仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ 作:八咫ノ烏
あの暗い道を。
街灯の淡い光を。
ひしゃげた車を。
鼻腔を擽る血の匂いを。
助けを求める叫び声を。
そして解かれていく両親の、兄の体を。
その全てを、私は鮮明過ぎるほどに覚えている。あれからもう十年近く経った今でもそれを夢に見る。
吐きそうになるほど苦しくて、逃げ出したくて、それでも足が動かせない。体が固まって動かない。ただ家族が死に逝くその様を見ることしかできなくて。
その夢の終わりに、いつも決まって兄がこう言うのだ。
「お前のせいで僕たちは死んだんだ、朱莉」
と。
LOT渡津海支部。その霊装使い二人がまたしても支部長の部屋まで呼び出されていた。
「支部長、お酒吞んでるかどうか賭けてみるかい?」
「あぁ~良いね。俺は呑んでる方に千円賭ける」
「同じ方に賭けたらつまらないじゃないか。呑んでない方に賭けなよ」
「吹っ掛けてきたのはテメエだろうが。お前がそっちに賭けやがれ」
呑気に軽口を叩きながら渡津海支部の廊下を歩く。そんな二人を見た職員たちは総じて同じ疑問を抱く。
それは鷹原朱莉がどうしていないのか。二人と朱莉は三人一組のハッピーセットのようなものだ。
この支部に同時期に入った同期であり、大人ばかりのこの場所で数少ない同年代の人間。そんな三人が支部の中で集まるのはそうおかしな話ではない。まぁ実際には朱莉が海斗に仲良くなり、必然的に朱莉と一緒にいることが多い凪と繋がったというだけなのだが、そんな話は置いておくとして。
そんな三人組の誰かが欠けているとなれば、どうしたのかとなるのも頷ける。
その疑問を、海斗も抱いていたらしい。そういえば、と前置きをして彼は凪に尋ねる。
「朱莉さんはどうしたんだい? 彼女は君と違って理由もなく遅刻するような人じゃないだろう?」
「まるで俺がサボりの常習犯みたいな言い草はやめてもらおうか」
にわかに口を尖らせつつ凪は言い返した。実際にサボり癖があるか否かはさておき、海斗の言い方に納得がいかないのだろう。
なんやかんや言いつつ、彼は戯我の調伏任務そのものをブッチしたことは一度もないのだ。彼にサボり魔という印象が付いたのは、大事な会議などの場に行きたがらないからであった。
サボろうとするのは会議などが面倒だから、というその一言に尽きる。任務の内容など電話で伝えれば良いと考えていることに加え、いつも雑談会のように話が逸れていくばかり。そんな行っても仕方ない、という結論に達したのも仕方がない。
凪はそれらを懇切丁寧に説明しようと口を開こうとした。だがそれらを事細かに話したところで評価が変わるわけでもないことに気が付き、代わりにはぁ、とわざとらしい溜め息を吐いて彼は話の腰を戻す。
「……で、なんだっけな。朱莉はどうしたのか、だったか?」
「ああ。病気になってしまったのなら、お見舞いに何かスポドリとかその手のものを差し入れようかと思ってね。あと純粋に心配だ」
仲間思いの良い性格をしていることを知っている凪は、海斗の発言を予測し切っていたかのようにすぐ答えを返す。
「病気じゃねえから余計なもんを俺ン家に押し付けようとするな。ただ友人と用事があるってだけらしいぞ」
「病気じゃないのか。なら安心だ」
そう言って胸を撫で下ろしそうになったのも束の間、海斗は怪訝そうな表情を浮かべてもう一度凪に質問を投げかける。
「それはそうとなんで君の家に差し入れなくちゃいけないんだい? 差し入れるなら君じゃなくて朱莉さんの家だよ」
どうして病気でもなんでもない人間にわざわざ差し入れしなければならないのか。まさか病気だというのに無理を押してこの場にいるわけでもあるまい。
そんな当然の疑問に、凪はわずかに目を丸くした。そして事情を理解し、すぐに
「……それはそうか」
と的を射ない曖昧な返事をする。凪と朱莉の関係性を詳しいところまで海斗は知らない。まさかお互いにお互いの家の鍵を持っていていつでも出入りできる状態であるとは思わないだろう。
凪のその返答に一層訝しむような表情をする海斗。だが凪の表情からこの話をこれ以上続ける気がないらしいことを悟ると、肩を軽く回しつつこう言った。
「さ、早いところ今日の話聴いて本番に備えようか」
その言葉に頷き、凪は支部長室の扉を蹴って豪快に開けた。中に居たのは片手に酒が注がれたグラスを、もう一方に資料らしい紙一枚を持って悩む赤嶺の姿が。
それを見た凪はなんとも言えない表情を浮かべつつ、机の上に置かれていたワインの瓶を取り上げるように手に取った。
「……いつもより減り早くないか? いつから呑んでたんだよ、お前」
心配半分諌める気半分の、そんな言葉を受けた赤嶺は何も言わずにぐいっとグラスを傾けて喉に白ワインを流し込んだ。
その様子を見て、彼にとって面倒な事が舞い込んできたのだろうことを半ば確信した凪は、半ばひったくるようにして赤嶺の手から資料を奪った。
「……通達書?」
目立つようにして書かれた文字。追加で重要事項とまで記されている始末。差出人は案の定と言うべきか、日本支部である。
どう足掻いても良い知らせでないことが確定してしまった。どこかの支部の管轄区域で滅茶苦茶に強い戯我が出てどこかに逃げ出してしまった、とか馬鹿なことをしでかした頭が足りないアホの集団が出てきたとか。
多分そんなことなのだろう。今回は後者だったようだ。
「遺物を使ったバカが出た、ねぇ……。それも将門公の首を使うなんてな。どうも相手方はオツムが足りねえらしい」
遺物。ロストテクノロジーとも呼ばれるそれは、文字通り現代では製法が消失し、完全な再現が不可能となっている古代の武装や道具である。
主に神話や伝承等のいわゆる昔話に登場するようなもの……例えば草薙の剣やエクスカリバーといったものがこれに当てはまる。無論、そんじょそこらの戯我より遥かに危険なものも数多くある。それこそ贋作と分かっていても警戒しなくてはならないように。
「テスカトリポカ神の復活を目論んだ、か。何を考えてるのか知らないけど相当暇なんだね」
送られてきた資料によれば、磐戸という場所で事は起きたらしい。あれこれと遺物の贋作を持ち出し、テスカトリポカ神の復活を目論んだとのこと。あまつさえ、かの平将門公の遺骨も利用したとのことで、下手をすれば世界の平穏すらどうにかなるところだったようだ。
所詮は贋作だ、と侮ってはいけない理由は全てここに集約されている。この事件の主犯が持ち出した遺物の中には贋作が混じっていた。
しかし、その儀式はつつがなく……といえば語弊があるが、十二分に目的を達成し得るレベルで進行していたのだ。問題が起きたのは最後の最後。将門公の──正確には将門公の影武者の遺骨ということらしいが、それを使用したときのこと。
つまるところ、贋作だとしても然るべき儀式を通過しているのであれば、本物と大差ない力を発揮出来てしまうのだ。
だからこそ、最大限の警戒を敷く必要がある。物によってはそれこそ将門公の遺骨のように、世界をどうにかしてしまいかねないほどの力を持つのだ。そんなものを贋作とはいえ利用しようとする輩を野放しにするわけにはいかない。
「ウチも色々強化するべきなのか?」
「最低でも巡回の強化とかはするべきだろうね」
あれこれと真面目に案を出していく二人。既に酒に溺れてしまった赤嶺の事など、頭の片隅からも追いやられてしまっていた。遺物関係のものに比べるとそんなことは重要度が違い過ぎるのだ。
「さすがにこんなクソ田舎で遺物絡みのあれこれが起きるとは思えねえが……」
「……可能性はある。以前この街でも起きたのだからな」
酒臭いゲップを汚く漏らしつつ、赤嶺はようやく口を開いた。その言葉に、二人の視線は彼に集中することになる。
「聞いたことないぞ、そんなの。いつの話なんだよ」
代表して凪がそう言葉を漏らす。いつそんなことが起きたのか。少なくとも彼らがこの支部に所属してから今に至るまで、そんな話は聞いたことがない。
つまりそれなりに昔の出来事ということなのだろう。その推測の答え合わせをするように、赤嶺は過去を思い出すかのように目を細めながら言う。
「まだお前らが生まれたか生まれてないかくらいの時期の話なんだ。そりゃ知らなくて当然だろう」
逆算すると今から最低でも十五年弱は昔の話、ということになる。この渡津海市が田舎都市と呼ばれている今以上に古臭い田舎であったときの頃。人の行き来が今以上に少なかったそんな時代に遺物絡みの事件が起きていたということは、今この瞬間この街で起きてもさほど不思議な話ではないのだ。
そして、赤嶺は一つ、最悪のシナリオを頭の中に浮かべていた。
「もしあの件が、何かの始まりに過ぎないのだとしたら……。考えるだけでゾっとする」
磐戸で遺物絡みの騒動を起こした人間が、どこかの組織に関わっていたということはわかっている。
もし、もしもその組織が日本各地に根を生やしているのだとすれば。もう言葉にならないほどの最悪のケースである。そんなことはないだろうと否定したいところだがまだ全貌が掴めていないのだから、無きにしも非ずとしか言いようがない。
赤嶺の言わんとすることを察した凪と海斗は顔を見合わせ、それでもその顔は落ち着いている。
「そうなったらそうなったときで考えれば良い。今は何も起きてねえんだろ。不安を紛らわすために酒に溺れる暇があったら、とりあえずいつも通り仕事をしろ」
「あまり辛辣な事は言いたくないけれど、僕も凪に同意かな。今のうちに対策を練っておくのもありだと思いますよ」
要は起きるかどうか確定していない未来に怯える暇があれば今をきちんとしろ、ということだ。その時になったら考えれば良いだけの話。
「……それ以上酒に溺れるようなら親父を召喚するぞ。ヨーロッパのあちこちに観光行ってるほど暇なんだから、どうせすぐ飛んでくるぞ」
極めつけはこの脅しである。凪の父には頭が下がらないため、赤嶺はそれを出されるともはや黙る以外の選択肢を無くしてしまう。ことおふざけで言い合っているのならまだしも、こういった真面目な話題であるならば余計に、だ。
それを良い事に凪は徐々に調子に乗り始めてしまう。
「支部長は支部長らしくどっしり構えて責任だけ取ってりゃ良いんだ」
「責任だけの件は余計だと思うけど」
「俺らが何かやらかしたときに尻拭いしてくれなきゃ困るだろ」
「何かしでかすなら一人で勝手にしてくれるとありがたいかな」
場は一気に真面目モードからおふざけモードに。ふざけていないと死ぬのかとでも言いたげな目線を凪へと送り、海斗は大きな溜め息を吐いてみせ、そして赤嶺へと視線をやって肩を竦める。
こいつを見ていると悩むのも馬鹿らしくなってきませんかとでも言い出しそうな彼の様子に、赤嶺は気が抜けたのか乾いた笑みを漏らした。
「お前たちは本当に……。昔からそうだが、色んな意味で図太いな」
「こいつと同類は嫌です支部長」
「んだとこの野郎」
支部長室に笑い声が響く。そうして時は進み、日は落ちてゆく。
赤嶺の不安が、形は違えど的中してしまうことなど知らずに。
▽▽▽▽▽
まともに街灯すらない山付近の農道。普段は蛙たちの綺麗な合唱が響く長閑なその場所は、今宵は人の命が散り逝く凄惨な処刑場と姿を変えていた。
「い、嫌だ……!!」
日課である夜の散歩をしていた年配の男性。恐怖に顏を歪ませながら、その老体に鞭を打ってなんとかこの場から逃れようとする。
が、人の色を吸う戯我はそれを許さない。血だらけの手を伸ばして力強く男性の足を掴み、腕ずくで自らの骨だらけの体へと引きずっていく。
骨だらけ……いや、骨だけの体の戯我の正体はがしゃどくろ。LOT風に言い直すならガシャドクロ・ギガである。生者を見つけては襲い掛かり、その体を握り潰して食す。その言い伝え通り、彼は目に入った人間を手あたり次第握り潰してその色を食していた。そのため彼の白い骨の一部は犠牲者となった人間の返り血で赤く染まっていた。
死にたくない。その一心で男性はその手からなんとか逃れようと藻掻いてみるが、しかし力が及ぶはずもない。徐々に掴む手に込められる力が増してゆく。
即座に脳を支配する諦観。圧倒的な力量の差を前に、生を願う事すら許されないのだと悟ってしまったのだ。
「あぁっ……!!」
力無く悲嘆の声を漏らし、男性は死を受け入れんとした。
しかしそうはならない。
それを阻止するために、二人はいる。
《ブレイズ! ガルダ!
《サイクロン! ザルティス!
静かな農道に二つ、突如としてこの場には似つかわしくない電子音が響いた。がしゃどくろも男性も、互いに動きを止めて音の発生源へと目をやる。
「間に合え……ッ!!」
「間に合わせるんだよッ!!」
二人が目をやった先にいたのは、黒い軍服に黒マントと黒ずくめの恰好をした二人組の少年。その顔は互いに焦燥が滲んでおり、手にしていた銃のようなもの……レリックライザーの銃口を向けるや否や照準を合わせる間もなくその引き金を引いた。
《
その電子音が響くのと共に蛇の仮面を被る少年──凪の持つレリックライザーからは風を纏う蛇が、鷲の仮面を被る少年──海斗が持つレリックライザーからは火を纏う鷲が現れ、一直線にがしゃどくろへと襲い掛かる。
鷲はがしゃどくろの顔面目掛けて口から火を吐き、一瞬だががしゃどくろを怯ませた。それによって生まれたその一瞬の隙を逃さず、蛇が男性を掴んでいるがしゃどくろの腕に素早く巻き付き、力いっぱい締め上げる。それでヒビを入れることは叶わなかったが、しかしその力に驚いたのかがしゃどくろは思わず男性を手放した。
宙に放り投げられた男性はもはや悲鳴を上げる気力すらないらしく、白目を剥きながら重力に引かれて落ちてゆく。
それを見た凪は弾かれたように駆け出し、地面を強く蹴る。地面にぶつかる前に男性の体を抱きとめ、優しく着地してみせた。
「この人を頼む」
暗闇から姿を現したLOTの職員に男性の体を預け、彼は自身の倍ほどもある巨体を持つがしゃどくろと対峙する。
彼の隣へと歩み寄った海斗も同様に、その目に諦観などない。そこにあるのは明確な殺意。何があったとしても、目の前の骨だけは始末する。硬い意志と共に、レリックドライバーを腰のバックルに嵌め込んだ。
「塵すらも残せると思うなよクソッたれが……!!」
「僕らを怒らせたことをあの世で後悔させてあげよう!!」
怒り。それを前面に押し出し、彼らはドライバーにモンストリキッドを装填した。電子音声が辺りに響くよりも早く、彼らはそのドライバーの引き金を弾いた。
いつもの二文字と共に。
「「変身!!」」
《
色を、纏う。
《邪を噛み砕く風纏いし牙! サイクロンザルティス!》
《夜を照らし出す紅焔の鷲! ブレイズガルダ!》
蛇と鷲の鳴き声が高らかに響く。
ライキリとバルムンク。
渡津海の地を守る霊装使いの登場である。
がしゃどくろは二人が手にした剣のその切っ先を突き付けられてなお、怯える様子は無い。ガシャガシャと煩わしい音を立てながら、ただ嗤うのみ。
その様に、二人はその双眸を細め、静かに剣を構える。
辺りに殺気が満ちていく。それを感じ取ったのか、蛙たちが一匹、また一匹と鳴くのを止めていく。
やがて完全に静かになった。
がしゃどくろが僅かに動く。微かに骨と骨が擦れる音が響く。
それが開戦の合図であった。
「──ッ!!」
一番手。最初に動いたのはライキリである。その俊敏さを活かしてがしゃどくろとの距離を瞬く間に詰め、剣の間合いに捉えるや否やすぐさまそれを振るった。
カツン。そんな虚しい音が鳴る。
「斬れないマジか……!?」
パワー不足なのか、それとも相手が硬いのか。骨を断ち切る事は出来ず、ただほんの僅かに掠り傷を付けただけという結果に終わってしまう。
その事実に思わず動揺するライキリ。そのほんの僅かな隙を逃すまいとその大きな手を叩きつけようとし、手を大きく振りかぶった。それに気がついた彼は回避が間に合わないことを悟り、防御姿勢を取った。真っ向勝負を選んだのだ。
無論、受け止め切れるとは思えない。少なくないダメージを受けることになるだろう。
それでも、回避出来ずに直撃を喰らうよりはマシだ。そこまでを一瞬で考え、覚悟を決めたライキリの耳が同行者の声を捉えた。
「まったく君らしくないね。そういうのはさぁ……」
手が叩きつけられる直前。ライキリを庇うように前に立つバルムンクの姿が。その大きな剣を構え、がしゃどくろの攻撃を受け止める。
辺りに広がる衝撃波。バルムンクの体に走る痛みと若干の痺れ。
しかし彼は倒れない。
「僕の役目だろ……ッ!!」
仮面の奥でほくそ笑み、そして咆哮。がしゃどくろの手をなんとか押し返してみせた。
この基本形態に限った話ではあるが、基本的にバルムンクの方が力が強いのだ。無論、その代わりに俊敏性などはライキリの方が長けているのだが、それは置いておくとして。
こういった場合、攻撃を受け止めるのはバルムンクの方が適任なのだ。
手を押し返したことで出来た一瞬で、彼らはがしゃどくろの手が届く範囲から逃れた。
さんきゅ、と短く礼を伝えてからがしゃどくろの調伏方法について簡潔に話し合う。
「君のそれで斬れないとあらば、硬いものを叩き付けて壊すしか手は無いと思うんだけど、君はどう思う?」
「それが最適解なんじゃねえか? 斬れないってのに何回も斬りつけたってどうしようもないだろうしな」
とりあえず今の攻防で分かったのは、がしゃどくろの力が強いこととライキリの持つAウェポンでは骨を断ち切れないこと。
斬れないのならば、破壊すれば良い。実にシンプルでわかりやすい解決法である。
幸いにも、その手の脳筋方法を得意とする霊装使いがこの場にはいる。
「じゃ、僕が主力担当ってことで」
「ヘマしたらぶっ飛ばすからな」
そうして会話を終わらせ、もう一度がしゃどくろへ向けて剣を構えるバルムンクとライキリ。
二度目、先に走り出したのはまたしてもライキリであった。
刀をわざとらしいほどに大きく振りかぶり、強く地面を踏み締めた。
がしゃどくろは冷静に拳を握り締め、それをライキリに向けて叩き付ける。辺りに響く轟音。宙に舞う土煙。一瞬仕留めたかと思ってしまいそうな光景ではあるが、しかしがしゃどくろの手にはその仕留めたという感触が
それに戸惑い、頭蓋骨を僅かに左右へと振ったがしゃどくろ。その頭上から、冷ややかな声が降り注ぐ。
「同じ轍を踏むわけねえだろ、バーカ」
《サイクロン!!
その声を聞いたがしゃどくろは弾かれるように上を見た。そこにいたのは、その身に風を纏い宙に舞うライキリである。
それを見てがしゃどくろは理解する。強く地面を踏み締めたあの動作は、斬るための予備動作ではなく跳ぶための予備動作であると。
そしてあのわざとらしいほど大きく剣を振り被ったのは、隙だらけであると騙して攻撃を誘発させるため。
がしゃどくろの攻撃によって発生した土煙を利用して目を晦ませ、攻撃を躱して頭上へと跳躍。見失ったライキリを探す間のそのガラガラな隙を狙い、奇襲しようという魂胆なのだろう。
がしゃどくろは刹那の間にそこまで考えを巡らせ、そして満ちた月を背に宙を舞うライキリを落とさんとして手を伸ばす。
がしゃどくろの推察に間違いはほとんど無い。ただ、一歩足りなかった。
この戦いはがしゃどくろとライキリの一騎打ちでは無いのだ。
「ほら、お前が期待した通りに特大級の隙ってやつを作ってやったぜ」
ライキリはポツリと呟く。次の瞬間、がしゃどくろの肋骨が数本、一気に砕け散った。
何があったか理解が出来ない。そんな様子でガシャガシャと鳴くがしゃどくろ。下を見てみると、無惨にも砕け散った骨の破片と、残心の姿勢を取っているバルムンクの姿。そして、地面に突き刺さるほどに強く振り下ろされたのだろうバルムンクのAウェポンS/Bががしゃどくろの視界に入る。
嵌められた。そう思ったのも束の間、今度は首筋に何かが突き刺さるような感覚ががしゃどくろを襲う。
ライキリが投げナイフのような物を首の骨の関節目掛けて投擲、これが見事的中して突き刺さったのだ。
ライキリの狙いはこの状況を作り出すことであった。姿を見失えば、自分を探すために注意を周囲へと走らせる。
そうしてバルムンクへの警戒心が薄れたタイミングでがしゃどくろの意識をライキリに引き付け、完全にがしゃどくろの意識からバルムンクの存在を消す。
そして出来上がった隙にバルムンクが攻撃し、再びバルムンクへと向いたタイミングで今度はライキリが攻撃する。
そしてあとは流れで良い感じに。ここまでを狙い、彼は宙へと舞ってみせた。そしてバルムンクはその意図を読み取り、土煙の中へと突っ込んでいったのだ。
全て、狙い通りである。
「完全に君は僕らの手のひらの上、ってわけさ」
少し楽しそうにがしゃどくろへ挑発したのと同時に、左手の手首に向けてその大剣を振るってそれを砕く。
思わず悶絶し、その巨体を震わせながらバルムンクに向け咆えるがしゃどくろ。
最初のターゲットはバルムンクになったらしい。残された右腕をミシミシと音が鳴るほどに強く強く握り締め、全力でバルムンクに向けて振り下ろした。
土煙が先程よりも舞い、それどころか地面に小さなクレーターができてしまうほどの威力を秘めたそれは、しかし当たることはない。
咄嗟に転がることでそれを回避し、すぐさま手の甲に飛び乗った。そのまま骨を伝い、肩の辺りまで駆ける。
がしゃどくろはこいつだけは、と思ったのだろう。大きな口を開け、バルムンクへ噛みつきにいった。
それを予想していたのか、バルムンクはAウェポンS/Bをソードモードからブラスターモードへと切り替え、その銃口をがしゃどくろの口へと突っ込んだ。
ガキン、と硬い音が響く。綺麗に歯に挟まってしまったのか、足掻いても足掻いても銃は口から抜けない。
それに対してほくそ笑みながら、バルムンクは一つ黄色いモンストリキッドを取り出してそれを装填。
《エレクトリック!!
銃のエネルギーラインが黄色に発光。排熱のため生体器官を露出させた。
それに焦り、顔を乱暴に左右へと振ってバルムンクをふっ飛ばそうと試みる。だが、彼は離れない。全ての力を振り絞り、がしゃどくろの口元にしがみつく。
「なぁ、がしゃどくろ。お前多分僕のことしか見てないんだろうけどさ……」
ヤケクソになっているがしゃどくろに、バルムンクは呆れたような物言いで苦言を呈する。
「凪だって
その言葉通り、凪ことライキリも、がしゃどくろを仕留めるためにモンストリキッドを一つ取り出していた。
「てめぇ、関節はめちゃくちゃ弱いらしいな」
そんなことを言いながら彼はマボガニー色のモンストリキッドを刀に装填。
無論、彼だって今までただ宙を浮遊していただけではない。バルムンクが倒れた際に自身の手で決着を付けるために、弱点を探し続けていたのだ。
そしてその弱点のうちの一つが関節。強固な骨と骨を繋ぐその狭間は、どうやらそれほどの強度を持たないらしい。それは先の投げナイフが突き刺さったことで証明済みである。
ならば、その狭間に刀身を入れる事が出来れば。十二分に断ち切れる。
「弱点さえわかったらこっちのモン、だよなぁ?」
《ライラプス!
武器のエネルギーラインが、こちらはマホガニー色に染まり眩く発光し始めた。
全てを終わらせる準備は整った。凶悪な笑みを仮面の奥で滲ませながら、二人は叫ぶ。
「これで終わりにしようか!!」
「言われなくともそのつもりだ!!」
《
先に引き金を引いたのはバルムンクであった。銃口から、絶大な威力を秘めた電撃を、激しいスパークと共に撃ち出した。
その電撃はがしゃどくろの口内どころか頭蓋骨の内部の尽くを一瞬のうちに黒焦げにし、そして貫いた。
《
そして宙から迫るはライキリ。細かく微調整をして刀を上手く頚椎の関節部分に充てがった。
「取った」
確信と共に小さく声に出す。次の瞬間、がしゃどくろの首が断ち切られ、大きな頭蓋骨が宙に舞った。
▽▽▽▽▽
湿った髪をドライヤーで乾かしながら彼は……凪は溜め息を吐く。
柄にもなく本気で戦ってしまった。考えるのはそんなことだ。別に本気でキレて全力を出さなくともあれくらいなら十分に攻略出来ただろう、という反省。
余力を少しでも多く残し、そして早く倒す。それが彼のポリシーだ。もし戦闘が終わった後にまた別の戯我が現れたとしたら。そこに裂くための時間と体力を残していなければならない。戯我が一つの地域につき一日一回しか現れない、などという生易しいルールなど無いのだ。
あとは単に疲れることはしたくない、という理由もある。
「まだ俺も子供ってわけだな……」
一時の激情に身を任せるような真似をしているようでは、彼の父に笑われるだろう。
凪の頭の隅でまだ子供だな、などと笑い始めた鬱陶しい父の幻影を手で振り払い、彼は洗面所を出た。
本来なら凪一人しかいないはずの家。しかしある場所から微かに呻くような声が漏れ出ていた。それだけで何が起きているのか全てを察したらしい凪は、溜め息の一つも吐くこと無くその音がする部屋の前まで歩く。
その部屋は、凪の母が使っていた部屋。部屋の主である母は父と共に海外へ旅立っているため、本来なら誰もいないはず。
なのに凪は一つも不思議がる素振りを見せること無く、静かにドアノブに手をかけた。
「……入るぞ」
中で眠っているであろう少女を起こさないよう、ゆっくりとドアを開いて中に入る。
部屋の中にあるベッドで眠っていたのは鷹原朱莉。何か悪い夢を見ているのか、汗を額に滲ませており、息が乱れていた。
小さく何度もごめん、と呟き、何かに救いを求めるかのように手を伸ばしている。
その手を。
「やっぱりそうだよな」
凪が優しく握った。その感触で起きたのだろう。んぇ、と意味を持たない言葉を呟いて朱莉は目を覚ます。
動かない頭で現状を整理しながら、回らない舌で彼の名を呼ぶ。
「……なぎ?」
「ただいま」
挨拶をして優しく微笑みかける。朱莉はようやく現状を整理出来たのだろう。額の汗を手で拭いながら感謝を伝えるために口を開いた。
「ありがとね、凪」
凪はその言葉を聞いて安心したのか、手を離して立ち上がる。自身も眠気に襲われていることもあり、早く寝たいのだ。
しかし朱莉がその手を素早く掴んだ。思わず体の動きを止め、ゆっくりと朱莉の方へ振り返る。
「ね、一緒に寝ようよ」
それを聞いて、しかし凪は嫌な顔一つしない。手を振り解こうと思えば、一瞬で解けたことだろう。しかし、彼はそんな発想を少しも抱かなかった。
心細そうな声。不安を湛えた目。朱莉のそれらを受けて、それでも無視する事など彼に出来るわけがない。
沈黙を肯定と捉えたのか、朱莉は凪の腕を少し引っ張った。凪はそれに抗うこと無く、朱莉が横になっているベッドに吸い込まれて横になった。朱莉はそれを見て少し微笑み、掛け布団を彼にも掛けて布団の中へと潜り込む。
凪の視界から消えた彼女。しばらく時間が経った後、彼の腰に手を回した。朱莉は凪の背中におでこを付け、少ししてからすやすやと寝息を立て始める。
「……おやすみ、朱莉」
凪は静かにそう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
戦闘で疲れていたからか、それとも背中から体温が伝わってくるからか。彼もすぐに微睡みの中へ沈むのであった。
二年もの長い間投稿すっぽかしててすいませんでした。
本当にすいませんでした。
付録之弐[ザルティス]
古来よりリトアニアやラトビア、プロイセンなどのバルト地域の人々によってかまどを守る神として崇拝されていた、毒を持たない穏やかな気質の緑蛇。
豊穣をもたらすとされ、ベッドの下や部屋の隅など家屋内のどこにでも追い出されること無く居させてもらえたという。
また、太陽の女神サウレのお気に入りだと信じられており、この蛇を殺すことは冒涜であるとされていた。