仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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第六頁[動き出す緋色の謀略]

 朱莉のために何をしてあげれば良いのか。その答えを出すことが出来ず、そのまま数週間という時が経ったある日。

 二人ともソファに座り、大して面白くもないバラエティを眺めていたときの事である。

 

「ねぇ、凪。私なんか嫌な事しちゃってたりする?」

「……はい?」

 

 唐突にそんな事を尋ねられた。

 突然どうしたのだろうか、全くわからない。わからないが、朱莉が無意味にそんなことを言うはずがないことはわかっている。つまり、俺が何かそういった勘違いさせるようなことをしてしまっているのだということ。

 しかしそれの心当たりがない。朱莉が俺に何か嫌な事をしてきた、という経験など関わり始めてからの一年でほぼ一度もない。その逆も然り、と言い切れるように努めているわけで。

 

「なんでいきなりそんなことを」

 

 困惑を前面に押し出して、彼女に言葉の真意を尋ねた。やはり何度考えても心当たりがなく、その言葉の裏にある思いを推測しかねる。

 俺の問いを聞いた朱莉は、いくつか躊躇ったのちにこう告げる。

 

「……気のせいかもなんだけどさ、なんか避けられてるような気がして」

 

 あぁ。心当たりが急に一個増えた。というより確実にそれが理由だと思った。

 別に、嫌いになったとか苦手な子だとかそんなことではなく、単にどう接するべきなのかがわからないからというだけの理由なのだが。

 

 余計な心配をかけさせないためにも、ここで打ち明けるべきだろうか。しかし、それはそれで何かマズいような気もする。

 二つの選択肢に迷う心。それを迷いを晴らしたのは、朱莉の目だった。不安を湛えたその目に、俺はハッとした。独りにしないでくれ、と。必死に言っているような、そんな目をしていた。

 

 俺はそんな目をしてほしくて、距離を取ったわけじゃない。彼女が幸せに過ごせるようには自分がどうすれば良いのかを考えるために、少し一人の時間がほしかっただけなのだ。

 それが朱莉を不安にさせるのならば、素直に打ち明けた方が良いだろう。そう判断し、俺はゆっくりと言葉を絞り出す。

 

「……わからないんだ」

「え?」

「朱莉とどう接すれば良いのか、わからないんだ」

 

 俺の告白を聞いた朱莉は、どうやらそんなことは予想外だったらしく目を丸くしていた。これまで一年ほど過ごしてきていきなり接し方がわからない、などと言われるとは思わなかったのだろう。驚くのも当然と言える。

 そんな朱莉に続きをそっと促され、俺は言葉を続ける。

 

「朱莉からすれば、俺の親父のせいで家族が死んだも同然だ。もう少し到着が早ければ、きっと確実に生き残れていただろうから……。そんなやつの家族と一緒にいて幸せなのか、とか。色々考えててな……」

 

 これが、今朱莉を不安にさせている全ての理由。それを聞いた朱莉は、そういうことかと呟き、俺の顔をジッと見つめてきた。嘘を吐いているかを見るためなのだろう。以前彼女が言っていたが、俺は嘘を吐いたとき顔に出やすいらしい。

 数秒ほどそうして俺の顔を見つめ、満足したのか目を逸らして呟いた。

 

「優しいんだね、凪は」

 

 どうやら嘘ではないと判断されたらしい。これで話は早くなる。

 

「……俺はお前に幸せな人生を歩んでほしいんだ。あのときみたいな、辛い表情をしなくて良いように」

 

 彼女にとっての家族が死んだ日を知ったあの日。それを語る朱莉の表情を思い出すと、今でも胸が締め付けられるような思いがする。

 

 俺がそんな事を思い出しているなんてことを知ってか知らずか、朱莉はいきなり俺に寄りかかってきた。びっくりして思わず体を硬直させた俺に、彼女は言う。

 

「大丈夫だよ。私は今、ちゃんと幸せだから」

 

 と。

 

「確かに私の家族がみんないなくなって、とても辛かった。今もそれから立ち直れたってわけじゃない。夢に見て飛び起きるくらい、まだ辛いよ」

 

 俺もそれはよく知っている。頻度こそ少なくなっているが、それでもまだ悪夢に魘されていたり飛び起きたりするのは変わっていない。

 この家で安心感などを感じさせてあげられていないのだろう。

 

 そんな俺の考えを、朱莉は否定した。

 

「それでも、私にはこの家に住む人達がいる」

 

 それは俺にとってはかなり意外な言葉であった。思わず声を出しそうになったのをなんとか押し留めつつ、彼女の次の言葉を待つ。

 

「この家の人たちが独りになった私を拾ってくれて、優しく迎え入れてくれた。どれだけ塞ぎ込んでいても見捨てずに、ずっと気に掛けてくれていた。それがさ、何よりも嬉しいんだ」

 

 嘘ではない。直感がそう囁いている。声音が嘘を言っているときのそれではない。

 親父は恐らく、彼女の家族を救えなかった罪悪感から彼女を引き取っただけ。母は、それに従って彼女と接していただけ。俺もそう。母に見守ってあげてくれと頼まれたから見守っていただけのこと。特別なことなんて何もしていない。たったそれだけのことだ。

 

 それだけのことが、彼女にとって嬉しいものなのか。驚きを感じるのと共にどこか納得出来る部分もある。

 彼女は孤独を恐れているのだろう。だからこそ、血の繋がりは無いがれっきとした家族として接してくれることが嬉しいのだろう。

 

「だからさ……」

 

 一人で勝手に結論を出した俺をよそに、朱莉はゆっくりと俺の足……太ももに頭を乗せた。俗に言う膝枕というやつだろうか。野郎の太ももなんて硬いんだから寝心地悪いだろう、と言いそうになったが彼女が満足気な表情を浮かべているのなら良いかと思い直す。

 

 ふぅ、と息を小さく吐いて、彼女は俺の目を真っ直ぐと見つめる。夕焼けを思わせる赤色の瞳。いつ見ても綺麗だと思う。

 俺がそんな呑気なことを考えているとも知らずに朱莉は優しい微笑みを顔に浮かべ、そして口を開く。

 

「今まで通り、私と一緒にいてよ。いつか私が、一人でも平気になるまでさ」

 

 そのお願いを、断れるはずがなかった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 ここは渡津海高校の教室。いつも騒がしいその場所が、今日は普段とは違う類の騒がしさを見せていた。

 

「誘拐事件だって……。しかも色んな人が攫われてるらしいよ」

「噂じゃ化け物に連れ去られて食料にされてるとか……」

「え〜? そんなことあるわけなくない?」

 

 話題の中心にあるのは、先日星宮が凪たちに話した断続的に起きている連続誘拐事件である。

 市民に知らせて気をつけてもらうようにしよう、という警察の意向もあって誘拐事件の情報が発表されることになり、それらが真実の一部──無論戯我が関わっているらしいということ──を除いて報道された結果がこの様である。

 

 大騒ぎになっているのはもちろんのこと、誘拐された人々にこれといった共通する特徴が無いことから、化け物が攫っているのだという陰謀論じみた噂まで流れる始末。

 危機感がまるで無いよりは断然マシではあるのだが、しかし少しマズイのではないかと凪は考えていた。

 

「……戯我の存在がバレたらどう責任取る気なんだ、これ」

 

 問題はそこである。戯我を調伏するだけでなく、それらの存在を秘匿するのもLOTの仕事だ。にも関わらず、こんなくだらない事がきっかけで世間に戯我の存在がバレてしまってはどうしようもない。

 とは言っても、凪が出来る事など人の噂も七十五日ということわざを信じて静観するくらいのことしか無いのだが。

 

「なぁ、凪。攫われた人たちが本当に化け物に食われてたらどうするよ」

「……お前もその手の噂を信じる重度の厨二病患者なのか、白石」

 

 静観しておこう、という凪の内心などその他大勢の人間からしたら知ったことではない。それを彼に突き付けるかのように白石は凪へその話題を振った。

 凪は面倒臭そうに溜め息を一つ吐いた後、白石に正論パンチを叩き込む。

 

「どうするもこうするも、本当にそんな化け物がいたとして、それ相手にただの人間に何が出来る? せいぜい悲鳴を上げながら逃げ惑うことしか出来ないだろうさ」

「……確かに」

 

 ただの一般人に戯我相手に戦う力があるのなら、わざわざ封魔霊装なんてものを使う必要などどこにもない。それに戯我によって死人が出ることもないし、奴らのせいで悲しむような人間など生まれてこない。

 

「だからこの話はそれで終わりなんだ。化け物なんているわけないし、いたとしても一般人にできることは無い。こんなバカみたいに騒いだって何の意味も無いね」

 

 だからこそ、霊装使いがいる。無力な、無辜の民を守るために、その身と命を賭けて戦っているのだ。

 凪の返答を受けた白石は、意外そうな表情を浮かべながらこう返す。

 

「いつにもまして真面目な回答だな。いつもならテキトーなこと返してきてくだらん話になるのに」

 

 彼の言う通り、お約束を辿るのならあそこで凪がふざけた回答を返して、そこからまともに覚えても努力の無駄だと感じるレベルのくだらない話に発展していたはずだ。

 それなのに、今日は凪にしては珍しく真面目に答えを返してきた。白石はそこに僅かな違和感を抱く。

 

 凪は鼻をフンと鳴らし、端的にこう返す。

 

「今はそういう気分じゃない。それだけだ」

「……なるほどね?」

 

 そう返す白石の顔はどこか凪を疑うような目をしていた。それに対して何かを返そうと口を開いた凪だが、残念なことに煩いチャイムの音によって遮られてしまった。その音と共に教室に入ってきた教師が

 

「お前達も知ってることだろうが、誘拐事件が多発してるらしいからお前達も気をつけろよ〜。なるべく複数人で帰るようにな〜」

 

 と生徒たちに忠告したのを最後に、凪と白石はその話題に関して話すことは無かった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 それから時が過ぎ、渡津海に夜の帳が下り切った頃。渡津海の中心地からほんの少し離れた場所にある住宅街にて。

 蒼月凪は一人、周囲に目を走らせながら歩いていた。

 

 特に当てがあるわけではない。ただの巡回であった。それ故に、彼は思考の渦に飲まれていた。

 

「……戯我が絡んでる誘拐事件、か」

 

 思考の中心は、現在渡津海の周辺を騒がせている誘拐事件。

 戯我が人を襲い、そして色を喰い人が殺される。それはLOTにとっては、あまりこういう事を言うのはよろしくないのだろうが日常茶飯事である。そういった事案があまりにも多いから、彼らが誕生したのだから。

 

 しかし、戯我と人が協力して人を攫う。そういった事件は凪の知る限りそこまで数は無いはずである。

 

「一体何を考えてんだか」

 

 戯我と人間は基本的に敵対関係にある。そんな状態で協力をしたところで、互いに何のメリットがあるだろうか。仮に何かメリットがあったとして、それはいつか自分たちが殺されるかもしれないという危険を無視してでも協力出来る物なのだろうか。

 

 わからない。しかし彼には思い当たる節が一つだけあった。

 

「……噂のロゴスなんたらが絡んでるとかかぁ?」

 

 磐戸市にて大暴れをしたロゴスなんたら──ロゴス・シーカーである。報告書によると彼らは戯我と協力、もしくは戯我を使役して磐戸支部と事を交えたのだという。

 彼らの言う、神話の時代を築くためという動機をその誘拐犯たちも掲げているのなら。戯我と動機は一致するし、一時的に協力してもおかしくはない。

 

 それか、LOTに何らかの恨みを抱えている人間が集まっているか。

 

「そのどれかじゃねえと説明はつかない、か」

 

 もしくは神が顕現していて、それの信者と神が呼び出した戯我が共に動いているという線も捨てきれない。

 ただ、可能性としてはかなり低めではあるだろう。わざわざ神が動いているにしては、やることがかなりくだらないしみみっちい。

 

「しっかしなぁ……。綺麗にウチの管轄でだけ目撃情報が上がらねえのはなんでなんだか」

 

 星宮から話を聞かされてからの数日。その間に、近辺の支部から誘拐する場面を見たなどという報告が数件上がっているのだ。それどころか、市民がその場面を目撃したという通報さえ出てくる始末。

 それも、渡津海市を中心とした区域で、だ。だというのに、あからさまにここだけ報告が上がってきていない。市民からの通報も、一度だって無いらしい。

 

 凪はそこに違和感を抱いた。

 

「行方不明者がここでも出ているわけだし、ここで攫ってないわけではないはず……。おまけに星宮が話していたような方法で攫うのなら、どこかしらで鉢合わせていてもおかしくはないよな」

 

 警察官にしろ一般人にしろ、もちろんLOT渡津海支部の職員たちだって、誘拐の場面に出くわしたっておかしくはない。

 しかし、渡津海でそういった報告がされたことは無い。ぽっかりと穴が空いたような、そんな現状に違和感を抱くなという方が無理な話であった。

 

「あっちこっちで攫ってるような奴らがここだけは手を出さない、なんてことをするわけ無い。絶対に何かあるはず……」

 

 どうもきな臭い。きな臭いが、あまりにも情報が乏しすぎる。何が起きようとしているのかを推測するにはまだ不十分だ。今日から念のために巡回を強化することになったが、これで何か情報が一つでも得ることが出来れば。

 そうして思考を巡らせる凪の耳元に、無線から一言。

 

『バルムンク、戯我の調伏に移るよ』

 

 という報告が入った。こんな忙しい時期になっているというのに、相変わらず戯我は人を襲おうとしてくるらしい。そんな空気を読まないやつらに対する鬱憤を多分に含んだ溜め息を吐き出し、それに返事しようとしたとき。

 

 事態は急変する。

 

『レーダーに何も映ってないけど……ホントに戯我と戦ってるの?』

 

 渡津海支部にいる朱莉から告げられた、不審な点。戯我の存在を探知することが出来るレーダーに何も映っていない。朱莉からすれば、存在しない謎の何か──幻覚であるとか幽霊であるとか──と戦い始めたと言われたような状況なのである。

 事実、現在別の地点にいる星宮が交戦している地点にはしっかりと戯我の位置を示す点が複数映っているのだ。それを考えると、バルムンクのいる地点のレーダーだけがピンポイントで故障しているなんてことは考えにくい。もしそこだけ故障しているのなら、バルムンクの所在を示すポイントすら表示されることはないはずだ。

 

『……まさか戯我じゃない化け物がいるってこと?』

 

 無線の向こうから、朱莉の不安に揺れる声が聞こえる。もしそんなものが現れているのだとすれば、渡津海はとんでもないことに巻き込まれていることになる。

 誘拐の謎。その謎の正体がこの地に巣食っている可能性。ただでさえそんな厄ネタを抱えている疑惑があるというのに、正体不明の怪物までプラスされてしまっては対処に追われて満足な休息も得られないだろう。

 

 そこまで考えたのだろう朱莉に対し、凪は苦笑いを浮かべながらこう無線を入れた。

 

「……なぁ、朱莉。俺も一個良いか?」

『え、何?』

 

 凪は鋭い目線を暗闇の向こうへと送りつつ、レリックライザーを懐から取り出してこう告げた。

 

「俺も戯我っぽいやつと戦うことになった」

 

 と。次の瞬間、その暗闇の中から人の形をした何かが凪に向かって飛び出してきた。凪はそれをなんとか躱し、街灯の明かりの下へ向けて蹴り飛ばす。

 

 光に照らし出されて露わになったその何かの姿は、人に限りなく近かった。違う点があるとすれば、人であるならば完全に正気を失っていて口から涎をだらだらと垂れ流している点と、その口から覗く歯……犬歯が異様に長く鋭い点。あとは少々肌が白っぽいくらいか。

 

 凪はレリックライザーを指でくるくると回しながらそれを観察し、戯我か否かの判別を付けかねていた。

 

「どうしたものか……。ただの頭おかしい人間か、それか戯我なのか……」

 

 前者であれば、変身するわけにもいかない。あくまでLOTは人を守るためにある組織である。それに凪も建前としては人々が犠牲になるのを防ぐために、その命を懸けて戦っているのだ。だというのに、戯我と間違って何の罪もない一般人を殺してしまったとあれば戦う意思が揺らいでしまう。それにLOTから処分が下される可能性がある。

 

 数秒悩み、出した結論。

 

「……ここから大人しく去らなければ殺す」

 

 半ば脅迫じみた言葉。最初から逃げるなんてことは期待していない。むしろ激昂して襲い掛かってくるだろうとさえ思っていた。凪の狙いは、一応警告はした、という事実を作ることによって殺しても相手の責任であるという状況を生み出すことにある。

 これによって相手が人であった場合の免罪符になり得るし、戯我を取り逃がすこともないだろう。

 

 そんなことを考えつつ、戯我なのか人間なのかもわからない何かの一挙手一投足を注視する。

 

 そんな凪の耳に、もう一度朱莉からの無線が。

 

『凪!! 戯我が何体かそっちに行ってるみたい!!』

「……このタイミングで来るってことはほぼ黒、か。さすがに偶然だと思いたいところではあるが……言ってる場合じゃねえか」

 

 凪の言う通り、そんなことを言っている場合ではない。目の前のそれが人間である場合を考慮して躊躇している間にやってきた戯我たちに、囲まれて殺されてしまうかもしれない。

 彼はそれを危惧し、躊躇いを捨ててレリックライザーをバックルへと装着。モンストリキッドを二つ取り出してそれらを起動し、それらをレリックドライバーへと装填した。

 

《サイクロン!!》

《ザルティス!!》

「もしあんたが本当に人だったとしても悪く思うなよ、逃げねえあんたが悪いんだからな」

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

 

 緑のエネルギーラインが暗がりを照らし出す。それに目を細めず、凪はいつもの二文字を叫んで撃鉄を弾く。

 

「変身!!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!!》

 

 色が、凪の体を戦士の体へと塗り替えていく。髪の毛をかき上げるような動作をしたのを最後に、変身は完了する。

 

《邪を噛み砕く風纏いし牙! サイクロンザルティス!》

『シャアアアーッ!』

 

 ライキリは手を翳し、そこに現れた刀を握ってそれを構える。破魔の水気に濡れた刀の側面に、ライキリの顔面が薄らと反射した。

 

「仮面ライダーライキリ。お前が一体何なのか知らねえが、ともかく塗り潰してやる」

 

 その宣言を待っていたと言わんばかりに、ライキリに向けて何かは飛び掛かった。口を大きく開け、ライキリの肩に噛みつこうとしたのだ。

 ライキリは伸ばされた腕を躱し、空いている頬に拳を叩き込んだ。そこから流れるように脇腹へと刀を当て、それを振り抜いた。斬られた箇所から血のような何かが吹き出し、路面を鮮やかな赤に染めた。

 

 その何かは斬られた箇所を抑えて地面に蹲った。痛みに耐えられないのだろう。その様子を見てライキリは少なくない罪悪感を抱いたが、しかしそんなことで躊躇してもいられない。

 背後から聞こえるドタドタという足音。音の源が複数あることを鑑みると、恐らくは先ほど朱莉が話していた戯我たちだと見るべきだろう。

 

「……空気の読めない奴らだな」

 

 はぁ、と一つ溜め息を吐いてライキリは振り返る。確かに、コオニ・ギガが数体ほど群れを成してライキリに向けて駆けてきていた。

 あんな雑魚たちにくれてやる時間はない。それよりは戯我なのかどうなのかもわからないような化け物の相手をすることに集中したい。即座にそう判断したライキリは、ライラプスのリキッドを刀に装填。持ち手にあるトリガーを引きながら叫んだ。

 

《ライラプス!! Charging Color(チャージング・カラー)!!》

「悪いが今はお前らに構ってる暇なんか無いんでね……!!」

Last(ラスト) Calling(コーリング)!! モノカラー・クロマティックスラッシュ!!》

 

 武器のエネルギーラインがマホガニー色に発光。

 絶大な威力を秘めたそれを腰だめに構え、自身に殺到するコオニ・ギガに向け一閃した。ほぼ全ての個体が腰や胸の辺りで体を上下で真っ二つに切断され、辛うじてそうならなかった個体も片足と別れを告げる羽目になってしまった。

 

 あの一撃で群れをほぼ始末したことを確信したライキリは残心の姿勢もほどほどに、即座に振り返って先ほどまで相手をしていた何かのいた場所を見る。

 それはまだ斬られた箇所を抑えていたが、うずくまってはいなかった。立ち上がり、そしてジッとライキリの方向を見つめていた。それにライキリはヒヤリとしたものを背筋に感じ取った。

 

 何かろくでもないことを考えていそうな。それと同時に、ライキリは目の前にいる何かの正体について、一つの仮説を思いつく。

 人とほぼ同じ姿をした戯我で、肌が異常なほどに白く、犬歯が刃物のように鋭いもの。よくゲームやアニメにも出てくるような、あの有名な不死の怪物。

 

「お前、まさか……」

 

 ライキリがその戯我の名を口にしようとしたとき、何かは突如勢いよく飛び掛かった。刀を構えて迎撃の姿勢を取るが、何かの狙いはライキリではない。

 

 先にライキリに斬られ、徐々に体を崩壊させつつあるコオニギガの群れであった。地面に転がっているコオニの体を乱暴にわし掴みし、その色を食らい始めたのだ。

 この時点でライキリは戯我の予想が当たっていることを悟り、ゆっくりと息を吐く。

 

「吸血鬼戯我か。いやヴァンパイア・ギガの方が語呂は良いな」

 

 ヴァンパイア。人の血を吸って生き永らえる、不死の怪物とされる存在。

 それが今、彼の目の前で戯我を食らっている。まるで久々に食事を与えられた獣のように、一心不乱に。ライキリがその場にいるということなどすっかり忘れてしまっているようだ。

 

 そんなヴァンパイアに若干の呆れを含んだ感情を抱いたライキリは、一つだけ溜め息を吐き出すと朱莉に無線で連絡を取った。

 

「なぁ、朱莉。まだこの辺に戯我はいるか?」

 

 目的は、囲まれて袋叩きにされる可能性を潰すこととヴァンパイアのエサとなる存在がいないことを確定させておくこと。

 もし色を食らうことによって与えたダメージが回復できる能力があるとすれば、他の戯我の存在はかなり鬱陶しいものになる。いたちごっこになりかねない。

 

 そんな質問を受けた朱莉は素早くライキリの周辺のレーダーに目を走らせ、戯我を示す点が無いことを確認する。

 

『いない……はず。ただレーダーが不調気味かもだから保証は出来ないけど……』

「いや、それでいい。俺はお前を信じるよ」

 

 朱莉に対する全幅の信頼。それを聞いた朱莉が無線の向こう側で何か呟いたのを聞き流しつつ、ライキリはヴァンパイアに向かって走り出し、そして背後から刀を振り下ろした。

 肩の辺りからざっくりと斬り、そしてその背を蹴り飛ばした。道路を転がりながらうめき声を上げるヴァンパイアに対し、ライキリは刀に付いたインクを飛ばしつつこう言い放つ。

 

「腹が減ってて辛いよ~って気持ちは俺にもわかるが、かといってそれ以上を許すわけにはいかないんでね」

 

 冷たい言葉。だが、相手が戯我であるならば当たり前とも言える。

 

 ヴァンパイアは肩を抑えながら立ち上がり、口についていたコオニギガのインクを拭うと掠れた声で呟いた。

 

「コ、ロス……?」

「やれるもんならやってみな。ま、お前じゃ無理だろうけど」

 

 ライキリはそう言葉を返し、腰を低く落としてドライバーへと手を伸ばす。

 

《サイクロン!!》

「急々如律令!!」

Calling(コーリング)!!》

 

 直後、ライキリの体を押すように暴風が吹き荒れる。その風に乗り、ライキリは急加速。ヴァンパイアが防御の姿勢を取るよりも数倍も早くそれに接近し、上げられた両腕を断ち切った。

 断面から噴き出したインクが目にかからないよう風で飛ばしつつ、刀を持っていない左手を握り締めてヴァンパイアの顔に叩き込んだ。歯が数本ほどへし折れた感触がライキリの手に伝わり、彼は仮面の奥でニヤリと笑みを浮かべる。

 

 流れるように彼はヴァンパイアの胴を横に一閃。美しさすら感じさせる白い肌が裂け、赤いインクを撒き散らす。

 それを何でもないことのような目で見つめつつ、ライキリは飛び蹴りを食らわせた。ヴァンパイアは数歩ほどたたらを踏み、斬られた腹を抑えつつライキリを強く睨みつける。

 

 が、それだけ。攻撃を仕掛けてくる様子はなく、それどころかジワジワと後ろへと引き下がっていく始末。

 

 逃げようとしているのだ。それに気がついたライキリは舌打ちをしつつ、再びライラプスのリキッドを刀に装填。ついでとばかりにフォッグのリキッドも刀に装填し、そして吼える。

 

《フォッグ!!》

《ライラプス!!》

「逃がすわけあるかよ!!」

Charging Color(チャージング・カラー)!!》

 

 エネルギーラインがフォグブルーとマホガニーに発光。それと同時にライキリの排熱ダクトが露出する。

 

「これで終わりだ!!」

 

 そう宣言した彼は絶大な威力を持った刀を構え、そして地面を一度強く蹴った。

 それだけで数メートルはあったはずのヴァンパイアとの距離を詰め、そしてそれの心臓があるだろう位置に刀を突き刺した。勢いのまま刀を地面に突き立て、ヴァンパイアを地面に縫い留める。

 

 数秒ほど経ち、そしてライキリはゆっくりと刀を引き抜いた。ヴァンパイアの胸から止めどなく赤い液体が流れ出る。

 

 ヴァンパイアはもう体の構成を維持できるほどの力が無いらしい。ぐったりとした様子で、徐々にその体を崩壊させていた。

 その様を無感情に眺めつつ、ライキリは変身を解除した。羽織っていたマントが風に揺れる。

 

「調伏完了、と。しっかし、レーダーの故障だなんて妙なこともあるもんだな……」

 

 あとで酒飲み野郎に伝えなきゃな、などと考えながらその場を後にしようとした凪の耳が何か呻き声のような声を捉える。

 急いで振り返り、レリックライザーを引き抜きその銃口を音がした方向へと向ける。

 

 が、彼はそれをすぐに下ろした。

 音の主がヴァンパイア・ギガだったからだ。これからそう時間もかからずに死にゆく定めにあるそれに気を張る必要もないだろう。

 ただ、何かを伝えようとしているような、そんな雰囲気を凪は感じ取っていた。

 

「……何か言いたいことでもあるのか?」

 

 一応聞くだけ聞いてやる、といったぶっきらぼうな態度。ヴァンパイアはそれに顔を顰めることなく、その口から言葉を紡ぐ。

 

「あ、り……がと、う」

 

 と。

 

「……はぁ?」

 

 意表を突かれた凪は思わずそう声を漏らす。

 

 意味がわからない。なぜ自身を殺した相手に感謝を伝えるのか。どう考えてもおのれ封魔司書め、などと恨み節を吐く方が当然だし、この流れだからと凪もそう予想していた。

 なのになぜ、どうして感謝されたのだろうか。

 

 まさか死にたがっていたのか?

 だとすればなぜ死にたがっていた?

 死にたがっていたのに攻撃してきたのはなぜだ?

 そもそもこいつは本当にヴァンパイア・ギガだったのか?

 

 様々な疑問が凪の頭を埋め尽くす。その答えを知るヴァンパイアはすでに絶命している。

 

 誘拐騒ぎ。そして新たに生まれた謎のヴァンパイアの存在。

 ほぼ同時期に噴出してきたこの謎が、無関係でなかったとしたら。凪は脳内で仮説を一つ組み立て、それが事実であるならば恐ろしく思える仮説を頭から追い出すために軽く頭を振った。

 

「……色々と、面倒なことになりそうだ」

 

 そう言って彼は空を見上げる。曇っているのか、星は愚か月すら見えなかった。

 

 

 

 

 

 そんな凪を、離れた場所から見つめる存在が一つ。

 

「……逃げたヤツを追い掛けていたら、まさか当代ライキリの戦闘をこの目で見ることが出来るとは。いやはや、偶然とは思えぬ巡り合わせですねぇ」

 

 男だ。凪は気付いていなかったようだが、彼が変身する前のくだり──バルムンクが戯我と戦い始めたという報告があったとき──からずっと彼を見つめていたのだ。

 そんな男は顎に手をやりながら思案を巡らせる。

 

「情報によれば当代ライキリは実に聡明で勘がいい男、とのことでしたか。ならばあの吸血鬼が何なのか、まですでに辿り着いていてもおかしくなさそう、ですよねぇ……」

 

 懐からN-フォンを取り出し、そこに書き連ねられた情報を流し見しつつ、彼は一つ決心をする。

 

「どうやら近いうちにあの忌々しい先代も帰ってくるとの事ですし……。そろそろ本格的に始動させるのも悪くないかもしれませんねぇ……イヒッ!! イヒヒヒヒッ!!」

 

 気が狂ったのか。それともすでに狂っているのか。狂気的な笑い声を上げながら、彼は何処かに向かって歩き出す。

 N-フォンの画面には、どういうわけか鷹原朱莉の写真が表示されていた。




付録之伍《バルムンク》

中高地ドイツ語にて書かれた叙事詩であるニーベルンゲンの歌に登場する剣。北欧神話のグラムに相当する。
ジークフリートが愛用していたが、彼が暗殺された際にハゲネというジークフリートを殺した人間の手に渡る事になる。
その後、ハゲネがジークフリートの妻であったクリームヒルトに誇示して見せたため彼女の怒りを買い、ハゲネは捕らえられバルムンクでその首を斬られることになったのだという。
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