仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ 作:八咫ノ烏
天井を突き破って凪の目の前に現れたスーツ姿の男。
「えぇ、そうですとも。この私こそあなたに要求を伝え、親切にも鷹原朱莉の無事を教えてやったあの時の相手です。名を朝木意次と申します」
「知らん名だな。覚える価値もねえ」
凪に対しそう形式的な挨拶をするが、凪はこれを興味もないと一蹴した。今すぐにでも手に持っているレリックライザーで脳天を撃ち抜きたいのを我慢しているのだ。名前など、もうどうでもいい。
凪が怒り心頭であることを知ってか知らずか、朝木は残念そうな表情を浮かべながら凪に語りかける。
「これでも昔あなたの御父上たちと一戦交えていた組織の上層部だったんですがね」
「ここにいるってことは戦いの直前に恐れをなして逃げ出したんだろどうせ。あいつらが取り逃がすはずもない」
「そんな言い方はないでしょう。それにそんなのは事実とは違う。私は逃がされたんですよ」
凪の煽りに青筋を浮かべながら、それでも冷静に言葉を返す朝木。そんな昔の話なんて知るかと声を大にして言ってやりたいところだが、しかし動機を勝手に話してくれるというのならば遮る方が悪手だ。そう判断して凪は口を噤む。
そんな凪の様子を見て自身の話を聞く気になったらしいと勘違いした朝木は、遠い目をして過去を忍びながら語り始める。
「あの組織……
どこかで聞いたような話だ。支部長だったか親父だったかが似たようなことを言っていたような気がする。確か構成員の九割強は死ぬか捕まるかしたはずで、つまり今目の前でそれを語っている男はそれの生き残りということになる。
つまるところ、この騒動を起こした動機は仲間をやられた復讐だとでも言いたいのだろうか。
実にくだらない。そう吐き捨てようとしたところで、しかし朝木が言葉を続ける素振りを見せたため再び口を閉じる。
「私は、お前たちと事を構える前に離脱させられた人員のうちの一人です。曰く、もしものときに備えて離れた場所で待機していてくれと。そのもしもがあった際、我らの意志を継いで組織を立て直してくれと。そして彼らは力及ばずお前たちに捕まってしまいました。こうして世界征服というCoRの夢は敗れ去った……」
顔を覆い、項垂れる朝木。本気で悔やんでいるのだろう。
だが、凪に言わせてみればCoRが当時の渡津海支部に負けるなど当たり前の話。つい最近帰宅した漣も、今ではすっかりアル中と化してしまった赤嶺も、テンプレのようなオカマである黒氏も全員今の渡津海の霊装使いより強いのだ。
むしろ、あれらを相手にまともに戦おうとした点だけでも褒めていいような気さえする。
閑話休題。
朝木は不気味な笑い声を漏らしながら、手を大きく広げて言葉を続けた。
「しかし本当に彼らの夢は敗れ去ったのでしょうか……? 否ッ!! 断じて否ッ!! 私が今ここにいるッ!!」
恍惚とした表情でそう言う彼の焦点は合っていない。興奮し過ぎて正気を失ってしまっているのだろうか。
「彼らの目標を、夢をこの私は託されたッ!! そしてそれらを実現させ、そして人類に希望を齎すために私はこの瞬間まで身を潜め、貴様らの目を掻い潜り用意してきたのだッ!!」
そこで言葉を切り、朝木はネクタイの裏に隠していたらしいネックレスを引き千切った。その先には深紅のリキッドがぶら下がっている。
それを認識した凪は反射的にレリックライザーの撃鉄を弾いたが、放たれた弾丸はわずかに肩を掠めるだけに留まった。
「見るが良い!! これがお前たちに対抗するために得た力というものだッ!!」
《ヴァンパイア!!》
もう一度発砲しようとしたが、それより先に朝木がリキッドを……ヴァンパイアリキッドを起動して体に突き刺した。
男の体が戯我へと作り替わっていく。
「どうです、この力は!! 実に美しく、猟奇的でしょう!!」
テンプレートのようなヴァンパイアの姿へと変貌を遂げた朝木は、笑い声を挙げながら凪へ視線を向ける。
敵の首魁、その本性を目の前にした凪は動揺することはなく、非常に気怠そうな表情を浮かべながらそれを見つめていた。
「さて、私は私自身が戦う理由をお教えいたしました。今度はあなたの番です」
「はァ? なんでわざわざテメエなんぞに」
「良いではありませんか。冥土の土産……置き土産としてどうです?」
そんなことを平然と言ってくるヴァンパイアに呆れ、凪は首筋をポリポリと掻く。どうして敵にそんなことを教えなければならないのか、という言葉を吐き捨てようかと一瞬思ったがそれをするとさらに面倒なことを言われる予感がして彼は口を噤む。
数秒の逡巡の後、再び深い溜め息を吐いてから口を開いた。
「……朱莉は家族を戯我に殺された。自分だけ生き残って、それのせいでずっと悔いてきたんだ。どうして自分だけ生き残ったんだ、このまま生き続けてもいいのかってな」
《レリックドライバー!!》
彼女のことを脳裏に浮かべながら言った。彼はこの世界の誰よりも近くで、長い時間を鷹原朱莉と過ごしてきた。ゆえに誰よりもその痛みを理解しているし、それが二度と治ることのない深い傷であることも理解できる。
そうなってしまった原因の一端が故意でなかったとはいえ父にある以上、それを償う義務がある。
「俺ができるのは戯我を殺して、朱莉のような苦しみを味わうやつを少しでも減らす。そうして朱莉の家族を救い切れなかった罪が少しでも軽くなるならいくらでも戦ってやる。だから俺は霊装使いになったんだ」
《サイクロン!!》
緑のリキッドを一つ起動し、それをレリックドライバーに装填する。どうせならもう一つのリキッドも共に起動して装填してしまえばいいじゃないか、と思いはしたが、これも長々と自語りされたことに対するお返しだと考えれば悪くない。
「そしてお前は大勢の人を犠牲にし、そしてその家族を不幸のどん底に突き落とした」
《ザルティス!!》
もう一対のリキッドを起動し、それもレリックドライバーに装填する。
この男のせいでどれだけの人間が死に、どれだけの人生が狂わされたのだろう。帰らぬ者となった家族を、そうとは知らず帰りを待ちわびている者もいるだろう。異形のものとなってしまった友の無事を願う者もいるだろう。
目の前で友人を攫われ、無力感に襲われている者だっている。
この男はそれらの元凶だ。それらの元を辿れば全てこの男が存在しているせいだ。
「戯我も、それを利用するクソ共も全員斬る。そうでなかろうが人の命を軽んじて周囲の人間に災厄をばら撒くカスも斬る。俺はあの日そう誓ったんだ。だからテメエももちろん叩き斬るッ!! 覚悟しろッ!!」
《
彼はそう宣言し、怒りに満ちた表情を浮かべる。どうして、という問いにはこれで答え終わった。あとはただ、その刀と拳で殺し合うのみ。
そう判断した彼は獰猛な笑みを浮かべ、そして叫ぶ。
自身に力を与えてくれる二文字を。
「変身ッ!!」
《
二つの緑の五芒星が彼の体を通過し、体を塗り替えていく。緑風のそれを身に纏った彼は、マフラー状になっている蛇のとぐろのようなものを肩の方へ流しながらAウェポン2Sを構えた。
《邪を噛み砕く風纏いし牙! サイクロンザルティス!》
「仮面ライダーライキリ……。行くぞォォォッ!!」
中庭の方から轟いた爆音と衝撃波──バルムンクがアオオニにトドメの一撃を放ったときのものだろう──が廊下の窓を粉砕したのと同時に木製の床が削れるほどに強く踏み込んで、彼はヴァンパイアとの距離を詰めた。
首元を狙い刀を振るうが、すんでのところでヴァンパイアの腕に阻まれる。その腕を半ばまで斬ることはできたが、しかしそこで刃は止まってしまう。
「この程度ですか?」
「なめんな!!」
得意げに煽るヴァンパイアにそう言い返し、ライキリは刀の峰を強く蹴った。腕の力で動かないなら蹴って無理矢理動かせばいい。
そんな脳筋戦法がどうやら通じてしまったらしく、金属音が派手に鳴った次の瞬間にはヴァンパイアの肘から先は赤い液体を撒き散らしながら宙を舞う。
まずは一手取ったか。そう思い次の一手を繰り出そうとしたライキリの動きがわずかに止まる。
切断された腕がありえない速さで再生したのだ。瞬き一つほどの刹那で、新たな腕が生えてきた。
それに驚愕して思わず飛び退き、反撃として繰り出されたアッパーを偶然避けるライキリ。そこからなかなか攻撃を仕掛けてこないライキリに、ヴァンパイアは概ね事情を察して斬られたはずの腕を掲げながら口を開く。
「吸血鬼は不死とされているのですよ? そんな生き物がそんな攻撃如きで傷つくわけないではありませんか」
「……そうかよ」
確かに現代まで残っている伝承では、吸血鬼は生と死の狭間に生きる者であるとか不死者であるとか、ともかく殺すには特定の手段を踏まなければならないとされているものが多い。
だが、ライキリは一度ヴァンパイアを殺している。それも刀で斬って、だ。
ならば目の前の男を殺せぬ道理はない。無限に再生できるわけでもないだろう。
即座にそう判断し、彼はもう一度刀をしっかりと握り直した。
《サイクロン!!》
「だからなんだ。殺せば死ぬだろうが!!」
《
疾風を身に纏い、床や壁、天井を蹴り立体的な挙動を見せヴァンパイアを翻弄しようと目論むライキリ。
だがその動きがいくら早くとも、目に見えないというほどではない。ヴァンパイアに捕捉できるか否かというギリギリのラインを、彼は越えられずにいた。
「見えてんな」
わずかに顔の動きがライキリの動きにリンクしているのを見て、ライキリはすぐにそれに気が付いた。
ならばこれ以上飛び回っていても無駄に体力を消費するだけである。
「だったらこいつぁどうだ!!」
そう叫び、ヴァンパイアの背後に着地した。
ヴァンパイアはそれに対し内心ほくそ笑みながら拳を握って振り向く。
「えぇ、見えていますとも……なッ!?」
得意げに振るわれたパンチは虚しく空を切る。それもそのはず、ライキリは異様なほど姿勢を低くしていたのだから。
空ぶったパンチをチラリと一瞥し、ライキリは動き出す。
狙うは胴。パンチを打つことによって出来た、脇腹というがら空きになったそのスペース。
すぐに刀を振るい、その空いた脇腹へ当てがった。そのまま一閃し、返す刀で逆袈裟に斬る。
確かに斬った。普通であれば致命傷になる得るはずの斬撃であった、とライキリは手に伝わった感触で判断した。
「あ~、クッソ痛いですねぇ……。ですが全て無意味です!!」
だが、やはり再生されるらしい。無茶苦茶だ、とライキリは思わず言葉を漏らす。それを攻略できる術があるとすれば、傷口を燃やしたり凍らせたりということになるのだろう。だが、残念なことに今ライキリが所持しているリキッドでそれをするのは不可能である。
唯一糸口があるとすれば持久戦に持ち掛けて、再生できる限界まで耐えることくらいだろうか。
「ふざけたリキッド使いやがって……。嫌がらせかァ、オイ!!」
悪態を吐き、蹴りを鳩尾へとぶち込んだ。それの衝撃で突き当りまで吹き飛ばされたヴァンパイアは、腹を抑えながらもすぐに立ち上がる。斬撃がダメなら打撃でと思ったが、しかし大したダメージになっていないのだろう。
これはいよいよマズいかもしれない。本気で持久戦に持ち込むしかないのか。
思案を巡らせ、冷や汗を少し垂らすライキリに向けてヴァンパイアは思い出したかのようにこんなことを言い出した。
「そういえば、この地にいる霊装使い……ライキリとバルムンク、グングニルの全員がこの地に集まっているのですよね?」
「……だったらなんだよ」
三人全員で襲い掛かって当然の相手だ。わざわざ戦力を出し渋って負けるくらいなら、ある程度余裕があったとて全力で勝ちに行く方が断然マシだろう。
だが、ヴァンパイアはしたり顔で──実際にしているのかはわからないが──言葉を続ける。
「私たちがお前たちの拠点を把握している可能性を、どうして考慮していないのですか?」
要は今この瞬間に支部を襲っていると言いたいのだろう。動揺を誘うためのブラフか、それとも本気で戦力をそちらに割いているのか。
どちらにせよ、ライキリがそれで焦ることはなかった。
「うるせえな馬鹿が。してねえわけあるか」
そう吐き捨て、仮面の奥で不敵な笑みを浮かべる。彼の胸中には一抹の不安も存在していない。
どうやらライキリは朝木が巡らせた策略は成功するはずがないと確信しているようだ。だからこそ、今考えるべきは目の前の怨敵をどうやって攻略するか、という点だ。
機動力を上げて攻撃する速度を上げても、すぐに再生されてしまうのでは意味がない。
なら、相手を混乱させる方向性で攻めるべきだ。幸い、相手の視界を奪うことが出来る力を持っているのだから。
《フォッグ!!》
《ライラプス!!》
「それにテメエが気にすべきは目の前にいる俺だろうが!!」
《
ほぼ灰に見えるくすんだ青とマホガニー色のリキッドをレリックドライバーに装填する。
仮面の奥で彼はやはりどこまでも不敵で、殺意に満ちた笑みを浮かべていた。
《BRUSH-UP!!》
「そうやって他所事ばっか考えてっと俺に殺されるかもだぜェ!?」
《白霧の中轟く猟犬の咆哮!! フォッグライラプス!!》
そう叫び、フォッグライラプスへと姿を変えたライキリはヴァンパイアへと突っ込んだ。刀を警戒し、それを受け切ったのちに反撃しようと拳を固く握り締めるヴァンパイア。しかしそんな彼の読みは外れ、ライキリの刀が振るわれることはない。
「ガァ……ッ!?」
代わりに腹部に強い衝撃が走る。ヴァンパイアの腹目掛けて突進してきたのだ。がっちりと組み付いたライキリは唸り声を上げながらそれを床へ押し倒し、ヴァンパイアの腕を掴んで全力で投げ飛ばす。
予想だにしていなかった行動に対応できるはずもなく、ヴァンパイアは壁を突き破り二階から外へ落下する。
落下した先の地面はめちゃくちゃであった。地面は何か所も抉れており、根元から引き抜かれたであろう大木も倒れている。
そのほとんどが概ねバルムンクとオニとの闘いの影響であることは言うまでもないだろう。
「どうせあそこで霧を生み出したところで狭すぎて前か後ろからか、どこから攻撃するかなんて大体見当がつく。けどよ」
そんなことを言いながらライキリは先に空いた穴から飛び降りた。確かに、あそこで視界をほとんど奪ったとしてもその効果はさほど見込めないかもしれない。さすがにライキリが思っているほど効果が弱いわけではないだろうが。
さておき、そこからこの中庭を戦場に選んだ意味は非常にわかりやすいだろう。
《フォッグ!!》
「開けてるこの場所なら前後左右、加えて上下のどこから斬られるかわからねえだろ」
《
ライキリの生態装甲から白い霧が吹き出て辺りを白に染め上げる。
伸ばした先の自身の手すら見えるか危ういほどの霧の濃さ。これでは到底敵の姿など捉えられはしないだろう。
「……なるほど。ずいぶん小癪な手を使うようで」
「まさか正々堂々と戦うなんて思ってるのか? 生憎俺はそんな真っすぐなヒーロー像なんかとは縁がなくてね」
嘲りとも取れるヴァンパイアの言葉にそう返しながら、それの周りをゆっくりと歩くライキリ。声の位置が自分を中心に円を描いていることを察知したヴァンパイアは、たったそれだけの情報でライキリには視界がしっかりと見えていることを悟る。
集中すれば足音で居場所を探知できるかもしれない。そうなればライキリのアドバンテージはないも同然の状態になるわけだ。
「……足音でわかるかも、な~んて考えてたり?」
「しまっ……」
考えていることを耳元で囁かれ、次の瞬間には腕を斬り落とされるヴァンパイア。痛みを抑えつつ声のした方へ蹴りを放つが、ライキリの体を捉えることはない。
斬られた腕はすぐに再生するが、それどころではない。一方的に斬られるだけというこの現状は、いくらすぐに再生するとわかっていたとしてもそれだけでヴァンパイアを焦らせるには十分であった。
「……これは」
呟き、対策を考える。お互いに決定打に欠けている今、ライキリが持久戦をして先に倒れた方が負けという風に
持ち込みたいことはよくわかる。
この圧倒的とも言える再生力もどの程度保てるのかわからない。彼の目論見通りに事が運べばいずれ限界を迎えて再生できなくなったヴァンパイアに必殺を撃ち込んでフィニッシュということになってしまう。それだけはなんとか避けなければならない。
どうしたものか。そう考えている間にも、ライキリは斬っては霧の中に隠れを繰り返している。当然対応できるはずもなく、反撃しようとしてもそれらは全て虚しく空を切る。
「これだ……!!」
天啓が降りた。天才的な閃きに内心ほくそ笑むヴァンパイア。
そこからは無駄に体力を使わぬよう、極力脱力しながら翻弄されているフリをする。
「……何考えてんだ?」
ヴァンパイアの動き方が明らかに変わった。先までは鬼気迫るというかとにかく焦っているような動きを見せていたのに、今は妙なことに余裕そうな雰囲気がわずかに漏れ出ている。
何か策を思いついたのだろうと察するには十分であった。しかし、それでもライキリは次の一手を放つ。
「……シィッ!!」
そんな掛け声とともに刀を振るう。その斬撃はヴァンパイアの片足を断ち切り、それの影響でバランスを崩したそれは地面に倒れ込む。
無防備を晒したヴァンパイア。その腹にライキリは躊躇することなく刀を突き立てる。経験したことのない痛みにヴァンパイアは思わず悶え苦痛の声を上げた。
だが、その口の端は奇妙なことに上がっていた。
「待っていたんですよ、あなたか突いてくる瞬間をねェ!!」
刀身を強く握り、それをわざと自身の体へ深く刺さるように押し込んだ。柄を握り締めていることもあり、それに引かれるようにライキリの体はヴァンパイアに引き込まれてしまった。
その機を逃がすほどヴァンパイアは甘くない。
「ぬぅん!!」
強く握り締められた拳がライキリの顔面に突き刺さる。ライキリは口から空気をわずかに漏らすが、歯を食い縛りながらヴァンパイアの腹に蹴りを入れた。その勢いを利用してそれの腹に深く刺さった刀を引き抜いた。
その勢いで刀身を握り締めていたヴァンパイアの手が斬られ、次いで放たれた斬撃でその腕が切断される。
「テメエ頭イカれてんのか!?」
そう言いながら再びヴァンパイアの腹を蹴り、そのまま再び霧の中へと飛び退いた。いくら回復するといはいえど、自身の腹に刀を突き刺すなど気が狂っているとしか思えない。
突いてくる瞬間を待っていた、などと叫んでいたが一体何を考えているのか。
「……顔を殴られたせいで血を流しましたね?」
ヴァンパイアはそう言い、霧で何も見えていないはずなのに顔をライキリの方へと向けた。確かにヴァンパイアの言う通り鼻から血は垂れているが、一体それがどうしたというのか。
それに答えず、言葉の続きを待つライキリ。続いた言葉に、彼は焦ることになる。
「血の匂いがしますねェ……。あなたの居場所が把握できるくらいには!!」
そう言ってヴァンパイアはライキリの方へ向けて駆け出した。再生した拳を握り締め、それを彼の顔面へ向け放つ。
ライキリは刀を振るいその拳から肘にかけて二つに裂き、返す刀で腕を斬り飛ばした。しかしもう片方の腕から放たれたストレートを避け切ることはできない。胸に撃ち込まれたそれのせいで肺にあった空気を大量に吐き出してしまう。
ライキリは本能的にヴァンパイアを蹴り飛ばすことでそれから距離を取り、空気を求めて喘いだ。全身から汗が噴き出て、明確に忍び寄る死の感覚に恐れを抱く。
あの細目の腕のどこにあんな威力を出せる筋肉があるというのだろうか。まさか吸血鬼は鬼だから、などという理屈でその力を引き出しているのではあるまいな。
「これであなたにあったアドバンテージは消えましたよねぇ……」
そんな思考を浮かべながら息を整えるライキリへ向け、にやりと笑いながら滲み寄るヴァンパイア。口の端からわずかに血を垂らしながら、ライキリはそれでも立ち上がる。
頭を振り、冷静さを取り戻す。結局わかるのは顔の位置だけだろう。どう動こうとしているかわからないという点を考えれば、いくらでもやりようはあるだろう。
「それでようやくトントンだろうが、テメエと俺の間にある実力差は。これくらいはくれてやるよ」
状況が傾きかけたというのに不敵な笑みを浮かべ、刀を構える。
第二ラウンドの始まりであった。
▽▽▽▽▽
時は遡り、凪たちがコオニギガとゴブリンギガの群れと最初に邂逅したか否かくらいの頃。
渡津海支部。その入口である、渡津海図書館の地下駐車場。そこにある男が一人で侵入していた。
「情報通りならここにLOTの拠点があるはずだが……」
周囲を見渡しながら男は進む。凪と朝木の戦いで朝木が匂わせた、支部を襲わせるという指示。この男こそがそれを受けてこの駐車場へ来訪した、いわゆる招かれざる客人であった。
そんな彼は、これといった特徴もない地下駐車場を見渡しながら言葉を溢す。
「ここにLOTの拠点があるなんて誰がわかるんだろうな」
彼の言う通り、一見ここはただの駐車場だ。入口となっているエレベーターそのものも、一般人にはただ地上にある図書館と地下駐車場を繋ぐだけのものでしかない。まさか誰もその下に秘密結社の拠点があるだなんて思いもしないだろう。
そして、まさかそんな秘匿された空間が襲われるとは支部の職員らは全く考えていないことだろう。
「だが、その油断が命取りになるわけだ……。戦力もすべてあちらに割いているようだし、任務は滞りなく遂行できそうだな」
そう呟き、エレベーターに近づく男。無機質で、一般的なそれと何ら変わりない見た目のそれは男に一つの疑問をもたらした。
「しかし、これでどうやって中へ入れと言うんだ?」
当然の疑問だ。扉を開いたとて、図書館の一階二階とこの地下駐車場のボタンしか存在していない。おそらく特殊な操作をする必要があるのだろうが、残念なことに男はそれを知らされていなかった。記憶によればここに協力者がいて中に入れてくれる手筈になっているはずなのだが、見たところ人の気配が全くしない。
「……なにか不備が起きたか」
考えられる可能性があるとすればそれしかない。もしかすると、潜伏していることがバレて拘束されているとかそういう疑いをかけられていて迂闊に動くことが出来ない状況に陥ったのかもしれない。であればすぐに救援に向かいたいところではあるが、しかし動かし方がわからなければそれも無理な話である。
エレベーターから一度出て、外側に仕掛けがないか隅々まで視線を巡らせる男。そんな男の背後から、何者かが言葉を投げかけた。
「恐らくキミたちの計画だと渡津海支部にいる協力者を使って中に入れてもらう算段だったんだろうけど、もう彼女は身柄を拘束させてもらった。もうとっくの前にキミに課せられた任務は失敗する運命が決まっていたんだよ」
男はすぐに振り返る。先まで人っ子一人いなかったというのに、一体誰が。
振り返った彼の視界には、微笑を浮かべながら地下駐車場へと入ってくる闖入者の姿があった。
「そのエレベーターで渡津海支部内に入るには、封魔司書が持つカードキーを操作盤にかざす必要があるんだ。つまり、部外者のキミは何をどうしても中に入ることはできないわけだ」
腕を後ろに組み、そう講釈を垂れる闖入者。侵入者はその男にただ者ならぬ気配を彼に感じ、少し下がって警戒する。
闖入者はそんな男の方へ後ろで手を組みながら近づいた。
「さて、早速だけど警告だよ。今ならここから立ち去るかこの場で投降したら許してあげるけど、どうする?」
そう宣う闖入者の顔に、男は妙な既視感を覚える。おそらく直接会ったことはない。となると、既視感の正体はCoRに見せられた渡津海支部職員の顔写真だろうか。しかしこんな特徴的な顔……青のメッシュを入れてイヤリングを両耳に下げていてというわかりやすく派手な風貌をしている人間を忘れることがあるだろうか。いや、ありえない。
だから恐らくは知らない人間。だが、やはり既視感が拭えない。
「誰だお前は」
そんな男の疑問に、闖入者はこう答える。
「蒼月漣。元LOT渡津海支部所属の……いや、君たちには今向こうで戦っているライキリの父と言った方がわかりやすいかな」
そう名乗った男、蒼月漣はにこやかな笑みを浮かべて男に歩み寄る。
ただ歩く。たったそれだけの行為なのに滲み出る威圧感に、男は思わず冷や汗を垂らして息を呑むのであった。
付録之拾参[Conqueror of Regularity]
十数年前、LOT渡津海支部と衝突して壊滅した犯罪組織。
リキッドの力を利用して人間と戯我を支配し、戯我の餌になる人間をあらかじめ犯罪者などの極悪人のみと指定しておくことで無駄な死を減らせば平和になるという過激な思想を掲げていた。
無論こんな組織の存在を許すはずもなく、当時の渡津海支部の霊装使いの手によって戦力は全て削られて構成員のほとんどは逮捕されている。
今凪たちと対峙しているのは確かにこれの元構成員であるが、彼らが当時のCoRの意志を継いでいるかどうかは疑問である。