仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ   作:八咫ノ烏

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第八頁[黄昏時の騒乱]

 不気味なほどに暗い部屋に男が一人、赤ワインが入ったグラスをゆらゆらと揺らしながら不気味な笑みを浮かべていた。

 以前、凪が吸血鬼を殺した現場を盗み見していた男である。

 

「まさかここまで早くあの吸血鬼の正体がバレてしまうとは……。存外、今の渡津海支部もなかなかのやり手なのかもしれませんねぇ」

 

 彼はどこからか、凪たちがあの吸血鬼の正体に気がついたという情報を得たらしい。渋い表情を浮かべながら部屋をグルグルと歩き回る。

 

「……そろそろ潮時、ですね」

 

 そう一言呟くと彼はあちこちに電話をかけ始め、何やら指示を飛ばし始めた。その口から出てくる単語は殺すだの犠牲だのといった物騒なものばかり。

 彼は一体何をしでかすつもりなのだろうか。

 

「さぁ、始めましょうか。私たちとあなたたちとの絶滅戦争を」

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 夕暮れ時。凪と朱莉、そして白石を含めた三人は帰路を辿っていた。

 

「あ~あ、せっかくライドファイターズの新弾発売日だってのにクソ犯罪者め。余計なことしやがって」

 

 白石はその口から不平不満を垂れ流し続けていた。不満の対象は犯罪者、とのことらしいが一体どういうことなのだろうか。

 凪はどうやら彼がどうして犯罪者に向けて憎悪を抱いているのかを把握しているらしく、呆れながら口を開いた。

 

「別に今日じゃなくてもいいだろパックくらい」

「在庫が無くなる前にボックスで買っておきたかったんですぅ〜。それなのに下手に寄り道出来なくなりやがった。これも全部人攫いのせいなんだよ……。あ~クソ過ぎ〜マジで」

 

 そう。彼がライドファイターズの新弾を買えないのは単に人攫いがいるからである。学校より直々に人攫いの犯人が捕まるまでは寄り道を禁止するというお触れが出たことに加え、白石は家庭でも何か言われているのだろう。

 そのうえ今一緒に帰っているのは凪と朱莉である。凪だけならともかく、女子である朱莉をカードショップに無理矢理付き合わせるというのも気が引ける。彼はそういった良識をしっかりと持ち合わせていた。

 

 代わりに愚痴は止まらないが。

 

「そもそも無差別にあっちこっちから人攫って何すんだよ。地下にある棒を回させるとかか?」

「……漫画でよくあるやつか。今どき奴隷は無いだろ」

「じゃあ何が目的だよ。あれだけの人を誘拐して殺すだけってのも無いだろ?」

 

 その一言に、凪はどう言葉を返すべきか頭の中で考え始める。凪は真相をほぼ知っている身だ。だが、知っているからといっても、吸血鬼に作り変えられているなどとバカ正直に話すわけにもいかない。それなりに説得力があるような返しがあればいいのだが、残念ながらそんな事を思いつけるほど今の凪に余裕は無かった。

 

 そうして黙り込んだ凪に助け舟を出したのは朱莉だった。

 

「まぁまぁ、なんにせよ攫われちゃうよりは良いじゃん。ね?」

「ん〜、まぁ確かにその通りなんだけどさぁ。さっさと捕まってくんねえかな〜」

 

 朱莉の言葉に首肯を返しつつ、しかしまだ納得はいかないといった様子で空を見上げる白石。諦めきれないのだろう。そんな彼に凪は田舎なんだからどうせ残るだろ、と少々的外れな励ましを送る。

 

 その言葉で何かを思い出したらしい。白石は何でもないことのように凪に一つ尋ねる。

 

「そういやさ、凪お前なんかあったのか?」

「……なんだよ藪から棒に」

 

 凪はそう聞き返した。何かあったかどうかで言えば何かあったどころの騒ぎではないのだが、それはそれとしてどうしてそんな事を聞くのか。

 一応は平静を装っていたつもりなのだが。そんな凪の思惑など通用しなかったらしい。白石は彼の今日一日の様子を思い返しつつこう返す。

 

「いや、今日授業中とか心ここにあらずって感じで妙に考え込んでるように見えたから気になってよ。悩みがあるなら話聞いてやるくらいはするぞ?」

 

 そんなに考え込んでいるように見えていたのか、と若干の驚きから凪は少し目を丸くする。

 普段から居眠り常習犯であったり余所事を考えたりしているのもあり、おそらくバレることは無いだろう。そう思っていたのに、それなりに親しい仲の白石にバレているというのは気恥ずかしい。おまけにこの場には朱莉もいる。

 

 沸々と湧き上がってくる恥ずかしさを心の奥底に押し隠し、凪は白石の言ったことを否定する。

 

「いや、特に何もないぞ。ただ夕飯を何にするかって考えてただけで」

「本当か?」

「あぁ。本当に何もない。何もないんだ」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているようで。白石はそんな彼に少なくない疑念を抱くが、それ以上追及はしなかった。

 代わりに背中を数回バシバシと叩きながら、笑いかける。

 

「ま、お前がそう言うんだったらいいけどさ。でも何かあるんだったら頼ってくれよ。俺たち友達だろ?」

「……平気な顔してそんなセリフ吐きやがって、お前少しは恥ずかしくねえのか?」

「だって友達なのは事実だろ」

「そういうのやめろ恥ずかしい」

 

 そうして笑いながらじゃれ合う二人。そしてそれを微笑ましく感じながら眺めている朱莉。なんてことのない、彼らの日常。

 

 そんな雑談を交わしつつ、とある十字路に辿り着いた。そこで凪は不意に立ち止まる。

 

「俺稲津に用事あるからここで失礼するよ」

「稲津ぅ?」

 

 稲津というのは渡津海のオフィス街であり中心街でもある場所である。サラリーマンやアルバイターはもちろんのこと、凪たちくらいの年齢の子の遊び場にもなっており、かなりの人がそこに集まっている。

 そんな場所に人混みを嫌う質がある凪が自分から足を運ぶとは、と白石はかなり驚いたようだ。

 

「珍しいな。お前があんな人が溜まってる場所に行くなんて」

「俺だって行きたかねえよあんなとこ。けど職場の上司から呼び出されたんじゃ仕方ねえだろうが」

 

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして彼は白石の肩に手をポンと置いた。少し驚いて何をされるのかと体を固くする白石に、凪は囁く。

 

「朱莉を家まで送ってやってくれ。色々あるし一人にさせるのは少し不安だからな」

 

 彼はそう言い残して稲津の方向へと歩いて行った。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 凪が二人と別れて稲津に向かい始めた時の頃。

 渡津海の魔祓課、その課長である黒氏と霊装使いの星宮、そして渡津海支部の支部長である赤嶺の三人は稲津の喫茶店に集まっていた。

 

「いきなり呼び出してすまないな。聞けば星宮は休暇だったとのことだが」

 

 赤嶺はそう言い、コーヒーを少し啜る。どうやらこの集まりの発起人は彼らしい。休暇中だった彼女を呼び出した事もあってか、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。

 そんな彼に対し、星宮は手を横にぶんぶんと振りながら口を開く。

 

「いやそんなとんでもない。電話もらうまで暇で暇で仕方なくてどっか出かけよっかな〜って思ってたんで、実はちょうど良かったんですよ」

 

 ニコニコと明るい笑みを浮かべてそう言った星宮。赤嶺はそれなら良かった、とだけ言葉を零して再びコーヒーを啜った。

 そんな二人を横目に、黒氏はカバンの中から数枚の資料を取り出してそれを机に置いた。何やら人名がズラッと列挙されている。

 

 赤嶺はそれを手に取り、コーヒーカップを片手にそれを眺め始めた。黒氏は彼を見つめ、溜め息を吐いて口を開く。

 

CoR(コア)に関する資料を全部持ってこいって、あんた何を考えてるの?」

「いやなに、少し気掛かりな事があってな」

「……こあ?」

 

 星宮には聞き覚えのない単語、CoR(コア)。頭の中でそれが一体何を指す単語なのかわからないといった反応をしてしまう。それに気が付いたのか、赤嶺はその資料のうちの一枚を手渡しながら簡単にCoRについて説明し出す。

 

「十数年前にな、渡津海を拠点にしていたカルトみたいな奴らがいたんだ。戯我やリキッドの力を利用して、世界を乗っ取ってやろうとしていた大馬鹿共がな」

「確かConqueror of Regularityとか言ったわね。長ったらしいからみんなコアって呼んでたけれど……」

 

 直訳すると秩序の征服者といったところだろうか。ずいぶんと胡散臭い名称を掲げているものだ、と思いつつ星宮は渡された資料に目を通した。彼らが行った犯行やその他諸々の調査結果などに目を通してみると、一般人を攫って人質にしたり戯我をけしかけて街を襲わせたりしたと書いてある。

 それらから、CoRというのはろくでもない連中だったのだということを理解した星宮は、黒氏が今手に持っている資料のタイトルを見て呟いた。

 

「逮捕されてるってことはその組織はもう……?」

 

 黒氏が見ていたのは逮捕者の名簿であった。組織内の立ち位置──経理であるとかまとめ役であるとか──と共に、それぞれの罪状が書き連ねられている。

 ということはつまり、事実上の壊滅状態にあるはずだ。なのになぜ今更そんな組織のことを話題に上げたのだろうか。

 

「あぁ、ほとんどが死んだか逮捕されているはずだ。だが、逃れた連中がいてもおかしくはない。妙にデカい組織だったのでな」

「その生き残りが今回の誘拐騒ぎとかに関係しているかもしれない、ってことですか?」

 

 赤嶺が抱いている疑念を言い当てた星宮は、改めて逮捕者の名簿を見る。首魁とされる人物を始めとした上層部はあらかた逮捕されているようだが、それでもなお不安なのだろうか。それとも、何かそれを疑わざるを得ない理由があるのか。

 

「……俺はそう睨んでいる。黒氏、お前なら理由がわかるだろう」

「確かに人を攫って人質にしたりどうこうしたりするっていうのは奴らのやり口ではあったわね」

 

 やり口が似ている、ということらしい。そう言われてみると確かに、人をかなりの数攫っているという点は似ている。そうなると疑う余地は確かにあるか。

 しかし、その可能性を疑うとすれば一つ疑問点が浮かんでくる。

 

「でも、だとしたらなんで今更こんなことを……」

 

 そう。壊滅状態に追いやられてから十数年もの長い時間が経っている。その間全くと言っても良いほど音沙汰が無く、それが今になってどうして動き始めたのかという疑問である。

 黒氏はその疑問にキャラメルマキアートを飲み下してから答える。

 

「単に再建に時間がかかっただけじゃないかしら。さっきも言ったけど、あいつらあらかた逮捕してやったし」

 

 そう言う彼の表情はどこか得意げだ。まぁ自身が大きく解決に関わった事件ともあれば誇らしくなるのも無理はないか。

 そんな彼とは反対に、赤嶺はどこか暗い表情を浮かべている。

 

「……もしかすると俺たちに恨みでもあるのかもな」

 

 まだ今起きている誘拐騒ぎの犯人がCoRであると決まってもいないのに、もうすでにそうであると思い込んでいるようだ。自分たちの後始末が悪かったのだと言わんばかりの申し訳なさげな表情を浮かべている彼の気を逸らすように、黒氏は外へ目をやって呟いた。

 

「外、騒がしくなってきたわね。悲鳴まで聞こえるじゃないの」

 

 言われてみれば、確かに少々騒がしい。耳を済ませてみれば事件性を感じる悲鳴もいくつか聞こえてくる始末。 

 それに気が付いた赤嶺は面倒くさそうに深い溜め息を吐きながら立ち上がる。

 

「どうせひったくり野郎だか暴漢でも出たんだろう。凪には悪いが一旦会計済まして出るか」

 

 一応警官が二人いるし、赤嶺自身もそういう人間が暴れているとあってはあまり良い気はしない。さっさとその悪人を黙らせてやろうと心の中で独り言ちながら赤嶺は会計を済ませた。

 それを横目に店を出た星宮は、腕時計をチラリと見ながら呟く。

 

「ちゃんなぎ遅いですね~。学校帰りだからかな」

「おそらくあと十五分くらいはかかると思うが」

 

 頭の中で彼が辿るであろう道筋をいくつか思い浮かべつつそう返す。少なくともそんなに早く着くほど近くはない。

 

 ひったくりだか暴漢だかを仕留めるのを、凪が到着するまでの暇潰しにでもしよう。久々に体をまともに動かせるというのもあり、赤嶺の顔からは薄らと笑みが漏れ出ていた。

 しかし、その笑みもすぐに消える。

 

「……待て、あれはまさか」

 

 人々が逃げてくる方向に目をやると、小柄の何かが人を押し倒して襲っているのが視界に入った。その何かは、明らかに人ではない異形──戯我である。

 

「嘘、戯我じゃんあれ!? まだ夕方なのになんで……いや、そんなこと言ってる場合じゃないよね」

 

 星宮は目を丸くして驚くのもそこそこに、すぐさまレリックライザーをバックルに装着し、モンストリキッドを取り出した。

 

《フローズン!!》

《イピリア!!》

 

 高らかに響く電子音声。その弾丸をレリックドライバーに装填し、彼女は叫ぶ。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

「みんな氷漬けにしてあげる!! 変身!!」

BRUTH-UP(ブラッシュ・アップ)!!》

 

 弾かれる撃鉄。それと同時に彼女の体を星座盤のようなものが通過していき、白と橙の生態装甲が覆う。

 

《雨期の到来を告げる白雪!! フローズンイピリア!!》

「誰もやらせないよ!!」

 

 仮面ライダーグングニルとなった星宮は宙に手を翳し、そこに現れたA(アーティフィシャル)ウェポンS/T(エス・ティー)を構えて駆け出した。

 

 通行人に襲い掛かろうとしていたコオニ・ギガの体に体当たりをお見舞いし、通行人から強引に引き剥がす。それで突き飛ばされ地面に膝を着いたそれに槍を突き刺し、トドメを刺した。

 そのまま目を走らせ、大将格となり得る戯我がいるかどうかの確認をする。

 

 すぐにわかった。一体だけ明らかに体格が大きいオニがいる。あれはコオニ・ギガというよりはオニ・ギガだ。

 あれを潰せばコオニ・ギガたちも怖気づいて帰るだろう。無駄な犠牲を増やさないためにも早く仕留めなくてはならない。そう考えつつ、襲いかかってきたコオニギガを蹴り飛ばしてオニへと向けて話しかける。

 

「あんたでしょ、こいつらの頭張ってるの」

 

 彼女の言葉が耳に入るや、オニはその手に持つ金棒をくるくると振り回しながらニヤリと笑いかけた。

 

「そう言うあんたは霊装使いか。まさかこんな早くに封魔司書が来るたぁ思ってなかったからよ、ちょっと驚いてるぜぇ?」

「たまたまだよ。にしてもなんでこんな時間に人里なんかに降りてくるのさ」

 

 グングニルの疑問はもっともだ。なにせ戯我というのは基本的に夜が更けてから活動し始めるものだ。しかし今は夕刻。陽もまだ落ち切ってもいないような時間帯に活発化するのはなぜなのか。

 そんな疑問を含めた目線を受け、オニは自慢げに笑って見せる。

 

「いやなに、この時間帯にここに来れば大漁だって聞いたんでなぁ。疑いつつ来てみればホントにいっぱいいるでやんの」

「聞いた……? 誰から聞いたのさ」

「さてね、人間かもしれんし戯我かもしれん。だがそれを言う義理は無いよ……なッ!!」

 

 突如、オニは金棒を振り上げてグングニルに襲い掛かる。グングニルは槍で金棒を受け止めたが、しかし追撃で繰り出された拳に対応できずそれをもろに食らってしまう。

 痛みに思わず力を緩めた瞬間、その隙を逃さずオニはグングニルの鳩尾に鋭い蹴りをお見舞いした。彼女はその勢いで数メートルほど地面を転がってしまった。

 

「おいおい、封魔司書ったってその程度かぁ?」

「ふんっ。ちょっと良いの食らわせたからって舐めないでよね。こっちには色々搦め手もあるんだから」

 

 律儀に煽ってくるオニに、仮面の奥でほくそ笑みながらレリックドライバーに手を伸ばした。白のインクが込められたフローズンリキッドを押し込んだ。

 

《フローズン!!》

「凍っちゃいな!!」

Calling(コーリング)!!》

 

 撃鉄を弾くのと同時に、周囲に冷気が満ちていく。それらはオニやコオニたちの体に纏わりつくや否や、その体を氷漬けにしてしまう。

 この一瞬で決定的な隙を生み出すことに成功したグングニルは、すぐさま決着をつけるべく黒いモンストリキッドをAウェポンに装填。

 

《モノカラー・クロマティックスラスト!!》

「やぁぁぁ──ッ!!」

 

 必殺の一撃をお見舞いせんと、影を纏う槍を突き出した。それで仕留められる。そう確信していたこともあってか、オニを封じ込めていた氷にヒビが入っていることに気が付かなかったらしい。

 

「……オォォォォ!!」

 

 周囲に響く裂帛の気合。それと共にオニは氷の呪縛から抜け出すことに成功し、グングニルの一撃をすんでのところで避けてみせた。空を切った槍はそのまま地面に深く突き刺さり、そのまま抜けなくなってしまう。

 

 そのほんの一瞬。グングニルは僅かに動揺して動きを止めた。オニはその一瞬を逃さない。

 

「喰らえやァァァッ!!」

 

 力任せに振るわれた金棒。それがグングニルの腹へと直撃し、彼女は吹き飛ばされ、地面を数回ほど転がってしまう。

 

 マズい。マズいマズいマズすぎる。なんと重たい一撃だ。これだけで意識どころか命が持っていかれていたかもしれないとさえ感じるほどの威力が、あの一撃にはあった。

 サァっと血の気が引いていくのがわかる。

 

 今の自分にはフローズンイピリアしかない。厳密に言えばシェイドイピリアという形態もあるのだが、どちらにせよ本領を発揮できないのならば意味はない。

 そのフローズンイピリアで力負けし、ましてや氷漬けもほぼ通用しないとあれば。得意の槍も使えず、それどころか重たすぎる一撃をもらった今の自分に勝ち目はないのではないか。そんな後ろ向きな思考がグングニルの脳裏を掠めていく。

 

「あ~あ、危うく死ぬかと思ったぜ。だが、残念ながら俺の力には敵わなかったらしいな」

 

 オニはそんなグングニルを嘲笑うように、力こぶを作ってそれを誇示する。クソ、と歯噛みして策がないかと思案を巡らせるグングニルの耳に、エンジン音のような低音を轟かせながら何かが近づいてくるのを捕えた。

 オニもそれに気が付いたらしい。なんだ、と呟きながら自身の背後から迫る音の方向へと目をやった。

 

 近づいてくるのは一台のバイクだ。バイクを走らせているライダーは、スピードを全く緩めもせずにオニの方へと突っ込んできた。

 オニが、そのライダーがそのまま突っ込んでくる気なのだと気づいたときにはもう遅かった。

 

「オルァ!!」

 

 そんなことを宣いながら、バイクを躊躇なくオニに突っ込ませた。正面から衝突したオニは、その圧倒的な質量と速度を持ったそれのせいで十メートル以上も撥ね飛ばされてしまう。

 それを眺めながらライダーはバイクから降りてヘルメットを外し、その素顔を晒した。

 

「まだ夜には早いってのに……」

 

 蒼月凪だ。赤嶺からとにもかくにも急行しろと伝えられたため、わけもわからないままA(アーティフィシャル)ストライカーを全力で飛ばしてきたのだ。

 コオニギガがほぼ全て氷漬けになっていることと、オニが普通に動けていることから状況をざっくりと把握した彼はグングニルに確認の意味も込めて話しかける。

 

「……要はあのデカブツを始末すりゃ、一旦事が済むってわけだ」

 

 雑談を挟む気はない、と言わんばかりの言葉にグングニルは思わず笑みを零しながら軽口を叩く。

 

「わかりやすくて助かるでしょ」

「できればあのデカブツもなんとかしてくれてたら助かったんだがな」

 

 呆れたような口調でそう言いながら、彼はレリックライザーをバックルに装着した。

 電子音声が鳴ったことを気にも留めずにオニの方へと体を向け、強く睨みつける。

 

「さて、選手交代だ。ここからは俺がやらせてもらう」

 

 モンストリキッドを二つ取り出し、それを起動する。

 

《サイクロン!!》

《ザルティス!!》

 

 緑に発光したそれをレリックドライバーに装填し、慣れた手つきでドライバーを操作した。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!! GRADATION(グラデーション)!!》

「変身」

BRUTH-UP(ブラッシュ・アップ)!!》

 

 緑の五芒星が彼の体を通過し、仮面ライダーライキリへとその体は塗り替わっていく。

 

《邪を噛み砕く風纏いし牙!! サイクロンザルティス!!》

「覚悟しな」

 

 現れた刀を手に取り、その切っ先をオニへと向ける。オニはそんな彼を嘲笑うかのように金棒を振り回しながら口を開いた。

 

「何人来ようが関係ねぇ。この俺様の前には無力だと言うことを教えてやろう!!」

 

 そうして駆け出し、ライキリに向けてその金棒を振り下ろした。ライキリは冷静にそれを刀の側面を当てることで軌道を逸らし、地面に突き刺さったそれを持つオニの腕を斬り付けた。

 ぱっくりと皮膚が割れ、周囲にインクが散らされる。

 

 オニは一瞬痛みに悶えるが、しかしそれを何とか堪えながらライキリの顔面に肘打ちを食らわせる。

 

「ぐぅッ……!?」

 

 あまりの衝撃に飛びそうになる意識。舌を噛むことで何とか耐え、殴られたのが金棒で無くて良かった、などと呑気に考えつつライキリはオニの体を蹴り飛ばして無理に距離を取った。

 

「こりゃ鬼に金棒なんてことわざが生まれるわけだぜ。あんなのどう考えてもオーバーパワーだろうが」

 

 そう軽口を叩きながら頭を左右に振って頭にかかっていたモヤを飛ばす。これはグングニルも少し苦戦するわけだとどこか納得した様子の彼の頭に一つ、あのオニを始末する案が浮かび上がった。

 もしこれが通用するなら、多少は楽に倒せるかもしれない。

 

「おい星宮」

「おっ、どした?」

 

 地面に突き刺さった槍を何とか引き抜き、周囲を警戒していたグングニルは突然の呼び掛けに驚いた様子。ライキリが一人で殺るつもりだと思っていたのだろう。

 そんな彼女に、ライキリはオニを注視しながら近付いて来いと手招きする。

 

「奴を殺す算段が立った。通用するかは知らんが、やってみる価値はある」

 

 ライキリのジェスチャーに従って近寄ってきたグングニルに、ライキリは耳元に口を近付けて思いついた作戦を伝えた。

 それを全て聞いたグングニルは、仮面の奥でとても楽しそうな笑みを浮かべてみせる。

 

「……へぇ、面白いこと思いつくじゃん」

「だろ?」

「お師匠でもそこまでは思いつかなさそう」

「どうだか。あれでもって言い方はよろしく無いかもしれんが結構切れるやつだからな」

 

 今どこかで呑気に観光中らしい父の事を思い出しながらそう返す。

 オニはどうやらもう我慢の限界らしい。ずんずんとわざとらしく大きな足音を立てながらライキリの方へとにじり寄っていた。

 

「どっちが先に死ぬかは決まったか? 決めたとおりにあの世へ送ってやるぞ」

「なら自分でその首掻き切ってくれよ。そしたら俺たちも楽出来る」

 

 オニの言葉に対し、刀の切っ先をチョイチョイとオニの方へ向けながらライキリはそう宣った。完全に煽りである。

 オニはその煽りに乗っかってしまった。

 

「言ってくれる!!」

 

 怒りを露わにしながら、オニは金棒を素早く振り下ろした。ライキリはそれをひらりと躱し、オニの右足を浅く斬り付けた。少々インクが垂れるが、しかし大したダメージにはなっていない。

 オニは再び勢いよく金棒を振り被ろうと腕に力を込める。

 

 が、それは叶わなかった。

 

「させると思うか?」

 

 ライキリが金棒を踏み付けたのだ。いくら怪力とはいえ、突然数十キロもの重さが追加されてしまえばそれを振り上げることは無理だろう。

 そんなライキリのまさかの行動と人っ子一人分の重さが増えた程度で持ち上げられなくなった自分に動揺するオニの左足の付け根辺りに、刀を深く突き立てる。

 

「ガァァァッ!?」

 

 突如襲い来る凄まじい痛みにオニは思わず野太い声を上げながら悶え出す。金棒を踏み付けられていようがお構い無しにそれを振るおうとしたため、ライキリは思わず刀を引き抜いて飛び退いた。

 

「うおっと危ねえ危ねえ」

 

 などと呑気に宣いつつ、隙を見てオニへと接近。背中を取るや否や金棒を持つ腕を絡み取ってそれを締め上げつつ、背中にナイフを突き刺した。

 その痛みのせいか、オニは金棒を取り落としてしまった。ライキリはすかさずそれを踵であらぬ方向へ蹴り飛ばし、返す刀と言わんばかりに背に突き刺したナイフ目掛けてヤクザキックを食らわせる。

 

 よりナイフが深くまで押し込まれ、それによる痛みで転げ回るオニ。何とか引き抜こうと背中へ手をやるが、しかし残念ながらその手がナイフへ届くことは無い。

 

「あぁ、クソッ!! なんてとこに刺してやがんだテメェ!! だが、こんなのはまだ致命傷にはなりゃしねえぜ?」

 

 苛立ち紛れにそう口を動かしながら、手の関節をパキポキと鳴らす。

 そんな彼を睥睨しながら、ライキリは口を開く。

 

「そうかいそうかい、そいつぁ良かった。けどお前、もう終わりだよ」

 

 オニは既にライキリたちの術中に嵌められていた。

 

「やれ!! グングニル!!」

「よし来た!!」

 

 ライキリの合図に合わせ、グングニルはレリックドライバーを操作する。

 

《フローズン!!》

神器解放(レリクス・ドライブ)ッ!!」

Calling(コーリング)!!》

 

 再びグングニルの体から放たれる冷気。それらはオニの体に纏わりつき、やがて凍らせていく。

 

 しかしオニは自分が凍っていく最中だというのに、なんだそんなものかと余裕な表情を浮かべていた。なにせ、先のグングニルとの戦いでこの氷の呪縛を破ってみせたからだ。こんなものは何回やったって同じ結果になるだけ。

 

「何が終わるんだかね……ッ!?」

 

 そうして勝ち誇った表情も、すぐに掻き消える。どうも先とは様子がおかしい。胸の感覚が徐々に無くなってきている。先のそれは酷く冷たく、突き刺してくるような痛みがあったというのに。

 

 困惑しながら何とか体を動かして呪縛から逃れようとするが、しかしなぜかどこも動きはしない。何度力を込めたとしても、ぴくりとさえしない。いや、力を込められているのかすら怪しい。

 そんなオニに、ライキリは近付きながら種を明かす。

 

「背中に刺したナイフだよ。それを伝って、あんたの中身を直接凍らせたんだ。どうだ、指の一つだって動かせねえだろ」

 

 そう。ライキリの狙いはそれだった。

 何とか体に近付いてナイフを突き刺し、それを利用することで肉体そのものを氷漬けにしてやろうというもの。そのためには、オニの手が届かない場所にナイフを突き刺す必要があり、そのために背中へ突き刺したのだ。

 

 体そのものを凍らされては何も出来ない。その至極単純な理屈を理解したオニは、しかしなおも諦めていないのかライキリやグングニルを強く睨みつけた。

 

「てめえら覚えてやがれ!! 末代祟ってやるからな!!」

「お前この期に及んでよくそんなこと……。まぁ良いや。そんなにあの世行きてえならすぐに送ってやるから」

 

 オニの言動に呆れながら、レリックドライバーへ手を伸ばすライキリ。それをグングニルは急いで静止した。

 

「待って」

「……仕方ねえな」

 

 自分が来るまでの間に何かあったのだろう、とすぐに事情を察したライキリはレリックドライバーをペシペシと叩きながらグングニルを待つ。

 

 グングニルはオニの目線に合うように少しだけ屈み、オニの目を覗き込むようにしながら話を持ち掛けた。

 

「……ねぇ。あなたにここの情報を教えた人間のこと、私達に教えてよ。教えてくれたら、まぁ一旦は殺さないであげる」

 

 そう。オニをどうにかするのは当たり前として、その後に誰がこれらに稲津の事を話したのかということを調査しなければならない。その手間を省けるのなら、多少は便宜を図ってやっても良い。そんなものを律儀に守る義理など本来はないが。

 今助かる千載一遇のチャンスとも言えるこの提案を、しかしオニは蹴った。

 

「誰が封魔司書なんぞに教えるかクソッタレ!!」

 

 その答えを受け取ったグングニルは、周囲の氷漬けになって放置されていたコオニたちを一瞥してから口を開く。

 

「ふぅ~ん、あっそ。じゃ、死んで?」

 

 酷く冷たい声。普段の明るく喧しい彼女と同一人物とは思えないほどの声を聞いたライキリは、表裏ヤベーなどと軽口を叩きながらグングニルと同時にレリックドライバーを操作する。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)!!》

「ここで大人しく吐いときゃ助かったろうに。まぁどうせ早いか遅いかの違いでしかねえだろうけど」

Last Calling(ラスト・コーリング)!!》

 

 場に響く音声。そして同時に二人の装甲が展開され、排熱ダクトが露出された。

 ライキリの足は風を、グングニルの足は冷気を纏う。

 

 その必殺の威力を秘められたそれを、二人は特に示し合わせたわけでも無くほぼ同時に蹴り出した。

 

《サイクロンザルティス・クロマティックストライク!!》

《フローズンイピリア・クロマティックストライク!!》

 

 それらを凍った体で避けられるはずもなく、もろに食らったオニの体は砕かれ、大雑把ないくつかの氷塊と化す。

 それに追い討ちをかけるかのようにライキリの足が纏う風が、氷塊を斬り裂いて小さな破片にしてしまった。破片は風に乗って散っていく。

 

 それを眺めながら、二人は変身を解いた。夏にしては涼し気な風が頬を撫でるのは、氷漬けにされたコオニたちのせいだろうか。

 そんな事を呑気に考える凪に、星宮は話し掛ける。

 

「鬼に金棒って本当に鬼に金棒渡したら無敵になっちゃうってのを見た人がいたのかな」

「俺と同じこと言ってら」

「ウソ、ちょっと恥ずかしいからやめてよそういうの」

 

 先ほどまでの殺伐とした雰囲気がまるで嘘のような、和気あいあいとした会話を交わす二人。

 そんな二人の耳に、どこかから響く着信音が入った。音の出どころは凪のズボンのポケットに入っているN-フォンだった。

 

「……白石?」

 

 電話の主は白石だ。急いでいたり戦っていたりしていたこととあり全く気が付かなかったが、通知を見てみると朱莉からも数回掛かってきていたようだ。

 何か急ぎの用件でもあったのだろうか。そんな事を考えつつ彼は白石の電話に出る。

 

「う〜いもしもし」

『な、凪……!! すまん、許してくれ……!!』

 

 酷く息切れしているような、まるで痛みに呻いているようにすら思える声を出している白石に凪は思わず困惑した。

 どうしてそんな声をしているのか。そもそもなんで謝っているのか。そして電話の用件は何なのか。

 

「ひとまず落ち着け。落ち着いて用件だけ先に伝えてくれ」

 

 見えもしないのに落ち着けとジェスチャーをしながらそう言い、凪は白石の返答を待つ。

 白石は電話の向こう側で数回深呼吸をしたようだ。なおも痛がっているような雰囲気は伝わってくるが、それでも多少は落ち着いたらしい。

 

『あか、りさんが……朱莉、さんが……!!』

 

 次に続く言葉を聞いた瞬間、凪は思わず絶句してN-フォンを落としてしまった。そのまま膝から崩れ落ちそうになった彼を星宮は急いで支え、問い詰めたくなる気持ちを抑えながら彼の顔を覗き込む。

 僅かにだが、星宮の耳にも電話の声が聞こえていた。朱莉の名が出ていたこと、その後に何か言われて凪がこうなったこと。それらを考えるとすぐに問い詰めるのは却って彼に悪影響だろう。

 

「ひとまず深呼吸しよう?」

 

 酷く動揺し、心ここにあらずといった様子の彼を何とか地面に座らせ、そのまま向かい合うように座る。

 彼が落ち着くまで待っていよう、と考えたものの、しかし朱莉に何があったのかが気掛かりだ。大事な仲間であり、それ以前に友人である。

 

 今の凪の状態と、朱莉への心配を天秤にかけた結果、星宮は凪の肩を掴んで問い掛ける。

 

「朱莉さんがって聞こえたけど、何があったの? 事故に巻き込まれたとか?」

 

 その声でわれを取り戻したのか、凪はチラリと星宮の方を見た。

 しかし白石から告げられた事がまだ飲み込めていないのか、言うのを躊躇っている。

 

「凪」

 

 急かすように名を呼ぶ。

 凪は何度か言うのを躊躇った後、ついに決心したのか真っ直ぐと星宮の目を見据える。

 

 そして口を開き、こう言った。

 

「…………朱莉が、誘拐された」

 

 と。




[付録之漆]渡津海

 凪たちが住んでいる都市で、穏やかで海の幸に恵まれている渡津湾に面していることもあり、古くから漁業が盛んな地方都市。
 渡津海市の中心地である渡津海駅周辺や稲津を中心に都市化してきているが、山沿いはあまり開発されておらず昔ながらの田園風景や手つかずの自然が広がっている。俗に言う田舎都会。
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