仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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第二頁[紅蓮の鷲は夜明けを告げる]

 今から何年前のことだったっけか…。多分九年前だと思うんだが…まあとりあえずは大体それくらい前に起きた出来事の話だと思ってくれたらいい。

 

 九年前くらいというとまだ小学校に上がって一、二年しか経っていないような頃だ。

 性格も考え方も何から何まで今とほぼ同じで、今とその過去で違うのは体付きと家に帰って両親がいるかどうかということ。

 

 家に両親がいない、というのも、別に両親が死んだとか失踪したとかそんな暗い理由じゃない。

 二人で一緒に海外に行った。ただそれだけの話だ。この間コロッセオに観光なう〜などと言って二人のツーショットを送りつけられたから、恐らくはイタリア半島……というかヨーロッパのどこかにいるんだと思う。別にあの二人がどこに居ようと知ったこっちゃないが。

 

 なぜ俺が日本に残されたかという質問に対する答えは単純で、俺が日本に残りたいと駄々を捏ねまくったからだ。両親が勝手に出ていったとかそんなことは一切ないし、むしろ一緒に行かないかと何回か誘われている。まあ即座に拒否したが。

 現地の言語が何にもわからん状態で生活しろと言われて、はいわかりましたと頷けるほど俺は素直じゃない。それに日本食が食えなくなるのはまっぴらごめんだ。

 

 そんなわけで今は俺がこの家の主になっている。ローンの名義やらそれ関連は流石に親父持ちだが……まぁそれはいいとして。

 

 二人が海外に何をしに行ったか。ただ旅行というわけではなくて、仕事で派遣されたのだ。

 俺がLOTに入っていることから察しがつくかもしれないが、俺の家は昔から戯我退治を職としているのだ。もちろん俺の両親も例外ではない。

 特に親父に至っては渡津海支部に所属した霊装使いの中で一番強いんじゃないか、とかそんなような噂がかなり多い。おかげでそういった話は職員からうんざりするほど聞かされた。

 父がとんでもなく強い、というのは俺の身を以て学んでいたから、職員たちからまるで自分のことのように自慢げに聞かされる度にその話もう勘弁だわ、と思っていたものだ。

 

 そんな感じだったせいで親父がそんなんだから息子の俺も、となるのは何もおかしくない話なわけで。親父の抜けた穴を埋めるように俺が霊装使いになることが決まった日に送られた、渡津海支部職員たちの期待に満ち溢れた眼差しがプレッシャーと化して腹を下したのは今となってはいい思い出だ。

 

 閑話休題。

 

 まあ兎にも角にも、そんな家庭に生まれたのだから両親が夜に家を開けて一人で留守番、というのは俺にとっては当たり前のことだった。

 そこまで両親にべったりってわけではなかったし、当時からN-フォンを渡されていたからそれで動画投稿サイトなんかを梯子して眠たくなったら寝る、という生活をするのが常だったから寂しさを感じることなんてなかった。

 

 その前日の夜も満足するまで動画を見たり音楽を聴いたりしてから布団に潜っていた。

 カーテンの隙間から差し込む朝日の光で目が覚め、若干寝ぼけつつうるさいアラームが鳴る前に目覚ましを切り、掛け布団を蹴り飛ばして体を起こし、グイーッと大きく体を伸ばす。

 部屋にかけられた時計を見ようとして視界を横に振って時間を確認する。まだ六時を過ぎたばかりだったが、いつも母親に叩き起こされる時間はとうに過ぎていた。

 

 そこはかとない違和感。だが、学校だろうが休日だろうが関係無しに叩き起こしてくる母にしては珍しいこともあったものだ、と少し得をしたような気分で着替えを取るために部屋に置いてあった箪笥に手をかけた。

 その時だ。

 

「うわあぁああっああぁあぁぁ!!!」

 

 母の部屋から聞いたこともないような泣き声が聞こえてきた。というかそもそも母のそれでないことはすぐにわかった。

 

 何事かと思って断りを入れずに母の部屋に向かい、部屋のドアノブを捻る。普段そんなことをしようものなら一瞬でお叱りの声が飛んでくるところだが、今回は飛んでこなかった。只事でないのだと認識せざるを得なかった。

 刺激しないようゆっくりと、そのドアを開け部屋の中を見て、俺の頭は固まった。

 

「いや! いやぁああぁああ!!」

「大丈夫、大丈夫だから! ね! 落ち着いて!」

 

 俺と同年代くらいだろうか。大粒の涙をボロボロと溢れさせながら泣き叫ぶ紅い髪の見知らぬ少女と、それを豊満な胸に優しく抱きしめながら必死になって宥める母の姿。

 その少女が誰なのか。なぜ家にいるのか。どうして泣いているのか。何一つとしてわからなかったが、尋常ならざる事情があるのだろうということくらいは察せられた。まぁ俺の頭は思考停止していたわけだが。

 

 母は俺がドアを開けたことに気付いている様子はなく、その意識は軽いパニックを起こしているらしい少女ただ一人に注がれていた。

 妬いたというわけではないが、俺はあんなことをされた記憶がまるでなかったから、母もああいうことをするんだという驚きを感じると共に、その少女の髪の毛の色を見て綺麗な色だなぁなどと思ったのを覚えている。今思えば呑気にも程があるが。

 

「凪。話があるから少しリビングに来てくれ」

 

 母の部屋の前で立ちすくんでいた俺を父がリビングから手招きしながら呼ぶ。俺はそれに頷いてからリビングに向かって父親の前に座った。

 

 どこか暗い雰囲気を醸し出す父。母も父も二人してどうしたのだろうか。

 

「あの子は一体誰なんだ……?」

 

 ようやく再起動したらしい頭を必死に動かして、絞り出すような声で父に問いかけた。

 父は何度か言い淀んで、なぜか悔しそうに手を強く握り締めながら、掠れた声音で俺に告げる。

 

「あの子は、鷹原朱莉ちゃんは……今日から私たちの新しい家族だ」

「……は?」

 

 その日、俺の部屋が少し狭くなった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ウェアウルフ・ギガを倒してから数日後。凪と朱莉は渡津海図書館に立ち寄っていた。

 もちろん書物を借りるためだとか勉強のためだとか、そんなまともな理由ではない。目的は秘密裏に地下に設けられたLOT渡津海支部である。

 

「うわばみに呼び出されて来たのはいいが……どうにも嫌な予感がするんだよなぁ」

 

 凪はそんなことをボヤきながら職員用のエレベーターに乗り込み、懐から取り出したカードをかざす。行き先を示す矢印は本来なら指すはずのない地下を向いてエレベーターは下降し出した。向かう先はLOT渡津海支部。

 こうしないと支部に入ることができないのだ。一般人が迷い込んでしまう事態を防ぐためなのか、こういった形で出入りする支部がかなり多い。

 

 普通の人間であれば驚いて狼狽するのだろうが、ここに日常的に通っている彼らがそんな状態に陥るわけがない。

 

「前々から思ってたんだけどさぁ。支部長のことうわばみ呼ばわりするのやめません?」

「えぇ? 実際うわばみなんだし間違ったことは言ってないだろ」

「んまあ否定はできないけども」

 

 雑談しつつ何食わぬ顔でエレベーターを降りる。そこに広がっているのは地上にある図書館に匹敵する広大な施設であり、凪や朱莉と同じ黒い軍服を纏う人間が歩いている光景だ。

 

「考えてもみろよ。禁酒期間設けたっつってまともに守ったことねえし、日中だろうが夜中だろうがお構いなしに酒飲んでんだぞ? うわばみ以外の何物でもねえじゃねえか」

「だからって上司をうわばみ扱いするのはヤバいって」

 

 凪の言葉に苦笑しつつそう返す。しかし凪は「別にいいっしょ〜」などと気楽に宣いながら廊下の先に見えた人影に手を挙げる。

 

「お前が俺たちより先に着いてるなんて珍しいこともあるもんだな、海斗。いつも俺たちより遅えのに」

 

 ニヤニヤしつつその人影━━少年に話しかけた。海斗と呼ばれた灰緑色の髪を持ち、四葉のクローバーのネックレスを首から下げるその少年は不服そうに眉を顰めると

 

「学校が君たちより遠いんだから仕方ないだろう。何も凪のように来るのを渋ったり寄り道してるわけじゃないんだけどね」

 

 と反論して少し凪を睨んだ。

 その少年の名は緑谷 海斗(ミドリヤ カイト)。凪や朱莉と同じくLOT渡津海支部に所属する封魔司書の一員であり、また彼らと同年代の学生である。

 

「さも俺がここに来るのを面倒くさがってるみたいな言い方するのやめてくんね?」

 

 凪は海斗の反論にそう返して自販機で買った炭酸を飲みくだす。が、後ろから朱莉が何言ってんの、と言って追い討ちをかけ始めた。

 

「実際めんどくさがってたじゃん」

「ちょっと朱莉さん? あなた俺の味方じゃないんですか?」

 

 予想外の裏切りに焦り出す凪。海斗は朱莉の言葉を聞いて自分の予測が正しかったことを確信し、

 

「ほら見ろ。僕は朱莉さんほどじゃないけど君のことをよーく知っているからね。嘘は通用しないと思った方がいいよ」

 

 と言って勝ち誇った。凪はあからさまに嫌な顔を見せ、床に視線をやって肩を落とす。

 

「気色悪いこと言うなよ……。というか朱莉が俺に詳しいのは当然のこととしてだな、お前に関しては脳内で勝手に解釈してそれに当て嵌めてるってだけで俺のことを知ってるってわけじゃねえだろうが。調子乗んなバカタレ」

「いでっ……。毎回疑問に思うんだが君はなぜ僕に拳骨を落とすんだい?」

 

 鈍い音を響かせた頭を摩りながら凪に言葉と目線で抗議を訴える。凪は悪びれる様子もなく「あ?」と言うと一つ大きなあくびをして

 

「そりゃお前がバカなことほざくからだろ。ほら、バカなこと言ってねえでウワバ……支部長んとこ行くぞ」

 

 と言って逃げるように歩き出した。朱莉と海斗は目を見合わせてから優しげに、そしてどこか呆れたように笑い彼の後を追うように歩き出す。

 

「気のせいなら別にいいんだけどさっき支部長のことウワバミって言いかけなかったかい?」

「気のせいだろ」

「いや気のせいじゃないでしょ。エレベーターの中でウワバミ呼ばわりしてたのに」

「朱莉さんなんか今日俺に厳しくない? なんで?」

 

 くだらない会話をしながら歩く三人を微笑ましく見守る渡津海支部の職員達。三人がバカな話をしながら廊下を歩くのはここの職員にとっては日常であり、仲良し三人組として見られている。当の凪本人は海斗のナルシストな部分を嫌っているわけなのだが。

 

 そうして歩いていくに連れて口数が徐々に減っていく。支部長室に呼び出されたときというのは、大抵悪い知らせがあることを三人は身に沁みているからだ。

 支部長室の前に辿り着き、凪は少し躊躇ってからそのドアを開けて中に入る。

 

「おーい来たぞ支部ちょ……ちょっと待て昼間っから何飲んでんだ」

「大人のジュースってやつだな」

「ハッキリ言えよ酒だろそれ」

「ああ、そうさ。おっとそんな熱烈な視線を送られてもお前らにはやれんぞ。そんなことやろうもんならお前ら共々社会的に抹殺されちまう」

 

 凪の指摘に支部長と呼ばれた男性は杯というには少々大きなものを上げてみせる。支部長室には一人の男性と長机、そしてその上に置かれている日本酒やワイン、ウイスキーなどの酒瓶の数々。

 凪はそれらをなんの疑問もなく机の上に広げている男性に対して見下すような視線を送ってすかさず言い返す。

 

「酒なんか言われなくても飲まねえから安心しろ。お前みたいな大人にはなりたくないんでね」

「ずいぶん辛辣だな。一応お前の上司なんだがね」

「それはどうでもいいとして確か禁酒期間じゃありませんでした? まだ二日目だったはずじゃ……」

 

 朱莉が机の上にある酒瓶を仕舞いながら男性に聞いた。禁酒期間ということを証明するかのように酒類を収納する場所には、達筆な文字で禁酒中と書かれた和紙が貼り付けてある。既に破れているので貼り付けてあった、の方が正しいかもしれないが。

 

「そういやそんなこと言ってたっけな」

「おいおい」

 

 凪は忘れてたわ、などと言って笑う男性に大きくため息を吐いてから「あのなぁ」と声を出す。

 

「マジでしっかりしてくれ仮にも支部長なんだからよ。他の支部の封魔司書が見たら失望するんじゃねえの?」

「おっとこりゃ手厳しい一言だな」

 

 ハハハ! と男性は大声で笑い、凪たちはそれに呆れて大小様々なため息を吐く。

 この男、赤峰 諒也(アカミネ リョウヤ)は渡津海支部を牽引していく立場にあるはずの支部長であり、凪にウワバミ呼ばわりされるのも仕方ないレベルの酒飲みである。

 

 はっきり言って支部長という地位にいる人間がしていい行為とは考え難いが、渡津海支部の人間にしてみればそれが通常である。実際には何度禁酒するよう言われようが医者からどれだけ忠告されようが、全く改善する気配がないため諦めているだけなのだが。

 本人曰く「指揮系統に支障が出たら困るから禁酒しようとしてる」とのことだが、渡津海支部でそれを信じる者はいない。四日以上続いた試しが一回もないからだ。

 

 諒也は杯の中を満たしていた酒をグイッと呷り、小さく息を吐いてから

 

「お酒談義はここまでにしといて、さっさと本題に入るぞ」

 

 と言ってN-フォンを操作し長机に渡津海市のホログラムを映し出す。山にある溜池とその山に入っていく道に一つずつ赤い点が打たれており、諒也はその二つを指差しながら

 

「簡潔にいうとこの二つのポイントで何人か民間人が行方不明になった。どの被害者とも連絡が付かなくなっている上に、山に打ってあるポイントにある溜池管理所に至っては放火された痕跡もあるし、何より壁がところどころ破壊されている」

 

 N-フォンをタップして渡津海市のホログラムから破壊された溜池管理所の写真に切り替える。黒焦げ状態になっているそれを見て凪は「うわ丸焦げじゃねえか」と思わず言葉を漏らし、

 

「一応聞くが人間がやった過激な悪戯とか嫌がらせの類じゃないんだろうな? まあ俺たちに話が来る以上は戯我案件なんだろうが……」

 

 と確認を取る。俗に言う放火魔というやつの仕業ならばわざわざ自分たちが動く必要はない、とでも考えているのだろう。あくまでLOTは戯我関係のことを対処するというだけで犯罪者をとっ捕まえるのは警察の専売特許である。無論、その犯罪者がモンストリキッドを使用するようならLOTも動くことだってありうるが。

 赤峰は酒を盃に注ぎ、それを少し煽ってから

 

「当たり前だ。第一これは魔祓(まばらい)課から回ってきた話なんだからそんな馬鹿げたことがあるわけなかろうに」

 

 と凪の意見を一蹴し、それは聞いた凪は

 

「魔祓課からぁ?」

 

 と赤峰からの返答に素っ頓狂な声を出す。

 

 魔祓課、正式名称を特殊犯罪対策課という戯我のような怪人・怪物の捜査と対策を行っている警察の中に設けられた組織であり、集めた情報をLOTと共有し事態の対処に当たっている。

 そんな組織から舞い込んできた話なのだから嘘八百というわけがない。

 

「あの人らから来た話、ねえ……。だったらあっちで対処出来ないのか? 面倒くさいからとかいうふざけた理由でこっちに回してるってわけじゃねえのはわかるけど」

「彼らは川沿いに住む人たちが忽然と姿を消して行方不明になってしまう、という超常現象の調査に手が離せないらしい。事実、海斗が怪我して休養に入る前から被害が出続けているのだから優先順位はそちらの方が先だと判断したんだろう」

 

 そこで言葉を切り、酒を杯に注いでそれを口に含む。

 

「それにあっちの霊装使い……黒氏(クロウジ)のやつもそれの捜査で忙しいときた。前飲みにいった時人手不足だとか言って嘆いてたから大変だろうな」

「それで僕たちに話が来たってわけですか」

「彼らに無理させて潰すわけにはいかんのでな。もしそうなったらうちの活動にも支障が出ちまう」

 

 そうして話を締め括り、長机に表示していた写真を消してから残っていた酒を飲み下して指令を出す。

 

「緑谷 海斗。お前にはこの二つのポイントに現れた戯我の調伏任務を与える。蒼月 凪は魔祓課と協力をして川沿いの住民を襲っている戯我を調伏しろ。いいな?」

 

 最後にゲップを一つかまして咳き込んだ。なんとも締まらない空気になったが、いつもなら茶々を入れるなり呆れて苦言を呈しているだろう凪が難しい顔をして考え込んでいる。

 その様子に違和感を覚えた朱莉は凪の顔を少し覗いて

 

「さっきから考え込んでるけどどした?」

 

 と問いかけた。一斉に視線が凪の方へと向けられるのを感じつつ、凪は手をあげて提言する。

 

「なあ、俺も海斗に同行していいか? というかさせてもらう」

「ん? なんで?」

「なにか嫌な予感がする。どうせ今日まで捜査して何も掴めちゃいないんだ、俺みたいなのが一日抜けたところで大して変わらねえだろ」

「そうか……」

 

 ふむ、と熟考し出す。普段は滅多に指令に対して反対することがない凪にしては珍しいことで、彼の予感というのが高確率で当たるというのを知っている諒也は「確かに一日抜けたところで変わらんか……」などと呟いてから彼の提案を飲むことにした。

 

「魔祓課にお前を送るのは俺が勝手に考えた案なわけだし黙っときゃ流れていく話だな。そういうわけだ、二人で二つの地点で人を襲った戯我を調伏しろ。朱莉はいつも通りここから指示を出してサポートしてやれ。いいな?」

「りょーかいでーす」

 

 朱莉が発した間の抜ける声を最後にその会議は幕を閉じる。

 他の支部であればここから作戦会議に入ったりするのかもしれないが、この二人は今に至るまで作戦のさの字も立てたことはない。そもそもとして協力して任務に就くことが少ないというのもあるが、それ以上に大抵はその場の勢いでなんとかなるからである。

 これからもその場の勢いで調伏できるか否かは……彼ら次第である。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 暗い闇の中、山の中腹に化け物の大きな異形が一体、小さな異形が十数体ひしめいていた。

 

「ケケケ。何故だが知らないが人間がよく入り込んでくれて助かるぜ」

 

 大きな影が手放すは色を失った人間。地面に触れて音を立てずに崩れ落ちる。

 小さな影たちも逃れようともがく人間の上に群がり、人間が悲鳴を上げる前に色を貪り喰らい人間は崩れて消えていく。

 

「まあなんだかわからんが、勝手に俺らの縄張り(テリトリー)に迷い込んでくれんならありがたいもんだなァ」

 

 満足そうに舌舐めずりする大きな影。それとは対照的に腹を摩る小さい異形。

 

「おかげで楽して生きていけるぜ! でもまだ食い足りないな……襲いに行かねえか?」

 

 そう提案した小さい異形の頭にどこからか投擲された短刀が突き刺さり、血飛沫を上げるようにインクを撒き散らしながら地面に倒れていく。

 大きな異形は短刀が飛んできた方向に目をやり、その茂みを飛び越えてきた何かの姿を認めるや舌打ちをして毒突いた。

 

「おいおい何かと思えば封魔司書かよ!? 野郎共もう察知してやがったのか!!」

「その通り! 君たちを調伏しに来たのさ」

 

 そう言って不敵に笑うのは海斗。彼のレリックライザーは既にベルトに装着されている。いつでも変身して戦える状態だ。

 隣で戯我の集団を一瞥した凪は変身しようとする海斗を制止し、うーんと唸ってから一言。

 

「小鬼の大群と鵺、ねぇ……。多分俺らが調伏するよう言われたのこいつらじゃねえぞ」

「そうなのかい?」

『えっなんで?』

 

 海斗は凪の言葉に少し戸惑った様子を見せ、彼らに指示を送る朱莉も素っ頓狂な声を上げる。確かに戯我はいるのだがどうして違うと思ったのだろう。

 その疑問を海斗が口にする前に小さな戯我━━コオニ・ギガが一体、

 

「変身する前に殺しちまえばこっちのもんだ!」

 

 などと騒ぎながら彼らに襲いかかる。

 興奮気味な小鬼とは対照的に二人は至って冷静だった。

 

 凪がAウェポン2Sを構えて小鬼が振り上げた腕を斬り飛ばし、よろめいたところを海斗がショットガンのような見た目をした武装、AウェポンS/Bの引き金を引いて幾多の弾丸を小鬼の顔に容赦なく撃ち込む。

 顔からインクを吹き出して倒れていく小鬼の腹に、二人は最後の一押しとばかりに刀と剣状に変化したAウェポンS/Bを突き立てて地面と繋ぎ止めた。小鬼は剣を抜こうと腕を動かそうとしたが、それをする前に体が崩壊していく。あまりのインクの流出量に体を保つことが出来なかったのだ。

 

 仲間が生身の人間に倒される様を見せつけられた戯我たちは、揃って口をつぐみ辺りに静寂が訪れる。

 皆揃って驚愕しているのだ。

 

 元来、調伏というのは封魔霊装を纏って行われるものだ。そうしないともし仮に戯我の攻撃が当たろうものなら命の危機に直結する。いくら強い人間であろうが封魔司書であろうが、生身で戯我に敵うはずがないというのが大前提として存在している。故に通常なら霊装を纏い戦闘するのだ。

 しかし今の彼らはどうだ。変身することすらせずに一体の小鬼を調伏してみせた。いくら低級の戯我といえど、そうやすやすと出来ることではない。

 

 それは人間だけでなく戯我にとっても共通認識であり、こういう場面を見せつけられることなど滅多にない。驚いて固まってしまうのも仕方のない話だろう。

 

「取り敢えずお前行けよ。溜池の辺り調査すりゃなんかわかんだろ」

 

 頬にかかったインクを手で拭いながら顎で行けとジェスチャーする。海斗はそれに首肯を返し、

 

「じゃあここは君に任せてそうさせてもらうとするよ。索敵とかその他諸々、頼むよ朱莉さん」

『合点承知の助ってね』

 

 戯我たちが自分の仲間があっさりと倒される光景に呆然としているのを良い事に戯我の大群の中をゆうゆうと進み、再び森の茂みの中へと姿を消した。

 残っているのは凪と十数体の戯我。

 

「まぁ、そういうわけだ。これ以上人間を食われちゃ困るんでな。調伏させてもらう」

 

 呑気にそう宣い、モンストリキッドを取り出してそれを起動させる。

 

《サイクロン!》

《ザルティス!》

 

「……っ! 惚けてる場合じゃねえ! かかれお前ら!」

 

 鵺の一声で固まっていた小鬼たちは凪に向けて一斉に襲いかかった。一人では敵わずとも、大勢で襲えば倒せるとでも思ったのだろう。

 

「おっと危ない」

 

 凪は小鬼の攻撃をするりと避けて軽い身のこなしで太い木の枝の上に飛び移り、モンストリキッドをレリックドライバーに装填してハンドルを引っ張る。

 

「そう簡単に殺されてたまるかってな」

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 流れ出す音声に発光し出すエネルギーラインとモンストリキッド。凪はその光に目を細めつつ、引き金を指先で弾いた。

 

「変身」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 邪を噛み砕く風纏う牙! サイクロンザルティス!》

『シャアアアーッ!!』

 

 五芒星の消失とともに緑の戦士が現れる。その手に刀を取り、気怠そうにため息を一つ吐いてから木の枝から飛び降りた。

 

「さて、黄泉平坂の向こう側に蹴り飛ばしてやっから覚悟しな」

 

 彼を取り巻くコオニ・ギガたちに宣戦布告する。小鬼たちはそれを聞いて唸り声を上げながらライキリに襲いかかり、

 

「成敗ッ!」

 

 直後神速と言って差し支えない速さで刀が振るわれ小鬼の首が三つ四つ宙を舞った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 一方場所は変わり溜池付近。

 

「にしても本当に酷いな……」

 

 海斗は何者かによって放火され、黒焦げになってしまった溜池の管理所のとある部屋の中で呟いた。凪の言いつけ通りに溜池に向かい、今し方調査を始めたところである。

 

「何が目的なんだか知らないし皆目検討もつかないが……。ん、これはお金か。となると人間がやったとは考えにくいね」

 

 散らばっている金品を拾い上げてそれを懐に仕舞い込む。もし人間が襲ったのなら金など盗まれているに違いない。

 

「とはいえ流石に痕跡を目視は無理があるか…。そっちに何か反応はあるかい?」

『今のところはないけどわからんからね。油断してたらいきなりドンってやられちゃうかもよ?』

「なかなか怖いことを言ってくれるね」

 

 朱莉の言葉にクスリと微笑みながらズボンから白い端末機器のようなものを取り出し、それを起動して画面に表示されている虫眼鏡のマークをタッチした。

 

「やっぱりA(アーティフィシャル)ガジェットに頼るのが一番手っ取り早いみたいだ」

《サーチモード!》

 

 海斗がAガジェットと呼んだ端末の画面が切り替わり、カメラを通して管理所内の状況と小さく内部の地図が映し出される。

 ついで彼はゴールデンイエローのモンストリキッドを取り出し、それを起動した。

 

《グリンブルスティ!》

「急々如律令」

《霊猪憑依!》

 

 唱え、それをAガジェットの裏面にリードした。画面には金色の毛並みを輝かせている猪が一頭現れており、海斗はそれに指示を出す。

 

「戯我の痕跡を見つけてくれるかい?」

『フゴッ』

 

 猪は海斗の指示に了解と言わんばかりに鼻を鳴らし、カメラに映る部屋の中を歩き回って探り始める。

 そして一通り調査し終えると海斗の元に戻り再び鼻を鳴らして海斗に調査が終了したことを伝えた。映像と地図には猪が調査した場所に猪のマークが映されている。

 

「まぁまぁな量出てきたね」

 

 そう言いながら懐から透明な液体が入った小瓶と筆を取り出し、瓶に入っている液体を調査箇所にひたすら塗りたくる。

 この液体は戯我の足跡や体外へ流れ出たインクなどに反応し、赤く発光する性質を持つ特殊な薬品だ。

 もし本当に戯我の仕業だとしたらこの薬品が発光する。これでこの管理所が人間か戯我か、どちらによって破壊されたか。ついでに戯我であればどのような戯我なのか暴き出そうという試みである。

 

「……うん、赤く光ってるってことはやっぱり戯我の仕業らしいね」

 

 自分の足元や壁、天井など部屋中で赤く光る薬品を見て呟く海斗。床には足跡の他に何かが落ちたかのように光るインクが点在している。

 

「鳥の足跡に……これは抜け落ちた羽の跡かな。ここで暴れた戯我は一体だけと見て良さそうだ」

『今凪が相手してる戯我とは別の戯我ってこと?』

「現状では小鬼の足跡も鵺の足跡も全く見当たらないからそうなるね」

 

 そう返しつつ外に出て辺りを見渡した。優しく吹く風に溜池の水面は揺らめいて月の光を乱反射する。

 

「さて、ここからどうするかだけど……。足跡が急に途切れてるからどこかに飛んでいったと見るのが正解かな。そうなると追うのは難しいね……」

 

 しゃがみながらインクを塗りつつ足跡を辿っていたが、それが急に途切れているのを見るや立ち上がってそう言った。流石に宙に浮いているかもしれない痕跡を探す、なんていう手段は持ち合わせていない。これ以上探すだけ無駄だろう。

 

「クッソーこれじゃただ腰が痛くなっただけじゃないか。あっいててて……」

 

 腰を摩りつつその場を後にしようとしたとき、朱莉がいる指令室のレーダーに赤い点が浮かんだ。一直線に管理所の方向へと向かっていることにすぐ気付いた朱莉は海斗に警告を出す。

 

『戯我がそっちに向かってる! 一体だけだけど結構速いな……ってこれまさか飛んでるんじゃ!?』

「お、飛んで火に入る夏の虫ってやつかい?」

『言ってる場合か! 来るよ!』

 

 朱莉の声に海斗はレリックライザーをバックルから取り外してその手に構え、視界の端から飛翔してきた何かに向けて発砲する。

 

「まんま鳥だね。しかも燃えてるからすっごい目立ってるよあれ」

『本当に火に入る鳥じゃん』

「火に入るというより纏っているの方が正しいような気がしなくもないけどね」

 

 会話しつつレリックライザーをバックルに嵌め、空いている手で二つのモンストリキッドを取り出す。秘められているインクの色はそれぞれスカーレットとガーネット。ガーネット色の方は以前ウェアウルフ戦にて凪が使用したブレイズモンストリキッドだ。

 

「今宵はもう人間を二人も食ったから腹一杯なんだがねぇ。来たからには食わざるをえないが……その服装、封魔司書と見た」

 

 海斗の目の前に降り立った鳥の戯我、アオサギビ・ギガは海斗の服装を見るや彼が封魔司書であることを看破した。

 海斗はそれに二つのモンストリキッドを同時に起動してから肯定を返す。

 

「その通り。僕はLOT渡津海支部所属の封魔司書で霊装使いさ。もちろん任務は君たち戯我を調伏することだよ」

《ガルダ!》

《ブレイズ!》

 

 起動したモンストリキッドに息をフッと吹きかけ、その二つをドライバーに装填し流れるようにハンドルを引っ張る。

 

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 その音声が流れるとともにエネルギーラインが、モンストリキッドが、赤々と光り出して辺りを夕焼けの空のような色に照らし出した。

 

「変身!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 瞬間、ライキリと同じように五芒星が頭上と足元──ただし色はそれぞれのモンストリキッドと対応しているため全く異なっているが──に現れ、彼の体を通過すると共にその体を戦士へと上塗りしていく。

 

《夜を照らし出す紅焔の鷲! ブレイズガルダ!》

『ピィィーーッ!!』

 

 現れたのは紅色の西洋風の騎士のような生体装甲に、羽のような意匠が随所に施された仮面の戦士。その仮面には鳥の嘴のような造形が見て取れ、瞳は青色に発光し出す。

 

「仮面ライダーバルムンク。これ以上被害が出る前に調伏させてもらうよ」

《AウェポンS/B!》

 

 現れた大剣を手にして地面を蹴り、青鷺火に急接近するやその剣を振りかぶった。

 

「セイッ!!」

「おっと」

 

 青鷺火はすんでのところで大剣を避ける。振り下ろされた大剣は空を斬り、勢いそのままに地面に突き刺さったそれは地面を抉り取って土塊が宙を舞う。

 

「まだまだこんなものではないよ!!」

 

 流れるように下段からの斬撃。青鷺火はそれを脚の爪で受け止めて嘴をにわかに開いた。そこからは青い炎が漏れ出しており、今にも放たれようとしている。

 

「食らえ小僧!!」

 

 嘴から迸る蒼炎。それはバルムンクの体を包み込み、彼の体を焦がす。

 

 

「ガルダブレイズなんだから効くわけがないだろうこんなもの!」

 

 なんてことはなく、バルムンクは炎の中で意気揚々と叫びレリックドライバーを操作する。

 

《ブレイズ!》

「それに炎を使うのはね!」

Calling(コーリング)!》

「何も君の専売特許ってわけじゃないんだよ!」

 

 得意げに言うのと同時にバルムンクの体から紅炎が吹き出し、青鷺火の出す蒼炎を押し返すどころか青鷺火の体を覆いその体を焦がす。

 

「あっづ!? 私の炎よりも小僧の方が熱いのか!!」

「こんなものじゃないさ!」

 

 青鷺火に掴まれたままの大剣を手放し、怯む青鷺火の体に握りしめた拳を叩き込む。

 青鷺火は一瞬苦痛の声を漏らしたがそれで終わることはない。掴んでいた大剣を溜池の中に放り投げて鋭い蹴り技で応戦する。

 

「ガッ!? チッこいつ!!」

 

 バルムンクは蹴り出された足を咄嗟に掴み背負い投げの要領で放り投げた。青鷺火は一瞬驚愕して声を漏らしたがすぐに体勢を整えてバルムンクを鋭く睨む。

 バルムンクは仮面の下で青鷺火を睨み返して距離を詰めて炎を纏う拳を突き出した。青鷺火は羽を撒き散らしながらヒラリと避ける。生えていた雑草に火が燃え移りかけた。バルムンクはそれを足で踏み消すと

 

「火の手が上がって……速攻で決めなきゃいけないタイプだったかな」

 

 やらかしたねえなどと言いつつ、突き出した手で青鷺火の嘴を掴んで膝蹴りを食らわせこれをへし折る。

 青鷺火は痛みのあまり苦痛の声を漏らし、折れた嘴から青い炎がこぼれでる。

 

「ぬかった…! いくら小僧とはいえ霊装使い、侮ってはならんな……」

「僕のことを甘く見ていたのかい? そこまで舐められるような態度を取った覚えはないんだけどね、心外だな」

 

 不服そうな態度を取って蹴りを放つ。青鷺火はそれを回避しようと体を捻ろうとしたが間に合わずに鳩尾に突き込まれ、蹴られた場所からインクが少量飛び散った。

 

「グッ……みっともない上に惨めだがそれも命あってこそのもの。こうなっては逃げる他あるまい!」

 

 そう言って逃げ出そうと羽を広げて飛び立った。バルムンクはそれを見て「あっ!」と声を上げて反射的にドライバーを操作する。

 

《ガルダ!》

「逃がしはしないさ」

Calling(コーリング)!》

 

 音声が響き、バルムンクの背中から猛禽類を連想させる翼が生えた。バルムンクは飛翔して青鷺火を捉えようと手を伸ばし、青鷺火の足をがっちりと掴む。しかし青鷺火はその手を振り払ってさらに高く飛ぼうと試み翼を大きく広げた。

 

 直後、風が吹いた。その突風は青鷺火のみならずバルムンクの姿勢すら大きく崩し、両者はお互いに体勢を立て直そうと翼を必死に動かす。

 

「あまり一人に気を取られてちゃ死んじまうぜ」

 

 青鷺火の背後でバルムンクではない何者かがそう声を発する。声の主は露気に濡れるそれを勢いよく振るい、青鷺火の翼を一気に斬り落とした。

 そこまでは格好がついたが、声の主はみっともなく重力に引かれて落下していき溜池に太い水柱を屹立させる。

 

 一方翼を斬り落とされて自分を宙に浮かせる力を失った青鷺火も、声の主と同じように地面に落下していった。

 

「ホバリング練習しといて良かったなこりゃ」

「ここだッ!!」

 

 バルムンクは溜池から聞こえる気の抜ける声を他所に、変身したときと同様にグリップを握って引っ張った。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)!》

 

 その音声が山の中に木霊するよりも早く叫び、ドライバーのトリガーを引く。

 

「さぁ、これで幕引きと行こうじゃないか!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「ハァァァァーッ!!」

 

 ドライバーから手を離して裂帛の気合を上げるバルムンク。その眼は煌々と輝きを増し、クラッシャーや肩部、脚部の装甲が展開して生体機関を露出させる。

 紅の光芒を引き、凄まじい熱量を放つ彼は翼を一層大きく広げ青鷺火に向かい飛翔する。

 

《ガルダブレイズ・クロマティックストライク!》

「でりゃァァァァッ!!」

 

 突き出された右足は陽炎を生み出し大気を焦がさんほどの炎を纏う。

 紅の彗星と化したバルムンクは地面に落下していく途中の青鷺火を容易く捉え、その体に蹴りを突き入れた。

 

「グゥ、オアアアァァァァ!!?」

 

 地面に降り立ち残心するバルムンクの頭上で、青鷺火はさながら封魔司書に殺されるという現実が受け入れられない、とでも言わんばかりの絶叫を上げ急激に色を失っていく。

 やがて青鷺火の体は完全に色を失って崩壊。その残骸は地面に落ちる前に焼けて無くなってしまった。

 

「戯我よ。君たちが支配する恐ろしい夜は明けた。渡津海を包むのは星々が見守る優しい夜だけでいいのさ」

 

 そう言ってレリックライザーからモンストリキッドを引き抜き変身を解除する海斗。

 大きく伸びをしつつ

 

「とはいえ久々の任務でいきなりこれはちょっと体に悪いなぁ。明日は筋肉痛かな?」

 

 と言葉を溢す。彼からすれば休養明けの復帰戦なわけで、それでいきなり立体起動を強いられているのだから疲れるのも無理はない。

 一方池に落ちていった声の主、凪は地面に上がるなり変身を解いてから海斗の言葉を鼻で笑う。

 

「こんなんで筋肉痛になるほどやわな体してねえだろお前。下手すりゃ俺より筋肉あんじゃねえか」

「それはいいんだけど君さっき飛んで来なかったかい? 一体どうやったのさ」

「あれか? その辺の木蹴り飛ばして体浮かせてから風吹かして体勢とか調整してってだけだが。クッソ神経使うから疲れるんだよなぁ。しかもミスって池に落ちそうになったし」

 

 凪はそう言ってAガジェットを指先で操作して放り投げる。

 

A(アーティフィシャル)ストライカー!》

 

 音声を響かせてインクを噴出させ、やがてその携帯端末のはずだったものは二輪のバイクへと塗り替わる。

 凪は勢いよくそれに跨ると手慣れた様子でエンジンをかけた。その車体をペチペチと叩きつつ海斗に話しかける。

 

「こんな虫ばっかの場所に長居はしたくねえ。さっさとずらかるべ」

「そうだね……。心底虫除けスプレー吹いておいて良かったと思うよ」

 

 周りを飛び交う羽虫を手で払いながら彼もAガジェットを操作して放り投げ、バイクへと塗りかわったそれへと跨った。

 二つのバイクがエンジンを吹かし、勢いよく発進して山を下る。池の周囲に戦った痕跡は残されていない。まるで最初から何も起きていなかったかのようである。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 蒼月家のダイニング。凪と朱莉が夕食を取っていた。時間的にはもう夜食と言った方が正しそうな時間だが。

 

「俺が勝手に作っておいてあれだけど炒飯に味噌汁はちょっと合わねえなぁ。どっちもうめえからいいんだけど失敗した感があるな」

「良いじゃん別に。お味噌汁美味しいし」

「それはわかるんだけど正直明日にすりゃ良かったかなって思ってる」

 

 凪はズズズとお椀に装われた味噌汁を啜る。向かい側に座る朱莉も同じように味噌汁を啜り、炒飯を掬ってそれを口に放り込んだ。

 

「あり合わせのやつ適当に放り込んで炒めただけにしては美味しいじゃん、これ」

「いやー買い物に行くの完全に忘れてたん本当に申し訳ないわ」

 

 手を合わせて謝罪の意を示す凪。彼は年齢の関係上車には乗れず、そもそも免許証を取得すること自体学校から禁じられているため原付を運転することすら叶わない。

 そのため買い込むことがあまり出来ず、ちまちまとスーパーに行って二日分ほどの食料を買って、ということしか出来ない。それを忘れると今のように冷蔵庫の在庫がピンチになるわけである。

 Aストライカーに乗れているじゃないか、と思うかもしれないがあれは特例でありたかが買い物に行くためというだけの理由で使ってはいけない代物なのだ。

 

「別に良いってすっからかんってわけじゃなかったんだから。明日のお昼だって購買で済ませりゃいいだけですし」

 

 ふんわりと微笑みながらそう言い、炒飯を口に放り込んでいく。凪はその様子を眺めつつそりゃそうなんだけどさ、と言って炒飯を勢いよくかき込んだ。

 

「んー、まぁあれよな。買い物は忘れないようにしとかねえとその内飢えてのたれ死んでそうだ」

 

 冗談を言って味噌汁を飲み下し、喉に詰まった米を押し流す。

 朱莉はそれに対して

 

「そうなる前に私が何か作って持ってくるから大丈夫ですよ〜っと。あ、そうだ。今日ここで寝かしてもらっていい?」

「ん、わかった」

「ごめんね? 時間が時間だし外を出歩いたら補導されそうなんだよね」

 

 あと変な人に絡まれそうで怖いし、と付け足していつの間にか綺麗になったお皿を横に避けて味噌汁の具を箸で摘む。

 凪はその言葉に確かにな、と肯定を返し炒飯を咀嚼した。

 

 しばらく静かな時間が流れる。二人とも一言も喋らないが、それでもお互いに心地良い感覚を覚えていた。

 

 やがて凪の器も空になり、二人は同時にご馳走様ですと言って手を合わせる。

 

「んじゃそれ洗っとくからシンク出しといてくれよ。その代わり風呂沸かしといてほしいんだけど頼んでいいか?」

「りょうかいりょうかーいっと。一番風呂貰うことになるかもだけどいい?」

「どうぞどうぞ、お好きなようにしておくんなまし」

「おっけー。じゃ、私いつも通りお義母さんの部屋借りるからね」

 

 慣れた手付きで器をシンクに入れ、手を振ってからダイニングを出てお風呂場に向かっていく。一方凪はゴム手袋をつけてヘッドホンを装着し、音楽を掛けて鼻歌を歌いながら食器洗いを始めた。

 

 その辺りにいる夫婦よりもよほど夫婦らしいことを自然に行動に移す彼らを、リビングにあるテレビ台に立てかけられた二つの写真立てが見守る。

 一つは蒼月家三人の家族写真。幼い頃に撮ったからか凪の身長がかなり小さい。

 そしてもう一つの写真立てに入っていたのは四人が写っている写真。赤い髪の少女を優しく抱き抱える少年と、それを二人で挟み込む夫婦と思しき男女二人。彼らの瞳は全員夕焼けのような色をしていた。




付録ノ壱[封魔霊装 雷切丸]

蒼月凪が使用する封魔霊装。
基本となる姿はサイクロンザルティス。

蛇のとぐろのようなものを首に巻く忍者や暗殺者を思わせる仮面ライダー。
まるで風のように素早い攻撃を主として戦う。

使用者である凪たっての希望によって特殊な能力等はなく、その代わりに機動力や防御力が高くなっており本人の弁によれば本気で跳んだらビル20階は優に飛び越せるとのことだ。

この霊装に使われている雷切丸はその名の通り雷神を斬ったという伝説が残されており、実際に雷に打たれた跡が残っている。
ちなみに雷切と呼称される刀はこの世に二つ存在しているが、この霊装に使われているのは立花道雪が鍛造した方の雷切丸である。
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