仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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四話です


第四頁[白き女の神槍(グングニル)]

 どういうわけか、鷹原朱莉という少女が俺たちの家で過ごすようになって数週間。

 

 何故か俺の部屋の半分が彼女のための──今となってはスペースを持て余しているが、当時は両親それぞれの部屋があったため急に増えた家族に充てる余裕が無かったのだ──スペースとなり、元々あった俺のベッドの上に一段ベッドが増えて。

 

 正直な話をすれば、当初の俺は迷惑を被ったという感情の方が大きかった。彼女を我が家に迎え入れるなどという話は一度もされた記憶が無い。

 その上俺の同意無く部屋の半分を奪われ、面倒も見てくれと頼まれる始末。おまけにどういった事情で彼女を迎え入れたのか、それを知らされることもなかった。

 

 それでも、一ヶ月という長い時間が過ぎた頃にはそんな感情はどこか遠くへ消え去っていった。彼女にただならぬ事情があるのだろうことは、小学校低学年……確か一年か二年くらいの頃の俺にも理解出来たからだ。

 

 学校には行かないし、なら家でゲームでもしてサボっているのかと思えばそんなことはなく。ただ部屋の隅に蹲って啜り泣くだけ。飯も自分から食おうとする姿勢が無く、俺が無理やり食わなきゃいけない状況を作らなければ、やがて栄養失調で倒れていたことだろう。

 それに加え、夜に何か悪夢を見るようで度々悲鳴を上げながら飛び起きることもあるのだ。多分、というかほぼ確実に鬱病とかその手の何かを抱えていたはずだ。

 

 そんな奴を見て、何か事情があるらしいと察せないわけがない。もしそんなこともわからない奴がいるとしたらそいつは救いようがないほどのバカだろう。

 

 そして、出会ってから一年ほどの時間が過ぎた。

 

 あまり口を効いてくれなかった彼女も、時間の流れに絆されたのか少しずつ蒼月家の人間と言葉を交わすようになってくれた。

 一番会話していたのは恐らく俺だろう。

 

 夜が苦手らしいからなるべく部屋で一緒に過ごしてあげて、そして見守ってあげて。ついでに勉強もわからないところがあったら教えてあげて。

 そんな母親の言いつけをよく守っていたおかげなのか、わりかし懐かれていた気もする。

 

 そんな比較的良好な関係を築きつつあったある日の夜中。何か悪い夢を見て飛び起きたらしい彼女と、そのときの悲鳴で目が覚めた俺。そんな二人でこっそりとベランダに出て、冷たい夜風に当たりながら取り留めのない会話を交わしていた。

 

 隣のクラスの山田の野郎が佐藤を引っ叩いて先生に叱られたらしい、とか。最近こういうアニメが流行ってるらしい、とか。内容をほぼ全て忘れたからなんとも言えないが、確かそんなような、覚えていてもどうしようもない話ばかりだったはずだ。

 

 そんなくだらない会話のネタがお互いに尽きて、数分の沈黙が二人の間に流れた後。

 

「……な、なぁ。嫌な夢、見てるんだろ? どんな夢……なんだ?」

 

 少し気不味い空気をどうにかしようと、足りない頭を使って絞り出した話題だった。今にして思えばデリカシーの類が致命的に足りていない。

 

 少女は、そのデリカシーの欠片もないクソみたいな問いに、絞り出すように答えを言う。

 

「お母さんとお父さん、お兄ちゃんがね。血だらけの手で私を掴んできてさ。なんでお前だけ、お前のせいでって言われるんだ。そんなこと言うはずがないってわかってるのに、本当に思われてたらどうしようって。それが、怖くてさ……」

 

 そう話す彼女はとても辛そうな表情を浮かべていて、そこで俺はようやく自身の発言を後悔した。心の傷を抉ってしまったような、踏み込むべきではない領域に無遠慮に踏み込んでしまったような、そんな罪悪感が心に染みていく。

 

「ごめん、こんなこと聞いて」

「気にしなくて良いんだよ? いつかは話さなきゃいけないことだったから」

 

 彼女はそう言って、俺の謝罪を受け流した。そのいつかが今日になっただけ。そう言いながら浮かべるその笑顔がとても痛ましくて、俺は思わず目を逸らした。

 それを見たのか、朱莉は本当に気にしなくて良いのに、と呟いた。そして少し間を置き、語り出す。

 

「……凪なら信じてくれると思うんだけどさ、私のお父さんとお母さん、それとお兄ちゃんはね。実は怪物に食べられちゃったんだ」

「……え」

 

 唐突過ぎるカミングアウトに思わず押し黙った。どうしていきなりそんなことを。いやそもそも怪物に食われたというのはどういうことなのか。

 瞬間、そんな疑問で埋め尽くされた俺に構うこと無く、彼女は当時のことを思い出すようにして目を細めながら、拳をきゅっと握り締めて呟いた。

 

「糸みたいなのが体から出てね、その怪物の口に吸い込まれてっちゃってさ……。それでみんないなくなっちゃったの。誰も信じてくれないんだけどね」

「それ……は……」

 

 戯我の事だ。正確に言えば戯我が人間を喰らうときの情景だ。親父に聞かされていた知識と酷く一致している。それを思い出したときに点と点が繋がって線になり、そして一つの結論を導き出す。

 

「お兄ちゃんが逃がしてくれたんだけどさ、忘れられないんだ。その時のお兄ちゃんの叫び声が。逃げて、走ってって」

 

 両親は──いや、親父はきっと償うために彼女を我が家に迎え入れたのだろう、と。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 がしゃどくろ戦から大体二週間程度の日が経った。あれから然程大きな事件が起きたわけでもなく、渡津海市は平和で穏やかな時間が流れていた。

 

 それは凪にとっても同じこと。

 

「今度こそ当てるんだ俺は……ッ!!」

 

 昼下がりの教室にて。そんな宣言をしながら次々にパックを破り、中身を確認していく凪の友人である白石。

 彼はなけなしのお小遣いでありったけのパックを買ったのだという。期待をその胸に秘めてそのパックを次々に破き、しかし出てくるカードは被りか目当てではないものばかり。そんな眼の前の現実に白石は放心し、頭を抱えながら机に沈んでゆく。

 

「お前いい加減諦めろって。たかが6パックで最高レアが当たったら誰も苦労せんだろうよ」

 

 凪はその様を見てケタケタと笑いながら彼の肩を叩く。それに対して白石は何も言うことなく、ただ外れたことを嘆き悲しむのみ。

 その様子を見ていたのか、それとも最初から凪に用事があったのか。

 

「めちゃくちゃ煽ってるじゃん」

 

 朱莉は凪と白石に近寄るや否や、そんなことを言って凪の机に腰掛ける。

 やめてあげなよと真っ当なお叱りを朱莉から受けるが、凪はそれでも笑うことをやめない。

 

「友人のガチャ爆死を見ることほど面白いことは無いだろ。金使ってるならなおさらだ」

 

 この男、少し性格が悪い。朱莉や白石のみならず、この会話を聞いていた人間全員の心に浮かんだ言葉である。誰もそれを口にすることは無かったが、蔑むような目線が彼に向けられることとなる。

 

 しかしそんなものを気にするほど、彼は周囲の人間に意識を割いていない。

 一つ息を吐いて笑うのを止めると、朱莉の方へと顔をやって口を開く。

 

「それでどうした? なんか借り物か?」

「ん? いやそういうあれじゃないんだけど……その様子だとま~たなんも見てないんでしょ」

 

 朱莉は呆れたような視線を凪に送り、机の上に乱雑に放られている凪のN-フォンをトントンと叩く。彼はその一言で何のことか概ね察したらしく、それを手に取って起動した。

 ロック画面に表示された一通のメッセージ通知。送り主は赤嶺。LOT渡津海支部の支部長である。

 

「大体わかった。シフト変更ってやつか?」

「んや、今回は直で来いって。なんでも大事な話があるんだとか」

「大事な話……?」

 

 思い当たる節は一つ。以前話題に上がっていた、遺物をいくつか使用して騒動を起こした人間の裏にいたという何らかの組織のことだけ。

 わざわざこうして呼び出してくるということは、恐らくそれの正体を掴めたのだろう。

 

「それかどこかが襲われて落ちたかの二択、か」

 

 ポツリと呟き、凪は溜め息と共に面倒だという感情を吐き出した。さすがに無いと思うが、もしそんな事態が起きればこうして学校から直で来いと言われてもおかしくない。

 そんな凪の様子を見て苦笑いを浮かべつつ、朱莉は凪に釘を刺す。

 

「多分前者だと思うけどね。わかってると思うけど後で私から聞くからって言ってブッチするのダメだよ」

「さすがにこれブッチはやんねえさ」

「それならよろしい」

 

 腕を組み、大袈裟に頷いた朱莉。しれっと空になっていた凪の弁当箱を回収し、彼女は教室を後にする。

 

「なぁ。そういやお前と朱莉さんってどういう関係なんだ?」

 

 その背を見送りながら、先程まで黙っていた白石は凪に疑問を投げかける。

 凪と一年ほどの付き合いがある白石。しかしそんな彼も、凪と朱莉の関係を察する事ができていない。

 

 ただの友人だ、というには少々距離が近過ぎる。夕飯を一緒に食べているとか、ときどき家に泊まっているらしいとか。異性同士の仲にしては近いだろう。

 

 しかし恋人にしては、やり取りが少しドライな気がしなくもない。この年頃の恋人というのは、所構わずイチャつくのが相場だ。完全に偏見でしかないが、そんな白石の恋愛観から二人の関係は外れていた。

 

 だからわからない。二人が一体どういう関係なのか。ただ異様に仲が良すぎるだけの友人なのか。それとも少しドライな関係の恋人なのか。

 そんな疑問に対する凪の返答は、こうだ。

 

「一言で表すなら……そうだな、大切な家族ってとこか」

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 渡津海支部の、普段はあまり使われることのない少し小さな会議室。そこにこの支部の主要な人物たちが集められていた。

 

「手っ取り早く本題から話そうか」

 

 珍しくアルコールが入っていない、いわゆる素面の状態の赤嶺が手に持っている紙をペシペシと叩きながら、集まった人間にこれを読むよう促した。

 

「ロゴス・シーカーを名乗る集団が現れた。前に話した磐戸で遺物騒ぎを起こした奴の裏にいた連中……まぁ要は黒幕のお出ましってわけだ」

 

 がしゃどくろと戦った日。その日の昼下がりに話題に上がっていた、裏で暗躍している謎の存在。その正体を暴けたという話だ。

 

「構成員一人しかわかってないのによく名前わかったね。天才か?」

 

 紙に目を通しつつ、朱莉は感心したかのように呟いた。

 判明した構成員はただ一人。アダンという名の男のみである。捕まえて聞き出したのかと思えばそんなことはなく、かなりの激戦を繰り広げた末に逃げられたらしい。

 そんな状態でどうやって聞き出したのか。

 

「分かったというか、そいつが名乗ったらしいな」

 

 答えはこれだ。磐戸支部の霊装使いの油断を誘うために、あれこれと自分たちのことを話し始めたのだそうだ。

 目的が混沌の神話を築くことであるとか、LOTが収集して秘匿している『ラジエルの書(セファー・ラジエル)』を入手するのも目的の一つであるとか。

 

「混沌の神話、ねぇ……。そんなんを築いて何になるんだか」

「まぁ何かしらメリットがあるんだろうね。少なくとも戯我は得をするし」

「そんなもんに人間が協力して何になる? 好き勝手食われるだけだぞ?」

「……その目的は建前で、他に何かラジエルの書を手に入れないと達成出来ない目標があるとか?」

 

 一応情報共有のための場であることなど完全に忘れたのか、いつものノリであれこれと私語をする。

 少々冷たい視線を送られていることに気が付かないのか、凪は口を動かすのを止めようとしない。

 

渡津海(ウチ)にいなきゃいいんだがなぁ。そんな面倒な連中との戦いに巻き込まれるのはごめんだ」

 

 などと呑気に宣った。やはり一旦黙れという場の雰囲気などどこ吹く風、といったところか。

 

「もしそうなったら本気で戦う癖に」

 

 凪の言葉に、朱莉はポツリと一言だけ漏らす。それをオチとして、赤嶺は黙るように指示した。

 

「私語はその辺りにしておこうか、ハッピーセット組。それでだが……どうにもモンストリキッドを体に突き刺して戯我となることも出来るらしい」

 

 そう言って、彼は資料に目を落とす。キュクロプスのモンストリキッドを使用してキュクロプスへと変貌。磐戸にいた霊装使い三名を相手取り、一人で圧倒する大立ち回りを見せたのだそうだ。新型モンストリキッドの力によって撃破されたそうだが、それにしても恐ろしいものだ。

 そんな奴がもしこちらに来ていれば、自分たちは勝てていただろうか。凪は頭の中で想像し、僅かに体を震わせた。

 

「まぁこちらに関しては磐戸での事例以外にも陽都市などでも確認されているわけだが、ともかくそれも頭の中に入れておくべきだと判断したので共有させてもらった」

渡津海(ウチ)にそういうことをするやつがいても不思議じゃないわけだな?」

「そうだ」

 

 そこで言葉を置き、赤嶺はお茶を喉に流し込んでからもう一度口を開く。

 

「前にも言ったが、過去に一度その手の連中と事を交えたことだってある。まさかこんな田舎都市にそんな連中がわざわざ来るわけない、と高を括って日々の巡回を疎かにしないように」

 

 彼が厳命したのは極々基本的なこと。しかしそれが街を守る一番の方法なのだ。いくら力を持ったり策を弄したとしても、それを発揮する場がわからなければ全ては無意味。

 街を見回り、危険な物を捜し出し、それらを適切に処理する。そのための力であり、策である。

 

 この場にいる者の殆どがご尤もだと頷いた。が、一人だけ顎に手を当てて何か思案を巡らせている者がいる。

 

「……一つ質問良いか?」

 

 凪だ。珍しく真剣な眼差しを送る彼に、赤嶺は少し目を見開いて静かに頷いた。

 

「魔祓課には伝わってるのか? 伝わってなかったらマズいタイプの情報だろこれ」

 

 凪が危惧しているのは、渡津海市の魔祓課がこの情報を知らなかったときのこと。彼らも彼らで普段からきちんと見回りをしているのは知っている。

 しかし、その巡回ルートが被っていたらいささか効率が悪い。その被ったルート分、どこかに余りが発生する。その余りにもしろくでなし共が集っていたとしたら。発見が遅れて面倒なことになるのは間違いないだろう。

 

「どうだろうな……いやさすがにされてるだろ。よしんばされてなかったとしてもあいつらと今日の夜に呑みに行くわけだし、その時に伝えるさ」

 

 凪の質問に対して、赤嶺はこう返した。酒を呑むジェスチャーをしながらというのがなんとも彼らしいところであるが、それに対して、凪は若干呆れ気味だ。

 はぁ、と溜め息を吐き出して口を開く。

 

「お前ガチで酒飽きねえよな。しかもあの黒氏相手に」

「定期報告会みたいなところだしそこまで呑む気はないぞ。お前たち三人組も二十歳になったら誘ってやるからな」

「絶対行かねえ。ベロンベロンに酔ったお前の介抱なんてしたくねえしな」

 

 渋い顔をしながら赤嶺の誘いを断る凪。そんなに言わなくても、と言いたげな赤嶺だが、海斗も朱莉も苦笑いを浮かべている事に気がついてその言葉を引っ込めた。

 どう考えても分が悪い。この若干気まずい空気をなんとかするために、話を逸らさなければ。そんな使命感に駆られ、赤嶺は別の話題を探す。

 

「そういえば漣のやつがもうちょっとしたら一旦帰ってくるらしいぞ」

 

 とっておきの話題。凪の父親が一旦帰国する、という話だ。凪はそれに目を丸くしながら口を開いた。

 

「まだあっち行って一年くらいしか経ってねえのに……。さては欧州のレベル高すぎて心が折れたな?」

 

 凪は彼の父親が何をしに欧州に行ったのか、全く知らない。だがこの支部にあった封魔霊装を一つ持っていった事を鑑みれば、ただ単に移住したというわけでないことはよく分かる。概ねLOT関連の何かであちらに異動することになって、霊装使いとして何かをやっていることだろう。

 そんな奴が一旦帰国するとなれば。きっと心が折れて欧州でやっていけなくなったのだ。これほど面白いことはない、と凪はにわかにほくそ笑む。

 

 そんな凪に赤嶺は思わず苦笑いを浮かべつつ、それを否定する。

 

「あいつのことだしまさかそんなことはない、というか単に休暇をもらっただけだと思うが……。一ヶ月だか二ヶ月だか後だとさ」

「母さんは?」

「もちろん瑞穂さんも一緒に戻って来るはずだが。というか漣が瑞穂さんを一人にして戻って来ると思うか?」

「……あのおしどり夫婦に限ってそりゃあ無いだろうな」

「ならそういうことだ」

 

 赤嶺はそこで言葉を切った。これで話は終わりだ、ということだろう。そう判断した構成員たちが続々と部屋を出ていった。

 

「……いくら酒が好きとはいえ、あれと酒を呑まなきゃいけねえってのはなかなかに辛いな」

 

 酒好きの赤嶺にしては意外なその発言を聞いた者は、誰一人としていなかった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 渡津海市のとある場所にある赤嶺の自宅。普段は静かなはずのその家は、珍しい事に少々賑わっていた。

 

「いや〜美味い。赤嶺くんが選んだお酒に間違いはないわね」

 

 一人暮らしの家には似つかわしくない、大きなベッドに腰掛けて芋焼酎をラッパ飲みで喉に流し込む何者か。

 その姿を見ながら、赤嶺は若干辟易とした表情を浮かべながら

 

「そいつはどうも」

 

 と返した。早く本題に入ってこの呑み会を終わらせよう。そんな赤嶺の考えを知るはずもなく、()はにんまりとした笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「なんでそんな嫌そうなのよ。お酒、好きなんでしょ?」

「確かに酒は好きだがお前とは呑みたくない。なぜだか知らんが疲れるんでな」

「へぇ、もしかしてアタシのこと嫌いだったり?」

「お前のそういうないことないこと言ってからかってくる部分は嫌いだ。あとさっきも言ったがお前と呑むと無性に疲れるからなるべく避けたい。ついでに言うと、たまに吐きそうになるほど気持ち悪い発言してくるのもやめて欲しい」

「いやん辛辣」

 

 傷付きました、とジェスチャーをする彼。それに対して赤嶺は深い深い溜め息を吐き出して、この呑み会の本題へと軌道を修正する。

 

「それで? 磐戸であった一悶着二悶着の件は知ってるんですかね、渡津海の魔祓課課長、黒氏(くろうじ) 朗太(ろうた)さん?」

 

 そう。この女口調の彼こそ、この街の魔祓課、それもその課長である黒氏朗太その人である。彼はいわゆるオカマと呼ばれるタイプの人間だった。

 

「えぇ、もちろん知ってるわよ。というか何それ知らな〜い初耳学ぅ〜だなんて言ってたら今頃アタシのクビすっ飛ばされてるわね」

 

 黒氏は自分の首を手でペシペシと叩きながらそう言った。別にそれだけでクビにされることはないだろうが、そこは彼の真面目な性格が現れているのだろう。

 赤嶺はそれに軽く頷き、近所のコンビニで買ってきた缶のジンソーダを少しだけ口に含んでから口を開く。

 

「そりゃそうだな。それで、だ」

 

 そこで言葉を切り、黒氏の顔を真っ直ぐ見つめた。窓の外を眺めていた黒氏が、自身の方へ顔を向けたのを確認してから言葉を続ける。

 

「お前はどう思う?」

「どう、ねぇ……」

 

 手にしていた酒瓶をテーブルにコトリと置いて、黒氏は少し優しい目をしながら赤嶺の質問の意図を問いかけた。

 

「もしかして……あの連中がまた出てくると思うか、とかそういう話かしら」

「……まぁ、そうだな」

 

 若干重苦しい空気を醸し出しながら、赤嶺はそれを肯定する。

 

「あなたとアタシと漣で潰したじゃない。何がそんなに心配なの?」

 

 過去にバルムンクとして戦っていた赤嶺、グングニルとして戦っていた黒氏。そしてライキリとして戦っている蒼月漣。その三人が十数年前に、全力を出して潰した組織がある。その組織の殆どは逮捕され、文字通り壊滅した。

 それの生き残り、もしくは取り逃した人間がいるのではないかという危惧。以前、凪や海斗の目の前で吐露したその不安を黒氏にぶつけているのだ。

 

「もし残党がいたとして、いつかその牙を向けてくるはずだ。その餌食になるのはあの三人なんだぞ。ウチのなんてまだ高校生なのに、これ以上負担を増やすようなことはさせたくないんだ」

 

 その不安の理由は、概ねあの二人に対する後ろめたさである。

 二人はまだ高校生だ。それなのに街の人々の命運を背負わせている事に、常日頃から不甲斐なさを感じている。ただでさえほぼ日課と化している巡回ですら申し訳ないのに、これ以上負担を増やしたくない。

 もっと青春を謳歌して欲しい。命のやり取りの回数なんて少なくあるべきで、それが人間相手とあれば余計させたくない。それが赤嶺の根底にある思いだ。

 

 それを知った黒氏は、しかし若干呆れたかのような溜め息を吐いてこう言葉を返す。

 

「……じゃあ、またバルムンクとして戦う? 年単位でまともに運動してないんだし、無理でしょ?」

「それは、まあ……そう、だな……」

 

 絞り出すようなその答えに、黒氏はそうでしょうねと短く答えを返す。日頃から酒を大量に飲み、その上ほぼ運動しないというこの不健康っぷり。その体たらくで今更海斗に代わってバルムンクとして戦おうと言っても、無理があるのは当たり前だ。

 いくら経験があるとは言っても、せいぜい凪の邪魔にならないようにするのが関の山である。

 

「ならあの子達を信じるしかないじゃないの。あなたに出来ることと言えばそれとケツ持ちくらいかしら」

「そんなことはわかってるさ……」

 

 弱々しい声音でそう返した赤嶺。自分に出来ることなど数少ない。わかっていても、それでも心配になってしまう。

 

「あなた優しいもの、心配になるのはわかるわよ」

 

 ふっと優しく微笑み、黒氏は赤嶺の背中をバシバシ叩きながら言葉をこう続けた。

 

「大丈夫大丈夫、あの子達は強いんだから。胸張ってりゃ良いのよ」

「……そうだな」

 

 肩の荷が下りたような、そんな表情を浮かべつつ赤嶺はコクリと頷いた。それに満足気な表情をした黒氏は再び酒瓶に手を伸ばし、酒を喉に流し込む。

 

「さ、あれこれ話し合いましょう。本題はあなたのカウンセリングじゃないわけだし?」

「……一言余計だぞお前」

 

 赤嶺は黒氏の横腹を小突いて不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻。渡津海の山奥を、コオニギガの群れが逃げ回っていた。

 

 事の発端は遡ること十分ほど前。人間を攫おうと三十体程度の割と大群で山を下っていたときの話。

 

「……あ?」

「……ア」

 

 なんと運の悪いことか。彼らは霊装使いである凪と海斗の二人組と鉢合わせてしまったのだ。

 当然、霊装使いとしてコオニギガの群れを見逃してやることなどあり得ない。調伏しようと彼らは変身し、コオニギガに襲い掛かった。

 

 それに対して、コオニギガが取った対応は逃走である。三つほどの群れに分かれ、それぞれ全く別の方向へと逃げたのだ。霊装使いは二人しかない。なら、どれか一つは逃げのびる事が出来るはずだ。そんな小賢しい策である。

 

 実際、今彼らは霊装使いに追われていない。そんな小賢しい策が通じてしまったのである。

 しかし、一つ壁にぶち当たってしまった。

 

「川だ……」

 

 川である。渡津海に流れるこの川の上流は、比較的流れが速く渡るには命を賭けなければならない。いくら戯我であるとはいえ、泳ぎ慣れていない彼らが溺れて流されてしまっては、その末路は言うまでもなく死である。

 

「さすがに渡れないぞ……」

「川に沿って逃げるか」

「どっちに逃げる?」

「上流に逃げよう」

「でも滝が……あの崖登れるか?」

 

 その程度の簡単なことはさすがに理解しているコオニギガたち。口々に意見を交わし、これからどう動くかを話し合う。

 そんな彼らの耳が、何かが砂利を踏み締めながら歩いているかのような音を捉えた。音の発生源は徐々に彼らに近付いており、さらに微かにだが歌を口ずさんでいるのも聴こえてくる。

 

「……足音?」

「誰かが来る……まさか霊装使いか!?」

 

 早く逃げなければ霊装使いに殺されてしまう。そんな恐怖が心中にあるからか、彼らは音の発生源が人間であるとわかった時点で警戒心を剥き出しにしてその音の鳴る方向を見つめ続ける。

 

「ふんふんふふぅ〜ん……ん?」

 

 その何者か──女性は、自身の進路上にいたコオニギガの群れを見て思わずその歩みを止めた。

 硬直。その様を見て、コオニギガは女性が霊装使いやそれに関係する人物ではないと判断したらしい。一気にいきり立ち、雄叫びを上げながら女性に襲い掛かった。

 

「人間だァーッ!! 行くぞテメェら食い殺せェーッ!!」

 

 今日の彼らの目的である人間の捕食。それを達成出来るとあれば、襲い掛かるのは当然の判断であった。

 

 一つ、彼らが間違えた事があるとすれば、彼女の素性を第一印象で判断したことである。

 

「お〜っと危ない危ない。どっかから逃げてきたのかな?」

 

 女性はにこやかに笑いながら、コオニギガの攻撃をしなやかな動きで軽やかに避けてみせた。

 傷一つ付ける事ができず、彼らの間に少なくない動揺が走る。何故全て避けられたのか。何故この状況で笑っていられるのか。何故死ぬかもしれないのに怖がらないのか。

 

 その答えを、彼女は懐から取り出して腰のバックルに着けた。

 

《レリックドライバー!!》

「あ~あ、今日は星を見に来ただけなんだけどなぁ。ま、会っちゃったんもんは仕方ないか〜」

 

 女性は口を尖らせながらそうボヤきつつ、二つ、スノーホワイト色と鉄丹色のモンストリキッドを取り出した。

 

《フローズン!!》

《イピリア!!》

 

 その二つのモンストリキッドを起動させ、彼女はそれらをレリックドライバーに装填してハンドルを引っ張った。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

 

 辺りに響き渡る電子音声。白と橙の光がエネルギーラインから発せられる中、女性は指をパチンと鳴らし、それと同時に撃鉄を弾く。

 

BRUSH-UP(ブラッシュ-アップ)!!》

「へんし〜ん!!」

 

 瞬間、女性の頭上には橙の星座盤のような円形の図形が、足元には白のそれが現れ、それぞれ上下に動き始める。

 

《雨期の到来を告げる白雪!! フローズンイピリア!!》

 

 それらが全て終わった後、そこに現れたのは白と橙の装甲を身に纏う仮面ライダーである。

 イモリの表現し難い独特な鳴き声が轟き、それと同時に彼女は手を宙に翳す。長い一本の槍が現れ、その手に握られた。その刃が、俄に湿る。

 

A(アーティフィシャル)ウェポンS/T(エス・ティー)!!》

「私は仮面ライダーグングニル。さぁ、私の色に染め上げてあげる!!」

 

 仮面の奥で、やはりにこやかに笑みを浮かべてグングニルを名乗った彼女は叫ぶ。

 コオニたちはそれに少し怯んだ。まさか霊装使いが、それも口振りから本来なら戦わずに済んだであろう新手に出会してしまうとは。誰しもそんなことは想定外だ。

 

 しかし、彼らには最初から戦う以外の選択肢などない。数の暴力で、この場を制するしかない。

 そんな追い詰められた必死の攻撃を、やはりグングニルは手に持つ槍と持ち前の軽快なステップでスルスルと躱してゆく。

 

「ふふん、どう? もしかして女だからって舐めちゃってた? 残念、私ちょっとだけ強いんだ」

 

 自慢気に鼻を鳴らし、そう宣うグングニル。その際にも手を休める様子は無く、素早い突きでコオニを一体貫き、そして葬った。

 それに目を向けることも無く、彼女は殴りかかってきたコオニの拳を受け止める。どれだけコオニが力を入れてもびくともしない。それに焦り、その手から逃れようとするがグングニルはそれを許さない。

 

《フローズン!!》

「暴れないでよ、危ないじゃんか」

Calling(コーリング)!!》

 

 グングニルの手から凄まじい冷気が発せられ、瞬く間にコオニの手が凍りついてゆく。

 

「ひえっ……」

「ん〜、えいっ!!」

 

 思わずコオニが短い悲鳴を上げた途端、彼女はその手を握り潰した。それによって生まれた凄まじい痛み。コオニはそれに悶える間もなく胸を槍で貫かれ、この世からその存在を消した。

 

「この調子でどんどんやっちゃうよ〜!!」

 

 その勢いをそのままに、彼女はコオニたちへと斬り込んだ。コオニたちは応戦するが、しかし手も足も出せずに斬られてゆく。白と橙だったはずのグングニルの装甲は、やがて彼らの返り血とでも言うべきインクで薄汚れていく。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)!!》

「そろそろ終わりにしよっか!!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!!》

 

 にこやかな声と共に、戯我にとっての死刑宣告がなされた。グングニルの装甲が展開し、排熱ダクトが露出。

 

《フローズンイピリア・クロマティックストライク!!》

「よいしょお〜ッ!!」

 

 少々気の抜ける掛け声と共に彼女は跳躍。コオニたちの群れの中心に向け落下し、先程のものとは比にならない凄まじい冷気を纏った拳を地面に叩きつけた。

 その拳を中心に数メートルほどのクレーターが出来上がり、それを生み出す衝撃波が広がった。その衝撃波と共に冷気が拡散。空気中にある水分が瞬時に凍結して無数の氷の刃が生成され、それらはコオニたちの体を無慈悲にズタズタに裂いた。

 

 たった一体を除いて。

 

「あ、あぁ……に、逃げろ……ッ!!」

 

 幸運な事に、吹き荒れた吹雪を軽傷で生き延びたコオニ。一人で敵うはずもない、とグングニルに背を向けて一目散に逃げ出した。

 

「あ、や〜っべ」

 

 それを見たグングニルは仮面の奥で、少し顔を青褪めさせた。急いでリキッドを押し込み、撃鉄を弾く。

 

《フローズン!!》

神器解放(レリクス・ドライブ)

Calling(コーリング)!!》

 

 グングニルの足元から冷気が発生。地面を伝い、コオニギガの足へ到達するや否や凍結した。彼は幾度か足掻いたが、しかしその氷はびくともしない。

 

「残念!! 何人たりともこの神槍(グングニル)から逃れることは出来ないよ。だって()()()()()()()()()んだから」

 

 まぁ敵を貫いたあと勝手に手元に戻って来る、なんて解釈もあるけどね。彼女はそう補足しながら、地面と足を繋げられたコオニへと歩みを寄せる。

 

 その間、コオニはどうすれば生き延びる事が出来るのか、それを足らない頭をフルに回転させて導き出そうとしていた。この氷の鎖を無理矢理破壊することは出来ない。かといって、この状態で戦おうとしたって無駄だ。

 なら彼に残された道は、ただ一つ。

 

「ゆ、許してくれ!! もう人間は食わない!! だから見逃してくれないか!?」

 

 命乞いである。どれだけ醜くとも、命が助かれば御の字。グングニルが去ったあとしばらく大人しくして、ほとぼりが冷めた頃にまた人間を襲えばいいだけのこと。プライドなどというくだらないものより、命の方が圧倒的に大事なのだ。

 

「え、嫌だけど」

 

 まぁ、グングニルはそれを一蹴したわけだが。

 

「なんでだ!? 少しは悩まないのか!?」

 

 思わず声を荒げて反発するコオニ。それに対してグングニルは慈悲を与える気は毛頭無いらしく、口を開いてスラスラと反論していく。

 

「いや〜なんでも何も見逃す理由もメリットも無いし、そもそも私霊装使いだしこんなでも魔祓課だしで……。ま、そういうわけでどちらかといえばキミを始末する理由の方が多くてさ」

「お、俺は生きることも許されないのか!?」

「うん、そうだね。恨むんなら私と出会った自分の運の悪さを恨んでね〜」

 

 グングニルはそう言いながら、濡羽色のモンストリキッドを取り出してそれを起動した。

 

《シェイド!!》

「じゃ、そういうことだから。始末するね?」

Charging Color(チャージング・カラー)!!》

 

 槍にそれを装填し、彼女はコオニの胸、大体心臓があるだろうかという位置へその切っ先を向けた。

 コオニは首を左右へぶんぶん振ってなんとか躊躇わせようとしたが、それも無意味に終わる。

 

《モノカラー・クロマティックスラスト!!》

「ばいば~い」

 

 別れの言葉と共に、彼女はコオニギガの胸を影を纏う槍で貫いた。その影に蝕まれていき、コオニギガはその体の全てを崩壊させる。

 

「よ~し、こんなもんかな?」

 

 残心もそこそこに、彼女は変身を解いた。露わになった透き通るように白く、膝の辺りまであろうかというほど長い髪が風に揺れる。

 それを手で梳かしながら、彼女は思考を巡らせる。

 

「あの規模の群れがどっかから逃げてきた風な物言いしてたってことは……多分凪ちゃんたちが追っててもおかしくないよね。もしそうなら朱莉ちゃんのことだし多分ここで反応が消えたことくらい把握してるはずだし、多分ここに向かってくるはず……」

 

 そこまで思考を巡らせ、彼女はしばらくここに居座る事に決めた。背負っていたリュックの中からキャンプに使うような椅子を取り出してそれを設置し、そこにどかっと腰掛ける。

 

「ん~~!! 今日も星は綺麗だ!!」

 

 緋色の瞳を満点の星空へ向け、満足気にそう言った。

 彼女の名は星宮(ほしみや) 愛衣(あい)。渡津海の魔祓課に所属する警察官で、封魔霊装グングニルの使い手である。




[付録之参]グングニル

 北欧神話の主神であり、戦争と死の神であり、さらには詩文の神でもあり吟遊詩人のパトロンであるオーディンが持つ槍。
 古ノルド語で揺れ動くものという意味を持つ。

 ロキが誤ってトールの妻であるシヴの髪を切ってしまったため、代わりの髪を作らせた際にドヴェルグ(小人)の鍛冶、イーヴァルディの息子たちの手によって同時に作られたとされる。 

 『散文のエッダ』「詩語法」において、この槍は正しい場所に留まったままでいないと記述があり、この解釈について「決して的を外さない」と「敵を貫いた後、自動で手に戻って来る」との二通りの解釈がある。
 また、この槍の先を向けた軍勢には必ず勝利をもたらすとされる。
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