターができていた。

 

 宙に浮かび、まもなく落下するところであったオニ。直感で次の攻撃を食らえば死ぬと確信していた。目線をバルムンクの方へ向け、彼が跳躍したのと同タイミングで手に持っていた棍棒を投擲する。

 本人ですらまだ完全に制御し切れていないスピードで迫っているのだ。突然の反撃に反応できるとは思えない。これでこの攻撃をなんとか凌ぐことができれば、まだやりようはある。ともかくここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 そんなオニの決意と覚悟を以て投げられたそれを、バルムンクは両腕をクロスさせることで受けた。少し嫌な音がしたような気がしたが、それでは止まらない。

 

 すぐにオニへ肉薄したバルムンク。脇腹へ向け、全力で蹴りを入れた。

 

 蹴り飛ばされたオニは内心で安堵する。確かに先までの蹴りに比べると強力になっているが、これではまだ致命傷には至らない。

 まだなんとかなるかもしれない。少なくとも、この攻撃では死なないことが確定したわけなのだから。

 

 そんなオニの妄想を、バルムンクはすぐに破壊する。

 

「まだだッ!!」

 

 蹴り飛ばされた先。そこにすでにバルムンクがいたのだ。どういうことだ、と口にする間もなくバルムンクは再びオニを蹴り飛ばす。

 その先にも、すでにバルムンクがいる。また蹴られ、その先で蹴られる。その繰り返し。

 

 オニがわかったのはただ一つ。蹴った後すぐに空を蹴り、蹴飛ばされているオニよりも速く移動しているのだろうということ。

 そんな無茶な挙動をして体が耐えられるはずがない。どうしてそんな無茶をするのだろう。

 

 そんなことを考えた矢先、より一層強く上に向けて蹴り飛ばされた。もうどれほどの高さまで来てしまったのかわからない。

 そのオニの視界の端を、上空へ向かう一筋の稲光が過ぎる。

 

 バルムンクだった。(そら)に足を着け、彼は吠える。

 

「これで終わりだ──ッ!!」

 

 次の瞬間、彼は空を蹴り抜いてオニとの距離を詰め切った。

 突き出された足がオニの腹部を貫通し、そのままの勢いで地面まで急降下し突き刺さる。

 

 周囲に響く雷鳴のような轟音と、広がっていく凄まじい衝撃波。かろうじて形を保っていた旅館の窓が次々に粉々にひび割れていく。

 

 残心、というよりは疲労で動けないバルムンク。地面に座り込んだまましばらく静止していた。

 その目の前に、腹部を貫かれたオニの体が落ちてくる。ボドッと嫌な音を立てたそれは、偶然にもバルムンクと視線が合ってしまうような形で静止した。

 

 気まずい沈黙。それを先に破ったのは意外にもオニの方であった。

 

「……あんなことやって体は大丈夫なのか」

「敵のキミが心配するようなことじゃない。ただ、その質問に答えるならノーだね」

 

 先まで殺し合っていた敵からの気遣いに思わず苦笑を浮かべつつ、バルムンクは肩を竦める。

 

「なにせキミが投げた棍棒を腕で受け止めたせいで感覚が無いんだ。骨折はしていないだろうからそのうち戻るだろうけどね」

 

 言外に足は問題ない、と伝えるバルムンク。おそらくそこが一番気になっていたのだろうオニは、意外そうな表情を浮かべながらバルムンクの足を凝視する。先まで足を覆っていた装甲を見て、さもありなんと頷いた。

 そして自身が棍棒を投げたことについて、こう弁明する。

 

「あぁでもしなければお前さんは最初の一撃で俺のことを殺していただろう」

「どうだろうね。速すぎて深く考えている余裕なんてないからその時の判断次第かな」

「そうかい」

 

 不貞腐れたようにそう返し、目を閉じる。体はとうに崩壊し始めており、下半身はもうほとんど崩れ去った。

 もう死はすぐそこまで迫っているのだから、最期くらいは穏やかに逝こう。そう考えているオニに、バルムンクは躊躇なく質問を投げかける。

 

「ところでなんだけど、何かこの旅館を拠点にしてる組織について知ってることはないかい?」

「……吸血鬼がいるな。それも何体もだ。奴らはそれを人工的に生み出していたよ。さすがの俺でもゾッとしたね」

 

 協力関係にある組織の情報を喋っていいものか、という躊躇。それもすぐに死ぬのだからという一点で消え去った。記憶を掘り返しつつ、特に知りたいであろう情報である吸血鬼について語る。

 

「……ほとんどの吸血鬼は理性を失ってる。一人だけまともなやつもいたような気はするが」

 

 どうしてそうなのかはわからないが、確かに過去に一度だけ交戦した吸血鬼も理性を失っていた記憶がある。凪も似たようなことを言っていた。おそらく実験体にされている過程で耐え切れなくなってしまったのだろう。

 許せない、と内心義憤を滾らせるバルムンク。それを抑えつつ、もう一度口を開く。

 

「ほかには?」

「奴らの真に恐ろしい点は……強さじゃ、ない。その生命力だ……」

「生命力……?」

 

 一体どういうことだろうか。生命力といえば回復力の強さになるだろうが、しかし以前戦ったときはそこまで苦戦せずに倒すことが出来た。特段気になったわけでもなかったが、しかしそんな程度でしかない部分を強調するだろうか。

 首を捻り、考えを巡らせるバルムンク。

 

「まぁお前さんなら、なんとかなるさ……。じゃ、地獄で先に待ってるぜ」

 

 オニはそんなバルムンクに向け激励とも取れる言葉を残して逝ってしまった。

 宙に舞うその残滓を目で追いながら、バルムンクは立ち上がる。

 

 腕はまだ感覚が戻り切っていないが、結局のところこの形態では足さえ動けばなんとかなるのだ。

 

「……ここで止まっていられないからね」

 

 そう呟き、バルムンクは再び旅館の中に入る。戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 バルムンクがエレクトリカルグレンブルスティへと変身したのとほぼ同じ頃。

 凪は二階へと上がる階段を見つけることに成功し、煙の多さにウンザリしたような表情を浮かべながら突き進んでいた。

 

「……これで戦闘能力のないカスだったらどうするかな」

 

 凪は朱莉を危険に晒したことに対する怒りをぶつけるためにここに来ている。だが、その首魁がいわゆる一般人的能力しかない者であるなら、倒さなければいけないという状況を悪用してボコボコにしてやろうという凪の目論見は崩れ落ちてしまうのである。

 おそらくそのようなことはないだろう、と凪は考えているらしいが。

 

「それでも一発叩き込んでやらねえと気は済まんな」

 

 拳を握り締め、そう呟いた。できる限り殺さず生け捕りにしろ、とは言われているが殴ってはいけないとまでは言われていない。多少の暴力程度なら許されるだろう。制圧するために致し方ない行動だったと言い訳すればいいだけの話である。

 そんな凪の独り言に、天井から反応する声が降り注ぐ。

 

「一発叩き込む、ですか。誰に対しての発言なのか知りませんが、ずいぶん威勢がよろしいですねえ」

 

 言い終わるや否や、天井に大きな穴が空いた。何かに穿たれたのだろう。凪は咄嗟に飛びのくことで避け、レリックライザーの銃口を向けながら警戒する。

 埃舞うその場所に、一つ人影が現れる。埃を手で払いながら現れたそれは、凪の目の前に立つと見下しているような目線を向けながら口を開いた。

 

「もしや自分が勝つと、負けることなどありえないと本気で信じていらっしゃるのですか?」

 

 スーツに身を包んだ男だ。和風のこの場所にはあまり似つかわしくない雰囲気を纏っている。本当にこれといった特徴が一つもない。ビジネス街である稲津に行けばこのような見た目をしている男が腐るほどいる。

 だが、凪には男の正体をすぐに見破ってみせた。

 

「妙に癪に障るその声……。テメエだな、電話の向こうにいた大馬鹿野郎は」

 

 特徴的なのは声だった。とはいえ、これもさほど変わった声であるわけではない。ただ、凪に聞き覚えがあっただけだ。

 無論、間違えるはずもない。あのような電話をしてきた相手の声を聞き間違うほど、凪は馬鹿ではない。

 

「えぇ、そうですとも。この私こそあなたに要求を伝え、親切にも鷹原朱莉の無事を教えてやったあの時の相手です。名を朝木意次と申します」

 

 朝木と名乗った男と対峙する凪。

 殺意を多分に含んだ彼からの視線をどこ吹く風と受け止め、朝木は怪しげな笑みを浮かべるのであった。




[付録之拾弐]グリンブルスティ

北欧神話に登場する猪であり、古ノルド語で恐るべき歯を持つ者という意味であるスリーズルグタンニという別名を持つ。
黄金に輝くの猪であり、フレイという神々の中で最も美しい眉目秀麗な豊穣の神として非常に崇拝された神の乗り物である。
どんな馬よりも速く駆け、水中や空中でも走れるとされている。
また、「スノリのエッダ」の第二部「詩語法」によれば、ブロックとエイリキがロキとの賭けの際にドラウプニルやミョルニルと共に作り上げられた宝の一つなのだという。
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