仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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 白い病室。その部屋の中心にあるベッドで、彼は眠っている。

「……早く起きてよ」

 ベッドの主である凪の手を握りながら、鷹原朱莉は祈るように呟いた。あの戦いから三日ほどの時が経ち、それでもあの時意識を手放してから凪の目は一度も開いていない。
 治療の霊薬をすぐに飲ませはしたが、それでも彼が蓄積させていた疲労を取り除き切ることはできなかったのだろう。死にはしないだろうが、目を覚ますまで数日ほどかかるだろうというのが医療班の見込みであった。

 それでも心配になってしまうのは当たり前だ。彼がここで眠っている時間のほとんどを、彼女は寄り添って目覚めるその時を待ち続けていた。

「起きてくれなきゃどうにかなっちゃいそうだよ?」

 などと言葉を投げかけるが、それでも彼は何も返さない。ただ点滴の落ちる音だけがポタポタと部屋に木霊する。
 あと何日こうして待てばいいのだろうか。もう自分が監禁されていた時間よりも、彼が眠っている時間の方がながくなってしまっている。不安が静かに募っていく。

「そろそろ起きないと本当に針千本突っ込むからね……」

 そう言い、彼女は俯いた。その頭を、誰かが優しく撫でる。
 その感触に朱莉は思わず目を見開いた。この部屋にいるのは朱莉と凪だけだ。他には誰一人いない。

 つまり、頭を撫でたのは。

 期待と不安。それが入り混じった目で凪の顔を見る。
 目と目が合った。大海を思わせる深い青の瞳がしっかりと朱莉のことを見つめていた。

「そんなもんのまされたら……こんどこそしんじまうな」

 数日振りに言葉を発するからなのか、かなり掠れた声で、困ったようにそう言う。
 それに朱莉は何も言葉を返せない。彼が目を覚ましたという嬉しさ。もう死ぬかもと恐れなくてもよいのだという安心感。それらの感情が徐々に涙となって目から溢れ出す。

 凪はそんな彼女の涙を優しく拭いながら、口を開いた。

「おはよ、あかり」
「──うん。おはよ、凪」

 息を整えて、ゆっくりと言葉を返す。

 ここにようやく、LOT側の損失ゼロという結果で決着がついたのである。


第十八頁[彩る未来]

 CoRの残党との激戦を終えてから二週間ほどが経った。

 渡津海市にはそれまでと同じ平穏な日常が戻ってきた。誘拐犯もそれらの親玉もほぼ全員捕まりか死に、戯我たちも先の戦いから鳴りを潜めている。

 

 そんな日常のある朝、凪はある人物を連れて渡津海高校の屋上へやってきていた。

 

「凪……。お前よく生きて帰ってこれたな」

「あんなので死んでたまるかよ」

 

 ぶっきらぼうにそう答え、フェンスにもたれかかった。実際には死にかけていたのだが、やはり友人には大きな顔をしていたいのだろう。

 それを少し察しているのか、会話の相手……白石は苦笑いをしながら彼の肩を叩く。

 

「ま、実際どうだったか知らねえけど無事で何よりだな。友達に死なれちゃ寝覚めも悪い」

 

 実際のところはどうだったのか、そんなことは朱莉に聞けば一発でわかることだ。何も今聞く必要もないだろう。どうせ聞いたところではぐらかされるのがオチだ。

 そう考えながら、彼は凪の隣に座り込んで空を見上げる。思い起こすのは凪たちが経験したCoRの残党との戦いのこと。

 

 凪が白石を連れてここに来たのは、その顛末を彼に話すためであった。彼もこれに巻き込まれた被害者であり、朱莉を目の前で攫われてしまった当事者でもある。

 いくらLOTの関係者でないとはいえ、彼は十分に事の経緯と騒動の結末を知る権利があるはずだ。凪のその考えの結果、文字通り誰にも話さないことを条件に説明していたのである。

 

 戯我という怪物やそれに変異する人間がいて、その集団相手に立ちまわって勝った。まとめればそういう話になるわけだが、白石はそれを飲み込むのにかなり時間をかけていた。

 何せそのうちの一人が、自分の隣で空をぼけ~っと眺めている友人なのだから。

 

「……お前って凄いやつなんだな」

「俺が?」

 

 心底不思議そうな顔でそう聞き返す。あの話のどこに称賛される要素があるのだろうか。自分はただいつも通りに戦っただけであって、別に褒められるようなことなんて何もしていないはず。

 という疑問を受けた白石は、ここに常識の違いがあるのかと少し驚きながら質問を返す。

 

「怪物相手に戦って、ちゃんと倒して帰ってこれんだろ?」

「まぁ並み大抵の連中には負けねえけど」

 

 サラリと言い放つ辺り、今回の戦いも勝って当然という思考だったのかもしれない。

 けれど、それは常人にはできないことだ。

 

「俺は人相手でもできなかったことだからな」

 

 あの時朱莉を守り切ることができていれば、と彼はずっと後悔していた。結果的に彼女が助かったからよかったものの、もしかすれば殺されていたかもしれないわけで。もしそうなっていれば、その原因の一端は自分の力不足にある。

 もし自分にも凪やその仲間のような力があれば。もしあったら、あの時に朱莉を守り切れていたかもしれない。彼女を危険に晒さずに済んでいて、もう少し楽に戦いが終わっていたのかもしれない。

 

 そんな後悔を多分に含んだ自虐を、凪は静かに受け止めた。

 

「次同じようなことがあったら俺が守ってやるから。機嫌治せよ」

 

 白石のような一般人を守ることこそ霊装使いとしての役割だ。以前はその場にいなかったせいでどうにもできなかったが、次こそは二人まとめて守ればいい。何も白石が力を付ける必要もない。

 という意図が込められた発言であったのだが。白石は場を和ませるためなのかその場のノリなのか。

 

「お、プロポーズか?」

 

 などとふざけた言葉を返す。

 それに凪は眉間に皺を寄せながら背後にあるフェンスの高さを確認し始めた。

 

「このくらいの高さなら別に一人くらい持ち上げられるな……」

「あ~ごめん嘘。冗談。イッツファニージョーク」

「二度とそんな戯言吐くなよお前。次はないからな」

 

 ギロリと白石の顔を睨みつけ、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。こんなやつに人生を捧げてやる義理などどこにもない。

 そもそも真面目な話をしたいからここに連れてきたのだ。こんな冗談を言われるくらいなら切り上げて教室に戻ったほうがいい。

 

 はぁ、と呆れたように溜め息を吐いて空を見上げる。そんな凪に、白石はある決意を伝えた。

 

「……俺な、警察官目指そうと思うんだ」

「警察?」

 

 急にそんなことを言い出してどうしたのか、とでも言いたげな表情を浮かべながら彼は白石に聞き返す。出会ってから一年ほどの付き合いの中、今の今まで彼の口から将来の目標を明確に語られたことは一度もない。聞いたとてサラリーマンだのしがない営業だのという乾いた答えしか寄越してこなかったというのに。

 そんな驚きを含んだ凪の問いに、白石は笑いながらこう返した。

 

「お前とはやり方が違っても、誰かを守ることに繋がるだろ?」

 

 凪やその仲間のように、戦うことで守るという方法は確かにある。だが、自分はそれに向いていない。けれど警察になれば、例え配属先が知らない田舎の地域のお巡りさんであれ誰かを助けることに繋がるはずだ。

 

「へぇ、良いじゃねえか」

 

 感心したようにそう言い、白石の肩に腕を回す。

 その表情は、どこかとても嬉しそうで。

 

「知り合いに何人か警察がいるんだ。ちょっと風変わりというか特殊な部署の連中だけどよ、そいつらの話聞かせてやろうか?」

「え、マジでぇ? 激アツでヤバい」

「そいつらが良いよって言えばの話だけどな」

 

 目を輝かせながら食いついてくる白石に、少し困った表情を浮かべながらそう宥める。知り合いの警察、というのも全員魔祓課の人間であって彼の想像している警察像とは少し、というよりかなり離れているはずだ。それでも良いというのなら、これくらいはするべきだろう。

 なにせ彼が入院する羽目になったのは、現場に駆け付けられなかった自分のせいでもあるのだから。

 

 白石は凪がそんな負い目からこの提案をしているとは露程も思っていないのだろう。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべて感謝を真っすぐ伝えてくる。

 

「良いんだよそれで。交渉してくれるだけでもありがてえ。俺ァ本気で警察になるって決意したんだから」

「……そうか」

 

 それを受け取った凪は、やはり嬉しそうだ。彼が何かの間違いで魔祓課に属することになることもあるかもしれない。少なくとも繋がりができるわけで、そうなればその間違いの可能性も高くなるはず。

 いつかは彼と肩を並べて戦ったり、戯我関連の事件に相対することになるのかもしれない。

 

「いつかお前と仕事できる日を楽しみにしておくよ」

 

 あるかもしれない未来。それに思いを馳せつつ彼がそう言ったのと同時にチャイムが鳴り響く。

 

「やべっホームルーム遅れちまう!! 急げ急げ担任にどやされるぞ!!」

「わ~ってるから押すな押すな」

 

 焦った表情を浮かべながら背をグイグイと押してくる白石にそう返しながら、彼は屋上を後にする。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 少し時は過ぎてお昼ごろ。LOT渡津海支部の支部長室にて。

 

「報告書作成、お疲れさん」

 

 パソコンの前で力尽きて項垂れている赤嶺の前に、漣がコーヒーを差し出した。それにありがとうと返して赤嶺はコーヒーを手に取りそれを口にする。

 

 彼はあの戦いが終わってからの二週間もの間、被害や敵の意図などを詳細に記した報告書の作成に追われていたのだ。それに加えて渡津海支部職員に対する指揮や他の支部との連絡も並行しておこなっていたのだから、その疲労は押して知るべしだろう。

 

 漣はその努力と汗の結晶である報告書を斜め読みしながら、感慨深そうに呟いた。

 

「あの時捕まえられなかったCoRの残党共の身柄は拘束できたし、一番思想的に危険だった朝木も息子が殺した。これでようやく脅威が去ったわけだな」

 

 十数年前、同じように血みどろの戦いを経て崩壊させたはずの組織。それらのうち何人か逃がしてしまったことがきっかけで、この騒動は起きている。

 自分たちの代で完全に終わらせられなかったというのは反省すべき点なのだろう。だが、喜ぶべき点は一つある。

 

「誰も死ななかったのが大きいわね。星宮ちゃんなんて一晩眠ったらもうピンピンしてたわよ」

 

 そう。渡津海支部側に死人が出なかったことだ。攫われた朱莉は星宮によって救出され、その星宮は少しひどい筋肉痛に襲われた程度で済んでいる。海斗も右腕の前腕部を骨折し、足も酷使したせいで数日は動けなくなったがその程度でなんとかなっていた。

 一時死線を彷徨っていた凪も目を覚ましたし、LOT渡津海支部にとってはこれ以上ない結果と言ってもいいだろう。

 

「まだまだ経験も浅いし技術も粗削りなのに、すごいことよね」

 

 嬉しそうに笑いながらそう呟く黒氏。彼の言う通り、今の凪たちは訓練を重ねてきたとはいえどまだ経験の浅い若手だ。それがこのような戦いに誰一人欠けることなく勝利を収めるとは。

 

「最盛期の僕たちより強くなるかもしれないね」

「喜ばしいことねぇ」

「まったくだな」

 

 期待を滲ませつつ、口々に同意を示す。このまま順当に行けば、彼らはこれから先も並大抵のことでは負けることのない実力者になるはずだ。そのまま生きて現役を引退して、自分たちのように若い芽を育てられるような人間になってくれたなら。

 きっと、この街は安泰だ。

 

 そう考えつつ、皆一様にソファへ座り一服を時間を楽しんでいると。

 

 ガチャリ。支部長室のドアが開いた。

 

「支部長、いる…………というか全員お揃いだ」

 

 入ってきたのは海斗だった。まさか支部長どころか黒氏や漣まで揃っているとは思わなかったのか、少しだけ目を丸くしながらソファの空いているスペースに腰を下ろす。

 ふぅ、と一息吐いたのち、自身に怪訝そうな視線が集まっていることに気が付いた。おおよその理由を察知した彼は、心外だとでも言いたげに眉を潜めながら先にその疑念を否定する。

 

「先に言わせてもらうけれど、決して学校をサボったとかそういうあれではないから」

「ならなんで平日の真昼間にここにいるの?」

「実は創立記念日でね。学校が休みなんだよ」

 

 私立の学校によくある類の休暇だ。それで納得したのか赤嶺たちからの疑念を孕んだ視線は消え、代わりに不安や心配のそれへと変わっていく。

 

「体の方は大丈夫か。もう戦えるか?」

 

 赤嶺が皆を代表してそう問うた。あの戦いの後、ピンピンしていると自ら豪語した星宮を除く二名には無期限の休暇を与えた。体が完全に回復し、本調子になるまでの間は大人しくしていろという赤嶺の圧である。

 その休暇が終わる瞬間は、本人から完全復活したという申告があったとき。

 

「もうバッチリだよ。足も痛みなく普通に動かせるし、腕の骨折も霊薬のおかげでなんとかなったしね」

 

 自慢げに関節を動かして無事をアピールする海斗。単に言い忘れていただけらしい。完全に本調子へと戻っている。

 それを見て嬉しそうに微笑んだ赤嶺は、彼に手を差し出した。

 

「なら明日から戦線復帰だ。今まで通り、よろしく頼むぞ」

「もちろん」

 

 赤嶺の手を取り、がっちりと握手を交わす。

 

 数回上下に振って満足したのか、海斗はゆっくりとその手を離すと今度は彼が赤嶺に疑問をぶつける。

 

「それで、新型のリキッドは来るのかい?」

「……むぅ」

 

 新型のリキッド。他の支部に少しずつ送られているらしいそれを、彼は使いたいらしい。どういう能力を秘めたものであれ、それがあるのとないのとでは多少なりとも戦力に差ができる。

 もしそれがあるなら、今後この街に再びCoRのような組織が襲ってきたとしても今回よりは楽に終わらせられるはず。

 

 というのが海斗の主張であった。それを全て聞いたうえで、赤嶺はゆっくりと首を横に振る。

 

「正直な話をすると、一切わからんというのが答えだ。うちより優先的に配備するべき箇所があるのならそちらに回されるだろうしな。そのうち来るのかもしれんが、まぁしばらくの間は来ないだろうな」

 

 あちらこちらから上がってきている報告書を読む限り、ここ以外にも面倒ごとを抱えている支部はいくつかあるようだ。ならば、すでにそれを解決しているここの戦力を増強するよりは、その面倒ごとの対処に当たっている支部の戦力を増強するというのが合理的な判断である。

 ゆえに、すぐには来ない。それが赤嶺の結論であった。

 

「う~ん、それじゃあ仕方ないか」

 

 どこか納得いっていない様子ではあるが、彼はその答えを飲み込んだ。もしそれが必要になったら送ってもらえばいいだけの話。今はまだ、そうするべき時でないということだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、一度部屋を見渡した。

 

 そういえば、このメンバーが揃っているというのにあの人物がいない。

 

「そういえば星宮さんは?」

 

 大人陣が揃っているのなら、普段であれば彼女も同席しているはずだ。黒氏がここにいて星宮がいないなどという状況はあまり見たことがない。

 一体どうしたのだろうか。

 

 その疑問に答えたのは黒氏だった。

 

「幼馴染がこっちに帰省してるらしくてね。一緒に出掛けてるんですって」

「色恋沙汰ってわけか……」

「目一杯お洒落して、一番可愛い私を見せるんだって張り切ってたのよ~。可愛いわよね~」

 

 そう語る彼はニタァと下衆い笑みを浮かべていた。普通の上司というのは部下の恋路にそこまで興味を持つものなのだろうか。それとも黒氏がそういった物事を好んでいるどうしようもない上司なのだろうか。

 そんな疑念を抱きつつ、チラリと赤嶺と漣の顔を見る。

 

 完全に呆れた表情を浮かべている。これは完全に後者だ。黒氏がだらしないだけだ。

 そう確信した海斗が引きつった笑みを顔に張り付かせていることに気付かず、黒氏はなおも気味の悪い笑みを浮かべながら海斗に指を差しどういうわけか忠告し始める始末。

 

「電話とかして邪魔しちゃダメよ、海斗くん。馬に蹴り殺されちゃうから」

「そんな無粋な真似しませんよ。馬以前に星宮さんに殺されます」

「わかってるじゃない。一緒にあの子を見守りましょうね」

 

 嗚呼、ここに凪がいたならば。彼がここにいたなら、今の黒氏に対して気持ち悪いと言い放ってくれるだろうか。

 せめて助け船くらいは出してくれるだろう。

 

「助けてくれ、凪……」

 

 掠れた声で絞り出したそれは、当然ながら凪本人に届くわけもなく。

 しばらく調子に乗ったままの黒氏に付き合わされる羽目になるのであった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 夜。辺りがすっかり暗くなった頃。

 普段なら蒼月家宅に誰もいないはずのこの時間に、凪と朱莉は二人隣合わせに座って過ごしていた。

 

「そういえば白石のやつ、警察になりたいらしい。朝そう言ってきたんだよな」

 

 話題はあちらこちらへと飛んで飛んで、白石の夢へと行き着いた。

 それを聞いた朱莉は少し驚きながらも肯定的な反応を見せる。

 

「あの子ならきっとなれると思うよ。私が狙われたとき、迷うことなく守ろうと動いてくれたから」

 

 思い出すのは攫われる直前のこと。男たちに腕を掴まれた瞬間、躊躇うことなく彼らの顔に向けて全力のパンチを放っていた。体格差もあり喧嘩や戦闘の経験もろくにない彼が勝てるはずもないのは当然だが、それでも決死の覚悟で朱莉を守るために戦おうとしてくれていた。

 そんな優しさと勇気を持つ彼ならば、きっとなれるはずだ。

 

 朱莉のその言葉に凪は首肯を返し、そしてある疑問をぶつけてみる。

 

「魔祓課の連中に会わせて話を聞かせてやろうかなと思ってんだけど、どう思う? 星宮はともかく黒氏はちょっとあれか?」

「ウ~ン、悪い人ではないんだけどね」

 

 黒氏は一応魔祓課の課長である。その肩書に恥じない真面目さと誠実さを持ち合わせていて、一応警察としてはお手本のような人間のように見える。だがその実かなりのお調子者で、気を抜いても許される場だと認識した途端に化けの皮が剥がれ落ちるわけだ。

 もし白石との会話中にそうなったとき、彼が警察に対して抱いているイメージが崩れるのではないか。それを凪は危惧していた。

 

「おふざけ一切なしで~って頼めばワンチャンあるか~?」

「まぁさすがに警察志望って言ってる子の前でふざけだすことはないと思いたいけど……」

 

 苦笑を浮かべてそう口にする朱莉。彼女も百パーセントふざけないだろうと断言はできない。少しだけ不安は残る。

 う~んと唸りつつ、彼が出した結論はこうであった。

 

「……ま、そうなったらなったで締めればいいか」

「怖いこと言うね」

 

 もし暴走したら殴るなりなんなりして止めればいい。この手に限る、と言わんばかりに手をにぎにぎし始める凪に朱莉は困ったような表情を浮かべながら彼の肩に手を置いた。

 

「……せっかく攫われたときの話が出たわけだし、ここで言わなくちゃね」

「はい?」

 

 目を伏せ、なにやら覚悟を決め始める朱莉に凪は思わず困惑する。そういえば自身が起きてから今日までの間、不自然なほど朱莉の口から騒動のことについての話を聞かない。当然報告書作成の関係から支部ではあれこれと話していたのだろうが、凪の前では全くと言っていいほど言及してこなかった。

 凪からあれについて言うことも特にはなかったし、これまで放置してきたわけだが。

 

 その凪の不安を他所に、朱莉は意を決したように凪の顔を真っすぐ見つめ、そして頭を下げる。

 

「……私のせいであんな危険な目に遭わせちゃってごめん。本当にごめんね」

 

 あんな無茶な戦いになってしまったのは、自分が攫われてしまったからという一言に尽きる。もし攫われていなければ、もっと入念に準備をしたうえで彼らと激突することになっていただろう。

 そうなれば、凪があのような命を削るような戦い方をせずとも良かったかもしれない。凪が数日間も病院のベッドの上で昏睡状態に陥ることもなかったのかもしれない。

 

 そもそも、彼が戦う理由は朱莉のためだ。自分さえいなければ、こんな目には……。

 

「一体なに言い出すかと思えばそんなことか」

 

 朱莉の思考を遮るように、凪はそう言って笑い声を漏らす。一体全体どこに面白い要素があったのだろうか。

 人がせっかく罵倒される覚悟を決めて謝ったのだというのに。

 

 そんな抗議の視線に気付き、凪は咳払いを一つして笑うのをやめた。確かに失礼だったかもしれない、と思い直したのだろう。

 真剣な眼差しを向け、諭すように語り掛ける。

 

「朱莉が攫われてようが攫われていなかろうが、遅かれ早かれ結局はああなっていたさ。そもそもお前は被害者であって謝るような事柄は何一つとしてないだろ」

「そう、だけど」

「そうだろ? だからこの話はこれで終わりでいいの。いらねえ後悔なんて捨てちまえ」

 

 ポイっと何かを投げ捨てるような仕草をして彼は優しく笑いかける。事実、あの一件で悪いのは完全にCoR側の人間であって朱莉に非なんて一切ない。だから凪からすれば彼女は謝る理由もないしその必要もないわけだ。

 それに対して朱莉はどこか納得がいかない様子。

 

「……それはそうかもなんだけどさ。それでも謝りたいんだ」

 

 目を少し逸らしてそう言った。

 

「今回だけじゃない。私が苦しんでるとき、いつも凪は助けてくれて。それなのに私は今まで何もお礼らしいお礼をしてあげられなくて。これって不公平じゃん」

 

 彼女の言う通り、朱莉から凪に何かをしてあげたということはあまりない。あったとしても家事の一部を負担するとかその程度のことであって、それでは今回のお礼にはまるで相応しくないはずだ。

 もらってばかりで返すことのない関係性。これを不公平と言わずなんと言おうか。

 

「そうか?」

「そうだよ」

 

 全くピンと来ていないらしい凪に語気を強めてそう返す。これでは彼がこの感情を理解するのはまず無理だろう。それが当たり前だと思ってここまで一緒に生活してきた弊害が、今になって朱莉に牙を剝いていた。

 

「凪はさ、私にしてほしいこと何かないの? なんでもやるよ?」

 

 溜め息を吐いてから彼女はそう尋ねる。ひとまずはこれで礼代わりにしておいて、それでも足りないと思ったのならもう一度。それの積み重ねで恩を返していこう。

 そんな朱莉の思惑を、凪は彼女の想定外の答えで砕いてしまった。

 

「……俺はお前が幸せに生きていてくれたらそれでいいかな」

 

 あまりに謙虚。あの服がほしいだのこの機材を買ってくれだの、調子に乗ってあれこれと要求してくるだろうという腹積もりだったのにこれでは意味がない。

 もう一度考え直して、と口にしようとするが凪はそれを手で遮った。

 

「お前はもう壮絶な経験を二度もして、そのうえ十分過ぎるほどの絶望を味わったろ。だから、これからはもうそんなものとは無縁な人生を生きてほしいんだ。遠い未来、お前が死ぬときに生きていてよかったと思えるくらい、幸せに彩られた人生を」

 

 それは純粋無垢な祈り。朱莉の過去を知り、苦しみを知り、そして寄り添い続けたからこそ言えることだ。それ以外に彼女に願うようなことなど、何一つとしてあるはずがない。

 ただ、幸せに生きていてほしいから。

 

 真っすぐで、裏のない願い。

 それを聞いた朱莉は、少し顔を赤らめさせながら噴き出すように笑いだす。

 

「……な~んか、遺言みたい」

「やめてくれよ縁起でもない」

 

 凪は真面目に言ってるんだぞ、と言いながらそっぽを向いた。その耳がほんのわずかに赤くなっていることに、朱莉はすぐに気付いていた。

 それを弄ってやろうとニマニマしながら言葉を発そうとしたが、それよりも先にヤケクソ気味になった凪の一言に遮られる。

 

「あ、でも朱莉の飯は食いたいな。美味いから」

「え~、それでいいの?」

「むしろそれがいい」

 

 三途の川を渡りかけたときに感じた未練がそれだった、とは口が裂けても言えるはずもなく。あれこれと誤魔化そうと言葉を探したが、朱莉から追及されることはなかった。

 ただ、ふ~んと意味ありげに返されるのみで。

 

 これでこの話題を終わらせられたのだろうか。凪は安堵し、胸を撫で下ろす。それらしい願いなどすぐに浮かぶはずもなく、どうせ何を言おうと文句を言われるのがオチだろう。そんな面倒極まりない話題をこれで回避できたのならありがたい。

 ふぅ、と静かに息を吐いてN-フォンを取り出した。冷静を装うためであって、特にこれといった用はないが。

 

 そんな凪に、朱莉はある疑問をぶつける。

 

「突然私の前からいなくなったりしない?」

 

 以前言いそびれてしまった言葉。もう大切な人を失うのはごめんだ。それが例え死別ではなく、単に離れ離れになるだけだったとしても。

 少なくとも凪との別れは耐えられないだろう。彼が隣にいない未来など、朱莉にとって幸せと言えるはずがない。

 

 もし、もしそれを約束してくれるのなら。隣にいることを彼が許してくれるのなら。

 

 不安と期待。それが入り混じった朱莉の目を、彼は真っすぐに見つめる。

 答えは最初から決まっている。それを言い淀む理由などない。

 

「その予定はないな」

 

 彼女から離れるときは、彼女が一人で生きていけるようになったその時か生涯を共にしていいと思える相手と出会えたその時だけ。それまでは、彼女の隣で支えていく。

 あの夢の中で、彼女の家族に誓ったように。

 

 それを聞いた朱莉は、頬を紅潮させていくらか黙り込む。

 その後、そっか~などと呟きながら天井を仰ぎ、そして呟いた。

 

「なら、私はずっと幸せかもね」




《付録之拾漆》鷹原家

 朱莉の家族。ある日の夜に父と母、兄は戯我に襲撃されて命を落としてしまったが朱莉は封魔司書と奇跡的に遭遇したため生き延びることに成功した。
 彼らは死んで以降、三途の川の畔で彼女のことを待ち続けている。

 ただひたすら、彼女の幸せを願いながら。




これにてライキリは最終話となります
スピンオフ制作を了承していただき、毎話毎話確認してくださった正気山脈様。
この作品をここまで読んでくださった皆様。
お付き合いいただきありがとうございました。
また別の作品でお会いいたしましょう。
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