仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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第十五頁[荒波を生む青蛇]

「蒼月漣。元LOT渡津海支部所属の……いや、君たちには今向こうで戦っているライキリの父と言った方がわかりやすいかな」

 

 凪と似たような、相手を少し舐めているような表情を浮かべながら漣は侵入者の進路上に立ち塞がる。

 凄まじい威圧感。漣から放たれるそれは常人のそれではないが、しかし侵入者は漣にそれだけの力がないことを知っていた。

 

「……引退したやつに何ができる」

 

 そう。漣は引退している身だ。一度霊装使いライキリという身分から退き、その力を息子に託して欧州に行ったのだ。

 いくら昔は強くとも、今その力がないのであれば意味はない。だが漣はその事実を突きつけられても不敵な笑みを浮かべ続けている。それどころか

 

「キミを止めることくらいは造作もないことさ。僕を殺すことが出来ればカードキーを手に入れることができるわけだけど、どうせキミ如きには無理だよ」

 

 と煽り返す始末。よほど余裕を感じているのだろう。おそらく生身の人間同士の戦いで負けるはずがないと確信しているからだ。

 しかし、侵入者が丸腰で襲いに来るはずなどない。

 

「なら貴様の言った通り、カードキーを頂戴するとしようか」

《オハチスエ!!》

 

 侵入者の男はポケットから茶色いインクが込められたリキッドを取り出すや否やそれをすぐに起動し、その腕に突き刺した。

 茶色いインクが彼の体を覆い、毛むくじゃらの老人のような容貌をした戯我に塗り替わる。

 

「アイヌ民族の伝承をこの目で見ることができるとは。所詮は紛い物としても嬉しいものだね」

 

 漣はオハチスエという戯我に聞き覚えがあったらしい。言葉通り嬉しそうな笑みを浮かべながらじろじろとオハチスエの体を観察する。

 そこにあるのはやはり恐怖ではなく、好奇心。どこまでも舐め腐った態度の漣に、オハチスエは苛立ちを隠さずに問い詰める。

 

「やけに冷静だな。この刀が見えないのか?」

 

 手にした刀の先を漣に向けた。

 それでも漣は怖気づかない。困ったような微笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「もちろんしっかりと見えているさ。僕は盲目じゃなくてね」

「だったらなぜ焦らない」

「だって君からは脅威を感じないからね。いくらリキッドの力があろうと戦いに関しては素人なんじゃ意味はないよ」

 

 そう言い終わる直前、オハチスエは刀を突如として突き出した。

 

 普通ならば反応すらできずに胸を貫かれるであろう距離。

 構える動作すらなく、不意打ちとしてはこれ以上ないものであったであろう。

 

 それを漣は、必要最小限の動きで躱す。

 オハチスエが呆気に取られたのも束の間、漣は何かを彼の腹に押し当てた。

 

「やっぱり素人だ」

《ハイドロ!! Calling(コーリング)!!》

 

 それだけ言って、手に握られていた()()()()()()()()の撃鉄を弾く。

 銃口から高圧の水が放出され、それを回避できるはずもなくオハチスエは数メートルほど吹き飛ばされてしまった。

 地面を何度か転がりようやく止まった彼は恨めしそうな目線を漣へと向ける。そもそもとして協力者が現れないという点からして想定外だったというのに、目の前の男は一体どれだけ作戦を狂わせるつもりなのだろう。

 

「だから言ったろ、素人じゃいくら力があろうとダメだって。あんな殺すのにまたとないチャンスをあげたのに仕留めきれないようじゃ余計にね」

「なんでそんなもん持ってるんだ……!? あんた引退したはずだろ!?」

 

 ハイドロリキッドを抜き取り、レリックライザーを指先でくるくると回す漣。それを指差し、オハチスエは叫ぶ。

 情報通りであれば、漣は数年前に霊装使いを引退した身であるはずだ。そんな人間が、どうしてレリックライザーを所持しているのか。もしや引退したという話は嘘だったのかと思うオハチスエであったが、すぐにその可能性がありえないという事実に行き当たる。

 

 もしその引退が嘘であったならば、蒼月凪が持っている封魔霊装ライキリの存在は一体なんなのかという話になってしまう。それに渡津海支部を離れる必要性だってない。ならば、引退したという話は確かなのだろう。

 ならば、このレリックライザーは一体なんなのか。

 

 そんなオハチスエの疑問に、漣は指を二つ立てながら説明を始める。

 

「この世で雷切と呼ばれる刀は二振りある。一つは立花道雪という刀鍛冶が打った刀だ。それが今凪が使っている封魔霊装ライキリの元になっている」

 

 簡潔でわかりやすい説明がスラスラと出てくる。それらを暗唱できている辺り、漣の脳内には様々な知識が集積されているのだろう。

 しかし、今二振りと言ったか。オハチスエはやや違和感を抱く。そういえば同名の封魔霊装が存在する可能性を全く考慮していなかった。

 

 いやいや、そんなまさか。

 

 そう否定しそうになったオハチスエに、漣はその祈りにも似た思考をへし折るかのような言葉を発する。

 

「そして、もう一つが長船兼光が打った雷切だ。これの意味することが何か、わかるかな?」

 

 つまり、このレリックライザーはライキリであるということだ。それも、凪のものを借りているわけではない。漣自身の封魔霊装であることがほぼ確定してしまったわけだ。

 しかし、引退したというのならばどうしてそれを持っているのかわからない。普通ならば返却するものではないのか。

 

 様々な思考を重ね、やがてオハチスエは一つの結論に辿り着く。

 

「実際には引退していない、とでも言うつもりか……?」

「半分正解だ。僕はこう見えてもう50手前のオジサンでね、これ以上前線で戦い続けるには肉体が追い付かないんだよ。だから、前線からは退かせてもらったんだ。そういう意味では確かに引退しているよ」

 

 腕を広げながらそう宣う漣。確かにその歳にしては若々しい肉体をしているが、それでも老いには勝てないのだ。

 だからこそ、最前線から退いたのだ。そういう意味では確かに引退しているという見方もできる。そもそも霊装使いというものは最前線で戦ってなんぼというものである。

 

 しかし、漣は衝撃的な言葉を続けた。

 

「けど、全く戦えないというわけではないからね。若手に教えつつ、人手の足りないところに手伝いに行って時々戯我を調伏する。そうして欧州で過ごしてきた。だから完全に霊装使いを引退したってわけではないんだよね」

 

 息子にすら話していなかった欧州に行った事情。新人霊装使いの教育と、人手不足になっている地域の支援。それが漣と瑞穂の任務であった。

 どうしてわざわざ欧州まで飛ばされたのかはわからない。だが、それが事実だ。

 

 だからこそ、レリックライザーを所持しているのだ。

 

「実は今の僕は少々機嫌が悪くてね。理由は言わずともわかるだろう?」

《レリックドライバー!!》

 

 レリックライザーを腰のバックルに装着した。本来ならしばらくの間は出番が無かったであろうこれを使うことに、内心少し落胆する。

 だが、その後ろ向きな感情はすぐに消える。

 

「よくも僕の大事な大事な娘に手を出してくれたね」

《ハイドロ!!》

 

 娘を傷つけたことに激怒しつつ、先に使ったアイアンブルー色のインクが込められたリキッドを起動した。

 いくら血が繋がっていないとはいえ、もはや彼女とは本当に家族のような関係を築くことができたのだ。そんな子を攫われて怒らない人間などどこにもいない。

 しかもだ。

 

「そのうえ、大事な仲間を殺そうとしているんだ」

《シーサーペント!!》

 

 こうして渡津海支部の拠点を襲おうとしている点にも怒りを表しながら、パールホワイト色のリキッドを起動する。

 いくら渡津海支部所属でなくなったとはいえ、やはりかつての仲間は掛け替えのないものである。それを目の前で傷つけられようとしているのに、黙って見ているというわけにはいかない。守れる力があるのに戦わないという選択肢はないだろう。

 

「もちろん、死ぬ覚悟はとうにしてあるんだろうな」

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

 

 舐め腐ったような表情から一転、般若のような険しい顔をしてオハチスエを睨みつける。

 

 少し息を整え、彼は撃鉄を弾いた。

 

「変身」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!!》

 

 青と白の五芒星が現れ、それらが漣の体を通過していく。

 くすんだ青色の蛇のようなもとが口元に巻き付き、美しい光沢を持つ白色の装甲が全身を覆う。

 

《大海を掻き分けし大海蛇!! ハイドロシーサーペント!!》

「俺の大事な人たちを傷つけ、そして傷つけようとした代償……。今ここで払ってもらおうか」

 

 AウェポンS/Rを下段に構えた漣……仮面ライダーライキリは、凄まじい威圧感を放ちながらオハチスエの体を見据える。

 

「……変身したからなんだ。この力があれば差は埋まるだろうが!!」

 

 わずかに声を震わせながら、それでもオハチスエは刀の間合いへ飛び込むとその刀を勢いよく振るう。

 ライキリは力任せのそれの峰に自身の刀を沿わせることで回避し、すれ違いざまに腕を浅く斬った。

 

 腕に走る鋭い痛み。それを歯を食い縛ってなんとか耐え、オハチスエは振り向きながら刀を横に素早く薙ぎ払った。

 しかしそれは読まれていたようで、ライキリは高く飛び上がることで避け、そのまま地面に落下する勢いを利用してオハチスエの胸を縦に斬る。

 

 インクを派手に散らし、それでも折れるには早すぎると激痛を押しのけながらオハスチエはもう一度刀を構えた。

 そんな彼にライキリは諭すように語り掛ける。

 

「これでもうわかったんじゃないのか? キミじゃ俺には勝てないよ」

「なんだと……?」

 

 怒りを露わにし、オハチスエはライキリを睨みつけた。まだ二回しか攻防のやり取りをしていないというのに、それだけで戦いの勝ち負けが決まってたまるか。それにジャイアントキリングという言葉が存在するように、実力差があろうともそれをひっくり返して勝利できる可能性があるはずだ。

 

 というオハチスエの思考を読んだかのように、ライキリは淡々と事実を指摘する。

 

「事実、二度も刀を振るったのに俺を斬れていないじゃないか。挙げ句俺の攻撃を全く捌き切れていない。これ以上やっても時間の無駄だしもう降参しなよ」

 

 たかが二度。その攻防でオハチスエは腕に浅い斬撃をもらっただけでなく、胸を縦に深く裂かれている。一方、ライキリは全くの無傷である。この時点で実力差は明らかだ。

 早くこの戦いを終わらせてCoRの拠点に向かいたい彼としては、さっさと諦めて降参してほしいというのが本音だった。

 

 その発言がオハチスエの精神を逆撫でするのは当たり前の話である。

 

「ふざけるなッ!!」

 

 怒号を発し、刀を大上段に構えた彼は再び突進する。

 呆れた、と言わんばかりに溜め息を吐いたライキリは、怒りのままに振り下ろされた刀を再び刀の側面で受け流した。空いた脇腹を一閃し、返す刀でもう一撃入れようとしたがそれはオハチスエの刀に受け止められてしまった。

 

 始まる鍔迫り合い。

 両者の顔がぶつからんほどの距離にある。

 

「なぜあの組織に肩入れする。所詮は一度滅びた屍肉に過ぎないんだぞ」

 

 ライキリは胸中にあった疑問をオハチスエにぶつける。CoRは一度崩壊した。これは間違いない事実である。そこからこうして立て直している事実に驚いているのもあるが、何がそこまで人を惹き付けるのか。ライキリには、漣にはそれが何も理解できなかった。

 そもそも彼らの掲げている理念であるリキッドの力を利用して人と戯我を支配しようなどという目標など結局のところは暴論に過ぎず、それに共感し得る要素が何一つとしてないのだ。

 

 そんな漣の疑問に、男は叫び返す。

 

「俺は……ッ。俺はなァ!! お前らが憎いんだよ!!」

「憎い……?」

 

 理解できない。戯我にならともかく、元は一般人であっただろう彼の恨みを買うようなことをいつしたのだろうか。

 

「お前らはずっと戯我の存在を隠蔽してきた!! 無論その影響で死んだ人間も、その死因を隠して行方不明やらなんやらで誤魔化してきただろ!!」

「でなければ混乱するだけだ。そも、この時代に化け物がいると公表したとて信じる奴はさほどいないだろう」

「俺にはそれが気に食わないんだ!!」

 

 オハスチエはそう叫び、刀を強い力で押し込んだ。意外にも力負けしたライキリは一瞬目を丸くしたが、無理に抵抗しても体力を浪費するだけと判断してゆっくりと足の力を抜いて後退りする。

 そんなライキリの様子を見て流れが変わったと感じたのだろうオハチスエは、そのままの勢いでライキリを地下駐車場の柱に押し付けると声を荒げた。

 

「俺の友達はそれのせいで死んだ!! なのに家族はあいつの帰りを待ち侘びているんだぞ!! そのくせお前らはそれが当然のことと正義の味方面しやがる!! 許せるわけねえだろうがそんなこと!!」

 

 競り合っていたライキリの刀を強い力で上方向へ弾く。

 そこから大上段へ刀を構え、彼は抱えてきた怒りと共にそれを振り下ろした。

 

 決定打になるだろう攻撃。刀で防御しようにも間に合わないだろう距離と速度。

 そう感じた次の瞬間には、無意識のうちに左手がレリックドライバーに伸びていた。

 

《シーサーペント!!》

神器開放(レリクス・ドライブ)

Calling(コーリング)!!》

 

 首元に巻き付いていたマフラーのようなものが蛇……シーサーペントへと変貌を遂げ、オハスチエの振るった刀がライキリの体に触れる直前に刀身に噛み付いて受け止めた。

 オハスチエは無理に押し込もうと力を込めたが、それより速くライキリが彼の腹を蹴り飛ばす。

 

「……今のは危なかったな。少しだけ見直したよ」

「卑怯だろそれ!!」

 

 呑気なことを宣うライキリに、オハチスエはそう言って文句をぶつける。オハチスエ自体にはそんな特殊能力は──体の一部を蛇にさせるとか水を放出するとか──存在しない。故に、自身の技術とオハチスエの筋肉などで対抗するしかない。

 そんなオハチスエの悪態に、ライキリは鼻で笑って一蹴する。

 

「霊装使いのいない支部を襲おうとしておいて何を言うか」

 

 そもそもオハスチエはは何も抵抗できない職員を殺そうとしていたのだ。そちらの方が卑怯極まりないだろう。その上彼のいる組織は人を攫い戯我に作り替えているという疑惑がかかっている。卑怯だと罵られるべきはCoRの方であり、ライキリ自身はただ真っ当に戦っているだけである。

 剣術勝負と思っていたのならば、それはオハチスエの思い込みだ。

 

「そも戦いとは常に勝者こそ正義。そこに卑怯もクソもない」

 

 そう言い切ってライキリは駆け出した。オハチスエは急いで刀を構えてそれを横薙ぎに振るうが、ライキリはそれを地面をスライディングすることで躱す。

 マズい、と感じたときにはもう遅い。右手がオハチスエの腹に添えられていた。

 

《ハイドロ!!》

「結局はね、騙されたバカが悪いんだよ」

Calling(コーリング)!!》

 

 ライキリの右手から高圧の水流が放たれる。ゼロ距離でそれを受けたオハスチエはなんとか耐えようとするもあえなくそれに押し流され、壁に激突してしまう。

 

 へたり込んだオハスチエに追い込みをかけるように、ライキリは拳を強く握り締めそれを彼の体へ叩き付けようとした。

 すんでのところでオハチスエの刀で受け止められてしまうが、それでもライキリは止まらない。

 

 その刀を蹴り飛ばし、蹴り上げた足でかかと落としを敢行した。オハチスエの脳天に直撃し、酷く鈍い音が響く。

 

 地面に倒れ込み、頭を抱えながら蹲るオハスチエ。それで容赦するはずもなく、刀を構えるとそれを躊躇なく振り下ろした。

 背中に一文字が刻まれる。インクが飛び出し、辺りは茶色に染まる。

 

「キミの恨みもわかる。確かにそういう面で見れば俺たちは悪なのかもしれん」

 

 激痛に藻掻くオハスチエを静かに見下ろしながらライキリはそう言葉を溢す。彼の言った件に関しては救い切れなかったLOT側にも責任の一端はある。霊装使いが全ての戯我を殺し、人間の被害をゼロに出来ていればそんなことになるはずがないからだ。

 だが、現実はそうならない。霊装使いだって神ではない。ただの人間に全てを救い切れるわけではない。

 

 そんなことは嫌と言うほどわかっていることだ。朱莉の存在が彼の背負う罪の一つであるように、彼女のような被害者がいることなど想像に難くない。それらが負っている心の傷の深さも、同じこと。

 それをオハスチエも抱えているというのなら、それを甘んじて受け入れるべきなのかもしれない。

 

 けど、と前置きしてライキリは言葉を紡ぐ。

 

「だからといって一般人を巻き込んでその命を弄んでいいわけじゃない。だからこそ、きちんと報いは受けてもらう」

 

 静かにそう告げ、刀の切っ先を向ける。

 オハスチエはゆっくりと立ち上がった。背の傷も一応は治ったようだ。それ以上のインクが漏れ出ることもなく、しっかりとした足で地を踏みしめる。

 

「勝った気になってんじゃねえぞ、クソジジイ……。まだ勝負は決まってないだろうが……」

 

 刀の切っ先を一度向け、そして上段に構えた。彼の怒りはまだ収まっていない。

 友は襲われて死に、その家族はその事実を知らぬまま生きていることを夢に見ながらいつしかおかしくなってしまった。その復讐が出来るチャンスが今目の前にあるというのに、たかだか斬られたくらいで止まっていられない。止まれるはずがなかった。

 

 その怒りも憎悪も、その全てを刀に乗せてオハチスエは振るう。

 今までで最速で最高の一撃を。

 

「……ッ!?」

 

 ライキリは真正面からその斬撃を受け止め、仮面の奥で驚愕の表情を浮かべる。その刀の構えや振り方は、息子のそれに酷似していた。どうしてこの場にいない人間の技術を模倣しているのか。一瞬考え、自分の感覚がまず間違っていたことに気がついた。

 オハスチエが模倣したのは息子ではなく漣自身の技術だ。凪の剣技も元を辿れば教えていた漣に辿り着く。自身の技術をこうして三人称視点で見たことがないから凪のものだと感じたのだろう。

 

 ひとまず疑問を脇に置き、ライキリは気合を放ちながら競り合っていた刀を弾いて後ろに飛び退いた。

 ふぅ、と一息吐いた彼に、次の疑問が降りかかる。

 

 どうやって漣の剣技を模倣したのか。たかだか数分の斬り合いで、刀の握り方もなっていなかったような素人が他人の技術を模倣できるとは思えない。何かからくりがあるはずだ。

 そこでライキリはオハスチエの伝承の一部を思い出す。

 

「対峙した人間の動作を真似る、か……。ここまで時間をかけるべきでなかったな」

 

 対峙した人間の動作、つまり漣の剣技をオハチスエの力で真似たのだろう。であればこの短時間で詳細まで再現出来たことの説明がつく。

 ということは、だ。時間をかければかけるほどオハチスエの剣技はライキリのそれへと近付いていき、倒すのが困難になってしまう。それどころか逆に倒されてしまう可能性も生まれてしまう。

 

 即座にそこまで考えたライキリは緑色のリキッドを取り出し、それを起動する。

 

《フローラル!!》

「次で終わらせる」

Charging Color(チャージング・カラー)!!》

 

 AウェポンS/Rの柄の部分にフローラルリキッドを入れたライキリは、居合の構えを取った。刀身に笹の葉のようなものが大量に纏わりついていく。

 

「勝つのは俺だけどな」

 

 強気にそう言ったオハチスエも負けじと全く同じ構えを取り、ライキリを鋭く睨みつける。

 

 睨み合い。訪れる静寂。

 それを破ったのはレリックライザーの電子音声だった。

 

Last Calling(ラスト・コーリング)!! モノカラー・モノクロマティックスラッシュ!!》

 

 それが鳴ったのとほぼ同時にオハチスエは動き出す。

 一歩踏み出し、刀身を抜きそれを真一文字に振るう。

 

 ライキリが動いたのはワンテンポ遅れてからであった。

 

 オハチスエの刀。それをまず全力で弾いた。居合の構えこそ模倣されはしたが、幸いなことに居合抜きの技術まで模倣されているわけではない。素人の乱雑な剣など弾くことは容易い。

 

「シィ──ッ!!」

 

 裂帛の気合を放ち、空いた胴を横に一閃する。刀でまず一撃、そしてそれに纏わりついた無数の葉がその傷口をそれぞれ斬っていく。

 完全に刀を振り切った後、ライキリは残心を解いて刀を左右に振り払う。その背後で、オハチスエは傷口から漏れ出したインクの量が多過ぎたことでその体を保つことができなくなり変異が解けた。

 

「……負けた?」

 

 現実を受け入れられない、といった様子だ。呆然とした表情を浮かべる彼に、ライキリはゆっくりと近付く。

 

「キミの負けだ。さっさと現実を受け入れて諦めるんだな」

 

 ライキリの口から出たのは優しい慰めではなく冷たい事実。それに激昂した男は残っている力を振り絞って立ち上がり、強く握り締めた拳をライキリに叩き付ける。

 が、ライキリは動じない。はぁ、と呆れたように溜め息を吐き、男の鳩尾に軽くボディブローを打ち込んだ。男の体はくの字に折れ、立つことすらキツくなったのか地面に崩折れる。

 

「なんでだよ……ッ!! あんな力があっても勝てねえのかよ!!」

 

 侵入者の男は悔しそうにそう叫ぶ。その目からは大粒の涙が溢れていた。

 ライキリはそれを見下ろしながら、静かに口を開いた。

 

「例え俺の技術を模倣できたとしても、戦闘経験がまるでないキミと何十年と戦いを積み重ねてきた俺の経験の差が埋まるわけじゃない。そもそもその力を十分に使いこなせてもいなかったのだから、キミが俺に勝てなかったのは当然だ」

 

 淡々と事実を突き付ける。もし男に経験があれば持久戦に持ち込んでライキリの剣技を丸々盗み出すことに成功していたかもしれない。そうならなかったのは、ライキリの安い挑発に乗っかってしまったからだ。それは単に男に冷静さや経験、判断力が足りなかったからである。

 

「さて、と。キミ以外にここに来る馬鹿はいるかい?」

「言うわけ……」

「死にたい?」

 

 短くそう返し、情報を吐けと脅すライキリ。拒否しようとした男の首筋に刀の切っ先を当てているところからするに、彼が情報を吐かなければ本当に殺すつもりなのだろう。

 そこに一切躊躇いがないことをその雰囲気から読み取った男は、苦々しい顔をしながら渋々情報を吐く。

 

「チッ……いねぇよ。そもそも内通者が誰だかバレてること自体想定外なんだ。二の矢なんて用意するわけないだろ」

「……嘘じゃないみたいだね」

 

 目を覗き込み、そう呟くライキリ。首筋に当てていた刀を退けると、何かが聞こえたのか一瞬顔を上げてから振り向いた。

 チーン、と音を立ててからエレベーターの扉が開く。中から男がゆっくりと歩み出てきた。

 

「お疲れ、漣」

 

 声の主は黒氏だった。ゆっくりとライキリの方へ歩み寄りながら彼に労いの言葉をかける。

 

「帰って早々戦うことになるなんてあんたも災難ねえ」

 

 さもここにいて当然といった振る舞いだが、本来であればまだ嫁と共に慰安旅行の最中である。こんなことに首を突っ込む予定ではなかったのだ。

 しかし、ライキリは首を左右に振りながら口を開く。

 

「大切な娘が攫われたんじゃ仕方ない。そんな状況でゆっくり休んで満喫、なんてことをできる親はいないさ。お前だってそうだろう?」

「それはそうねぇ。ま、アタシに子供はいないんだけど」

 

 その言葉で二人に笑いが起きる。倒れている襲撃者のことなど全く気にも留めていないのか、完全に二人だけの空間に入り込んでしまっている。その空気感に堪えかねた男が何か苦言を呈そうとしたが、それを察知したのか黒氏が異様に鋭い視線で男を一瞥する。

 何か一言でも発したら即座に攻撃するぞという強い意志を感じ取った男は思わず押し黙った。それを見て男から視線を外した黒氏は、腰に手を当てながらライキリへ言葉をかける。

 

「じゃ、こいつはアタシが拘束しとくからさ。漣は行くとこ行きなさいな」

「……大丈夫なのか?」

 

 彼が心配するのも当然だ。思い直せば、この男が知らないというだけで第二波第三波がすぐそこに迫っている可能性も捨てがたい。ここから自身が去って無防備を晒すよりは、たとえ攻撃されなくとも残っておいた方がいいはずだ。

 そんなライキリの指摘に苦笑を浮かべながらこう返す。

 

「赤嶺が隣街の霊装使い何人かこっちに呼び寄せてるみたいだから大丈夫よ。だから、ね?」

 

 それを聞いてライキリは安心したらしい。確かに彼の言う通り、何人かがこちらに向かっているのであれば自分がここに留まっている理由はない。いずれ何者かが襲いに来たところで支部内への侵入に手間取るのは間違いないわけで、そうこうしているうちに霊装使いが到着するはずだ。

 胸を撫で下ろし、黒氏に背を向けてAガジェットを操作する。インクが噴き出し、バイクへと変貌を遂げたAガジェット……Aストライカーのシートをまるで頼むぞ、と言っているようにいくらか叩いた。

 

 そんなライキリへ、黒氏は親指を立ててみせた。

 

「ほら、行ってきな!!」

「あぁ、行ってくる」

 

 短く返したライキリは、ブォンと厳ついエンジン音を響かせ戦場へ向かう。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 ライキリが……漣が渡津海支部を発ってから十分ほど時は過ぎる。

 

 CoRが拠点としていた旅館から、渡津海の街へ繋がる一本道。その道の入口で、星宮はグングニルとして戦っていた。

 

「この先へは絶対に行かせないって何度も言ってるでしょうが!!」

 

 槍を素早く数度も突き出しながらそう叫ぶ。この道の先には救い出した朱莉がいる。覆面パトカーに乗って遠ざかっているはずだが、それも目的地はおそらくバレているはずだ。なんとしてもここの道を通すわけにはいかない。

 そんな硬い決意を胸に戦っているグングニルと対峙している相手は、彼女の刺突を手に持っている短刀で捌きながら言い返した。

 

「え~、そんなこと言われても困っちゃうな~。だって殺せって言われてるんだもん」

 

 その目は殺意に満ちている。朱莉のみならず、彼女がいた場所の周辺に住む一般人すら躊躇うことなく殺すのではないかと思うほどに。

 そんな物騒な輩を、この先へ行かせるわけにはいかない。

 

 グングニルはわずかに見せた隙を逃さず、瞬く間に二度三度と女の体を刺し貫いた。女の体から噴き出る紅い液体。

 

「アハハッ!! うわ~やっぱ刺されるとすごい痛い!! 死ぬかも!!」

 

 などと言い、体を抑えて蹲る女。普通であればすでに絶命の危機に瀕しているはずなのだが、ずっと楽しそうな笑い声を漏らし続けている。

 それもそのはず、彼女はすでに普通の人間ではないのだ。

 

「な~んてね、これも治っちゃうんだな~♪」

 

 腕を大きく広げ、無事をアピールする女。グングニルに貫かれた箇所は服に穴こそ空いているものの、穿たれたはずの肉体は全くの無傷。おおよそ尋常ではない何かが、彼女の身には起きている。

 

「いや~すごいね、戯我の力って。初めはわけわかんなかったけど、こんなにすごい力を手に入れることができるなんてアタシ幸運だよね♪」

「これがヴァンパイアの力、か……。こりゃちゃんなぎも苦戦してるわけだ」

 

 ヴァンパイア。不死身であり、回復力が高く腕や足を切断しても瞬時に再生してしまう戯我。

 凪が対峙している男とは違い、星宮の目の前にいる女はそう作り替えられてしまった元人間であった。望んでそうなったというわけでない、いわゆる被害者の立ち位置にあるわけだ。

 

 しかし、それでもグングニルは躊躇する素振りを一度も見せていなかった。

 

「でも霊装使いとして退くことはできないし、警察としてもアンタから逃げちゃいけないから。なぜかは言わなくてもわかるでしょ、連続殺人の容疑者さん?」

 

 槍を構え、冷え切った声を出すグングニル。それに対し、女はそうだねとだけ言葉を返す。

 

 警察官と犯罪者。

 霊装使いと戯我。

 

 相容れない立場にある二人が、互いの得物を手に。

 静かに殺意を向け合い、相手の出方を伺う。

 

 張り詰めた空気が場を支配していた。




付録之拾肆《オハチスエ》

アイヌの伝承に伝わる妖怪。
アイヌ語で空家の番人という意味の名であるらしいが、実際には家主が狩猟などで出かけていなくなったタイミングで家に勝手に入り込み、挙句棲みついてしまうのだという。
毛むくじゃらの爺のような見た目をしているとされ、アイヌ民族などの一部の北方アジア人が作るとされる魚の皮でできた服に身を包んでいるそうだ。
さらによく切れる刀を所持しており、アイヌの人々や獣を殺傷するとされている。
基本的に凶暴であり、理由はわからないが人の動作を真似るようだ。
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