仮面ライダームラサメ外伝譚 仮面ライダーライキリ 作:八咫ノ烏
凪たちがオニと戦い、これを退けた翌日の昼下がり。蒼月凪は大怪我を負って入院することとなった白石の見舞いに、市内にある中央病院を訪れていた。
「……怪我の具合は大丈夫だろうか」
頭の中で、受付に教えてもらった部屋の番号を反芻しながら純白の廊下を歩く。
「一体何が……」
まぁ見舞いというのはほぼついでといった様子で、本題はあの電話をかける前に何が起きたかという点である。
『朱莉さんが攫われた……!!』
白石が必死に伝えてきたその言葉。凪はそれを受け入れることができず、家に帰ってからずっと朱莉の事を待ち続けていた。しかし、残念ながら彼女が蒼月宅に帰宅することはなく。
朱莉の家──朱莉用にとわざわざ借りているアパート。一応それなりに使ってはいるが、ほぼ物置きと化している──に帰ったのかもという淡い希望も、学校に登校してこなかったことと何回電話を掛けても出ないことの二つによって砕かれた。
そうなった以上、どうやら攫われたというのは本当の事らしいと現実を受け入れるしか無い。
ならば、一体何があったのかを白石の口から聞かせてもらおう。そう思ったのだ。下手をすれば、あの吸血鬼騒ぎの主犯たちに攫われた可能性だってある。
もし何か掴むことができれば。本拠地を割り出し、攫った連中を片っ端からぶっ飛ばして彼女を助け出せるかもしれない。
「四号館二階の428号室……ここだな」
もはや殺意にも似たそんな感情を抱きながら、彼は病室のドアをノックした。
「どぞ〜」
気怠そうな返事が病室から返ってきた。凪はそれに少し安心感を覚えつつ、病室に入る。
部屋の主である白石は、入室したのが凪であることに気が付くと目を丸くして驚いた。
「おぉ、凪か。お前学校はどうしたよ」
彼の言う通り、今日は平日である。本来なら学生がこんな時間に見舞いに来れるわけなど無いのだ。
そんな指摘を、凪は見舞いの品であるタオルをポイとベッドの上に放りながらサボった、と端的に返した。
「は、お前それマジ? 不良じゃん」
そう返す白石の顔はずいぶんとにこやかだ。学校をサボってまで見舞いに来てくれたのがよほど嬉しいのだろう。
そんな彼に、凪は病室に置いてあった椅子にどかっと座ってから口を開いた。
「学校とか言ってられる状況じゃ無くなったんでな」
「……気持ちはわかるが学校行ってから来てくれよ。お前が教えないで、誰が俺に休んでる間の授業内容を教えるんだ?」
凪に教わる前提でものを話す白石。凪以外にも友人はいるはずだが、どうしても彼から教わりたいらしい。
凪からすればいい迷惑だが、教え方がそれなりに上手くてわかりやすいのだから頼りたくなるのも仕方ないだろうという白石の熱弁を聞いてしまっては少々断りづらい。
「そんなもん先生に聞けよ。俺はド素人だけどあっちはいくら新人だって言ってもその手のエキスパートだぞ」
最強の断り文句を切ってみる。結局のところ、凪よりは先生に教わった方が遥かにわかりやすいというのは間違いないのだ。
しかし、そんな凪の言葉に白石は何を言ってんだとでも言いたげな表情を浮かべる。
「体がいくつあっても足んねえよバカが。何教科何コマ分休む羽目になると思ってんだよ」
「あっそ。じゃ、さっさと回復して退院してくれ。懇切丁寧に教えてやる気は無いからな」
呆れたようにそう言い、凪は白石の体を見つめた。
入院しているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、お世辞にも近い内に治りそうだとは言えないような状態だ。頬や目元に傷あてパッドが貼ってあり、腕も自由に動かせているとはいえ包帯でグルグル巻きだ。
指なんか金属板のようなものが充てがわれている始末。あの様子では何本か骨折したのだろう。
一体何があったのか、なんてことを考えつつ凪は彼の具合をうかがった。
「怪我の具合は?」
「ん〜、まぁ打撲とか内出血とか色々あってヤバいからしばらく大人しくしとけって。骨は……まぁ、指を多少やったくらいか」
打撲と内出血。そして指の骨折が数カ所。朱莉を攫ったとかいう連中に襲われでもしたのだろうか。そうでなければ、こんな傷にはならないだろう。
あのとき自分がもう少し遅く別れていれば。いや、そもそも稲津への呼び出しを拒否していれば。
「お前、聞きたいことがあるんだろ? というかどうせそっちが本題なんだろ」
自責の念に駆られ、それで頭がいっぱいになりそうになったところを白石の言葉で引き戻される。
きっと自分のせいだ、なんてことを考えていたのがバレたのだろう。気遣いが出来る良い友は持つものだ。
「……あぁ、そうだな。とは言っても、概ね何が起きたかはもう察してはいるが」
そして凪は身を少し乗り出し、白石の瞳をじっと真っ直ぐ見据える。
「話してくれるか。俺にはそれを聞く義務がある」
「そんな切羽詰まった感じ出しながら言われずとも、何があったか一から十と言わずに百くらいまで包み隠さず全部話すさ。ちょうど俺も気になることがあるしな」
そうして、白石は語り出す。あのとき、凪が稲津へ向けてAストライカーを飛ばしている裏で、二人の身に何が起きたのかを。
▽▽▽▽▽
凪の背を見送ってから数分経った頃。妙にうるさいエンジン音が遠くで轟いているのを聴きながら、取り留めのない会話を広げつつ白石と朱莉は歩いていた。
凪がどうだ、とか授業の内容がこうだ、とか。本当に覚えておく価値も無いような、そんな何でもない話題ばかり。
そうしてどれだけ歩いただろうか。時間的には星宮たちがオニと戦い始めるか否かといった頃合いである。
「……ん?」
彼らの隣に不審な車が一台、停車した。白石はそれに気が付くなり、いつでも朱莉を庇えるような体勢を取ってその車を横目で注視する。
その車の中から出てきたのは数人の男たちだった。どう見ても普通ではない異様な雰囲気を放つそれに、二人は警戒心を抱く。
「あれか?」
その視線が、一様に朱莉に向けられていることに白石は気が付いた。まさか朱莉が狙われているのではと直感が囁き、白石は朱莉を背にやって男たちの前に立ち塞がる。
しかし男たちは白石のことを全く意にも介さない。朱莉の方へ指を指し、その中の一人が口を開く。
「お前、LOT渡津海支部の鷹原朱莉だな」
「……な、んで。それを知ってるの」
朱莉は絶句していた。白石には何のことやらさっぱりわからぬことではあるが、朱莉が渡津海支部に所属していることを知っているのは渡津海支部と魔祓課の人間くらいなものである。
それ以外で知っている者がいるとすれば、敵対勢力に他ならない。
そして、現状この街で活動出来るはずの敵対勢力は吸血鬼騒ぎの元と思われる人攫いの連中のみ。
であるならば、彼らの目的は自ずとわかる。
「ついてきてもらおうか」
男のうちの一人が、そんなことを言いながら朱莉に向け手を伸ばす。じりじりと後退する朱莉。しかし、残念ながら彼女の背はブロック塀で塞がれてしまっている。
それに気がつき、マズいと直感が囁いた瞬間、白石の叫びが周辺に響いた。
「させるかってんだよ!!」
ギュッと握り締めた拳を、朱莉に向けて手を伸ばしていた男の顔面に叩きつけていた。
「逃げろ朱莉さん!! 逃げて警察を呼ぶんだ!!」
男たちに反撃を食らい、鼻から血を垂れ流しながら白石はそう叫んだ。自分の身を犠牲にしてでも朱莉を逃がそうというのだ。彼女が攫われてしまっては、凪が悲しむだろうからと。そもそも、それ以前に朱莉は大事な友人だから。
「う、うん。わかった……!!」
そんな白石の必死な抵抗を見て、朱莉は急いで背を向けて駆け出した。そんな彼女を追うべく男たちは白石を押し退けようとする。
「絶対に攫わせねえ!!」
しかし白石は意地でも離さないとばかりに足にしがみつく。
しがみつかれた男は鬱陶しいとでも言いたげな表情で白石を睨みながら、彼の背を踏みつけた。白石は鈍い痛みに思わず呻き、しかしそれに構うものかと決死の表情で彼は男の足に噛みついた。
肉を抉ろうとでもしているのかという強い力で噛みつかれた男は、思わず悶絶しながら絶叫をあげる。
「ぎゃあぁぁぁっ!! クソ、噛んできやがったこいつ!!」
「頭イカれてんのか!?」
「言ってる場合か!! あれ逃がしたらあとで詰められるぞ!!」
「クソッ!! 邪魔してんじゃねえぞガキが!!」
男二人からの蹴りを腹にお見舞いされ、白石は力無く男の足から手を離してしまった。
地面に、彼の手が崩れ落ちる──。
「攫わせねえ……って、言っただろうがァァァ!!」
より先に、白石の雄叫びが場に響く。崩れ落ちたかのように思えた手を全力で握り締め、鋭いパンチを一人の男の鳩尾にぶち込んだ。
男は泡を吹きながら失神。地面に頭を強く打ち付けてそのまま起き上がらなくなってしまった。
「……これだけ距離稼げたらなんとか」
ふらふらと立ち上がり、白石は朱莉が逃げた方向を見る。未だにその背は見えるものの、車無しでは追い付けそうにないくらいには離れたらしい。
それに安堵し、小さく息を吐いたのも束の間。朱莉の行く手を遮るように、一台の車が駐車した。
まさか、そんなはずは。半ば祈るようにそんなことを考えながら、白石は殴りかかってきた男の攻撃を躱す事が出来ず地面に膝を折る。
しかしそんな祈りが届くことはなく。
車の中から出てきた女が朱莉の手を引っ掴み、乱暴に車へと連れ込むのが見えてしまう。
守り切れなかった、と絶望の表情を浮かべ、朱莉を乗せて去りゆく車に手を伸ばす。
が、当然届くはずもない。
「……朱莉さんが」
早く追いかけなければという焦燥。彼女がこれからどうなってしまうのかという不安。人を攫うことや傷付けることになんの躊躇もない人間たちに対する義憤と、それらの手から朱莉を逃がす事が出来なかった自分に対する呵責。
様々な感情がない混ぜになり、それらを処理し切れずに呆然とする白石に対して、彼に邪魔をされていた男たちは怒りの矛先を向ける。
「テメェのせいで横取りされたじゃねえか。どう責任取ってくれんだよ、なぁ!?」
激昂している男の膝蹴りを、白石は避けられなかった。避ける気力が残されていなかったのだ。
それを皮切りに、彼は男たちが気が済むまでリンチされる羽目になり。
男たちが去ったことを確認するや否や、すぐさま凪に電話を掛けて、こう伝えたのである。
「朱莉さんが攫われた」
と。
▽▽▽▽▽
「てなわけで、俺は入院生活が始まったってわけよ。正直、こんなんで済んで良かったわ。フルボッコにされてたとにガチでここで死ぬんだなと思ったもんな」
そう言って、白石は話を締め括る。静まり帰り、重たくなっていた場の空気を和ませるために冗談を交えてみたものの、しかし凪は酷く衝撃を受けているようだ。
「……あいつら、とうとう俺らに目標を定めてやがったのか」
白石の話が正しければ、あの人攫いたちは明確にLOTの渡津海支部に所属する鷹原朱莉を狙って下校していた二人を襲ったことになる。
考えられる目的は三つ。彼女を人質として何らかの要求をするためか、彼女を吸血鬼にして襲わせるためか、それとも単に殺してしまうためか。
どれを取っても最悪の結末を辿るであろうことは予想するに難くない。
「俺がその場にいれば……」
「い〜や、ありゃお前がいても無理だったろうよ。二台目来てたし、どっちも四、五人は乗ってたんだぜ? 多勢に無勢ってやつだな」
後悔の念を吐き出す凪の肩をペシペシと叩きながら白石はそう言った。彼からしてみれば、凪はただの一般人である。そんな一般人が一人助っ人に来たところで、結末は変わらないだろうと考えるのは当たり前である。
だが、その助っ人がある程度の武力を持っていたとしたら?
例えば、化け物と戦ってそれを下せるだけの実力を持っていたとしたら?
「……俺はお前とは少し違うからな」
そんなことを考えながら、凪は思わず口を滑らせた。
マズい、と思った時には既に遅い。普通ではないことの示唆。それが白石の中で何と結び付くのかなど、容易に想像はつく。
「それが
案の定そう問い掛けられた。恐らく白石は、凪に対してそれが何なのかを尋ねるつもりだったのだろう。一つ気になることがある、と言っていた以上聞かれることはわかり切った話であった。
だが、まさか口を滑らせてしまうとは。そんな事を考えながら、凪はゆっくりと頷いた。
「……ん、まぁな」
ここまで来てしまえば、隠した方が却って白石の不信感を煽りかねない。そうなるくらいならば、潔く認めて事情を話してしまった方がよほど良いだろう。
そう判断し、凪は白石の言葉に肯定を返したのだ。
それを聞いた白石は、今まで疑問を抱いていた点と点同士が繋がったのか、かなりスッキリした表情を浮かべていた。
「あ~、やっぱりお前とか朱莉さんがたまに言ってたバイトってのはそれのことだったのか」
凪や朱莉が度々教室でしていた、バイトがどうだとかシフトがこうだとかいう会話。そもそも渡津海高校ではバイト禁止というのは置いておくとして、凪がどこで働いているのかずっと疑問だったのだ。
尋ねても尋ねてもはぐらかされるばかりで、朱莉さんに聞いてみても秘密とだけ言われてしまう。
そのバイト先がLOTなのだと、彼は理解した。恐らくは人に言えないであろう事をしている事も、あの誘拐犯たちに敵意を向けられていたことから察している。
「危ないこと、やってるんだな?」
非常にシンプルな質問。深く聞くつもりはないが、しかしどうしても気になってしまう。
そんな白石の質問に、凪はゆっくりと首肯を返す。
「……あぁ」
「命の危険は?」
「俺はある。死と隣り合わせだし、俺が殺すこともある。けど、朱莉にはそんな危険な目に遭うリスクは無いし、本来なら狙われようがない……はずなんだが」
そう言って凪は項垂れる。朱莉は基本、渡津海支部の中で仕事の全てが完結する。そのため戯我や人間と命のやり取りをすることなど無いはずだったのだ。
それが、今回狙われる羽目になってしまった。
そういえば、どうして連中は朱莉の名を知っていたのだろう。それも渡津海高校生としてではなく、LOTの渡津海支部に所属している封魔司書としての彼女を狙っていた。LOTの情報は基本的に秘匿されているし、支部長や霊装使いでもなければ他支部の人間のことなど知る機会なんて無いのだ。
それが、どこかから情報が漏れている。恐らく朱莉だけではない。凪や海斗、星宮たち霊装使いの事も漏れていると考えた方が良い。
その情報の出どころがあるとすれば。一番信じ難いが、しかしあり得そうでもある推測を口にする。
「……内通者か」
渡津海支部にいる誰かが情報を渡したのだと考えれば、朱莉が狙われた理由も分からなくもない。
彼女は後方支援組だ。レリックライザーやモンストリキッドなんか持っていないし、そもそも戦うことにも全く慣れていない。おまけに女性ということもあって、比較的力負けする確率も低いときた。攫うとすればそういう人間から攫うだろう。
「このクソ野郎共が……」
胸に湧き上がる殺意。それをなんとか抑えつつ、溜め息を吐いた。どうせこの先、戦うことになるのだ。殺意ならそこで発露してしまえばいい。少なくとも、病院という場で抱くような感情ではない。
落ち着くために水を口に含み、白石の顔を見る。
「それで、そのLOTってのは何をやってんだ? 内通者だの命のやり取りだの、なんかヤクザみてえなこと言ってるけど」
彼はどうやら、凪が思考の海から上がってくるタイミングを見計らっていたらしい。真面目な表情を浮かべながらそんな事を宣った。
凪はそれに対し、にわかに噴き上がってきた笑いを堪えながら全力で否定する。
「なわけねえだろこのバカ!! ヤクザなんかになってたまるかボケ!!」
「いやそんなんただのジョークですやん!! なんかイライラしてたっぽいから和ませようと思った俺の気遣いですやん!!」
凪の剣幕に白石は思わず両手を上げ、降参のポーズを取りながら必死に弁明する。
凪の機嫌が悪かったのは始めからわかっていた。大切な友人、家族とさえ言っていた朱莉が攫われて機嫌が悪くないわけがない。それが事の経緯の説明を進めていくにつれて段々と機嫌が悪くなっていき、果ては今こいつに殺されるのではないかとすら思えるほどの怒りが伝わってくる始末。
なんとか気分を紛らわせてやろうというのは、余すこと無く本心なのだ。ただ、少し言葉の選択を間違えただけで。
それを何となくだが理解していた凪は、肩から力を抜いて口を開く。
「冗談じゃ無かったら一発ぶん殴ってるとこだった」
「おいおい止めてくれよ。こっちは怪我人なんだぞ」
「そんなもん見りゃわかるわアホ。さて、LOTがどんな組織だったか、だよな」
引き攣った笑みを浮かべながら安堵の息を吐く白石に、凪はそう言った。
本来、守秘義務があるためLOTのことや戯我のことは、一般人に気軽に話してはいけない。
だが、LOTという組織の一員と仲良くしていたせいで大怪我を負ってしまったとも言える彼に、何も話さないままというのは不誠実である。それに加え、今まで関わった時間で彼は信用も信頼も出来る人間であることは分かっている。
そんな彼には、事情を知る権利があると凪は判断したのだ。
「俺がどういう家に生まれたのか、朱莉がなんで俺と暮らしているのか。それも込みで話してやる。LOTって組織と戯我についてな」
そして、彼は初めて一般人に語る。彼が知る、全てを。
白石は時々疑問を挟みながらも、それを静かに聴いていた。
「……まぁ、てな感じのことをやってる。お前自身が信じられるかどうかは置いておいて、全部事実だ」
話し終えた後、彼から返ってきたのは、凄い、とかそんな事本当にあるのか、とか。凪の予想していたそんな反応では無く。
「……そうか。お前らそんな大変なことをやってたのか」
という称賛や同情などの感情が複雑に入り混じった言葉であった。
凪はその言葉に頷き、安堵から少し溜め息を吐く。ほんの少しだけ、罵倒されたりするんじゃないかと思っていたからだ。
白石が病室送りになったのは、封魔司書と一緒に帰っていたから。つまるところ、LOTのせいであるとも言える。あるいは、それを隠していた凪たちのせいである、とも。
それなりに少ない友人を失う事の恐怖。それを解消出来たことに安堵するのは当然の事だろう。
「言いたいことは色々あるがそれはひとまず置いておくとして」
少し溜め息を吐き、呆けてしまった凪にそう言って白石は手をパシンと叩いた。
我に返って少し目をパチクリする凪に白石は優しく微笑みかけ、しかしすぐに真剣な表情を浮かべながら話をまとめる。
「つまるところ、警察じゃどうにもならなそうな事件なんだな?」
「そうなるな」
そう言って凪は頷いた。戯我や人間が組織立って動いている以上、どちらか一方のみの力で征伐するというのはリスクがある。互いに協力し、持てる全ての力を持って叩き潰すのがベストだ。
事実、すでに魔祓課と渡津海支部で協力しながら攫われた人間の行方を追っている。敵の根城が判明するか、朱莉の居場所が判明するかした後に、霊装使い三人が一斉に攻め込んで一気に牙城を崩す手筈になっているはずだ。
それを小声で白石に伝えると、そうかと言って少し俯いた。
「何もできないってのは少し歯痒いな。俺が守り切れなかったせいで攫われたのに」
彼はどうやら朱莉が攫われてしまったことに対して責任をかなり感じているらしい。歯を食いしばり、手に強く力を込めていた。
そんな彼に、凪はあっさりとこう言い放つ。
「素人の力なんかいらんそんなもん。アホみたいなこと言ってねえでここで大人しくしとけよバーカ」
「え、お前マジ? めっちゃストレートに言うじゃん」
傷心中の人間になんてことを言うんだ。あり得ない。
そんな白石の抗議を受けてもなお、凪の口は止まることを知らない。
「だっていらねえもんはいらねえんだもん。いたところで邪魔だし足手まといだ」
「いやぁちょっと言い過ぎじゃないですか……?」
「事実だ。いらんものはいらん」
実際、戯我と霊装使いの戦いにただの人間が加勢しに来たところで邪魔にしかならない。簡単に言えば焼け石に水というやつである。
だが、凪が言いたいのはそこではない。朱莉の事だ。
「お前が無理して出しゃばって死にでもしてみろ。朱莉ワンチャンこうするかもなんだぞ」
そう言って凪は首に何かを括るかのようなジェスチャーをした。
朱莉は自分のせいで家族が死んでしまった、と思い込んでいる。既に、彼女は彼女なりの罪を負っている気でいるのだ。
そんな彼女が、自身を助け出すために誰かが死んでしまったと知ればどうなるか。また私のせいで、と心に深い傷を負うことだろう。その罪悪感に耐え切れず、自死を選んでしまうかもしれない。
彼女は優しすぎるから。
「それでも良いってんなら抜け出して来いよ。無理だろうし邪魔なことこの上ないが」
「そ……れはちょっとダメ、だね。ちゃんとダメなやつだね、うん」
朱莉の過去を知り、そして彼女の性格を把握している白石にもそれは何となくわかったらしい。そんなことを言いながら数回ほど頷いた。いくら朱莉を助け出そうが、そんな結末になってしまっては何の意味もない。
そんな彼の様子に凪はわざとらしく大きな溜め息を吐き、指を指しながら釘を刺す。
「わかったら大人しくそこであいつの無事と俺たちの勝利を祈っとけ」
「そうさせてもらうよ」
「分かればいいんだ。分かれば」
凪はそう言って立ち上がった。面会時間の限界すれすれまで居座っているわけにもいかないだろう。別にバレた瞬間に窓から飛び降りて逃げ出すという手も使えなくもないが、そこまでする理由もないし必要性もない。
そうして背を向けて退室しようとする彼に、白石は言葉を掛ける
「絶対に朱莉さんを助け出してくれ。ついでに俺の仇も、頼む」
「任せろ。俺たちは強いんだ」
手を上げ、凪は病室から立ち去った。その瞳には怒りの感情が色濃く渦巻いていた。
▽▽▽▽▽
病院からの帰り道。凪はそよぐ風を浴びながら、思案を巡らせていた。
「内通者の可能性、か……。自分で言っておいてかなり信じ難いな」
そう。渡津海支部にいると思われる内通者について、である。そもそもいるのかどうかも分からないが、いる可能性がある以上は警戒しておかなくてはならないだろう。
「けど、これを支部で大っぴらに話すってのは迂闊だよな……」
内通者がいる事に勘づいた事を気付かれてしまっては、内通者の動きもかなり慎重になって割り出すのはかなり苦労する羽目になるだろう。
だからこそ、この件については信用出来る人間たちの間で内密に進ませなくてはならない。
そんな事を考えながら、彼は信用の置ける人間たちの名を口にする。
「……確実に違うと言えるのは霊装使いと支部長、あと黒氏くらいなもんか」
霊装使いの星宮と海斗はそれぞれ裏切るだけの理由が無い。海斗は何やら戯我との因縁があるようだし、星宮は凪の父を師として仰いでいる以上は見限られるような真似はしないだろう。
支部長こと赤嶺に関してもまず無い。元々霊装使いであることに加え、酒浸りではあるがそれなりに封魔司書であることに誇りを持って仕事をしているのは分かっている。
それに、過去に戯我関係のデカい事件が渡津海で起きた時に、家族の身に何かあったというのも風の噂で聞いた。そんな彼が裏切るわけがない。
黒氏に関しても赤嶺と同様に霊装使いであったこと、魔祓課課長としての業務でそれどころではないだろうという点から除外だ。
それ以外は、今攫われている朱莉くらいなものである。
さて、容疑者候補がたんまりと支部にいる以上、当然ながら支部の中で話すわけにはいかない。かといって、こんな事を一般人の目に触れるような場所──例えばカフェであるとかファミレスであるとか──で話すのも悪手だろう。
盗み聞きされるリスクが低く、それでいて一般人の目にも触れない場所。
凪の頭の中には、もう残された選択肢は一つしか無かった。
「……俺ん家に集めるか」
凪の家に集める事である。スペースなら十分にあるし、あそこなら一般人の目に触れようがない。完全にプライベートな空間である。
どうせ人を集めるにしても、今は自分一人しかいないのだ。文句を言う人間が誰一人としていないのだからこれほど都合の良い場所はない。
「そうとなったら一旦赤嶺のやつに電話かけるか……」
彼が呼び出せば、黒氏はともかくとして海斗や星宮は来るだろう。凪が呼び出すよりよほど確実に集まってくれるはずだ。
そんな事を考えながら、凪は赤嶺に電話をかけた。
『おう、凪か。どうした?』
案外暇を持て余しているらしい。凪が思っていたよりもずっと早く電話に出てくれた。それに少しだけ驚きつつ、凪は手短に用件を伝える。
「結構大事なことで話したいことがある。魔祓課の黒氏と星宮、あと海斗に俺の家へ来るように伝えてくれないか? あぁ、あんたも来てくれ」
それに対し赤嶺は、上司である自身のことをあんたと呼んだことに若干呆れつつ、しかし凪が大事なことと言うのだから相当な事があったのだろうと判断。
凪に見えるはずもないが、一度だけ首を縦に振ってこう返した。
『わかった。連絡は俺からしておくからお前も早く帰れ』
「もう家に着いたところだ。なるべく早く来てくれ」
お前
小声でただいまと呟き、足元を見て彼は固まった。
「……すげえ見覚えあるけど、俺のでも朱莉のでもねえ靴がある」
二人分。女物が一足と、男物が一足。誰もいないはずの家の玄関に、知らない誰かの靴がある。
泥棒のものだろうか。それにしてはずいぶんと小綺麗に揃えてあるものだ。そろりと上がって廊下を歩くが、特段荒らされた形跡も無い。
「……話し声も聞こえてくるし内容を聞く限り泥棒ってわけでもないのか。ないのか? かなり聞き馴染みのある声、だけど」
内容を聞いてみると、ただの雑談といったようなものである。あのときあんな事があったとか、あれをするのが楽しみだとか。泥棒中にそんな呑気な会話をするとは思えない。
どうやら彼らはリビングにいるようだ。一体誰なのか知らないが、不法侵入しているのなら、憂さ晴らしついでに叩きのめして警察に突き出してやろう。
そんな物騒な事を考えながら、リビングのドアを勢いよく開け放った。素早く目を走らせ、ソファに座っている人物をロックオン。
それが誰かを確認する間もなく、悪即斬とばかりに凪は殴りかかった。
「おっ……と。ずいぶんと手厚い歓迎じゃないか」
完全に不意を突いたはずの凪の拳は、そんな呑気な言葉と共に受け止められてしまった。ついでとばかりに頭突きをお見舞いされ、凪は思わず床に尻もちを着く。
「見ないうちに短気なったな、凪。あぁ、もしかして泥棒か何かと勘違いしたか?」
おでこの痛みに追撃に備えなければ、と身構える凪に降り掛かってきたのは呆れ半分感心半分の言葉であった。
一体何様のつもりなんだという怒りと、追撃する素振りが無いことに対する疑問を感じつつ凪は侵入者の顔を見た。
交わる視線。やはり聞き覚えのあるその声と、玄関先にあった妙に見覚えのあった靴。何様のつもりで乱暴になったなどとほざいたのか。そして、なぜ隙だらけの凪に追撃を加えなかったのか。
それらの疑問が、彼の顔を見た瞬間に全て解決することになる。
「久し振りだな、凪」
「親父!? あんた、まだ観光中なんじゃ……」
先日帰国したばかりで、まだしばらくは日本のどこかを観光しているはずだった父親の──蒼月漣の姿がそこにはあった。
[付録之捌]白石拓也
渡津海高校に通う二年生で、凪のクラスメイト。
生粋のカードゲーマーであり、現在はライドファイターズというカードゲームにのめり込んでいる。
凪と朱莉の事を何かと気にかけており、事あるごとに心配している優しくて気の利く良い男である。
だが、教室で度々カードゲームのパックを開封しては叫んで泣き崩れるという奇行に走るため、残念な事に全くモテる気配がない。