千紫万紅   作:moon

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其の十  桜鼠(さくらねず)

旅は続く。

 

商人は先々で頼まれた物を渡し、代価を得る。

そして売れそうな物、頼まれていた物を仕入れる。

剣や鎧の類はアドニスに意見を求めている。

人との関わりをあまり好まない(とセレスには見える)

アドニスが商人の問いに短く答えている。

したたかに、今を生きているのだ。

そもそも周りと己を見極める事が出来なければ、傭兵として成り立たない。

 

「お嬢さん、これどう思う?」

衣類をセレスに見せた。桜色に薄い鼠色が溶けている。

桜鼠の綺麗な色。珍しい一品だ。

「綺麗な色だわ。この染めだけでも価値があるわね。」

「そうかい。じゃ、仕入れてみるかの。」

元王族の鑑定眼は正確に答えを出す。良い物を見て育っているからだ。

商人は自分の目で確認し、他者の声を聞く。

そして自らの判断で仕入れるか否かを決める。

いくら良いものでも売れなければ意味が無いのである。

 

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セレスも大分旅に慣れてきた。

今は山間の麓にある小さな村にいる。

久しぶりに宿屋に泊まる事になった。

 

「申し訳ないね、お嬢さん。」

最初の宿泊先で商人は、本当にすまなそうにした。

護衛の一人が女性とは思わずに、既に二人部屋を手配してしまったのだ。

「いえ、気にしないで下さい。」

「無駄金を使わなくて済む。」

「そう言ってくれると、助かるよ。」

アドニスとセレスは二人部屋に入り、別々の寝台で眠った。

二つあるのだから、無理して一つの寝台で眠る必要は無い。

 

今回も二人部屋だ。背中合わせに二人は床に座り、剣の手入れをしている。

そろそろ限界かもしれない、とセレスは思った。

気を付けて使ってきたけど、元がそんなにいい剣ではないから。

片手で剣を持ち真っ直ぐ伸ばす。

もう少し大きい街に寄る事があったら、剣を替えなくては。それまで持つか?

手入れを終え、刃の確認をしているとアドニスが立った。

 

セレスは剣を鞘に収め、道具をまとめると壁際に向かった。

アドニスが後ずさりする。足音を立てない。

セレスは壁にもたれ掛かり、唇に指を当て、戦士を観察する。

黒い大剣を構える。いつも手入れが終わったらアドニスはそうする。

天井ぎりぎりまで振り上げ、ゆっくり振り下ろす。

あれだけの大剣を扱える、上体。

重みに邪魔される事無く体重移動する、下半身。

自分とは違う。自分は速さと一瞬の力加減で斬り抜くしかない。

 

セレスの視線を感じてアドニスは振り返る。

緑青の両眼を細め自分と相手を推し量っている戦士がいた。

アドニスは声を掛けた。「持ってみるか?」

「え?」セレスは小さく驚く。

そして「いいの?」と問いかけた。

「いいぜ。」黒刃の男はちょいちょいと手招きする。

嬉しさを隠してセレスはアドニスの横に立った。

「失礼します。」セレスは礼を執り、戦士と剣に対する敬意を表す。

アドニスは片方の眉を吊り上げると黙って剣の柄を渡す。

刃は床についたままだ。

 

セレスは足を開いて、剣の柄を両手で握る。

緊張と集中が斬鉄姫を支配する。ゆっくり刃を持ち上げた。そして構える。

腕が、身体が震える。半端な重さではない。

構えるだけでもたいしたもんだ、と横から眺めながらアドニスが思った瞬間。

「!」セレスが目を瞠り、食い入る様に大剣を凝視する。

気付いたか?まぁ、そうだろうな。

「支えてやる。振り下ろしてみろ。」

アドニスはセレスの後ろに立ち、セレスの腰と両手を支えた。

支えられたセレスはゆっくり剣を持ち上げ、ゆっくり振り下ろした。

刃を床に置いた。

 

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「呆れた・・・」床に視線を落としセレスは言った。

アドニスの剣技は基本のみが正式なもので、残りは我流だ。

この度、剣をあつらえた。

という事は自分が扱いやすいように剣の重心や、刃の厚さを部分部分で微妙に変えている。

要するに普通に打った大剣ではないのだ。

特にセレスの様な正統派の剣技を操る者が持てば、普通の剣との差は歴然である。

そして一流の戦士なら、癖を見抜ける。

だから自分の剣を刀鍛冶に打たせる戦士は、他者に剣を預けない。

昨日の友は今日の敵になる戦乱の世では命取りになるからだ。

セレスは「いいの?」と訊いた。

自身も戦士だから、事の次第は承知している。

 

「持った感想がそれか。」面白そうにアドニスが言う。

「呆れるわよ、普通。貴方も貴方だけど・・・。」

視線をアドニスから黒い刃に移し、大剣を眺めながらセレスは呟いた。

柄をアドニスに還す。

「そりゃそうだ。」片手で大剣を持ち上げるとアドニスは鞘が置いてあるソファーに向かう。

「湯を貰ってくるわ。明日は早いんでしょ?」

ひらひらと手を振ってセレスを送り出す。

自分の剣を持たせる、と言ったら嬉しそうな顔をした。

アドニスなりの気遣いだ。共に戦う者への、そして一つの結果に対する。

山道を通る旅だ。山賊が襲ってくる。

今迄は、不死者や異形のモノ相手だった。

次は人間だ。人間を斬鉄姫は斬る。そして斬った後、一人でもがき、苦しむ。

自分が出した答えを自分で受け止める為に。

どういう変化が起こり、受け止める為にはどの位の時が必要になるか。

アドニスはセレスでないから判らない。

 

万が一、出来なければ置いて行く。

烈なる性。敵を味方までをも畏怖させる、黒刃のアドニス。

肉食獣は死んだ獲物には興味が無い。

役に立たない護衛は要らない。普通の女も要らない。

ここまで来て腐れた事をしやがる奴は、勝手に死ね。

俺が手を掛ける必要も無い。

 

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セレスは浴室で黒紅を脱ぎ髪を解いた。そして静かに湯に沈んだ。

明日から山道だ。

山道は山賊が出没する。おそらく相手は複数出てくる。

アドニスが剣を持たせたのは乱戦を想定しての事だ。

敵味方が入り乱れる戦い。共に戦う者が自分の癖を把握していた方がやりやすい。

自分達の剣技は正反対だ。正統派である自分がアドニスに合わせる方が手っ取り早い。

山賊。人間。肌が小さく粟立つ。

 

湯から上げた自分の腕を見たセレスの脳裏に、昼間見た衣類の色が浮かぶ。

桜鼠。珍しい染め。湯に入っていながら、寒気をセレスは感じていた。

 

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