其の一 紺碧(こんぺき)
「斬鉄姫、勝負しろ。」
紺碧の空にアドニスの声が突き刺さる。
ラッセン包囲戦。
奇襲は成功した。
後は、敵の司令官を討ち取ればいい。
他の将軍達が斬鉄姫をどう扱うかは知らないし、自分には関係ない。
斬り姫と名高いセレスと勝負する、それだけだ。
「受けるわ。」
凛とした声が空気を割る。
鎧に身を包み、剣を携えた細い影が見えた。
来やがった。てめぇを斬ってやる。
今から始まる一騎打ちにアドニスは
黒ずくめの鎧の中で静かに昂揚した。
鳥肌がたち、背中がゾクゾクする。
この俺がこうまでなる相手は数少ないぜ、お姫さん。
喧騒の最中の静寂。
アドニスとセレスは対峙する。
周りは、当代随一の勝負に息を呑んだ。
どちらか勝つか、見当もつかない。
—ラッセンの奇襲— 結果はほぼ確定している。
何故、アドニスは勝負を申し込んだのか。
セレスは、何故受けたのか。
理由は当事者しか知らない。
城砦の一部が音を立てて崩れた。
それを合図に、二人は動いた。
速い。
戦場で何度か見たことはあるが、
見るのと実際やり合うのは大違いだな。
女だから非力であろうと侮っていた訳ではないが、
腕力の不足を速さと技量で補っていやがる。
アドニスは口の端で笑う。
己の力しか頼れない、強き存在との一騎打ち。
負けたら、死が待っている。
生と死の狭間でせめぎ合い、しのぎを削る。
楽しいねぇ。
これだから闘いはやめられねぇな。
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「お姫さんのくせに、戦士のまねごとかよ。」
あからさまな侮蔑。
初めてセレスの噂を聞いたとき、一言で切り捨てた。
王族の女なんてのは、城で大人しくしてりゃいいんだ。
弱っちいくせに、戦場にしゃしゃり出たら
周りが迷惑するだけだろ。
セレスが戦場で剣を振るう姿を初めて見て、考えが変わった。
「じゃじゃ馬だ。」
次に見たときは
「じゃじゃ馬どころか暴れ馬だな。」
そして
「俺が斬ってやる。」
アドニスの黒い刃はセレスに向かって斬りかかる。
「てめぇ、何で戦場に出るんだ?」
セレスは絶妙な力加減で受け流し、
間髪いれずに上段から剣を振り下ろす。
「私はこの生き方しか、知らないから。」
アドニスは剣を下段からすくい上げ、相手の軌道を逸らす。
成る程ね。風変わりなお姫さんだ、斬鉄姫。
剣戟はなおも続く。何時終わるのか、誰も予想できない。
体力勝負になったら、アドニスに軍配が上がる。
いつセレスは勝負に出るのか。
剣を繰り出したアドニス。
受け流し、水平にアドニスの首に斬りかかるセレス。
セレスの剣を勢いよく防ぐ。セレスの手から剣が離れた。
もらった!
アドニスが思った瞬間、
セレスはもう一方の手で剣を掴み、
逆手でアドニスの首を刎ねた。
黒い頭部は弧を描き地面に落ちた。
アドニスの胴部は空を仰ぐ。
セレスは、自分の剣を地面に付き立てて、我が身を支えた。
「捕らえよ!」
ロゼッタの将軍、エルドの声が静寂を破り、喧騒が再びラッセンを支配した。
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夜が辺りを包み、誰も居なくなった戦場に一つの光が降りる。
アドニスの身体と剣は既に無い。
だが、アドニスは留まっていた。
だから、戦乙女は来た。
「アドニス、エインフェリアになるか?」
「あぁ?」言外に拒絶するアドニス。
「そうか。なら仕方無いな。」
意を汲み取り、戦乙女は去ろうとした。
「おい、一寸待て。」
「何だ?」
「俺をエインフェリアにしようとする理由は?」
素朴な疑問を口にした。
戦乙女は一言、
「強いから。」
単純な理由にアドニスは呆れた。
戦乙女とは、こんなんだったか?
まぁ、他にも思惑は有るだろう。
ここは敢えて乗ってやるか。
「なら、俺は相応しいな。エインフェリアにしろ。」
傲慢に言い放つ。
戦乙女は可笑しそうに答えた。
「確かにそうだ。」
小さな光となったアドニスに、戦乙女の両手が伸びる。
「アドニス、私と共に在れ。」
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「そもそも女神のくせに、戦がらみかよ。」
召喚を受けながらアドニスは吐き捨てた。
「私は戦乙女だからな。神族として他の在り方は知らん。」
どっかの誰かと同じ事を言いやがる。
だが、神族のクセに人間に転生するんだろ?
てめぇも風変わりな女神だな、おい。
「お前の方が風変わりだ。名は体を現す、と言うが
アドニス、自身と名前が全く一致していないぞ。」
悪戯っぽい戦乙女の言葉。
「・・・油断なんねぇ。」
不敵に、そしてどこか面白そうにアドニスは呟いた。
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そして月日は流れる。
紺碧の空の下、異形のモノと対峙する中
二人のエインフェリアが会話をしていた。
「てめぇか。あの時は不覚を取ったが、次はねぇぞ。」
「私が勝てたのは偶然の産物。もう一度闘えと言われても、困るわよ。」